「ぬおぉ~んっ、心の友よ~っ。」
昼休み。
案の定、予想通りに全は宿題を最後まで終わらせる事が出来ずに、再び一路の机に齧りついてきた。
今日一日、机に向かう全とこの姿の彼しか見ていない。
「まぁ・・・うん。」
そういう理由から全のノートを見るまでもなく、仕方なく机から自分のノートを取り出して全に渡す。
「お昼はちゃんと食べた方がいいよ?」
写し終わるまでどれくらいの時間がかかるか解らないが、食べ盛り育ち盛りの年齢だ。
なによりかにより、燃費が悪いお年頃。
ただ、この学校に給食がないのには、一路も困っていた。
なにしろ、今の一路にはお弁当を作る時間も気力もない。
(砂沙美ちゃんのご飯、美味しかったなぁ・・・。)
これから昼を食べるというのに、心が折れる。
普通は楽しみにするはずのものだが、悲しいかな、一路はコンビにのパン袋を開けて咥えると同時に同じくペットボトルの栓を開ける。
(若いうちだけだよなぁ、こんな事が許されるのって・・・。)
どう見ても寂しい自分の昼食を眺める。
若いうちだろうが、身体に悪いのは変わりがない。
せめてサラダくらいは買っておけば良かったと思うのも後の祭り。
今日はこれで我慢するしかないと覚悟した一路の机の上に横合いからポリ製の蓋が置かれる。
「野菜、摂らないとダメ。」
「灯華ちゃん。」
蓋の上に小さな野菜サラダの山が築かれていく。
「ちょっと多く持ってきたから大丈夫。」
「アンタの為じゃないんだからねって、どんなツンデレかしら?」
と、勝手に二の句を芽衣が繋ぎ、これまた灯華と同じように煮豆が入った小さなカップを一路の目の前に置く。
「渋いでしょう?お母様が和食しか作れないのよ。」
せめてオムライスくらいは作って欲しいわーとぼやく。
「僕、和食好きだから。二人共ありがとう。」
二人共、一路の礼にどう致しましてと微笑む。
「むははっ。オレ様もやろうではないかっ。宿題を見せてもらった礼だ。受け取るがいいっ!」
全が馬鹿笑いしながら、トンカツ一切れ、唐揚げ、ミートボールと盛っていくが・・・その色合いは見事に・・・。
「茶色い・・・。」
そして全てが肉。
野菜どころか、魚すらない。
「アンタ・・・どういう食生活をしているの?」
「どうって・・・肉食?だって考えてみろよ。豚にしろ鶏にしろ、植物を食って育ったんだろ?植物の栄養で育った肉を食う。コレで全部の栄養を取れて一石二鳥、肉最強!」
「馬鹿だわ・・・本物の・・・馬鹿がいるわ・・・。」
食物連鎖という壮大なレベルで語っているように感じるが、結果は芽衣の感想の通りである。
「いや、思いついた事自体は凄いと思う・・・。」
流石の一路もこの辺りがフォローの限界だ。
「とにかく食え。人間食わなきゃ死んじまうからな。」
「うん、ありがたくもらうよ。」
「はい、コレ。私のデザート用のスプーン。」
ここにいる限り、栄養不足にならなさそうだなとは思いつつも柾木家の皆といい、クラスメートといい、何かあとでお返しをしなきゃと思いながら食べるところが、一路の律儀なところで美徳だ。
感謝しつつ食す。
それが今の一路に出来る事。
「それにしてもパンと飲み物だけって、いっちーのお宅の御両親は共働きか何かなの?」
それでも朝食の残りくらいは詰め込んで来られるのではないだろうかと、軽い気持ちで芽衣は尋ねただけだったのだが、一路にとっては充分に答え難い質問でしかない。
なにしろ正直に答えるとなると、気まずくなる事受けあいなのだ。
「あ~、うん、そんなトコ。」
かといって嘘はつきたくない。
そんな微妙な葛藤から、言葉を濁すしか出来なかった。
「痛ッ!何すんのよ!」
突然、芽衣がしかめっ面をして近くいた全に食ってかかる。
「人ンチの事にイチイチ口突っ込んでじゃねぇよ。困ってんじゃねぇか。」
意外にも全が一路にフォローを入れた。
先程のお馬鹿発言をした同一人物とは思えない言動。
「だからって蹴る事はないでしょう!」
どうやら一路の見えない机の下という水面下で、全が彼女の足を蹴ったらしい。
芽衣にしてみれば、自分の言動に関して注意をされたのがよりによって全、しかも自分の方が今回は悪いというのは、全のクセに生意気!と思わずにはいられない。
「都会は基本的に給食があるから。今度から、お母様にお弁当を用意してもらった方がいい。」
灯華にまで言われてしまった事に一路は苦笑するしかない。
このまま流せれば良かったのが、一路の苦笑は灯華に見咎められてしまう。
「?変な事を言った?言いたい事があるなら、はっきり言って欲しいのだけれど?」
その言葉には非難の色が含まれている。
だから、ここで言ってしまうかどうかを考え込むと余計に彼女を苛立たせる事にはならないか?
ここで嘘を吐くという選択肢が未だに出て来ないのもまた一路らしい。
言わないのと、嘘を吐くのはまた別だという認識が何処かにあるのかもしれない。
「あ、うん。今、家には僕一人なんだ。父さんはまだ仕事で東京だから。」
暗に一人暮らしだと述べる。
しかし、灯華の視線には"私は母親にと言ったのだけれど?"という主張と共に、ひた隠しにするのも嘘を吐くのも同罪と言っているように一路には思えた。
「・・・母さんはいないんだ・・・その、去年亡くなって・・・。」
「・・・そう。」
灯華はそれしか答えず、視線も何事もなかったかのように一路から外して前を向く。
芽衣と全の言い争いも止んでいた。
思っていた通りの気まずい雰囲気。
「出過ぎた事を言ってごめなさい。」
一路を見る事なく、そのまま。
そのまま灯華はそう呟く。
「ううん、灯華ちゃんは悪くないよ。」
別に怒る必要も、責める必要もない。
ずっと言わずにいるよりも、一度だけ言って知ってもらっておいた方が後々楽なのかも知れないと考え直すだけだ。
第一出過ぎたと彼女は言うが、それは厚意から出た言葉なのだから。
「あ、あの・・・。」
しゅんとした表情で今度は芽衣がすまなさそうにしている。
「だから、芽衣さんも気にしないで。」
気に病む必要など本当にない。
「だから言ったろーが。人ンチにゃ、それぞれ事情っつーもんがあんだよ。困ったら言ってくれりゃいいだけだ。このクラスの連中はそんなに冷たかねぇよ。」
「ッ?!」
「ぎゃぼぉわぁっ?!」
今のが芽衣の堪忍袋のリミットだったのか、鋭い視線を全に放ちつつ、そのすらっとした足が全の脛を強かに蹴り抜いた。
早く鋭く正確なローキック。
足技においての基本をこれだけ華麗に決めるのは、新○プ○レスも真っ青だ。
「ぬぐぅお・・・なに?!オレ、珍しくマトモな事を言ってたよなっ?!」
珍しく。
そう言ってのけるからには、普段の自分の言動がマトモじゃない事を認識しているという事なのだろうか。
(自覚症状はあるんだ・・・。)
それはそれで手遅れなのでは?重症?
そんな疑問を持ちつつある一路と全の前から、ぷりぷりと怒って行ってしまう。
「横暴だ・・・一体何だってんだよ・・・。」
そのマトモな事を言ったからだよとは、口が裂けても言えない。
全も珍しくと、それが滅多にないと言ってのけてしまっているのだから。
「お~い、檜山君。」
全という人間の紙一重を見た一路を呼ぶ声がしたので、その方向を見てみると担任の教師が手招きをしていた。
それも器用に顔だけを教室の戸から覗かせて。
「なんだろ?ちょっと行ってくるね?」
「お~、行ってこいこい。」
涙目で脛を擦りながら、一路の背を見送る全。
「なぁ、委員長?」
「何?」
返事はするが、全を見る事はない。
「いっちーに惚れた?」
彼女の視線の先にあるものを予測しながら、全はそう彼女に問う。
この男、見ていないようで意外と細かく見ている。
但し・・・。
「反対の足も蹴られたいの?」
「うぉっ、勘弁!反対もやられたら歩けなくなっちまう。」
惜しむらくはTPOというより、空気を読む時と読めない時の差が激し過ぎるというか・・・。
的田 全、何処までも紙一重な男である。
いよいよ、連続更新期間の終わりが見えてきました・・・。