待て、まだ慌てるような時間じゃあ無い。
しかしそう自分に言い聞かせてみても、白夜は背中を流れ続ける冷や汗を止めることが出来なかった。
ミスティアの店を出てからまだ30分も経っていないはずだが、今、彼女は何故か道を見失っていた。
(初めての道でも無いのに、道に迷うなんて……)
この幻想郷、館にあるような照明など一切存在しない。
ただただ月明かりと星々の煌きだけが頼りだ、視界は狭く暗い。
それでも、人里から紅魔館までの自然の畦道は一本道のはずだ。
途中で妙に曲がったりしない限り、迷うなど。
(ありえないなんてことはありえないって、そんなわけ無いじゃん!)
テンションが高いように見えるが、実は白夜、かなり追い詰められている。
たまに星を見上げては位置を確認しているのだが、おかしいのだ。
どう考えても、同じ場所を歩き続けているような気がするのだ。
でも畦道は一本道、そんなことがあり得るだろうか?
(いやいや待って待って、大丈夫だって本当。こんなのアレだよ、同じような道が続いてるから勘違いしちゃってるだけだってば。思い込みって怖いよね本当、ははは、はははのは……って)
ふと、立ち止まる。
そこには奇妙な物があった、道端の雑草の両端が結ばれているのだ。
誰かを躓かせるための物ではもちろん無い、それは目印だ。
気のせいだと思いつつも、もしかしたらと思い、5分程前に仕掛けた。
誰か奇抜な考えの持ち主が同じ道を通っていない限り、答えは一つだ。
(これは、もしかしてヤバいかも)
幻想郷において人間の常識で測れない出来事が起きた場合、まず第一に疑うべきことがある。
(また妖怪だよこれぇえ――――っ!)
ルーミアやミスティアと言う明らかに自分を食べたがっている者達から離れた途端にこれである、白夜は心の内で悲鳴を上げた。
その場に膝をつき、地面に掌を押し当てるような体勢をとる。
全力で落ち込んだ結果であるが、その時、ふと奇妙な物が目に入った。
(うん……?)
地面――あ、いや、地面と自分の顔の間、空中の部分に線が入っていたのだ。
……何を言っているのかわからないとは思うが、事実としてそうなのだから仕方が無い。
その線は両端に紫色のリボンのような物がついており、それが目立つために線に気付けた程だ。
(な、何だろう、これ……うわぁっ!?)
ぎょっとして身を仰け反らせ、白夜は尻餅をついた。
線がパカッと開き、空中に隙間が開いたのだ。
しかもその隙間の向こう側には、奇妙な空間が広がっていた。
蠢き続ける紫色と無数の眼、見ているだけで眩暈を起こしそうだ。
「――――あら、そんなに驚かなくても良いじゃない」
クスクス、クスクス……。
隙間の中から女の声がして、白夜は目を白黒させた。
いや待て、とここで思う。
そういえば姉が言っていた、「
あの完璧にして瀟洒な姉が「気をつけろ」と言う隙間がこれのことならば、今、自分はかなり危険な状況にいるはずだ。
逃げるべきか。
そう判断し、じり、と後ろへ後ずさった。
「こんな夜分に外を出歩くなんて、悪い子だこと」
後ろから抱きすくめられた。
にゅっ、と両側から伸びた白い腕が、優しく――それでいて逃げられぬように、抱いてくる。
この時点で、白夜は己の精神耐性が限界を迎えたことを自覚した。
「――! ――――!」
「うふふ、女の子がそんなに足をバタつかせるものじゃないわ」
(た、たすっ、たすけっ、さ、さくっ、さく――――!)
しかし残念ながら姉は来ない、白夜が本気で助けを求めた時は結構な確率で来てくれるのだが、今回に限っては来なかった。
「そこの通りすがりのメイドさん、ちょいとお時間良いかしら?」
(良いわけあるか!)
「それにしても本当、女の子がこんな時間に外を出歩いていたらダメよ。悪い妖怪に捕まってしまうわ」
(まさに今!)
だが拘束は緩まない。
どれだけ力を込めても手応えが無く、重みも感じないのに腕が絡みついてくる。
ぞっとした。
実は自分を抱きすくめている相手は、ここに存在していないのでは無いか?
そんな考えが胸中に去来した時、不意に腕が離れた。
(お……?)
すると上からクスクスと言う笑い声が聞こえてきて、白夜は飛び跳ねるように立ち上がって上を見た。
「ご機嫌よう、通りすがりのメイドさん?」
長い金髪の女が、衣装のスカートを夜風に靡かせながら「座っていた」。
空中に先程のようなスキマがあって、女はその上に座っていた。
美鈴が着ている衣装にどこか似ているが、それよりはよりドレスに近いデザインをしている。
目立つ色調は、紫。
白夜は常々レミリアを美しいと思っている。
可憐な容姿をしているレミリアに「美しい」は合わないように見えて、実はこれほど合う言葉も無い。
造形では無く、存在自体が発する気、カリスマと言っても良いが、とにかく美しいと思うのだ。
人間には不可能な美の領域、そこにレミリアはいた。
そして今、目の前に現れた女も。
(ヤバい)
嗚呼。
魂が警告するのを感じた。
この女は美しい、だが「美しい」と感じた瞬間に。
(喰われる)
故に、思わない。
目の前の女を「美しい」とは断じて思わない。
それは精神の戦いだった。
人間と、そしておそらくは妖怪の。
「……貴女」
「!」
ぬっ、と眼前に女の顔が来た。
気を張っていたにも関わらず、気付けなかった。
そのまま、じっと見つめ合う。
緊張していると、今度は女が笑顔を浮かべて面喰った。
「貴女、迷子なのでしょう?」
ぽんと手を打って、女は言った。
白夜は最初何を言われたか理解できなかったが、次第に脳の処理が追いついて来たのだろう、腕を振って否定しようとした。
しかし女は白夜のその仕草をどう受け取ったのか。
「あら良いのよお礼なんて。困った時はお互い様、それに迷子の子供を助けるのは大人の仕事でしょう?」
(いったいどの立場から言ってるんだろうこの人)
「貴女は確か館の子だったわねぇ。それなら、私が館まで送ってあげるわ」
(え、本……いやいや待て待て私、騙されるな!)
妖怪の言うことを信じてはならない、幻想郷で人間が生きていく上での常識である。
(よし、ここは丁寧、じゃなく華麗にお断りして)
瞬間、足場が失われた。
(……は?)
足元を見る、そこにはあの隙間が広がっていた。
浮遊感。
目を見開き女を見れば、綺麗な笑顔で手を振っていた。
(あ)
視界が下から上へと急速に移動して、しかし悲鳴を上げる間も無く。
(あいたぁっ!?)
尻餅をついた。
それなりの高さから落ちたのか、背骨にまで痛みが抜けてきた。
じんじんとした痛みが襲ってきて涙目になって悶えるが、周囲の光景を見て飛び起きた。
するとそこには、館があった。
(……えーと……)
確認しておくが、紅魔館は「紅い」。
これ以上無いほど紅い館、それが白夜の家だ。
断じて、白かったりはしない。
白亜の壁にステンドグラスのような窓が並んでいて、しかも玄関前にシンメトリー調の庭も無ければ動物屋敷の如く猫やら鴉やら犬やら馬やら何だか良くわからないような獣がいたりはしない。
半透明な妖精が漂っていることも無ければ、蒼い炎の塊がフヨフヨ浮かんでいたりもしない。
そして夜空があるはずの天に、まるで蓋でもされているかのような昏さ。
(ここ、どこですか……?)
明らかに紅魔館では無い館の前で、白夜は呆然と立ち尽くしていた。
どこかで猫が鳴いているのだろうか、その鳴き声が妙に耳の中に響く。
……――――にゃーん。
最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
このまま紅魔館に帰って終わりだと思った?
残念、まだ続きました!
というわけで、1週間ぶりの更新と言うことで飛ばしてみました。
はたして白夜は何処に飛ばされたのでしょうか……?
それはそれとして、東方別視点。
射命丸文:裏掲載のパルスィの妹キャラです。
星熊勇儀の水橋ハシュトへの対応:
回答:殴る。
理由:「気持ちを弄ぶような奴は好かん、誰彼構わずな所がパルスィよりタチが悪い」
古明地さとりの水橋ハシュトへの対応:
回答:煽る。
理由:「他者を煽る彼女の心はとても美味しい」
黒谷ヤマメの水橋ハシュトへの対応:
回答:糸で縛る。
理由:「キスメとの関係に勝手にときめかれるから」
キスメの水橋ハシュトへの対応:
回答:骸骨を投げつける。
理由:「桶に身を乗り出してきてときめきときめき言うのが鬱陶しいから」
水橋パルスィの妹への対応:
回答:妬む。
理由:
「コミュニケーションに積極的な所が妬ましい」
「明るい性格が妬ましい」
「事あるごとに甘えてくるのが妬ましい」
「妹と言う立場が妬ましい」
「とにかく妬ましい」