結局、突貫即席で鷲羽の工作は終了し、言われるがままに一路は風呂場の脱衣所に案内された。
旅館で見るような暖簾に"天地"・"女"と下げてある二つの入口。
(天地?あぁ、ここに入る男の人って、天地さんしかいないって事か。)
女性達の中に男が一人。
勝仁がいるとはいえ、不便とかないのかなぁと、ぼんやり思う。
想像が出来ない。
そして、やはり天地への興味が再び湧いてくる。
魎呼、阿重霞、鷲羽に砂沙美、そして美星。
自分には優しくしてくれる人達ばかりだが、タイプの違う人間達の中に性別の違う男が一人。
きっとそれなりに大変なのだと思う。
(想像出来ない。)
女三人寄れば姦しいという言葉があるくらいだ。
きっと男のそれとは比べ物にならないに違いない。
そう考えると、逆に男湯に一人というシチュエーションは心休まる場所と言えるのではないだろうか?
あとは、トイレくらいなものだろう。
朝にトイレで新聞を読む父親の哀愁が理解出来たような、出来ないような・・・。
「ま、いっか。」
思考を早々に放棄して、さっさか脱衣所で服を脱ぎ、脱衣籠に入れる。
そして、浴場へと続くガラスの引き戸を開けて・・・硬直した。
「・・・・・・広ッ?!」
そこには旅館の岩風呂かと見まごうばかりの広さもある立派な浴場があった。
いや、それよりも大きい。
一路が寝起きしている部屋の一体何倍の広さがあるのだろう。
「・・・・・・田舎の土地事情って・・・東京と比べ物にならないんだなぁ・・・。」
由緒正しい歴史あるであろう神社の神主を代々務めている家なのだから、広い土地や家を持っていてもおかしくはない。
それに大家族だし、御神木だって広い山の森の中にあったのだから。
そういう分析の元、勝手に解釈した一路はかけ湯をして、ちょっぴり幼い頃のワクワク感を持って湯船に足を沈める。
(・・・泳いだら・・・怒られるよ・・・ね?)
誰も見ていないが、人の家という事でなんとかその誘惑を振り切る。
勿論、公衆浴場で泳ぐのはマナー違反なので、良いコの皆は真似しないように。
「それにしても・・・。」
何処からか滝のように流れ落ちてくるお湯を横目に一路は辺りを眺めながら歩く。
困った事に湯気で視界が良くない。
だが、まるで露天風呂のように広く、随所に植物が生えているようにも見える浴槽は、一向に終わりが見えてこない。
「おい、魎呼。何度言ったら解るんだ、勝手に男湯に入って・・・あれ?」
ふいに湯気の向こうから声をかけられて、一路は無言で驚く。
「君は・・・?」
「あ、その一路って言います。あなたは・・・天地さんですか?」
男湯の向こうから現れた丸顔の青年に驚き、思わず後ずさる。
男湯なのだから、男が入浴している事に何の問題もない。
それは脱衣所に入る前に自分でも考えていた事だ。
「っと、うわっ?!」
後ずさったまま、たたらを踏んだ一路は、そのままバランスを崩して後に倒れる。
なんとか手をつき、お尻をしたたかに打ちつけ、しぶきが高らかに上がるとそのまま頭に被った。
「だ、大丈夫かい?」
眉をハの字にさせた青年が心配顔で、一路へと手を伸ばしてくる。
彼を助けようとする手。
その手はどう考えても一路を立たせようと差し伸べられた手。
柾木 天地という青年は、どの田舎にもいる普通の青年のようにしか見えない。
だが、一路が天地に抱いた印象は・・・。
「うわぁぁーっ!!」
無意識の内に自分に差し伸べられた手を打ち払う。
「な?!」
「どうした一路?!何かあったか?!」
思わぬ反応に驚く天地、そして一路の叫び声で女湯から壁をすり抜けて駆けつける魎呼。
二人の声に反応出来ずに背中にゾワリと這うような気持ち悪さと震えに耐えるしか出来ない。
"恐怖"
純粋たる恐れ。
それが天地への印象。
「天地、一体どうしたってんだよ!」
「それが、オレにも・・・。」
ただ単に手を貸そうと・・・さっぱりと解らない表情を浮かべる。
「大丈夫か?一路?」
反応のない一路の肩を掴んでゆっくりと身体を揺らす。
「え、あ、ちょっと、急に・・・出てきたよに見えたから、驚いちゃっ・・・てって、魎呼さん?!」
その場をなんとか取り繕うとした一路だったが、今度は女湯にいたはずの魎呼が男湯にいる事に驚く。
「ん?」
魎呼にしてみれば、入浴している天地へちょっかいを出そうと何度も男湯に侵入しているので、特に違和感があるはずもない。
「魎呼、んー!」
無言で女湯へGetout、出て行けと強く促す天地。
この辺も彼の優しさというより、空気を読めという圧力。
流石にタオルを全身に巻いて、何時もよりかは大分空気というか、一般常識的なものを配慮した格好ではあったが、思春期ド真ん中の一路には良ろしくない。
しかし、そこは魎呼なのだ。
誰が何と言おうと、魎呼は魎呼。
「あん?大丈夫だって、一路の背中を流してやろうと思って、ちゃ~んとこの下に水着着てっからよ。」
どうだ?ちゃんと考えてんだろ?とご開帳よろしくピラリとバスタオルを両手で開き、勝ち誇る。
赤いハイレグの水着、チラリと見えるおヘソが可愛いぜな魎呼。
もう色々と台無しである。
一路は当然、天地も開いた口が塞がらない。
ただ耐性(?)がある分だけ、天地の再起動の方が早かった。
「ほら、魎呼、彼が困ってるだろ。」
一路が困るという方向性で説得を試みる辺り、なかなか小細工が効いている。
「ん?そうなのか?」
じっと自分を見つめる魎呼の視線に、ここでようやく一路も再起動する事が出来た。
「ちょっと、僕には刺激的かと・・・。」
目のやり場に困っているのは確かなので、天地の後押しに反論することなく、かつ魎呼を傷つけないように配慮した一路であったが・・・。
「しゃーねぇなぁ、折角着てきたのに。なら、これならいいんだな?」
「はい?」
言うや否や、素早く再び身体にバスタオルを巻きつけ、がっしりと一路の腕を取る魎呼は、そのまま強引に一路の腕を引っ張る。
「じゃま、天地。そーゆーコトで♪」
「うぇっ?!あ、ちょっ、ちょっと?!」
抵抗らしい抵抗も出来ぬまま、一路は浴場の出口に向かって連れられて行く。
「オイ、魎呼?」
「大丈夫だって、女湯は今誰も入ってねぇから。」
「女湯?!」
その言葉に更なる抵抗をしたくとも、自分を引っ張る力は尋常じゃない。
水飛沫を上げながら、されるがままで、腰に巻いたモノを飛ばされないようにするのが精一杯。
頼みの綱、肝心の天地は、最早諦めたような表情でこちらを見ているという事は、恐らく助けるつもりはないという事なのだろう。
(というか、手を合わせられたっ?!)
そこも魎呼に慣れたものである天地は、一路を不憫に思いながらも自分に出来る事をするしかなかった。
すなわち合掌。
「ホント、突っ走ったら一直線なんだよな、魎呼は。」
素直じゃなくて純情で一途。
やると言った事はやる。
有言実行の女、魎呼。
「でもまぁ、それも魎呼だけじゃないか。」
なんだかんだいって、柾木家・・・いや、天地の周りにはそういった女性が多い。
「すまないねぇ天地殿。バカ一直線で。」
「まぁ、それも魎呼の良いところいうか、なんというか・・・。」
「?」
「って、鷲羽ちゃん?!」
先程の魎呼に対して一路が返したような反応とたいして変わらぬ反応で、天地は驚く。
ある意味、男ってこんなものかも知れない。
「ま、アノ子のお馬鹿さ加減は別としてだね。問題は一路殿のあの反応さ。」
天地に対しての拒絶に見える反応。
これが魎呼に対する淡い恋心から来る天地への嫉妬とかならば、あら、思春期ね、蒼い春だわと微笑ましく全力でからかうのだが、どう考えてもそうでないのは明らかだ。
「特に・・・悪いコには見えなかったですよ?」
天地はフォローを入れるのは勿論、本当にそう思っているからなのだが・・・。
「あのね、天地殿?目上の者の経験上から言わせてもらうとだね、本当に悪意のあるヤツってのは、そんなものカケラも表に出しゃしないのさ。」
本当の悪意・攻撃性は、気づいた時には絶対絶命の状況になっているものだ。
だからこそ恐ろしいし、十二分に警戒しておく必要がある。
「とは言え、私も天地殿の言う通り、あのコがそういうコには見えないんだけどねェ・・・だから余計に気になるんだよ。」
「はぁ。そんなものかな?」
「そんなもんさ。さて、魎呼が一路殿の背中を流すってんなら・・・。」
ニタリ。
そう笑って鷲羽は天地の方に意味あり気な目線を送る。
「私は天地殿の背中を流すとしょうかね。」
ふっふっふっと・・・。
「い?!いや、俺は遠慮してきますって!」
「大丈夫、大丈夫。メカは使わないから。あ、大人ボディの方がイイ?」
その笑みは益々もって凶悪さを増すのだが、天地はこれで先程鷲羽が言った、本当の恐怖とはという意味を身を以って知る事になるのだったりもする・・・。