真・天地無用!~縁~   作:鵜飼 ひよこ。

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第154縁:女神の気まぐれ。

「にょっと。」

 

 鷲羽はその穴をくぐって部屋に入る。

瀬戸と一通り会話した後はすぐに帰ろうと思っていたのだが、そこではたと思い至ってそこに向かう事にした。

 

「えぇっと、一応は初めましてだね。」

 

 その部屋にいた先客に向かって声をかける。

体育座りのまま、ぼんやりと壁を見つめていたその人物は、突然現れた闖入者に特に関心がないようで、全く見向きすらしない。

 

「折角、【通り抜け的なアノ輪君】を使って来たんだからサ、突っ込むとは言わないまでも驚いて欲しかったんだけど?」

 

 大仰に悲しむフリをしてから、その人物、灯華を見下ろす。

 

「アンタは十中八九、"時間凍結"の刑になる。」

 

 時間凍結とは、死刑がないと"表向き"にされているこの地でのほぼ最高刑罰になる。

表向きというのは、戦闘行為中の死亡だったり、護送中の死亡事故は少なからずあるからだ。

ほぼというのも、記憶の抹消や矯正という同列の、それこそ死刑に類する刑罰が存在するからなのだが、この時間凍結もそれに近い。

犯罪者の時間を凍結させるというのは、そこに生きていたはずの時を奪う。

一言で表せば浦島太郎状態である。

共に生きたであろう人、物、その全てを亡くすという事だ。

それは確かにその時間の流れにおいては死刑と言えなくはない。

 

「まぁ、アタシは、それはどーでもいいんだわ。ただねぇ、一路がそれを許さない。」

 

「いっちー、が?」

 

 そこでようやく鷲羽の独り言のような語りかけから、会話らしい入口に入る。

 

「アタシが今すぐココから出してあげてもいいんだけどサ・・・。」

 

 腕を組んでう~んとわざとらしく唸る鷲羽の姿に、灯華は確かにここまであっさりと入ってこられたのだから、出て行くのも簡単なはずだと彼女を見つめる。

 

「それってぇ、アンタはおろか、一路の教育にも良くないヨネ?」

 

 本当に、非常にワザとらしい。

 

「一路は、今、アンタの為になるんじゃないかって悩みながら、樹選びの儀式に挑んでる。」

 

「どうして?!」

 

「ん?それは"どっちの意味"でだい?」

 

 何故、自分の為にそんな事をするのか?

何故そんな事態になったのか?

どちらにしても、灯華の為という点に帰結するのだが。

 

「ん~、簡単に言えば、納得がいかないからじゃない?人間の行動原理なんて案外単純なもんサ。」

 

 先程とはうって変わったように話に食いついてくる灯華の姿に鷲羽は満足げだ。

満足げに頷いてから、真剣な表情を作る。

 

「でだ、どうする?どんな結果になったとしても、どんな目に合おうとも一路について行くかい?アンタがきちっと選ばないと、あのコのやってる事が全部無駄になるんだよ。それは"効率的"じゃないヨネ?」

 

 効率的とは言ったが、人生において効率的である事が至上であるとは限らない事ぐらい鷲羽だって解っている。

勿論、灯華にしてもそうだ。

確かに灯華を連れ戻す為に一路は宇宙に出たのだから、灯華が拒否すればそこからの時点から必要がなかった事になる。

実際は新たな友人が出来たりと、得難い経験を得られたりしているのだが、それはそれとして置いておいて鷲羽は問う。

 

 長い沈黙。

 

その沈黙の後、鷲羽はくるりと灯華に背を向ける。

 

「ま、言いたいコトはそんだけ。時間はまだあるからサ。」

 

 そして、入って来たのと同じように例のアノ輪に足をかけて潜る。

 

「あー、これも教えといてあげるよ。一路さ、アンタに会ってどうしたいって言ったと思う?"お弁当"だってサ。アンタの作ったそれを食べたいんだと。ヤレヤレ、胃袋を掴むとはよく言ったもんだねぇ。んじゃ。」

 

 本当に言いたい事を一方的に言いたいだけ言って鷲羽は去っていった。

壁の穴はもう消え、元の冷たい壁に戻っている。

そんな壁を見つめたまま、灯華は一人、一路の事を想うのだった。

 

 


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