東方従者伝―瀟洒の妹―   作:竜華零

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リグル・ナイトバグ:表

 そろそろ本気で野宿することを考えた方が良いのかもしれない。

 白夜がそう考え始めたのは、人里を出て2時間が過ぎた頃だ。

 あたりは当然のように夜であり、周辺の草むらからは虫の鳴き声が聞こえる。

 

 

「…………」

「そーなのかー」

 

 

 横でふよふよ浮いているルーミアは自分を運んではくれない、おそらくそこまで斟酌してはくれないのだろう。

 となるとこのまま徒歩で帰るしかないのだが、夜通し歩ける程の覚悟も無い。

 姉か誰かが迎えにきてくれないものかとも思うが、たぶん無いだろうなとも思う。

 

 

 そもそも、人形劇を見たりお団子を食べたり買い物品の売り切れ騒動に巻き込まれたりしなければ、日が暮れる前には紅魔館まで戻れるはずだったのだ。

 ほぼ自分のせいのような気もするが、そこは気にしないことにした。

 今はただ、門限までにはどう考えても間に合わないと言う点だけ考えていれば良い。

 ヒラヒラと目の前を飛んでいた羽虫の群れを手で払いつつ、溜息を吐いた。

 

 

(咲夜姉、怒ってるだろうなぁ……また美鈴姉と一緒に門番かなぁ)

 

 

 寝てるだけだけど、などと思いつつも、本当にこの後どうしようかと頭を悩ませている。

 先にも言った通り、幻想郷の夜は人間が動き回るには危険が過ぎる。

 ルーミアがいるからと言って安心は出来ない、今は気まぐれでついてきてくれているが、いつ飽きてどこかに行くともわからない。

 ……それに、寝ている間に食べられる可能性も無きにしもあらずだ。

 

 

(まぁ、それ以前に……)

 

 

 くるる~……と、小さな音が響いた。

 白夜のお腹である。

 人里でお団子をたくさん食べたとは言え、晩御飯抜きで歩き続けるのは流石にキツい。

 ルーミアが「お腹が空いたの?」などと首を傾げているが、恥ずかしいので無視した。

 足元に百足(ムカデ)が這っていたので、踏まないよう足を下ろす先を変えた。

 

 

(どうするかなぁ、慧音先生に分けて貰ったおつかいの食べ物を食べちゃうわけにもいかないしね)

 

 

 手荷物をちらりと見つつ、しかしそれに手をつける程……と。

 

 

「……!」

(うわっ、うわわわわっ!)

 

 

 ぱん、ぱぱんっ、と荷物を手で払う。

 すると、いつの間にか寄ってきていた羽虫や甲虫がボトボトと落ちていった。

 虫に対して嫌悪は無いが――美鈴と一緒に花壇の手入れをしていれば、ある程度は慣れる――それでも、10匹以上の虫、いや蟲か、蟲が群がっていれば流石に慌てる。

 

 

「良い野菜だね、皆が喜んでる」

(いや、勝手に喜ばれても……って)

「おー、リグルじゃない」

 

 

 ルーミアがにぱっとした笑みで見る先に、1人の小さな女の子がいた。

 蟲という言葉で何となく予想はついていたが、そこにいたのはリグルだった。

 リグル・ナイトバグ、蛍の妖怪にして蟲の王である。

 

 

 甲虫の羽のような赤黒マントに、白のブラウスと紺のキュロットパンツ。

 見た目は本当に人間の女の子だが、緑のショートヘアの間に見える触覚が非人間性を象徴している。

 チルノやルーミアと良くつるんでいるため、白夜ともそれなりに面識がある。

 と言うか、ある人物に面識を持つ幻想郷の人妖は、割と顔見知りだったりする。

 

 

「…………」

「うん、何? もしかして蟲達のモーニングコールサービスを受けてくれる気に」

(それは無い)

「そんな全力で拒否のポーズをしなくても……」

 

 

 蟲のモーニングコールと言うのはアレだ、朝、時間になると大量の蟲がベッドにやってくると言うサービスだ。

 昆虫の地位向上のために始めたサービスらしいが、妖怪が何をやっているんだと言うツッコミ以上に、むしろそれはイメージをダウンさせているのではないだろうか。

 

 

 そして白夜は一般的な感性の持ち主なので、昆虫の大群にモーニングコールを頼んだりはしない。

 胸の前で腕を交差させ、拒否のポーズ。

 その様子に残念そうに首を振った後、リグルは空中で逆さまになりながら道の先を指差した。

 

 

「お腹が空いてるんでしょ? そのまま進めば、良いものがあるわよ」

(良いもの? と言うか、ど、どうして私がお腹を空かせているとわかったんだろう)

 

 

 まさか先程の音を聞かれていたのだろうか、いやいや、まさか、いやいや。

 何となく気恥ずかしくなって、白夜はその場からそそくさと離れていった。

 リグルはそれを見送りながら、生暖かい眼差しで手を振っていた。

 一方でルーミアは十字架のポーズのままくるくると回り、不思議そうに首を傾げた後。

 

 

「そーなのかー」

 

 

 と、何かに納得したように頷いていた。

 いや、何に納得したのだろう。

 白夜はそう思ったが、恥ずかしさの方が勝ったのでツッコミはしなかった。

 さて、この先には何があるのだろうか?

 




最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
そーなのかー連発、もはや止められない止まらない。
いやぁ、良いですよね「そーなのかー」
まぁ、公式では1度か2度しか出てこないんですけどねー……。

と言うわけで、今回の東方別視点。
今日はちょっと趣向を変えた形でお送りします、ぬえの妹編です。
詳細は本編「紅美鈴:裏」にて。


封獣姉妹の悪戯被害について:
ナズーリン「ご主人の宝塔を隠すのをやめてほしい」
多々良小傘「人間を驚かせる時にスカートをめくるのをやめてほしいなぁ、確かに驚かせられるけど」
雲居一輪「毎朝頭巾を隠すのをやめてくれませんか……」
村紗水蜜「悪戯を咎めてもこうの能力で証拠が無いもんだから、私が悪者扱いですよ!」
寅丸星「花飾りを蜜柑の皮とすりかえられました……」
二ッ岩マミゾウ「カカカ、まぁ、可愛いもんだろうて」


聖白蓮:
「うふふ、確かにあの2人の悪戯好きにも困ったものですね」
「でもあの2人は2人でいるからこそ、輝きを放つことができるのです。むしろ別れてしまったら、きっと小さくなって、消えてしまいます」
「だから皆も温かな心で……あら、御本尊が斜め65°に傾いて」
「あら……あらあら、あの2人の悪戯なのですね? うふふ、まぁ、可愛らしいこと、うふふ……うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」

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