東方従者伝―瀟洒の妹―   作:竜華零

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フランドール・スカーレット:裏

 ――――目を覚ました時、そこにはいつも咲夜がいる。

 フランドール・スカーレットにとって、それはここ十数年の間の日課のようなものだった。

 

 

「ご気分はいかがでございますか、妹様」

「……そうね、悪くは無いよ」

 

 

 身体を再生した時特有の軋みを感じながら、フランは身を起こした。

 あたりを見渡せば、自分が暴れてまだ時間が経っていないのだろう、崩れた壁や壊れた家財道具が見えた。

 鈍痛を感じ、こめかみのあたりを押さえて目を閉じる。

 そして想うのは、自分に付いているメイドのことだった。

 

 

「……白夜は?」

「セラーにワインを取りに行っております」

「そっか……怪我はしていない?」

「あれが、そうそう簡単に怪我など負いません」

 

 

 冷たい。

 そう感じてしまう程に平坦な声で、咲夜はフランの言葉に答える。

 だが、フランがそれを咎めることは無かった。

 

 

 紅い紅い館の地下の自室――元々は地下牢だけに、頑丈に出来ている――のベッドの上から、羽根を揺らしながら跳び降りる。

 やはり軋みを覚えるが、すでに慣れたものだ。

 495年、慣れるはずだ。

 

 

「……後で、謝るね」

「とんでもございません。妹様のお相手を務めることは、あれの職務ですから」

「咲夜がお姉さまの相手をするように?」

「…………」

 

 

 最後の問いには黙して答えず、咲夜はただ腰を折り、頭を下げた。

 それを肩越しに見やりながら、フランは部屋の扉付近で足を止めた。

 部屋の外に出る気は無い。

 出ようと思えば、まぁ出られるのだが、ある事情で避けている。

 

 

 ――――狂気――――

 

 

 フランの身を蝕む、不治の病。

 狂気の中に意識が一度沈んでしまえば、ドス黒い感情を外へと吐き出してしまう。

 ……逆に言えば、そうして吐き出すことで普段は正気を保っているとも言えるのだが。

 間が悪い時には、誰かを巻き添えにしてしまうことがある。

 ちょうど今回の白夜のように、と言うか最近は決まって白夜が巻き込まれるのだが。

 

 

「妹様」

「良いの」

 

 

 扉横にはもう一つ、食事を運ぶためのカートが置かれていた。

 元々白夜が持ってきたものを、フランが気絶している間に咲夜が片付けたものだろう。

 ぶちまけたのは、もちろんフランだ。

 食器の蓋を取り、一度は床に落ちただろうパンを(かじ)る。

 ――――埃の味がした。

 

 

「申し訳ありません、妹様」

「どうして、咲夜が謝るの?」

「あれの落ち度です。妹様のお相手を務めながら、お食事や家具を守る。紅魔館のメイドたるもの、その程度のことが出来ずにどうします」

 

 

 元は温かかっただろうパンを食べ切るまで、フランは答えなかった。

 ペロリ、と、鋭い牙を覗かせながら指先を舐める。

 見た目の年齢に反して、僅かに覗く赤い舌先は嫌に妖艶(ようえん)に見えた。

 

 

「咲夜は本当に白夜に厳しいね」

 

 

 実際、そうなのだ。

 この咲夜が白夜を褒める所を、フランは見たことが無い。

 それがどういう理由のどういう感情によるものなのかは、知らないし知るつもりも無かった。

 不意に、手を上げる。

 握る。

 

 

 ――――ぐしゃり。

 

 

 咲夜の側にあった棚、そこにあるクマのぬいぐるみが内側から破裂した。

 粉々になり、散り散りになり、破壊されたのだ。

 フランドールの能力、『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』によって。

 

 

「フランの能力をまともに受けて無事でいられる人間なんて、白夜の他にはいないのに?」

「……それでも、です」

「足りない?」

「全くと言って良い程に」

 

 

 フランの力は、その名の通り何もかもを破壊する力だ。

 程度と名のつくのは、単純に解釈次第で意味がブレることがあるためだ。

 例えば、壊せる「もの」の解釈など。

 この世界では、能力は全て「程度」とつくのだ。

 

 

 閑話休題。

 フランは狂気に身を沈め我を忘れることがある、と先に述べた。

 それにこの能力が加われば何が起こるのか、説明するまでも無いだろう。

 地獄が展開される、それだけ。

 そしてその地獄でまともに生き残れる存在は少ない、ましてただの人間では。

 

 

「繰り返しになりますが……紅魔館のメイドたるもの、その程度のことが出来ずにどうしましょう」

「その程度、ねぇ」

 

 

 咲夜自身、その地獄を潜り抜けてフランを止めたのだから、そう言ってしまう気持ちもわからないわけでは無いが。

 だが、フランの破壊の力を正面から受けて「壊れない」と言うのは相当のことなのだ。

 儚く脆い人間の身でそれを成すことの、いかに神がかっていることか。

 

 

 それを表情も変えず、悲鳴の一つも上げずに成す白夜。

 彼女の能力の全容は、フランも計りかねる程だ。

 それだけの力を持っていてなお足りないと言うのだから、咲夜は本当に白夜に厳しい。

 

 

「フランの力に耐えるなんて、相当だと思うけど」

 

 

 ともすれば自慢にも聞こえるそれは、けして誇張では無い。

 この世に破壊できないものが無い以上、フランの能力ほど直接的に全ての存在に対する脅威となる力も無いだろう。

 いや、実際に無いのだ。

 この稀有な能力を持って生まれた、フランドールと言う吸血鬼は。

 

 

「…………」

 

 

 ただ当の咲夜はと言えば、フランの言葉に酷く微妙そうな表情を浮かべていた。

 それが何だかおかしくて、フランは思わず笑ってしまった。

 

 

「たまには優しくしてあげれば良いのに」

 

 

 呆れたようにそう言えば、咲夜は表情も変えずに深く頭を下げた。

 苦笑している一瞬の間に、カートと共にその姿が消える。

 現れた時と同様、瞬きの間に消えてしまった。

 これもまた、人間離れした所業と言えるのだろう。

 

 

「……素直じゃないなぁ」

 

 

 クスクスと笑って、フランは扉の向こう側へと手を伸ばした。

 まるで、誰かを求めるかのように。

 ぐっ、と掌を握る。

 扉は、破壊されなかった。

 

 

「いつだって、最初に助けに来るくせに」

 

 

 フランが暴走した時、彼女を止めるだけの実力を持つ存在は館に何人かいる。

 それが誰かは、状況によってまちまちだったりするのだが。

 ただ白夜が巻き込まれた時だけ、止めに来る相手が決まっているのだ。

 

 

 まったくもって、素直ではない。

 毎度毎度、銀製のナイフで滅多刺しにされる自分が言うのだから間違いない。

 そしてほんのちょっぴり、それを羨ましくも思うフランだった。

 




最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。

ええ、まぁ……大体、こういう流れです。
来年も、宜しくお願い致します。

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