東方従者伝―瀟洒の妹―   作:竜華零

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八雲紫:裏

 コココ、と狐のように笑って、女――八雲紫は、閉じたスキマの向こう側を見ていた。

 言葉の通り「館」の前に送ってやった少女は、そこがどこなのかわからないのだろう、あたりをキョロキョロと見渡していた。

 紅魔の館はあの場所で起こった異変については関与していないから、無理も無い。

 

 

 そんな折、ふわりと舞い降りて来た妖怪がいる。

 紫はその妖怪を己の使役する式神と認めると、どこからか取り出した扇子で口元を隠した。

 そして紫の横に並んだ式神は、スキマの向こう側を見て溜息を吐いた。

 

 

「少々悪戯が過ぎるのではありませんか?」

「あら、藍。私のすることに問題があって?」

 

 

 狐のように目を細める主に、藍は溜息を一つ。

 悪戯、そう、悪戯である。

 夜の散歩に出た主人が、夜道を歩く人間にちょっかいをかけただけのこと。

 まさに、妖怪らしく。

 

 

 そして、藍自身もまた妖怪だ。

 式神である彼女は、同時に九尾の狐と呼ばれる大妖怪でもある。

 彼女自身も類稀なる美貌を持ち、強大な妖力と格を持ち、道士服の腰からは金毛の九尾が伸びている。

 溜息の後、藍は呆れつつもうやうやしく頭を垂れた。

 彼女の主、大妖怪を従える大妖怪、幻想郷最古参の存在に対して。

 

 

「……そう言うわけでは」

 

 

 八雲紫とはどういう存在か? 藍は誰よりもそれを識っている。

 八雲紫は、妖怪である。

 八雲紫は、大妖怪である。

 八雲紫は、妖怪の賢者である。

 

 

 何者も八雲紫を縛ることは出来ず。

 何者も八雲紫を阻むことは出来ず。

 何者も八雲紫を塞ぐことは出来ない。

 自ずからに由るのみであり、何者も八雲紫と並び立つことは出来ない。

 

 

「しかし紫様、地底との関係――――……!」

 

 

 ――――ザラリとした妖気の感触に、藍は振り向いた。

 見開いた瞳の中央に獣の瞳孔の名残を見せながら見つめ睨んだその先には、1本の木がある。

 道端に生えている桑の木、その細い枝の上から何者かの妖気を感じ取る。

 別に不思議は無い、今は妖怪の時間だ。

 しかし九尾の狐が警戒を必要とする程の気配となれば、話は別だ。

 

 

「……あら」

 

 

 藍のように慌しさを見せることも無く、また振り向きもせず、紫はココと笑った。

 

 

「御機嫌よう、良い月夜ですわね」

 

 

 相手の声は聞こえない、だが紫には相手の姿が手に取るようにわかった。

 ウェーブがかったミディアムロングの銀髪、血と同じ色の瞳、白磁の肌、矮躯に黒の翼、赤みがかった白のドレス、そして――――唇の端から覗く鋭い牙。

 チリチリと髪先を焦がすそれは、紛れも無く大妖怪の妖気だ。

 

 

「意外ね、帰りの遅い従者の迎えにでも来たのかしら?」

『…………』

「だとしても、貴女も悪いのよ?」

 

 

 弾幕ごっこと言う名の決闘ルールが普及して後、幻想郷では実に多くの異変が起こった。

 異変とは、すべからく妖怪が起こすものだ。

 そして異変は、力ある人間によって解決されなければならない。

 

 

「幻想郷に住まう者は、幻想郷のルールに協力しなければならない」

 

 

 最初から関わらないのなら、それも良いだろう。

 しかしその時々の気分で関与したりしなかったりと言うのは、認められない。

 特にそれが、異変を引き起こせる程の大勢力に属する人間(・ ・)ともなれば。

 故に、「十六夜白夜はあの地に赴かねばならない」。

 まぁ、つまるところは。

 

 

「い・や・が・ら・せ」

 

 

 ですわ、と、そう言った。

 何のかんのと言ってはみたが、とどのつまりは気まぐれである。

 道端で見つけたから、ちょっと遊んでみただけだ。

 それ以上の意味も、それ以下の意図も無い。

 

 

 妖怪とは、そういうものだからだ。

 ぬらりくらりとやり過ごし、気持ちの赴くままに在りのままに。

 先の言葉は今は意味を成さない、八雲紫と言う妖怪はそう言う妖怪なのだ。

 

 

「腹立たしい? 口惜しい? でもねぇ……」

 

 

 そこで初めて、紫は振り向いた。

 扇子を剣の如く振るい、視界の中に現れた相手を寸断した。

 空気を裂く音と共に、桑の木の上の妖怪の姿が断ち切れる。

 レミリア・スカーレットと言う名の、吸血鬼の王の姿が断ち切られる。

 

 

「……! 分身」

 

 

 藍の呟きの通り、それは分身だった。

 胴をスキマで裂かれたそれは、しかし血や臓物を撒き散らすようなことは無かった。

 二つに裂かれた美しい少女の身は、次の瞬間には無数の蝙蝠となって飛散したからだ。

 

 

 分身とは思えない程の妖気、しかし偽物は偽物に過ぎない。

 八雲紫に脅威を与え得る存在では無い。

 バラバラと崩れていくその姿に、紫は振り抜いた扇子をそのままに見つめていた。

 この世のものとは思えぬ程の美貌を笑みの形に歪めて、言う。

 

 

「でも、分身で挨拶に来るような無作法者には、礼儀など不要でしょう?」

 

 

 ここにはいない「本人」に向かって、そう言った。

 言葉が届いているかどうかまでは知らないが、それでも意思は伝わるだろう。

 そう思い、崩れながらもこちらを睨む顔と目を合わせる。

 ――――そしてその顔が、ふと笑みを浮かべたような気がした。

 

 

「……!」

 

 

 バラリ、地面に落ちる前に最後の部位、頭が飛散して消えた。

 消え行く笑みのその向こう側に、いつの間にか1人の女の姿があった。

 年齢的には少女の域、そして匂いから彼女が人間だとわかる。

 

 

 だが、何時(いつ)からそこにいたのか?

 

 

 紫にも藍にも気取らせず、どうやってそこに現れたのか。

 しかし現実として、彼女はそこにいた。

 ボブカットの銀髪に丈の短いメイド服、らしくも無く紫は溜息を吐いた。

 

 

「なるほど、妖怪を倒すのは人間の役目。一本取られましたわね」

 

 

 ザッ、ザッ、と足音を立てて近付いてくる。

 構えた両拳の間から飛び出し、指の間に挟まるのは銀色に輝くナイフだ。

 歩みはなおも止まらない、むしろ少しずつ早まり、そして最後には駆け足になった。

 自分と言う大妖怪へと挑んで来る人間に、紫はあえて両腕を広げて見せた。

 

 

「紫様」

「良いのよ藍、手出しは無用」

 

 

 人間に打ち倒された妖怪は、原状回復に努めなくてはならない。

 あの人間の娘が自分を「退治」するのであれば、良いだろう。

 

 

「あの娘を無事に帰してあげましょうか」

 

 

 こうして、今宵もまた人間は妖怪を退治する。

 




最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
勢力の長がたくさんいる中で、紫さんはやはり頭一つ抜きん出ている印象があります。
やはり幻想郷の母とも言うべきその立ち位置がそうさせるのでしょうか、やはり八雲は格が違った。

それでは最後に東方妹の別視点をやって、終わりたいと思います。
これもそろそろ終わりますかねぇ。
今回はキスメさんの妹です、詳細はアリス・表にて。


星熊勇儀のキズリへの印象:
「姉と見分けがつかん」

古明地さとりのキズリへの印象:
「妖怪として軸がブレています」

黒谷ヤマメのキズリへの印象:
「頭蓋骨コレクター」

水橋パルスィのキズリへの印象:
「いつも姉と一緒とか妬ましい」

キスメの妹への印象:
「姉離れならぬ桶離れできない甘えん坊」
「「「お前が言うな(一堂)」」」

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