長かった。
いや、短かったのかも知れない。
目の前の状況にもうどちらだか解らなくていいとも思う。
ここまで、ようやくここまで来られた事に自然に力が入る。
腰に差した木刀を抜き、覚悟を決めた。
(僕も・・・戦う!)
ずっと自問自答し続けてきた命のやり取りについて、出来る事なら回避したいと今でも思う。
しかし既に自分はそれをプーと照輝に強要してしまっている。
たとえ、二人が自分の意思で、承知のうえで一緒に来てくれたのだとしても、自分だけ例外と置いておけるはずがない。
それに相手は当然の如く殺意を持って向かってきているのだ。
「灯華ちゃん!」
その手を掴みに来た少女の姿、抱き抱える男の背が見えた事で一層足に力が入った。
「貴様ッ!」
自分に対応する相手の手にある銃が光学系ではなく実弾系であるのを見て取った一路は、反射的に更に加速する。
(あれなら!)
光学系であろうと実弾系であろうと、船内で使うのならば壁に穴を空けぬように出力が抑えられているはずだというのは、以前の海賊との遭遇時に学習済みだ。
跳弾の可能性もある実弾系ならば尚更に。
ならばと目を見開き、木刀を眼前に構える。
自分には出来る、可能だ。
コマチ達との訓練の記憶が走馬灯のように過ぎった瞬間、相手が引き金を引くのを感じる。
そうなればあとは銃口だけに集中。
「ぐっ?!」
それがどちらの呻きか解らなかったが、次の瞬間には一路が当初の目的を達していた。
「灯華ちゃん、しっかりして!」
一路は文字通り相手に体当たりするようにして、灯華の身体を奪いそのまま床に転がっていたから。
「弾丸を木刀で弾くだと?外見通りの代物ではないな。」
男の驚きの声は一路には届かない。
何せ目の前にはあれほど会いたかった灯華がいるのだ。
「これはアンティーク物に拘った私の落ち度かっ!」
ギュインッと音がして、一路の木刀が男の放つ弾丸を再び弾く。
"殺意のカタチ"は覚えた。
すぐさま、次弾が放たれる。
銃声、弾丸を弾く音、銃声、再び弾丸を弾く音。
この繰り返し。
しかし、気づくと男は笑みを浮かべていた。
それもそのはずで、一路は灯華が背後にいる為にその場から動く事が出来ない。
自分が助かっても、意識の戻らない彼女が的になっては意味がないからだ。
一発弾丸が放たれる度にじりじりと相手との距離が詰まっていき、それを更に何度か繰り返した後、ふいに静寂が訪れる。
「素晴らしい。その木刀もそうだが、オマエの集中力もなかなかのものだ。」
よもや敵であろう相手に褒められるとは思ってもみなかった。
「名を、聞こうではないか。あぁ、先に私が名乗るが礼儀か?私はアラド・シャンク・・・まぁ、正しくはアラド・A・シャンクというのだが?」
語尾にオマエは?という調子を乗せて一路に述べる。
「・・・檜山・・・こっち風に言うと、一路・A・檜山。」
「お揃いだな。」
「?」
男が一層愉快そうに笑みを浮かべる姿に、背筋が凍った。
「"A"の部分が・・・それで狙っている女も同じとは、いただけないな。」
アラドが手にした銃を落すと、床にカランと音が鳴り響く。
「弾切れだ。次はコレでゆく。」
アラドが何処からか取り出した銃、悔しい事に一路はそれが何処から取り出されたのか全く解らなかった。
先程の実弾系の物ではなく、光学系の銃とだけは瞬時に判断出来た一路は歩を詰めにはいる。
実弾は弾けると信じて、ある意味確信を持っていた。
弾く角度を間違わなければ後ろの灯華に当たる心配はない。
だがこれは別だ。
向けられる銃口を逸らす、あるいはそのものを叩き落とすべく突撃するしかない。
早撃ちとはいえない圧倒的に不利な中、一路はそれを敢行した。
「良い判断だ・・・だが、少々"不運"だったようだな。」
結果、銃口を逸らす事には成功したと言えた。
逸らした火線が"一路の身体を貫いた"という事実を除けば。
脇腹に熱や痛みが走り、苦痛に顔が歪む。
「・・・い、っちー?」
意識を失わなかったのは、微かなその声が耳に入ったからだ。
「いっちー・・・なの?」
はて、こういう場合、何と答えたらいいのだろうか?
心に余裕などないはずなのに、一路は思わず考えてしまった。
「うん、本物。大丈夫、足もあるから。」
激痛で息も絶え絶えとは言うわけにもいかないという理性が働いただけでも良しとするしかない。
歯を食いしばって踏みとどまりながら、息を吸い込む。
「灯華ちゃん、何も考えずにさっきの船のとこまで走って!」
灯華が足を怪我しているのは一路も解っている。
互いに言いたい事や聞きたい事が山ほどあるのも。
でも、今はそういう事をしている時ではない。
でなければこうして身体を張っている意味がくなってしまう。
「・・・・・・わか、解った。」
灯華の冷静なその返事にうっかり安堵してしまって、痩せ我慢していた痛みに悲鳴を上げそうになる。
「じゃあ、あなたは"同じA同士"、もう少し僕とここに残ってもらいます!」
出来うる限りの余裕の笑みを繕って、自分からアラドに襲いかかる。
灯華の逃げ出す隙を作り、あまつさえ次は引き金を引く前に一撃を叩き込むという気迫と共に。
戦闘シーンは苦手でゴザる・・・orz