霧の湖は湖の規模として小さくは無いが、さりとて大きいと言う程でも無い。
特に紅魔館のある中島は人里寄りの岸に比較的近く、泳ぐ距離は知れている。
まぁ、1時間弱泳ぎきるだけの体力があれば、だが。
ちなみに岸についてからは、人里までさらに1時間強の道程が待っている。
(ヤバい、かなりキツいかも)
バシャバシャと泳ぎ続ける中、白夜はそんなことを思った。
(昔に比べれば随分と止めてられるようになったとは思うんだけど、まぁ、咲夜姉ほど強い能力(ちから)じゃないし。しょうがないんだけど)
いかに強靭な能力でも、永遠に使い続けられるわけでは無い。
永遠を象徴するような能力ならば別だが、白夜のそれはそういうものでは無かった。
どこかで休憩しよう、そう思い、白夜は立ち泳ぎの要領でその場で止まった。
とは言え、紅魔館のような中島がそうあるもでは無い。
きょろきょろとあたりを見渡しても仕方が無いので、背中のあたりで浮いていた鞄を掴み、それに捕まる形で休憩の姿勢を取る。
ふぅ……と吐息を漏らし、鞄に頬を押し付ける。
同時に能力を解除し、身体を弛緩させた。
(冷たっ、水冷たっ)
瞬時に、水の冷たさを感じるようになる。
ぶるっ、と身体が震えたのは気のせいでは無い。
温かくなってきたとは言え、冷たい水の中にい続ければ弱るばかりだろう。
少し休憩したら、残りの距離を泳ぎきるつもりだった。
まぁ冷たいものは冷たいので、何か考え事をして気を紛らわせよう。
(と言うかさー、人里へのおつかいなら空を飛べる咲夜姉が行けば良いのにさー)
そしてこういう時に思うのは、姉への不満だったりする。
実際、姉である咲夜は普通に空を飛べる。
咲夜によれば飛んでいるわけでは無く、空間をどうこう云々と言っていたが、難しいことは聞いても仕方が無いので聞き流した。
(そもそも論において、フラン様のメイドの私をレミリア様のメイドである咲夜姉がこき使うってどうなの? 帰ったら組織論的に論破しようそうしよ……って、うん?)
その時、白夜は冷たさに気付いた。
いや元々水で冷たいのだが、それとは別にひんやりとした空気を感じたのだ。
少し早いが、反射的に能力を使用した。
身体に力を込めた次の瞬間、全ての感覚と共に体内の「音」が消える。
(この冷たさ、この冷気、何か面倒ごとの予感)
「あんた誰? ここはあたいの縄張りよ!」
(ほら来たぁ)
億劫そうに視線を上に上げる、するとそこに小さな
彼女は小さな小さな身体に白いシャツと青のワンピースを着ていて、リボンをつけた薄い水色の髪はウェーブがかったセミショート、瞳は氷と同じ色合い。
最大の特徴は、背中に存在する3対6枚の氷の羽根だ。
彼女は羽人では無く、妖精である。
「うん? あんた、どっかで見たような……?」
(いやいや、何回も会ってるってば)
妖精、それは大自然が形となって具現した存在出る。
寒暖や草花の開花などの現象を象徴し、陽気で小さな幻想郷の住人だ。
おそらく数なら随一だろうが、一体一体の力は人間にも劣るため脅威とは思われていない。
だが稀に、人間に危害を加える程に強力な妖精が現れることがある。
そして目の前の妖精は、そうした「強力な妖精」の一体だった。
(チルノ)
チルノ、霧の湖の一角を縄張りにする妖精である。
妖精が幻想郷において縄張りを持つのは実は大変なことだ、それは妖怪にすら勝てると言うことだから。
「うーん、うーん……あれぇ?」
腕を組み首を傾げるチルノ、その姿に白夜は少しだけ懐かしさを覚えた。
白夜はチルノと会ったことがあるし、あまつさえ一緒に遊んだこともあったからだ。
いつだったかこのチルノ、何度か紅魔館の門前までやってきたことがあった。
白夜が8つになるかどうかと言う頃で、良く美鈴と一緒に門番ごっこをしていた頃だった。
子供と言うのは怖いもの知らずなもので、当時は何とも思わずただ遊んでいたように思う。
記憶が正しければチルノの子分扱いをされていたような、まぁ、子供の頃の話だ。
美鈴が止めに入った記憶も無いので、たぶん問題は無かったのだろう。
たぶん。
「うーん、絶対あたい知ってるはずなんだけどなぁ」
フラン付きのメイドになってからは館の中にいたので、10を過ぎる頃には門番ごっこは卒業した。
結果、チルノと会う機会もなくなり。
こうして今、成長した姿の白夜を見て頭を抱えているわけだ。
(……まぁ、純粋に忘れてるだけかもしれないけど)
割と酷いことを考えるが、昔からチルノは忘れっぽかった。
まぁこれは、妖精全般に共通することなのだが。
特に「一回休み」などしようものなら、以前の記憶がまとめて消えてしまうこともある。
そう言う意味では、白夜の顔を見て悩んでいるチルノは記憶力が良い方だ。
「まぁ、いいや!」
(どうしてそこで諦めるのさ、もっと頑張って思い出してよ)
「ねぇあんた! ここを通りたいの? だったら……」
次にチルノの口から飛び出す台詞を、白夜は良くわかっていた。
何しろそれは、昔にも言われたことのある台詞だったのだから。
(あたいの子分になったら、遊んであげるわ)
「あたいの子分になったら、通してあげるわ!」
概ね一致、白夜はクスリと笑いたくなった。
相変わらず、表情は全く動かないが。
(でも、残念ながら今は遊んでる時間が無いんだよね。えーと……)
「ん? なに? 何かくれるの?」
ごそごそと鞄の中を探る――それでも水は入らない、流石はパチュリー印の魔法の鞄だ――と、中から小さな金物を取り出した。
細い金属の輪の組み合わせ、カチャカチャと音がなるそれをチルノに見せる。
「……なにそれ?」
白夜はチルノが興味を引かれて降りてきたのを見計らって、何か湖の表面が凍り始めているが、とにかくそれを弄り始めた。
カチャカチャ、10秒程も音を立てただろうか。
不意にそれが、ぱきん、と2つに分かれた。
「おおっ?」
(はい、あげる)
「え、くれるの?」
ぱっと顔を輝かせるチルノの手に、彼女の手に触れないようにしながらそれを乗せた。
もちろん、もう一度1つに組み合わせた上でだ。
チルノはそれを両手で持つと、先程の白夜と同じようにカチャカチャと弄り出す。
しかし白夜のように上手くできないのか、すぐに眉根を寄せて唸り始めた。
「うーん、うーん」
(さて、今のうち今のうち)
チルノが頭の上に「?」を大量に生み出しているのを横目に、白夜はその場から離れた。
おそらくすぐに飽きるか怒るかして放り出すのだ、その前にと言うわけだ。
それでも、若干の寂しさを感じないでもなかったので。
(またね、チルノ)
返事は、氷精の悩む声だけだった。
――――パチュリー印の知恵の輪は、なかなかに効果的だったらしい。
最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
うーん、チルノの描写って意外と難しかったです。
次回のチルノ視点で挽回できると良いのですが。
そして東方妹シリーズ、今回は風見幽香の妹です。
それでは、どうぞ。
縄文鈍器様(ハーメルン)、FAIR様(小説家になろう)
・風見 優花(かざみ ゆうか)
種族:妖怪
能力:咲き誇らせる程度の能力
※人も花も、触れ合えばどんな存在でも開花させます。
二つ名:世界で一つだけの花
容姿:腰まで広がる波打つ緑髪、赤い瞳、膝上から下がシースルーのロングスカートワンピース。
テーマ曲:伝説的箱入り娘
キャラクター:
幻想郷随一の箱入り娘、それが優花である。姉と名前の読みが同じなので、他人は呼び分けに苦労……は、しない。何故なら彼女が人前に出ることはほぼ無いためだ。
では彼女はどこにいるのか、実は姉である幽香のテリトリー、「太陽の畑」である。
幽香は自分の能力を駆使して、妹である優花を半ば監禁している。
それは憎んでいるわけでも嫉んでいるわけでも無い、愛しているが故の行動だった。
優しい妖怪
優花は優しい、妖怪であるにも関わらず今まで人を食べたことが無い。
子供のように純粋で、優しく、清らかな心を持った彼女。
そんな彼女が他の妖怪や人間に傷つけられ、その清らかな心を歪めるのは忍びない。
そう考えた幽香は、己の力で妹を箱庭に閉じ込めたのである。
一説によれば、彼女が不用意に花畑に近付く者を威嚇するのは、妹の存在を知られないようにするためだとか……。
主な台詞:
「うふふ、お花さん達、お日さまの光に当たって嬉しそう」
「さぁ、一緒に謳いましょう。今日も皆が、綺麗に咲き誇れるように」
「ふあぁ~……風が気持ち良くて、眠くなってきちゃった」
「優しい姉様、そんなことをしなくても、私はどこにも行かないのに」