東方従者伝―瀟洒の妹―   作:竜華零

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注意:
お酒は二十歳になってから。


博麗神社:宴会

 ――――気のせいか、懐かしい夢を見ていた気がする。

 内容は、思い出すことが出来ない。

 夢とはそう言うものだろう、白夜はそれ以上深くは考えなかった。

 

 

「…………」

 

 

 吸血鬼の館に陽は射さない、しかもここは地下だ。

 たとえ目が覚めたとしても視界に入るのは闇ばかりで、何かを見ることは出来ない。

 一方で、闇の中にいるために感覚だけは鋭敏になっている。

 

 

 まず、身体が、鉛のように重かった。

 腕一本、あるいは足一本を動かすにも難儀しそうな気だるさを感じていた。

 気だるさが過ぎて、頭の芯も鈍っているようにすら思える。

 関節の節々が痛い、感覚だけは鋭いから余計に疲労の重さを感じるのだ。

 その代わり、耳は傍らの吐息を感じ取り、肌はその温もりを感じていた。

 

 

「んん……」

 

 

 むずかるような声が数センチ傍から聞こえて、胸の上で何かが動いた。

 さらさらとした感触が首筋を(くすぐ)って、思わず動いてしまった。

 そのせいだろうか、声の主も目を覚ましたようだ。

 自分の肩に小さな手が乗り、代わりにさらさらした感触――髪の毛だ――が離れて行った。

 

 

 そして、闇の中に血の色をした1対の光と、同じく1対の七色の輝きが浮かび上がった。

 

 

 フランドールだ。

 暗闇の中、彼女は猫のように伸びをした。

 まるでそれで全てが活性化したかのように、香り立った。

 それは血の匂いだ、圧倒的なまでの血の匂いがあたりに立ち込めていた。

 

 

「んー……おはよう、白夜!」

 

 

 どうやら今日の目覚めは良好らしい、白夜はほっとした。

 何しろ起き抜けに「始まる」時もあるので、起床後だからと言って油断は出来ない。

 ほっとして目を閉じ、そしてまた目を開ける。

 すると、自分の状況ががらりと変わっていることに気付いた。

 

 

 まず部屋に照明がついていた、それから就寝までの間に滅茶苦茶になっていたはずの地下室が清潔に整えられていた。

 それから自分は壁の隅に立っていた、しかもメイド衣装を着ていた、寝る時に着ていた衣服は下着まで含めて全てダメになってしまったはずなのに。

 そして主は地下室の真ん中に設えられた紅い丸テーブの前に座っていた、テーブルには軽食と紅茶が乗っている。

 

 

「あ、咲夜」

「はい、妹様。良くお眠りになりましたか?」

 

 

 姉だった、どうやらまた時間を止めて全ての準備を終わらせてしまったらしい。

 別に今に始まったことでは無く、咲夜はフランが目覚めると決まって地下室に来る。

 どうやってタイミングを読んでいるのか気になる所だが、それは白夜には教えてくれない。

 そしてこう言う時、主たるフランが苦笑しているのが妙に印象的なのだった。

 

 

(えーと……おはよう?)

「……今は夜よ」

(あれ?)

 

 

 朝に寝たので、目覚めが夜になるのが紅魔館だ。

 まさに見事な昼夜逆転、姉は睡眠時間を操作できるので、それで体内時計が狂ったりはしないのだろう。

 首を傾げている白夜に溜息を吐くと、翻って彼女はフランに笑顔を向けた。

 

 

「さぁ、妹様。軽く食事を済ませたら、出発です。レミリアお嬢様方はもう準備を済ませてお待ちしておりますよ」

「あ、そっか……今日だったっけ」

(あれ? どこかに行くの?)

 

 

 逆方向に首を傾げたのが気に入らなかったのか、きっとした表情で咲夜は白夜を睨んできた。

 白夜はおつかいを果たせなかったこともあり、内心でビクビクと怯えていた。

 足はいつでも美鈴目指して駆け出す用意は出来ているのだが、一方でフランがクスクスと笑っていた。

 そんなフランに咳払い一つ、咲夜は言った。

 

 

「――――博麗神社よ」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 多くの人妖ひしめく幻想郷は狭いようで広大だ。

 それでいて住まう者それぞれが個性に溢れているものだから、まとまりなどあるはずも無い。

 しかしそんな彼女らにも、唯一、共通して好むものがある。

 

 

 奇跡的なまでにバラバラな彼女らに共通するものがあると言うのは、それこそ奇跡のようにも思える。

 しかもそれは、幻想郷の全ての時代に当てはまるわけでは無い。

 今、この時代、この瞬間の幻想郷の人妖達が共通して好むもの。

 ――――博麗神社で開かれる、宴会である。

 

 

(前略、自分以外の皆が今日宴会があることを知っていた件について)

 

 

 寒風吹きすさぶ幻想郷の夜、白夜は紅魔館の面々と共に博麗神社にいた。

 博麗神社とは幻想郷の東端に存在する古びた神社で、噂によれば幻想郷を維持するための結界があるとも言われている。

 まぁ、そのあたりの難しいことは白夜にはわからない。

 

 

 彼女にとってより重要なことは、紅魔館のメンバーが宴会の存在を知っていたことだ。

 しかも自分にだけ黙っていた。

 他の者はともかく美鈴まで黙っていたことについて、白夜は割と傷ついていた。

 だから裏方で働く姉の手伝いもせず、宴席でひたすらに食べているのだった。

 

 

「なぁフラン、何でアイツはひたすら飲み込みきれない量の料理を口に詰め込んでるんだ? ほっぺがリスみたいになってるぞ」

「うーん、たぶん拗ねてるんだと思うけど……」

 

 

 そう魔理沙と話すフランの頬は赤い、魔理沙が傍にいるからでも酒が入っているからでもなく、単に初めて参加する宴会に興奮しているのだろう。

 最近のフランは調子が良い――比較的に、と言う意味だが――、魔理沙の前だとそれが顕著なため、魔理沙が面倒を見るならと言う理由で今回の宴会への参加が許されたのだ。

 だから前々から楽しみにしていたのだそうだ、白夜は知らなかったが。

 

 

(それにしても、凄い人数だな)

 

 

 曰く「リスのようにほっぺを膨らませた」白夜は、無表情にもごもごさせながらあたりを見渡した。

 本殿と鳥居の間の広い空間に、座席代わりの赤い敷き布と、その上に数々の宴会料理がこれでもかと並べられていた。

 料理のジャンルが和洋折衷に富んでいるのは、作っている人間が多岐に渡っているからだ。

 

 

(あ、これ咲夜姉のだ)

 

 

 味にも個性がある、咲夜の料理はまさに姉らしく、一分の隙も無い。

 他の味もある、例えば妖夢の味はあっさりしていて、慧音のは辛めで、アリスは意外と甘い。

 知らない味もいくつかあって、宴会で出される料理はそれだけで長時間楽しむことが出来るというわけだ。

 普通はホスト側が用意するのが筋なのだろうが、こうまで人数が多いとそれも酷だろう。

 

 

 紅魔館のメンバーや魔理沙だけでは無い、宴会には幻想郷の人妖が参加する。

 特に博麗神社の宴会は、幻想郷の諸勢力のほとんど全てが参加するのだ。

 一種のサミットのようなものとも言えるが、内容は要するに酒盛りだ。

 こうして見渡せば、てんやわんやの大騒ぎをしていることがわかる。

 

 

(あの中に飛び込むのは、結構勇気いるよね。しないけど)

 

 

 まず耳につくのは音楽だ、と言っても賽銭箱の上で歌っているチルノでは無く――何やら大妖精がチルノのスカートの裾を引っ張ってやめさせようとしている――ポルターガイストのプリズムリバー三姉妹が奏でるクラシカルな音楽、ミスティアと山彦妖怪の幽谷響子が組む『鳥獣伎楽』が叫ぶ爆音とシャウト、そして新参の琵琶・琴・太鼓の付喪神である弁々、八橋、雷鼓が打ち鳴らす和楽だ、競うように奏でているものだからやかましいが、それでいてまとまった音楽にも聞こえるから不思議だ。

 

 

 賑やかな音楽に盛り上がりやんややんやと酒瓶片手に盛り上がっているのは、あれは命蓮寺と呼ばれる勢力の一派だろうか、紅魔館に負けずなかなかの個性派揃いのようだ。

 直接の接点は無いが、姉から噂――と言う名の予習――は聞いていた。

 特にあの聖白蓮と言う住職の傍にいる尼僧、雲居一輪と言うらしいが、彼女の傍らにあるピンク色の雲は何なのだろう、おそらく妖の類だろうが謎な存在ではある。

 

 

「ばぁっ! お~ど~ろ~け~!」

「…………」

「……、お、おどろけー?」

 

 

 その時、右からわっと声をかけてくる者がいた。

 水色のショートボブにお化けのような唐傘を持った少女、多々良小傘だった。

 彼女も付喪神の一柱なのだが、人間を驚かせることに一生懸命な妖怪として有名だ。

 その驚かせ方は、「飛び出てうらめしや」の1種類だけである。

 

 

(でもフラン様の前でやめた方が良いと思)

「 オ゛ ド ロ゛ ゲ ~ 」

 

 

 左を向いた瞬間、時間が止まった。

 そこに化け物がいた、宴会の席には似つかわしくない血生臭い化け物だった。

 大猿の頭に獅子の胴体を持ち、尻尾は牙を剥く大蛇だった、それが大口を開けて目の前に迫っていた。

 

 

(――――!)

 

 

 さしもの白夜も卒倒しそうになった、まさにその時だ。

 今まさに自分の頭を噛み砕こうとした瞬間、逆に――逆に! その化け物の姿が砕け散ったのだ。

 ガラスの割れるような音がして、一方で血肉が散ることは無く、すぐに目を回す少女の姿になった。

 黒髪に黒のワンピース、色と形の異なる異形の翼を持つ少女だった。

 

 

「き、きゅう~」

「ああっ、ぬ、ぬえが~!」

 

 

 小傘によるとぬえと言うらしい。

 よほど強烈な一撃だったのだろう、介抱されているぬえはぐるぐると目を回したまま動かない。

 

 

「あ、お姉様かと思った」

(そ、それはいったいどういう意味なんだろう……助かったけど)

 

 

 どうやらフランが「きゅっと」したらしかった、少し驚いた顔でどこからともなく表れた狸の妖怪(マミゾウ)に回収されていくぬえを見送った。

 それを、小傘も脱兎の如く追いかけていく。

 さらに言えば、「スクープですねー」と文がそれをカメラに収めていた。

 大きく息を吸い込み、安堵と疲労から長く息を吐いた。

 

 

 まったく、心の落ち着く隙が無い。

 幻想郷の宴会としてはいつものことだが、これだけの集団が揃えばさもありなん、だ。

 騒々しい、全く持って騒々しい。

 夜空を見上げれば高い位置に空があり、見惚れるほどに美しい満天の星空がある。

 本来は最高の酒の友になるだろうそれらも、ここまで騒々しければ……。

 

 

 

「五月蝿いわね」

 

 

 

 騒々しさが、掻き消えた。

 夜の静寂さが一瞬だけ戻り、宴会に参加する面々は同じ地点へと視線を向けた。

 幻想郷の人妖、それも幻想郷を象徴すると言っても過言では無い程の有力者達を前にして、しかしその人物は一顧だにした様子が無かった。

 泰然自若、この強烈な妖気と神気の中に在って揺らぐことが無い。

 

 

「毎度毎度、私の神社で好き勝手に騒いでくれちゃって……」

 

 

 赤い漆の酒坏に薄い桜色の唇が触れ、ほぅ、と酒の熱を孕んだ吐息が漏れる。

 作り込まれた陶器の如き冷たさを連想させる白い肌は、自ら孕んだ酒気によってほんのりと赤みを帯びている。

 物憂げに細められた瞳は、赤みのある黒。

 夜闇にますます艶やかさを増す黒髪には、誰の目をも引くだろう赤い大きなリボンが結ばれている。

 

 

 袖の無い、腋を外部に露出した不思議な構造の巫女服。

 袴と言うよりはスカートに近いそれは、境内の中央に座す彼女を中心に咲く大きな牡丹のようだ。

 いや、花と言うなら彼女は幻想郷にとって唯一無二の花であろう。

 その花の名を、人はこう呼ぶ。

 

 

(――――博麗の巫女)

 

 

 正しくは、博麗霊夢と言うのが名前だ。

 名前からわかる通り、この神社の巫女――祭神不明・神主不在――である。

 そして博麗の巫女とは彼女の役職名であり、システムの名前だ。

 存在そのものに意味があるらしいが、それ以上に幻想郷の仲裁者としての側面が強い。

 

 

 本来は妖怪退治・異変解決がその役目であり、通称弾幕ごっこと呼ばれるスペルカード・ルールの制定者でもある。

 そしてそのルールに基づき、就任以後に起こった数々の異変を実際に解決してみせている。

 白夜の主人格であるレミリアやフランも、一度は彼女の前に敗れた。

 

 

「あら霊夢、相も変わらず冷たいのね」

「私は別に冷たくしているつもりは無いわよ」

「うふふ、そうね。あなたはそうだわ、そうでなければ、ね」

 

 

 もっとも、当のレミリアは霊夢のことを殊の外気に入っている様子だ。

 今も霊夢の傍でワインなど飲んでいる、巫女の傍で飲むのは決まって幻想郷でも屈指の大妖怪か、さもなくば屈指の大馬鹿者だけだ。

 しかし正直に言うのであれば、白夜は彼女が苦手――いや、怖いと思っていた。

 

 

(何か、見てると胸の奥が寒くなる気がする)

 

 

 白夜は姉の咲夜のことを別格の存在だと思っている。

 あれは人間と言う種族の枠で考えれば、まさに例外的な存在だ。

 美しく、強く、博識で、瀟洒であり、そして完璧であった。

 一方で姉はどこまで行っても人間だと思う、規格外の能力を持っていても人間だと思う。

 何故なら彼女には感情がある、愛があり、狼狽がある、怒りがあり、喜びがある。

 

 

 だが、この博麗の巫女はどうだろう?

 

 

 彼女ははたして人間なのだろうか。

 彼女は何に喜ぶのだろう、怒るのだろう、戸惑うのだろう、愛するのだろう。

 いや、そもそもそんな感情を持ち合わせているのだろうか。

 数多の妖怪を薙ぎ倒してもなお強さの底が見えない、そんな存在をただの人間と言って良いのかどうか。

 話したことはある、が、何も記憶に残らないのだ。

 

 

(話しても、まるで空っぽの箱に声をかけてるみたい)

 

 

 空虚、虚無、がらんどう。

 それらの言葉が虚しく聞こえてしまう程に、彼女――博麗霊夢には何も無い。

 彼女は異変を解決する、それが仕事だからだ。

 彼女は妖怪を退治する、それが人間の役目だからだ。

 彼女は話しかければ返事を返す、そういうものだと思っているからだ。

 

 

「……霊夢」

 

 

 <博麗の巫女>、博麗霊夢。

 白夜にとって、彼女は破格の存在に映る。

 ただの人間として、いや通常の存在として測ることの出来ない彼女は破格としか言いようが無い。

 彼女は独り、ただひとりの、幻想郷に咲き誇る――――……。

 

 

「霊夢!」

「……何よ、五月蝿いわね」

 

 

 不意に。

 不意に、霊夢が人間らしい表情を浮かべたのを白夜は見た。

 それまで誰に何を話しかけられても面白くもおかしくも無い、と言う顔をしていた霊夢だが、しかし今は少しばかり面倒そうな表情を浮かべていた。

 唐突に起こったその変化は、彼女を取り巻いていた虚無の壁を消し去ってしまった。

 

 

「魔理沙、アンタはもう少し静かに飲むって言うことが出来ないわけ?」

「何言ってんだよ、宴会だぜ? そんなしみったれた飲み方してる方が悪いんだろ、ほらこっちの盃使えよ」

「何の相談も無く宴会だーって言われなきゃ、私だってもう少し楽しく飲めたでしょうよ。と言うか、何その顔より大きいの。そもそもそれ、アンタが使ってた奴じゃない」

「まーまーまーまー、まずは飲め。話はそれからだろ?」

 

 

 霧雨魔理沙、霊夢と共に――というより、半ば強引かつ勝手に――異変を解決してきた人間の少女がどかっと隣に座ると、面倒そうにしつつも魔理沙の押し付けてくる酒坏を受け取った。

 それになみなみと酒を注ぎながら……何か、頭の両側からねじれた角を生やした鬼の少女が「私の瓢箪ー」と魔理沙の腰にまとわりついているが、とにかく、魔理沙は霊夢に酒を注ぎながら腕を上げた。

 

 

「今日も騒ぐぜ――――!」

 

 

 おーっ、と、霊夢の言葉で静かになった場がまた賑やかになる、気のせいか音楽組の曲調が一段と激しくなったようだった。

 盛大な溜息を吐きつつも、今度は霊夢もそれに文句を言いはしなかった。

 自分の顔よりも大きな盃に口をつけ、勢い良く煽る。

 やんややんやと、魔理沙がそれを囃し立てた。

 

 

「あっ、やりますね霊夢さん! では私も……これでっ!」

「うわ何だ早苗!? て言うか何で桶持ってんだ、お前相当できあがってんだろ!?」

「らいりょうぶれふっ、ぷろれすはら!」

「何がよ、何が……」

 

 

 山の巫女が突撃してからは、ますます収拾がつかなかった。

 そうなってくるともう、巫女から空虚さや虚無さと言うのは感じなくなってしまった。

 そこにいるのは、ただの少女だった。

 幻想郷ならどこにでもいる、少女だった。

 

 

「ぶー」

(わわっ?)

 

 

 何となく見ていたら、急に足に重みを感じた。

 フランだった、魔理沙に置いていかれて拗ねているらしい。

 と言うかあの普通の魔法使い、レミリアとの約束を速攻ですっぽかすとか強者過ぎる。

 ……まぁ、裏を返せばフランのことを信じているとも言えるのだろうが。

 

 

「ねぇ、白夜ー」

(何ですか、フラン様)

「楽しい?」

 

 

 白夜の膝に頭を乗せてころんと寝転がったフランは、こちらを見上げつつそんなことを言った。

 何に対して、楽しいかと問うて来たのだろうか。

 宴会にか、それとも普段の生活にか、あるいは他の何かに対してか。

 

 

 幻想郷、油断すれば人間などすぐに命を失ってしまう世界だ。

 それはとても美しく、そして残酷な場所。

 住まう場所は紅魔館、属する勢力は紅き吸血鬼の下。

 種族は人間、力は時刻を操る能力。

 死は、すぐそこにある。

 

 

(――――……そうですねぇ)

 

 

 ふと、風が吹いた。

 木々を揺らし葉を散らし、ひらひらと酒坏の中に花弁が落ちる。

 酒の中に揺れるそれは、まるで人の心のよう。

 いや、あるいは自分自身か。

 

 

「あ」

 

 

 声を上げたのは主人、白夜は何も言わない。

 ただ、膝の上で丸くなる彼女を見つめただけ。

 それだけでフランは驚いて、そして嬉しそうに笑顔になった、それから。

 

 

「白夜、可愛い」

 

 

 何を言っているんだろうか、この主人は。

 

 

「あ、ちょっと咲夜さん待って咲夜さん。だって白夜さんに黙ってたのってびっくりさせたかったからで……あ、痛いです痛いです刺さってます刺さってます」

 

 

 そして、あそこで何やらいちゃついている姉と姉貴分は何をしているのだろうか。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「――――紫? 何を見ているの?」

「……いいえ、別に何も。強いて言うなら貴女かしら、幽々子」

「あら、嬉しい」

 

 

 賑やかな宴会から距離を置き、神社の屋根の上と言う何とも罰当たりな場所に彼女らはいた。

 冥界の姫こと西行寺幽々子、そして幻想郷の賢者・八雲紫の2人である。

 彼女らも手に酒坏を持ち、眼下の宴会と天上の月を肴に語り合いつつ美酒を楽しんでいた。

 一口含んで息を吐く紫に、幽々子が小さく首を傾げながら微笑した。

 

 

「何かを考えているの?」

「そんなに小難しいことを考えているわけでは無いわよ。ただ、ねぇ、幽々子」

「何かしら、紫」

「新しい可能性と言うのは、いつだって興味を引かれるわね」

「ええ、そうね。その通りだわ」

 

 

 この親友の頭にあるのは、あの半人半霊の少女だろうか、紫はそんな風に思った。

 しかし可能性と言うのは、常に負の側面をも持ち合わせている。

 いつだって成功するとは限らず、時として取り返しのつかないことになることもある。

 幻想郷の維持を宿命とする紫にとって、それは警戒すべきことだ。

 

 

 しかし、『幻想郷は全てを受け入れる』。

 『残酷に、そして美しく』。

 あの「新たな可能性」が何を成すか見定めるまでは、いかなる断も下すまい。

 ――――たとえそれが。

 

 

 

「……たとえそれが、この世界に存在するはずの無い人間(はくや)であったとしても、ね」

 

 

 

 コココ、と、狐のように喉奥で嗤い、紫は空を見上げた。

 そこに在るのは大きな月と、夜の海に漂う砂粒のような星々だけ――では、無かった。

 そこには、隙間(スキマ)が在った。

 紫色の昏い空間の中、無数の目が浮かぶ、それもスキマの数は一つ二つでは無い。

 

 

「ねぇ?」

 

 

 ニィ、と瞳を細め、欠ける月のように唇を歪め、悦びを感じているかのように言の葉を紡いだ。

 誘うように扇子の先を向け、星々に重なるかのように広がる無数の、それでいて小さなスキマ達に向けて、彼女は言った。

 八雲紫と言う名の、スキマの妖怪は言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アナタも、そう思うでしょう?」

 




紫「アナタ、み て い る わ ね ?」

最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
東方の二次創作を書いたら絶対にこれを入れようと思っていました、紫様が見ている……! 紫様が私達を見ていますよ……!
これだけで、私は満足です。

それと、霊夢さんの登場シーンには全力を出しました。

さて、前話で述べたように本編と言う意味ではこれが最後になります。
あとはエピローグ含むお遊びと、後はそうですね、幻想郷縁起の白夜のページでも作って終わろうかな、と思っています。
一話あたりの分量が少なめだったので認識はありませんでしたが、この物語も9ヶ月に渡り続き、さらに文字数も10万字を超える所まで来ていました。
本一冊分というところでしょうか、これも読者の皆様の声援・感想等のおかげです。

本当にありがとうございました。
それでは、もう少しだけ、竜華零の幻想にお付き合い下さいませ。

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