ちょっと立て込んでいまして。
自分の視界に音を立てながら転がってきた物がある。
体育座りのまま固まっていた灯華の前に滑り込んで来たそれは、掌に納まるくらいの小さなナイフだった。
「早く拾いな。」
自分を閉じ込めていた扉の向こう側から聞き慣れた姉御分の声。
「体調は悪くないね?悪くったってチャンスは一回こっきりだ。使える脱出ポッドは8番、射出先はGPパトロール艦の巡回航路に設定してある。それから先は運次第だ。」
矢継ぎ早に要点のみを述べる相手の声を聞きながら、灯華はナイフを素早く拾って袖口に隠す。
と、同時に疑問に思う事があって、視線を彼女に向ける。
「・・・何故?」
「ん?」
確かに自分達にとって彼女は姉のような存在だ。
しかし、姉ようなといっても孤児である自分と彼女は別に血が繋がっているわけではない。
そんな全くの赤の他人が・・・。
「何故、助けてくれるの?」
細長く小さな格子の覗き穴から、姉御分であるルビナのオレンジの髪が炎のように揺れているのが見える。
「理由か・・・やっぱり必要かい?まぁ、アンタにとっちゃ必要か。」
ルビナは生意気というより、人形のような灯華の瞳を思い出す。
そう"思い出す"なのだ。
「昔のアンタよりもずっと、"生きようという意志"が感じられるからかな。」
ほんの数ヶ月前まではそんなモノのカケラすら見られなかった。
彼女の中で一体何が起きたのだろうかは解らない。
そして、その変化が人間としては良い方向で普通な事である反面、海賊の暗殺者としては都合がよろしくないという事だ。
「潮時なのさ、アンタは。」
生まれてからずっとそれ以外の選択肢を与えられないまま海賊をやってきた。
それにどっぷりと浸かってしまった自分とは違って、彼女には与えてやってもいいじゃないか。
ふと、そんな風に思ってしまった。
「私は、多分・・・死ぬ事を選んじゃいけない気がする・・・から。」
彼が、一路がそれを望むとは灯華には到底思えなかった。
たとえ過ごした時間が少なかろうともだ。
「だからだよ。それと、もう1つ。」
「もう1つ?」
「たまには誰かに与えてみたっていいじゃないか。ずぅっと人様から奪ってばかりの人生なんだから。」
ついぞ自分には与えられなかった選択肢。
それを誰かに渡せるなんて、しかもそれが妹分だなんていい気分だ。
「と、言ってもこれくらいしか助けてやれないけどね。せいぜい上手いことやるんだね。」
きっとこれが互いに交わせる最後の言葉になるだろうと、そう思いながら口に出せずに・・・。