うーん、うーん。
「あ、こんなところにいた」
チルノが知恵の輪を手に唸っていると、誰かが傍に寄ってきた。
彼女もまた妖精であり、加えて言えば「大妖精」と呼ばれる力有る妖精の一体だ。
緑の髪を黄色のリボンでサイドテールにまとめ、チルノのそれに似た青白の衣服を着ている。
その背には、縁のついた不思議な羽根が一対。
「もー、ダメだよチルノちゃん。かくれんぼの鬼なのに、勝手にいなくなったりしちゃ」
「うーん、うーん」
「チルノちゃん、何してるの?」
かくれんぼの最中にいなくなってしまったチルノを探しに来た大妖精は、水面近くで蹲っている彼女の手元を覗き込んだ。
すると何故か、チルノは知恵の輪をしていた。
小さな輪をカチャカチャと弄り、それを外そうとしているようだ。
どうして、チルノはそんなものをしているのだろう。
大妖精の知る限り、チルノの持ち物にそんなものは無かったはずだ。
拾ったのだろうか。
「チルノちゃん、その知恵の輪どうしたの?」
「もらった!」
「え、誰に? 知らない人にものを貰っちゃダメだよ」
「大丈夫! あたいさいきょーだから!」
チルノが最強であることが、いったい何の解決になると言うのか。
大妖精はそんなことを思うが、だからと言って口には出さない。
口に出しても意味が無いということを、長い付き合いで大妖精は知っていた。
「あれ? じゃあ、知ってる人に貰ったってこと?」
「うん」
「誰?」
「んー? えっと、わかんない!」
……少しの間大妖精の時間が止まったが、すぐに彼女は再起動した。
「でも、どっかで見たことある気がするんだけどなぁ」
「え、どういうこと?」
「うーん、どっかで会った気がするんだけどなぁ」
「チルノちゃん、それ同じことだよ?」
要領を得ないチルノに忍耐強く話を聞いて、相手の要望を窺うに、大妖精は一つの結論に達した。
曰く、相手が人間、それもおそらく女性であること、妖精に人間の性差はわかりにくいが。
曰く、金髪で見覚えのあるような顔だったこと。
チルノが覚えているような人間と言うと、数はそう多くない。
妖精が覚えていると言うのは、それだけで大事なのだ。
「うーん、それって白ちゃんじゃないかなぁ」
「え、大ちゃん知ってるの?」
「うん。ほら、湖の島の紅い家、覚えてる?」
「う? う――――ん?」
チルノは知恵の輪を弄りながら首を傾げた、むしろ腰を曲げて身体を折った。
曲がりすぎて、くるんっ、と空中で一回転した。
僅かに触れた水面が薄く凍り、すぐに進水で沈み始めた。
氷が音を立てて割れたその瞬間、チルノは目をくわっと見開いて。
「わかんない!」
がくっ、と大妖精は全身から力が抜けるのを感じた。
まぁ仕方ない、と思う。
何しろ大妖精自身も言われるまで記憶の底に仕舞いこんでいて、自発的に思い出すことは無かったのだから。
そして、記憶の彼女とチルノの話の彼女だと、容姿に若干の差があるようだが。
(人間は時間が経つと、大きくなるんだよね)
大妖精は「人間が成長する」と言うことを認識している、自身が成長も衰退もしない妖精なので理解はできていない。
チルノが大妖精の言う所の「白ちゃん」、つまり十六夜白夜のことを思い出せなかったのは、そう言う事情もあるのだろうと思う。
チルノと大妖精を含めた霧の湖の妖精達の間で、ほんの数年前の一時期、霧の湖の紅い館に遊びに通うのが流行っていた時期がある。
吸血鬼の強い「気」を受けて館に近づけるような力有る妖精は少なかったが、逆に可能だった妖精達の間では流行った。
紅い館の門の前に、人間の子供がいると。
(白ちゃん、人間だけどチルノちゃん達についてこれてたもんね)
人間と妖精、一緒に遊ぶには異質な関係だ。
白夜が悪戯好きだったと言うのもあるのだろうが、自然そのものである妖精達と一緒にいて身体に変調が無いと言うのは驚愕に値する。
大妖精が記憶する限り、霧の湖の湖底を見た初めての人間では無いだろうか。
(白ちゃんかぁ、また一緒に遊びたいな)
その時、大妖精はふと何かを思い出したようにはっとした。
「……あ! それよりチルノちゃん、早くかくれんぼしようよ。みんな待ってるよ」
「えー」
「チルノちゃんがやりたいって言ったんだよ、チルノちゃんがいないと始まらないよ」
「……あたいがいないと?」
「うん、チルノちゃんがいないと」
大妖精は「言いだしっぺなんだから」と言う意味で言ったのだが、チルノは別の意味で受け取ったらしい。
弄っていた知恵の輪を放り出し、腰に手を当てて胸を逸らす。
「やっぱり、あたいったらさいきょーね!」
「チルノちゃん、その知恵の輪って白ちゃんのじゃ」
「大ちゃん、行くよ!」
「あ、ちょっとチルノちゃん!」
チルノに掌を掴まれた大妖精は、引っ張られるままに空を飛んだ。
ひんやりとしたチルノの手の感触に頬を染めつつも、大妖精は呆れたような嘆息を吐いた。
まったく、チルノには敵わない。
妖精達が去った後には、割れかけの氷面に乗った知恵の輪が残されていた。
しかしそれも、すぐに水中へと沈んでいく。
それはどこか、遥かな時間の流れに埋もれて消える、人間のようだった。
最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
大チルこそ俺のジャスティス!
というか、これはチルノ視点ではなく大妖精視点のような。
妖精の描写って難しい……。
というわけで、今回も東方妹シリーズです。
茨城華扇の妹、仙人キャラです。
では、どうぞ。
武内空様(ハーメルン)、暁晃様(小説家になろう)
・茨城 伊夜(いばらき いよ)
種族:仙人
能力:郷愁を感じさせる程度の能力
※あなたの故郷は、どんな所ですか?
二つ名:志田大太刀之主(しだのおおたちのあるじ)
容姿:紙のリボンで縛った薄紫のショートポニーと菫の瞳、薄紫に山花の描かれた袴。
テーマ曲:東征の山仙
キャラクター:
茨城華扇と義姉妹の契りを結んだ仙人、そして自称「元・巫女」である。
1メートルを越える大太刀をを所有する一見物騒な御仁だが、その実、とても穏やかな性格の仙人。
華扇のように「人間の味方」を自認することすら無いが、それでも救いを請われれば己の知識や力を分け与えることもある。
諸行無常、善であり悪である、この世の何にも縛られず、仙人らしい「悟り」を開いているためか執着心というものが無い。生真面目に幻想郷の行く末を案じる華扇のことを好ましく思っているのは、そのあたりに理由があるのかもしれない。
華扇とは仙人になる前からの長い付き合いで、感情の浮き沈みの激しい華扇を何かと諭し、支えているようだ。
なお、怒るとかなり怖いらしい。
志田大太刀(しだのおおたち)
伊夜の力そのものと言っても良い、「決して抜かれ得ぬ刀」。
弾幕ごっこの際にも鞘から抜かず、同じく刀使いである冥界の庭師からは「どうして抜かない?」と不思議がられている。
一説では抜けば幻想郷を征服できる意(威に非ず)を持つ刀とされ、どうして彼女がそんなものを所有しているかは不明。
おそらく、華扇しか知らないだろう。
主な台詞:
「華扇、どうやら肩に力が入りすぎているようだね」
「やれやれ、また始まった。華扇のお説教は長いからね」
「独断、独善、大いに結構じゃないか。我らは仙人、この世の理に縛らることの無い身の上なのだから」
「仙人たる私に理を説くか人間。良かろう、ならばこの仮初の理想郷で――――救ワレロ!(くわっ)」