【ネタ・習作】夢の欠片   作:へきれきか

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第03話 華の都洛陽

(必要な物も手に入れたし、帰って早昼でも食べますか)

 

 連日と比べれば幾分柔らかくなった日差しのもと、荷物を片手に家路を行く。

 昨日の夕飯時に太守様との会談への同行を許された大和ではあったが、すぐに一つの問題が浮上した。ずばり服装である。やはり太守様とお会いする以上は、普段から着ている平服などは避けるべきだろう。兄としてではなくお供としての同行だが、お供に対する評価はソレを連れている妹・田元皓の評価にも関わる。

 しかし、勢いでついて行くといったものの、無位無官の上に居候の身である田伯鉄には正装も、それを買う金の持ち合わせもない。

 

『じゃあ、わたしが買ってあげますよ』

 

(……ホントにね。あの子といると自分はどんどんダメな男になってしまう気がする。いや、もとから大した男というわけでもないけど……さすがに自分の我儘でついて行くと言った上に官服まで買ってもらうってのはどうなのか)

 

『もし自分で用意出来なければ同行は諦めるよ』

 

 もちろんその場合は隠れて付いて行くつもりであったが、それをわざわざ言う必要もない。大和は申し出を丁重にお断りした。それでも半ば強引に渡された、決して少なくはないお金。

(あの子は尽くしすぎて男をダメにしてしまうタイプなのかもしれない……)

 兄としての心配事が、また一つ増える。

 とにかくそのお金を使うつもりは彼にはなかった。つまらない意地だと本人も思っているが、いつまでもおんぶにだっこの状態ではいけない。官服の購入費用は鞄に入れていたノートやら何やらを売ってなんとか捻出。購入できた官服は装飾性のない質素なものだが、お供なら十分だろう。

 後漢のこの時代に貨幣経済が完成していることには改めてツッコミを入れたくなるが、街並みを見ているとそんな気も失せてくる。道の両側に並ぶ古代の建物には見えない造りの商店と、そこに並ぶ時代錯誤も甚だしい物品の数々。

 大和は文化史には詳しくないが、例えばそこの店で売っている眼鏡が後漢の時代には無かったことくらいは知っている。因みに官服を買った服屋の女物コーナーには、製法不明なフリルやレースを用いた商品が並び、木製のマネキンがポーズをキメて立っていた。

 

(まったくもって、色々とぶっ飛んでる世界だ)

 

 マニアな仲間たちがこの三国志もどきの世界を見たら、怒り狂うこと必至。

(会長は、どうだろうな。あの人妙に器がでかいとこあったし、案外「これもまた良し、ですわ!」などと受け入れるかもしれない)

「にしても」

 今一度辺りを見回す。

 

(文明の水準が古代のものでないことは確かだけど、単に文明が進んでいるというのとも違う気が……なんだろう、妙な引っかかりが……。

 なんというか、コレは時代とともに発展してきたというよりは、すでに完成されたモノや技術をポンと上から置いたような……)

 

「物盗りだー!!」

 街の喧騒を切り裂く叫び声と悲鳴に、大和は思考を中断した。

 声のした方を振り返ると、さっきの服屋のあたりで人がざわついているのが見える。

 野次馬根性で背伸びしていると、

「どけぇ!」

 前方の人垣を割って、血走った目をした男が飛び出してくる。

「え?」

「どけっつってんだろ!」

 男は盗品だろう包みを抱えた左肩を前に出して、タックルの姿勢をとった。

「うわっ!」

 咄嗟に左腕をかばい、蹲る。

 それに右足を引っかける形となった男は、何とかバランスを取り戻そうとするも、数歩ともたずに派手に転倒した。

「いつつ……くそっ」

 すりむいた箇所をさすりながら立ち上がる男と目が合う。

「……てめぇ」

 

(まずい……。とんでもなくまずい。あの腰にある剣は本物だ)

 

 手のひらの汗は夏の暑さのせいではない。

 二度目の死の恐怖を味わおうかというその時、遠巻きに二人を囲む群衆の一角でざわつきが増す。

 

「そこまでだな」

 

 囲いを割って登場したのは、紫を基調としたRPGの女戦士のような服装をした妙齢の美女であった。惜しみなく露出している肌は日差しを弾くほどに白く、スタイルもいい。しかし、両手に引きずっているデブとチビがそれを台無しにしている。

 

 恐らく物盗りの共犯なのだろう。可哀想なくらいにボコボコにされている。例え罪人だとしても哀れみを感じずにはいられない。

(って……この人がやったのか?)

 冷や汗が頬を伝った。

 一部の女性が優れた能力を持つ特殊な女尊男卑社会だと話には聞いていたが……純粋な力勝負においても男を超えるとでもいうのだろうか。

 

(まさか菊音も? ……そんなバカな)

 

「大丈夫か?」

「え、ええ」

 女性はその返答に少し笑った後、今度は猛禽のような眼差しで盗っ人を見やり、

「おい。おとなしく縛につくなら、この二人のようにはならんぞ」

 無造作に二人を脇へ放った。

「う、うるせえ! よくもやりやがったな!」

 ドスの利いた声にもめげず、男は腰の剣を抜き放つ。

 ギラつく剣に、女性の目が少し細められるのを大和は見た。

 

(やる気なのか? この人は)

 

「危ないですよ! 相手は剣持ってます!」

 思わず声をかける。

 何故なら彼女は丸腰で、正直目のやり場に困るくらいの軽装なのだから。しかし予想とは裏腹に、大和に向けられたのは目を丸くした女性の表情。

「……私を心配してるのか? いらん世話だ青年。これでも――」

「危な――」

 

 気が逸れたと見た男が一気に間合いを詰め、剣を力任せに振り下ろす。

 

 それはまるで映画を観ているようであった。

 完全に目線を外していたはずの女性は、流れるような動きで左に半回転。剣を避け、その勢いのまま手刀を頸部に叩きこむ。

 たったそれだけで全てが終わった。

「おっと」

 女性が崩れ落ちる男の腕を掴むと、こぼれ落ちた剣が派手な金属音を立てる。

 

「な? いらん世話だっただろう?」

 

「ははは……」

 少年のように笑うのを、乾いた笑いで見るしかなかった。

 女性は周りの歓声に少し恥ずかしげに手を挙げて応えた後、もう一度大和へ顔を向ける。

「なんだ? その顔は。まぁ、とにかく礼をいうぞ。逃げ足だけは早くてな。時間をかせいでくれて助かった」

「いえ、大したことは……」

(実際、ビビってしゃがみこんだだけだし)

 愛想笑いを浮かべていると、

「おいおい、警邏の野郎今頃来やがった」

「ほんとにね。いつも全部終わった後に来るんだから」

 街の人々の言うのが耳に入る。

「警邏だって!?」

 心臓が跳ねる。

 

(居候の身が面倒事に巻き込まれるのは非常にマズイ! ここは……退散だ!)

 

「おい、まだ話は……って、あっ! おい! ちょっと待て!」

 

 

 

―・―・―・―・―

 

「はぁ……はぁ……ふぅ」

 前に髪留めを買った店が見えたところで、一息をつく。

(これで事件現場からは大分離れられたはずだ)

「ここまで来れば……」

「おい、一体何がどうしたというんだ?」

「……うそだろ?」

「ん?」

 目の前には先程の女性。

 そのけろりとした様子は信じられないものだった。

(小・中・高と運動部の自分でも多少息切れしているのに、全く息が乱れてないなんて……って、その手に持っているのは)

「そうだ、お前。これを置いていったろう」

 思い出したかのように持っていた包みを差し出す。

「すみません……ありがとうございます」

 

(苦労して買った官服を忘れちまうなんて間抜けすぎるだろ……)

 

「礼には及ばん。なんだかよくわからんが言い難い事情でもあるのか?」

「いや、その何と言えばいいか……」

 単に面倒事になるのが嫌だというのでは、まるでお尋ね者である。

「ふむ……こちらも先の礼をしたいし、天下の往来で立ち話するのもあれだ」

 その様子に何か思うことがあったのか、顎に手を当て思案する様子を見せた後、

 

「そこにでも入ろう」

 

 有無を言わさず横の屋台へと引っ張っていく。

 

 

 

―・―・―・―・―

 

「……ということは何だ? スネをかじっている妹の為に、面倒事になるのを避けたかったということか」

 箸でもう麺がないか確認しながら聞いてくるのは、先ほど会ったばかりの名も知らぬ女性。入った屋台は小洒落た茶館でも飯店でもなく、高架下に店を構えているようなラーメン屋であった。

「事実ですけど、改めて他の人の口からハッキリ言われるとなんか傷つきますね……」

 妙齢の美女は、もう麺が無いと見るや、一気にスープを飲み干し、少々乱暴にラーメン鉢を置く。華奢な体に似合わず、実に豪快だ。普段妹から注意を受けている大和よりも遙かに食べるのが早い。

「親父、もう一杯頼む。大盛りでな。……だが、私がいたのだからそんな心配は無用だったぞ」

「というと、お姉さんは警邏の人で?」

「お、おねっ! ……いや、なんでもない……。け、警邏というか軍人だ。これでも一軍を預かっている」

(へぇ……この女の人が)

 先程武力の一片を垣間見たこともあるし、決して疑うわけではない。しかし、どうも女将軍などというのはゲームやら物語やらでしか見たことがないので、現実感が湧いてこないのだった。

「その顔……疑っているのか? 官軍の華雄といえばそれなりに有名だと自分では思ってたんだが……」

「っ、ぶっ!」

「おい、汚いぞ」

 布巾を手渡してくる女性を、大和はまじまじと見る。

 

(この人が華雄だって? まさかこんな屋台で英傑と並んでラーメン食うことになるとは……)

 

「ごほっごほっ……ん……いえ、すみません。御尊名はかねがね伺っていたのですが、お会いするのは今回が――」

「そんなあからさまに畏まらなくてもいいぞ。それに将軍といったってそんなに位が高いわけでもない」

 事も無げに言う。

「それでも無位無官の男とでは比べ物にならないですよ」

「私がいいと言っているのだから構わんさ。それに屋台で並んで飯を食ってるのに官位序列もないだろう?」

 バシッと背中を叩き、カラカラと笑う華将軍。

(い、痛い……)

「しかし、伯鉄と言ったか。田姓で文官というと、もしかしてお前の妹というのは田元皓だったりするのか?」

 意外な名前が出てきたことに、大和は目を丸くした。

「妹をご存知なんですか?」

 背をさすりながらの返しに得心したようにうなずき、その問いに答える。

「ああ、やはりそうか。田元皓のことは知っているとも。彼女が長安の官吏を検挙したのは聞いているだろう? あれに関連した討伐軍の編成に私も入っていてな」

 華雄は薄く笑い、酒を口に運ぶ。大和は「お前も呑むか?」との誘いに乗ろうとは思えなかった。

(将軍というのは胃袋も特別製なんだろうか。……しかし、匈奴の討伐軍か)

 彼女がそれ参加する将軍だというなら、董卓の人となりを知っている可能性はある。

「討伐軍には確か西平の太守様も参加されると耳にしたのですが」

「ん、董仲穎様だろう? 会ったことはないんだが、どういうわけかちょうど洛陽にいるらしくてな。明日、他の将と共に顔合わせをする予定だ」

「そうですか……」

「西平の太守様がどうかしたのか?」

 気軽に聞いてくる将軍を見て、「話しやすい人だな」と大和は感じた。

「いや、今日妹がお会いするらしくて。それでどういう人なのかと」

「なるほど妹の心配か。まぁ、それも結構だが……職を見つける方が妹の為になるんじゃないか?」

「確かに……」

 図星だけに反論できない。

 実は数日前から就職活動もしていたりする。が、

(怪我してるってだけで採用してくれないんだよな……。洛陽は人が多くて代わりがいくらでもいるからなんだろうけど)

 仕方ないとは思いつつも、こうも連敗が続くとくるものがある。本来であれば二年後に味わうことになるだろう苦痛を異世界で経験しているのは、笑える冗談だった。

「……すまん」

「え?」

「今のは……少々言いすぎだった。酒が入るとどうもな……」

 頭をかきながら女性は言う。唐突な謝罪に大和は困惑した。

「あ、いや、本当のことですし気にしてないですよ」

 どちらかというと、官軍の将軍が無官の男に対して簡単に謝罪することの方が気になる。それと目のやり場に困る服装も。他の客もチラチラと見ているが、気にならないのだろうか?

 そんな大和の思いをよそに「そう言ってもらえると助かる」と、はにかみながら言った華雄は、

「ふむ……そうだな。さっきの件の礼もあるし」

 空になった酒杯を置いて、少し真剣な表情を見せた。

「いえ、お礼はラーメン奢るのでチャラだって――」

「細かいことを気にするな。そうだな。もし左腕が完治した後でも職が無かったときは、私を頼ってこい。紹介状を書いてやろう」

「紹介状をですか?」

「ああ。今回の征伐が終わってからになるが、その頃には治っているだろう? ただ、私が紹介する以上は軍関係の仕事になるが……」

 ジロジロと大和を見る。やはり美人だ。と大和は思った。軍人とは思えないほど白くきめの細かい肌をしている。

(て、顔近いって。まぁ、ラーメンと酒の臭いで色気もくそもないけど)

「なんだったら私の軍にでも入るか? 見たところ身体も鍛えていたようだし、鍛錬し直せばそこそこモノになると思うぞ」

「軍隊ですか……」

 気が向く話ではない。平和ボケした国出身の人間には荷が重すぎるだろう。しかし、大和にとって彼女の善意自体はありがたかった。冗談ではなく本気で言っているのが分かる。

「ありがとうございます。何はともあれまずは腕の完治ですかね」

「ああ。矛盾するようだが、ゆっくり養生して早く治すことだな」

 ニカッと笑い、酒瓶を直接持って残りを一気に空ける。と、

「将軍! こちらにいらっしゃったんですか! 探しましたよ……」

 軽装の兵士が駆け込んできた。

「んん? どうした?」

「どうしたもこうしたも……昼から遠征へ向けての合同調練じゃないですか! 張将軍もお怒りです!」

 呼吸を整えた兵士が語気を荒げると、途端に「しまった!」という表情に変わる。

「なんだと! どうしてもっと早く言わない!」

 

(……いや、将軍様。それは違うと思います)

 

「くそっ! 早く戻らなければ張遼の奴が何て言うか……親父! 連れの分も合わせてここに置いておくぞ!」

「やっぱり私の分は――」

「気にするな田伯鉄。私はスネかじりに払わせるほど鬼じゃないぞ」

 ニヤリと笑ったのも一瞬。

 踵を返し、慌ただしく去っていく。

 

(ちょっと待ってくれ! まだ聞きたいことがある!!)

 

「しょーぐーん! おかわりのラーメンはどうすればー!?」

 屋台から出てその背に叫べば、

「お前にやる! 遠慮無く食え!」

 振り向いて返す美人将軍様。

 その姿はみるみる小さくなっていった。

 

「嵐のような人だったな……」

 席に戻ると、

「へい、お待ち」

 差し出されたのは背脂チャッチャ系の濃厚スープのラーメン大盛り。

 つまり二杯目のラーメンだった。

 さらに一杯目も勝手に大盛りにされていたことを付け加えておく。

 そしてそれもまだ完食できていない。

 

「あの……これ残しても……」

「…………」

「ははは……」

 ヤクザの親分のような人相の親父さんに見守られながら、田伯鉄は二杯のラーメンと格闘するのであった。

 

 

 

―・―・―・―・―

 

「う……うぷっ……」

 

 洛陽の街を二人で歩く。

 兄妹で出歩くのは管輅さんに会った日以来のことであった。

 大和は昨夜のことを思い出すと少し恥ずかしさを感じたが、それで二人の関係が変わるという訳でもない。変化といえば、今後は真名で呼ぶようにと強い要請があったことだろう。もっとも、華将軍との話で「経済的な関係は早く変えたい」という思いは一層強くなっているが。

「に、兄さん、だいじょうぶですか?」

「微妙だがおそらくは……う……」

「これから太守様にお会いしに行くのに……どうしてそんなことになっちゃったんですか……」

 全然大丈夫でない様子に呆れ顔の妹。

 これからまさに董卓に会いに行くというのに、田伯鉄のコンディションは最悪だった。

 その原因は明らかだ。

 

「いや、この官服を買いに街へ出たらな。なんか美人のお姉さんのお手伝いをすることになって……それでお礼にお昼に誘われたらこうなった」

 あのラーメン大盛り二杯がかなりキている。久々の脂っこい食事だったというのもあるかもしれない。

 一度家に帰ったときに薬を飲んだが、残念ながらまだ効いてくれる気配はなかった。

「ぜんぜん意味がわからないです……で、誰なんですか? 美人のお姉さんて」

「そんな浮気を追求する嫁さんみたいな顔するなよ……」

「そそんな顔してないですっ」

 相変わらず狙った通りの反応をしてくれるのが面白い。

「官軍の華将軍だよ。ちょっとしたことで知り合ってね。例の匈奴の討伐軍にも参加するらしいから太守様についても聞いてみたんだけど、まだ会ったことがないってさ……どうした? 変な顔して」

「官軍の将軍さまって……ときどき兄さんがすごい人なのかそうじゃないのか分からなくなります……」

「どう見ても凡人の類だろ。自分が一番よく分かってって……あそこか」

「はい、あのお店のようですね」

 前方に見えてきた一際大きな飯店。

 今は食べ物を見たい気分ではないが、あそこが董卓と妹との会談の会場なのだから仕方がない。

 

(董仲穎……か。菊音や華将軍がそうだったことを考えると、やはり女性だろうか? しかし、大将軍の何進は男だということを考慮すると……)

 

「果たしてどういう人物なのかね」

 

 腹をさすりながら、想像を巡らせるのだった。


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