東方従者伝―瀟洒の妹―   作:竜華零

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注意事項。
※吸血的ないし性的描写があります。
※百合描写があります。
苦手な方は、ご注意下さい。


十六夜咲夜:裏

 十六夜咲夜にとって、妹・白夜がいかなる存在であるか。

 それは咲夜のこれまでの人生を語る上で外せない要素であり、また実の所、咲夜の胸の内にしか答えの無いものだった。

 その心の内を覗き込むことが出来る者が、もしいるのだとすれば――――。

 

 

「――――咲夜、お前は美しいな」

 

 

 厚いカーテンに覆われていなければ、温かな光が満ちていただろう広く紅い寝室。

 其は人間の時間、妖は夜を待ち息を潜める時間。

 だがその人間の時間において、紅魔館の主の寝室には鉄錆にも似た匂いが満ちていた。

 天蓋付きのベットの上で、まるで彼女は死んでいるかのようにぐったりとしていた。

 

 

「この肌、この手、この指」

 

 

 力なく垂れたその手を、血に濡れた小さな手が掬うように持ち上げる。

 遮るものの無い、まさに滑らかと言うべき肌の上に、血の色の線が引かれていく。

 それはどこか、処女雪を踏み潰すような快感に似ていた。

 持ち上げられたその指の1本に、嬲るような、弄ぶようなゆっくりさで舌を這わせる。

 その際に肌の上に引っ掻いたような薄い傷が出来るのは、舌の横の牙のせいであろう。

 

 

「この身体、この足、この胸、この顔」

 

 

 そうしながら、やはり血に濡れたもう片方の手が身体の上を張っていく。

 やはり嬲るように、弄ぶように、嘲笑うように、愉しむように。

 脹脛(ふくらはぎ)から太腿(ふともも)、太腿から付け根を通って腹へ、お臍の周りを焦らすように円を描いてから胸を通り、喉、顎、そして頬へと撫でていった。

 鋭い爪先が肌の上を引っ掻き、その度にビクリと身体を震わせる。

 

 

 どうにも出来ない。

 彼女――咲夜に出来ることはなすがままになることであって、主の戯れのような動きを止めることなど出来ようはずも無い。

 咲夜はただ力の無い生娘として、闇に輝く毒々しい紅き2つの瞳を見上げることしか許されないのだ。

 最強の吸血鬼、レミリア・スカーレットの魅了の瞳を。

 

 

「そして、この瞳」

 

 

 カリッ、と目の下を引っ掻かれる。

 薄い照明の中、己の上に圧し掛かってくるレミリアの姿を見る。

 自分より5つ以上幼く見える裸身はしかし、自分の10倍以上の妖艶さと色香をもって自分を翻弄している。

 主の寝室に入る前に着ていた自分のネグリジェは、今やどこに失せてしまったのだろう。

 

 

「――――お前は、美しい」

「……お戯れを……」

「いいや。良くぞここまで美しく、強く、気高く育ってくれたものだと思うわ」

「お、お嬢様……」

「……私の従者、私だけの咲夜。貴女は本当に良く、私に仕えてくれているわ」

 

 

 ぴったりと身を寄せ、そして耳元でそんなことを囁かれる。

 甘く、耳朶にそして脳髄を蕩かそうとするかのような、魔の香りを孕んだ声音。

 意識が飛びそうになるのを、しかし主は許してはくれなかった。

 

 

「あぁ……っ」

「悪い子だ。まだ、気をやるには早いわよ」

 

 

 首筋に、小さな灼熱感を感じた。

 もう何度目かわからないそれに身を仰け反らせる、だが彼女の主は小さな身体に似合わぬ力強さでそれを押さえ込んで見せた。

 逃げる素振りすら出来ず、ただただ身体の内側から何かを奪われるような強烈な感覚に喘いだ。

 

 

「……次の月夜までは、まだまだ長いのだから」

 

 

 荒い息に波打つその首に、舌を這わせる。

 すると不思議なことに、鮮血をじわりと流していた傷痕――吸血鬼の牙の痕――が、霞のように消えてしまった。

 過敏になった身体にはそれすらも過度に感じられて、咲夜の額には玉の汗が滲んでいた。

 それをやはり舌先で掬い取りながら、レミリアはふとこんなことを言った。

 

 

「あの子……白夜も今頃、フランの所にいるのかしら」

 

 

 咲夜が小さく身を震わせたのに対して、レミリアは目を細めた。

 

 

「ふふ、心配?」

「……いえ」

「ふふふ、良いのよ。フランは加減が下手だものね、心配になるのも仕方ない」

 

 

 フランドールは加減が下手だ、特に狂気が表に出て来ている時は酷い。

 だがそれは、単に「好きなものに意地悪をしたい」と言う感情の延長線上にあるものに過ぎない。

 例えば今のレミリアのように、咲夜の最も弱い部分を針で触れるように指摘してやるのも、一つの形であると言える。

 まぁ、レミリアはフランと違い、壊れないよう大切に大切に嬲ると言うだけなのだが。

 

 

 仕方ない。

 レミリアは妖怪、妖怪は人間を喰う者だ。

 たとえ主従であろうと、その関係性が変わることは無い。

 

 

「ねぇ咲夜、貴女にとって最も大事なものは何かしら」

「それは、勿論、レミリアお嬢様です」

「ふふ、有難う咲夜。では質問を変えるわ、貴方にとって最も大事にしたい(・ ・ ・)ものは何?」

 

 

 大事に想うことと、大事にしたいと想うことは違う。

 似ているようでしかし、それは非なるものだ。

 

 

「あの子は貴女の弱み、完璧にして瀟洒な従者(さくや)の唯一の弱点」

 

 

 もし白夜がいなければ、咲夜はより完全な存在としてここに在っただろう。

 より冷たく、より合理的で、人間を超越した人間として君臨していただろう。

 それはもしかしたなら、紅魔館と言う勢力自体をより強大にしていたかもしれない。

 

 

 何しろ白夜は、確かに能力は強力と言えなくも無いが、しかし弱い。

 圧倒的に、弱い。

 幻想郷の決闘ルールに順応できていないという時点で弱すぎる、異変にもなればまず除外される程に。

 咲夜はそれをカバーするため、あるいは覆い隠すために様々なことをしなければならない。

 紅魔館に仕える際も、咲夜は妹の存在のせいで受けなくても良い責め苦を受けなければならなかった。

 

 

「捨ててしまおうと、そう考えたことは無いのかしら?」

 

 

 白夜が、妹がいなければ。

 こんなにも生きることが難しくはならなかったと、そう考えたことは無いか。

 無かったとは言えない。

 

 

 咲夜とて聖人君子では無い、妹のことを邪魔に思ったことが無いとは言わない。

 しかしその問いに対する答えは、とうの昔に出ているのだった。

 ――――他ならぬ、レミリアの中で。

 

 

「……確かに、あれは私にとって重荷でしかないのかもしれません」

「そう……」

「でも」

 

 

 ゆっくりと伸びた爪先が、撫でるように咲夜の頬に触れた。

 先を促す紅い瞳に、咲夜はふと微笑んで見せた。

 

 

「あのくらいの妹、面倒を見れずにお嬢様のメイドは名乗れませんわ」

 

 

 その言葉に、レミリアは笑みを見せた。

 それは思いの外満足そうな笑みであって、どこか安堵しているようにも見えた。

 まるで咲夜の答えの中に、自分自身の答えを見たかのような。

 咲夜もまた、そうすることでレミリアが安心を得ていることを知っていた。

 

 

 狂気の妹を抱えると言うことがどれ程のリスクか、思いの至らない咲夜では無い。

 一方で、レミリアにはもう純血の吸血鬼と呼べる同胞は実妹であるフランドール以外にいない。

 図書館の魔女やその使い魔、門番や妖精メイド達をいくら家族と呼んでみても、その事実は変わらない。

 そしてそれは、咲夜もまた同じ。

 同じ血と肉を持って生まれた者、肉親、それはもう白夜以外にはいないのだ。

 

 

「……咲夜」

「お嬢様、ああ……」

 

 

 他にいないと想うからこそ、愛しさは増しこそすれ失われることは無い。

 それに、癪では無いか。

 出来の悪い妹1人のせいで、などと陰口を叩かれるようではいけないのだ。

 だから彼女は、彼女達はより完璧で無ければならない。

 

 

 誰も妹を侮らないように。

 誰も妹を害そうなどと思わないように。

 彼女達は誰よりも気高く、瀟洒であり、そして完全でなければならなかった。

 だがそれは時として、疲労を生む。

 

 

「咲夜、貴女は私のモノよ。誰にも渡さないわ、誰にも……」

「はい、お嬢様。咲夜はお嬢様のモノです。ですから、どうか」

「……ふふ、本当に悪い子ね。咲夜」

 

 

 似た者同士の主従は次の月が顔を出すまでの短い間、互いを必要とした。

 互いの温もりを交わし、紅い紅い夢の中に埋没していった。

 そうしている間だけは、互いの心を癒すことが出来た。

 

 

(……レミリアお嬢様)

 

 

 その最中、左胸のあたりを噛まれた段になって、咲夜は自分の意識を手放すことにした。

 だがその最後の一刹那、咲夜は思った。

 あの時、妹を捨てたいかと問うてきた時のレミリアを思った。

 もしあの時、妹は重荷だと斬り捨てていたならば。

 

 

 ――――レミリアの爪は、自分の喉を引き裂いていただろうか。

 




最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
最初に申し上げておきますが、かっとなってやりました、今は反省しています。
でも仕方ないじゃないか、吸血鬼なんだから仕方ないじゃないか!(逆ギレ)

さて、それはそれとして次回ですね。
今話でも少し触れていましたが、次は白夜・フラン側の話になる予定です。
また吸血かな……ふぅ。
それでは、また次回。

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