苦手な方は注意してください。
すりすりと頬を擦り付けて見る、しっとりとした感触が心地良かった。
すんすんと嗅いでみる、言い様のない香りに酔ってしまいそうだった。
ペロペロと舐めてみる、その肌は堪らない程に甘やかだった。
「…………」
「あーうー」
舐めるのは流石に不味かったのか、顔を掌で掴まれ押しのけられた。
だが嫌がっていると言うよりは、単に気恥ずかしいだけのようだ。
その証拠に、抱きつくようなことは拒否してこない。
もしかしたら、こういうスキンシップに慣れているのかもしれない。
慣れているとすれば、相手はあの紅い館の住人だろうか。
神社の宴会で見たことしか無いが、なかなか上級の妖怪達が集っていたように思う。
あの中にただの人間が混じっていることは、常識としては在り得ない。
だが、在り得ないからこそ幻想郷なのだ。
「どこに行くの?」
「…………」
「山を回って、裏から湖に入るのね」
荷物を持っていない片方の手指を動かして説明してくれる白夜に、ルーミアはふむふむと頷く。
一旦白夜から離れて、ふよふよと浮かぶ。
夜の暗闇の中で、ルーミアの赤の瞳が一瞬だけ光ったように見えた。
「いっぱいね」
「…………」
何が? と視線で問いかけてくる白夜に対して、ルーミアは子供のような笑顔で首を横に振る。
無表情に不思議がる彼女は、首を傾げて、しかし歩みを止めはしなかった。
ルーミアには、それがおかしくて仕方が無かった。
子供のような笑顔の奥で、妖の笑みが隠れていた。
闇が、蠢く。
どこまでも続く夜の細道、そこは妖怪の世界だ。
人ならざる者達の世界。
その気配が、草葉の陰からいくつもする。
ルーミアにはそれがわかるのに、目の前の白夜はそれがわからない。
「あはは」
きっとあの紅い館の連中のせいだろうと、そう思う。
あまりにも強い妖力の中で育ったせいで、妖気に慣れている。
慣れているから、木っ端妖怪の妖力程度には驚かない、気付かない。
気付けないのだ、あんなにも美味しそうなのに。
闇が、食指を伸ばす。
ルーミアの身体から、じんわりと闇が広がる。
それは手のように、指のように地面を這う。
白夜は気付かない、幻想郷の暗闇の中で蠢く闇を見ることは出来ない。
宵闇の腕(かいな)の動きを、人間は知覚することは出来ない。
「美味しそう」
「…………」
「うふふ、大丈夫。食べないわ、今は」
お腹は空いているけれど、我慢しよう。
嗚呼、でも出来ることなら。
(食べたいなぁ)
あの甘やかな肌に歯を突き立て、ぷつんと音を立てて噛み破りたい。
流れる血で喉を潤し、芳醇さの余りに理性を失ってみたい。
穢れを知らぬ処女の肉を舌の上で転がし、心ゆくまで味わってみたい。
心の臓に頬を寄せ、絶命の鼓動に聞き入ってみたい。
闇が、広がる。
ああ、わかってくれるだろうか?
きっと妖怪ならばわかってくれるだろう、彼女がいかに貴重な存在であるか。
この幻想郷の人間達は、必ずしも豊かでは無い。
その中にあって豊かに食べ、運動し、健全に健康に育った処女がいかに美味か。
(タベタイ)
叶うことなら。
(タベタイ、タベタイタベタイタベタイ)
今すぐにでも、この無防備な背中を闇で包み込んでしまいたい!
(タベ――――)
ゾクリと、した。
広がりつつあった闇が、急速にその勢力を後退させる。
チリチリとした痛みが肌を刺し、髪の毛がザワめいて膨らんだようにも見えた。
「…………?」
「何でもないわ」
どうしたの? そう問いかけてくる瞳に、ルーミアは変わらない笑顔で答えた。
両手をピンと張り、ふわりと空中で身を回転させる。
白夜の頭の上のあたりで、地面に背を向けるような体勢になる。
先程よりも一層赤みを増した瞳は、彼女の妖力が活性化している証拠だ。
「…………」
さっき、白夜へと食指を向けようとしたその瞬間、白夜の身体に強い妖力を感じた。
ためにルーミアは彼女を食べることをやめたわけだが、当然、人間である白夜が妖力を発するはずが無い。
<宵闇の妖怪>を退かせる程の妖力の匂い、それは一瞬でルーミアの中に入り込んできた。
脳裏に浮かんだのは、「七色の羽根」だった。
「彼女」の牙が魂にまで届いていて、それが保護となって白夜を守っている。
他にもいろいろな「匂い」があるが、一番強いのはそれだった。
それある限り、彼女の「持ち主」より格の低い妖怪は白夜に手を出すことが出来ないだろう。
妖怪は精神の生き物だ、迂闊に近寄れば今のルーミアのように跳ね返されることになる。
「そーなのかー」
あーあ、と言う心地で、ルーミアは諦めた。
諦めて、白夜にまとわりつくことにした。
魂は無理でも、その身体に自分の匂いをつけておきたかった。
「…………」
「そーなのだー」
幻想郷の夜は長く、闇は深い。
宵闇の妖怪は、紅魔の太陽の傍で童のように笑っていた。
妖怪としての格、それはそのままに。
最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
そーなのかー。
これを言わせたいがために登場させましたルーミア、でもルーミア回終了もまだ登場。
優遇されているなぁ、と。
さて、お腹が空いてきましたね(え)
そして東方妹別視点、今回はアリスの妹ロリーナ。
詳細は「紅美鈴:表」にて。
霧雨魔理沙の場合:
「なぁロリーナ、前から言おうと思っていたんだが」
「お前、私がアリスと一緒にいる時、すげー怖い目で見てくるけど、何なのぜ……?」
「お、おい何だよ。何で糸をぐるぐる巻くんだよ。よせって、まてまてまて、何だ怖いぞお前おい」
「も、もがもがが――――!」
アリス・マーガトロイドの場合:
「ごめんなさいじゃないでしょう、どうしてこんなことをしたのかって聞いてるの」
「はぁ……あのね、魔理沙とお友達だからって、貴女のことを放り出したりしないわよ」
「安心しなさい、一人前になるまでは面倒見てあげるから」
「…………だからほら、魔理沙を放してあげなさい。え、いや? あのね、だからねぇ」