東方従者伝―瀟洒の妹―   作:竜華零

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鈴仙・優曇華院・イナバ:裏

 鈴仙には、特別な能力がある。

 幻想郷に生きる者の一部は「程度の能力」と言うものを持つが、鈴仙のそれは特異性では群を抜いているかもしれない。

 その名も、「物の波長を操る程度の能力」。

 

 

 光や音等の波長はもちろんのこと、脳が肉体に送っている波長や空間・時間の生み出す波長まで、その全てを掌握し支配することが出来る。

 例えば鈴仙は自分の周囲の光の波長を操作することで姿を消し、必要最小限の会話だけで人里に置き薬の補充に行っている。

 あまり他者との付き合いを好まない彼女は、人里に行く際は常にそうしている。

 

 

「はぁ……お師匠が方針転換して竹林の外と交流するのは良いけど。私が人里まで薬を届けに行かないといけないのはなぁ……まぁ、向こうから来ても竹林で迷うんだろうけど」

 

 

 迷いの竹林はその名の通り来る者を迷わせる、そう言う結界が張ってあるためだ。

 人里から普通の人間が来訪したとしても、案内人がいなければ薬師である鈴仙の師の下に辿り着くことは出来ないだろう。

 当然、鈴仙は竹林の住人なので迷うことは無い。

 

 

「まぁ、これでまた来月までは外に出なくてす……むぉわっ!?」

 

 

 竹林の中をてくてくと歩いていた最中、鈴仙は不意に浮遊感を感じた。

 そして次の瞬間には、己の足元が無くなったせいだと気付いた。

 ――――落とし穴!?

 

 

「むーっふっふっふ。おかえり鈴仙、ちゃんと薬届けてきた?」

 

 

 土煙と共に4メートル半径の地面が崩落した後、1分程だろうか、小さな影が落とし穴の縁に立っていた。

 それはウサギだった。

 癖っ毛な黒髪に柔らかそうなウサミミが生えていて、桃色ワンピースのお尻には白いウサギの尻尾がある。

 因幡てゐ、竹林に住まう妖怪兎……の一匹だった。

 

 

 彼女はニヤニヤとした顔で穴の中を覗き込んでいる、どうやらこの落とし穴を作ったのは彼女らしかった。

 んー、と手を額のあたりに翳(かざ)して穴の中を見下ろす仕草は、童女のように愛らしい。

 しかし落とし穴の中に蛙の卵を敷き詰めているあたり、凶悪である。

 

 

「お?」

 

 

 不意に、てゐの視点が上がった。

 どうやら首根っこを持ち上げられているらしい、後ろを振り向くと。

 

 

「およ、鈴仙。おかえりー」

「おかえりー、じゃないわよ。いきなり何するのよ、おかげで薬箱1個ダメにしちゃったじゃない」

 

 

 鈴仙がそこにいた、背負子以外は何の問題も無い様子だった。

 直前に落とし穴に嵌めたことなど露とも見せずに「おかえり」と笑顔を見せてくるてゐに呆れたような視線を向けて、鈴仙はてゐを地面に下ろした。

 その際、こつんと小突くことも忘れない。

 

 

「どうしてわかったの?」

「落とし穴のこと? わかるわけないじゃない、だから薬箱ダメにしたんだし……あーもー、お師匠に叱られるの私なんだからね」

「どんまい」

「アンタね」

 

 

 実に良い笑顔で親指を立ててくるてゐに、溜息を吐く。

 実際、師に叱られることを考えると憂鬱(ゆううつ)になる。

 今度は3日くらいで職場復帰できれば良いのだが……。

 

 

「アンタの波はやたらに短いからね、アンタがいるのはわかってたのよ」

 

 

 繰り返すようだが、鈴仙の能力は物の波長を操ると言うものだ。

 操る以上読むこともできる、そして物の波長は個人によって異なる。

 暢気ならば波は長く、短気ならば短くなる。

 てゐの波は特徴的と言えるぐらいに短く、普段から一緒にいるだけあって近くにいるだけでわかる。

 

 

 ちなみに余談だが、鈴仙はこの能力である程度相手の考えを読むことが出来る。

 昔とった杵柄(きねづか)と言うべきか、その意味で鈴仙にはカウンセラーとしての才能があった。

 普段は他人から隠れる時などに使うのだが、感情を表に出すのが苦手な人間に対しても有効な能力だ。

 

 

「はぁ……仕方ない。とにかく帰るわよ……」

「大丈夫だって、お師匠様も鬼じゃないんだしさ」

「何でアンタが普通に慰めて来るのよ……」

「え? だって友達じゃんさ」

「はいはい、ありがと」

 

 

 やれやれと肩を竦めながら、鈴仙はてゐと共に歩き出した。

 目指すは竹林の奥、鈴仙の師とその主が住まう屋敷、「永遠亭」。

 時間も歴史も意味を成さないその場所が、鈴仙の今の居場所なのだから。

 

 

「……薬箱、本気でどうしよ……」

「大丈夫大丈夫、何とかなるなる」

「……本気で言ってる?」

「あっははは~」

「わ、笑うなぁ――――っ!」

 

 

 ――――多分。

 




最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
うどんげ編も終了、次回からは幻想郷の夜道を歩きます。
さて、夜道で登場しそうな方と言えば誰がいましたかね……。

そして東方妹シリーズ続編、今回は「東風谷 美稲」の場合です。
※詳しくは「パチュリー表」にて。


宇佐見蓮子の場合:
「え? オカルトなんてやめて真面目に生きるべきって?」
「ダメ、ダメダメよミーネ。そんな根性じゃ秘封倶楽部の後継者にはなれないわよ」
「私たち秘封倶楽部は、この世のありとあらゆる境界を暴くためにあるの」
「だからそんな、常識なんてものに縛られちゃいけないわ」

マエリベリー・ハーンの場合:
「どうして蓮子を止めないのか? ふふふ、私が手綱の握り役だと思ってもらえるなんて、光栄だわ」
「んー……まぁ、蓮子の行動を掣肘しようだなんて、考えるだけ無駄だもの」
「でも私からすると、貴女だって十分に秘封倶楽部の一員よ?」
「ほら今も、貴女の胸元に境界が――――……」

東風谷早苗の場合:
「ああ、はい。幻想郷の外の世界に妹がいるんです。だからかもしれないですね、つい霊夢さん達にお節介を焼いてしまうのは」
「どうして連れてこなかったのか、ですか? うーん、両親もそうですが、妹は普通の人なので。幻想郷で生活するのは難しいかな、と。神奈子様に概要は聞いていたので」
「……ああ、そういえば」
「お別れも、できませんでしたねぇ……」


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