そう言えばと、朝日が照らし出す幻想郷の景色を眺めながら思い出す。
自分、霧雨魔理沙が十六夜姉妹と出会ったのは紅い霧の異変の時だったが、友人としてつるみ始めたのはその後の終わらない冬の異変の時だったな、と。
魔理沙とて人見知りする人間だ、流石に昨日の敵は今日の友と極端には走れない。
肩を並べて共に戦い、初めて友と呼べるようになったのだ。
以来、毎日のように館の図書館に突撃している。
稀に嵌められてフランドールの遊び相手にさせられることがあるが、それはそれで刺激があって良い。
館の主も黙認状態だ、幻想郷の姉は大概妹に甘い。
「咲夜の奴も、なんだかんだと妹の面倒見てるしな」
単に性分なのかもしれないと思ったこともあったが、冬の異変の時にそうではないことを知った。
確信した。
あれは単純に、妹のことが大切で心配で仕方の無い馬鹿姉だ。
顔には出さないが。
おくびにも出さないが。
露とも漏らさないが。
だが長く一緒にいると、不思議とわかるものだ。
「さっきだってアイツ、妹おんぶして滅茶苦茶嬉しそうだったもんなー!」
「ほほぅ、そうなのですか?」
「ああ、だっていつも何も面白くも楽しくも無い、みたいな顔してんのに、さっきは――――……おい、何やってんだお前」
いつの間にそこにいたのだろう、景色に見惚れていて気が付かなかったのだろうか。
ばさっ……と漆黒の羽根が数枚、視界を舞った。
黒い羽根を持つ妖怪は幻想郷でもそう数はいない、そして自分にこうして話しかけてくる妖怪など魔理沙は1人しか思い浮かばなかった。
「ふむふむ、紅魔館のメイド長は隠れシスコン……と」
「文! お前、ちょ、何書いて……!」
「私は常に真実(おもしろいこと)しか載せませんから、大丈夫です!」
「それでいったい何が大丈夫なんだよ!」
鴉天狗の妖怪、射命丸文が現れた。
その手には携帯用のメモ帳と筆を持っており、ふむふむと頷きながら何事かを書いていた。
呟きから察するに碌なことでは無い、具体的には紅魔館のメイド長が記事を読み次第、幻葬「
「文々。新聞の発行部数的には、大丈夫ですよ」
「私の身の安全はどうなる!」
「さぁ、そこは部数には関係ありませんので」
けろりとした顔でそんなことをのたまう文を一睨み、だが肝心の本人はどこ吹く風だ。
一方の文は、魔理沙の箒にぶら下げられている袋――図書館の本の山――を見て、おやと声を上げた。
そんな文に、鼻を鳴らす。
「何だよ、記事にするか?」
「貴女が図書館から本を盗むのは日常茶飯事ですから、記事としての価値はゼロなんですよねぇ」
「違う、死ぬまで借りてるだけだ。それに、だったら咲夜のことだっていつものことだろ」
「あややや、わかってないですね。いつもはクールなメイド長がたった1人の肉親の前では……! みたいな所に、読者の関心が集まるのですよ」
「私だってクールな魔理沙様だぜ?」
何だか、物凄く微妙な目を向けられた。
「と言うか、白夜さんの話が出ましたけど……あれですか? 今までおつかいにかかってたんですかね?」
「おつかい?」
「ええ、昨日の昼間にも遭遇したのですが」
「ふーん……でも、妹の方は何も持ってなかったような気がするけどなー」
思い出してみても、白夜の手に買い物籠の類は無かった。
と言って姉が持っているわけでも無かったから、普通に考えて一度館に帰るなりしたのだろう。
「あるいは、未だおつかいを完遂できていない……とか」
「いやぁそれは無いだろー」
「でっすよねー! 私が昨日会った段階で人里目前でしたもん、それは無いですよねー!」
「「ハッハッハッハハハハッ!」」
本人が聞いたら卒倒しそうではあるが、傍から見るとそう見えるのかもしれない。
と言うのも、ごくごく一部の人妖を除けば「あの十六夜咲夜の妹」がおつかい一つこなせない無能である可能性に辿り着けるものはいない。
何しろ、一応は春雪や永夜の異変に参戦した人物である。
残念ながら弾幕ごっこをする所は見ていないが、忘れもしない春雪異変の時。
ただ1人、冥界の姫の死蝶にまともに触れることが出来た人間。
忘れもしない永夜異変の時、蓬莱の姫の永遠と須臾の中で唯一その影響を受けなかった人間。
あらゆる弾幕を受け、あらゆる能力を受け、それでもなお
「まぁ、つまりはぴちゅりまくったって話なんだけどな」
「そうなのですか?」
「ああ、そういやお前ってあのへんの異変にはノータッチだったもんな」
「不覚です。そうだ、良ければそのあたりのお話、詳しくお聞かせ願えませんか?」
「さっきの記事を取り下げてくれたら考えても良いぜ」
「……じゃあ、仕方ありませんね……」
「そこで諦めんなよ!」
その時だ、魔理沙と文はそれぞれ「おや?」とそれぞれ別の方向を見た。
するとどうだろう、遠目に何かが見えた。
魔理沙が見たのは銀髪の小柄な少女だった、何やら尻尾の毛が物騒に逆立っているのが見える。
文が見たのは金髪の人形遣いだった、何やら人形に物騒な刀剣を持たせている。
互いを見やり、一言。
「また何かしたのか?」
「失礼な、一晩中もふもふしただけです。貴女こそ何かしたんじゃないですか?」
「馬鹿言え、ちょっと魔導書を借りただけだよ」
「無断で?」
「許可無く?」
どっちもどっちである。
しかし互いの心の底から自分の非は認めず、お互いだけが悪いのだろうと思って、それでいて迅速に行動を起こした。
つまり、逃げたわけだ。
「待てぇ――――ッ!」
「魔理沙ぁ――――ッ!」
幻想郷最速の2人に追いつける者は、そうはいない。
椛とアリスの2人がそれぞれ文と魔理沙を捕まえるには、夜を待たなければならなかった。
夜。
朝が始まったばかりの幻想郷において、それは悠久の彼方と同義だった。
最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
いよいよ残す所僅かと言った風ですが、最終的にはやはりアレに行き着きます。
幻想郷と言えばアレ、そんな場面で終わりたいですね。
それと今考えているのは、劇場版の偽予告みたいなものを流して終わりたいと思っています。
描こうとすると死ぬほどしんどそうな超シリアスなやつ。
それでは、また次回。