東方従者伝―瀟洒の妹―   作:竜華零

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表裏では無く前後編成になっているのは、わざとです。
では、どうぞ。


十六夜白夜:前

 物心ついた頃には、すでに姉と一緒に紅魔館の内側にいた。

 そして、幼いながらもすぐに気付いた。

 紅魔館(ココ)は、人間(じぶん)がいるべき場所では無いのだと。

 

 

 今にして思えば、館中から漏れ漂う妖の気配に怯えていたのだろうと思う。

 特にそれは夜に酷く、独り、部屋の中で震えていた。

 時には朝まで、つまり太陽が昇るまで眠れない日もあった。

 あまりに怖くて、泣いて過ごした夜も一夜や二夜では無かった。

 

 

「白夜」

 

 

 そう言う夜には、いつも姉が来てくれた。

 でも、ただ優しくされたという記憶はあまり無かった。

 幼い頃からすでに、姉は「紅魔館のメイド」としての鎧を纏っていたように思う。

 

 

「泣くのはやめなさい。ここでは自分のために泣いてはいけないのよ」

 

 

 姉に泣くなと言われてからは、泣かなくなった。

 泣かないよう努力した、いつしか本当に泣かずに済むようになった。

 それでも、少しは泣いてしまうこともあった。

 

 

「……でも、今日だけは一緒にいてあげる。そうすれば、怖いことなんで無いでしょう」

 

 

 ――そう言う夜には、姉が来てくれた。

 そして叱られながら、穏やかに眠りについた。

 そうして、また年が過ぎた。

 

 

 5歳の春、初めて美鈴に会った。

 紅魔館の気配にも慣れ、自分の足で歩けるようになり、危なっかしくも館の外に出た時のことだ。

 ちょうど庭園の花々が満開の花をつけていて、自分はそれに目を輝かせていた。

 怖さも忘れて、ただ夢中で花を見ていた。

 そして姉にも見せてあげようと思って、花を茎の半ばから摘み取ろうとした。

 

 

「ダメだよ、そんなことしたら」

 

 

 美鈴に声をかけられた。

 綺麗なお姉さんだと思った、が、すぐに自分とは違う生き物だと気配でわかった。

 ひゃっと悲鳴を上げて、逃げ出したのを覚えている。

 後で、あれはなかなかショックだったと笑っていた。

 

 

「こんにちは」

 

 

 それでも花が見たくて、毎日のように庭園に通った。

 そんな自分を、美鈴はいつも笑顔で迎えてくれた。

 日を重ねるごとに、距離が縮まっていった。

 夏になる頃には、すっかり懐いていた。

 

 

 特に何が出来るわけでは無かったが、一生懸命に庭園の手入れを手伝った。

 一緒に苗を植え替えたり、水をやったり、季節ごとに咲く花が違うことも教えて貰った。

 そうして毎日のように通っていたら、何故か姉が怒りっぽくなった。

 以来、姉に叱られると思ったら美鈴の所へ逃げ込むようになった。

 

 

「あらら、今度は何をしたんですか? 私も一緒に行ってあげますから、ちゃんとお姉さんにごめんなさいしましょう。白夜ちゃんは良い子だから、できるよね?」

 

 

 今にして思うと、姉が美鈴に小言を言うようになったのは自分のせいかもしれない。

 それは、ちょっとだけ悪かったかもしれないと思う。

 ――ちょっとだけ。

 

 

 6歳の夏、パチュリーと小悪魔に会った。

 姉に連れられて図書館に行ったのが最初で、何でも勉強をしろと言う。

 姉は1年前からやっていて、今年からは自分も、と言うことらしかった。

 逃げ出した、捕まった。

 

 

「――――また、何か来たわね」

 

 

 顔色の悪いお姉さん、それがパチュリーの第一印象だった。

 あまり友好的では無く、怖くて姉の背中に隠れた。

 

 

「まぁまぁ、よろしいじゃありませんか。咲夜ちゃんたってのお願いなんですし」

「私が何故、人間の小娘の頼みを聞かないといけないの?」

「お嬢様もよろしくと言っておりましたし」

「私はレミィの部下では無いわ」

「ああ言えばこう言うんですから……」

 

 

 むしろ、パチュリーと一緒にいた小悪魔の方が印象が良かった。

 美鈴のおかげで妖怪慣れしていたことも理由だろうが、少なくとも表面上は、小悪魔は「優しいお姉さん」に見えたのだ。

 ただ、姉は小悪魔から自分を隠すような位置に立っていた。

 この頃から、危険度の高低を測るのが上手かった。

 

 

 距離感を測る、と言うか。

 空気を読む、と言うか。

 自分の立ち位置を選ぶのが上手かった、器用だったのだろう。

 子供の頃から、すでに<完全で瀟洒な従者>の片鱗を見せていた。

 

 

「はぁ……仕方ないわね」

 

 

 心の底から面倒そうに、しかし放り出すことはせず、パチュリーは言った。

 その言葉はどういうわけか、何年経とうと心の底から消えることは無かった。

 

 

「ようこそ魔女の鍋の中(としょかん)へ、心の底から同情するわ。

 

 此処には世界の全てが在る。

 

 此処には世界の真理が在る。

 

 此処は魔女が蓄えた知識の泉、その水を飲めば貴女も叡智を得るでしょう。

 

 けれど私はその水の飲み方を教えない。

 

 その毒の処し方を教えない。

 

 それは貴女が自分で探しなさい。

 

 魔女の図書館から探しなさい。

 

 此処には全てがあり、真理があり、名声があり、栄光があり、そして死と創造が在る。

 

 せいぜい、図書館の一冊にならないよう気をつけることね」

 

 

 それから、パチュリーの下でいろいろなことを教えて貰った。

 読み書き、算術、語学、歴史、経済……様々なことを。

 そのほとんどに白夜はついていけなかったが、姉の助けで何とかなった。

 この頃から、姉はあまり褒めてくれなくなった。

 

 

 7歳の秋、初めてレミリアの前に通された。

 それまでレミリアは姉にしか興味を持っていなかったが、魔女や門番の話を聞いて少し興味を持ったらしかった。

 玉座のような椅子に座り、尊大にこちらを見下ろすレミリアの前で。

 

 

「赤ん坊の時以来かしら。私が貴女の所有者、レミリア・スカー……って、え?」

 

 

 一言で言えば、粗相をしてしまった。

 仕方ない、一目見た瞬間から呑まれてしまったのだから。

 何の力も無い7歳の人間の娘が、500年を生きる吸血鬼の前で平静を保てるはずが無いのだ。

 

 

 吸血鬼はそこいるだけで人の魂を掴み、生殺与奪を思いのままに出来る。

 それは大妖怪のみが持ち得る権利だ、人間には持ち得ない権利だ。

 姿形を目にした瞬間から、滲み出る強大な妖力に呑まれてしまったのだ。

 蛇に睨まれた蛙の心地とは、まさにこう言うものだろう。

 

 

「え、え? ちょ、ええ? えーと……咲、は不味いのか。じゃあ美鈴だな。美鈴、めーりーん!」

 

 

 8歳の冬、身体がおかしくなった。

 能力が発現したのだ。

 最初に気付いたのは美鈴だった、姉でなかったのが意外かもしれないが、この頃は姉よりも美鈴と過ごす時間の方が長かったのだ。

 

 

「白夜ちゃん、危ない!」

 

 

 美鈴と庭園の手入れをしている時だった、土を入れた袋の山が崩れた。

 下敷きになって、すぐに美鈴が助け出してくれた。

 怪我一つなくて、その時は良かった良かったで終わった。

 ただ人間は脆いからと言う理由でパチュリーに診て貰った所、能力の発現が確認されたのだ。

 そうなってくると当然、訓練をしようかと言う話になる。

 

 

「私がこれに教えます。同じ人間が教えた方が効率が良いはずです」

 

 

 と言う姉の一言で、姉が能力の使い方を教えてくれることになった。

 この頃すでに姉は「時間を操る程度の能力」を発現させ、しかも完璧に使いこなしていた。

 館や図書館の空間拡張も始まっていたし、すでにして戦力に数えられていた。

 姉の時はレミリア自らが鍛えたらしいが、白夜はその姿を見たことは無かった。

 

 

 姉の訓練は長く、苦しく、そして厳しかった。

 泣くことも許されず、そして褒められもしなかった。

 何かにつけて白夜の行動を監視、もとい管理するようになったのもこの頃からだった。

 そして、姉が自分に笑いかけてくれなくなったのも。

 

 

「白夜、レミリアお嬢様がお呼びよ」

 

 

 そして、10歳の冬。

 姉に連れて行かれ、レミリア――この頃には流石に慣れた、というより、レミリアが妖気を抑えてくれるようになった――の前に通された。

 レミリアは、白夜に言った。

 

 

「白夜、貴女にフランの世話を任せるわ」

 

 

 それは、運命の言葉だった。

 




最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
フラ白だと思った? 残念、白夜の過去話でしたー!
この私が似たような展開を繰り返すわけがありません、姉編と妹編は当然、違うのです!
というわけで、次回こそは白夜とフランドールのお話です。
それでは、また次回。

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