東方従者伝―瀟洒の妹―   作:竜華零

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鈴仙・優曇華院・イナバ:表

 油断した。

 姉からも良く注意されていたのだが、正直、自分は慌てると失敗しやすい体質なのだ。

 そそっかしいと言うよりは、おそらくどこか抜けているのだと思う。

 美鈴などは、「いや単純に天然なだけでは」とか言って来るのだが。

 

 

(まぁ、不幸中の幸いと言うか、慧音先生に貰ったこれは無事だったけど)

 

 

 両手で持った買い物籠を見て、ほっと息を吐く。

 すでに日が沈み、あたりは真っ暗だ。

 畦道(あぜみち)の向こうには人里に掲げられている篝火の灯りが見えるが、それ以外では月と星だけが光源だ。

 

 

(ああ、でも、服汚れちゃった。また美鈴姉に頼んで隠して貰わないと……)

 

 

 正直に打ち明けると言う選択肢が無いあたり、性格を表していると言える。

 白夜は静かに立ち上がった。

 何故立ち上がったのかと言えば、答えは簡単である、夜道で小石に蹴躓いて転んだのだ。

 夜道、足元を見ない、急いでいる、転ぶ要件は全て満たしていると言える。

 

 

 持っていた荷物は無事だったが、咄嗟のことだったので能力を使えなかった。

 袴の端を持ち上げるまでも無く、じくじくとした痛みを膝のあたりに感じる。

 どうやら、転んだ拍子に擦り剥いてしまったらしい。

 どうでも良いことだが、大きくなってから転ぶと非常に恥ずかしい。

 

 

(だ、誰にも見られて無いよね?)

 

 

 キョロキョロとあたりを見渡す、誰もいない、ほっと息を吐いた。

 怪我は少し気になるが、この後またあの湖を越えないといけないので、道草を食っている暇は無い。

 お団子を食べていた分、時間は押しているのだ。

 だから……。

 

 

「……何してるの?」

 

 

 ぴたり、と、白夜の動きが止まった。

 そして彼女は、もう一度状況を確認した。

 あたりはすでに夜だ、普通の人間は妖怪を恐れて外に出ない時間だ。

 

 

 加えて、先ほど白夜は周囲を見渡したばかりだ。

 その時には誰もいなかった、己の目の良さを信頼してそう言える。

 ならば今、声をかけてきているのは誰だ?

 前半と後半の情報を繋ぐと、おのずと答えが出てくるだろう。

 つまりだ。

 

 

(出たな妖怪……!)

「わっ、びっくりした」

(……ほぇ?)

 

 

 そこにいたのは、兎だった。

 もちろん野山を駆けるような普通の兎では無く、人間の姿をしたウサギだ。

 具体的には人間の身体に兎の耳、妙にくたびれたそれが可愛らしい。

 だが良く見れば、そこにいたのは白夜の知っている顔だった。

 背中に大きな背負子を背負っていて、漆塗りの立派な箱を運んでいる様子だ。

 

 

 足元まで伸びた薄紫色の髪に、血のような赤い瞳、白い肌。

 ネクタイを締めたブラウスに紺色の上着を着て、薄桃色のミニスカートと三つ折り靴下、茶色の革靴。

 幻想郷では珍しく垢抜けた衣装で、少なくともこうした衣装を着ている人物を白夜は1人しか知らない。

 かつて白夜も迷ったことのある竹林、迷いの竹林の住人の1人、名は……。

 

 

(えーと、確か悪戯される方のウサギさんだったかな)

「違う」

(……はっ、心を読まれた!? よもやこのウサギ、覚(サトリ)か!)

「だから違う」

 

 

 確かきちんと紹介はされたはずだが、妙に長かったことしか覚えていない。

 多分、自己紹介の時に落とし穴に落とされて見えなくなったからだと思う。

 悪戯を仕掛ける方、幸運を呼ぶ「てゐ」と言うウサギのことは良く覚えているのだが。

 

 

「はぁ、鈴仙(レイセン)よ。鈴仙」

(おお、そう言えばそう言う名前だったような)

「こんな所で何してるのよ。こんな時間に、今日は……」

 

 

 そこで、妙に緊張した面持ちで周囲を見渡し。

 

 

「……咲夜は、いないわよね」

(どうでも良いけど、どうして皆して咲夜姉を探すのかなぁ)

「そりゃあ……まぁ、別に良いじゃない」

(誤魔化されたような気がする)

「何かまた失礼なことを考えてる波が……ん? と言うか」

 

 

 すん、と鼻を鳴らして、鈴仙は目を細めた。

 そして、白夜の足のあたりを見やった。

 

 

「怪我、してるの?」

 

 

 その時、白夜の心臓が高鳴った。

 別にときめいたわけでは無く、先程の転ぶと言う失態を見られていないかと思っただけである。

 しかし鈴仙は何かを言うでも無く、背中の箱を下ろすと蓋を開いた。

 月明かりの下でも迷い無く中身を探っているのは、慣れているからだろうか。

 

 

「はい、袴たくし上げて」

(え?)

「何してんのよ、ほら早く」

 

 

 促されて袴を膝上までたくし上げる、両手の指でちょんと摘む仕草が可愛らしい。

 それを確認した鈴仙は、箱の中から取り出した小瓶の中に人差し指を入れた。

 中身はとろりとした粘性のある白い液体のようで、指先につけたそれを白夜の膝に塗る。

 ひんやりとした滑(ぬめ)りの感触に、ん、と息を詰める白夜。

 一瞬の痛みの後、すぐに冷たい感触に擦り傷が包まれて、違和感が消える。

 

 

「はい、これで良し」

(おお、ありがとう)

「良いわよ、これくらい」

 

 

 小さく微笑して、鈴仙は小瓶を直し、再び箱を背負い直した。

 どうやらこの箱は、薬箱だったらしい。

 

 

「じゃあ、私行くから」

(うん、本当にありがとー……って、うお!)

 

 

 ヒラヒラと手を負って見送っていると、不意に鈴仙の姿が消えた。

 消失というよりは、急に視界に映る彼女の姿が、水面に映る虚像のように揺らいで見えなくなったと言う方が正しいだろう。

 狐ならぬウサギにつままれたような気さえするが、膝に塗られた薬の感触がそれを否定している。

 

 

 しばしその場に突っ立っていたが、鈴仙の姿は見えない。

 そのまま時間が過ぎるに任せるわけにもいかないので、白夜は肩を竦めて歩き出した。

 すると……。

 

 

「あ、今度は転ばないようにね」

「……!」

 

 

 やはり見られていた!

 白夜は内心に生まれた恥ずかしさのままに、全速で走り始めた。

 風に乗って、ウサギの笑い声が聞こえた気がした。

 




最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
東方妹シリーズは好評の内に終了しましたが、まぁまだまだ本編が続きそうと言うことで、もう少し遊んで見る事にしました。
具体的には、各妹を他キャラの視点から見てみました。
さて、どうでしょう。

では、射命丸駒(小悪魔:裏に掲載)から。


犬走椛の場合:
「え……駒さんのことをどう思うか、ですか? と言うか、何の用かと思ったら妹の評判調査ですか。随分な趣味ですね」
「うーん、鴉天狗の方にしては良識のある方だと思いますが」
「そもそも私たち白狼天狗と鴉天狗の方々は接点があまり無いので……って、それは文さんが外に出すぎなんですよ。ああ、そういえば……」
「駒さん、河童達と仲が良いらしいですよ」

河城にとりの場合:
「え、駒? ああ、確かに良く来るねぇ」
「駒はアンタと違ってお代(胡瓜)をくれるしね、こっちも気持ちよく仕事できるってもんだよ」
「仕事内容? いやぁお得意様の情報は……こ、この胡瓜は!? 漫画用の台とかだね、何か内側から光る台を雛から貰ったらしくてね。まぁ、構造が単純だから面白くは無かったけど」
「え? あ、うん。雛と仲良さそうだったよ」

鍵山雛の場合:
「あら珍しい、鴉天狗が私に会いに来るなんて」
「ああ、駒のことを聞きに来たのね。漫画用の台? 確かにあげたわね、私には必要の無いものだったし。元々は霖之助さんが香霖堂の厄除けのお礼にってくれた物なんだけど」
「ああ、確かに良く厄除けに来るわね」
「何でも、姉のとばっちりで弾幕に晒される毎日から抜け出したいとか何とか」

射命丸文の場合:
「え、駒のことをどう思っているか? あややや、逆に取材されるとは。いやはや」
「ええ、とても大事に想っていますよ。何しろたった1人の肉親ですからね、嫌いになんてなるはずがないじゃないですか」
「それに駒は私のことを良くわかってくれていますからね。安心して代理を任せられます。2人で別れれば取材効率も2倍、ネタも2倍と言うわけですよ」
「嘘? あややや、そんな哀しいことを言わないで下さいよ駒。私も駒にお仕置きをするのは辛いんですよ? でも心を鬼にして、姉を厄払いの対象にする妹を躾けないといけないのです。わかってくれますね?」
「さぁ、そんなわけで今日も博麗神社に行きましょうか、駒。今日は取材日和ですよ!」

姫海棠はたての場合:
「で、たまらずうちまで逃げて来た、と」
「まったく、私のうちは避難所じゃないのよ」
「いや別にお茶くらいなら出すけど。まぁ、アンタも文から逃げ回る割には、アレよね」
「文の家から独り立ちしたりは、しないのよねぇ」
「……って、そこで照れるのやめなさいよ。言ったこっちが恥ずかしくなるじゃない」

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