初めは錯覚だと思った。
いや、そういう"人間が来る"という事は知ってはいた。
だが、それが檜山・A。一路とその仲間達であるというのを彼、雨木 左京が確認したのは、道を歩く一路の姿を遠目に見た時だ。
(何故だ?)
何故かという理由は知っている。
しかし、それでも頭の中に浮かんで来たのは【何故】という単語だった。
一体、どんな魔法を使ってここにいるのだろうかと。
(何処へゆく?)
思わず目線が彼の行く先を追う。
その先は基本的には住宅街しかない。
左京自身も幼い頃からよく行っている天木家の眷属が多く済むブロックだ。
結局、それ以上は跡をつける事はしなかったが。
それよりも一路が自分の住む国の一部の者に知られるような立場になっているという衝撃の方が大きかった。
そういう意味では、一路を自分の仲間に引き込もうと左京は先見の明があったのかも知れない。
もっとも、動機がアレではあるが。
しかし、それでも勧誘が成功していればの話だ。
現に、左京は今回、父にその事について呼び出された。
呼び出された時に用件は聞かされていなかったが、すぐに見当などつく。
大体、あの父が子供と交流したいなどという理由で呼びつける事の方がありえない。
「GPから来客があったようだな。」
だから開口一番、挨拶も息子を気遣う言葉もなく本題に入った事にも何の感慨も浮かばなかった。
父は無駄を嫌う。
それは、つまり、息子との交流もその無駄なモノの1つに入っている事に他ならないのだが。
「そのようですね。」
それが解っているだけに左京も前口上なく、ただただ質問に答える。
「全く以て、度し難い事だが。その者は後日樹選びをする事になった。」
「は?はい、それは初耳でした。」
一瞬、間の抜けた声を出してしまったが、すぐに取り直す。
「樹雷の特権たる樹を氏素性も知れん外から来た者に渡すつもりなどとは・・・樹があるからこそ、その威を以て樹雷は他に覇を唱えられるというのに。」
珍しく愚痴のような・・・といっても、子供の頃から聞き慣れたフレーズの1つであるので、左京は相手に見えないように顔を顰める。
(だから樹に選ばれないのですよ、父上は。)
心の中で左京は毒づく。
過去に父は天木家の推挙のもと、樹選びの儀式に出た事があるらしい。
結果はご覧の通りだ。
左京とて、確かに特権意識はあるが、それと樹は別の話だと思っている。
確かに、樹は政治的交渉のカードにはなるが、積極的に、というよりそれを使って他をどうこうしようとは思っていない。
樹雷人の誇り、アイデンティティとしての樹、あとは自分の実力を以て示すのが左京の中の特権とか選民という概念なのだ。
第一、そんな攻撃的な事を樹は許さない。
当然、そんな人間を選ぶはずもない。
それくらい左京どころか、5歳児でも解る。
だから、もし、今の自分が樹選びの儀式に出たとしたら、恐らく父と同様に選ばれる事はないとも思っている。
「それで私にどうしろと?」
いつまでも父の愚痴に付き合っていられない。
「・・・いずれオマエにも樹選びをさせる事になるだろうが、今はまずその者が一体どういう人間なのか、そして出来れば"オマエの配下"にしたい。」
そこで父ではなく、自分の配下という点に左京は再び顔を顰める。
「外の者という事は、だ。考えようによっては樹雷の誰にも、何処の家にも属していないという事、誰もが取り込もうと画策するだろう。」
以前に勧誘に失敗しているとは言わない事にする。
樹雷人ではない者を自分の配下にはしたくはないが、息子の部下にならば問題ない。
寧ろ、どうでもいいというその自分勝手な思考に吐き気がする。
これでも、左京は左京なりに自分の一派に取り込む相手は選んでいる。
勿論、あくまでも自分の中の基準だが・・・そういえば、一路の時は何故だっただろうか?
「・・・父上、その者は阿重霞様を身元保証人にしてGPアカデミーに入学しているはずです。」
そうだった。
たったそれだけのはずだった、はずだったのだ。
「何?成程な。いや、しかし、それはそれで樹雷皇の柾木家とのつながりを持てるやも知れぬ。」
ふと、左京は自分の手のひらを見る。
そして思い出す。
あの目、GP艦が海賊に襲われた時、一路が自分に向かって差し伸べた手を。
自分に喰ってかかってきた瞳を。
(それだけだったはずだ・・・。)
「ともかく、巧く取り計らえ。」
結局、用件はそれだけで、左京は返事もそぞろに父がいた部屋を出る。
自分の手を視界におさめながら。
「・・・・・・檜山・A・一路、目障りなヤツだ。」
何故か解らないけど、彼、意外と好きなのかも知れない(笑)