東方従者伝―瀟洒の妹―   作:竜華零

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紅 美鈴:表

 紅魔館は、四方を壁に囲まれた洋館である。

 空でも飛ばない限り――幻想郷では、割と普通だが――正面の門を通らなければ、出入りは出来ないようになっている。

 重厚な造りの扉を押せば、重苦しい音と共に外向きに開いた。

 

 

「…………」

 

 

 小さく開いた扉の陰、そこから顔を出したのは白夜だ。

 こそり、と顔を出せば、長い金髪が剥き出しの肩から流れ落ちる。

 さらりと流れ落ちたそれは、絹のように柔らかそうだった。

 

 

 左右を見て、外を確認する。

 緑の雑草と茶色の土、灰色の小石が転がるそこは、自然のままだ。

 すぐ側の湖から流れてくる水の香りは、日差しに温められてポカポカしているように感じた。

 ざく、と足音を立てて門を潜り、なるべく音を立てないように閉めた。

 こそこそと、まるで人の目を気にするかのように。

 

 

「…………」

 

 

 と、視線を横へと向けた。

 そこには1人の女性が立っていた、門柱に背中を預け、目を閉じて微動だにしていない。

 一言で言えば、美女だった。

 

 

 腰まで伸びたストレートの赤髪、横髪を編み上げリボンを添えているのが女性らしい。

 健康的な肌は日に焼けてもなお白く、丈の長い緑色の衣服はゆったりとしていながら動きやすさを重視した構造になっており、すらりとした長身に良く似合っていた。

 深く切れ込んだスリットからは、白く眩しい脚線美が覗いている。

 彼女の名は紅美鈴(ホン・メイリン)、紅魔館最古参の従者であり、門番である。

 

 

(良し、今の内)

 

 

 そしてこの門番、どうやらお昼寝中の様子である。

 明るく大らかな性格のせいか、あるいは門番と言う役職が暇なのかは不明だが、この時分には彼女は良く寝ている。

 朝は太極拳で昼はお昼寝、なかなかに良いご身分だと白夜などは思っている。

 正直に言って羨ましいが、姉が怖いのでそんなことは言い出せな……。

 

 

「……どこかにお出かけですか、白夜さん?」

(ひゃいぃっ!?)

 

 

 びくーんと内心で驚きふためき、ぎぎぎ、と音でも出そうなくらいゆっくりと振り向く。

 青がかった灰色の瞳と目が合って、相手はにっこりと笑顔を浮かべた。

 日向のような柔らかな笑顔は、見る者の心を温かく包み込んでくれるかのような印象を受けた。

 まぁ、笑顔を向けられた当の白夜はと言えば。

 

 

「…………」

「いやいやいやいや! そんな何事も無かったかのように行こうとしないでくださいよ! 寂しいじゃないですか!」

 

 

 文字通り何事も無かったかのようにスタスタと歩き出した白夜を、美鈴が慌てて呼び止める。

 しぶしぶと言った様子で――まぁ、傍目には内心どう思っているか見えないのだが――その場に留まった白夜に、嬉しそうな笑顔を浮かべる美鈴。

 白夜は大きな鞄の肩紐をかけ直すと、じっと美鈴の顔を見つめた。

 にこにこした明るい笑顔が、そこにあった。

 

 

「ふむ、おつかいですか?」

(まぁ、おつかいだよねぇ。咲夜姉の言いつけだけど)

 

 

 白夜はその場で指を一本立て、小首を傾げて見せた。

 何か買ってきてほしいものある? のポーズだ。

 

 

「いえ、特に何も。ただ、はぁ……おつかいですか、なるほど」

 

 

 白夜を上から下まで眺めて、はて、と首を傾げる。

 

 

「何で服を着て無いんです?」

(着てるよ)

 

 

 胸中でツッコミを入れるも、声には出ていないので美鈴は首を傾げるばかりだった。

 そして誤解の無いように言っておくが、白夜は別に裸と言うわけでは無い。

 肩紐の細いカミソール風の薄いシャツに、ぴったりと肌に吸い付くような紺のショートボトム。

 ちなみに言っておくが、これが彼女の外出着と言うわけでは無い。

 

 

 本当の外出着は肩から提げている大きな鞄に入っている、この鞄はパチュリーによって完全防水の魔法がかけられている優れ物だ。

 では、彼女はどうしてそんな肌の露出の多い格好をしているのか?

 二の腕から鎖骨にかけてのラインを視線を感じていると、美鈴が何かをはたと思い出したかのように手を打った。

 

 

「あ、そうですそうです」

(じゃあ、そう言うことで)

「え、あれ? 聞いてくれないんですか?」

 

 

 美鈴の言葉はとりあえずスルーして、白夜はその場で柔軟体操を始めた。

 何しろ咲夜にこの格好でいる所を見つかると物凄い剣幕で叱られるので、早く出発しないと拙い。

 正直、美鈴に構っている暇は……と、そこで白夜は思い出したように振り向き。

 

 

「え、いやぁ、それはどうでしょうね」

 

 

 唇の前に人差し指を置いて、しー、と促した。

 何を促したか、ということについて、美鈴は的確に理解してくれた。

 理解はしてくれたのだが、あまり前向きな笑顔ではなかった。

 まぁ、苦笑と言うのはそう言うものである。

 

 

「咲夜さんのことだから、とっくに知ってると思いますよ」

(HAHAHA、まさかぁ。ここに来るまで細心の注意を払ってきたけれど、妖精メイドにしか会わなかったもん)

 

 

 白夜は知らない、そのすれ違った妖精メイド達が面白いことを黙っていられるわけが無いということを。

 つまり紅魔館中に知れ渡っていると言うわけだ、現在進行形で、尾ひれもついて。

 ちなみにまさに今この時、咲夜の耳に「侍女長が裸で出かけましたー」と報告が行っていたりするのだが、白夜がそれを知るのは帰宅後である。

 

 

(それじゃま、いってきまーす。美鈴姉(めいねぇ))

「え? ああ、はい。いってらっしゃい白夜さん、ピンチになったら呼んでくださいね。飛んでいきますので」

(門番が門を離れてどうするのさ、あとそんな子供じゃないし)

 

 

 まぁ、と、少し思い出してみれば。

 昔は良く美鈴の所に逃げ込んでいたような気がする、もちろん咲夜から。

 良く美鈴の隣で門番ごっこもといお昼寝をしたものだ、いやはや懐かしい。

 

 

「過ごしやすくなったとは言っても、水辺は冷たいですから、気を付けてくださいねー」

(大丈夫、私の能力なら問題ないから)

 

 

 そんなことを考えつつ、助走、そして跳躍。

 飛び込む瞬間、フランの部屋でそうしていたように身を固くし「程度の能力」を発動させる。

 湖に、少しばかり大きな水しぶきが上がった。

 何故そんなことをするのか? いや、それは、だって……。

 

 

「おお、見事な飛び込み。75点ってところですかね」

(中途半端!)

 

 

 幻想郷の水瓶、霧の湖の中島に浮かぶ洋館、紅魔館。

 外への連絡手段は空を飛ぶか、あるいは――――……。

 ……泳いで渡ることである。

 




最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
紅魔館の位置については諸説ありますが、ここでは中島説を採用しました。
べ、別に無理くり水着シーンを挟みたかったわけでは無くてですね……!

というわけで、恒例の妹シリーズ。
今週は幻想郷の都会派人形遣い、アリス・マーガトロイド!
ではでは、どうぞです。


投稿者:樹術師様(小説家になろう)
・ロリーナ・マーガトロイド
 種族:魔法使い
 能力:糸を紡ぐ程度の能力
 ※運命の赤い糸だって紡いで見せましょう。
 二つ名:一色(ひとついろ)の魔法使い
 容姿:銀髪(超ロング)、蒼銀の瞳、白い肌、紅いケープと白フリルのドレス。
 テーマ曲:赤い糸のその先は?
 キャラクター:
 幻想郷の人形師、アリス・マーガトロイドの実妹。だが見た目は「姉」である。
 これは彼女が姉に比べ魔法使いとしての才能に乏しく、老化を止める「捨虫の魔法」の習得に手間取ったためである。そんな彼女の外見年齢は「27歳」。母親、姉と並ぶとむしろロリーナが母親に見えてしまう始末である(本人は随分と気にしている様子である)。

 シスコン。
 まず第一に、彼女はお針子である。裁縫が超得意なばかりか、魔法使いの使用に耐え得る貴重な糸の生産が出来る唯一の魔女である。
 姉であるアリスが人形操作に使う糸(魔法触媒扱い)は全てロリーナのお手製、彼女以外に姉の魔法に耐えられる糸は作れない。
 そして第二に、アリスを追いかけて幻想郷に住み着いたこと。母親は大層ショックを受けたらしいが、姉>>>>越えられない壁>>>>母だったため、無意味だった。

 主な台詞:
「一つ紡げば姉さんのため、二つ紡げば姉さんのため、三つ紡いでまた姉さんのため~♪」
「私の趣味は、姉さんと私の運命の赤い糸を爪弾くことです」
「姉さん、新しい糸よ!」
「……ふ、老けてないもん……老けてなんてないんだもん……!」

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