いくらなんでも、この量は買い過ぎでは無いだろうか。
妖夢はそう思いながら、人気の無い冥界の道を歩いていた。
冥界と言うだけあって、その世界には生気が無い。
木々は枯れ、陽の光は無く、風は乾き、土には潤いが無い。
だが、妖夢はこの世界が嫌いでは無かった。
涼やかな静寂に包まれた世界では時間が酷くゆったりと流れる、喧騒よりも整然を好む妖夢の気質に、冥界の空気は合っていた。
それに、ここには敬愛すべき主もいる。
「まぁ、幽々子様には幽々子様のお考えがあるんだろうけど」
妖夢の主は大食いで有名だが、流石に人里の通り2本分の食糧を買い占める程では無い。
買い溜めにしては生鮮食品が多いし、あとお酒も多様だ。
妖夢が半人半霊の妖怪でなければ、とてもでは無いが持ち切れなかっただろう。
鍛錬と思えば良いかと考えていたが、今にして思うと、どうなのだろうか。
「まぁ、良いか」
深く考えても仕方が無い、自分などが主の深慮を探ってもわかるはずが無いのだから。
「そういえば、白夜は何の用だったんだろう?」
主の居城「白玉楼」、灯篭に囲まれた石階段を一歩一歩登りながら首を傾げる。
その際、腰に結んだ酒瓶がぶつかり合って音を立てた。
ちゃぽんっ、と、瓶の中で酒が揺れる。
そして石階段を登りながらふと思い出したのは、人里で出会った1人の少女のことだ。
いきなり斬り付けたことは悪かったと思いつつも、ああも鮮やかにかわされたことに感嘆を覚えてもいた。
顔色一つ変えず、眉一つ動かさず、冷静に身体を折り、自分の一刀を回避せしめたあの身のこなし。
見事だ、と頷かざるを得ない。
(よほどの修練を積んだんだろうなぁ)
うんうん、と頷くその表情には、はっきりと尊敬の念が浮かんでいる。
優れた相手を称賛するに躊躇しない、この素直さは妖怪にしては珍しい程だ。
彼女には妖忌と言う祖父がいたのだが――現在は隠居ならぬ幽居し、何処かへ去った――その祖父の教えの中にも、そうしたものもある。
そうした教えの中で育ったからこその素直さなのか、それとも妖夢自身の気質なのかはよくわからない。
「今度、手合わせして貰おうかな」
声に出して言ってみると、それはなかなか妙案のように思えた。
妖夢の主人が起こした先の異変でも、妖夢は白夜と相対する機会が無かった。
主にとある白黒魔法使いが前面に出張っていたためで、それ以来は異変解決で協力するなど友好関係にあり、手合わせの機会も少なかった。
「うん、次に会ったらお願いしてみよう」
そう結論を出したちょうどその時、妖夢は白玉楼の正門を潜った。
自身が手ずから世話している玉砂利の庭園に、灯りの少ない木造の屋敷。
主と2人で暮らすには広すぎるその家、それでも毎日家事をしている妖夢は隅々まで中の構造を熟知していた。
「ただいま戻りましたー!」
敷居を越えた後、静かな空間に己の声を響かせる。
主の邪魔になるかもしれないと思いつつも、しかし一方で帰宅を知らせないと困ると言うのもある。
難しい所だ。
などと考えながら、土間に入り荷物を下ろしていると。
「妖夢~?」
と、どこかのんびりとした声が奥から聞こえてきた。
それに「はーい」と答えつつ、米俵や酒瓶や野菜の束を置いて行く。
冷やしておくべきものなどもあるので、いくらか気を遣うのだ。
「よーむー?」
「はーい」
「よーむー、よ~~む~~?」
「はーい、ただいまー!」
名前が連呼されたら危険信号だ、荷物の整理もそこそこにパタパタと駆け出す妖夢。
広く、そして長い縁側を埃を立てないよう気を遣いながら走る。
その時ちらりと視線を動かせば、遠目に葉の無い巨木を見ることが出来た。
走りに合わせて横へと移動していくそれを何となく目で追うこと数秒、その視線はすぐに逸らされる。
「よ――む――!」
「はい、すぐに参りますから!」
感慨に耽る間も無い、妖夢は主の声を頼りに姿を探した。
さて、いったい何の用だろうか。
作り置いておいた和菓子が残っているなんて期待していないが、さりとて夕飯前にあまり物を食べるのもどうか。
どうせ言っても聞いてもらえないだろうが。
と言うか、妖夢と違い正真正銘の幽体なのにどうしてあんなの食べるのだろうか。
食事はエネルギーの摂取のために行われるはずで、摂取したエネルギーはどこに行くのだろうか。
妖夢も相当長く生きる種族だが、はたして寿命までに答えが出るのだろうか。
などと、どうでも良いことを考えていると。
「ああ、妖夢。遅いわよー」
「申し訳ありません、幽々子様。妖夢、ただいま戻りました」
この世に2つと無い美貌の顔を子供っぽく膨らませて、妖夢の主がそこにいた。
一番奥ばった所にある縁側に座り、和と洋を調和させた不思議な薄青のドレスを纏った女性。
ふわりとした桃色の髪を指先で弄りつつ、妖夢の主――西行寺幽々子は唇を尖らせた。
「帰って早々悪いけど、妖夢。お茶を淹れて頂戴」
「ああ、はい、わかりました。お夕飯が近いので、お茶請けは無しですよ?」
「ええ~」
「ええ~じゃありませんよ、お夕飯が近いから駄目です。駄目ったら駄目です」
こう言う時には安易に妥協してはいけないのだ、妖夢は断固として拒否した。
――――15分後、人里土産のお団子を美味しそうに食べる幽々子がいたわけだが。
「うふふ、ちゃんとお土産を買ってきてくれるなんて。やっぱり妖夢は可愛いわねぇ」
「……からかわないで下さい」
3本だけですからね! と何かを誤魔化すように言う妖夢の前で5本目に手を伸ばしつつ、幽々子はほのぼのと笑っていた。
「それにしても幽々子様」
「あら、何かしら」
「あんなにたくさんの食材、どうするんですか? まさか全部食べるんですか?」
「いやだわ妖夢、私をなんだと思っているの?」
本当のことはとても口に出来ない、素直な妖夢だった。
しかし実際、あの量は異常だ。
見れば、幽々子は7本目のお団子を手にふわりと微笑み。
「――――のための食材に決まっているでしょう、ここは幻想郷よ?」
「ああ……」
「紫に頼まれてね~」
主の答えを聞き、妖夢は合点がいったとばかりに頷いた。
なるほど、そういうことならあの量も頷ける。
頷けるのだが、主が主の友人に頼まれた物をどうして自分が買いに行く羽目になったのかと言う疑問は残った。
残った、が。
「……あ、妖夢。お団子がなくなっちゃったわ」
「あっ、3本だけって言ったじゃないですか!」
「じゃあ何で10本も出したのよぅ~」
「幽々子様が3本で満足されるわけないじゃないですか!」
「妖夢の鬼ー」
「違います、半人半霊です」
気にしている暇は無い、と、妖夢はそう思った。
ここは幻想郷。
どこかの巫女では無いが、常識に捉われてはいけない場所なのだから。
最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
ゆゆ様登場、このお方だけは特別扱いしたいわけです。
だってゆゆ様ですし(え)
と言うわけで、今回の東方妹は狐っこです。
では、どうぞ。
まーながるむ様(ハーメルン)
・八雲紅(やくも こう)
種族:妖獣(九尾の狐)
能力:式を操る程度の能力
※術式、公式、定式等、「式」と名のつく物を自在に操る能力。
二つ名:すきま妖怪のしき、反逆の九尾。
容姿:銀髪セミロング、銀色の瞳、色白、狐耳を外に晒し、導師服、尻尾は九本でもふもふ。
テーマ曲:白面銀毛九尾之狐
キャラクター:
幻想郷の事実上のトップ、八雲紫の式神。姉である藍と違い反抗心の塊。
ことあるごとに主である紫の式神の術式を己の能力で書き換え、独自行動を取ろうとする。
とは言え主である八雲紫の力に抗し切れるはずも無く、書き換えの能力は主の能力によって境界を引かれ、押さえ付けられるのが常である。
姉である藍は呆れているようだが、妹である紅に諦めるつもりは無い。
曰く、「謀反気の無い所に成長は無い」。式としては異端だが、主である紫も将来性という意味では期待しているらしい、毎晩のように繰り返されるお仕置きは八雲家の恒例行事だ。
天狐への道:
妖を越えて天に至る、それが紅の目標である。
元々の強大な妖力に加え、八雲紫の式を受けて得た頭脳。これをチャンスと、狐としての位階を上げるために日々努力している。
なので八雲紫の雑用などしている暇は無い、のだが、妖怪の縦社会は厳しかった。
と言うか、主の意思に背く時点で式神は弱くなる仕組みなので、生涯かかっても反逆が成功することは無い。切ない。
主な台詞:
「今日こそ! 今日こそはあの性悪主の支配から脱却してやる! NOと言える式!」
「だが断る(主の命令に対して)。この八雲紅が最も好きな事のひとつは自分で強いと思ってるやつに「NO」と断ってやる事だ」
「痛いっ、痛い! 日傘でお尻をぶつな! ぶつなと言うのに! あ、姉者、姉者! 助けてくれ姉者――――ッ!(「あ、あの紫様、本人も反省しているようなので……」「大丈夫よ藍、私は式を剥がすようなヘマはしないわ(バシバシバシバシバシバシバシバシバシ)」「いえ、橙の教育に悪いので……」)」
「くそう、くそう。見ていろ性悪主に性悪姉め、いつか天狐になった暁には(ぐすぐす)……む、橙じゃないか。そうか、秋刀魚をくれるのか。お前は優しい子だな、よしよし」