一瞬、ほんの一瞬気が遠のきそうになるのをなんとか堪えた。
目の前にいるのが、この銀河の頂点の1つである樹雷皇だという。
一路の中でのいわゆる王様という存在は、こんな風に下々?とかく一般人の前に何の隔たりもなく座っていたりなどしない。
恐らくはなんらかの防衛手段を持って座っているだとは思うが。
「この度は、我が樹雷、天木家が眷属をその身を以て救った事、感謝する。ささやかな宴ではあるが、楽しんでくれ。・・・・・・と、樹雷皇としての口上はここまでだ。皆、宴を続けてくれ。で、檜山とやら。」
周囲に目配せし、皆が宴を楽しむ事を再開したのを確認すると、阿主沙はちょいちょいと指で一路を手招きする。
「?」
その仕草がまた微妙に王のイメージと合わない。
何かのイタズラを誘いかける子供といったところか。
「"時間がない"、早う。」
心なしか焦っているような・・・。
「何でしょうか?」
ここで拒否したところで埒があかない、恐る恐る近くに寄る。
「お前の舞いの師は誰だ?」
「師?師っていう程手とり足とり教えてもらったわけではないですけど、お手本にした人は・・・。」
果たして、これを言ってもいいものだろうかと一路は一瞬考えたが、ここまで来て隠す程でもないかと思う。
大体、目の前にいる人は王様なんだし、と。
「人は?」
「えと、柾木 天地さんという方と柾木 勝仁さんという方です。」
「はぁ~。」
一路の答えを聞いて、樹雷皇は盛大な溜め息をつく。
更に何やら非常に残念な目でこちらを見てきた。
「そんな事だろうと思ったわ。全く、門外不出という意味を解っておるのか・・・いや、解っているからやっているのだな、アレは。」
"門外不出"という単語に一路は冷や汗が出る。
確かに柾木神社に伝わる(と一路は勘違いしている)モノなのだから、一族秘伝なのだろう。
しかも、それを自分は今軽々しく披露してしまった。
「あ、あの、ここで舞うのはマズかったでしょうか?」
先程の勢いは何処へやら、一路はこれはもしかしてやっちまったのでは?と恐々とし始める。
「ん?あぁまで見事に踊りきられてしまっては、どうという事はないだろう。ところで、二人は息災だったか?」
「は?いや、はい。あ、そういえば阿重霞さんは樹雷の出身なんですよね、確か皇族の方だとか。阿重霞さんにはアカデミーへの身元保証人やら推薦人やら、あ、それと保護者代理までしてもらって・・・。」
お陰で色々とハチャメチャなハプニングもあったけれど、楽しかったなぁと思わずしみじみと振り返ってしまう。
「・・・すまん。」
「はい?」
何故、ここで樹雷皇が謝るのだろうか?
一路には全く意味が解らない。
「・・・娘だ。」
「・・・。」
「・・・。」
・・・・・・。
「すまん、娘なのだ。」
「・・・。」
「・・・。」
何とも言えない微妙な空気と沈黙。
「うぉっほんっ!!」
樹雷皇は一際大きく咳払いをすると、片手を上げて皆の注目を集める。
「という事で、諸々の感謝を含め、何か褒美を授けよう。檜山・A・一路、何かこの樹雷皇の裁量の中で望むモノはあるか?」
何がという事なのか一路以外の周りの者達には一切解らないが、とりあえず一路が地球の出身で柾木家の面々と縁があり、それはある意味で樹雷皇にも繋がっていた。
そういう諸々の感謝と、きっと阿主沙の想像に違わぬであろう迷惑をかけた慰謝料込みで何かやるから勘弁しろ。と、こう阿主沙個人として言いたいという解釈で間違いないだろう。
この申し出の答えは、一路にしてみれば簡単なのは言うまでもない。
「じゃあ、1つだけ。」
「申してみよ。」
樹雷の人間、それもそのトップに物を申せる機会など、これがきっと最初で最後だろう。
色々言いたい事は多々思い浮かぶが、裁量の中でと注釈がつくならば・・・そうたった1つ、1つだけ一路には譲れない願いがある。