説明するとベッティは首を傾げた。
「いや? そんな話初めて聞いた」
三組にまでは届いていなかったのか。
「甲斐田君がラウラにねえ……。ちょっとそれは想像の範囲外だわ。私だけじゃなくてクラスのみんなそうだと思うわよ」
「クラスのみんなとは言い切るね」
「だって甲斐田君は年上好きだし、さすがにラウラはいろんな意味で遠過ぎるわよ」
「ちょっと待って。その年上好きが確定事項になってるのはおかしい」
「あ、ごめん自覚なしだったのね。気にしないで。こっちの話だから」
「いやいや、そういうことじゃなくて」
最近俺の周りで小芝居を始める人間が多くなってきたような気がする。ベッティまでも俺で遊ぼうとしている。
ボーデヴィッヒにやるのは分かるが俺は違うだろう。
「まあ冗談はさておき、甲斐田君がラウラの相手をしてるのは、子守みたいなものよね。ラウラが織斑先生大好きなのはみんな知ってるし、甲斐田君に話をせがんでるのを見るとよくて兄と妹くらい。それ以上はイメージできないわね」
「なるほど」
「甲斐田君の態度を見てもあまり乗り気じゃないのはよく分かるし、妄想するには少し材料が足りないかな?」
「妄想って……」
「あ、もちろん新たなネタを提供してくれたのはありがたいことだし、新しい風を吹かせてくれたことに感謝ね」
「あのさ、さっきから材料とかネタとか不穏な単語が飛び交ってるんだけど。新しい風って何?」
「三角関係の話にするとか意外とおもしろいかもしれないわね……」
「はあ?」
俺の不安を煽って何がしたいのか。
最大限譲歩して俺に慣れてきたということなのかもしれないが、妄想の材料など俺としては全力でご免被りたいのだが。
「冗談冗談。でもそういうわけだからうちのクラスが絡んでるってことはないわ。全く噂にもなってないし、当事者以外はまだ一組の中だけでの話ね」
「なるほど。じゃあ鈴も一組で聞いただけなのか。それはよかった」
「後はラウラときちんと話をすればいいんじゃない?」
「そうだね。あーでも何て言おう」
「それはもちろんばっさりと。ラウラのいい顔が見れそうで楽しみだわ」
「うわあ……」
「あのー、ちょっといいですか?」
晴れてボーデヴィッヒの黒歴史誕生かと思ったら、横から声がかかった。
見れば五組から逃げてきた人が手を上げている。確か菅原さんだったか。
「何?」
「今の話を聞いて思ったんですけれど、それうちのクラスの杉山さん達の仕業じゃないでしょうか?」
「どういうこと?」
「聞いてていかにも杉山さんのやりそうな誹謗中傷だと思ったので。佐藤さん?」
「ああ、あたしもそれは思った。あのバカなら喜んでやりそうだ」
「それちょっと穏やかな話じゃないわね。佐藤、それは甲斐田君に対する嫌がらせ?」
「そういうことだ」
確かに奴はここのところ俺に一方的にやられているので、機会があれば何かをしようとしてもおかしくない。タッグマッチでは俺と決勝まで当たらないのだ。俺を直接ぶちのめす機会はないに等しい。自分はともかく俺が決勝まで上がってくるとはさすがに考えていないだろうし。だから何かやるとすればこういう間接的なことしかできない。
「組み合わせが決まった途端にそういう話が出るって変だと思いません? 明らかに甲斐田君が狙い撃ちされてるというか、そもそも二人はペアを組んでるんだから一緒にいておかしいこともないわけですし」
「まあ変と言われれば変ではあるわね」
「それに知ってる人からすればおかしい話だそうじゃないですか。私はそうなんだって思いましたけど、それはお二人のことを知らないからなわけで、よく知らないからこそミスマッチなボーデヴィッヒさんが対象になってしまったんじゃないかと」
「そうだな。本気でゴシップを狙うならボーデヴィッヒではなく一組の人間をターゲットにした方が信憑性はある」
「二人とも考え過ぎじゃない? 一組の子がラウラをからかってラウラが本気にしちゃったってだけよ」
なるほど五組の二人にとってはそうである方がいいのか。
本当に田嶋とは別に杉山がボーデヴィッヒを煽っていたとしても、俺に対してそんな事実を認めるわけがない。だから疑いがかかるだけで十分なのだ。クラス内での五組代表杉山への不審感がますます増大するのだから。
とはいえ絶対にないと言い切れる話でもない。確かに杉山ならいかにもやりそうな嫌がらせではある。
「甲斐田、どう思う?」
「まあそんなのは本人に聞くのが一番だよね」
「杉山にか? まさかそれは認めるわけないだろう」
「そうじゃないよ。ボーデヴィッヒさん。僕について誰から聞いたかって話だよ。一組の田嶋さんだけならほんとに何でもない話で、それ以外に誰かいたら煽ってる人がいるよねってこと」
「言われてみればそれだけのことね。ラウラ!」
ベッティが声を上げてボーデヴィッヒを呼ぶ。
当のボーデヴィッヒは自分の席に座っていたが、三組の生徒達に囲まれ髪をああでもないこうでもないといじられて遊ばれている。
最近は俺の側にいたから三組連中が寄ってこなかっただけで、俺から離れたら即そうなるのは自明の理である。
「どうした?」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど……いいわ、そっちに行く」
「そうか」
ボーデヴィッヒの銀髪は自身の腰まで届くほどの長さなためか、遊ぶにはもってこいらしい。今は三つ編みにされていて、はっきり言って高校生どころか中学生に見えるかも怪しい姿だ。その眼帯も今はかえって子供らしく見えてしまう。
「ボーデヴィッヒさん」
「や、やあ甲斐田智希君! きょ、今日もいい天気だな!」
「普通に雨降ってるけど」
「わ、私にとってはいい天気なのだ!」
完全に挙動不審である。挙げた手の動きもカクカクしていてロボットのようだ。
前回カッコつけておきながら即逃げたのは単に耐えられなかっただけか。
「それは失礼。真面目な話なんだけど、どうも僕を中傷する噂が流れてるみたいで」
「それは本当か?」
よしボーデヴィッヒが切り替えた。真剣な顔つきになっている。
あえて深刻そうな言い回しをして正解だった。
「うん。なんか僕が見境なく女子を声をかけては口説いてるような話になってて」
「何だと!」
「甲斐田君?」
「まあまあ、ちょっと聞いてて。だからボーデヴィッヒさんに聞きたいんだけど、ボーデヴィッヒさんが僕について聞いた噂ってどういう感じだった? それとも特に何も聞いてない?」
全く見当違いの話を出したのはボーデヴィッヒ自身の口から全てを言わせるためだ。既に俺は田嶋から事情聴取を終えている。だからボーデヴィッヒの言と田嶋の自白内容が一致すれば何も問題はないはずだ。田嶋はボーデヴィッヒに対して俺との関係について聞いただけである。
逆に言えばここで俺の知らない事柄が出てこられると困るわけだが。
「それは……まさに君が口にした内容そのままだ……」
「え?」
「まさか……いや、よくよく考えればその通りだ。確かにこんな話など誹謗中傷以外の何物でもない。甲斐田智希君、本当に申し訳なかった!」
机に両手をついて、ボーデヴィッヒは深々と頭を下げる。
瓢箪から駒が出てしまった。
「ちょ、ちょっとラウラ、どういうこと?」
「どうもこうもない。私は甲斐田智希君への誹謗中傷を安易に信じてしまったという話だ。本当にすまなかった!」
「うーん」
「次は自分がターゲットになっていると言われ気が動転してしまっていた。本当に申し訳ない。私にはそのような経験が微塵もないので完全に冷静さを失っていた」
今回に限らずこれまでの行動を見ても、ボーデヴィッヒの行動が常にオーバーアクション過ぎるのは疑いようもない。
いちいち振り回され過ぎである。誰かれ構わずコロコロと素直に信じていてはこうやっていいように動かされてしまうだろう。
「参ったな……」
「君がジ、ジゴロであるという話を聞いていて遂に私にまで来たのかと……」
「ラウラはジゴロなんて単語よく知ってたわね。日本じゃヒモって言うんだっけ?」
「甲斐田智希君の普段の行動を考えると至極もっともに思えてしまい……」
「ああ、なるほど」
「はあ!?」
「だって甲斐田君って良くも悪くも普通の男子とは違うから。何よりこうやって女の子に囲まれて平気な男子はまず女好きだっていうのが定説だからね。私の国にはけっこういるのよ」
「何の定説!?」
確かに男は少数派なため基本固まって行動するものだが、俺や一夏の場合はそもそも周りに男がいないのだからどうしようもない。
以前鷹月さんに言った通り、このIS学園はかえって安全なので俺も一人で行動できているだけなのだ。
「別に甲斐田君がそうだって言ってるわけじゃなくて、一般的な話よ。甲斐田君のことを何も知らない人から見れば、甲斐田君はそういう風に見えてもおかしくないから」
「なんてことだ……」
「真相は元々ラウラが甲斐田君の噂を聞いてたところに一組の子が止めを刺したって感じかな? そこまで根が深いことではなさそうね」
「うーん……ボーデヴィッヒさん。ちなみのその噂ってどのへんから聞いたの?」
「え? い、いや、それは……」
「噂だからまた聞きとか耳にした程度で誰だかまでは分からないか」
転入したばかりのボーデヴィッヒでは人の顔もほとんど覚えられていないだろう。加えて本人が簡単に信じてしまう人間であるし噂をたどっていくのも厳しそうだ。
「す、すまない。このクラスの生徒でないことは確かなのだが……」
「あ、でもそうなると五組の仕業ってことも普通にありえるわね。噂話をしてる振りして通りがかったラウラに聞かせてやるだけでいいわけだし」
「その場合は明確に甲斐田を中傷していることになるな」
「だったらタッグマッチどうのというよりは地道なネガティブキャンペーンということじゃないでしょうか。何も知らないボーデヴィッヒさんに変な先入観を植え付ける的な」
五組の二人まで入ってきた。
だがそういう風に疑いだしてしまうときりがない。
俺からすれば本気で明らかにしようとするのなら、まずこの場にいる五組の連中を疑うことから始めなければならない。佐藤と菅原さんが組んで杉山を追い落とすために俺を引っ張り出そうとしているとか、そもそも菅原さんが杉山のスパイだとか、ただ疑うだけならいくらでもできる。可能性だけなら極端な話三年の先輩達がおもしろがってやったことすらあり得てしまう。
しかしながら人を疑う行為は諸刃の剣だ。真実と引き換えに相手から不信という空気が返ってくる。田嶋のように一組連中相手なら俺も強気に出るが、ここではそうはいかない。まだ俺はここで何も成果を出していないのだ。少なくとも疑いを表に出してはいけない。
助けを求めてやってきた五組の連中を何も言わずに受け入れたのはそういう意味合いもある。
結論。やはり今この場で誰かを疑って見せるのは得策ではない。
「よし、やめよう」
「甲斐田君?」
「むやみに犯人探しするだけ時間の無駄だ。僕らにそんな暇はない」
「まあな」
「確かにタッグマッチの本番まで一週間を切っているのだからな。うん、甲斐田智希君が正しい」
「案外それが目的なのかもしれないですね。そうやって小細工してタッグマッチに集中させない的な」
誰か反論してくるかと思ったが、全員あっさり頷いた。
表面的には俺を尊重する姿勢があるようだ。あるいはその方がいいのか。
「でも一応聞いておくけど、甲斐田君自身はそれでいいの? 甲斐田君にとって不本意な噂が流されたか流されようとしてるわけなんだけど」
「そのへんはある程度仕方ないと思ってる。入学前はもっと言われると思ってたし、正直に言えば現状は十分恵まれてるよ」
「これで恵まれてるか……」
「ま、まあ甲斐田はこの程度で堪えるような玉でもないしな」
「強いですね」
本音ではあるが少しやり過ぎたかもしれない。
今しがた不信について考えてしまったので、微塵も周囲を疑っていないように見せるためだったのだが。
「じゃあ、誤解も解けたことだしこのへんにしておこうか。ボーデヴィッヒさん、全然そういうのってないから今まで通りでお願いね」
「本当に申し訳なかった」
「うん。まあ不運なことが重なったと思って流して。さてと、真面目に取り組むべき話題に話を戻そうか。ああそうだ、ベッティさんと佐藤さんに鈴から言付けをもらってて……」
流れでボーデヴィッヒの黒歴史を有耶無耶にして、俺はタッグマッチに話題を切り替えた。
IS学園の寮には宿直室があり、教職員が交代で夜に詰めている。
まあIS学園自体が隔離された空間なので、外からの危険などないし、警備の必要があるわけではない。単純に不測の事態があった時の連絡役だ。生徒達は何かあったときはここに駆け込めという話である。
ただ、だからと言って生徒達の相談を受け付けたりするわけではない。勉強の質問に行っても明日にしろと跳ね返されてしまうらしい。あくまで緊急の事態に備える業務であって、それ以上のことはしないという話である。
それなのに、俺は宿直室に呼ばれていた。
「説教部屋じゃないんですね」
「そうするとお前達は異常に怯えるからな。おかげでもうあの場所は説教部屋としてしか使えなくなってしまった」
「きっと誰かがやり過ぎたんでしょうね」
俺を呼んだのはもちろん織斑先生である。
だが俺の部屋に遊びに来ていた一夏がその後説教部屋に連行されるものと哀れんでいたので、呼び出し場所を宿直室にする意味はきっとなかったように思う。
「さあな。それでわざわざ来てもらったことについてだが」
「あれ、説教部屋で話すんじゃないんですか?」
「智希、今はやめておこう。全く個人的な話だ」
「はあ」
名前呼びということは今は教師としてではないと。
いつの間にか俺と千冬さんの間ではお互いの呼び方でモードを切り替えることになってしまった。
こんなところで親友は似てくるのか。
「話と言うのはラウラ・ボーデヴィッヒのことだ。お前は奴とペアを組むのだな」
「まあ、成り行きで」
「そうか。これは私が個人的に思っていることで、別に強制するような話では全くないのだが、できればタッグマッチが終わった後も奴とは友人関係を続けて欲しい」
「それは別に教師としてでもいいんじゃないですか?」
「いや、これは私個人の希望だ。なぜなら私はラウラを後見しており、ラウラは私から見て智希と同じ立ち位置にいる。であればこそだ」
わざわざ日本にまで呼んだことだし、VTシステムだけの関係だけではないのか。
「それは家族とかいないってことでいいんですか?」
「そうだ。ラウラは天涯孤独であるため、私以外に頼れる人間がいない。とは言え無理をしてこちらまで呼ぶつもりはなかったのだが、今回巻き込まれてしまった形だ」
わざわざ呼んだわけではない。
巻き込まれた。誰に? もちろんドイツという国に。
「ボーデヴィッヒさんが向こうでうまく行っていなかったとかそういう話ではないんですね?」
「報告を見る限りでは特に問題なさそうだった。もちろん仔細までは分からないが。だが私にとって丁度いいと言うのも事実だった。今私の目が届いてかつ安全な場所はここしかないのだからな」
「なんか物騒な話になってきましたね」
きっとVTシステムのことを言っているのだろう。ドイツにいると危険だと言うのはもちろん博士の存在があるからだ。
単純に博士が気づいていなかったので放置されていただけだが、知らない側からしてみたら不安で仕方なくなるのも分からなくはない。
これまで博士が問答無用で関係者を潰してきたことを考えれば、千冬さんとしてもボーデヴィッヒを守るためにはIS学園にいてくれた方が都合がいいという話か。
リーグマッチ後のゴーレムを見て、沈黙を続けていた博士がついに動き出してしまったと考えただろうから。
「もちろん厄介事など御免だと言うのであればそれはそれで構わない。だがお前も分かっているだろうが、先方は智希の感情を気にして動いてくれるわけではないのだ。現に向こうの方から寄って来ただろう?」
「確かに僕もフランスとドイツが纏めてやって来て何もないとは思いませんでしたけど」
「そういう話だ。であればついでにラウラの面倒を見てくれないかという個人的な願いだ」
「と言っても今ボーデヴィッヒさんは向こう側なんじゃ?」
「何、それは簡単な話だ。智希が鈴音に対してやったようにすればいい。そうすればラウラも板挟みにならずにに済むし、全てが丸く収まる」
「また難題を吹っかけてきた」
「既にお前が自分の力でやってのけたことだ。不可能な話では全くない」
要するにドイツの企みを叩き潰した上で、ボーデヴィッヒに手を差し伸べてドイツとのパイプ役にしろと。
他の国なら知るかと言いたいが、生憎とドイツは第四の男性IS操縦者がいる国だ。今後関わらずに済むということはないのだろう。
であれば向こうからちょっかいをかけてきたこの状況を逆手に取り、自分にとって有利な方向に持っていけという話か。
「ちなみに、千冬さんはどこまで関わってるんですか?」
「完全に蚊帳の外に置かれている。主導しているのはどうやらIS委員会のようだ。おかげで情報が全く降りてこず裏で何を企んでいるか分からない。何をしたいかは明確だが何のためにやっているかが見えない」
「何をしたいかというのは僕と一夏のデータ収集でいいんですよね?」
「行動からしてそれ以外にない」
「千冬さんの力じゃどうにかできないんですか?」
「この件は日本が完全に外されている。IS委員会、フランス、ドイツが共謀しているのは間違いないところなのだが」
「千冬さん今は日本に所属でしたっけ?」
「そうだ。通常こういう場合はどこからかリークがあるのだが、今回は全くない。ガードが堅すぎてどの国も掴めていないのが現状だ」
「千冬さんにできないことを学生の僕にやれってそれ無理じゃありません?」
大人ができないことを一学生にやらせようとか無茶振りにも程がある。
四十院母だってさすがにそこまではしないだろう。
「別に私と同じことをやれというわけではない。智希ができることをやればいい話で、それにお前の相手も同じ学生だ。ラウラやデュノアでは正直なところお前の相手にはならないだろう?」
「シャルル?」
「とうの昔にお前も気づいているだろうが、実に馬鹿馬鹿しい行為をしてくれている。呆れて相手をする気にもなれないのだろうが、さっさと楽にしてやれ」
馬鹿馬鹿しいと言えばその通りだ。素直に堂々と正面から俺と一夏に頼めばいいのに、あくまでコソコソと裏でやっているのだから。
なぜそこまで執拗に隠して一方的な関係にしようとするのか。
「うーん、どうして二国ともそんなに隠したがってるんでしょうね?」
「それだけの理由があるのだろうな。一般的によく言われるのは実は男性IS操縦者などいないという話だが」
「千冬さんそれ信じてます?」
「今回の件で本当にそうかもしれないと感じられる程度にはな。さすがに一国だけではなく二国も同じ行為をしているとは思いたくないが」
「まあそうですよね」
「国際的地位の低下したドイツはともかく、フランスは男性でも起動できるISの開発を行っている。わざわざそのような虚偽を発表する必要などないのだからな」
そういえばこの前外出した時に面会したフランスの黒木さんがその技術者だった。当然千冬さんも知ってはいるか。
「いっそもう千冬さんがボーデヴィッヒさん達に尋問すれば手っ取り早いのでは?」
「尋問とか言うな。その辺りは事前に根回しされていて、IS委員会直々に名指しで私の干渉を禁止してきている。当然ながら当の二人も警戒しているし、私が何かを言えばすぐ二人は報告を上げるだろう。ラウラも例外ではなく、わざわざ私に釘を差してきた。ここにいたいから何も聞かないでくれと」
「つまり千冬さんが直接やれないから僕にやれと」
ボーデヴィッヒが事実上人質なので動けない状態か。
前々から俺を引き込もうとしている時点で自分で動けない何かがあるのだろうとは思っていた。
博士の言った通り、日本という国に、教師という立場に縛られてもどかしい思いをしているようだ。
いくら世界一の実力を持とうとIS学園の機密に関わっていようと、今の千冬さんの公的な立場はあくまで一介の教師でしかない。
「別に害もないと思うのであれば放っておけばいい。向こうも隠したがっているのだからな。ただ今後先方の思うように行かなければ次第にエスカレートして行くのは目に見えている」
「結局はそれなんですよね。今のところ貧乏くじを引きそうなのは倉持技研だけですし」
別に勝手にデータを収集するくらいなら好きにやればいい。フランスやドイツに限らずイギリスや中国もきっとやっているのだから。それに俺はIS委員会の管轄であり、今も学者連中は俺に対して好き勝手してくれている。
だから割りを食うのは一方的にデータを持っていかれる倉持技研である。と言ってもある程度は覚悟しているだろうし、さすがに肝心な部分は隠しているに違いない。
問題は、今後データを取るためにわざわざ俺や一夏に干渉してくることである。
「倉持技研も薄々は勘付いているようだ。元々情報に対しては敏感であるからな」
「本当に僕らのデータを取りまくって何がしたいんでしょうね?」
「特に最近は何か焦りを感じる。智希、お前もIS委員会の人間と接していてそれは感じないか?」
「ああ、言われてみれば。確かに拘束時間が長くなってきましたね。でもあの人達って千冬さんの管轄じゃなかったんですか?」
「そうなるはずだったが今はもう完全に切り離されてしまった。今の私は技術者集団にはそこまで影響を及ぼせないのだ。それに元々がパイロットだからな」
ブリュンヒルデ織斑千冬と言えどそういうのはあるのか。
世間的な話であればその影響力は絶大で、世界に並ぶ者などいないのだけれど。
「とりあえず言いたいことは分かりました」
「基本的には自分の心配をしてくれればいい。私個人の願いとしてラウラに目をかけてやって欲しいだけだ。当事者として巻き込まれてはいるがあいつを一人にさせたくないのでな」
「少なくともそれは大丈夫だと思いますよ。ちゃんと三組には馴染んでます」
「そうか。それはよかった」
「専用機までもらってるくらいですし、十分優秀だから僕とか関係なく大丈夫だと思います」
「ほう。それはお前の目から見てもそう思えるか?」
「普通に使いこなしてますよね。というか千冬さんが鍛えたんでしょ?」
「いや、ラウラに専用機が貸与されたのは私が抜けてからの話だ。大方私とのパイプを期待されての話だろう」
「はあ」
専用機の話を振ってみたがさすがにVTシステムについて漏らすことはないか。
国際条約において名指しで禁止されているものだし、今現在この世に存在しているはずがない代物である。普通は口が裂けても言えない。
そして俺の方からも口にはできない。知識として知っているだけならともかく、ボーデヴィッヒの機体に搭載されていることまで看破してしまっているのだから、なぜそれが分かるという話になってしまう。
もちろん最悪の場合『あれ』を使うので仕方ないが、それは最後の手段だ。よほどのことがない限りたとえ暴走したとしても千冬さんが対処してくれるのは間違いない。
「それで、どうする?」
「これからタッグマッチが始まるのでひとまずは様子見ですね。どのみち向こうも余裕はないでしょうし」
「そうか。そちらは智希の思い通りに進んでいるようだな」
「別に悪いことは何もしてないですよ?」
「相変わらずその方面には悪知恵を働かせるものだ」
「やだなあ。学年みんなやる気になっていいことずくめじゃないですか。その方が負けた時にいい経験として受け止められますよ」
「そこまで理解してやっているのであればもう何も言わん。できればお前もそうであって欲しかったのだがな」
「それは僕に望むことではないですね」
ボーデヴィッヒ個人の問題とフランスドイツの問題は完全に別の話であることが分かった。
おかげで俺も別々に考えられる。さしあたってはボーデヴィッヒについて心配する必要がなくなった。
ならば今回のタッグマッチはボーデヴィッヒを引き込む機会として使えるだろう。千冬さんの紐がついているのであれば鈴の時のようにドイツとのコネクションにするのも悪くない。
「全く。だが今言った通り相手は智希の都合に合わせて動いてくれるわけではないのだからな」
「それくらい分かってます」
「ラウラも目を離すとすぐに走って行ってしまう。智希と違って素直を通り越して馬鹿正直であるから騙されてしまわないか心配だ」
「あ」
「どうした?」
そういえばそうだった。その可能性を見落としていた。
「いや、ちょっと引っかかってた問題の答えが見えたもので」
「ふむ。ラウラ絡みか」
「確かに千冬さんの心配はもっともだと思うので、僕もちゃんと口にしておこうと思います」
「また何か悪だくみを思いついたようだな」
「やだなあ。目をかけてやってくれと言ったのは千冬さんの方じゃないですか」
自分が思いつくことくらい他人にも浮かぶのであって、自分だけがはあり得ない。
それはリーグマッチで身をもって学んだ事実だった。