東方従者伝―瀟洒の妹―   作:竜華零

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ミスティア・ローレライ:表

 リグルに言われた通りに進んでいくと、畦道の途中にぼんやりとした灯りが見えた。

 どうやらそれは屋台のようで、「やつめうなぎ」と書かれた提灯(ちょうちん)が見える。

 ちょうど調理中なのか、油とタレの焼ける良い匂いが漂ってきていた。

 

 

(うう……もうダメ、我慢できないかも)

 

 

 先程から空腹を訴え続けているお腹に手をやりながら、白夜は眉を下げた。

 空腹を我慢している鼻先でこんなにも良い匂いを立てられれば、我慢できる者などいないだろう。

 

 

「あむあむ」

(……髪がヨダレまみれになるから、噛まないでほしいなぁ)

 

 

 それはどうやらルーミアも同じ様子で、彼女は白夜の頭に後ろから噛り付いていた。

 歯を立てずに唇で()んでいるあたり、一応、約束は守るつもりがあるようだ。

 まぁ、だからといってヨダレまみれになる髪を気にしないわけでは無いのだが。

 

 

 くるる、とまたお腹が鳴った。

 

 

 これはもうダメだ、いつもの夕食の時間をとうに過ぎているのだから仕方が無い。

 白夜はほとほと困り果てて、風に乗って漂ってくる香ばしいタレの香りに引き寄せられるように、屋台の暖簾(のれん)を潜った。

 提灯と同じ文字が描かれた赤い布を潜れば、タレの香りがより強く鼻腔をくすぐった。

 

 

「…………」

 

 

 暖簾を潜れば、まず目につくのは背もたれの無い長椅子が一つ。

 それからカウンターの上に置かれた酒瓶と竹の杯、木製の器と割り箸の束。

 そしてカウンターの向こう側に横に広く金網が敷かれ、その下にはパチパチと音を立てる炭火。

 網の上には、タレにつけられ薄く開かれた肉――下ろされた魚のようでいて、違うような印象も受ける――が複数枚乗せられており、空腹感を刺激するような焼き音を立てていた。

 

 

「――――いらっしゃい」

 

 

 白夜が唾を飲み込んでいると、肉……八目鰻を焼いていた人物が声をかけてくる。

 異形の羽毛と爪を持つ彼女は人間では無く、夜を徘徊する妖怪の一匹だった。

 蘇芳色の和服に前掛けをつけ、手拭い頭巾にたすきがけを着けていた。

 小豆色とも薄紫とも言える髪をボブカットにしており、小柄な体躯と相まって子供のようにも見える。

 

 

「あら、誰かと思えば人間じゃない。まったく、歌ってる時は寄ってこないのに、屋台の時だけやってくるんだから」

(あ、あのー……)

「注文でしょ? すぐに焼き上がるから座ってなさいな……って、ルーミアもいるのね」

「うん。こんばんは、ミスティア」

 

 

 ルーミアの言葉に、白夜は確信した。

 彼女が噂の夜雀の妖怪だと。

 名前をミスティア・ローレライと言い、幻想郷では珍しく、屋台を営む妖怪だ。

 客層のほとんどは妖怪だが、一方で一部の人間も常連になっているとか。

 この匂いを嗅げば、それも頷けると言うものだろう。

 

 

 パタパタとうちわで扇がれながら、八目鰻の肉がジュウジュウと焼けていく。

 その様を見ているだけでも、喉元をごくりと唾が通っていった。

 とは言え、八目鰻と言う食べ物がどう言う物なのかは白夜も知らない。

 知らないものを食べると言うのも、人間らしいと言えばそうなのだろう。

 

 

「はい、出来上がり」

 

 

 とん、と、串に刺された八目鰻が皿に入れられ目の前に置かれる。

 程よく焼かれた肉の上にタレがたっぷりと塗られていて、焼きたての香り立つ匂いと共に空腹の腹を刺激してきた。

 要するに、美味しそうなのである。

 

 

(いただきます)

 

 

 串ごと持ち上げ、噛り付いた。

 姉が見ていたら「行儀が悪い」と叱って来たかもしれないが、生憎、今ここに姉はいない。

 それよりも、鰻である。

 

 

 少しばかりしつこい歯ごたえ、だがそれが良い。

 舌の上で肉が脂で滑り、一噛みごとに染み込んだタレが口内に広がる。

 焼きたてなので、「はふっ、はふっ」と息を吐きながら飲み込む。

 その瞬間の、細かな棘が喉を撫でながら体内に落ちていく感覚がたまらない。

 

 

(お、美味しい)

 

 

 美味しかった。

 紅魔館で食べる姉の手料理には無い、くどさとしつこさがたまらなく美味だった。

 見れば、隣でルーミアも鰻に噛り付いていた。

 と言っても、こちらは一口で一匹を丸ごと飲み込んでいたが。

 

 

 結局、白夜は2匹をペロリと平らげてしまった。

 女の子としてはどうかと思うが、ルーミアと比べると大人と子供くらいの差があった。

 白夜が食べ終えても、ルーミアはガツガツと鰻を飲み込んでいたのだから。

 と言うか、重ねられたお皿の数が半端かなかった。

 いったい何匹食べているんだ、この妖怪娘は。

 

 

「あら、もう良いの?」

(あ、うん。領収書下さい、名義は紅魔館で)

「ああ、お代ね。はいはい」

 

 

 おつかい以外のお金は持っていないので――と言うか、この鰻が一匹いくらかなどわからない――とりあえず、領収書を切ってもらうことにした。

 実は団子屋のお代も領収書で払った、後日に姉が請求書とお金を持って里に行くだろう。

 ……それは同時に団子屋で油を売っていたのがバレると言うことなのだが、今の段階では気付いていない白夜だった。

 

 

「人間が使ってるお金はいらないわ。そんなものを貰っても、使い道が無いもの」

(あ、そうなの?)

 

 

 まぁ、確かに妖怪が人間の貨幣を持っても使い道が無いだろうが。

 それでは、お代とは何で払うのだろうか?

 そう思って内心で首を傾げていると、店主のミスティアがこういうのが聞こえた。

 

 

「お代は、お肉よ」

(お肉?)

「ええ♪」

 

 

 歌うような声で、ミスティアは言った。

 

 

「食べた分と同じだけのお肉を、置いていって頂戴♪」

 

 

 あ、肉切り包丁ならあるからね。

 ミスティアのクスクスと言う笑い声が、白夜の耳朶を優しく打った。

 




1週間お休みを頂きました、竜華零です。
今回はみすちーことおかみすちーです、あえての女将ミスティアです。
何だか癒されます。
でも八目鰻を実際に食べてみたいとは思わない(え)

そして今回の東方別視点は、チルノ:表にて掲載した「茨木伊夜」、華扇の義姉妹です。
でもこのキャラ、華扇以外との接点が想像できないのですよねぇ。

では、どうぞ。


茨木華扇との会話:
華扇:「はぁ……どうしてこう、上手くいかないのかしら」
伊夜:「まぁ良いじゃないか華扇、人の世など無常なものさ」
華扇:「伊夜、貴女はまたそう言うこと言って」
伊夜:「おおっと、お説教は無しで頼むよ」
華扇:「……やっぱり、私って説教臭いんでしょうか……」
伊夜:「またあの巫女に何か言われたのか、華扇は意外と繊細だからね」
華扇:「繊細は余計です」
伊夜:「そこは別に余計ではないと思うが……まぁ、別に説教臭くても良いじゃないか」
華扇:「またそんな無責任なことを言って」
伊夜:「独断、独善、大いに結構じゃないか。我らは仙人、この世の理に縛らることの無い身の上なのだから」
華扇:「……たまに貴女のそう言う所が羨ましくなりますよ」
伊夜:「何、膝くらいならいつでも貸すさ、義姉妹殿」
華扇:「ばか」
伊夜:「東征の山仙に向かって何て口の利き方だ」
華扇:「うふふ(クスクス)」
伊夜:「……ふ」

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