(う~ん・・・。)
次の部屋へ行けと言われて部屋を移ってみても一路にはピンとこなかった。
阿主沙達にしてみれば、樹の世代が変わるという事は重大案件なのだが、そういった緊張感というものは一路には微塵もない。
というより、あまりよく解ってはいない、気になどしていないと言えばいいだろうか。
強いて挙げるとすれば・・・。
「ちょっとだけ言葉みたいな?単語が・・・聞こえま・・・す?」
先程は言葉にならない音の羅列のようなものだったが、今は少しだけ明瞭になった気がした。
一路に触れるてくる神経光も先程より心なしか一つ一つが太いようにも感じる。
「言葉か。言葉として聞こえるのだな?」
阿主沙が再度確認するので頷く。
「ありがとう。僕、檜山・A・一路っていうんだ。よろしくね。」
樹からの神経光に対し、いちいち丁寧に言葉を返す一路の姿に瀬戸は眉根を寄せる。
どちらかというと・・・違和感にだ。
「一路殿?アナタもしかして・・・。」
一路の飄々とした態度にもしやと思い問い詰めようと口を開いた瀬戸だったが、それは一路の言葉に遮られた。
「今の!!い、今の見ました?!」
興奮に急に声を上げる一路に他の三人は顔を見合わせる。
「何を見たというのだね?」
三人は何かを確認したという事はないとだけ共通の認識を持ったが、興味がある事には変わりがない。
「同じだ!同じだったんです!!」
しかし、全く以て質問の回答になっておらず、会話すら成立しなかった。
それでも、一路はいてもたってもいられないというようにソワソワしだす。
一路以外の三人が何かをしたという事はないのだから、残る選択肢は樹が何かをした事に他ならない。
「落ち着け。」
そう阿主沙が促しても無駄だ。
「ねぇ、みんな!"あの人"がどっちに行ったか教えて!お願いだから!」
一路が周囲に響き渡る大声を出すと、樹々の神経光が乱舞する。
それは音楽のような・・・。
「あっちだね?ありがとう!」
瞬間、一路は駆け出した。
強化された身体をフルに使って。
「あ、待ちなさい!」
「いや、瀬戸、よい。放っておけ。」
当然ながら瀬戸の静止で止まる事はないのだが、瀬戸を遮ったのは以外にも阿主沙の方だった。
「阿主沙殿?」
自分を止める阿主沙に非難めいた声をあげようとした瀬戸は、阿主沙の余りにも穏やかな眼差しを見て喉の奥に引っ込んでしまう。
「ここには"人間"は他にはおらん。ワシ等以外はな。」
しかし、一路は確かに"あの人"と口にした。
だから、阿主沙は一路を止めようとはしなかった、出来なかった。
出来るはずがないのだ。
"かつて自分と同様に奥へ向かう"一路を。
「あの人と問うた言葉に樹は応えた。それで十分だ。ワシ等は外で待とう。」
「そうだねぇ。そもそも彼の行く先は"阿主沙殿以外、誰も入れない"だろうからね。」
あっさりと引き下がっていく阿主沙。
その姿にどうこう言う事もなく追従する舟参。
舟参にも阿主沙がどう思っているのかは、解っていた。
一路の向かう先に"誰が"いるのかも。
二人の背を交互に眺めた後、瀬戸は先程まで一路に問おうとしていた言葉を思い出す。
それは一路が求めている事、その道程の先。
何の為に樹選びに挑み、樹選びの儀式、ひいては樹雷に対してどんな心を持つに至ったのかだった。
「二人共。」
「何だ瀬戸、くどいぞ。」
二人がそそくさと一路を追うのを諦めた理由、"本当のところ"は瀬戸とて解っている。
でも、今回はそういう事ではなくて・・・。
「あのコの樹の事なんだけれど・・・多分、二人共何か勘違いしてるわよ?」
「勘違い?」
「どういう事かな?」
「多分あのコ・・・。」