東方従者伝―瀟洒の妹―   作:竜華零

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 ふと気が付いた時、少女は空にいた。

 どうやら夜であるらしい、眼前には黒い空に広がる無数の星々が広がっていた。

 地面を背にしてフワフワと浮いたまま寝ていたらしい、少女は大きく伸びをして欠伸をした。

 その際、黄色のリボンがついた黒い帽子が頭から落ちそうになって、慌てて押さえた。

 

 

 チロリと出した赤い舌は、幼げに見える顔立ちに何故か大人びた雰囲気を見せてくれる。

 セミロングの髪は薄く緑がかった灰色、大きな瞳は色素の薄い緑色。

 黄色の生地に緑の襟の上着、襟に入った白の二本線と大きな水色のボタン、そして袖の黒いフリルがアクセントになっている。

 スカートは緑の生地に白の二本線が入った膝までの物で、薄く花柄があしらわれている。

 

 

 少女には、特に目的地と言うものが無かった。

 ただただ気の赴くまま、幻想郷の何処かを放浪するだけだ。

 そんな生活を始めて、はたしてどれくらいの月日が経ったのだろうか。

 考えるだけ無駄と思える程の時間を、彼女はそうして過ごしてきた。

 

 

 遠い昔には、いや、ごく最近だっただろうか?

 まぁ良い、そこはあまり重要なことでは無い、少なくとも彼女にとっては。

 記憶の中には心を通わせた誰かがいたような気もしたが、今となっては意味の無いことのようにも思える。

 

 

 誰も彼女の心に触れることは出来ない。

 誰も彼女の姿を捉えることは出来ない。

 誰も彼女を認識することが出来ず、誰も彼女を意識することが出来ない。

 故に、<無意識>

 <無意識>こそが、今の彼女を構成する全てだった。

 

 

 しかし、それでもふと思うことがある。

 それはまさに無意識に掘り起こされる物であるのだが、それでいてけして消えない物でもあった。

 気が付けば手は、それに触れている。

 

 

 それは「目」だった。

 左胸の上にあるそれは紫色をしており、目からは身体の各所に繋がる管がある。

 どこかで見たことがあるような気もするそれは、しかし固く閉ざされていた。

 もはやその「目」が開くことは無いだろうと、そう思える程に固く、閉ざされていた。

 

 

 そのことを気に病んだことは無い。

 一方で、自分以上にそのことを気にしている者が1人いたようにも思う。

 さて、それは誰だっただろうか。

 考えることを放棄し無意識に委ねた頭では、なかなか回答を得ることが出来なかった。

 

 

 不意に、彼女の視界に映るものがあった。

 それは人間だった、それも2人いた。

 何とも奇抜な格好をした人間達だったが、どこかで見たことがあるような気もする。

 一方の和服はともかく、もう1人は丈の短いメイド衣装に身を包んでいて、それが余計に目を引いたのかもしれなかった。

 

 

 メイド服の方が和服の方を背負い、空を飛んでいた。

 和服の方は少し服が汚れていることを除けば普通な様子だったが、メイド服の方は戦いでも経たのか少し服を傷めていた。

 特にスカートの右側を弾丸が擦過でもしたのか、大きく抉れて白い太腿が見えていた。

 何とも美味しそうな太腿だが、別にそこに興味を引かれたわけでは無い。

 

 

 どうやらその2人は、何事かを話しているようだった。

 話していると言っても喋っているのはメイド服の方だけで、和服の方は何かを喋るようなことはしていなかった。

 叱られているのだろうか、メイド服の方の口調は厳しい。

 和服の方は表情を動かしていないが、それでもしょんぼりしているような気がした。

 

 

 不意に、何故か懐かしさを覚えた。

 メイド服の方は会話をしていないのに、それでも和服の方の意思がわかっているようだ。

 語らなくともわかる。

 自分もかつては、誰かとそんな関係であったような気がする。

 あれは、はたして誰だっただろうか。

 

 

 

『――――こいし』

 

 

 

 ……嗚呼。

 くるり、と、気の向くままに彼女は身を翻した。

 あの2人の姿はもう見えないが、それで良かったから。

 鼻歌など歌い、踊るように空を舞いながら、機嫌良さそうに彼女は言った。

 

 

「お姉ちゃんに、会いたくなっちゃった」

 

 

 古明地こいしは、そう言った。

 幻想郷の無意識の中を漂う彼女が姉の下に辿り着くのは、はたして何時(いつ)になるだろうか。

 明日か来年か、あるいは5分後かもしれない。

 彼女は、そう言う妖怪だった。

 




最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
今回は少し特殊なケースになりましたが、こいし登場です。
無意識と言うのは描写が難しいですが、でもさとり様を出してこいしちゃんを出さないわけにはいきませんからね。

なお、東方妹シリーズもこれで終わりです。
最後はパチュリーの妹、錬金術師カッコウです。
詳細は「上白沢慧音:裏」、宜しくお願い致します。

※紅魔館メンバーがカッコウ・ノーレッジに受けた被害

レミリア・スカーレット:
館が2日に1度爆発する上、明らかに危険そうな薬品の臭いが充満する。
(「鼻が、鼻が曲がる……ッ! あの子、今度はニンニク混ぜやがったわね!?」)

フランドール・スカーレット:
地下室が図書館に近いため、常に薬品の臭いが漂ってくる。
(「…………どかんして良いかな、アイツ」)

パチュリー・ノーレッジ:
図書館が爆発に巻き込まれる上、本に薬品の臭いがつく。
(「我が妹ながら、始末に終えないわね……ごほっ、ごほっ」)

小悪魔:
大体、運悪く爆発に巻き込まれる。
(「一度や二度ヤらせて貰うだけじゃ、割に合いませんねぇ……」)

十六夜咲夜:
カッコウの爆発の後片付け。
(「お嬢様のご友人の妹様でなければ……」)

紅美鈴:
門には影響は無いが、花壇を何度かダメにされた。
(「まぁ、そう言うこともありますよ」)

十六夜白夜:
実験台にされそうになった。
(「妖しい薬を飲まそうとするのは勘弁してください」)

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