IS 喜んで引き立て役となりましょう!   作:ゆ~き

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25.各クラスの動向

 

 

 便りがないのはいい知らせ、とこの場合は言っていいのだろうか。

 

 

 博士が戻ってこない。

 ドイツに行くと言ってから十日経ったが、未だ俺の前に姿を見せることがない。

 果たして問題があったのかなかったのか、結局どうなのだろう。

 

 もし重大な問題が発覚した場合、博士なら即座に対処するのは間違いない。

 元々博士はVTシステムの存在を許さないと世界各地を回って潰していた。IS学園という場所でなければ俺に何かを言う前にまず潰しにかかったはずだ。

 だが今回は千冬さんの息がかかっている可能性が高いと言うことで慎重になって、情報収集のためわざわざドイツへと向かった。今現在博士は千冬さんとの約束により一夏やIS学園にちょっかいを出せない。本当に約束を守る気があるのか試されている可能性が十分にある。

 俺に『あれ』を託したのもそういう意味合いがあるのだろう。いざと言う時俺が勝手に動く分には約束を違えたことにはならないからだ。もちろんそれは表向きの話ではあるが、今博士がIS学園内で何かをしたければ俺にやらせるのが一番安全である。

 であれば現状少なくとも緊急性はなさそうだ。VTシステムの存在を把握している千冬さんもいるし。

 

 まあ、クロエも言っていた通り普通に観光を楽しんでいるというのが実際のところなのだろう。

 博士は研究者によくありがちなところで出不精である。俺と一緒にいた一年間でもそうだったが、放っておけばいつまでも部屋に閉じこもって研究に没頭してしまう。

 この機会にクロエがあちらこちらへと引っ張り回しているのは容易に想像できる話だ。

 それにここ最近毎日ボーデヴィッヒの顔を見ていて、特に問題になりそうなことも見当たらない。いずれどうにかするのだろうが、今すぐしなければならないという事柄はないのだろう。

 

「かいだーかいだー!」

 

 教室に入ろうとしたら廊下の向こうから呼ぶ声がした。もちろん俺をそう呼ぶのは一人しかいない。

 顔を声のした方に向けると、今日も朝から笑顔の布仏さんが手を振りながら走ってきた。俺達が来た側でないということは、もしかして四組の教室に寄ってから来たのだろうか。

 

「おはよう布仏さん」

「おはよーかいだー。ちょっといい?」

「別にいいけど」

「じゃあ智希、先に行ってるね」

「と言うか目の前が教室なんだけどな」

 

 デュノアと一夏はそのまま教室に入って行った。

 布仏さんは俺の袖を引いて廊下の隅まで歩いて行く。それから手を離して振り返り、笑顔のまま深々とお辞儀をした。

 

「かいだー、本当にありがとう」

「どういたしまして……と言う前にそれは何について?」

「昨日ね、かんちゃんと四組の人達と一緒に、かんちゃんの会社の人達のところに行ったんだ」

 

 倉持が動いたか。篝火所長本人かその指示を受けた部下か、無事更識妹を引っ張り出せたようだ。

 

「ああ、IS学園にある倉持技研のエリアに行ったわけね」

「かいだーは行ったことあるの?」

「先週に用があってね。それで、更識さんの話?」

「うん! 倉持技研の人達が四組のみんなを招待してくれて、中をいろいろ見せてくれたんだ!」

 

 また倉持もあからさまな手を打ってきたものだ。特定の誰かではなく四組丸ごと更識妹の味方につけようと言う魂胆か。

 四組の連中に打算として、倉持技研がバックにいる更識妹と仲良くして損はない、と思わせる方向性だろう。

 強引だが更識妹の意識が外に向いているというチャンスは今しかないので、悠長なことなど言ってる場合ではない。倉持技研は更識妹の家族ではなく企業なのだから、年月をかけて長い目で見守るというわけにはいかないのだ。

 それに一夏もいるとはいえ更識妹は企業の広告塔でもあるし、周囲と協調できないような人間であっては困るのだろう。

 

「それはまた平日なのに大がかりな話だね。布仏さんも行ったんだ?」

「うん、ついでだからいいよって。みんな楽しそうにしてたよ」

「職場見学みたいなもんか。整備科行く人には将来働く場所かもしれないしね」

「打鉄にも乗せてもらったよ。四組の人達はあんまり乗れてなかったみたいで、すごく嬉しそうだった」

「それはよかったね」

 

 その様子なら倉持の思惑としてはうまく行ったようだ。

 かえって更識妹が嫉妬を買うような可能性もなくはないので、そのあたりは倉持もうまいことやったのだろう。

 

「うん! でもね、それだけじゃなかったんだ」

「他に何かあったの?」

「かんちゃんが呼ばれて別のところに行った後ね、倉持技研の人がみんなにお願いしてきたんだ。リーグマッチの時おりむーの側にいた人。その人がかんちゃんを助けてあげて欲しいって」

「へえ」

 

 さすがに利だけでは終わらせなかったようだ。きちんと情にも訴えている。

 どちらかだけでは反発する人間が出てくるので、どちらでも許せる理由を作っておくことは肝要だ。

 ここしばらくの布仏さんの姿を見ていれば、情で訴える意味も十分にあるだろう。

 

「かんちゃんはああいう子だから、倉持技研の人達はみんな心配してるんだって。大変だろうけど一人にしないであげてって。感情表現が苦手だけどいい子なんだよって」

「なるほどね」

 

 感情のままに行動していては人間関係は成立しない。どちらかの、あるいは双方の歩み寄りがいる。

 内向きな性格を考えると更識妹にそれをやらせるのは難しい。だから四組の生徒達に大人な態度で一段上がって歩み寄ってもらおうというわけだ。今なら更識妹に受け入れられる土壌があるのだから、まさに千載一遇のチャンスと言えるだろう。

 

「みんなもね、分かりましたって言ってくれたんだ。それで私にごめんねって謝ってくれたの。かんちゃんのために一生懸命にやってたのに無視してごめんねって」

「それはよかったね。布仏さんの気持ちはちゃんと通じたわけだ」

「うん! みんないい人達だった!」

「それなら後は更識さん本人か。これが一番の難関な気がするけど」

 

 頭の上では分かっていても、感情が追いつかなくて意固地になってしまう可能性は普通にある。

 あるいは引っ込みがつかないと言うべきか。

 

「かんちゃんもね、嬉しそうにしてたよ。これならやれるとか言ってたし、かいだーの言った通りタッグマッチのことだよね?」

「一人で何もかもやるなんてとても無理な話だからね。一夏や鈴に勝ちたいという気持ちが一人だけでやってやるという意地を上回ったかな?」

 

 おそらく奴は自分の中で理由付けして逃げただろう。これは頼るんじゃなくて利用してやるんだと。

 だがそういう言い訳は深みに嵌る第一歩だ。先に外堀を埋められて囲まれてしまったら、いずれ逃げ場はなくなる。

 更識妹に対しては篝火所長自らが出ただろう。あの博士を乗せる提案までする人だ。俺で見通せるようなことが分からないはずはない。更識妹の浅い考えなど全部お見通しの上でうまく誘導したと考えてよさそうだ。

 

「うん、きっとそうだよ。だからかいだー、本当にありがとう」

「今の話に僕は出てこなかったんだけど?」

「倉持技研の所長さんが最後帰る前にに教えてくれたんだ。これを考えたのは全部かいだーなんだよって」

「は?」

 

 篝火所長は何を言っているのか。

 俺はただ煽っただけで、それ以外は一切何も関わっていない。そもそも昨日そういう出来事があったことすら知らない。

 

「今ならかんちゃんが話を聞いてくれるからって提案しに来たって。さっき言った先週の用ってそれなんだよね?」

「あー、そういうことか」

 

 一瞬失敗した場合の責任を俺に押し付けるつもりかと思ったが、逆だ。うまくいったからこそ俺の手柄として譲ってきたのだ。

 俺の名前を使っていいと言ったがそういう風に使うか。確かに倉持技研が自分達のためにやったと言うよりも、俺が布仏さんを心配して行動した結果にした方が何かと都合がいい。倉持技研は善意の第三者になれるのだから。

 と言っても倉持技研の篝火所長以外の人達は全員そういう気持ちなのだろうけれど。

 

「やっぱり。かいだーは本当にすごいな~」

「言っておくけど僕自身は何もしてないよ。あ、実際に行動するという意味でね。更識さんと四組の人達を取り持とうと努力したのは布仏さんだし、そんな大がかりなことをしてのけたのは倉持技研だ。僕はちょっと口を出しただけだから」

「ううん、全然そんなことないよ。だってかいだーが何も言わなかったら、何も変わらなかったんだから。かいだーはみんなに道を示してくれたんだ。みんなが幸せになれる道を」

 

 確かに今回は誰も損をしていない。篝火所長は晴れて専用化技術を手に入れられただろうし、その部下達は更識妹との関係改善ができた。布仏さんは親友に友達を作るという目的が達せそうだし、四組連中も倉持エリアを見学してISに乗れた。更識妹はタッグマッチに向けて自分の機体の強化ができる。

 あえて言うなら俺は別にそんな手柄などいらなかったということだろうか。俺は更識妹を倉持の管理下に置かせるのが目的で、それは十分達成できたのだから。

 まあ篝火所長からは俺が何も得をしていないように見えたので、せめてこれくらいはと考えたのかもしれない。突っ返すとまた何か余計なことをしてきそうな気もするので、これはそのまま受け取っておこう。せいぜい布仏さんが俺に感謝する程度の話だし。

 

「別にうまく行ったのなら何でもいいよ」

「ねえかいだー。かいだーは何かして欲しいことある? 困ってることとかない?」

「急に何の話?」

「お礼。今何か欲しいものとかない?」

「ああ、そういう話ね。特に何もないよ」

「本当に? 何でもいいよ?」

「何でもとか簡単に言っちゃ駄目だ。そういうのは痛い目に遭うって相場が決まってるんだから」

「えっ?」

「あ、ごめん何でもない。じゃあ布仏さんは更識さんの側にいてあげてってことかな?」

「そんなの全然お礼にならないよ」

 

 いや、俺としてはぜひとも望みたいことなのだが。更識妹が暴走しないよう見張っていて欲しいとは切実に思う。

 

「うーん、じゃあさ、僕と布仏さんが逆の立場だったとしたら、お礼に何かしたいとか言われても、そんなつもりでやったんじゃないって思うでしょ?」

「あ……」

「そもそもそういう希望とかあったら僕は最初から言うよ。やってあげるから代わりにこれやってって。今回何も言わなかったのはうまくいかなかった時に責任を取るつもりがないからで、本当は口を出しておきながら無責任な話だよ」

「かいだー」

「だから今回はうまくいってよかったね、だけでいいんじゃないかな?」

「そんなこと言って、うまくいかなかったらかいだーは絶対に次を考えるんだ」

「それはどうだろう」

 

 実際どうかと言われれば、更識妹を倉持の管理下に置くための方法くらいは考えるだろう。

 だが友達云々など正直どうでもいい。タッグマッチで更識妹と布仏さんが組まなければそれでよしなのだから、それ以外は勝手にやってくれだ。

 

「ねえかいだー、お姉ちゃんが言ってたことなんだけどね」

「うん?」

「かいだーとかんちゃんは似てるって。だからかいちょーはかいだーのことが放っておけないんだって」

「そうなんだ。僕はそうは思わないけどね。いや、更識さんのことはそんなに知らないけど」

 

 自分でもそう思っているせいか、他人に指摘されるとやけに腹が立つ。

 秘密を知られてしまったようなのでやむを得ず関わっているが、本来であれば自分を見ているみたいで気持ち悪いので可能な限り関わり合いになりたくない相手だ。

 

「私もその時はそうなのかなって思ったけど、今は違うよ」

「そうなの?」

「かいだーの方がずっと大人だし、もっとかっこいいと思う」

 

 真っ直ぐ俺に向かってそう言うと、布仏さんは俺の脇を抜け、走って教室へと入って行った。

 いや、それでは更識妹が子供でかっこ悪いことになってしまうのだが、親友に対してそれでいいのだろうか。天然とはいえ俺を上げるにしても表現の仕方を間違えている気がする。

 それとも、布仏さんは今回更識妹に対して嫌な感情を抱いてしまったのだろうか。今さらな気がしないでもないが、あまりに自分のことしか考えていない姿に嫌気が差したとか。

 だがそれなら俺も更識妹と本質的には変わらない。ただ表に出さない術を心得ているだけの違いだ。もっともそれこそが決定的な差とも言えるが。

 

 まあいい。とりあえず俺の目的は達成できた。

 更識妹は四組内に囲い込まれた。後はゆっくり腐っていってくれ。

 四組にはリーダーシップを取る人間がいないので、緩い集まりでしかない。集団としての力を発揮できないので特に怖くもない。

 また一方で四組連中が今回クラスという集団を意識したことにより、おそらく五組はもう手を出せなくなった。誰かが五組の誘いに乗って奇数になってしまってはクラスの和が乱れるので、四組の生徒達は敏感に反応するはずだ。

 リーダーシップはないにしても、更識妹が中心に来てしまった以上これからクラスとしての和が形作られて行くのだろう。むしろ五組が変にちょっかいをかけたりしたらかえって纏まっていくのかもしれない。

 

 何にしても、俺としては布仏さんに対して十分よくやってくれたと感謝の言葉を述べるのみだ。

 布仏さんの懸命な努力の素地があってこそ、今の状態へと導かれたのだから。

 

 

 

 

 

「ちょっと智希、あたしのところに苦情が殺到してるんだけど」

 

 昼休みを告げる鐘の音と共に鈴が入ってきた。榊原先生はまだ教室にいるのだが、織斑先生でなければ怖くないとでも言いたげだ。

 

「何いきなり」

「何じゃないわよ。あんたが今クラスを股にかけてやってることがこっちにも飛び火してるんだから」

「はあ?」

 

 どうやら影響が二組にも及んできたようだ。明日がパートナー申請の期限とあっては五組の杉山も焦ってきたか。

 榊原先生が苦笑しながら出て行き、入れ替わりにハミルトンが入ってきた。

 

「あんたが五組の人を引っこ抜いたりするから、五組の連中が困ってうちのクラスに手を出してきたんだって話よ」

「それで僕に苦情を言われても困るんだけど。文句があるのなら五組に行けばいいじゃない」

「根っこをどうにかしないとまた次の問題が起こるだけでしょ。何がみんなのためになることよ。得してるのは三組だけで、五組もうちのクラスもいい迷惑じゃない」

「そんな目先の話で物を言ったんじゃないんだけどなあ。それに奇数のクラスがどうにかしなきゃいけないのは事実なんだから、どの道起こった問題だよ」

「今あるのはあんたが起こしてる問題でしょ。智希が素直に三組の人と組んだらそれで済んだのに、余計なことをした結果じゃない」

「でも僕と組んでくれる人が三組にはいなかったんだから、それは仕方のないことだよね」

 

 もちろん大嘘である。最初から五組の佐藤を連れて行ったのだから。

 嫌がらせと周囲には思われているが、他のクラスを動かすために俺は誰とも組まなかったのだ。

 

「はあ。まあそういう言い方すると思ったわ。あたしが何かを言ったところで智希が止まるとも思えないけど、智希のことであたしもいろいろ言われてるんだから文句くらいは言わせなさい」

「クラスの人達に何て言われたの?」

「智希はいったい何を企んでるのかって。自分の存在を嫌がらせに使うとか気味が悪いって。ただ三組に肩入れするだけにしてはおかしいって」

「へえ」

 

 さすがにここまであからさまにやると裏を疑う人間も出てきたか。

 そう、俺のペアを組まないという行動は五組への嫌がらせにはなっても、三組のためになるかと言うと実は怪しい。

 

「やっぱり何か目的があるわけね。ティナの言う通りだわ」

「ハミ、ティナが?」

「いい加減名前で呼ぶの慣れなさいよ。ええそうよ。ティナに感謝しなさい。ティナがうちのクラスのみんなを抑えてくれたんだからね。智希は嫌がらせとかそんなつまんないことでやったりしないって」

「なんかそれだけ聞くともっと悪いことしてそうだね」

「自分で言うな」

「いてっ」

 

 鈴が手刀を俺の頭に落としてきた。突っ込みなので威力もないと思ったら意外と痛い。

 

「知り合いだとどうしても言われちゃうよね。ティナ、迷惑かけてごめんね」

「ううん、それくらい全然平気」

「二組の人達は五組から色々言われて今も困ってるの?」

「パートナー決めのことならもう全員決まったかな? 明日が申請の期限だし、さっさと決めてしまえばもう何も言えないだろうってみんな言ってる。ねえ鈴?」

「放っといたらくじで智希と組まされちゃう可能性もあるからねえ。うちのクラスは偶数なんだから普通にやってれば別に問題もないのよ。そもそもみんな今までズルズルと決めずにいるから余計なちょっかいを出されたわけだし」

 

 ハミルトンと組めなかったら自分こそ危なかったわけなのだが、鈴は完全に他人事だ。

 勢い良く入ってきたのはポーズだったか。あるいは俺に文句を言って憂さ晴らしでもしたかったのだろう。

 

「じゃあもう既に問題は解決されたってことで」

「待て待て待ちなさい。嫌がらせでないんならこれで終わりじゃないんでしょ? どうせやめろって言っても聞かないのは分かってるから、せめて何をするつもりかくらいは言いなさいよ。心の準備くらいさせてあげなさい」

「別に何もしないよ」

「本当に?」

「そんなに信用ならない?」

「当たり前じゃない」

 

 まあ俺を知っている鈴ならそう言うだろう。

 だが他の二組連中はどうなのだろうか。もしかして鈴が余計な口を入れている気がしないでもない。

 

「本番まで土日を二回挟むとはいえあと十日くらいか。はっきり言ってその程度の時間じゃ何もできないよ。僕にはただでさえ三組のことがあるしね。でもまあ、気になって仕方がないのなら三組の訓練してる様子でも見てくればいいんじゃないかな?」

「どういうこと?」

「鈴じゃなくて二組の人達への話ね。その光景を見て何を感じて何を思うかだ。僕が今言えるのはそれくらいかな」

「なんか曖昧な話ね」

「はっきりと答えを言ってくれないのがIS学園だよ。だから僕もそれに倣うというだけだのこと」

 

 伝言を口にしているようで、実は周囲で聞き耳を立てているであろうクラスメイト連中への言葉でもある。

 田嶋さんによればクラスメイト達はやはり俺の動向が気になるらしい。実質的な話を言えばIS訓練の絶対量で一組は他のクラスを大きく引き離しているのだが、当事者からは見えづらいようだ。

 

 三組は既に目的意識を持って行動している。ただ目の前の行事を闇雲にがんばるのではなく、あれもこれもと欲張るのではなく、三回戦、すなわち対一組戦までに照準を合わせている。

 目標を明確にしたのでそこから逆算していったわけなのだが、その結果準備期間がたった二週間では到底時間が足りないという結論に達する。一組以外はともかく、俺から得た一組の情報を分析するとこのままでは大惨敗になってしまうと三組のブレーン連中は頭を抱えた。当然だ。入学して三ヶ月程度では訓練の絶対量がそのまま響いてしまうのだから。例えばイグニッション・ブーストを使いこなせる生徒など三組は片手の指にも及ばないが、一組連中はパイロット班、すなわちクラスの半分は自在に扱う。既にそれくらいの差が出ている。

 だから今の三組連中は目の色が違う。このままでは三回戦どころか二回戦に勝ち上がることすら運に任せる状態なのだ。

 無理して勝つ必要はないと頭で分かっていても、IS学園に合格しただけあってプライドは人一倍ある。今までの人生を一番で過ごしてきたのに、いきなり後塵を拝するなど簡単に認められるわけがない。

 彼女達はタッグマッチを前に競争のスタートラインに立てたと言えるだろう。翻って一組で現状それが意識できているのはおそらく相川さん一人だけだ。ここまで二ヶ月特に比べられる機会がなかったこともあり、留学生連中でさえ緩んでしまっている。一組連中はここでは勝てるかもしれないが、それに安穏としてしまっては追い抜かれるのは時間の問題である。専用機どうのではなく、同じだけ与えられた時間をどう使うかでその程度の差などあっという間に縮まるだろう。

 

「不安に思うのは先が見えないからだよ。だったら自分の目で確かめてみればいいじゃないって話」

「まあそれはそうね。じゃあそう言っとくわ。あ、ちなみに卑劣な作戦をしかけるとかそういうのはやらないってことでいいのよね?」

「しないしない。この程度の行事でそんなつまんないことはしない」

「この程度?」

「あ、ごめん。僕自身にはやる気が全くないって話なだけ。別に鈴たちがどうのってことじゃないから」

「ふうん。まあいいけど」

 

 リーグマッチの時は鈴の不安を煽って不安定な状態にさせたわけで、必要とあれば躊躇はしないという話である。あの時は外部の目もあり是が非でも勝利という事実が欲しかった。

 だが今回はそこまででもない。三組の様子を見ろと言ったのはそれが刺激になりそうだからだ。

 三組の真剣な様子を見れば他のクラスも危機感を持つかもしれない。リーグマッチの時とは違って今回は他人事ではない。こんなことして遊んでないで自分もやらなければ、とでも思わせればしめたものである。

 

「じゃ、そういうことで」

「あ、ちょっと待ちなさい。どこ行くのよ?」

「どこへも何も、もうお昼だし」

「だから、一夏に作らせたそのお弁当を持ってどこへ行くのかって聞いているのよ」

「三組」

「また? あんた毎日行ってない?」

「何か問題でも?」

「おおありよ。毎日毎日行かなくたっていいじゃない」

「いや、そういうのは人に言われることでもないと思うんだけど。それとも鈴は僕が三組に行くと何か困るの? 二組の人達に変なことはしないって今言ったでしょ?」

「別にあたしは困んないけど、そんな毎日行かれると三組には何かあるのかって思うわよ。ほら、なんか人形みたいな転入生とかいるんでしょ? 最近そいつと楽しそうに話をしてるのをよく見るって聞くし」

「ボーデヴィッヒさんのこと?」

 

 それはむしろ纏わり付かれているというのが正解なのだが。

 最近奴は俺といればベッティ以外は自分をおもちゃにしてこないと気づいたようだ。

 俺の近くには他クラスの佐藤もよくいるし、俺の正体発覚以来三組の連中は俺とは心理的な距離が遠い。用もないのに気軽に話しかけるような存在ではなくなり、一歩引いて接してくるためそれがボーデヴィッヒにとっては安全圏になったという話である。

 そして奴は俺から織斑千冬の情報を得ようとやたらと話しかけてくるため、外からはそういう風に見えるのだろう。

 

「そうよ、そいつ。何? 話をしててそんなに楽しいの?」

「楽しい楽しくないの問題じゃないなあ。あえて言うなら……義務?」

「義務? 何よそれ?」

「千冬さんの昔話をするって約束したし、ボーデヴィッヒさんの担当みたいな感じ?」

「疑問形で言われてもこっちが分かるわけないじゃない。でもまあ好き好んでやってるわけじゃないのね?」

「好き好んでってそういう言い方はどうかと思うけど、必要だからそうしてるわけで」

「そう。それならいいわ。じゃあ行っていいわよ」

「なんだそれ」

 

 言いながらもようやく俺は立ち上がる。鈴には時間を食わされてばかりだ。

 

「じゃあティナ、あたし達は屋上行こっか。どうせ一夏はそこにいるだろうし」

「さすがに一夏が抜け出したのに気づかなかったわけじゃないんだね」

「当たり前じゃない。あんなコントみたいな動きされて気づかない奴とかいないわよ」

 

 俺と鈴の話が始まるや、一夏はデュノアを連れ出してこっそり教室から出て行った。

 誰もついていかなかったのできっと今頃一夏は気配を消して抜け出すことができたとご満悦だろう。

 だがそれは鈴もクラスメイト連中も俺と会話をすること聞くことを優先させたに過ぎない。そして久しぶりの晴れとあっては一夏が屋上に向かうことなど誰でもお見通しだ。

 俺としてはそこを逆手に取るくらいはやって欲しいのだが、残念ながら一夏は良くも悪くも素直であるという話だった。

 

 

 

 

 

 三組の教室の扉を開けると、また見知らぬ顔があった。

 

「また?」

「入ってきて第一声がそれか」

「そう言われても、こうも毎日続くとさあ」

「それだけあの馬鹿が信頼を失って行っているということだ」

「想像以上に杉山さんはクラスを纏めきれてないなあ」

 

 これで五人目である。五組代表杉山を見限ってこっちに付くとやって来たのは。

 最初の生徒は避難民だった。俺と組むことを押し付けられそうになって、もう五組の輪の中にいたくないと三組の戸を叩いてきたのだ。気の弱そうな女子で、佐藤もここに居させてやってくれと頼んできたのでやむなく置くことにした。これで五組は再び偶数となり、早々に俺の目論見は潰えたかのように見えた。

 だがそれで終わらないのがややこしいところで、次の日五組の別の女子がやって来た。理由を聞けばクラスメイトに押し付けるという行為が自分的に許せなかったそうである。杉山に啖呵切って出てきたそうで、結果としてまた五組は奇数に戻ってしまった。

 ここで杉山は自分のクラスでは荒れそうだと二組を目をつけたらしい。知り合いがいたのか二組の空気を知っていたのか、とにかく二組に多数生息する一匹狼を捕まえようとでも考えたのだろう。だが結果は鈴の言っていた通りで、怪しまれるだけで終わってしまった。いくらでもやりようはあったと思うのだが、交渉は得意ではなかったのかもしれない。

 その上もう二人やってきたのが昨日だ。二人はペアを組んだ上で五組を抜けてきたとのことである。理由は杉山が整備科志望の生徒には訓練機を使わせてくれないので、どうせ使えないのなら訓練機の抽選に毎日参加する義務はないと反抗した結果のようだ。俺も似たようなことはしたが、時々整備班に訓練機を渡して改造を楽しませたりしてガス抜きには努めたつもりだ。たった数日で杉山は気を利かせられる余裕をなくしてしまったのかもしれない。それともこれまでの積み重ねだろうか。

 そして今日である。

 

「えーと、あなたも僕と組めって押し付けられた?」

「いえ、そういうわけではないんですけど、このままだと誰かがそうなるかもしれないってみんな言ってて、だったらもういっそ自分から行った方がいいんじゃないかと……」

「二組はもう完全にアウトだからね。次は四組に行くのかなって思ってたけど内側で解決させるつもりなのかな?」

「そうなんですか?」

「いやいや、自分のクラスのことでしょ」

「杉山さんは何も教えてくれないので……」

 

 状況を知らせることさえしていないのか。それでは不安を煽るだけだ。

 確かにうまくいっていないのを伝えるのはやりづらいかもしれないが、どの道雰囲気で周囲は察してしまうのだ。さっさとゲロって素直に助けを求めた方がいい。杉山は一人で抱え込んでどうにかしようとするタイプなのだろう。長生きはできない類だ。

 

「そっか。これは二組の人から直接聞いた話だけど、二組の人達はもう全員がクラス内でパートナーを決めてる。だからもう五組の入る余地はないんだ」

「それは甲斐田君がそうさせたんですか?」

「いやいやいや、僕は何もしてないって。ただ杉山さん達が失敗しただけだよ」

「佐藤さん?」

「少なくともあたし達が知る範囲では何もしてないな」

「あっ……」

「ちょっと待って。今何かすごい誤解が生まれたみたいなんだけど」

「甲斐田、別にあたしたちが知らなくていいことは言う必要ないからな。知りたいとも思わないし」

「やっぱり……全部手のひらの上だったんだ……」

 

 駄目だ。これは何を言おうと信じてもらえないパターンに入った。

 一組のクラスメイト連中も時々似たような態度を見せるが、そんなに俺は胡散臭いのだろうか。

 

「もういいや、ついでに言うと四組もクラスとして纏まり始めてるから、杉山さんが手を出すにはもう遅いよ。よって五組の人達が今不安に思ってることは明日現実となっただろうね」

「ああ、最近四組には一組の人が出入りしてますもんね。杉山さんもそれで手を出しづらかったみたいで」

「あなた何も知らされてないって言う割には詳しいね?」

「教えてもらえないのなら自分で調べるしかないじゃないですか。その結果このまま泥船に乗り続けるのはまずいと思ったからこうやって出てきたんですよ」

「なるほどね。でもどうせ出てくるなら昨日の人達みたいにペアを決めて一緒に来ればよかったのに」

「それは私も思いましたけど、実際やるとなるとそんな簡単にはいかないんですよ。みんな佐藤さんを見てるから、自分もそうなるんじゃないかという思いがあって」

 

 ある意味見せしめとして佐藤は孤立させられているわけで、五組の生徒達としては下手なことをすれば明日は我が身だったのだろう。

 しかしここに来て大人しくしているのに被害を受けるような事態になってしまったので、危機感を感じた順に動き始めたというところか。

 

「確かに無理は言えないか。でもパートナーがいないとなると僕と組むしかなくなるわけで、それは理解してる?」

「さすがにそれくらい分かってます」

「ふむ。佐藤さん、五組の人が佐藤さんも含めて六人になっちゃったんだけど、僕と組むのは誰にしようか?」

「それは甲斐田が決めることだろう。たとえあたしに組めと言ってもそれは従うぞ?」

「いやいや、佐藤さんはベッティさんと連携を高めてもらわないと。僕は五組の人のことを知らないから佐藤さんの意見を聞きたいわけで」

「そういう話なら目の前にいる菅原でいいんじゃないか? 本人も分かってやって来たみたいだし」

「あ、菅原です」

「ごめん、最初に名前を聞くべきだったね。じゃそういうことで……」

「ちょっと待ってくれ」

 

 離れた場所から声がかかる。そちらに目をやると、ボーデヴィッヒが手を上げていた。ベッティの膝の上に座ったまま。

 

「ボーデヴィッヒさん?」

「その件で一つ提案があるのだがいいだろうか?」

「どうぞ」

「ありがとう。甲斐田智希君のパートナーとなるべき人物についてだが、それはこの私では駄目だろうか?」

「ボーデヴィッヒさんが? それはどうして?」

「むしろ今回の行事に取り組むに当たって一番の適役だと思う。私達が組めば皆の迷惑にならないからだ」

「そういう話ね」

 

 俺もそれを考えなかったわけではない。ボーデヴィッヒの言う通りやる気のない者同士で収まりがいいのは確かだ。

 言い出さなかったのはあまりボーデヴィッヒを一夏の視界に入れたくないからである。

 俺の試合となれば一夏も見に来るだろう。その場で負けるつもりだし大丈夫だとは思うが、一夏がボーデヴィッヒを見て余計な感情を抱いてしまわないか一抹の不安がある。ボーデヴィッヒの中に自分の姉を見て変な興味を持ってしまわないかという恐れだ。この前はなんとなくだったろうが、今度ははっきり意識して見るのだから。

 今の一夏にはボーデヴィッヒに対してマイナスの感情が働いているので、自分から近づくことはないだろうし特に心配もない。わざわざ藪をつつくような真似をすることもないだろうと思っていた。

 

「もちろん皆の邪魔をするつもりは微塵もない。このクラスの皆と当たった場合、あるいは助けを求めてやってきたそちらの五組の生徒に当たった時も、勝ちを譲ると約束する」

「ラウラもそこまで気を遣わなくてもいいと思うけどねえ」

「同い年とはいえ私は教官の教えを受けて皆よりも一年ほど先に進んでいるのだから当然だろう。むしろ一人暴れてしまう方が大人げない行為で失礼だ」

「そうだね。じゃあそうしようか。菅原さんも三組の人と組んでもらっていいかな?」

「いや、いいも何もむしろそこまでしてくれるんですかという感じなんですけど……」

「ならそういうことで。この後紹介するから挨拶しておいて」

 

 変に怖がっていても仕方ない。同じIS学園の生徒である以上いずれは目にするのだ。

 ならば俺の方から一夏が間違った方向に行かないよう誘導し続けるべきだろう。

 

「ありがとう。では甲斐田智希君、これからよろしくお願いする」

「こちらこそわざわざ気を遣ってくれてありがとう」

「実を言えば少し試してみたいことができたのだ。だから礼を言われるような話では全くない」

「試してみたいこと?」

「いや、それは私事で甲斐田智希君とも皆とも全く関係のない話であるから気にしないでくれ。もちろん迷惑をかけるような真似はしない」

「そう言われても気になるんだけど」

「今回の行事を私なりに楽しもうというだけだ。初戦でクラスの皆と当たるようなことになればやるつもりもない程度の話であるから、特に気に留めるほどのことではない」

 

 俺と組むことによりボーデヴィッヒもシード権を得る。だからあまり余計なことはして欲しくないのだが、無理矢理聞き出してやめさせるべきだろうか。

 

「まあラウラも一週間退屈するわけだし、楽しみくらいは欲しいわよね」

「一度やってみたかった程度だ」

「だからそれは何よ?」

「大したことではない」

 

 ベッティが食い下がるもボーデヴィッヒは答えようとしない。

 笑顔を浮かべているのでそこまでおかしなことではなさそうだが、いったい何をやるつもりだろう。

 まあ俺もその場にはいるわけだし、よくないと思ったらすぐにやめさせればいい話か。

 

「意外とこの子は強情ね。あ、甲斐田君、お弁当持ってきたなら食べながら話をさせてもらいたいんだけど」

「どうかした?」

「他のクラスの情報を知ってそうだから聞きたいなって」

「ああ、それね。言っておくけど僕が何かしたわけじゃないから」

 

 教室で鈴に捕まり今も会話をしてだいぶ時間が過ぎてしまった。

 さっさと食べて次の行動に移ろう。

 タッグマッチ本番までやるべきことは山ほどあるのだから。

 

 

 

 

 

「うん、みんなぞろぞろとアリーナに向かったよ」

 

 新聞部の部室で俺に用意されたはずの茶菓子をぱくつきながら、田嶋さんはそう返してきた。

 

「よしよし。さあこの後みんなはどう反応するかな?」

「やっぱり昼休みのあれはクラスのみんなに聞かせてたんだ」

「そんなの当然じゃない。疑問はきちんと解決させてあげないとね」

「うわあ……みんなあっさり誘導されてる」

「別に特別なことはしてないよ。誰もが当然の行動をしているだけだ」

 

 人は自分にとって自然な行動をしている限り疑問を感じない。疑問を抱くのは自然に進めなくて立ち止まった時だ。

 彼女達は三組の訓練風景を見て何を感じてどう考えるだろうか。

 

「でもなんか新鮮」

「何の話?」

「裏を知ってるとこんなにも違って見えるんだ」

「そりゃあね」

「誰も甲斐田君に勝てないわけだ。甲斐田君から見える世界はわたしたちとは全く別物なんだから」

「そういう勝ち負け基準でものを考えるからよくないんだよ。だいたい僕に勝ったからなんだって話だ」

 

 途中で手段と目的がひっくり返るから俺にいいようにされてしまうのだ。

 それに勝ち負けを言うのなら俺が決定権を持っている時点で最初から俺の勝ち確定である。正論や論理で言い負かそうとしたところで雲行きが怪しくなれば俺は強権を発動させるだけだし、そもそも議論するつもりからしてない。

 

「でも甲斐田君に勝つってクラスじゃ相当なステータスなんだけどなあ」

「何それ」

「だから最近クラスの中で凰さんの評価が上がってるんだ。あの甲斐田君と対等に渡り合うなんてすごいって」

「またつまんないこと話してるね。それよりもクラスの様子を教えてよ。一夏とかシャルルとか」

「えーっと、織斑君はともかくとして、その……デュノア……君については触らない方がいいんだよね?」

「様子がおかしいとかだったら教えてほしいけど、シャルル個人については近づかない方がいいと思うなあ。相当ややこしいことになってるから」

「うん分かった。わたしたち一般人が近づいたら火傷しそうだもんね」

 

 世間的には公表されていない存在ですらある。俺としても余計な口出しをされても困るし、デュノアについてはしばらくそっとしておいて欲しいところだ。

 デュノアはクラスにも完全に溶け込んだし、転入当初の騒がしさも最近は収まりつつある。

 

「あと基本的に僕が知ってそうなことはわざわざ言わなくていいよ。何から何まで説明しろとか言わないからさ。知りたいのはどっちかと言うと僕のいない場で何があったかだ」

「それだと織斑君については特に言うこともないかなあ。みんなの相手をしながら自分の訓練もするようになったくらい。普段については一緒にいる甲斐田君の方がよく分かってると思うし」

「うん。それならオッケー」

 

 と言っても部屋を離れて一夏と距離が遠くなってしまったのは事実だ。間近で見ているからこそ理解できる事柄は意外と多かったことに気づいた。

 まあ代わりではないがデュノアが側に付いていてくれているので、実のところはそこまで心配していない。デュノアはかなり面倒見がよかった。さすがにデリケートな話なので家族構成などは聞けていないが、もしかしたら下に妹でもいるのかもしれない。

 

「あとはナギと鷹月さんがぶつかり始めたことくらいかな? なんか今後の方針がどうだとかで」

「四十院さんは?」

「間に挟まれて困ってる。ナギがやたら張り切ってるし、対抗して鷹月さんも自分アピールをするようになった感じ」

「そういう空気は感じてたけどそこまで?」

「あー、甲斐田君がいるところではやらないからだろうね。二人共甲斐田君がいなくなってから動き出すから」

「僕が三組に手を貸してるから警戒してかな」

「うーん、どっちかと言うと甲斐田君に気を遣ってじゃない? 二人共甲斐田君に投げれば済むことなのは分かってるだろうし」

「それはどうだろう。僕に内部事情を漏らしたくないという意識だと思うよ」

「ふーん。そんなもんか」

 

 リーグマッチの時を鑑みれば、手の内を晒すような真似はしないと二人とも意識しているだろう。

 もしかしたら弱みを見せたらそこからつけ込まれるくらいは思っているかもしれない。

 

「他のみんなの反応は?」

「びみょー。指揮班に頼りたい人とそんなの自分でやるって人がいてお世辞にも纏まってるとは言えないかも」

「それはまあそうなるだろうね」

「こうやって見てると甲斐田君との差がはっきりしちゃうね。甲斐田君はいかに他人を引き込むのがうまいかっていう」

「別におだてなくていいよ。そういうのを求めてるんじゃないから」

「そんな意味じゃなかったんだけど、まあいいや。パイロット班の人達がわりと自分でやるって感じだね。相川さんとか真っ先に自分のことは放っておいてとか言ってたし」

「へえ」

「あの人ほんとに変わったよねー。リーグマッチ終わった後泣いてたし、あれが原因なんだろうけど」

「今回はリアーデさんと組んだそうだし、ダークホースになりつつあるね」

 

 後から聞いた話だが実は相川さんの動きが一番早かったそうだ。タッグマッチのレギュレーションが発表されたその日の昼にはリアーデさんを口説いていたらしい。

 また他の誰でもなくリアーデさんというのが的を得ている。一組に有力候補は数あれど、ペアを組むまで至るには交渉が大変だ。一夏やデュノアなど論外だろうし、篠ノ之オルコットは基本一夏しか見ていない。指揮班はクラスに引っ張られて自分のことがおろそかになる可能性がある。俺だって一夏を指揮班の二人と組ませる場合は全体から切り離すつもりだった。そうなると捕まえやすくてかつ操縦技術が優れている筆頭はリアーデさんだ。一夏のことなど俺かデュノアと組むだろうからそもそも見込みからしてないと言えばいい。

 まあタッグマッチの意義を考えるとそこまでする必要性は全くないのだが、誰よりも真剣にやろうとしているという点で十分合格だろう。

 

「整備班のみんなはいつも通り。なんだかんだでナギは面倒見いいからね。口うるさいけど」

「整備班を纏めてたのは伊達じゃなかったわけだ」

「今回うまくやれたらそれなりに信頼は得られるんじゃないかな? 煽っておいてなんだけどね」

「そのエネルギーを鷹月さんとぶつかる方向に使わなければよかったんだけどなあ」

 

 鷹月さんの方は俺が煽ったので相当にやる気を見せている。鏡さんは田嶋さんが煽った。

 その結果二人は見事に衝突してしまったわけだが、やはり四十院さんを加えて三人でとはいかないものか。

 加えて二人共デュノア狙いであったりするので、つい張り合ってしまうというのもあるのだろう。元々言い争う仲でもあったわけだし。

 

「今のとこクラスはそんな感じかな? あ、最近布仏さんが教室にいないんだけど、それは甲斐田君の仕業ってことでいいんだよね?」

「仕業って、みんなそういう風に僕を見てくるよね」

「だって実際そうじゃない。違うの?」

「まあそうだけどさ」

「それは四組絡みの話?」

「うん。この後話すよ」

「それは楽しみ」

「じゃあ一組はこんなものかな」

「そうだねー。あ、ここ最近甲斐田君についてちょっとおもしろい話があるんだ」

 

 そう言うと田嶋さんはニヤッと笑った。

 なんだろう、そこはかとなく下衆びた感じがする。

 

「何それ?」

「甲斐田智希ロリコン疑惑」

「は?」

「甲斐田君はですね、元々年上好きだと思われてたわけなんですよ。上級生と仲良さそうに会話してるし、ここで働いてる大人の人達とも普通に話してるでしょ。これはきっと甲斐田君の大人の女を求める心がそうさせているんだろうって」

「田嶋さんはいったい何を言ってるの?」

「ところがここに来て急展開! 人形みたいな転入生と急接近! 毎日にこやかに話す二人の姿を見ていれば、これは怪しいとみんな思うわけなのですよ」

「はあ?」

「真実を確かめるべく我々取材班は彼をよく知る人物に話を聞くことにしました。そうですね、プライバシーの都合上仮にO君としておきましょうか」

 

 唐突にワイドショーが始まってしまった。谷本さんとは別次元でフリーダム過ぎる。

 ある程度は覚悟していたつもりだが、まさか何の前振りもなくいきなり行われるとまでは想像していなかった。

 

「そのO君曰く、中学時代の甲斐田君はあまり子供達に好かれていなかったようです。なんでもO君のように最後まで付き合わず、面倒になるとあしらい始める姿が不評だったようで」

「またつまんないことに力入れるね」

「ですからおり、失礼O君は言っていました。きっとあいつは子供が好きじゃないんだろうと。今回の事態についてはとても驚いていましたね」

「それなら疑惑は払拭されたんじゃ?」

 

 仕方ないので俺も付き合うことにする。別に頭ごなしにやめさせて機嫌を損ねるほどのことでもない。

 

「ですがそれでは現在の状況に説明がつきません。あの姿形では甲斐田君のストライクゾーンから外れるはずです。それなのになぜ甲斐田君は彼女に近づこうとするのか」

「普通に向こうから来たじゃ駄目なわけ?」

「その子に対する甲斐田君の態度は他とは違うともっぱらの評判です。それは同級生を奴隷のごとくこき使う悪魔のような顔でもなく、上級生と楽しく会話する普通の生徒の顔でもなく、なんでも優しい目をしているのだとか」

 

 どうやら俺はテレビの向こうで感想を口にする視聴者であるらしい。直接返すのではなく、きっとみなさんそう思ってますよね的なやり取りだ。

 

「娘に対する親としての愛情のようなものをその子に感じたのか? いえ、そんなものがあるなら他の子供達へもその愛情を注げるはずです。やはりその子は甲斐田君にとって特別なのです」

「それ以前に子供がいるような年じゃないし」

「真実はやはり本人達の中にあるのでしょう。そこで我々は本丸に突撃取材を試みることにしました!」

「まさか……」

「ですが残念なことに、先方からは取材拒否の返事が戻ってきただけでした。曰く、あまりにもくだらなさ過ぎてとても話などする気にはなれないとのことです」

「当たり前だ。後で謝っとこう」

 

 まさかボーデヴィッヒにまで突っ込んで行ったのか。面識など全くないだろうに、意味不明なバイタリティだ。

 

「こうして我々は真実を手にすることはできませんでした。真実はみなさんの中にある、今はそれでいいのではないでしょうか」

「しかも最後全部ぶん投げた」

「で、結局甲斐田君の本命って誰?」

「いい加減にしろ」

「あいたっ!」

 

 鈴に倣って、俺は手刀を田嶋さんの額に落とした。

 

 


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