IS 喜んで引き立て役となりましょう!   作:ゆ~き

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23.計画

 

 

 よくよく考えれば予想できる事態だった。一組だけが例外などありえない。

 

 

「まだ来て一週間だから仕方ないと言うのは分かるわよ。でもね、言葉と態度にギャップがあり過ぎだわ。口ではあんなに優しいのに体の方は拒否してると言うか、溶け込んでいるようで絶対的な壁がある感じがして……」

 

 目の前では鷹月さんがダラダラとどうでもいいことを喋り続けている。

 俺という重しがなくなったことにより、一組は空中分解してしまっていた。

 

 

 

 リーグマッチの準備期間中、心がけていたことがある。

 それはクラス全員の意識を同じ方向に向けることだ。

 一夏を中心に置いてその勝利のために行動させ、個人の思惑は二の次にする。

 訓練中、せっかくISが使えるのだからそれはみんな自分のためになるようなことをしたくなる。だが俺はあくまで一夏にとって必要であることだけをやらせた。さんざん文句を言われたが、結局そういう輩は自分の欲を一夏よりも優先しているだけに過ぎない。だからいくら口で勝とうとしても、一夏のためという大義名分を上回れないのだ。連戦連敗を繰り返してこの連中はゲーム感覚で遊んでいるのかとさえ思った。

 結局期間中に一夏と自分の訓練をうまく両立できたのは二人しかいない。篠ノ之さんとオルコットだ。

 二人だけは俺の顔色を窺っていた。そして俺が見逃すラインを探っていた。その結果、篠ノ之さんは一夏の攻撃を受け止める役であれば俺が何も言わないと気づき、オルコットはそのビット攻撃で一夏の回避訓練を助ける役割であれば問題ないと把握する。そしてその範囲で自分の技術を磨こうとしたのだ。

 だからこそ俺はゴーレム戦で迷うことなく篠ノ之さんを防御役に、オルコットを攻撃役に任命できたというのもある。

 他の連中はいかに俺を言い負かすかしか考えていなかったので、俺からすれば論外だった。

 とはいえそれで二人がリーグマッチ後も何かと俺の顔色を窺ってしまうことになるのは予想外だったが。

 

 しかしそれらのことは全て俺が強制したことであって、彼女達の自由意志ではなかった。

 今まで抑圧されていた分、俺が自分の役割終了と後ろに下がったら、さあこれからは自分達の時代だ、となってしまったのは想像に難くない。

 その上タッグマッチは全員が当事者。一夏のためはもう使えない。その結果が今だ。

 五組がリーグマッチ後権力闘争を始めたように、一組はそれぞれが思い思いの行動を始めてしまったのだ。

 俺からすれば根っこは同じである。こういうことになるからこそ毎年個人戦が行われていたのだと今俺は実感として理解できた。

 

「ねえ、聞いてる?」

「聞いてるよ。シャルルってあれで相当神経質だよ。潔癖症な部分もあるし、上辺の言葉を信じちゃうと心の距離は広がっていくだけだろうね」

「やっぱりそうよね。オルコットさんやリアーデさんを見てると外国の人ってもっとオープンなのかと思ってたけど」

「鈴……はほとんど日本人か。ハミルトンさんとか見てるとそういう人だけじゃないってのは分かるでしょ?」

「あら、ティナって呼ばなくていいの?」

「もう知ってるんだ。というか告げ口でもする気? 本人いないんだから別にいいじゃない。僕が織斑先生と千冬さんを使い分けてるのと一緒だよ」

「ごめんごめん。ちょっと話題になってたから。でも甲斐田君だったわね」

「何その言い方」

「友人として甲斐田君が甲斐田君で安心したってこと。それで話戻るけど、じゃあデュノア君にはどういう風に接していけばいいかしら?」

 

 いちいち引っかかる言い回しだが、まあそれは今に始まったことではない。

 しかしどうしたものか。

 

「クラスのみんなを参考にするのははっきり言ってよくないね」

「そうなの?」

「そういう方面においてシャルルはそつがないどころか隙もないよ。ひたすら押したところで暖簾に腕押し。気づかないんじゃなくて、気づいた上で知らない振りをしてくる。そしてじれちゃった人から順に玉砕。一夏と違ってきちんと応対する分質が悪いと言えるかもしれない」

「そ、そこまでなんだ……」

「短期決戦は絶対に無理だね。裏を返せば早い者勝ちで持っていかれる心配もないってことだけれど」

 

 ここで別に嘘をつくつもりはない。男の俺でさえまだ警戒されている状態なのだから、女子に至っては論外であるというだけだ。

 

「まだ焦ることはないって話ね」

「たった一週間程度で焦ってるようじゃとても無理」

「そうは言っても、織斑君みたいに時間が経てば経つほどライバルが増えるのは間違いないんだし、今のうちにできる限り引き離しておきたいというのは分かるでしょ?」

「今のうちにねえ……」

「男子には分からない感情かもしれないけど、世の中女の方が圧倒的に多いんだから、行動しなかったら何も得られないわ。漫画みたいに向こうからやっては来てくれないのよ」

「どっちかと言うと今は周囲の自爆を見守る時期だと思うんだけどなあ」

「そのへん含めて、計画的にやりたいのよ。指揮科を目指してる身としては学業をおろそかにできないし」

 

 指揮科を目指すような生徒ですらこれか。やはり個人戦は絶対に必要だった。

 恋愛にうつつを抜かすというような話ではなく、意識の問題だ。

 きっと織斑先生の中でこの点において今合格点をあげられるのは、学年レベルで相川さん一人くらいだろう。

 

「指揮科と言えばさ、鷹月さんはタッグマッチのパートナーは決まったの?」

「指揮科と言えば? 篠ノ之さんと組もうかって話はしてるけど」

「ああ、同室だもんね」

「そういう言い方するあたり相変わらず嫌らしいわね。当然上を目指すためにはパートナーが重要なことくらい理解してるわよ」

「上を目指すってもしかして優勝する気?」

「今年は専用機持ちが多いしそれは厳しいかもしれないけど、でもせめてベスト八は目指したいわね」

「ベスト八で十六人。指揮科狙うならそのあたりは必要ってことか」

「そうよ。専用機持ちや留学生はパイロット科確定だから、そのへんは差し引いてね」

「なるほど、そういう計算ね」

 

 全然駄目である。具体性が何もない。

 やはりこれはIS学園に合格するような生徒だからこそなのだろう。

 自分に対して絶対の自信を持っている。

 

「タッグマッチの話題を出すということは、この行事でいい成績を残すことがデュノア君に対しても重要なの?」

「あー、でもまあトーナメント形式なんだし、運に左右される部分が大きいよね」

「それが問題なのよ。初戦でいきなり織斑君と当たってしまう可能性もあるわけで、それで初戦負けとか最悪じゃない。まあさすがにそういう場合は試合内容とか見てくれると思うけど」

 

 そこまで分かっているのならもう一歩踏み込んでくれ。

 初っ端から運などに左右されてしまうトーナメント形式自体がおかしいのだと。極端な話一回戦で負けようが決勝で負けようが同じだと。重要なのは優勝者以外全員が負けることなのだと。

 

「でもこれからいくらでも挽回は効くんだからさ、それはそれとして受け止めるしかないよ」

「そういう考え方は甘えよ。次があるとか思ってたら一年なんてあっという間に過ぎるわ。そして気づいた時にはもう手遅れね」

「それはそうだね」

 

 その通りである。

 いつ気づくかが問題なのであって、それは早ければ早いほどいい。

 そのリミットが去年までは二学期に行われるタッグマッチであり、おそらくそこが本当の努力を始める最終ラインとなるのだろう。年によってはもう手遅れなことがあるかもしれない。

 だからこそ、気づいてしまえばタッグマッチの結果自体はどうでもいい。

 

「それで、デュノア君と何の関係があるの?」

「あ、えーっと、なんにしても埋もれてたら駄目だってことだよ。みんなやってることをしてもその他大勢の一人でしかないわけだし、同じ分野で出し抜くんじゃなくてまず何かにおいて唯一の人になるのが先だと思う」

「唯一って何について?」

「それはその人それぞれと言うか、鷹月さんなら指揮班というみんなと違う部分があるんだし、今回のタッグマッチにおいて違いをどれだけ見せられるかじゃないかな」

「なるほど……でも指揮の方に偏り過ぎちゃうと今度は自分の方が心配になってくるのよね……」

「そのへんはうまくやるしかないね。見えないところでやってても直接的な効果はないし、大事なのは存在感を見せることだと思うよ」

「存在感か……」

 

 この際なので鷹月さんを誘導してしまうことにする。

 母国の件が片付くまではどうにもならないから、まずはタッグマッチに注力しろ。

 

「少なくとも、シャルルが好むのは頼りになる人かまるきりダメな人かどっちかだと思うよ」

「本当にっ!? ってどうしてそんなに極端なわけ?」

「基本的には黙って見てられなくてつい手を貸しちゃう系だから、面倒見がいのある人とは相性がいい。でも無理をし過ぎなくらいまでがんばっちゃう人でもあるから、ここぞで頼りになる人には弱いと思う」

「い、一週間でそこまで分かるんだ……」

 

 要するに人として一夏と非常に合うという話だ。

 ここ一週間デュノアを見ていて思ったが、普段はだらしない一夏に細かくフォローを入れているが、体に変調をきたしているように芯は強くない。他人に頼るのが苦手なようで、こちら側から無理やり入っていかなければならない。一夏はそのあたり変な遠慮をしないで突っ込んでいくのでデュノアとしても頼りやすいだろう。多分いざという時には二人の立場は逆転するに違いない。

 ちなみに俺はあえて一夏とは逆に踏み込まない姿勢を取っている。その方が一夏が際立つからだ。

 一夏がデュノアの心を捕まえてしまえば後はどうとでもなる。

 

「じゃあどちらを選ぶべきかは分かるよね?」

「そんなの決まってるじゃない」

「え? ダメな方を選ぶの?」

「は?」

「すいません冗談です」

「よろしい。なんてね。ありがとう甲斐田君。やっぱり相談してよかったわ」

「どういたしまして」

「それじゃまた月曜に。おやすみ」

「っていう時間でもないけどね」

「甲斐田君はそういう余計な一言が駄目なのよね」

「はいはい分かったからさっさと帰る」

「まったく。じゃあおじゃましました」

 

 呆れた風を装いながらも口調は弾んでいる。

 心の中ではスキップ状態なんだろうなと思いながら鷹月さんが出て行く後ろ姿を眺めた。

 

 

 

 

 

 日曜だというのに今日も雨。

 午後には面会が二件もあるので雨の中歩いて行かなければならないのは憂鬱だ。

 窓の側から机に戻って椅子に腰掛ける。

 

 一組をどうするか考え直す必要がある。

 俺がこのまま三組に手を貸して一組を放置してしまうと、一組は痛い目を見てしまうかもしれない。

 別にそれだけならどうということはないが、一組の連中がことごとく敗退してしまうとタッグマッチの後半戦は去年までと変わらない光景になってしまう。

 おそらくそれは織斑先生やIS学園上層部の望むところではない。わざわざシードなどというルールを設けたからには、タッグマッチの後半戦はシード組が盛り上げるべきなのだ。

 一週間あるうちの前半は三組、後半は一組が中心となって盛り上げれば、今回変更されたタッグマッチは実に有意義だったと評価されるだろう。そしてその中で一夏が優勝できればもう言うことはない。

 

 一組の連中は傍目には毎日一生懸命やっているようだったが、実のところは緩んでいる。リーグマッチから一ヶ月が過ぎ、あの時の熱も収まってきてしまったのだろう。

 それもこれも競争していないからだ。入学してから比較されるような競技もなく未だ無風状態、彼女達は自分の立ち位置を知らない。今までずっと一番だったから、その感覚が抜け切れていない。

 だからこその個人戦、タッグマッチだ。一年生はここで負けることによってようやく立ち止まる。そして足元を見てIS学園における自分の立ち位置を知る。。そこから九ヶ月にわたる競争が始まるのだ。もちろん優勝者も頂上にたどり着いて後ろを振り返り、今来た道の険しさを知るだろう。要するに今回の行事はある意味儀式である。

 そういうわけで見るに耐えないと言われようが毎年行われてきたのだ。

 

 しかし俺としてはそれでは困る。

 儀式において一夏が優勝したところで、大して対外的な価値がないからだ。

 リーグマッチとは違って完全に内向けの行事、しかも上級生から見えるのはせいぜい最後の二試合程度。ただ勝ちましただけでは何の意味もない。せいぜい一夏の成績表に一行追加されるくらいだろう。

 それなら俺はタッグマッチという行事の中に価値を作る。評価をする織斑先生や教師達にとって、参加者である一年生達にとって。その中で優勝することによって一夏に新たな付加価値を付ける。

 だからこそ一組連中にはがんばってもらわなければならないのだが、このままでは非常によろしくない。今回直接的にはやれない以上、間接的にでも影響を及ぼす何かを考えなければならないだろう。

 

 と、インターホンが鳴る。

 日曜の午前中から来るとは意外と早かった。

 

「はいはい」

「甲斐田君、期限よりは早いけど三組としての返事をしに来たわ」

 

 ドアを開けると予想通りの人間と予想外の人間がいた。

 三組代表ベッティ、元五組代表佐藤、そしてボーデヴィッヒだ。

 

 

 

 

 

「そこに座っちゃうのはどうなの?」

「いいの。ここがラウラちゃんの定位置なんだから」

「だからちゃん付けはやめろと言っているだろう」

 

 ベッティはベッドの上に腰掛け、自分の膝の上にボーデヴィッヒを座らせた。そして抱き枕のように抱え込む。

 そしてボーデヴィッヒ本人も素直に従っている。

 

「ボーデヴィッヒさん的にその位置はありなわけ?」

「仕方ないだろう。この手の輩は私が折れるまで譲らないのだから。我が母国でもそうだったが、逆にこうしておけば大人しくなるということでもある」

「ボーデヴィッヒさんがそれでいいならいいけど」

 

 ドイツでもおもちゃにされていたのでされ慣れているということなのだろう。

 本人が納得しているのであればとやかく言うまい。

 

「さて昨日の返事なんだけど、三組全員の総意として、甲斐田君の案に乗るわ」

「それは何より」

「みんなで話したんだけど、確かに勝敗を越えて中身の部分で自分のためになるしアピールできるのは非常に大きい。リスクの有る話じゃなくて付加価値ができるということね」

「その通り。このタッグマッチ、優勝を狙う必要は全くない。たとえここで優勝できたとしても、一年の終わりに抜かれていたら意味がないからだ」

「そうね。IS学園は私達に競争をさせたいんだから」

「こんな初っ端で全てを決めてしまうくらいなら受験の時点で最初から学科は分ける。もしするにしても運の要素なんてわざわざ作らない。大事なのは一年後の状態であって、今どうなのかは問題にならないんだ」

 

 入学当初、俺は織斑先生の手伝いで上級生の成績表を見ている。

 時間がなかったので細かく見たわけではないが、少なくとも二年生の成績表を見ていて個人戦の結果を気にした覚えはない。せいぜい生徒会長が一年の時総なめにした行事のうちの一つ程度だ。

 もし個人戦の成績が大きな割合を占めているのであれば、根拠として目につくはずである。あの時俺は優秀な人を探していたから、優秀とされる根拠に個人戦の成績があれば判断材料として見比べていただろう。

 だがそうでないということは、やはり結果自体が問題なのではない。そして今回評価してもらえる点とは、このタッグマッチにおいて自分が何をできたかだ。

 

「だから最初からタッグマッチは捨てろって話ね」

「捨てるんじゃない。目標を明確にする。現実的に可能な目標として、三回勝ちきることを目指す。負けるにしても出せるものは全部出して今自分のできることをやりきる。だからたとえクラス代表と当たろうが全く問題はない。大事なのは勝敗じゃなくて、今の自分がどこまでやれるかを知ることだからだ」

「うん」

 

 ベッティは真剣な表情で頷く。

 このあたりは昨日の時点で伝えたたことであり、今は確認でしかない。

 

「シード権がない時点で優勝は現実的な目標じゃない。一年生じゃ体力精神力がもたないからだ。これは三年の先輩に聞いたことだから間違いないんだけれど、毎日試合をやってると疲労が溜まってきてまともにやれるのはまあ三日。となるとトーナメント上火曜から始める人で三回戦が限度。しかも三回戦からは全く疲労のない一組が出てくるから非常に不利な状況でもある。だからもう最初から準々決勝以降のことは考えない。勝ってから考えるし三回戦までに出せるものは全部出して出し惜しみしない」

「でもあたし達だけは違うんだろ?」

 

 と佐藤が口を挟む。

 これもできるものならやってみろレベルでしかないのだが。

 

「佐藤さんとベッティが組む場合に限り優勝を目指すことが可能になる。もちろん目指せるだけであって、優勝できるというわけじゃないけどね」

「あくまで優勝を目指して計画的にやっていることを見せるわけだね?」

「そう。優勝を目指すための絶対条件として、代表クラスの実力者同士で組まなければならない。そうしないと実力の劣る人間が確実に穴になるからだ。そして一人はクラス代表であることが望ましい」

「それがあたしがこいつと組むメリットであると。ベッティの組めば他のクラス代表とはブロックが分かれるから」

「勝ち上がることが目的なら強いと分かってる相手は先延ばしにした方がいいよね。元気な内に倒すって考え方もあるけど、それで疲れて次で負けてちゃ意味がないし、真剣勝負の場数を増やした方が経験になる」

「そもそも早い段階で当たってくれる保証もないか」

 

 負けさせることが目的なのだから、実力者同士を固めるような真似はしないだろう。運だけで勝ち上がることをさせないために、クラス代表はもちろん代表クラスの実力を持つ生徒もできるだけバラけさせるはずだ。別に俺がそうして欲しいわけではなく、学園側の意図からすれば自然とそうせざるをえない。

 

「でもその点で一つだけ。四ブロックで五クラスなんだけど、いったいどのクラスが割を食うの?」

「そういう聞き方をするってことはもう答えは出てるよね? それはもちろん五組に決まってる」

「まあそうよね」

「どういうことだベッティ?」

「だって五組はリーグマッチで全敗。しかもその後に代表交代。わざわざ他のクラス代表を押しのけて優遇する理由なんてないわ」

「まあな」

「別にあてこすったわけじゃないから怒らないで。むしろ一緒のブロックになった方がありがたいのよ」

「そうなのか? いやそれ以前にそうなるのか?」

「一緒のブロックになれるかは五分だね。普通に考えると五組と一緒になるのはリーグマッチで一勝二敗の三組か四組。ありがたいというのは実力者扱いされる割に実力が追いついてなくて、十分勝ちを見込める相手だから」

「それならむしろはっきりと身の丈を分からせてやりたいところだな」

 

 新しく五組代表となった杉山もその立場上それなりの扱いは受けるだろう。篠ノ之さんやオルコットと同等か、それより一つ上か。

 ならば準々決勝で当たることが一番望ましい。ベッティ達にとってではなく、一夏にとってだ。そして織斑先生の気質からして、クラス代表を奪うような生徒にあえてリーグマッチ優勝者を当ててくる可能性は十分ある。

 

「他に何か質問はある? 別に今じゃなくてもいいけど」

「ええ、具体的な質問は必要に応じてさせてもらうわ。その上で今聞いておきたいことが二つ。一つはもちろん甲斐田君のこと。そしてもう一つはラウラちゃんのことよ」

「だからいい加減ちゃん付けはやめろ」

 

 ベッティに抱き締められたままのボーデヴィッヒが顔を上にあげて咎める。

 その姿はどう見ても背伸びをしている小……中学生だ。

 ベッティも可愛くてしょうがないらしく、顔を緩めた。

 

「もう仕方ないわねえ。じゃあ先にラウラのことから。昨日甲斐田君は一切触れなかったけど、ラウラの扱いはどうするつもり? この子は専用機まで持ってるし操縦技術もすごいんだけれど、それは知ってる?」

「知ってるよ。何しろ千冬さんに一年間も教示を受けたんだからね」

「なぜそれを知っている!? 口にした覚えはないぞ!」

「あれ、違った? 千冬さんのことを教官と言ってるし、別に隠されてるようなことでもないと思ったんだけれど?」

「……なるほど、確かにそうだ。その気になれば調べられることだったな」

「プロフィールはもう把握済みなわけね」

「そういうわけだからはっきり言って、今回のタッグマッチはボーデヴィッヒさんにとって意味がないんだ。どうしてかと言うとボーデヴィッヒさんが既に千冬さんから教わったことを今から始めようと言うだけなんだから」

 

 これは事実である。が、全てではない。

 ボーデヴィッヒが俺から見て爆弾を抱えている以上、できるだけ蚊帳の外に置いておきたいのだ。いくら可能性は低かろうと。

 特に一夏と絡ませたくない。一夏はボーデヴィッヒから千冬さんを感じ取っていた。だがそれは千冬さんではなくVTシステムだ。つまり二人の間で化学反応が起こってしまった場合、万が一億が一の可能性が実現してしまう恐れがある。

 

「私が教官から学んだことか」

「後で言おうと思ってたんだけど、今回ボーデヴィッヒさんには先生役をやってほしい。自分が千冬さんから教わったことをみんなに伝えるという役割。そうすればボーデヴィッヒさんにも参加する意味が出てくると思うからさ」

「教官の代わりをしろという話か。だがなぜそれが私のためになる?」

「千冬さんの立場に立ってみることで千冬さんの心を知ることができる。きっと教わる立場じゃ見えなかったこと気づかなかったことがたくさん出てくると思うよ」

「きょ、教官の心か……! それは胸が踊らされるな!」

 

 あっさり乗った。ボーデヴィッヒは千冬さんを想像してか興奮している。

 こいつが織斑千冬信者でよかった。

 

「当たり前だけど機密になるようなことは言わなくていい。でもこういう教育メソッドの交換的な話は世界中で行われてるらしいし、そこまで神経質になることもないと思うけど」

「その点は心配しなくていい。元々他国の留学生を受け入れる行為にはそういう側面を期待されている部分もある。一応確認してみるが、大まかな部分では問題ないだろう」

「ラウラも日本のIS教育を学びに来てるわけだしね」

 

 IS学園は基本日本のための組織なので、留学生に一方的に吸収して帰られてしまってはわざわざ入れる意味がない。

 留学生が欧州方面に偏ってしまうのは、受け入れることで得るものがあるかどうかまで選別された結果かもしれない。

 

「もちろんあと二週間しかないから大したことはできない。だからボーデヴィッヒさんはまず千冬さんから教わった一年間を思い出して、自分が学んだことをひたすら書き出して文字に言葉にしていく。まさか何も思いつかないとかないよね?」

「そんなはずがあるか! 私は教官との出会いから全てを記憶しているぞ!」

「もはや愛ねえ」

「そして出てきたものはこのクラスの指揮科志望の人達が取捨選択する。今取り入れることができそうなものをね。できないものも今後の財産になるだろうし、無駄なことは何もない」

「今後のためにもなるわけね」

 

 実際何が出てくるかは分からないし、使えるかどうかも不透明だ。

 だがボーデヴィッヒは織斑千冬によっておそらくゼロから教育し直されている。VTシステムの支配から脱却するため、VTシステムに頼ることのないやり方を教えられているはずだ。

 だからそれは初心者に対して通じる部分があるのではないか、というのが俺の予想だ。

 まあ別に何もなくてもいい。博士が戻ってくるまでボーデヴィッヒの行動を制限できればそれでよしである。保険は使われない方が保険屋も喜ぶという話で。

 

「その後はどうするのだ?」

「終わったら話をしよう。約束したから僕も相手をするし、僕がその場にいなかったらクラスのみんなでもいい。きっとボーデヴィッヒさんは理解できないことがたくさん出てくると思うんだ。千冬さんはその時何を思っていたのか。千冬さんのその行動に何の意味があったのか。そのことについて話し合おう」

「話し合えばそれは理解できるものなのか?」

「少なくとも僕は千冬さんについて、ボーデヴィッヒさんよりも知っている。実の弟である一夏からいろいろと聞かされてるし、時期は違っても同じ場所で育った。だから世間一般では知られていないようなエピソードもけっこう知ってるよ。千冬さんを理解する上で助けとなる情報を出せると思うんだ」

「おお! それは是非とも聞かせてもらいたい!」

「それは私も普通に気になるわね。織斑千冬の知られざる話とかそうそう聞けないわよ」

「同じく」

 

 よしよし。いつも邪魔ばかりしてくれるがこういう時は役に立つ。

 加えて俺は博士からも情報を得ているので、出せるネタには事欠かない。あの写真だって実は博士の『ちーちゃんコレクション』からかっぱらってきたものである。

 

「まあボーデヴィッヒさんから大した話が出てこないようなら僕も思い出さないかもしれないけどね」

「それは挑戦状か? いいだろう。私の教官に対する熱き想いを事細かに示してみせようではないか」

「それは楽しみにしてる。それでタッグマッチ本番の方なんだけど、みんなのためにもほどほどにしておいてもらえないかな? パートナーのサポートに徹して、本気は出さない方向で。できれば実技が得意でない人と組んで助けてあげて欲しい。パートナーの体力が限界になったら終わりにするくらいな感じ。ぶっちゃけこういうのには興味ないでしょ?」

「あるかないかと問われれば、特にないな」

「成績についてもボーデヴィッヒさんなら後でいくらでも挽回できるし、そもそも今回の比重なんてないに等しいから」

「それが皆のためになるというのであればそうしよう」

「ありがとう。具体的なことはまた話をしよう。じゃあボーデヴィッヒさんについてはこんなところで」

 

 なんとかうまく行った。

 本当は明日にでも話をつけようと思っていたのだが、向こうから来てくれて手間が省ける。

 もっとごねて条件をつけてくるかもしれないと思っていたので、少し拍子抜けではある。

 だが奴も母国ドイツからの指示がある。俺に近づけるとなればあえて機嫌を損ねるような真似はしなかったのかもしれない。

 

「じゃあ後はこれで最後ね。先に言っておくけどよほどのことでない限りやっぱり乗らないとか言わないから。その上で聞かせてもらいたいんだけれど」

「うん」

「甲斐田君は、何のためにこんなことをするわけ? これで甲斐田君に何の得があるの?」

 

 やはり来た。当然それは俺でなくとも気になるだろう。

 だから俺は用意していた『IS学園の価値観に合わせた』答えを口にする。

 

 

「理由は簡単で、僕にはこの一年で実績が必要だから」

 

 

 

 

 

 その方がおもしろいから、という理由は一見便利なように見える。

 なぜなら相手に思考を放棄させることができるからだ。個人の嗜好はその人のものであって、しかも感覚的である以上相手はその存在を否定することができない。だって好きなものは好きなんだからと言われたら、ああそうですかとしか返しようがないのだ。

 もちろんその嗜好が世間一般の価値観から大きく外れていれば、そいつは変態の烙印を押されたりする。反社会的行為にまで至ってしまえば世間から隔離されてしまうことさえあるかもしれない。

 だがその人がそれを好きだということは事実であって、その事実自体は理屈で否定できるものではないのだ。ただしその態度が嘘臭いなどというのはまた別の話である。

 

 俺が一夏にそう言った時、一夏はすぐに納得した。それは一夏が俺のことを知っていて、俺をそういう奴だと規定しているからだ。どうせ問い詰めてもまともに答えないというような諦めもあっただろう。だがこれで一夏は思考することを投げ出した。

 しかし三組連中にはそうはいかない。その方がおもしろいからという理由を押し通した場合、連中の中に残る感情は俺に対する不審感である。

 本当は騙そうとしているのではないか、裏で何かを企んでいるのではないか、実はうまくいかないのを承知で実験台にされているのではないか。そういう気持ちが付き纏う。まして俺についての情報が拡散されてしまった今、一年生にとって俺に対する認識は得体の知れない奴なのだ。

 だから俺は最初の時点からそういう感情を払拭しようと努めなければならない。そして行動でも示し、結果を持って納得させる。

 少なくともスタート地点から躓くわけにはいかない。

 だからIS学園の生徒であれば共感できる理由を前に押し出すのだ。

 

「実績?」

「そう実績。何のためかと言うとね、僕は指揮科を目指そうと思うんだ」

「へえ」

「だけど今のままじゃ絶対に不可能だ。まず成績の時点で遠く及ばないし、実技で全く見込みがないのも分かってる。だから特例として認めさせるために特別な何かが必要なんだ」

「でも甲斐田君は男性IS操縦者なんだし、言えば普通に通るんじゃないの?」

「パイロット科ならね。このまま何も言わなかったら僕は一夏と一緒にみんなとは枠外でパイロット科に進まされると思うよ。周囲が僕に対して望んでいるのはモルモットであることだから」

「そういう言い方はやめて。それは五組の杉山が言ったことでしょう?」

「知ってたんだ。じゃあテストパイロットであることを求められている、と言い直そうか。だけどその中に指揮なんて言葉はない。むしろ余計なことだろうね。三学期になっていきなり指揮科に行きたいとか言っても即却下されるのは目に見えてる」

「それは……どうなんだろう……?」

「前例がない話なので何とも言えないが、簡単な話ではないだろうな。少なくとも指揮科に行けなかった連中が文句を言い出すのは目に見えてる」

 

 IS委員会の学者連中は全力で阻止しようとするだろう。

 織斑先生が横槍を入れた結果が今の状態だ。当初の予定ではIS実技の時間俺は別の場所で調査に付き合わされる予定だった。俺ごときにIS実技を学ばせても無駄であるという理由で。

 だから俺が指揮を学ぶなど全く意味のない行為であると連中は考えるだろう。そしてそんな時間があればこちらに回せと言うに違いない。

 

「だからこそだね。特例として認めさせるためにそれだけの根拠をこれから一年間で作る。しかも目に見える形で。その第一歩が今回のタッグマッチというわけなんだ」

「なるほど。理屈としては理解できたわ」

「そうなると今度は別の疑問が湧いてくるな。それならどうして三組を選んだ? なんであたしをわざわざ引っ張り出した? 気心の知れた一組ではダメなのか?」

 

 そら来た。

 ここで誰でもよかったなどと言ってはいけない。むしろ俺にとって必要なのだからと言わなければならない。

 決して一方的な関係であるかのように見せてはいけないのだ。

 

「三組でなければならない理由と一組では駄目な理由だね? まず一組の方から言おうか。最初からシード権持ってる人達を活躍させても大した意味はないから。そうだね、組み合わせに恵まれればだけど、僕が本気でやれば準々決勝に残る十六組を全員一組の人間にすることは可能だ。つまり三回戦に上がってきた二組から五組の人達を全て撃破できるって話ね」

「それはまた大きく出たわね」

「クラス代表の人達の力量と特徴はもう把握してるし、ダークホースが出てきても二試合見られて専用機のような落とし穴もないから対策は余裕でできる。一組のペアは誰と誰が組むかを僕が決めるから、最適な形で組み合わせられるしね。実技の苦手な人がクラス代表と当たったらさすがに厳しいけど、パイロット科を目指す人なら勝ちは十分見込めると思ってるよ」

「大した自信だな」

 

 佐藤が感心したように言うが、そんなことをするつもりは一切ないので実際に起こりえない仮定の話なら何とでも言える。

 一組に関わるなら俺はむしろ篠ノ之さんとオルコットを分けたようにできる限り戦力を分散させるだろう。ほどほどで負けてもらうために。

 それに他のクラス代表についても俺が加担しない場合はパートナーが穴になるので、一夏を勝たせることに限定すればどうとでもなる。鈴とハミルトンは先輩情報で連携できないことが分かっているので十分に付け込める。宮崎先輩の言った通り一組さえどうにかできれば確かに放っておけるだろう。

 

 ちなみに一組全員にシード権を捨てさせることについては、それは一組連中のためにはなるだろうが、今の一夏に役立つかというと正直怪しいのでやるつもりはない。今さら一夏が初心者とやって得るものがあるのかという話だ。そんなものは日々の訓練で事足りているし、真剣勝負だって既に何度も行っている。

 だが一夏以外の一組連中であれば、真剣勝負の機会をできるだけ増やすと言う意味で、シード権なんてさっさと捨てた方がいい。デビュー戦なのだからいきなり三回戦からやっても仕方ない。ゲームのように強い相手とやった方が経験値が多いというわけではないのだ。むしろ二回も勝ち上がってきた相手であるため、試合に慣れた相手にいいようにされて学ぶ以前に何もできないまま終わってしまう恐れがある。

 まあ実際のところは訓練機確保によって一組は他クラスよりも訓練時間が多いので、初心者レベルではその差が顕著に出てくるだろう。加えて相手の対策もできるのでいきなり三回戦であろうといい勝負はできると思う。

 だったらシード権を捨てて一、二回戦を真剣勝負の空気や試合の感覚を学んで調整する準備期間に当てた方が有意義だ。現状同条件であれば一組の方に分があるのは間違いないところなので、相手が悪くなければ勝ちは十分見込める。その他優勝を目標にしてできる限り省エネで戦うなどの工夫もできるだろう。わざわざ一夏にやらせる程でもないが。

 評価についてもこれからいくらでも挽回可能なのだから結果なんて気にすることはない。一学期の時点で三回戦負けと一回戦負けに大した違いもない。むしろ今のうちに経験を積んで競争に勝つための下地を作っておくべきだろう。

 しかし残念なことにそうなる可能性は薄い。鷹月さんと四十院さんは織斑先生の言葉通り目の前の行事を一生懸命やろうとしていて、シード権を大事にするとクラスを縛ってしまった。だから他のクラスメイト連中もシードを前提として全てを考えるので土台を疑うことはしないだろう。常にいい成績を、一番を取ることを当たり前にしてきた人達だ。この状況からあえて捨てるという選択ができるかと言うと厳しい気がする。

 

 一方でこれらのことは一夏には全く当て嵌まらない。

 まず俺もそうだが一夏は競争の外にいる。国家や企業がついてさらに専用機持ちの時点でいくら成績が悪かろうがパイロット科はもう確定だ。というか一夏が整備科に行って何の意味があるのかという話である。

 経験についても一夏はオルコットとの模擬戦やリーグマッチによって今の一年生が必要としている事柄を既にクリアしている。

 だから本当はクラスメイト達のサポート役に回るべきなのだろう。名目上はクラス代表でもあるのだから、リーグマッチの経験をクラスメイト達に還元してタッグマッチを導く。そういう役割を本来は求められているはずだ。

 大問題は一夏がリーダータイプの人間では全くないことである。これは俺が一夏をクラス代表に据えた弊害だ。本人が今やっているのはリーグマッチの恩返しであり、タッグマッチをどうするかなんて一ミリも考えていない。それ以前に考えることは自分の役割ではないとさえ思っている。

 織斑先生の本音としては、だったら俺が責任持ってやれ、だろう。だが生憎IS学園という場所はそういう指示をいちいちしたりしないところである。自分で気づいて実行しろという場所なので、俺は逆手に取り安心して気づかなかったことにして何もしない。

 とは言っても他のクラスも似たような状況だ。まともにクラスを引っ張れるのは三組のベッティくらいで、他は二組も四組も五組もクラス代表は基本自分のことしか考えていない。ひどい話だが毎年こんなものなのだろうか。それとも今年が特殊なのだろうか。

 だが逆に言えばこの点で他のクラスと差をつけることができるという話で、俺が三組に目をつけた理由の一つでもある。

 

「だけどそんなことをしてもあまり意味はないんだ。元々有利な人達を活躍させたところで順当でしかないからね。だったら別のクラスに行ってそこで目を見張る成果を出した方がいい」

「ジャイアントキリングをした方が見栄えがいいという話か」

「そうだね。それで一組以外を見渡したら選択肢は三組しかなかった。別に知ってる人が多いからじゃないよ。クラスとして一番纏まっているからだ。既にベッティさんがよく纏めてくれているのでゼロから始めなくていいのは成果を出す上で非常に大きいんだ」

「あらそこで褒めてくるとは。でも確かに甲斐田君にとって都合がいいのはそうでしょうね」

 

 ベッティがボーデヴィッヒの頭を撫でてボーデヴィッヒが嫌そうな顔を上に向ける。

 俺が自分の話を始めてからボーデヴィッヒは口を出すこともなく静かだ。きっと俺を観察して分析でもしているのだろう。

 

「と言っても、今のままの三組に優位性があるかと言うとそこまでないよ。三回戦で初めて一組が出てくるから残りの四クラスで三回戦の席を争わないといけないんだけど、その席は十五個。一組は僕も含めて十七ペアあるからね。十五個の席を六十ペアで争うとして、三組はどれだけ入れるかと言うと、よくて五つくらいだろうね。それも組み合わせがよかった場合の話」

「はっきり言ってくれるわね。その根拠は?」

「だって入学してたった二ヶ月じゃみんな大した差なんてないから。三組五組が訓練機を使うようになったのは一組よりも半月遅い。だからまだ一ヶ月も経ってないし、いくら二組四組が使えてないと言っても一人あたりの時間を考えると雀の涙だよね。そうなると入学時の能力差がそのまま出てくる。と言うことはこれからの二週間を他のクラスと似たようなことをしてたら差は埋まらないし広がらないよね?」

「それを甲斐田君がどうにかしてくれるという話なのね?」

「もちろん実際やるのは三組の人達だけどね。三組が他のクラスと違うのは集団の力で戦えることだ。これは今回一組もできない。なぜなら一組を纏めるべき僕がここにいるから」

「五組は?」

「はっきり言ってあれは纏まってないでしょ? 杉山さんが前に出て周りも合わせているだけで、周りには支える意思がない」

「どうして分かる?」

「だって昨日、誰も杉山さんをフォローしようとしなかった。あの場で杉山さんは一人だけ浮いていた」

 

 俺が音を立てて強制的に黙らせた形だが、それ以前に俺は敵地だというのに囲まれなかった。ただ見ているだけで誰も何もしなかったのだ。そして杉山が反応しても後に続かない。五組の連中は下手に関わらない方を選択した。

 佐藤も不満が溜まっていると言っていたが、代表杉山の求心力は確実に低下している。

 

「それに五組はこの後勝手に混乱状態になるから、そのまま放っておけばいい」

「混乱状態?」

「また今度説明するよ。今は三組の話。そういうわけで今回三組に限っては集団の力を個人に上乗せすることができる。他のクラスはペアと言っても個々の単位でしかない。それで差をつける。あるいは差を縮める」

「集団の力ねえ……。分かるような、分からないような」

「具体的な話はまた明日みんなの前で言うけど、システマチックに、みんなで一緒に訓練しようってことかな」

「じゃあそれはその時聞くとして、明日って今日はダメ? なんなら今からみんなを集めるけど?」

「それが僕はこの後午後から面会が二件も入ってるんだ。雑誌記者の人で、あ、この前お願いしたよね? それの話」

「ああ、あれね。時間かかるの?」

「二件もあるしちょっと終わる時間は分からないからごめん」

「なら仕方ないか」

 

 前回約束した雑誌記者黛姉である。そしてやはり一度では終わらなかった四十院母。

 タッグマッチとは全く関係ないが、これはこれでこなさなければならない。

 どちらも早くどうにかしておきたい問題ではあるので。

 

「とりあえず僕の理由はこんなところだね。だから本音を言えば三組の人達にはできるだけ勝ち上がって欲しい。でも現実的に考えると三回戦を勝つのがやっとかなって思ってる。二人についても正直優勝は厳しいと考えてる。もちろんできる限りはやるけど」

「特例を認めさせて指揮科に進むためにもね」

「特定のクラスだけ突出した結果を出す。これが僕の今回の目的だ。大して差のない集団に僕が力を貸してそこだけ伸びる。それが目に見える僕の成果となる。どこまでやれるかは分からないけど、最大限の効果を目指したい」

「それがあたし達のためになるのであれば何でもいいさ。じゃあこれから三週間よろしく頼むよ」

「こちらこそ」

 

 別に嘘ではない。三組の連中にがんばってもらいたいのはその通りだ。

 一回戦二回戦は三組の独壇場になることが望ましい。

 ただ、一組は一組で三組以上にがんばってもらわなければならない。

 正直に言えば完全に有利な状況なのに俺がいない程度で三組に抜かれてしまうようでは論外だ。

 しかし全体的に緩んでしまっている今の状態は不安である。

 俺が三組についたと知れば多少は危機感を抱くかもしれないが、それだけでは弱い。外部要因だけでは足りないだろう。俺のいない状況でも再び纏まってもらう必要がありそうだ。

 となればやはり要となる鷹月さん四十院さんを煽るか。二人共俺への感情を抜きにしても、指揮科を目指すくらいだからそれ相応のプライドはある。ならばそこをつつかせてもらおう。そのためにちょうどいい人間もいた。

 それに俺を敵として意識すれば団結もしやすいだろう。

 

「しかし意外だったな」

「どうしたのボーデヴィッヒさん?」

「二人目の男性IS操縦者がここまで自信家とは」

「全然自信家なんかじゃないよ。自分の未来にとって必要だからそうするだけだし」

「ああ別に悪い意味で言ったのではない。自らの運命を自らの力で切り開こうとするその姿勢に共感したということなのだ。男にもそういう人間がいるのだな」

「それこそ人それぞれだよ」

 

 自信も何も、今の俺は自分を大きく見せなければならない。そうしないと信用されないし、人はついてこないからだ。誰が不安げな顔をしている人間について行こうと思うだろうか。

 

「じゃあ今はこんなところか」

「そうね。あ、そうだ。甲斐田君はどうするの?」

「何について?」

「甲斐田君のパートナー。うちは佐藤が来て偶数になっちゃったから、今度は甲斐田君が余るんだけれど?」

「ああ、それなら僕はぎりぎりまで誰とも組まない」

「それはなぜ?」

「だって僕が誰とも組まないことによって、まだパートナーを決めきれていない人に対するプレッシャーになるから」

「プレッシャー?」

 

 ベッティは怪訝な顔をするが、佐藤は当事者なだけにすぐ気づいて目を丸くした。

 

「佐藤さんを五組から引き抜いて三組に連れて来たことにより、三組は偶数、五組は奇数になった。つまり、今現在五組は強制ババ抜きに引き込まれたんだ」

「ババ抜き?」

「このまま放っておいたら五組の誰かは僕というババと組まなければならなくなる。特に五組の人達にとって僕はいろんな意味で組みたくない相手だ、さあ代表の杉山さんはどうするだろうね?」

「クラスの誰かに押し付ける……もしくは他のクラスから連れてくる?」

「それはもう二組か四組しかない。一組はシード権を渡したくないから外とは組まないし。でも引き抜いたら今度は引き抜かれたクラスがババを引くことになる。じゃあどうやって説得するんだろうね? 二組の人も四組の人もわざわざ他のクラスの人と組む意味なんてない。騙してペアを組むなんて認められてないし、後で気づいた場合は先生に申し立てればペアを解消できる。ルール上ペアを組むには両者の完全な合意が必要なんだから」

 

 勝手に人の名前を書いて申請するのは許さないという話である。そしてその場で騙すような真似も認めないということだ。

 

「それってできるの?」

「別に不可能なことじゃないよ。個人的な伝手を使うか、二組あたりのクラスのことなんてどうでもいいと考えてる一匹狼を見つければいい。まあその人が納得するだけの対価を出せるのかって話ではあるけどね」

「うわあ……」

「なんという嫌がらせ……」

 

 ベッティと佐藤が絶句する。

 現在俺についての情報規制が解けたことにより、鷹月さん曰く学年内には俺が胡散臭い人間であるという噂が広がりつつあるそうだ。その上世界の誰もが知ってる話として俺はISをただ動かせるだけであり、戦力には全くならない。望んで組むような相手では全くないだろう。

 だからこそ俺はその事実を活用する。

 

「僕と組むのはいったい誰になるんだろうね?」

 

 それは無理矢理押し付けられたかわいそうな人か、競争に加わる気のないやる気なし人間か、それとも三回戦進出を特典だと信じているおめでたい人だろうか。

 いずれにしても俺がかける言葉は一つである。

 

 

 ご愁傷さま。

 

 


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