真・天地無用!~縁~   作:鵜飼 ひよこ。

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気づいたらお気に入りが4桁にいってました。
ありがとうございます、引き続きよろしくお願い致します。


第109縁:カニ頭、笑う。

「何よ、コレ?」

 

 いつも通りの定位置で、アイリは書類を眺めながらスクリーンの映像と見比べていた。

 

「何と言われましても・・・ご覧の通りですね。」

 

 アイリの前でにこやかに答えているのは、リーエルだ。

 

「確かに画像と以前の天南先生の授業レポートを見る限りは、信憑性はありますねぇ。」

 

 同じく定位置、アイリの斜め後方で半眼になりながら美守が答える。

答えた本人も、あんまり信じたくない様子だ。

 

「私だって哲学士なんだから、見れば解るわよ!原理を聞いているの!何で!どうして!ナニユエに!こうなったのか!」

 

 三人が一様に見ている映像は、研修の報告結果だ。

勿論、正規のモノとNBのモノの両方。

雨木 左京の件もあったが、今は事を大きくする必要はないと判断して、非公式になった映像の部分だ。

 

「身体能力、特に回避能力に特化が見受けられます。山田 西南君・・・今は艦長でしたね。彼の様な本能に基づいたモノに近い・・・これが彼の"能力"ですか。」

 

 アイリも美守も、一路に何らかの特殊能力が備わっていると考えている。

そうでなくても鷲羽が絡んでいる時点で、何もないワケがない。

 

「生体強化を鷲羽ちゃんが時限式に施したとしてよ?」

 

 時限式で少しずつ、それこそ本人の自覚が出ない程度に身体強化をしていけばリハビリする必要はない。

そんな事は不可能に近いとかそういうレベルの事は置いても、そういう処置をしたと考える事にしる。

 

「彼は生体強化レベル2だったはずよ?それが何で今は"3以上"、"4"に届くって状態になってるワケ?」

 

 映像と静竜の授業のせいもあり、この前一路が来宅した時にリーエルが計測した身体データは、いずれも一路の生体強化レベルが4に近づきつつある事を示していた。

 

「そこはもう本人に聞くより他ないでしょうねぇ。ねぇ、鷲羽ちゃん?」

 

 美守が一歩横に避ける。

彼女のそのまた後ろ、理事長室の柱にしか見えない場所にサングラスをかけたカニ頭が立っていた。

 

「何だい皆、ガン首揃えてサ。わざわざ人を呼びつける事でもないだろう?」

 

 神経質な奴等だくらいに鷲羽は平然としていた。

しかし、鷲羽が関わる事ならば、些細な事でも把握しなければどんなメに合わされるかたまったもんじゃないというのが、鷲羽被害者の会の全会一致の意見だ。

 

「大体、一路殿は品行方正なんだから特に問題もないだろうに。」

 

 確かに、寮の脱走だって学生時代の誰もが経験する、それはそれは可愛いものだし、起こした暴行事件も、研修中の事件も、彼の仲間想いが先行した結果だ。

 

「そういう問題ではなくてね、」

 

「そうそう、これにはアタシもびっくりだよ。」

 

「・・・やはり何か仕組んだので?」

 

 苛立つアイリに対して美守は冷静だ。

というより、鷲羽相手に一々驚いても無駄だし、平静さを無くした方が負けだ。

哲学士としての興味本位の差だとも言える。

 

「娘より、息子の方が"必ず"出来がいいんだ。あぁ、でも巫薙がいるから、そうも言い切れないか。」

 

 やっぱり魎呼ちゃんが一番問題児で例外なんだねぇ、と一人で納得している。

 

「ちょっ?!檜山君は本当に鷲羽ちゃんの?!」

 

 息子なのかと続けようとして、脂汗がアイリの全身を襲う。

 

「な、ワケないじゃないか。」

 

 何を馬鹿な事をとアイリを見つめる視線は冷たい。

 

「では、朱螺 凪耶の?」

 

 すかさず美守が続ける。

 

「それもハズレ。」

 

 胸の前で腕を交差してペケマークを作る鷲羽は実に楽しそうだ。

こういう人格の持ち主なのである。

 

「では、一路君のこの力は何なのでしょうか?彼の体に負担などはありませんか?」

 

「ん?」

 

 ここでようやく鷲羽は、心配そうな顔をして自分を見つめるリーエルを見返す。

 

「あ、あの、わたしは一路君の教養の講師と、心身のケアをしているリーエルと申します。」

 

 伝説の哲学士にサングラス越しとはいえ見つめられ、うるうると半泣きになりながらも必死の形相で自分を見るリーエルの眼差しに、鷲羽はぽりぽりと頭をかきながらサングラスを取る。

少しやり過ぎたわねと思いながらだ。

鷲羽だって、それなりの良心は持ち合わせている。

無害極まりない人物を相手を虐めて楽しいわけではない。

 

「アンタは少しはマシそうだね。うんうん、いい人選だ。大丈夫だよ。あのコにはね、必要と心から望んだ時に、あのコが使える分だけ"分け与えてる"だけだから、身体を壊すような事はないよ。」

 

「どういう事ですか?」

 

「あー、うん、まぁ、アタシも仮説の段階なんだけどネ。簡単に言えばあのコの能力を呼応するようにしたってだけだよ。それ以外は何一つしてないのさ。」

 

 安心させるようにゆっくりと、だが肝心な部分はぼかしながら鷲羽はリーエルの不安を取り除くように説明する。

 

「それですと、この回避能力の説明がつきませんね。時折、彼は先読みして動いている節があります。まるで"予知能力"でも持っているかの様な。」

 

 美守がこれが核心だろうと言わんばかりの言葉を投げるが、鷲羽に届いたようには見えない。

 

「これ以上はアタシも教えてやれないよ。あのコ自身がどうなりたいのか決めない限りはね。ただ・・・。」

 

「ただ?」

 

「あのコが、最後の最後まで自分らしさを通せるか、だけだよ。」

 

「ぬわぁーんですってぇっ?!」

 

 美守と鷲羽がにこやかに微笑み合いながら、視線を激しく交差させ腹の探り合いをしている中、突然アイリが大声を上げる。

何事かと三人がアイリを見ると、何処からかの通話を受けていたらしい。

 

「私、ちょっと席を外すわ!」

 

「どうしました?」

 

「檜山クンがね。」

 

「?」

 

 話題の一路の名が出て、皆の注目が更に集まる。

 

「リーエルと同居している"保護監視対象者"を行動制限区域から連れ出したって。監視してるGP隊員をブッチぎって。」

 

「シアちゃんを?!」

 

「お、早速やってるね、一路殿。」

 

 驚くリーエルとは対照的に鷲羽は楽しそうだ。

 

「それと理事長、貴女が出て行く理由が結びつきませんが?」

 

 確かに、だからといって理事長自らが出向く必要はない。

一路を追いかけて捕獲するなら、肉体派のGP隊員を向かわせればいいだけの事。

 

「それがね、向かっている先ってのがナーシスらしいの!"私の料理"を食べさせる為に、監視包囲網を切り抜けて逃走しているのよ?料理人としてこれは応えるしかないわ!!」

 

 グッと拳を握って決意を顕にするアイリ。

勿論、そういう問題ではない。

というより、理事長としての仕事は完全に放棄である。

 

「貴女という人は・・・。」

 

 これには美守も溜め息をつくしかない。

 

「あはははは。女の子に美味しいご飯を食べさせる為だけに大逃走劇とは、流石、一路殿。天晴れ♪」

 

 

 


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