IS 喜んで引き立て役となりましょう!   作:ゆ~き

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29.真相からタッグマッチへ

 教室の扉を開けると、中にはデュノア一人だけだった。

 

 

 

「智希」

「あれ、シャルル一人? 一夏は?」

「一夏がクラスの女の子達にすごい勢いで連れて行かれちゃって……今どうしようかなって思ってたところなんだ」

「リアーデさん達か。最近はほんと遠慮しなくなったなあ」

「あはは、あれは最近のことなんだ」

「前は相川さんが抑えててくれたんだけど、今は完全に解き放たれた獣みたいになってる。別にやめろとは言わないけどもうちょっと自重してやってくれないかなあ」

 

 笑いながらデュノアは自分の席に腰を下ろした。攫われた一夏を追いかけて行くわけでもなく俺の話に付き合ってくれるらしい。

 

「ああ、相川さんと言えばみんな変わったって言ってるね。僕が来た時には今の感じだったから、そうなんだってくらいだけど」

「話を聞いてるのならその通りだよ。変わったと言うよりは元々そうだったと言う方が正しいんじゃないかな」

「なるほど、そうかもね」

「ま、人の話とか噂なんて話半分以下だから、シャルルも鵜呑みにしないで自分の目で見たものを信じた方がいいよ」

「そうだね」

「……」

「智希?」

 

 俺はデュノアの隣り、一夏の席に座って顔を机に伏せる。

 デュノアが心配そうに声をかけてきた。

 

「ほんと参るよなあ。好き放題言ってくれちゃってさ」

「どうしたの智希? 誰かに何か言われた?」

「まあね……」

「やっぱり男子に対してそういうのってあるんだね。僕はまだ直接聞いたことはないけど」

「シャルルもそのうち耳にすると思うよ。あることないこと」

「やっぱりそうだよね……」

 

 デュノアが俯く。

 転入以後デュノアはほぼ常に一夏と行動を共にしている。そして一夏の周りにはクラスメイト連中が誰かしらいる。だから悪意をぶつけられることなどまずない。

 個人で突っ込んでくるなど不可能だし、集団なら五組くらいしかないが、五組は俺が喧嘩を売ってしまった結果冷戦状態になっているので話しかけてくるようなこともない。

 通りすがりで言うにはデュノア側が大集団なのでそもそも届かない。一人で行動し続けた結果今では陰口など普通にある俺とは雲泥の差である。

 

「気にしたって仕方のないものだとは分かってるつもりだけどね……」

「うん……」

「……」

「ねえ智希」

「何?」

「その、いったい何を言われたの?」

「別に聞いてもおもしろい話じゃないよ」

「それはきっとそうなんだろうけど、それでもそのまま溜め込んでしまうよりはいいと思うんだ。言葉にしてしまった方が楽になるってあると思うよ」

「それはまあ……」

「あ、もちろんどうしても嫌だって言うのなら無理強いはしないけど」

 

 この気配りの仕方はさすがだ。

 俺の出す構ってオーラを見逃さずに流さずにきちんと対応しようとしている。

 

「と言ってもシャルルに限らず一組の人ならもう誰でも知ってる話だけど 最近僕に関して流れてる噂のこと。まったく失礼にも程がある話だよ」

「えっ? それは……」

「僕が誰それに振られましたくらいならまだ勘違いされたんだなで済むけど、言うに事欠いて僕が次々と女子を口説いて回ってるだからね。完全に悪意ありきで話が作られてるよ」

「まさか……」

「まあ噂の内容からして出どころは五組あたりなんだろうけどさ、シャルルはその話聞いた時どう思った? あり得ないよね?」

「う、うん……」

「でも信じたり疑ったりしてしまう人はいるわけで、おかげで三組の人達が僕を変に警戒するようになっちゃったんだよね。次は自分じゃないか的な感じ。このままじゃタッグマッチどころじゃないよ」

「いつの間にかそんなことになってるんだ……」

 

 呆然とデュノアが呟く。

 

「そういうわけで早いとこどうにかしなきゃいけないんだけど、おかしなことがあるんだよ。五組から出た話にしては一組も三組もみんな信じ過ぎだと言うのがあって、普通五組から聞いた話ならみんなすぐには信じたりしないはずなんだ。一組も三組も五組とは仲悪いからね」

「なるほど」

「おそらくその噂を広めようとしてる人がいる。だからまずはその人を探し出したい。と言っても三組の方は目星がついてるけど」

「えっ?」

「実は今三組には五組から逃げてきたとか言う人達がいるんだよ。だから単純に考えてその人達の誰かだろうね。そもそも今の三組には他のクラスとつるんで何かをするような人はいないから。問題は一組だ」

「うん」

 

 真剣な表情になってデュノアは頷いた。

 

「とりあえず怪しそうな人から尋問していこうかと思ってて」

「ちょ、ちょっと待って。尋問って……」

「ああ、一組の人達には強く言った方がボロを出すから。例えば後ろめたさがあれば関り合いを消そうとしてそんな噂なんて知らないとか言っちゃうんだ。でもちょっと周囲を当たれば嘘ついたってすぐ分かる。シャルルもクラスの人達から僕のこといろいろ聞いてるだろうけど、僕が強い言い方をするのはだいたいそういうとき」

「そうだったんだ……」

「鏡さんあたりかな。普通に言ってそうだし。シャルルはわりと鏡さんと話してる気がするけど僕の噂について何か聞いてない?」

「いや……特には聞いてないかな。それに話すと言っても最近はそうでもないよ」

「それは残念。あ、そうだ。そういえば僕の噂って一組ではどう言われてる? シャルルは何て聞いた?」

「えっ?」

「三組とは噂の形が変わってるかもと思って。聞いたんでしょ? その内容」

「そ、それは……」

「別に僕はもう知ってるわけだし言いづらいもないよね? さっき僕が言ったそのままの内容だった?」

「う、うん……」

「なるほど。シャルルのその感じじゃもっときつい言い方されてそうだね。ちなみに何て?」

「ま、まあ噂だよ。噂なんて尾ひれがついて行くものだし」

「一応聞かせて」

「それは……智希はジゴロで見境なく女子を口説いて回ってるって……。でもそれはあくまで噂であって」

「そっか。よく分かったよ」

 

 デュノアは俺を慰めるかのように笑顔を作る。

 本当によく分かった。

 

「で、でもいきなり尋問はさすがにやり過ぎだよ。噂の大元を調べたいならもっとやり方はあるって。なんなら僕も協力するからさ」

「そうだね。それならシャルルにはぜひともお願いしたいことが」

「何? 僕にできることなら」

「ああ、やっぱりそこで何でもするとか言わないのはさすがだね」

「えっ?」

「ごめん何でもない。それでお願いしたいのは」

「うん」

「これ以上ボーデヴィッヒさんを振り回すのはやめにしてもらえないかってことなんだ」

「……え?」

 

 笑顔のまま、デュノアは固まった。

 

「一夏にけしかけたり僕に近づかせたり僕から引き離したり、この短期間にボーデヴィッヒさんをあっちこっち振り回し過ぎだよ。ボーデヴィッヒさんが扱いやすいのかもしれないけど、そういう誘導の仕方は感心できるやり方じゃないと思うんだ」

「……」

「ボーデヴィッヒさんは素直に信じ込んで突っ走ってしまうんだから、コントロールするのならもう少し気を遣ってやろうよ。方角だけ向けて勝手に走らせるんじゃなくて、どう走るかまで示さないと」

「え、えっと……」

「あとさ、いくらその方が都合いいからと言って、すぐにバレてしまうような嘘はよくないと思うな。夜竹さんがよくやるんだけど、それって結局誰も得しないんだよね。日本の諺で嘘も方便って言うんだけど、嘘をつくなら最低でもきちんと成立するようにしないと使うことはできないんだから」

「と、智希……いったい何を……?」

 

 笑顔のまま、絞り出すような声をデュノアは発した。

 俺は真面目くさった顔のまま続ける。

 

「シャルルは僕に誘導されてたとはいえ、はやる気持ちを抑えて、そんな噂なんて知らないと言うべきだったんだよ。だってその噂はシャルルとボーデヴィッヒさんの中にしか存在しないんだからさ。世間一般やネットの話ならともかく、こんな狭い人間関係じゃ元をたどるのなんてそこまで難しいことじゃないんだ。女子って基本的に噂話が大好きだし」

「……」

 

 改めて田嶋と夜竹さんを使いクラスメイト連中を確認させたが、知らないどころか噂にすらなっていなかった。デュノア除く一夏の周囲は俺が聞いたが同様だ。転入したばかりのデュノアにその噂を知る伝手はない。その他二組には鈴、三組は既に聞いていて、四組には布仏さん、五組には三組にいる五組連中に確認させたが一ミリも出てこなかった。ついでに二年は黛先輩と生徒会長、三年は宮崎先輩に指揮科衛生科の先輩に布仏先輩。噂を広めようとする誰かがいるのであればどこかで引っかかるはずだ。俺を中傷したいのであればまず噂として広めなければならない。俺が聞いた人達はゴシップ好きだったり俺に興味を示しているので、その人達まで届かないレベルであればとても噂になっているとは言えない。

 

「それとも誰から聞いたか覚えてないって言う? でもさ、今度はボーデヴィッヒさんが誰から聞いたかって考えると、そもそも選択肢がほとんどないんだよ。確かにボーデヴィッヒさんは素直だけど、誰の言葉でも信じるってわけじゃない。自分が信用している人間の言葉でなければ駄目なんだ。現に田嶋さんとか鼻であしらわれたしね。じゃあそれは誰だってあたっていくと、最終的にはシャルル一人しか残らない」

「だ、だからってそこで僕が出てくるのは……」

「シャルル、フランスとドイツからいきなりやって来てその関係性を疑われないと思った? わざわざ一夏を篠ノ之さん達から引き離したらすぐ食いついて、ボーデヴィッヒさんをけしかけた時点で僕の中では確定してた。その情報はシャルルにしか知らせてなかったしね。でもうまく行かなかったからってあの場で視線を合わせて頷き合うのはよくないな。少なくとも僕の前でそういうのを見せちゃいけないよ」

 

 俺がボーデヴィッヒをコントロールしようと考えたように、デュノアだって同じことを思いつくのだ。

 ボーデヴィッヒは天然ゆえ素で突飛な行動をするので、かえって怪しまれづらい。そういう人だからで周囲は済ませて深く考えようとしないのである。

 それは俺も考えていたことだった。何をどう取り繕おうが疑う人間は疑う。だから俺はよく視点をずらしたりして目くらましをするのだが、デュノアもボーデヴィッヒを前に押し出して自身はその影に隠れていた。

 

「と、智希? それはちょっと勘ぐり過ぎじゃないかな? 思い込みで見ると全部が怪しく見えたりするし、そういう風に最初から疑ってかかるっていうのは……」

「なるほど、全ては僕の思い込みであり妄想だって話か。確かに決定的な物証もないのに、決め付けはよくないね」

「そ、そうだよ。僕もよく分からなくて怪しまれるような行動だったのかもしれないけど、だか」

「じゃあ僕がボーデヴィッヒさんに何をしようがシャルルには関係ないってことでいいんだよね?」

「え?」

 

 博士が戻ってくればいくらでも密会の証拠など見つかるのだろうが、生憎と博士は未だ俺のところに顔を出さない。

 なので次善の策としてこれ以上の行動を封じさせてもらう。

 

「ボーデヴィッヒさんの行動がいい加減怪し過ぎるから、一度問い詰めないといけないと思ってたんだ。一夏のデータをこっそり取ろうとしてたりするんだけどもうバレバレで。てっきりシャルルの指示かと思ってたんだけど、違うなら本人に聞くしかないよね」

「そ、そういうのはドイツに限らず他の国もやってたり……」

「そうなんだ。じゃあ他の人達にも聞かないといけないなあ」

 

 もうデュノアに先程までの余裕はない。

 口では取り繕うも顔がそんなはずはないと反応してしまっている。

 当たり前だ、俺の作り話なのだから。

 ボーデヴィッヒはあれから一夏に近づこうとしていない。俺担当なのだから当然の話なのだが。

 

「と、智希……」

「ごめんねシャルル、疑ったりして。ここのところIS委員会の人達とか見てたら神経質になってたみたいだ。あの人達が切羽詰まり過ぎでそのピリピリが僕にも移ってたかな」

「……」

「さてと、時間食っちゃったし行くか」

「あ……」

 

 笑顔で俺は立ち上がる。

 別にデュノアを完全に追い詰めるつもりはない。少し前までは元気がなかったこともある。

 だから余計なことなどせずにしばらく大人しくしていてくれればそれでいい。

 

「そこまでだ!」

「え?」

 

 大声と共に教室の扉が勢いよく開く。

 見ればボーデヴィッヒが、大きく息を切らしながら立っていた。

 

 

 

 

 

 

 ボーデヴィッヒはアリーナにいたはずだが、ここまで全速力で走って来たようだ。

 

「あ……」

「ふう、間に合ったか」

「ボーデヴィッヒさん?」

 

 ボーデヴィッヒは佇まいを直すと息を整えながら教室に入り、扉を閉めた。

 そして俺の前までやって来て俺を見上げる。

 

「先に疑問に答えよう。なぜ私がここにやって来たか。それは君達の会話が聞こえていたからだ」

「ちょっと!」

「デュノアは少し黙っていてくれ。どのようにして聞いていたか。それは我々がコア・ネットワークを介した二人だけの専用回線を持っていて、その回線越しに聞いていたのだ」

「我々?」

「今君の横に座っているだろう。専用機持ち同士だからこそできる芸当だ」

 

 ボーデヴィッヒの視線の先はもちろんデュノアである。

 二人はそうやって意思疎通を行っていたのか。

 専用機同士だと内緒話ができるらしい。

 

「もちろん通常は国家を越えて専用回線を持つなど認められない。すなわちこれはお互いの国家から特別に認められたという証でもある」

「なるほど。でもどうしてわざわざそんなことを?」

「一方的にこちらだけ悪者にされるわけにはいかないからな。最低限同じ穴のムジナだと認識してもらう必要がある」

「どういうことだよ!」

「デュノア、貴様は今私を見捨てようとしていなかったか? いや、こうまでいいように使われておいて言えることではないかもしれないが」

「そんなことは!」

 

 いきなり仲間割れが始まってしまった。

 もしかしたら一枚岩ではなかったのかもしれない。

 

「全ては貴様が焦って行動した結果だ。何もかも彼の手のひらの上では言い訳のしようもない」

「君だって納得してたじゃないか」

「自分の責任から逃げるつもりはない」

「十分逃げてるよ」

 

 言い合いになってしまったのでとりあえず俺は一夏の席に腰を下ろす。

 すると二人は俺を意識してすぐに口を閉じた。

 別に好きなだけやってくれてよかったのだが。

 

「で、事情は説明してもらえるの?」

「それは……」

「本当に申し訳ないのだがそれはできない」

「へえ」

「しないのではなくできないのだ。なぜなら我々はその結果生じるかもしれない事態に責任を取れないし、またその権限もない」

「何それ?」

「そのままの意味だ。その結果取り返しのつかない事態になってしまった場合、我々にはもうどうしようもなくなってしまう。だから君と織斑一夏君、それから教官には絶対に口にできないのだ」

「取り返しのつかない事態?」

「そうだ」

 

 どういうことだろう。

 俺や一夏が聞いてはいけない話とは何だ。

 それに千冬さんまで弾かれるというのもまた意味不明である。

 

「ごめん、意味が分からない」

「それはそうだと思う。だが私としても立場上そうとしか言えないのだ。君と織斑一夏君に大きな不利益をもたらしてしまうかもしれないと思うと、とても口にはできない」

「不利益か……」

「そう言われると益々気になってしまうと言うのはよく分かる。別に私も意地悪をしたいわけではないのだが」

「じゃあ最初から近づいて来て欲しくなかったなあ」

「まさにその通りだが、それはこちら側の勝手な都合だな。君も気づいている通り、切羽詰っている事情がある」

「そんな他人事な!」

 

 デュノアが憤慨し、ボーデヴィッヒが冷めているというのは距離から来る温度差か。

 デュノアは当事者だがボーデヴィッヒは千冬さん対策として巻き込まれたに過ぎない。

 

「参ったなあ」

「さて、そこで提案だ。この後私は甲斐田智希君が気づいていたと報告を上げる。そしてその際君にだけ事情を伝えるように要請したいと思う」

「へえ」

「何勝手なことを!」

「その代わり織斑一夏君と教官にはこのまま内緒にしておいてもらいたいというお願いだ」

「なるほど、そう来たか」

「ちょっと待ってよ!」

「まあまあ落ち着いて。別にボーデヴィッヒさん個人の意見じゃないんだろうから」

「えっ?」

 

 ドイツにとってはこれもまた想定されていた事態なのだろう。

 ということはこの温度差は、デュノアボーデヴィッヒと言うよりはフランスドイツの差なのだろうか。

 

「さすがだな。その通り、フランスはどうだか知らないが、我が国は最初からうまく行くとは考えていない。むしろ賭けの要素が大き過ぎるとさえ思っている」

「やってもいないうちからそんな」

「その内容を……いや彼の前ではまだ口にできないな。デュノア、それは後で話をしよう。どの道現地での協力者は必要なのだ。ならば甲斐田智希君よりふさわしい相手はいないだろう」

「それは……」

 

 つまり俺がその不利益を被ってでも一夏の方を優先したいという話である。

 確かに元々この連中が欲しがっていたのは俺ではなく一夏のデータだ。

 俺のデータなど欲しいものはとうにIS委員会が取っているだろうし。

 

「言いたいことは分かった。でも好奇心を満たせるだけであとはその不利益? を受けるだけなら、到底うんとは言えないね」

「それはそうだろうな。もちろん我が国としてはそれ相応の対価は用意したいと考えている」

「対価か」

「今後君の面倒を一生見るくらいは普通に出す」

「つまりそれだけの不利益を僕は受けることになるわけだ」

「……我々としては君が納得するような相応の対価を用意したい」

「不利益の中身は言えないの?」

「事情と密接に繋がっているので話す時は一緒になってしまうな」

「話にならないね」

 

 デメリットも示さずメリットさえ大したことがない。

 論外である。

 

「要望があれば是非とも教えてもらいたい。最大限叶えられるよう努力する。極端な話IS学園を退学したいでも構わない」

「ちょっと待って! そんな勝手に話を進めな」

「もはや状況は大きく変化してしまったのだ。フランスが何もしないのであればこちらから進めるしかない。このままでは最悪の事態を迎えてしまうかもしれないことが分からないのか! 現に甲斐田智希君が気づいてしまったのだぞ!」

「それは……」

 

 ボーデヴィッヒがデュノアを一喝する。

 最悪の事態とは何だ。一夏にまで伝わってしまうことか。あるいはその先か。

 いずれにせよ先方にとって俺の存在は重要ではない。俺自身のデータは全部IS委員会が持っていて、それではどうしようもないからこうやって一夏に手を出そうとしているのだろうから。

 

「退学しても構わないというのは、つまりそれを認められるIS委員会もグルだということでいいんだよね? そちらにとっては僕が一夏に話してしまうのが一番怖いんだ」

「……やはりそこまで見抜いていたか。その通りだ。ふう、完全に君を見誤っていたな」

「それは僕のことを知らないんだからしょうがないんじゃない?」

「我々ではない。IS委員会の面々だ。君については素直でとりたてて特徴のない、人畜無害な少年であると我々は教えられていた。とんだ節穴だとしか言いようがない」

「あー、まああの人達にとってはそうだろうね」

 

 IS委員会の学者連中である。

 確かに奴らにとって俺はその程度の存在だろう。特に文句も言わなかったし、何かを要求したりもしなかった。あえて言うならリーグマッチの際に検査の日程変更をお願いしたくらいか。それも結局は向こうのいいようにされてしまったので、なるほど俺は扱いやすい子供くらいに思われているわけだ。

 

「ところが来てみれば全く話が違う。人畜無害どころか完全にクラスを掌握し、さらに手を伸ばそうとしている。君達二人がぼんくらであることを前提にした穴だらけの策など何も通用するわけがない。男性を問答無用で下に見る女性上位主義者の欠点だな。だが思えば私も転入した際デュノアが君に同室を断られた時点で疑うべきだったのだろう」

「僕が断った?」

「元々デュノアと君が同室になるはずが、土壇場で君がひっくり返したと聞いているぞ? 最初から我々を疑っていて自由な立場で監視するためだろうが、確かに事前にではなくその場でやられてしまってはもうどうしようもない。そこからこの一ヶ月弱、こちらはただ一人相撲をしていただけだったようだ」

「あー、まあそれは……」

 

 さすがにそれは深読みし過ぎである。

 俺としては監視が目的ならすぐそばにいた方がやりやすい。

 あの時は単に一夏を一人部屋にするのが危険だと思っただけだ。

 

「そこから先は君も知っての通りだ。初っ端から躓いた挙句担当を変えたりして対応していたつもりだが、全て手のひらの上だった。君の目にはさぞかし滑稽に映っていたことだろう」

「別にそこまでは思ってないけど」

「それは失礼した。だがこれ以上泳がすつもりはないと今日このようになってしまったのは事実だ。全てが先回りされてしまっている」

 

 違う。先回りされてしまったのは俺の方だ。

 博士がいない以上現状維持の曖昧なままにしておいて余計な行動だけ封じるつもりだったのに、向こうから踏み込まれてしまった。

 そうしたのはもちろんボーデヴィッヒではない。その後ろにいるドイツの人間だ。おそらく俺が噂の確認のために大きく動いたことから勘付かれてしまった。デュノアはもちろんボーデヴィッヒ本人には気取られないようにしたつもりだが、その後ろまでは見ていなかった。俺の行動の意味を考えれば、矛先がボーデヴィッヒに向いているのはすぐ分かってしまう。何しろボーデヴィッヒは俺に対して嘘をついて誤魔化そうとし、俺はその確認を行っていたのだから。

 ボーデヴィッヒ自身は大丈夫だと感じても、離れたところから見ればまずいと思うのは当然の話である。

 考えが一段階足りなかった。デュノアが考えたように俺が考えたように、ボーデヴィッヒを送り出した人間だって同じことを考えるのだ。遠隔でボーデヴィッヒをコントロールしようと。指示を出すのとはまた別の話で。

 

「うん、とりあえず反省は後で自分でやって。それよりも大事なのはこれからのことだ。交渉の前段階として確認したいことやお願いしておきたいことがある」

「喜んで聞かせてもらおう」

「まず何より、ドイツ単独の提案とかされても内容がどうあれ乗るつもりはないということ。シャルルの様子を見る限りフランスは寝耳に水みたいなんだけど、後からちゃぶ台をひっくり返されるとかごめんなので、意見を纏めてからまた来て欲しいな」

「確かにその通りだ。一度持ち帰らせてもらおう。だがそれはつまり交渉のテーブルに乗ってくれるということでいいのだろうか?」

「もちろん聞く耳を持たないという選択肢もあるけど、その場合二人はどうなるの?」

「その場合我々は本国に強制送還だな。失敗したからというよりも、君達の耳に届かなくするために」

「そんな簡単に諦めるの?」

「それ以上に責任を取れない。優先度の問題だ」

「ああ、取り返しがつかないからか」

 

 ボーデヴィッヒの言によどみはない。おそらく向こうは既にシミュレートを終えている。

 この状態は俺も分かる。先月の会見に当たってこうきたらこうすると叩き込まれたからだ。

 だとすれば今俺は主導しているようで、向こうの作った道に沿わされているに過ぎないか。

 ならば俺が今できることは一つしかない。

 

「他には?」

「こういう交渉をするなら普通はまず千冬さんにするべきなのに、あえて蚊帳の外に置く理由は? 千冬さんは知らないんだよね?」

「それは簡単な話だ。教官では交渉にもならないと分かっているからだ」

「話を持ちかけることすらしないの?」

「そうだ。なぜなら我々には最悪の事態であっても、教官にとってはそうではないからだ。むしろ教官にとっては好ましいことであるとさえ思う。私個人としても同じ意見だ」

 

 一夏がその事実を知ることはIS委員会フランスドイツにとっては最悪の事態で、千冬さんにとっては好ましい。そして一度知ってしまってはもう取り返しがつかないかもしれない。また向こうはデータを取ることによって一夏に何かを求めている。それは俺にもデュノアにもドイツの男性操縦者にもないものである。

 

「だから僕だけを取り込むのか」

「むしろ君がとても話の通じる相手であるからこそだな」

「話を聞いたら気が変わって一夏に言っちゃうとか考えないわけ?」

「もちろんそういう危惧もあるが、その場合我々は責任から免れる。ああ、当然ながら君に対する責任は全うさせてもらうが」

「約束を破ったのは僕だから一夏に対する責任は僕に来ると」

「そういう話だ。だが君の行動を見る限りそのようなことはまずしないだろうと確信している」

 

 それは果たして信用されての話か。もちろん違うだろう。

 つまり俺は一夏にとって不利益な行動をしないだろうと見込まれているようだ。

 実によろしくない。俺は相手の影さえ見えないのに、向こうは一方的に俺を見ている。おそらくデュノアが聞き込んだりして集めた情報が共有されているのだろう。俺の存在がイレギュラーであればなおさら着目するのは想像に堅くない。

 一番まずいのは向こうが出してくる材料に対して俺は何も吟味するための根拠を持っていないことである。

 やはりこのままではあやふやな状態で決断をしなければならなくなってしまう。

 

「そこまで信頼して言ってくれるのならとても無下にはできないね」

「おお! 話を聞いてくれるのか! 私個人としても教官と碌に話もできないまま祖国へ帰りたくはなかったのだ!」

「ああ、確かにそういう立場じゃ話をしづらいよね。でもそれなら最初からIS学園を受験すればよかったのに」

「それは私もそうしたかったのだが……いろいろと事情があってな……」

 

 ボーデヴィッヒの顔が曇った。

 それは千冬さんがそう言ったのか、あるいはドイツが認めなかったのか。何しろVTシステムという超特大の問題がある。

 

「余計なこと聞いちゃったね、ごめん。あとは……その不利益とかいうのについてもうちょっと開示して欲しいってことかな。まあ聞いただけで病気になりましたとか怪我したとかないのは分かるけど」

「普通はね」

「デュノア!」

「シャルル?」

「あ、ごめんごめん。一般的な話だよ。別に病気とか怪我とかそんなことはありえないから」

「そういう不安を煽るような発言は控えてくれ。心配しないでも大丈夫だ。五体満足なことなど当然であるし、不利益と言っても教官であれば無視してしまうような話だ。私としても君にとってはきっと不利益ではないと思っている」

「ふうん」

「不利益というのは我々から見た話であるし、世間一般的な価値基準においてのことだ。我々がこうやって君に話を持ちかけるのも、問題はないと判断しての話なのだから」

 

 ボーデヴィッヒの言葉が早くなった。これが遠隔操作の弱点でもある。

 思わぬ事態が生じた場合、その人の素が出てしまう。それはボーデヴィッヒも例外ではない。

 ドイツはまだフランスを取り込めておらず、デュノアがどう出るかを計算しきれていなかった。この場に駆け込んで来たことからして準備が整っていなかったのだろう。俺にとって数少ない幸運だ。

 つまりデュノアの一言は俺にとって検討に値する言葉のようである。

 

「まあまあ、そのあたりはそちらで意思統一しておいて。シャルルも寝耳に水で何勝手に話を進めるんだって言ってるし、僕のところにはお互い納得してから来て」

「す、すまなかった。では急いで……」

「待った。あと別に急がなくていいから。もうすぐタッグマッチが始まるわけで、僕が忙しいのはボーデヴィッヒさんも知ってるでしょ? だから最低限僕が落ち着いてからにしてもらえないかな? タッグマッチ中暇をもてましてるか、あるいは終わってからくらいで」

「そ、そうか。だが……」

「別に一夏にも千冬さんにも何も言わないから。現状維持ならそちらもとりあえずは文句ないでしょ?」

 

 今の俺にできること。

 それはもう時間稼ぎしかない。事情を調べあげた博士が戻ってくるまでの。

 博士が未だに戻ってこない理由は分かった。ドイツだけでは済まなくなったからだ。フランス、IS委員会本部のある日本まで調べなければならなくなったに違いない。

 いくら博士が天才といえど、その体は一つしかない。そしてその隣にいるのはクロエ一人だけである。ボーデヴィッヒの存在を見逃していたりゴーレムの生産が間に合わなかったように、物理的な制約はどうしてもあるのだ。倉持技研の篝火所長のような協力者もいるだろうが、問題が問題だけにどこまで関わらせるかというのもある。基本的に博士は他人を信用しないので、それは最低限になるだろう。そうすると当然博士の負担は重くなる。

 少なくとも観光を楽しんで遊び過ぎたなどという話ではないだろう。

 

「わ、分かった。そう伝えよう」

「よろしく。じゃああとはそちらで。あ、シャルルもそれでいい?」

「う、うん……」

 

 言いながら俺は立ち上がった。教室の扉まで歩いて行き、それから振り返る。

 

「あ、そうだシャルル、一応聞いておきたいんだけど、もちろん一夏はそのへん何も知らないってことでいいんだよね?」

「へっ? それはそうだけど?」

「そう。ならいいんだ」

「智希?」

 

 カマかけ失敗。

 一夏は何事かをデュノアから聞いているようなのだが、それはまた別の話だったようだ。

 ということはそれはデュノア一家絡みの話か。思えばそちらの問題もあるのだった。

 実に頭が痛い。

 

 はっきり言って、ドイツの一方的な提案など断るのは簡単だ。全部聞かなかったことにして二人を母国に追い返せばいい。それで一夏はその不利益とやらを受けなくて済むし、ドイツフランスがいなくなるので今後余計な心配もしなくていい。

 だがそうしてしまうのは正直もったいない。せっかくデュノアという人間がわざわざ海を越えて来てくれたのだ。一夏のためにもできればこのまま引き止めたい。ボーデヴィッヒもVTシステムという大問題がある以上、少なくとも博士が戻るまでは目の届くところに置いておきたい。この際最後の男性IS操縦者がいるドイツとのパイプを作っておきたいというのもある。それに片方だけ送り返すなど無理だろうし。

 その不利益についても程度による。ボーデヴィッヒの話をそのまま信じるわけではないが、千冬さんにとってそうでないのであれば全く問題はない。仮に問題があったとしても、別に俺だけであれば構わない。最悪俺のところで止めてしまえばいいのだから。

 実際俺に何かあれば千冬さんも動かざるをえないだろうし、俺がいなくともデュノアが残っていればまあ大丈夫だろう。

 

「変なこと聞いてごめん。大前提が崩れてたらこれからやること何も意味ないなと思っただけ。あとボーデヴィッヒさんにも聞くのを忘れてた」

「何だ?」

「本当に、ドイツにISを動かせる男はいるの?」

「ああ、その話か」

 

 警戒の色を見せていたボーデヴィッヒが何でもないことのように笑った。

 この質問は想定内だったらしい。

 

「心配せずとも我が母国ドイツにおいて彼はISを動かしてみせた。それは間違いなところであるし、はっきり記録もされている」

「そうなんだ。ボーデヴィッヒさんはその人を知ってるの?」

「直接の面識はない。だが関係者の間では有名な話で、彼はなんとISを奪って逃走しようとしたのだ。それで男性ながら操縦できることが発覚した」

「へえ」

「男性であるから大丈夫だろうと誰もが油断していた結果だ。そしてそれは織斑一夏君がISを動かしてみせる以前の話でもある。実は一年近く早かったのだ」

「それは」

「つまり我が国の彼が男性IS操縦者第一号であるという話だな。フランスはそれよりも後だった。とはいえ織斑一夏君よりも先ではあるが」

 

 笑いながらボーデヴィッヒはデュノアに振る。

 振られたデュノアは苦笑した。

 

「だからフランスが二番目で一夏が三人目、智希は最後なんだよ、実は」

「それは驚いた」

「そうだろう。大々的に発表しようと準備をしていたら先を越されてしまったという話なのだ。しかもそれがあの織斑一夏君であったのだから、もう関係者一同地団駄を踏んで悔しがったと聞いている」

「それはそうだろうね」

「フランスも同じだよ。見栄えよく飛べるようにって散々訓練させられたのが全部パー。別に一番じゃなくてもやればよかったのに」

「ああ、だからシャルルはあそこまでISを動かせるのか」

「えっ? あ、うん、そうだね」

 

 そもそも時系列が違うのであれば納得である。

 相当にスパルタもされたのだろうが、二十種類の武装を使いこなしてみせるなど並大抵のことではない。二、三ヶ月程度では代表候補生クラスでさえ自身の武装を使いこなせていないのだから。一夏に至っては一つしかないし。

 だがそれだけの時間もあったのであればいろいろと腑に落ちる。

 もっとも俺がISを初めて動かしたのはもう五年も前になるし、ただ時間があればいいというわけでもないけれど。

 

「彼についてはいずれ交流する機会があるだろう。その時を楽しみにして欲しいし、できれば今回のことをその第一歩とさせてもらいたいものだ」

「なるほど、僕を引き込むために準備はしてるみたいだね」

「分かってもらえて何よりだ」

「でもISを奪って逃げるか。なるほどね」

「なるほど? どういうことだ?」

「同じ男性IS操縦者として気持ちが分かるって話だよ、シャルルは分かるんじゃない?」

「えっ!? い、いや、どうだろう……」

「ごめん、余計なこと聞いちゃったね。今のは気にしないで」

「ちょっと待ってくれ。気持ちが分かるとはどういう意味だ?」

 

 ボーデヴィッヒが食いついてしまった。

 デュノアがいたとはいえ余計なことを口にしてしまったか。

 デュノアだけがいる場で言うべきだった。デュノアは負の方向に傾いているようなのだから、このあたりについては特に気を遣わなければならなかったのに。

 

「あー、まあIS動かせたらそりゃ最初は嬉しいよねって話」

「なるほど、だが君は……」

「僕だって最初はそういう気持ちもあったよ。すぐになくなったけど」

「そうか」

「このへんは男でないと分からない感覚だから、ボーデヴィッヒさんが気にしても仕方ないよ。だからシャルルに変なこと言うのはやめてね」

「わ、分かった……」

 

 せっかくデュノアも一夏の側にいて落ち着いてきたようなのだから、ボーデヴィッヒに変にかき回されたくない。

 デュノアのことを考えても向こうの提案を無下にするべきではないか。

 

「おっと、話が長くなっちゃったね。二人ともしばらくは今までと同じようによろしくね。僕も振ったり匂わせたりはしないから。じゃあそういうことで」

 

 返事も聞かずに俺は教室を出る。

 先手を打ったつもりが横から懐に踏み込まれてしまった。かなりの誤算だ。

 お互いに準備できていなかったというのがせめてもの幸いだろうか。

 

 最悪は今ある材料だけでどうにかしなければならないかもしれない。

 ここまで広範囲にわたる話になると、俺の置かれた立場では情報の部分で外との接点がある博士か千冬さんに頼る必要がある。だが今は事実上それを封じられた形だ。こちらから博士に連絡を取る手段がないし、千冬さんに話をするのは全てをご破算にすることに他ならない。いやドイツの思惑が俺を千冬さんから引き離すことにあるようなので、全部鵜呑みにではできないが。と言ってもその裏を取る術もない。

 

 唯一の救いは窓口がデュノアとボーデヴィッヒであることくらいか。

 今回は隠れてやる以上、中国の時のように黒幕が表に出てくることができない。

 デュノアもボーデヴィッヒも言われたことを遂行する能力はあるようだが、アドリブに弱そうだ。少なくとも反応の仕方からして中国の管理官のレベルはない。

 ならばそこを突破口にしていくしかないか。いかに二人の想定を上回る言葉を出すことができるか。それによってできた穴を広げることができるか。

 

 もっともこの状況では、相手の思惑に乗った上でどうするかしかないかもしれない。

 それでも何も知らないまま振り回されるよりはよほどましであるし、変に大ごとにされる前に俺のところで止められるのは十分ありだ。どちらにしても不利益という言葉がある以上、一夏にまで届かせるわけにはいかない。

 それに最悪どうなろうと千冬さんにぶちまけて後を任せる手もあるし、だから向こうにとっても賭けではあるのだろう。俺を取り込んだとしても俺が爆弾であることに変わりはない。最低限俺の意思を尊重する姿勢くらいは見せるはずだ。

 結局は俺が駆け引きできるかだ。向こうは俺をただ一人の個人として見て利用しようとしている。だが俺には博士という隠れた繋がりがある。

 そのギャップをどう生かすか。ただ利用されて終わりにしないためには、相手から見えない部分でどうにかするしかないのだろう。

 

 

 

 

 

「よし、注意事項はこんなところね。もちろんみんな分かってるだろうけど、念のためだから。これだけがんばって失格負けとか笑う気もなれないし」

 

 ベッティの演説が終わりそうだ。

 演説と言っても別に長々とやったわけではないが。

 

「このへんがあいつとあたしの違いか」

「佐藤さんはどっちかと言えば黙って自分について来いって感じですもんね」

「上に立つ人間は行動してなんぼだろ」

「それでも言葉が欲しいって人はそれなりにいますからねー」

「まあ実際杉山にやられたのはそれが原因でもあるし、あたしがおろそかにし過ぎたのは事実だな」

 

 ベッティが大きく身振り手振りを交えて自身のクラスメイトに話をする中、俺や飛び出してきた五組の連中は少し離れて眺めている。あとボーデヴィッヒも。

 

「甲斐田君はどうだったんですか? リーグマッチのときですけど」

「僕? どうだったかな……なんか喋れってみんなに言われて言わされた気はする」

「それで何と言ったんだ?」

「うーん、覚えてないってことは大したことは言ってないと思う。それにリーグマッチで試合するのは一夏だけだったし、みんな自分のやるべきことをやろうくらいじゃないかな?」

「なるほど、きちんと役割分担ができていたんですね」

「聞けば聞くほどこっちに勝ち目はなかったな」

 

 と言っても初戦の時は一夏のメンタルコントロールができていなかったのだから、正直うまくやれたとは言いがたいだろう。一夏の勝利が揺るがなかったのは間違いないが、内実はまた別の話だ。

 

「甲斐田くーん! なんか一言ちょうだい」

「僕? 別にいいよ。特にないし」

「そんなこと言わずに。私達をここまで連れてきたのは甲斐田君なんだから、さすがに一言くらいはかけてもらわないと」

「えー」

「はいじゃあよろしく!」

 

 ベッティから笑顔で無茶振りされてしまった。周囲の視線が俺に集中する。

 面倒だが何か言わないと収まらないようだ。

 

「あー、じゃあベッティさんとは逆のこと言うね。最大限がんばるのは当然としても、今日ここにいる人達の半分は負ける」

「お、おい」

「あ、と言っても初日の試合は一回戦の半分だけだから、今日は半分の半分か。でも負ける人がそれなりに出るのは事実だ。全員勝つなんてありえない」

「うわー……」

「二週間程度じゃ付け焼き刃でしかなくて、元からあった絶対的な差を埋めることなんてできない。一組のことをを抜きにしても」

 

 初戦で鈴と当たってしまった二人の生徒の目が強くなる。この場ではそれを一番自覚しているだろう。

 

「だから気楽にやろう、ということじゃ全くない。全部出しきっておかないとほんと後悔するよって話。これから一週間あるのに自分の出番は今日で終わっちゃうかもしれないんだ。後はただ見学して勝った人の手伝いをするだけ。分かっていてもきついと思う」

「……」

「最大限やり切ってこれで負けたのならもう仕方ないと思えるようにすること。もちろん感情的に悔しいのはどうしようもないけど、せめて理屈の上では納得できるように、自分に足りなかったものを自覚できるように」

 

 見渡すと全員黙って聞いている。聞き流している生徒はいない。

 と言ってもほとんどは、でも自分は違うと心では思っているだろうけれど。

 

「別に負けたからどうだって話じゃないけど、勝った方がいいのは事実だ。真剣勝負という貴重な経験の場が増えるわけだからね。これはパイロット科とか整備科とか関係ない。そういう場を知っておかないといざという時何が大事か分からなくなる。可能な限り自分自身で体験しておくべきだ。それができるときに」

「……」

「でも幸いなことに、みんな最低一回はその経験ができる。だからそれは大事にしたいよね。もしかしたら相手が弱くて拍子抜けしたりするかもしれないけど、その場合は次がある。二回戦に勝てても三回戦の一組が強いのはもう間違いない。一組だけは実技経験が多いから入学時の差もひっくり返してくるよ。そうやっていずれ勝てない相手にぶつかるんだ。負けるまでに自分は何を得られるか。自分のことなんだから自分で考えよう。……そんなとこかな」

「嫌そうだった割には長々とやってくれたわね。実は準備してた?」

「別に特別なことは言ってないよ。全部今まで言ってきたとこだし」

「そ、そう。まあいいわ。よし、じゃあみんな、気合い入れ直したところで行こう!」

 

 ベッティの号令と共に大きなかけ声が上がる。

 リーグマッチの時とは違ってあえて負荷をかけていく言い方にしてみたが、これで三組連中はどうなるだろうか。勢い全開になるか、それとも気負い過ぎてしまうのか。ちょうどいいので一回戦の戦績と合わせて見てみることにしてみよう。

 

「さすがだな君は」

「喋り慣れてる奴はああいうのがすらすら出てくるんだな」

「私みんなの視線がこっちに向いた時うわって思いました」

「別にベッティさんと逆のことを言っただけだよ。それよりもみんなもがんばってね。僕は木曜まで試合ないから観戦してるよ。と言っても考えることもたくさんあるし暇ってわけではないけど」

「そういえば君と組む私もそうだった。だが君とは違って私は暇を持て余してしまいそうだな……」

「やることないなら普通に試合を見てればいいんじゃない? 別に自分のブロックだけしか見ちゃいけないってことはないんだから」

「それもそうだな。君はどの試合を見る?」

「さすがに今日ある十六試合全部を見るのは無理だから、見たい試合を優先してあとは流し見かな」

「しっかり観戦計画もあるんですね」

 

 と言っても一回戦は別に重要でもない。二日で三十試合と数からして多いし、その割に見る程でもない試合ばかりである。運が良ければダークホースを見つけられるかというくらいだろうか。

 それよりもやっておきたいのは鈴や更識妹など実力者の様子を見ておくことだろう。俺の想像と比べて実際はどれだけ差があるか。それによって大勢が変わってくる。

 

「それなら私も一緒させてもらっていいだろうか?」

「あたしもいいか?」

「あ、それなら私も」

「ボーデヴィッヒさんはともかくとして、そっちの二人は自分の方はいいの?」

「私今日は試合ないですし、四回戦以降の相手とか気にしても仕方ないですから」

「それなら純粋に勉強として強い奴の試合を見ておいた方がいい。甲斐田が見たいならそれなりの奴だろう?」

「まあこれから見る鈴は優勝候補だしね。お好きに」

 

 言いながら俺は歩き出す。ボーデヴィッヒ達もついてくる。

 今回は会場が分かれていて移動が面倒だ。

 

 

 結局博士が戻ってこないまま、タッグマッチは始まった。

 

 


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