IS 喜んで引き立て役となりましょう!   作:ゆ~き

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7.学生の日常とは毎日同じだと思えば同じだし違うと言えば違う。

 

 

 

 学生の日常とは毎日同じだと思えば同じだし違うと言えば違う。

 

 

 

 昼は授業を受けて、放課後は織斑先生の手伝いをして、夜は作戦会議と勉強。

 こう言葉にしてしまうと変わり映えのない毎日ということになるのだろう。

 だが授業は日に日に先に進んでいくし、手伝いはやることがどんどんややこしくなっていく。作戦会議ではいちいち今日の成果的なことが確認され、先輩達は一夏と篠ノ之さんにきちんと進歩していることを褒めていた。

 先輩に聞いてみると、同じことの繰り返しだと思ってしまうとそこでもう成長がなくなってしまうのだそうだ。地道な作業とはしばしば退屈で、手を抜きがちになってしまう。だから常に変化を意識して行動をすることが重要になるとのことである。

 一夏は割と集中力が続かないタイプで、同じことを繰り返しているとそのうち飽きてくる。だからこうやって口に出して意識をさせる必要があるそうだ。なるほどと思った。

 ちなみに篠ノ之さんの集中力はとてもすばらしいものであるらしい。

 

 一方で、織斑先生の機嫌が日に日に悪くなっていっている。

 倉持技研のお願いという名の攻勢が止まず、毎日恒例となってしまった俺への説教が心なしでもなく明らかに厳しくなっている。

 その上俺は火に油を注いでしまう。イギリス代表候補生のオルコットが男性IS操縦者である一夏に喧嘩を売って大丈夫なのかと聞いてしまったのだ。

 すると織斑先生は悪鬼のごとく目を吊り上げて一言、絶対零度を感じさせるかのような冷えきった声を発した。

 

「貴様だったか」

 

 俺ははっきりと自分の失言を悟ったが後の祭り、その場で正座を命じられた。

 聞けばイギリスのIS関係者から問い合わせと謝罪が飛んできたそうだ。

 織斑先生は内々で処理するつもりだったようで、俺は余計なことばかりしでかしてくれる生徒として認識され、めでたく栄光あるブラックリストの第一号として先生方の脳内に記録されることとなった。

 

 俺がその場で正座させられたままいつもにも増して厳しい説教を受けたことはさておき、この模擬戦が特に問題となることはないそうだ。

 元々このIS学園は国家の干渉を一切受けないという取り決めがある。

 だから極論IS学園で何が起ころうと、国家は元締めのIS委員会に文句を言うくらいしかできない。

 とはいえ自分の国の人間を送り込んでいる以上はとても気になるようで、言うだけならタダだとばかりに自国の生徒などを通じて色々言ってくることは日常茶飯事らしい。

 倉持技研が強気に出ているのも後ろに日本という国がいるからだそうで、これでイギリスまで前に出てくるとややこしいでは済まなくなるので絶対にこれ以上余計なことはするなと、俺は強く強く釘を差されてしまった。

 ということで今のところは、オルコットがちょっと調子に乗っている、くらいで済んでいるようだ。織斑先生がオルコットを庇ったらしく、模擬戦がどうなろうとオルコットの立場に変わりはないそうだ。

 とはいえオルコットの俺と一夏を睨む目が強くなったので、きっと怒られはしたのだろう。

 表向きは平和な毎日だが、裏側では色々と騒がしいことになっているようだった。

 

 

 

 

 

 入学前に時間割を見て驚いたのだが、このIS学園、なんと土曜が休みではない。つまり、連休がほとんどないのだ。

 そんなことありえるのかと思ったが、しっかりとカリキュラムには書かれていた。どうしてそうなっているのかと言うと、IS学園は学校としては高等学校にあたる。なので高校で学ぶべきことに加えてISに関する授業を加えると平日だけでは枠が足りないそうなのだ。従って土曜も午前中は授業が行われることになっている。俺と一夏のいる一年一組はIS実技の授業だ。

 

 そして今、全部俺任せにして理解していなかった一夏が目の前でブツブツと文句を言っている。今までは土日遊べたのにと、子供のように不満気な顔だ。

 俺としては正直模擬戦に向けての訓練をしたかった。模擬戦が明後日に迫っており、余裕はもう全くない。先輩達がスケジュールを組んでくれているとはいえ、そもそも厳しいことに変わりはないのだ。できることなら今日だけ自由にさせてくれと言いたいくらいだし実際言ってみたのだが、当然のごとく一蹴されてしまった。

 

 先生達が来るのを待ちながら、なんとなく周りを眺めてみる。

 中学時代の男友達、弾や数馬がこの光景を見たら泣いて喜んだだろうなと思う。

 俺や一夏も含めたクラスメイト達は全員ISスーツを着ている。見た目的にはつまるところ水着だ。全身を覆ったウエットスーツと言う方が近いだろうか。

 水着を着て広々としたアリーナ、すなわち訓練場にいるというのは何となく変な感じがしなくもない。

 その中でオルコットは専用機持ちだからかISスーツまで特注のようだ。俺達は紺色なのだがオルコットだけは青に近い。と、俺の視線を感じたのかオルコットが体を背ける。この女はやはり自意識過剰だなと思った。

 

 やがて先生達がやって来て授業が始まる。

 入学して初のIS実技の授業だからか、クラスメイト達はテンションが非常に高い。

 最初はISを起動して実際に動かすという練習だったが、みんな興奮して騒がしいことこの上なかった。望んでようやくここまで辿りつくことのできた人達だ。念願のISに触れて嬉しくて仕方ないのだろう。ISを起動させてその一挙一動に感動している。きっと今日の夜は興奮して寝られないのではないだろうか。明日が日曜でよかったなと他人事のように思った。

 オルコットは俺達と関わらない分には普通で、今はクラスメイトがISを起動させる補助をしていた。初日に一夏に喧嘩を売ったものの、オルコットは自然とクラスに馴染んでいた。

 そして一夏の周りには当然のごとく人だかりができている。一夏が毎日自主訓練をしているのはみんな知っているので、慣れている一夏に教えてもらおうという口実で抜け目ないクラスメイト達が一夏に近寄って来ていた。念願のISに触ることよりも一夏を優先するとは見上げた根性だと言うべきだろうか。相川さんなどは最初のポジション取りから計算して一夏のすぐ側にいたようだ。

 

 一夏も人に頼られるのは嫌いではないので割合機嫌よく教えていたが、この場に一人だけ、非常に機嫌の悪い人物がいた。

 もちろん俺ではないし、織斑先生も内心はどうあれ教師モードでいる間は感情を露わにすることはない。

 それは今俺の隣に立つ、篠ノ之さんだった。

 授業が始まる前とは打って変わって、みるみるうちに不機嫌度のボルテージが上がっていっている。目が釣り上がり、今も一夏に向けて怒りの視線を突き刺し続けている。

 言うまでもなく、一夏が女子に囲まれて楽しそうなのが気に入らないのだ。

 

 ここ数日の放課後の訓練で一夏と打ち解け、篠ノ之さんの方もかなり態度が柔らかくなっていた。基本が仏頂面なのは変わらないが、時折笑顔を見せるようにもなり、一夏に褒められた時などは顔を真っ赤にして照れていた。その時の姿は大和撫子恋する乙女、とでもいう感じだろうか。

 女心を理解しない一夏でも相手が照れていることくらいは分かる。照れる篠ノ之さんとそれをからかう一夏の姿は、傍目から見れば幸せなカップルそのものだった。

 

「いいなあ、羨ましいなあ」

「憎い……リア充が憎い……」

「まさかIS学園でこんな光景があるとは思ってなかった分、何倍も悔しい……」

 

 一夏達を教える先輩方は血の涙を流さんばかりだった。きっとその時の訓練中はいつもより力が入っていたと思う。

 ちなみに俺はそれを見てとばっちりを受ける前に即逃げた。

 

 とまあそんな状況だったので、篠ノ之さんはもう一夏の恋人気分になっていたのだろう。目の前で女子と楽しく話している一夏に腹が立って許せない。

 そして一夏とは女心を一ミリも理解できない男だ。いくら篠ノ之さんが怒りの視線を向けようと、一夏はまるで意に介さない。昔からその手の視線を浴び続けたこともあって、受け流すどころか今では意識さえしていないようにも見える。篠ノ之さんはそれを無視されたように感じてますます怒りの度合いを高める。なんとも言えない相乗効果が生まれていた。

 

 入学初日の時点で篠ノ之さんが一夏を好きなことはおそらくクラスの全員が分かっていたと思う。誰も話しかけなかった午前中はともかく、昼以降一夏と話すようになってから篠ノ之さんの態度は誰の目にも明らかだった。もちろん当人である我らが織斑一夏は除く。

 一方で、篠ノ之さんの態度が丸分かりであるように、一夏の態度もはっきりしている。つまり、一夏の方に篠ノ之さんに対する恋愛感情がまるでないのもまたクラスメイト達は理解している。

 だからこそ今のこの状況は本当にたちが悪い。つまり相川さん他今一夏の周りにいる女子は、篠ノ之さんの気持ちを分かった上でああやっているのだ。平たく言えば、篠ノ之さんに見せつけている。楽しそうにしてみせることで、まだ一夏は篠ノ之さんのものではないぞ、と言っているわけだ。

 まあ、相川さん達からすれば彼女でもないのに一夏を独占し過ぎだと主張したくなるのは理解できなくもない。

 そうやって女達の戦いは言葉を交わすことなく行われていた。

 

 そしてここからが俺の出番だ。

 一夏ハーレムを目論む俺は、篠ノ之さんがこういう状況を受け入れられるように変えていかなければならない。

 純愛志向をなくしてしまえば篠ノ之さんは一夏にとっての正妻、もしくは第一夫人的な立場としてふさわしい人だ。今のところではあるけれど。

 そして相川さん達には悪いが、彼女達は今のままでは一夏にとってのクラスメイトから一歩も先に進むことができないだろう。努力しているのは認めるが、篠ノ之さんに牽制などしているようでは今後自滅していく未来しか見えない。中学時代によくあった、一夏に迫った末玉砕するパターンにはまりかけているが、果たして自分の力で気付けるか。気付くようなら俺は協力を惜しまないつもりではある。もちろんハーレム容認は絶対条件だが。

 ともかくまずは篠ノ之さんだ。他のクラスメイト達は念願のISに夢中で、織斑先生も気づいてはいるだろうが何も言ってこない。ISの起動はもう俺も篠ノ之さんも普通にできるので、やる気がないなら勝手にしていろということなのだろう。

 ならば文句を言われるまでは好きにさせてもらおうということで、俺は篠ノ之さんが気付くよう目の前に立って声をかけた。

 

「篠ノ之さん」

「どうした甲斐田、いきなりに?」

「ISの起動訓練はやらないの?」

「私は放課後の自主訓練の際に散々やっている。甲斐田こそやらなくてよいのか?」

「僕も偉い人達の前で何度もやらされたからね。一夏と同じで」

 

 篠ノ之さんは一夏という単語に反応するも一夏の姿は俺が邪魔で見えない。

 不機嫌な顔をそのままに俺を睨んだ。

 

「だったら大人しくしていろ。織斑先生に怒鳴られたいか?」

「人をひたすら睨んでる方が怒られると思うよ」

「何が言いたい?」

 

 篠ノ之さんは眉を吊り上げる。これを不意打ちでやられたら身がすくんでしまいそうだ。ここのところ織斑先生に怒られ続けて慣れてきたかと思っていたが、人間の原始的な感情というのはやはり相当に強固なものらしい。

 

「篠ノ之さんてさ、一夏の何?」

「どういう意味だ?」

「関係」

「それは……」

「幼馴染でいいんだよね」

「まあ……そうだ」

 

 さすがにここで恋人だと言い出す程に思いつめてはいなかったようだ。恋人だと言い切るようならかなり危険な状態だったが、まだまだ理性は生きている。

 

「その幼馴染の篠ノ之さんは、どうしてずっと一夏を睨んでるの?」

「それは……」

 

 篠ノ之さんは顔を背け言いよどむ。傍目にはバレバレでも、本人は自分の感情が駄々漏れだとは欠片も思っていない。このあたりが相川さん達に子供扱いされてなめられるところではある。

 

「一夏が女子に囲まれて楽しそうなのが気に入らない?」

「……!」

 

 図星を突かれすぐに顔を上げて驚きの目で俺を見る。そんなどうして分かった的な顔をしないで欲しい。一夏以外はみんな分かっているのだから。

 

「一夏が女子にモテるの知らなかった? 六年前はそうでもなかった?」

「そうなのか? いや、あまりそのような覚えは……」

 

 これは意外だった。一夏なら小学生時代から女を惹き付けまくっていると思っていた。今度一夏から当時のことを聞いておこう。

 

「へえ、そうだったんだ。じゃあ説明しておいた方がよさそうだね。一夏は女子だらけのIS学園にいるからモテているんじゃないよ。ここだろうとどこだろうと、一夏は女子にすごく好かれてる。中学時代からずっと女子に囲まれてるね」

「そうなのか!?」

 

 ちょっと盛った。中学時代は基本男でつるんでいたのでいつも囲まれていたわけではない。それに女子を追い払う番犬もいた。もちろん誰よりもモテていたのは紛れもない事実だが。

 

「だからあれは別に珍しいことでもないよ。いつもの光景って言えばその通りだね」

「そんな……まさか一夏が……」

 

 篠ノ之さんは本気でショックを受けている。これだから純愛思想は害悪なのだ。自分が素敵だと思う相手は他人から見てもそう見えるのだ。自分だけがなんてありえない。

 

「だからいちいち目くじら立てるようなことでもないよ。僕からしたらああまたか、って程度の話かな」

「いや……だがしかし……」

 

 もちろん俺は篠ノ之さんが納得できないのを承知で言う。今はまだ無理だとしても、いずれは当たり前のものとして受け入れてもらわなければならない。まずは事実を事実として認識させなければ。

 それに篠ノ之さんには入学初日の前科がある。一週間見ていてどうも篠ノ之さんは予想外の事態に弱そうだ。またパニックになって一夏に新たなトラウマを植え付けられても困るので、俺も日々注意して見ておかなければならない。

 

「でも篠ノ之さんって本当に一夏の幼馴染なんだね。女子で一夏にここまで信頼されている人は初めて見たよ」

「ほ、本当か!?」

 

 不安の海に沈んでしまいそうになっていた篠ノ之さんへ、俺は蜘蛛の糸を垂らす。

 当然の如く篠ノ之さんは飛びついた。目がもう必死も必死だ。そう仕向けたのは他ならぬ俺だが。

 

「篠ノ之さんと一緒に訓練している一夏を見れば普通に分かるよ。あ、そうか、篠ノ之さんは最近の一夏を知らないんだもんね。篠ノ之さんには当たり前なのかもしれないけど、あの一夏の態度を見てるとやっぱり篠ノ之さんは特別なんだなあと思うよ」

「そそそそっ、そうか! 私は特別か……!」

 

 希望を取り戻した篠ノ之さんは両手を強く握り、体が小刻みに震えている。

 相変わらず盛ってはいるが、俺も嘘は言っていない。初日の篠ノ之さんの一夏に対する所業を考えれば、一夏にとって篠ノ之さんが近い位置にいるのは明らかだ。あんなトラウマレベルの恐怖を与えられたら普通は次の日から避けられて当然だ。だが一夏はその後も何事もなかったかのように篠ノ之さんに接していた。それは一夏の姉織斑先生に対する態度と同じように見えたので、おそらく篠ノ之さんは一夏にとって家族のカテゴリに含まれているのだろう。

 だから篠ノ之さんが特別だと言うのは全くもって間違いではない。

 一番の問題は、それは篠ノ之さんが求める恋愛感情ではないということなのだけれども。

 

 もちろん俺はまだそんな残酷な真実を告げるつもりなどない。今のは篠ノ之さんに対する飴だ。

 生徒会長と違って篠ノ之さんは精神的にそこまで強くはなさそうなので、時々ご機嫌取りをした方がいいだろう。そもそも人間の感情は長く続かないし、女という生き物はその場その場でコロコロ気分が変わるものだから。

 

「だからさ、そうやって一夏を睨むのはよくないと思うよ」

「ん? どういうことだ?」

 

 妄想の世界に浸かった挙句暴走されても困るので、俺はほどほどで篠ノ之さんを現実へと引き戻す。

 完全に機嫌の直った篠ノ之さんは素直な顔で俺を見た。この顔を一夏に対して普通に出せれば、もっと一夏も気を許すんだろうなと思った。

 

「ああやって一夏が女子に囲まれてるとそれを睨む女子がたくさんいるんだ。男が嫌いだっていう人もいるし、先を越されたって嫉妬している人もいる。今一夏に気付かれなくてよかったね。もし気付かれてたら一夏は篠ノ之さんのことをなんだ他の女子と一緒かって考えたと思うよ」

「そ、そうだったのか……」

 

 これは明確に嘘だ。一夏は自分の方からはっきりと意識して目を合わすでもしない限り、他人の視線など全く意に介さない。

 あえて嘘を言ったのは、篠ノ之さんに自制させて怒りの感情を表に出させないようにするためだ。

 いちいち相川さん達の挑発に乗っても何の得もないし、睨んでいたら本当に憎くなってしまうことだってあるかもしれない。

 それに何よりも一夏ハーレムのためには当たり前のこととして受け入れてもらう必要がある。

 と言ってもあまり体の中に溜め込まれてある日突然爆発されても困るので、適度に話を聞いて発散させようとは思うが。

 

「篠ノ之さんを見てると昔の一夏とのギャップに戸惑ってるみたいだから、何かあったら言ってね。相談には乗るから」

「ありがとう。これからもよろしく頼む」

 

 そう言うと篠ノ之さんは綺麗にお辞儀をした。

 まずは信頼関係を作るところから。

 俺は別に篠ノ之さんを不幸にしようとは思っていないし、一夏とうまくいくことを後押しするつもりだ。ただ、一夏を独占することはさせないというだけなのだ。

 そこだけ譲歩してくれれば全力で応援するのだが、この女性上位な世の中、逆方向へと人の意識を変えさせるのは相当に難しいんだろうな、と常々思っている。

 だからこそやりがいがあり、今の俺にとっての最大の生きがいだ。

 

 

 

 

 

 そしてついにその日がやって来た。

 週が明けて月曜日、模擬戦の日だ。

 一夏はその日の朝もいつも通りの姿で起きてきて、体調は大丈夫かと尋ねると、聞くまでもない笑顔を返してきた。

 

「だって衛生科の先輩達に毎日うるさいくらい言われたもんな」

 

 できることはなんでもやりたいと希望を言った結果、三年の先輩方は本当にありとあらゆる部分に気を遣ってくれていた。

 整備科が機体のスペシャリストなら衛生科はISパイロットの体に関する専門家だ。食事から睡眠から日々の生活の細かな部分にまで衛生科の人達は考えてくれ、一夏は文句を言いながらも勝つために一週間くらいならと素直に従っていた。

 強制的にやらせろとリストを渡されここまでやるのかと驚いたが、先輩達も嫌々ではなく楽しんでやっているようだった。結局三年生はほとんどの生徒が何かしらの部分で協力してくれたらしい。

 またあの写真の効果も絶大で、お願いしたのはこちらなのにしばしば俺は先輩方から涙ながらのお礼を言われた。

 改めて織斑千冬神話の凄まじさを思い知ると共に、これ本人にバレたらどうなるんだろうかと寒気がした。もちろん口止めはしてあるし、先輩方も織斑先生が知ったら怒るのは理解している。だが秘密を知る人が多くなればなるほど比例してバレやすくなるのは世の常だ。バレたら疑われるのはもちろんブラックリスト唯一にして最上位の俺で、その時俺の命はあるのだろうか。せめて一夏ハーレムを形にしてから死にたいので、その日ができるだけ先になることを祈っておこう。

 

 俺と一夏と篠ノ之さんは三人並んで、模擬戦で使うISの置いてある待機室へと向かう。

 その足取りは皆軽い。

 日曜の昨日は一日訓練に費やしたのだが、夕方その終わりに、パイロット科の先輩は今やれることは全部できたと笑ってくれた。未練を残さないようにと気を遣ってくれたのかもしれないが、それでも自信になったこともまた確かだ。

 そして同時に、それでも尚、地力は全然相手の方が上だとも言われた。結局のところたった数日では付け焼き刃にさえならないのもまた事実で、正面からぶつかってはとても勝ち目がなく、かと言って複雑な作戦は一夏の力量的にそもそも無理だ。

 指揮科の先輩方が頭を絞って数個の原則を作り、模擬戦中は余計なことを考えずただそのことだけを意識して動けという、ほとんど細かな部分は一夏に委ねられた形で落ち着くこととなった。

 勝率はと尋ねると、全てが咬み合ってうまく行ったとして六割だという答えが返ってきた。

 元はゼロに近かったものを五分五分以上に持ち込めた時点で上出来どころではないのだろう。また全てがうまくいかない場合は瞬殺されて即終わるそうだ。そういう意味ではもう確率などあってないようなものなのかもしれない。

 

 ちなみに模擬戦をするのが一夏ではなく篠ノ之さんだった場合、勝率はきっと安定して八割を越えるだろうと言われた。

 理由を尋ねると篠ノ之さんの集中力は桁違いだそうだ。剣道をやっているのは知っていたが、聞くところによると篠ノ之さんは去年中学で全国制覇をしている程の腕前だとのことである。つまり模擬戦のような場に慣れており、勝負とは何かを心得ている。だからISであろうと瞬時の判断にミスがなく、それは持久戦になればなるほど有利に働くらしい。

 対する一夏は基本的に注意力が散漫な男だ。言われたことは器用にこなせるが、それを安定して続けることができない。完璧な動きで篠ノ之さんを圧倒することもあるが、的外れな動きをして叩きのめされることの方が多い。良くも悪くも博打向けな男である。

 作戦を立てる側としては一番扱いづらいタイプで、指揮科の先輩方は最後まで頭を悩ませていた。

 そして最後に出した結論は、一夏を出来るだけ束縛しないこと。もう織斑君の強運に賭けるのが一番可能性高いわねと、自嘲したように笑っていた。

 俺としては一夏の本番強さ、強運をよく知っているので、五割六割なら越えて当然だと思っている。二割なら迷うが、三割なら勝負に出るだろう。宮崎先輩に専用機に乗った一夏が作戦なしで戦った場合の可能性を聞いたが、専用機の性能があってもよくて三割だろうと言われた。俺の感覚もそれくらいだったので、傍から見れば無謀でも俺としてはやはり十分にいける勝負だったのだ。

 

 そんなことを考えているうちに待機室に到着する。

 扉を開けると三つの顔がこちらを向いた。

 宮崎先輩と整備科の先輩はいいとして、もう一人、白衣を着て眼鏡を掛けた大人の女の人が立っていた。

 その人の目は血走っていて、だがこちらを見ると満面の笑みを浮かべた。白衣と合わせてその姿は怖すぎる。

 こちらが声をかける前に、その人は大きな声を上げた。

 

「織斑君! 奇跡が起きたわ!」

 

 俺はすぐその意味を理解できた。

 ああ、奇跡が起こっちゃったか。

 頼るつもりはなかったが、一夏ならあり得ることだと思っていた。

 

「えっ? どういうことですか?」

 

 一夏はピンときていない。首を傾げる篠ノ之さんも同様だ。

 目の前の女性は誇らしげに体を反らし、そして大きく手を後ろへと向ける。

 

「専用機が間に合ったのよ!」

 

 そこには白いISがあった。一夏専用となるISだ。

 

「その名も白式よ。もう準備は出来ているわ」

 

 目の前のおそらく倉持技研の技術者は、得意気にそのISを指し示す。

 その新品のISは部屋の中で白く輝いており、なるほどこれは確かに一夏のものだと納得させられるような、言葉にはし難い雰囲気があった。

 

「よかったな智希! 奇跡ってやっぱりあったぞ!」

 

 一夏が振り返り俺に向かって笑顔を見せる。

 篠ノ之さんは白いISに目を奪われているようだ。

 

 俺としても喜べるものなら喜びたい。だがよりによってこのタイミングか。

 

「どうした智希? 何かあるのか?」

 

 一夏が不安げに俺の顔を覗き込む。さてどこから説明したらいいか。

 

「甲斐田君、時間もないし私から説明するわ。織斑君、その専用機には重大な問題があるのよ」

 

 俺が声を出す前に宮崎先輩が前に出た。重大な問題と言われて倉持技研の人は不満そうな顔をしている。だが何も言わないのは当然理解しているからだろう。

 

「重大な問題?」

「ええ、その専用機は確かに織斑君のものなんだけれど、まだ専用化処理がなされていない。私にでも動かそうと思えば動かせる状態なのよ」

「はあ……」

 

 一夏には何も説明していないので当然理解できていない。

 

「つまりね、織斑くんがそのISを装着して専用化処理をしなければならないんだけど、それには時間がかかるのよ。おそらく三十分くらいは」

「はあ……それが何か?」

 

 俺の心の中に焦りが生まれてきたが、宮崎先輩は表情を変えず説明を続ける。

 

「処理は勝手にやってくれるから模擬戦を戦いながらでもいいんだけど、その間はISの性能が大幅に落ちるの。この改造した打鉄Kには遠く及ばず、無改造の打鉄に乗った方がまだましなくらいになってしまう」

「え」

 

 さあ一夏も理解した。どうする。

 

「三十分凌げれば、専用化処理が終わって機体は十分にその性能を発揮できるわ。最新型だからブルーティアーズよりもおそらく上で、勝率はグンと上がると思う。その代わり三十分間は、打鉄未満の性能で相手の攻撃を凌ぎ続けなければならない。これが最大の問題よ」

「実際どうなんですか?」

「私達としてはお勧めしない。普通にやっても十五分持たせるのがいいところだろうし、織斑君はもう打鉄Kに慣れてしまっている。だから処理中の専用機の重くて遅い動きには合わせられないと思う」

「いやいや大丈夫。三十分ひたすら逃げ回ればいい。かっこ悪いとかみっともないとか言わないで、勝負に勝つことを一番に考えれば十分いける。そもそも無理だと思うのなら私達は最初からここに持ってこようとは思わないから。織斑君のデータを踏まえた上で勝算ありと判断したから私は今ここにいるの」

 

 やはり綺麗に分かれた。専用機のことも宮崎先輩には相談してあって、前日までに届けば乗り換えることは決めていた。専用機の方が明らかに性能は上だからだ。一夏の訓練もどちらの機体でもいけるようにしてあって、戦術も基本は専用機の方に合わせてある。俺が期待していたように一夏の専用機は文字通りの一発逆転が可能で、先輩達も迷うことなく間に合うのであればと専用機を推していた。だからできることなら専用機にしたいのだが、専用機を推していた宮崎先輩はこの段階ではもう止めた方がいいと言っている。

 一方で倉持技研は学生ではなくその道のプロだし、何より一夏を勝たせたがっている。その上で勝算ありと言っているのだから、こちらも十分信用はできるのだ。

 

「あ、あの、模擬戦の開始時間を遅らせてもらうのは?」

 

 篠ノ之さんが手を上げるが、宮崎先輩はすぐ首を振った。

 

「それはとっくに断られてる。時間通りにやるって。あと五分ね」

「ごめんなさい! 私達が織斑先生の機嫌を損ねちゃってて、もうお願いは聞いてもらえない状態だったの」

 

 考える時間すらない。というかこの状況で俺が判断するのは無理だ。もう模擬戦を戦う一夏が決めるのがいいだろう。

 

「智希、どっちがいいと思う?」

 

 だが一夏はよりによって俺に聞いてきた。分かるか。

 

「僕には判断つかない。実際に戦う一夏が決めた方がいいと思う」

「おいおい、俺に分かるかよ。俺に分かるのはやろうと思えばどっちでも行けそうだってことくらいだ。じゃあお前ならどっちを選ぶんだ?」

「分かんないから判断できないって言ってるんだけど」

 

 正解があるなら既に誰かが出している。どちらとも言えないからこういう状況なのだ。

 

「甲斐田、ここはお前が決めるべきだと思うぞ」

 

 いきなり篠ノ之さんがとんでもないことを言い出した。

 

「は?」

「そうね、意見が分かれた以上、最終的に決めるのは甲斐田君でしょうね」

 

 宮崎先輩まで。

 

「いやいや、実際乗るのは一夏なんだから」

「俺はどっちでもいいぞ。別に今でなくても専用機には乗れるんだし。いいですよね?」

「正直なところを言うと、私達はどちらであろうと勝ってもらえればいいわ。本命は来月だから」

 

 下駄を預けられてしまった。整備科の先輩は笑ってこちらを見ているので任せるということなのだろう。

 

 この場の全員の視線が俺に集まる。もう俺が決めるしかなさそうだ。

 一週間前の俺なら迷うことなく専用機を選んだだろう。たとえ今より可能性が低くても。

 だが今の俺は判断材料をたくさん持ってしまったため、かえって選択ができなくなっていた。

 どちらが正しいかはもうない。俺の好みで決めろと言うことなのだろうか。

 

 と、あることが頭に浮かぶ。顔を上げてここにいる全員の表情を見た。

 篠ノ之さんは真剣な顔をしていて、一夏はいつも通りのんきそうに俺の返事を待っている。

 そして他の人達、すなわち年上の方々は、みんな一様に笑顔だった。

 それを見て俺はようやく理解した。

 

「分かりました。ではこちらにします」

 

 そう言って、俺はそのISを指差した。

 

 


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