東方従者伝―瀟洒の妹―   作:竜華零

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火焔猫燐:表

 ――――にゃーん。

 猫の鳴く暗闇の世界で、白夜は途方に暮れていた。

 

 

(前略姉上様、知らない妖怪の親切を受けたら知らない場所に落とされました。いろいろあるけれど、白夜は元気です)

 

 

 考えていることがあまりにも酷い、彼女がどれだけ途方に暮れているか良くわかる。

 胸がドキドキと高鳴っているが、けして恋のメロディを奏で始めたわけでは無い。

 むしろもっとネガティブな方、過度な緊張状態に置かれた時特有のものだ。

 

 

 緊張、そう、緊張である。

 目の前に広がる白亜の館には見覚えは無い、それに冷静に周囲を窺えば瘴気の気配まで感じる。

 何かを考えるまでも無く、ここは危険な場所だ。

 

 

(……正直、あんまり得意じゃないんだけどなぁ)

 

 

 ぐっ、と腕を抱くようにして力を込める。

 すると、肌の上を刺していた瘴気の不快感が少し緩んだ。

 制限しつつ能力を使う、言うなれば「短針を止めずに長針を止める」。

 こういう細かな能力の操作は、毎晩のように姉に仕込まれたものだ。

 ……まぁ、正直適当に修行していたのだが。

 

 

(ん、少し楽になったかな。でもここ、明らかに人間の世界じゃない……よね)

 

 

 むしろこの世界に人間がいたら怖い。

 澱んだ空気、昏い空、荒れた大地に――どこか清浄さを見せ付ける白亜の館。

 どことなく、現世離れしている世界。

 さて、幻想郷広しと言えど、こんな世界があっただろうか。

 

 

 ――――にゃーん。

 

 

 鳴き声が近くなった。

 お? と思ってみれば、存外近くにそれはいた。

 毛並みの綺麗な黒猫で、尻尾を揺らしながらこちらへと近寄ってきていた。

 軽やかな足取りで近寄ってきたその猫は、特に迷うことなく白夜の足に鼻先を押し付けるようにしてじゃれついてきた。

 

 

(お、お?)

 

 

 場違いではあったが、素直に可愛いと思った。

 だから白夜はしゃがみ込んで、自分の足に鼻先を押し当てていた猫の頭を撫でた。

 すると、今度はその白夜の手に鼻先を当ててきた。

 こうなるともうたまらない、白夜はそのまま黒猫の喉を撫でようとした。

 しかし、その動きはふと止まってしまった。

 

 

(……わぁ、尻尾が2本ある猫なんて珍しいなーって、そんなわけないしっ!)

 

 

 動きを止めた白夜を見て、黒猫が目を細めたような気がした。

 

 

(わっ!?)

 

 

 突如として黒猫が光を放ち、白夜は驚いて尻餅をついた。

 今日何度目だろうか、などとズレたことを気にしつつ、目を庇うように掲げた両腕の間から急に光った黒猫を見る。

 するとそこに、すでに黒猫はいなかった。

 

 

「う~ん。お姉さん、人間だね? いつかの白黒と紅白以来じゃないかなぁ、人間がここに来たのは」

 

 

 赤い髪を両サイドで三つ編みにした少女が、そこにいた。

 頭に生えた猫耳とツリ目、そして腰のあたりに2本の尻尾が揺れている。

 黒地に緑の模様が描かれたワンピースを着ていて、首と左足にリボンを結んでいた。

 見た目はどうと言うことはない少女だが、発する気配は紛れも無く化生の類だった。

 

 

(……怨霊)

 

 

 何故ならば、その少女の周囲には蒼い炎を纏った髑髏が飛んでいたからだ。

 それは人の成れの果て、怨霊と呼ばれる地下の存在だった。

 妖と魔女の館に住んでいるだけあって、白夜の知識は人よりも妖の方に偏っている。

 

 

「ところでお姉さん、白黒のお姉さんの知り合いかい?」

(し、白黒?)

「お姉さんから少しだけど、白黒のお姉さんについてたのと同じ匂いがするよ」

 

 

 白夜の記憶の中では、白黒と言えば大体1人の人間のことを指す。

 しかしそれにしては妙な言い方をする、「白黒についていたのと同じ匂い」?

 首を傾げていると、目の前の少女が腕を組んで何かを悩み始めた。

 

 

「どうするかねぇ、死体だったら100%貰っていくんだけど」

 

 

 何か怖いことを言っていた。

 

 

「とは言え、放っておいたら明日には喰われちまうだろうしね。お姉さん、凄く美味しそうなもの。ま、あたいは死体にしか興味が無いから良いけどさ」

(あれ、おかしいな。さっきから怖い話しか聞こえないよ?)

「白黒の知り合いじゃなかったら、それこそ放っておくんだけど、あーもーどうするかなぁ……うん?」

 

 

 どうやら自分の運命は目の前の少女に握られているようなのだが、白夜自身が何も言わないものだから、少女が独りで喋っているばかりだった。

 まぁ、白夜にとってはいつものことなのだが。

 何しろ、幻想郷にいる力ある人妖の多くは他者のことを気にしないのが常だから。

 

 

 それよりも猫の少女だ。

 どうやら彼女は傍に侍る怨霊と何かを話しているようで、しきりにふんふんと頷いていた。

 そして大きく頷いた後、白夜のことを見下ろしながら言った。

 

 

「うん、まぁ、あたいじゃわかんないねぇ」

 

 

 指先を振り怨霊を散らした後、白夜に手を差し伸べる。

 数瞬の逡巡の後、白夜はその手を取った。

 

 

「地上とか人間のこととかでまたぞろ勝手な判断すると、叱られちまうからね。まぁ、とりあえず……」

(あ、何か嫌な予感)

 

 

 にっこり笑顔の少女に、白夜は自分の危機管理能力が警報を鳴らすのを聞いた。

 

 

「とりあえず、さとり様の所に連れて行くことにするよ」

(何でだろう、責任者っぽい人の所に……あ、人じゃないか。まぁとにかく連れて行かれるっぽいんだけど、全然全くこれっぽっちも安心できないんだけど)

 

 

 むしろ、死の気配がする。

 しかしそうは言っても、今の白夜に選択肢は無い。

 望み薄な運命に懸けるしかない、まさにそんな儚い自分の運命に、白夜は心の中で泣いた。

 残念ながら、泣いても誰も助けてはくれないわけだが。

 

 

(ど、どうしてこうなった……)

「大丈夫さ、さとり様はお優しいお方だから」

(あ、そうなの? 咲夜姉とまでは行かなくとも、美鈴姉レベルで優しければもしかしたら)

「それに気品のあるお方だからね、手荒なこともされないさ」

(そ、そうなのか。レミリアお嬢様レベルで気品があったらあれだけど、パチュリー先生ばりに知的なタイプだったらばもしかしたら)

 

 

 白夜の中に希望が生まれてきた、そう、何と言っても彼女は妖の領域で生きる者。

 妖怪の中にも話の通じる者はいるのだ、もしかしたらその「さとり」とやらもそうである可能性は十二分にあるではないか。

 そう思えてくると、明日への希望と言うのも見えてくる。

 よし、そうと決まれば一目散に――――。

 

 

 

「いざとなれば、心を(コロ)されるだけで済むよ」

 

 

 

 ――――逃げ出したくなった。

 

 

「あたい的には、身体が生きてる死体ってのは邪道なんだけどねぇ」

(た、助けてぇ――――――――えっっ!!)

「……あ、でも本当にお優しいお方さ! だから大丈夫だよ、痛い目に合わされたりなんてのは絶対に無いからさ!」

(信じられるかぁ――――――――あっっ!!)

 

 

 しかし哀しいかな、妖怪の腕力に逆らうことは出来ない。

 心の中で悲鳴を上げながら、白夜は白亜の館の中に連れ込まれてしまう。

 そして「さとり」のことを知らぬが故に、白夜は気付いていないのだった。

 自分がすでに、「彼女(さとり)」の視界(テリトリー)の内側にいると言うことに。

 




最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
いや……違うんです、何故にいきなり地底? という意見はわかります、わかりますが、私は紅魔姉妹と同じくらい地底姉妹も出したかったんです……。
ついかっとなってやった、今は反省している、しかし後悔はしていない。

それはそれとして、東方別視点。
今回は「アリス・マーガトロイド:裏」のお空の妹です。
何ともタイムリーですね。

火焔猫燐の場合:
「死体運びにコストパフォーマンスなんかあるわけないじゃないか」
「そもそも運んだ死体を元手に儲けようと考えるなんて、虚も変な奴だよ」
「まぁ、姉貴分としちゃあ、多少は言うことを聞いてやらないとね」
「……変な奴だからねぇ……」

古明地さとりの場合:
「あの子が何でもやってくれるので、私は楽を出来ています」
「ただ惜しむらくは、あの子の心」
「分割の結果、壊れてしまったあの子の心……」
「……やかましいのよね、ふぅ」

古明地こいしの場合:
「知ってるわ、お空の妹でしょう?」
「知ってるわ、無意識の中にまで思考を生む不思議なあの子」
「でも、だからこそあの子に私は見えないの」
「だって、あの子には無意識が無いから」

霊烏路空の場合:
「うみゅ、うつろ」
「どうしたの、哀しいの? 寂しいの?」
「大丈夫、おいで。お姉ちゃんが羽の毛繕いをしてあげるよ、ね?」
「ね、だから――――泣かないで」

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