地底には、地上にも存在しないような神話級・伝説級の妖怪が多く存在する。
それは例えば最強の妖怪とも謳われる「鬼」であったり、御伽噺に歌われる「土蜘蛛」であったりだ。
だがそんな地底の妖怪の中で、さとりは「地底で最も恐るべき妖怪」と言われる。
腕力では鬼や土蜘蛛に遥かに及ばない彼女が、何故そう呼ばれるのか?
それは、妖怪が
肉体と言う物理的な物に依存する人間とは対照的に、妖怪は人間の心――恐怖心であったり信仰心であったり――によって存在を確定する。
妖怪が人間を襲うのはそのためであるし、その意味では妖怪は精神攻撃に弱い儚い存在なのだ。
さとりは
それ故に、彼女は「地底で最も恐るべき妖怪」と呼ばれている。
「どうしました? 顔色が悪いようですが……」
くすくすと笑いながら見ていると、目の前の白夜は見る見る表情を青ざめさせていった。
紅茶には何も入っていない、自分はただ紅茶の味を聞いただけなのに。
心とは、儚いものだ。
少しばかりさざ波を立ててやれば、かくも弱々しく揺れ動くものなのだ。
(さぁ、貴女はどんな心の悲鳴を上げてくれるのかしら?)
他の例に漏れず、さとりとて人を襲う妖怪だ。
つまりは人を喰うと言うことだ、そして彼女は心に生まれる畏れを食糧とする。
人がさとりのことを畏れれば畏れる程に、怯えれば怯える程に彼女のお腹が膨れるのだ。
(よ、妖怪の淹れた紅茶の味……? ま、まさか)
早速、サードアイを通じてさとりに白夜の思考が流れ込んできた。
じわじわと内面に不安が広がってきているのが手に取るようにわかり、さとりは口の端を笑みの形に歪めた。
もう少しはしたなければ、舌先で唇を舐めていたかもしれない。
この少女は、悪い意味で妖怪を惹き付けてやまない魅力を持っている。
食糧としての魅力をはたして魅力と言って良いのかは微妙だが、妖怪から見れば彼女は酷く魅力的だった。
血は美味だろうし、肉は美味かろう、そして心は純朴で愛おしむに足るものだ。
悲鳴を上げさせたいと純粋に思ったのは、久しぶりだった。
(前回来た人間は、正直、悲鳴を上げさせるとかそう言う次元を超えてましたからね)
自らのペットが引き起こした異変の解決にやってきた2人の人間のことを思い出し、少しだけやるせなくなった。
妖怪がやるせなくなる人間など珍しいにも程がある、あれはいったい何だったのか。
(ま、まさか……)
(おっと、今はこちらですね)
意識を白夜へと戻す。
目に見えない妖気の食指を白夜に伸ばし、味わうように肌を撫でる。
青ざめた表情、震える呼気、揺れる瞳、全てが素晴らしい。
さぁ、次に彼女は何と言うのだろう。
心と言う、誤魔化しようの無い本音の塊をどう表すのか。
表層に上がってくるだろう次の思念を、さとりは柄にも無くワクワクしながら待った。
そして次の瞬間、待ち望んだ瞬間が……。
(……か)
(か?)
(か……!)
んぐ、と唾を飲み込み、白夜は思った。
(カフェイン、中毒……!)
――――は?
笑顔を固め、ぽかんとして、さとりは白夜を見た。
しかし何度心を読んでも、結論は同じだった。
白夜は真剣に、妖怪の入れた紅茶が人間のそれと比べて濃いのでは無いかと心配している。
(あれ? そういえば昼間に里で飲んだお茶って緑茶だっけ紅茶だっけ……緑茶にカフェインって入ってたっけ何だっけ。咲夜姉に古今東西のお茶の違いを教わった気がするけど、正直紅魔館で紅茶以外出ないから意味無かったしほとんど全部忘れちゃった……)
「待って待って待って待って下さい。いったい何の話をしているんですか」
余りにも余りな方向に白夜の思考が飛んだので、さとりは止めた。
畏れとか怯えとかでは無い、いや白夜はもしかしたらカフェイン中毒に本気で怯えているのかもしれないが、それはさとりが意図した物とは90度ほど違う。
(そういえば、咲夜姉がレミリアお嬢様にやたら苦い何かのお茶を淹れてたけど、あれはまさかカフェインを供給していたのか。妖怪とはつまりカフェインだったのか……!)
「嫌ですよそんな妖怪」
さとりは今度は隠さずにげんなりとした表情を浮かべた。
アレなのだろうか、自分が少し――人間換算だと全く「少し」では無いが――地底に引き篭もっている間に、地上の人間は妙な方向に進化でもしたのだろうか。
異変解決に来たあの2人と言い、この白夜と言い、全く。
(――――舐められたものですね)
妖怪を恐れない人間。
いや、少し違うか。
幻想郷のルールに従って妖怪に挑む限り、妖怪を恐れる必要の無い人間、と言うべきか。
ルール無用の時代を知っているさとりだけに、そして長く地上と隔てられていたさとりだけに、余計にそう思うのだった。
いっそのこと、はしたなくがっついてやろうか?
目の前で悶々と何事かを考え続けている白夜を視界に入れつつ、そんなことを思う。
さとりは覚妖怪、その力の真髄は心を読むことに留まらず、相手のトラウマを想起させることにある。
どうせこの人間は地上に戻れやしないのだ、ならばひとおもいに喰ってやるのが情けと言うものだろう。
(あ、そう言えば買い物籠無くしたんだった。咲夜姉に叱られるかなぁ、叱られるよねぇ)
「……」
(まぁ、そもそも門限はとっくの昔に過ぎてるんですけどね!)
「…………はぁ」
一瞬、尖りかけた妖気を引っ込めた。
仕方ない、
さとりは萎えた気持ちを胸中で転がしつつ、溜息を吐いた。
「……お茶のおかわりはいりますか?」
(え、でもカフェインが)
「そんなに言う程入っていませんよ……」
とは言え、このまま素直に帰すのも癪だ。
空になったティーセットを預かり、部屋の隅で紅茶を淹れなおしながら、思う。
このまま無事に帰すことは、地霊殿の主としての沽券にも関わるだろう。
だから、さとりは意趣返しをすることにした。
口にすることは無いが、白夜の心に確かにあるその気持ちを言葉にすることにした。
心は儚い、そしてそれ故に素直なのだから。
「それにしても」
かちゃ、と紅茶を淹れたカップを手に振り向けば。
「貴女は本当に……」
振り向いた時、そこに白夜はいなかった。
その変わり、空間に出来た裂け目から少女の白い足がバタバタしているのが見えた。
何と言うか、酷くシュールだった。
白夜の足はしばらく抵抗するようにバタバタしていたが、抵抗むなしく、空間の裂け目――両端にリボンがついていて、裂け目の向こう側には無数の眼が見える――に引き摺りこまれていった。
さとりは用意したお茶を手に、それをぼんやりと見つめていた。
そうして、白夜が消えたソファに近づくと。
「……なんだったんでしょう……」
ティーセットを乗せた銀盆を片手に、白夜が座っていた場所に指を這わせる。
そしてそこに落ちていた銀のナイフを広い、頭上に掲げて照明に透かす。
持ち主の心を読むように、片目を閉じた。
「地上の人間は、皆あんな風なのでしょうか?」
だとしたら、本当に嫌だ。
溜息を吐き、先程まで白夜が座っていた場所に座り、銀のナイフと銀盆をテーブルに置いた。
そして、自分で淹れた紅茶に静かに口をつけた。
それから彼女は白夜が来る前と同様、静寂の中に沈み込んでいった。
人の心の儚さと、その深遠さに想いを巡らせながら。
古明地さとりは、人間と言う存在について考え続けていた――――。
最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
うーん、あまり上手く描けなかった気が致します。
そろそろ限界かもしれませんね……。
そんなわけで、今回の東方妹。
今回は「上白沢慧音:表」記載の紅美鈴の妹です。
※紅魔館メンバーが紅鈴音に一日に一回はすること。
レミリア・スカーレット:
とりあえず吸血する。
(「鈴音の血は3時のおやつよ。ちなみに咲夜はディナーよ」)
フランドール・スカーレット:
とりあえずどかんする。
(「特に理由は無いよ。視界の端に映ったからきゅっとしただけ」)
パチュリー・ノーレッジ:
勉強をさせる。
(「私が教鞭を執る以上、私の次に知性的になって貰うわ」)
小悪魔:
つまみ食いをする。
(「すぐに顔真っ赤にしちゃって、かわいーんですよ♪」)
十六夜咲夜:
ナイフを投げる。
(「仕事中にお昼寝をするのをやめなさい」)
紅美鈴:
花壇の手入れをして、門前で妖精達と遊んで、お昼寝する。
(「お嬢様に出会う前は、片方が寝ている間は片方が見張りをしてましたから。安心して2人で眠れる環境があるって、とても幸せなことだと思うんです」)
十六夜白夜:
一緒にサボる。
(「姉に隠れて食べるお菓子は格別だよね」)