「あ、あーちゃんっ?!」
整備ドックの金属質の壁。
その壁に背をもたれかけさせて立っていた人物はアウラだった。
相も変わらず、いや、いつも以上に無表情で。
「なっ・・・な・・・。」
何でここに?と言おうとしたのだが、一路の口があまりの驚きにそれを形作らない。
「それは私の台詞なのだけれど?」
全くもってその通りなのだが、それに関して一路は一切答えられないでいた。
パニックになっているのもあるのだが。
一路のその様子を見てアウラは溜め息をつくと、片手に持っていた物を一路の眼前でふりふりと振ってみせる。
「いっちーの行動が、少しだけ読めるくらいには、仲良くなれたのと思うの。まだハグはダメなのかしら?」
一路の眼前で揺れる物体は交換日記だ。
何の手違いか、一路達がこの場所を発つ前に彼女の手に渡っている。
「まぁ、元々が坊は嘘がつけるようには出来てないさかいに。」
二人の微妙な空気を読み取ったNBが作業する手を止めて間に入る。
入るというより、もう畳み掛けている気もしなくもない。
「そうね。私も、そう思う。」
「せやろ?」
酷い言われようというか、不思議な連帯感が生まれているような・・・。
「で、その顔は見送りってワケでもなさそうやな??」
この際、半ば呆然としている一路を置いていく形で話を進める。
「私が何を言っても無駄だと思う、から。」
既にアウラは一路が決めてしまった事を曲げるのは不可能だというのは解っている。
それにきっとこれが一路の大きな目的の1つなのだろうとも。
あの時、カフェで自分達に言った事は、こういう事なのだと見当もつく。
だとしたら自分はどうすれば良いのか?どうしたいのか?
それぞれに立場というものがある。
考え方も価値観も違う。
その中でエマリーでも、黄両でもなく、他の誰でもない、自分として。
「これ。」
交換日記とは反対の手。
もう一方に持っていた物を一路とNBに見せる。
「カードキー、やな。」
「え、まさか・・・。」
今、一路達に関するモノでカードキーといえば・・・。
「船のロックを解除するキーよ。」
「あーちゃん?」
「渡す条件は1つ。私も連れて行って。」
それがアウラの選んだ道。
「だっ、ダメだよ!」
そうやって覚悟した自分の道を、一路はいともあっさり却下してしまう。
当然、そんな事をすればアウラも罰せられてしまうという事が解っているからだ。
自分はまだいいとしても、地球に逃れるという道もある。
そもそもは、一路の故郷は地球であって・・・そういう意味での却下だったのだが。
「じゃ、渡さない。解除するのは時間かかるわ。その間に誰かが気づくかも知れないわね。」
「うぐっ。」
一理ある。
こんな最初の段階で時間をかけて躓いてはいられない。
「だって・・・だって、もうここには戻って来られないかも知れないんだよ?GPにだっていられなくなっちゃうかも知れない!折角・・・折角研修だって終わって・・・。」
彼女の未来はこれからなのに。
これから、自分達の未来を決めていこうと歩み出そうとしたばかりなのに。
「戻ってこられない?なら、いっちーはどうするの?」
戻って来られないのは一路とて同じはずである。
アウラは自分の心配のみをする一路は、では一体どうするのかと逆に気になってしまうのは道理だ。
「僕は・・・故郷に帰るつもりだよ・・・その、GPに戻れたらいいなとは思うけど・・・。」
「そう・・・。」
そこでふと考えたかのようにアウラは小首を傾げる。
といっても、アウラはアウラでここに来るまでの間に考えた結果のこの行動だ。
一路と同じで曲げるつもりは毛頭ない。
GPでの生活も悪くはないが、一路の行く末というか、そういった事を見届けてゆくのも悪くはない。
というより、一路を最初に見た時の自分の勘は間違いじゃなかったと思えた事が大きい。
「いっちーの、故郷に行くのも悪くないわね。」
一路みたいな人間の育った地なのだから、きっと素朴で・・・そう悪い所でもないだろう。
そういう所で暮らしてみるのも悪くない。
今までと違った体験が出来るし、何より一路がいる。
「クックックッ。こりゃアカン、坊の負けや。」
とうとうNBが吹き出して笑い始める。
その様子に眉を顰めたのは一路だ。
「NB、他人事だと思ってぇ・・・。」
眉を顰めるというより半泣きの表情で、まさしく泣きつく。
「女にここまで言われたら、男として腹を括らなアカンな。」
対してNBの顔は面白そうだと書かれた笑みをたたえている。
(坊の力なら、鍵だけ奪って置いて行く事も出来るもんやけど、それはしないやろなァ。)
可能だからといって、実行するかといえばまた別の話なのだろう。
こっちの状況の方が面白いからという部分が大半の理由で、それを進言する事すらしないのだからNBも同罪である。
この場合、彼女を連れて行くか行かないかのどちらが一路にとってプラスになるか、非常に難しい判断ではあるのだが。
「この際、嫁はんに貰うってのは、どうや?」
「は?」
「自分の為に安定した未来をふいにした女に責任を取るのも、ヲトコの甲斐性やで?」
「いやいやいや。」
「ぽっ。」
「いやいやいや。」
そこはそこで相変わらず緊張感のカケラもなく、ある意味いつも通りともいえるやりとりがしばらく続くのだった。