IS 喜んで引き立て役となりましょう!   作:ゆ~き

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22.お届け物

 

 教師役などという慣れない役回りを押し付けられて肩が凝った。

 

 

 今はようやく質問攻めも落ち着き、場は緩んだ空気となり雑談が始まっている。

 

「甲斐田君、お疲れ様でした。水を持って来ましたのでどうぞ飲んでください」

「わざわざありがとう岸原さん」

「いいえこれくらい。むしろ途中で水を切らしてしまって申し訳なかったです」

「喋り続けるとけっこう喉って乾くもんだね。それとも梅雨のせいなのかな?」

「どうなんでしょう? 私はあまり話す方ではないのであまりピンとこないのですけれど」

 

 ようやく訪れた土曜の自由時間は、この勉強会によってほとんど潰されてしまった。

 先週軽い気持ちで岸原さんのお願いに頷いてしまった報いである。

 

「まあなんでもいいか。でもそれにしてもみんな暇なのかな?」

「そういうわけでは全くないと思いますけれど、どうかしましたか?」

「だってこの場にクラスのほとんど全員がいるじゃない。今いないのは一夏とシャルルと……整備班の何人かくらい? もっと他にやることないのかと普通は思うよ」

「そんなことはありません! みんな甲斐田君の話を聞くために都合つけてきたんですから!」

「大げさな」

「全然大げさな話じゃないですよ。これからタッグマッチが始まるんですし、みんな今学べることは学んでおきたいんです。だって集団戦なんて最高のサンプルじゃないですか」

 

 土曜の午後ならみんな自分の好きなことをしたいだろうから参加者も少ないはずだ、と見積もったのは完全に誤算だった。

 むしろ土曜の午後なら長時間できると喜ばれてしまい、クラスメイト連中もそれならとわざわざ都合を合わせてしまったようである。素直に平日の放課後にして夕食の時間だからで打ち切ればよかった。おかげでもう三時間も付き合わされる羽目になってしまっている。

 

「サンプルねえ」

「でも甲斐田君はすごかったと思います。あ、集団戦のこともそうなんですけれど、今日この場であんなに澱みなく話し続けられるだなんて。私だったら絶対言葉に詰まっちゃいます」

「それは指揮班で反省会をやったからだよ。できる範囲で分析もしたし、今日はそれを話しただけ。だから鷹月さん達から聞いた時と内容は一緒でしょ?」

「そうでもなかったですよ。鷹月さんと四十院さんの話ではあくまで指揮される側としての立場でしたし、今日は完全に指揮をする側の視点です。そういう風に見えるのかってすごく参考になりました」

「別に指揮科を目指すわけでもないならそこまで知る必要ないと思うけど。それとも岸原さんって実は指揮科目指してるの?」

「とんでもありません! 無理なのもありますけど、それ以前に私は人の前に立って話すのが苦手ですから」

 

 岸原さんは冗談じゃないとばかりに両手を振るが、まあ確かにこの丸眼鏡ちびっ子は人前に出たがるタイプではない。どちらかなどと言うまでもなく、今日のように裏方として走り回っている姿が板についている。

 今回俺を引っ張り出す算段をしたのは岸原さんだそうで、実行にまでこぎつけたあたり企画して何かをやるという方向に適正があるのだろう。

 

「ちょっと甲斐田君、やっぱり反省会の時は全部喋ってなかったわね。わざわざこうやって勉強会の形を取って正解だったわ」

「そんなに言うほどでもないと思うけど」

「何言ってるのよ。私達が聞いた時は適当に答えてたくせに、今日他の人達から厳しく突っ込まれたらポロポロ漏らしてたじゃない。無人機を見破った時の話なんて聞いてないわよ」

「そうだっけ?」

「これだから。どうせあの時はさっさと終わらせようって適当に流したんだろうけど」

「うーん、あんまり覚えてないなあ」

 

 と言うのは後で作った話だからである。

 ゴーレム関連についてはさすがに元から思いつく素地があったとは言えない。

 鷹月さんに突っ込まれた時は誤魔化すしかなかったが、今回突っ込まれると困る部分については事前にもっともらしく捏造しておいた。その差だ。

 

「はあ、この分じゃもっと隠してることがありそうね」

「隠してるだなんて人聞きの悪い」

「できればこの場で暴いておきたいところなんだけど、この後時間ある?」

「それは無理。これから一夏のところに行かないと行けないから」

「織斑君? 今日は倉持技研が定期検査で来てるんじゃなかったの?」

「そうなんだけど、倉持のお偉いさんが来てるみたいで僕に会いたいと言ってるそうなんだよ。用件とかよく分からないからいつまでかかるのかという感じ」

「それなら仕方ないわね……あ、そうだ、それとは別件なんだけど、夜に相談させてもらっていい?」

「相談? 何を?」

「詳細はその時話すけど、今は個人的なこととだけ」

 

 と、鷹月さんは周りを気にする仕草を見せた。

 タッグマッチ関連で何か問題でも起きたのだろうか。明日でなく夜とはそれなりに緊急性がありそうだ。

 

「解決できるかはともかく聞くだけなら」

「ありがとう! じゃあまた夜に甲斐田君の部屋まで呼びに行くわ」

「あ、それなら八時から一時間はいないからそこは外してね。今日は一夏とシャルルと大浴場に行く予定だから」

「そうなの?」

「うん。シャルルはいつもシャワーだけで日本の風呂には入ったことないんだって。だから一度体験してもらおうって一夏と話をしてたんだ」

「そうなんだ。今日って予約入ってたかしら……?」

「予約をしたのは僕だからさすがに予約し忘れとかないよ」

 

 デュノアから何事かを聞いて以来、一夏の態度がたびたびおかしくなる。

 今日もISスーツに着替える時に俺を更衣室の外まで連れ出したりしていた。

 デュノアが恥ずかしがってるからなどという意味の分からない言い訳をしていたし、何かを隠そうとしているのは間違いない。

 俺としても嫌な予感がしてきたので、この際確かめようと言う話だ。本人達には五組の教室に寄る前に伝言しておいたのでもう知ってはいるだろう。

 

「それもそうか。私の見落としね」

「僕もまだ一回しか入ってないけど、あの大浴場って開放的で雰囲気がいいじゃない。リラックスするにはいいかなと思って」

「そういえばデュノア君は寝れてないとか言ってたわね。分かったわ。じゃあ九時くらいに」

「了解。岸原さん、もう行っていいかな? 別に時間決まってるわけじゃないけどあんまり待たせるのも何だからさ」

「あっ、ありがとうございました。もう大丈夫です」

「じゃああとはよろしく」

 

 言うや俺は早々にこの場から逃げ出した。

 もう十分過ぎるほど義理は果たした。いい加減俺の好きにさせてもらう。

 と言っても、この後も俺の意思ではなかったりするが。

 それにしても倉持技研の偉い人が俺に用とは何だろう。まさか俺に所属しろとか言うような話ではないだろうし、俺から何か聞きたいことでもあるのか。

 更識妹関連だとかなり面倒なことになるので触りたくないのだが、向こうから来てしまった以上がどうしようもない。

 とりあえずは相手の反応を見て対応を考えることにし、俺はアリーナへと向かうことにした。

 

 

 

 

 

 寮を出ようとしたらデュノアに出くわした。

 ちょうどエレベーターが開いたところで、ばったりと向かい合った形だ。

 俺を見るやデュノアは目を丸くして口を開き、それから慌てて両手を後ろにやる。

 

「何そんなに驚いてるの?」

「あ、いやちょっと不意打ちだったから」

「別に隠さなくていいよ」

「えっ!?」

「それって薬でしょ?」

 

 俺を見てから隠したのではさすがに見えてしまう。

 それは小さな白い紙袋で、ついこの間見たものとまったく同じだ。

 

「ど、どうしてそれを……!?」

「この前一夏が気を失った時、医務の先生が念のためって一夏に胃薬を渡してたじゃない、その紙袋に入れて。医務の先生のところに行ってきたんだ」

「う、うん……」

「やっぱりまだ眠れないの?」

「えっ? あ、うん、なんかいい加減強情張ってるみたいだし、鷹月さんに言われた通り素直に頼ってみようかなと」

「ということは睡眠関係以外にもあるわけだ」

「えっ!?」

 

 俺の質問に対して意外だという反応をされては、その袋の中に別の薬も入っていることくらい容易に想像できる。

 これはいよいよ俺の危惧が現実のものとなってきた。

 

「別に何の薬を飲んでるとか詮索するつもりはないから。医務の先生に相談して、薬をもらってきたんだよね?」

「う、うん……」

「ならいいよ。素人が口出すようなことじゃないし。でもその上で聞くけど、僕らに何かできることはある? いや、と言うよりは気を遣って欲しいことになるか」

「ううん、それは全然大丈夫。先生に相談して、とりあえず薬飲んでみて様子を見ようって話だから」

「そっか。それならいいんだ。じゃあお大事に」

「う、うん……。あ、どこへ?」

「よく分かんないんだけど、一夏の所属してる会社の人に呼ばれたんで行って来るよ。だから多分一夏と一緒に戻ってくることになると思う」

「分かった」

「そんなに遅くはならないと思うけど、待ちきれなかったら先にご飯食べてて」

「でも遅くなったら寝ちゃってるかも」

「だからそんなに遅くは……ああ、そういうことか。じゃあその時は食堂の人に話をして、シャルルの分を取っておいてもらうよ」

「ありがとう。その時はよろしく」

 

 お互い笑顔でシャルルと別れる。

 だが俺の心は外の空と同じで灰色だ。デュノアが変調をきたしているようなのだから。

 もちろん日本の気候も要因の一つではあるだろうが、根源が海の向うにあるのは間違いない。

 デュノアの母国フランスではデュノア一家のスキャンダルで大騒ぎになっている。そして今や渦中のど真ん中にいたデュノアは母国を出なければならないほどの状況だ。

 それは心労も蓄積されるだろう。

 タッグマッチに巻き込んでしまったのは早計過ぎたか。そちらに集中していればかえって余計なことを考えずに済むかもしれないと思っていたのだが。

 それに母国から指示を受けているのだろうし、一夏の側にいてその役割を果たせれば少なくともその方面でストレスの追加はないだろうと考えていた。

 

 と言っても、今の状況がそこまで悪いかと言うとそうでもない。

 今のデュノアは弱っている。これは俺にとっては好機だ。

 そんな状態で一夏の側にいたらどうなるか。はっきり言ってカモネギである。

 この方面に関しては男女など関係ない。一夏から直接あれこれ世話をされた日には、あっという間にデュノアは一夏に取り込まれるだろう。

 今は意識が母国や家族に向いているかもしれないが、そのうち重心がだんだんこちら側にかかってくる。一夏を中心として物事を考えるようになってくる。そうなればしめたものだ。俺がわざわざ何か特別なことをしなくとも、デュノアはこちら側の人間になる。

 とどめに俺が男性IS操縦者として共有できる感覚の話をすればもう迷わないだろう。元からISを動かせる一夏には分からない感覚だが、デュノアなら理解できるはずだ。それで完全に一蓮托生にできる。

 そうなればもうデュノアにとって母国の問題など些細なことだ。できれば夏休みまでにこちらに引き込んで、夏休みにフランスに行って全部終わらせてしまいたいところである。

 

 だからこそタッグマッチは渡りに船だった。一夏と二人で何かをやるほど効果的なことはない。極端な話今回のタッグマッチは捨ててもいい。デュノアを引き込めるのであればだが。

 もちろん俺は俺でやれることをやる。幸いにして今回は俺の出番が無いほど余裕があるのだ。ならば俺はお膳立てすることに力を注ごう。うまくやれば理想的な結果になるし、どれかがうまくいけばまあ今回はよしだ。

 

 

 

 

 

 アリーナの指定された場所に着くと、一夏はまだテスト中だった。

 指示されてのことだろうが、自分の専用機に乗って曲芸飛行のように飛び回っている。イグニッション・ブーストも多用しているようだし、なるほどできることが増えればテスト項目も複雑になっていくのだろう。

 

「甲斐田君こっちっすよ!」

「はい?」

 

 ぼんやり見ていると声がかかった。

 見ると大きく手を振っている作業服姿の女性がいる。誰だったか。ああ、リーグマッチの時機体の整備要員として待機室にいた人だ。

 

「今日は悪かったっすねえ。わざわざ来てもらっちゃって」

「いえいえとんでもないです。今一夏は何をしてるんですか?」

「負荷試験っすよ。イグニッション・ブーストは便利なんすけど、機体と操縦者に負荷がかかるんでどこまでできるのかって話っす」

「そんなに危ないものでしたっけ?」

「競技程度なら特に問題はないっす。その前に本人が疲れるんで。今は機体の限界性能を調べるために機体にだけ無理矢理負荷をかけてるところっすね」

「そういうのって今までやってなかったんですか?」

「織斑君が乗った上でどうかという話っす。専用化処理によって機体の性能が底上げされてるんで、織斑君が乗った状態でないと確かめられないんすよ」

「なるほど、一夏がイグニッション・ブーストを使えるようになったからこそですね」

 

 見る限り一夏も疲れ果てているという感じではない。飽きてはいるようだが。

 やがて一夏が俺に気づき、嬉しそうに両手を大きく振る。どうやらかなり退屈していたらしい。

 だがその気持ちはよく分かる。あれをしろこれをしろと言われるだけで、こちらとしてはただ従うだけだ。何時間もやらされてはうんざりしてしまう。

 俺ならまだ解説を聞いたりして気を紛らわそうとするのだが、一夏はその方面に興味が一切ない。今飛び回る姿を見ても相当に雑だし、早く終われと願いながら時間を潰すつもりで適当にやっているのだろう。

 

「あ、今日はもう無理っすね」

「そんなの分かるんですか?」

「甲斐田君が来たからもう終わりだと思って完全にやる気なくなってるっす。ほら、周りも片付けを始めたっすよ」

「それでいいんですか?」

「いいも何もそうするしかないっす。こっちとしちゃお願いしてやってもらってる立場だし、これ以上無理は言えないっす」

 

 前言撤回。わがままが許されるとは大分俺と違っていい立ち位置にいる。

 俺などは昼飯の要求を二時間も無視され続けたというのに。

 

「はーあ。甲斐田君は卒業したらうちに来ないっすか?」

「いきなり何ですか?」

「あの織斑君に言うことを聞かせられるんだからそりゃあ大歓迎っすよ。もうそれだけで給料払ってもいいと思えるくらいで」

「いやいや、給料を払うのはあなたじゃないんですから」

「意外といけるかもしんないっすよ? 芸能人のマネージャーみたいな感じで」

「一応僕もISを動かせるんですが、それだけでいいんですか?」

「あっ、そういえばそうだったっす! それは確かに厳しいっすねえ……そうだ、実はISを動かせませんでしたとかそういうことはないっすか?」

「じゃあまずは全世界に公表されているデータを改ざんするところからですね」

 

 この人も疲れているのだろう。もはや言っていることが滅茶苦茶である。

 しかし一夏はここでは相当に問題児なようだ。言われてみれば一夏は普段から周囲にたしなめられるような発言が多い。日常であれば俺や周りにいる人間が容赦なく突っ込むが、ここの人達は立場上強く言えないのだろう。そうなると誕生するのはわがまま小僧となる。

 

「智希おせーぞ。終わったならさっさと来てくれよ」

「終わってさっさと来たのが今なんだけど」

「はあ? あれからもう三時間以上経ってるだろ? お前のことだからさっさと終わらせて遊んでたんじゃないのか?」

「失礼な。今までその三時間ずっとやってたんだから。時間がかかったのはクラスのほとんどが参加したからだし、疑うんならみんなに聞いてみれば? あ、でも一夏なら僕がみんなを脅迫したとか言いそうだね」

「悪かったよ。勉強会とか言ってたから一時間くらいで終わると思ってたんだ。三時間もやってたのか」

「質問攻めではっきり言って疲れたね。タッグマッチのためになるとか言ってたし、みんな相当に真剣なんだよ」

「そ、そうなのか……。やばいな、俺だけ置いて行かれた気分だ」

 

 ようやく現実を認識して一夏がしゅんとなる。

 一夏も休み休みにしても三時間もISに乗り続けていたのだから、それはそれでアドバンテージになるはずなのだが。

 

「ああ甲斐田君はやっぱうちに来て欲しいっす」

「まだ引っ張るんですか」

「何の話だ?」

「僕が倉持技研に就職しないかって話。それで一夏に真面目にやらせようって」

「う、それは……あれ、意外といいんじゃないか? 智希がいたら俺も退屈しないで済むし」

「そうっすよね!」

「じゃあ二人で仲良く日本を世界を説得してください」

「そんな……二人で仲良くだなんて……」

「二人で全部やれとかそれはちょっと無理だな」

「そこで梯子を外すっすか!?」

「はいはい漫才はそこまで。甲斐田君ごめんね」

 

 振り返れば見慣れた一夏担当の技術者が呆れた顔で立っていた。

 

 

 

 

 

「いい甲斐田君、これから起こることについては深く考えちゃ駄目よ」

「何ですかそれは?」

「そういう何とかなぜとか考えちゃいけない。ただあるがままを受け流す」

「はい?」

「智希、この人の言ってることは何も間違っちゃいない。本当にそういうことなんだ」

「一夏まで」

「別に感じろとかそういう話じゃない。大事なのは気にしないことなんだ。それさえ守れれば何も問題はない。ないはずなんだ」

「いったい何が始まるわけ?」

「そういうことを考え始めたら終わりよ。いいこと、甲斐田君は今からうちの所長に会って挨拶をし、当たり障りなく会話して終わらせる。ただそのことだけを考えて」

「それ以外に何があるんですか?」

「何もないわ。それ以外に何もあるはずがない。そうでなければならないのよ」

 

 この二人はわざわざ俺の不安を煽って何がしたいのか。

 揃って真剣な顔ではあるが、善意で言っているのか、それとも悪意、すなわち悪乗りして言っているのか判断しかねる。

 だいたい言うことが本当であるのなら、流す行為こそ相手の思うつぼだ。相手はそういう必死に流そうとしている姿を見て心の中で笑っているのだから。

 

「とりあえず言いたいことは理解しました。それで、その所長さんはいつ来るんですか?」

「さっき連絡入れたからすぐ来ると思うわ。きっと今は準備中」

「そうですか」

「それまでは……そうね、座禅でもしてましょうか」

「なるほど、心を落ち着かせるためにもいいかもな」

 

 俺としてはどちらかと言うとこの二人に突っ込みを入れたい。

 

「普通に雑談してればいいじゃないですか。一夏、相川さんに伝言頼んでたんだけど聞いた?」

「あ、それな」

「聞いてるならいいよ。シャルルには? さっき出くわした時に聞きそびれちゃったんだけど」

「うん、一緒にいたからシャルルも知ってる。それでだな」

「まだ躊躇ってるの? 怖がってるだけならもうさっさと連れて行こうよ」

「あのさ、それなんだけどな、シャルルがどうしても嫌だって言ってて」

「そこまで怖がってるの? というかISには水中訓練とかあるんだし、水を怖がってたら駄目なんだけど」

「いや、別に怖いとかそういうことじゃないんだ。その……」

「恥ずかしい?」

「そうそれ! シャルルが恥ずかしいから嫌だって言ってるんだよ」

「へえ、それを一夏は聞いちゃうわけ?」

「だって本人がそう言ってるんだから仕方ないだろ」

「僕の時は無理矢理脱がして風呂に叩き込んだ癖に?」

「あ。そ、それは……」

 

 どうしてできもしない嘘をつこうとするのか。しかも俺相手に。

 素直にデュノアに任せていればいいものを、変にやる気を出すからこういうことになる。

 だが一夏の心情は理解できた。たまにある、心配で放っておけない病が発症しているようだ。

 

「はあ。要するにシャルルは見られたくないんだね?」

「えっ!?」

「午前中もそうだったじゃない。着替えを見られたくないんでしょ?」

「いや、それは、その……」

「分かったよ。じゃあ寮に戻ったら大浴場はキャンセルしておくから」

「いいのか?」

「いいも何も嫌なんでしょ? シャルルにはもう言わないからって伝えておいて」

「お、おう……」

 

 別に俺は一夏をいじめたいわけではない。

 デュノアにしてもそうだ。

 

「ちなみに、その理由は一生言えないようなこと?」

「それはない」

「言い切るね」

「さすがにそんなことはさせない。ただ今は……踏ん切りが付かないだけなんだ」

「ならいいや。じゃあ付け加えて伝えて欲しいんだけど、できればタッグマッチが終わった後、遅くても夏休みの前には踏ん切りをつけてって」

「伝えるだけなら伝えるけど……夏休み前ってそんなに急ぐことなのか?」

「一ヶ月あって言えないならもう言えないよ。それに多分夏休みはフランス行くことになるだろうし、早いに越したことはないから」

「フランス? そんなの聞いてねえぞ」

 

 まだそういう話は全く出ていない。だが俺の中ではもう確定だ。

 誰も言い出さなければ俺が言う。

 

「シャルルの周りが大変なことになってるくらい知ってる。だからそのままにはしておけないでしょ?」

「智希……お前知ってるのか?」

「おおまかな話くらいだけどね。どの道逃げたままじゃ何も解決はしないんだ。だったらさっさと乗り込んで決着をつけよう」

「それは……そうだな」

「他でもない仲間のためだしね」

「仲間?」

「シャルルは僕らの仲間でしょ?」

「それは……ああ、そうだな」

「じゃあこの話はこれで終わり。それではお待たせしました!」

「えっ!?」

 

 どうせもうスタンバっているだろうと思い、虚空に向かって声を出す。

 できれば入ってくる方向に向かって言いたかったが、生憎とこの部屋にはドアが三つもあるので指定まではできない。

 

「……?」

「来ないぞ?」

「ふむ」

 

 まだ早かったか。

 てっきり準備は最初から済んでいて、本人が到着すれば始められるくらいにはしていると思っていたのだが。

 

「ん?」

「なんだこの音?」

「あ」

 

 何かが動く音がすると思ったらすぐにその正体は分かった。

 部屋のど真ん中、机の上の天井の一部がゆっくりと開いていく。

 

「動いてる!」

「あーまた改造された!」

 

 二人ともあるがままを受け入れろと言いながら速攻で反応している。

 なるほどこれでは毎回いいように遊ばれてしまうだろう。

 天井の穴は人が一人通れるくらいの大きさに広がって止まった。

 そしてそこから鉄の梯子がゆっくりと降りてくる。

 

「な、なるほど、今回はそこから……」

「また意味のないことして……!」

 

 二人とも視線は天井に釘付けだ。

 ということは敵は普通に来る。

 

「どーもこんにちはー!」

「ええっ!?」

「そっちかよ!」

 

 その所長らしき女性は普通にドアを開けて入ってきた。

 

「初めまして」

「初めましてー! 倉持技研第二研究所所長の篝火ヒカルノ(かがりび ひかるの)と申しまーす!」

「甲斐田智希です」

「あ、こちらは私の名刺です。どうぞお持ちください」

「これはわざわざご丁寧に」

 

 そして俺達は普通に挨拶を交わす。

 確かに名乗った通り俺を呼び出した張本人なようだ。

 

「すいませんねーわざわざ来てもらっちゃって」

「とんでもないです。こちらこそ用事がありまして遅くなりました」

「そんな、無理を言って来てもらったのに気を遣われなくても」

「でも篝火さんこそかなり急いで来られたんですよね? 髪が汗で濡れてますよ」

「いえいえ、これは汗なんかじゃないです。実は今まで海で漁をやってまして、つい夢中になってしまって」

「なるほど、そういうことでしたか。ちなみに成果はどうでしたか?」

「それが全然で。できれば大物を釣り上げておみやげとして持って行ってもらいたかったのですが、かかるのは小物ばかりで」

「それは残念でしたね」

「あ、でもおみやげ分くらいはありますので、どうぞお持ち下さい」

「これはわざわざありがとうございます」

「待てっ! 待て待てっ!」

 

 耐え切れなくなったのか一夏が割って入ってきた。

 せっかく俺は二人の言った通りに行動していたというのに。

 

「どうしたの一夏?」

「どうしたじゃねえよ! 何お前普通に話してんだよ!」

「普通に話をして何かおかしいことでもあるの?」

「大ありだよ! 漁ってなんだよ! そこは普通に会話するところじゃないだろ! ドン引きしながらも何事もなかったかのように流すところだろ! むしろお前の方から振ってんじゃねえよ!」

「いや? だって篝火さんはまさにそういう格好じゃない」

 

 篝火所長の格好は上からシュノーケルに水中マスク、水着と見せかけてISスーツ、手には銛とおみやげ用の魚の入った袋、下に足ひれである。

 どこからどう見ても素潜りしてきましたという姿だ。

 

「水着からしておかしいんだよ! この場でそんな格好してること自体がおかしいだろ! IS学園の中に海なんかねえよ! 池はあるけど釣りは禁止だよ!」

「一夏、それは違う」

「な、何が違うんだ?」

「篝火さんが着てるのは水着じゃない。ISスーツだ」

「どうでもいいわ!」

「ISスーツって水着と一緒にしていいんですか?」

「うーん、確かに水着としての役割も果たせますので広義では含めていいと思いますが、性能の差を考えるとさすがに一緒にされるのは……」

「だって。それはそうだよね」

「よーし分かった。お前は俺の話を聞くつもりがないんだな」

 

 しまった。遊び過ぎた。

 一夏は一発殴らないと気が済まないという形相になってしまっている。

 すると篝火所長は手にしていた銛を一夏に向ける。

 

「な、なんだよ」

「甲斐田君とお話があるのでちょっと大人しくしててね」

「うわっ!」

「きゃあっ!」

 

 言うや銛からなぜか網が発射され、あっという間に一夏と倉持の人は絡め取られる。

 障害物競走で身動きが取れなくなったような状態だ。

 

「じゃあ甲斐田君、こちらへどうぞ」

「あ、はい」

 

 篝火所長は入ってきたところとは別のドアを指し示す。

 一瞬降りてきた梯子の上に登ることを期待してしまったのは内緒だ。

 

 

 

 

 

「まさか乗ってくれるとは思わなかった」

「あ、駄目でした?」

「こうやって話ができたんだから何も問題なし。最初の予定ではあの網で甲斐田君を攫うつもりだったんだけれど、乗ってくれたおかげで久しぶりに楽しいひとときが過ごせて幸せだったわ」

「それは何よりです」

 

 ということは入ってきてからは全てアドリブか。

 これはもしかしたら好敵手を見つけてしまったかもしれない。

 生徒会長など足下にも及ばない高レベルな相手だ。

 

「さて話の前に、この部屋は完全に密室になってて、盗聴や盗撮される恐れは一切なし。それは倉持技研に限らず、IS学園からも、それ以外からも」

「それ以外?」

「ええそうよ。それ以外からも」

 

 妙に気になる言い回しだ。強調するあたり怪しいが、まさか博士のネットワークに気づいているとでも言うのだろうか。

 

「よく分からないけど分かりました」

「うん。それで今日私が甲斐田君をお呼びした用件はただ一つ。お届け物よ」

「お届け物?」

 

 はて、わざわざ密室で渡さなければならないものとは何だろう。そして送ってきた相手は誰だろう。今怪しいのはフランス、ドイツあたりだが、あの二人を飛び越えて俺に届くというのも何かおかしい。

 

「どうぞ」

 

 机に置かれたのを見た瞬間、心臓が飛び出しそうになった。

 なぜ『あれ』が、ここにある。

 

「よかった。反応してくれたってことはこれが何だか知ってるわけね。何が何だか分からないって顔をされたらどうしようかと思ったわ」

「……」

「そんな顔しないで。私はこれが何であるか知らないし、一切詮索するつもりもない。私の役割はただこれを甲斐田君に届けることだけ」

「一ついいですか?」

「なんなりと」

「伝言とかその手の類はありますか?」

「いいえ、ただこれを渡してもらえばいいとだけ」

「そうですか」

 

 今現在その存在を知っているのは世界で二人しかいない。

 俺と博士だ。

 クロニクル博士はもうこの世にいないし、クロエは記憶ごと吹き飛んでしまっている。まあ博士が教えていれば知ってはいるだろうが、それはあくまで知識としてでしかない。

 クロニクル博士は一つしか作れず、それは俺がクロエに使って壊してしまった。

 つまりこれを作って送ってきたのは博士以外にありえない。そして構造を把握している博士にしか作れない代物だ。

 

「ではありがたくいただきます」

「はーっ、よかった」

「そんなに大きく息を吐くようなことですか?」

「私にとってはね。甲斐田君が受け取ってくれたら天国、拒否されたら地獄一直線で命の危険さえある、そんな状況だったから」

「それは……確かにありそうですね。心労をおかけしました」

「それだけで理解でき……ああごめんなさい。なんでもないから」

「別に大丈夫ですよ。命までかけるつもりでやってもらったのに仇で返すなんてことはできませんから」

「それでもごめんなさい。詮索しないって言っておきながらこれで」

 

 篝火所長は額に冷や汗までかいている。

 気持ちは分からなくもない。今まさに深淵を覗き込んでしまった状態なのだから。

 俺と博士が繋がっているなど誰が想像できようか。

 だが博士がリスクを承知で託したということはそれ相応の信頼があるのだろう。

 いや待て、もしかして博士は倉持のところにいた?

 

「一ついいですか? 全くの別件なんですが」

「え、ええ」

「更識さんのことって、どれくらい知ってます?」

「それは……何も知らないって言わなきゃいけない立場ね」

「なるほど」

 

 更識妹は博士から専用化技術の情報を得ている。

 つまり、一夏を監視していたついでにしても更識妹は博士から手の届く場所にいた。

 元来博士は他人に興味を持たない人間だ。一夏を追いかけているだけなら更識妹の姿がちょっと視界に入ろうと気にも留めないだろう。一夏に出くわすと毎回逃げる姿を見ていたくらいでは。

 だが更識妹は利用価値があると認められた。なんとなく俺と同じ空気を感じたからというのもあるだろうが、それだけでは博士が自発的に動く理由にまではならない。

 リーグマッチでの博士の本命はゴーレムだ。あくまで更識妹についてはおまけ程度でしかなかった。

 おそらく、それくらいならいいかと博士の背中を押す提案をしたのは目の前の女だろう。

 今、何も知らないとは言えなかった。この場で嘘をついても俺が博士に問い合わせる手段を持っていたらすぐバレるからだ。いや、最初の発言からして篠ノ之束ネットワークの存在について知っている。自分で気づいたか知らされたか、どちらにしても隠すことができないのは理解している。

 

「更識さんのことはこのままにしておくんですか?」

「みんなががんばって見つけてくれるの待ちね」

「今は見当違いの方向に走ってるのは分かってますよね?」

「もちろんよ。でも外の可能性が全部潰れたら最後はもう本人を問い詰めるしかなくなるわ。今は遠慮して何も言えない状態だけれど、そうせざるをえない時はいずれ来る」

 

 篝火所長はためらうことなく返してくる。腹を括ったか。

 倉持技研にとって、何か一つでも博士から引き出せればそれは貴重な財産となる。

 そして博士の気まぐれにより更識妹にもたらされた専用化技術もそうなるはずだった。

 だがもたらされた本人が抱え込んでしまうのはさすがに予想外だっただろう。

 

「それならちょっとした情報を。今なら更識さんの意識が外に向いてますよ」

「えっ?」

「タッグマッチで一緒に組むパートナーを見つけないといけないんですけれど、彼女はああなので組める人がいないんです。だから見つけるためには外に目を向けなければならない」

「でも更識だし親友の……」

「それは僕が本人にやめさせました。この機会にクラスの人達と仲良くするためと言って」

「甲斐田君……」

「あ、別に何かをして欲しいってことじゃないです。布仏さんも四組の中で親友に友達ができるようがんばってるし、そのうちパートナーは見つかるでしょう。今のはただの情報です」

「それならなぜわざわざそんなことを?」

「んー、僕にはお届け物に対してお礼できるものが何もないんですよね。かといってありきたりなことをされても別に嬉しくないだろうし、それならこういう僕しか知らないことを伝えるくらいしかないかなと。更識さんが意地を張って倉持の人達が困ってるなというのは特にここ一ヶ月見てきましたので」

 

 正直なところ、知っているならとっとと更識妹を管理しろ、と言いたい。

 篝火所長が言った通り、更識妹の専用化技術については結局時間の問題でしかない。本人は相手が何も言ってこないのをいいことに安穏としているようだが、その気になれば倉持技研は強制的に調査できるのだ。更識妹はあくまで倉持技研の所属なのだから。

 そしてその過程で俺の秘密を知ってしまったとしたら、倉持はどうするだろうか。技術者集団なだけにすぐ気づくだろう。専用化の概念を覆してしまうとか爆弾過ぎると。

 IS委員会に伝えて公表するか? 自身の専用化技術の出自を問われるしできるわけがない。織斑先生にお伺いを立てるか? これはあるかもしれない。だが織斑先生は技術者ではない。知ったからと言って何ができるわけではないのだ。せいぜい俺を問い詰めるくらいしかないが、俺が白を切って驚けばそれまでである。いや、それではその後織斑千冬配下の科学者に将来の手柄を持って行かれてしまうことになるので、むしろ企業としては簡単に渡したくないか。

 ということは企業秘密として抱え込むことを選択する公算が高い。そして篝火所長は今できた俺とのチャネルを活用しようとするだろう。

 それなら更識妹に爆発されるよりは何十倍もましだ。少なくとも現時点で倉持が俺のことを知らないのは間違いない。つまり更識妹が今も隠し通している。

 

「事が荒立たずに済めばそれに越したことはないかな、くらいの気持ちです。更識さんの親友に相談はされましたけど、僕の力でどうにかして欲しいと言われたわけでもないですし。だから別に僕の名前を隠さなくていいですよ。倉持の人には僕から聞いた話だ、で」

「いいの?」

「そうですね、意気投合して話をしてたらたまたま更識さんの話題になって僕が口にした、くらいでいいんじゃないですか? もちろんこの機に何かをするつもりがあるのならですが」

「今なら簪ちゃんに聞く耳があるよって話でいいのね?」

「そうです。だって更識さんは一夏にリーグマッチの借りを返さないといけないんですから。そんな時に何であれ手助けがあると嬉しいですよね?」

「簪ちゃんがそんなことを……?」

「もちろんそれは僕の想像です。でもきっと当たっていると思いますよ?」

 

 更識妹が強化されてしまうのは嬉しくないが、そのパートナーが数段落ちるのは確実なのでとりあえずよしとする。

 それに宮崎先輩に聞いたところ、毎年クラス代表はそれぞれブロックが分かれるそうだ。だから更識妹とは最低準決勝までは当たらない。いや、例年通りなら一組代表と四組代表が当たるのは決勝になる。おそらく準決勝が鈴・ハミルトンだろう。鈴をクラス代表のハミルトンと組ませたのはそういう意味合いもある。

 疲労度を考えれば決勝は一番差の出る状態になる。機動力を活かすタイプの更識妹にとって苦しくなるのは間違いない。一方の一夏はシードで二試合少ない。だから俺は一組にシード権を捨てさせないのだ。

 

「本当にありがとう。その情報は有効活用させてもらうわ」

「とんでもないです。命をかけた対価にしては小さ過ぎるでしょうけれど、そのへんはまた今後の機会ということで」

「その言葉が十分過ぎるほどの対価になるわ。もう借りなんて気にしないでね」

「そうですか。ではこれはありがたくいただいていきます」

 

 俺はそれを胸ポケットにしまって立ち上がる。

 博士が送ってきた理由はもう明白だ。保険である。

 もしボーデヴィッヒのVTシステムが暴走し、織斑先生も間に合わないような事態になってしまった場合、これを使って俺が止めろという話なのだ。

 クロエにやったように、ボーデヴィッヒの記憶人格全てを吹き飛ばして。

 

「あ、甲斐田君」

「何でしょう?」

 

 もう話は終わりだと思っていたのだがまだ何かあるのか。

 

 

「どうせだからこのおみやげ、持って行かない?」

 

 

 

 

 

 大浴場の予約は既に取り消された後だった。

 

「シャルルがやったんだろ」

 

 一夏は何でもないことのように言う。

 

「やり方なんて知ってたんだ」

「そんなのは誰かに聞けばいいじゃねえか。時間は十分あったんだし、別におかしいことでもないだろ」

「それはそうなんだけど……」

「どうせシャルルに確認すれば頭下げてごめんって言うぞ。後で聞いといてやるよ。それよりもさっさと買い物行こうぜ。せっかくいい鯖が手に入ったんだ」

 

 一夏の機嫌は篝火おみやげの魚によってあっさり直ってしまっていた。

 切り身ではなく一匹丸々が一夏の料理心をくすぐったのだろうか。

 まあ大浴場の話題をぶり返したくないというのもあるだろうが。

 

「いいけど荷物持ちとかいる? そんなに買い物あるの?」

「言われてみるとそこまででもないな。むしろこれを先に持って帰ってもらった方がよさそうだ」

「了解。先に戻ってるね」

「じゃあこの後織斑君のことは任せて!」

「さあ織斑君は私をエスコートするのでーす!」

「あーマリアずるい!」

「リアーデさん、お願いだから俺の耳元で大声出すのはやめてくれ」

 

 パイロット班連中に囲まれて一夏は購買部の地下へと向かって行った。

 相川さんに鍛えられたのか連中もめざとくなったものだ。アリーナからの帰り道に待ち構えているとは驚きである。

 もはや篠ノ之さんやオルコットなど完全に出し抜かれている。鈴は夜竹さんと仲良くしたりして情報収集に努めているようだが、一組からの情報を遮断されるとついてこれなくなってしまう。

 とはいえこの光景は俺にとって望むべきものだ。傍から見れば今の一夏は取っ替え引っ替え女の敵状態だが、その気のある女子からすれば逆に自分にもチャンスはあるということになる。

 ちょっと前の三社カルテル独占状態よりはよほど夢のある話だ。だから俺も気を遣って席を外した。俺がいると一夏と話をしたい彼女達にとっては邪魔になるのだから。

 

「あれ? 甲斐田君何それ?」

「おみやげ」

「おみやげ? IS学園で生の魚がおみやげって意味分かんないわね」

「もらったんだからしょうがないじゃないか」

「あげる方も何考えてるかって話だけどあっさり受け取るのもどうなんだか」

「別にこっちには一夏がいるし、新鮮な魚が食べられるんだから何も問題はないよ。まあ鷹月さんには全く関係ない話だけどね」

「食べるだけのくせに偉そうね。でも織斑君宛てなら納得か」

 

 匂いもあるしさっさと魚を持ち帰ろうとしたら鷹月さんに捕まった。

 タンブラー片手に歩いていたので勉強の小休止に散歩でもしていたのだろうか。

 とはいえ俺もさっさと魚から解放されたいので立ち止まりはしない。

 

「織斑君のところに行くって聞いたけど一緒じゃないの?」

「一夏は今地下で買い物中。これをおいしく食べるために材料を揃えるんだって」

「この前の屋上でも思ったけど織斑君はISを動かせなかった方が幸せな人生を送れたでしょうね」

「どうだろう。というかそれを言うならむしろ僕なんだけど」

「は? 甲斐田君はどこにいようと甲斐田君でしょ。どこにいようがどういう立場に置かれようが、好き勝手やってるのは間違いないわ」

「断言してくるね」

 

 鷹月さんは俺を持ち上げる割には辛辣だ。

 持ち上げるならせめて敬意くらい示せとたまに思う。

 

「男子にとってIS学園に今の立場で放り込まれるよりきつい環境なんてそうそうないわ。それなのにこうやって我が物顔で歩いてるんだから、どこにいようが一緒だと言うのは百人中百人が納得する話よ」

「そこで同情の方向には行かないのか」

「その必要があればそうするわよ。 同情とかして欲しい?」

「必要ないね」

「敷地内を男子一人で歩き回って平気なんだものね。こっちとしても余計なことを考えるだけ無駄だわ」

「それはみんな言うね。僕としちゃ逆にIS学園という場所だからこそ大手を振って歩けるという話なんだけど。自分の人生を捨てて殴りかかってくる人なんていないし」

 

 最初は俺も不安はあったが、すぐに慣れた。

 なんだかんだで俺も一夏も特別な立ち位置なのだ。口では言われても物理的な被害の心配は少ない。極論そこらの女子なら殴りかかってこられても体格差で返り討ちにできる。ISには絶対防御がある。怖いのは包丁を持ち出されての不意打ちくらいだろうか。まあその時はその時だ。

 

「なるほど。そういう考え方もあるか。だったらわざわざそういう敵を作らないことね。また五組にちょっかいかけたそうじゃない」

「今日の話なのによく知ってるね」

「上級生が甲斐田君の話題を情報規制してたんだって? それがなくなったから今はすぐ広まるわよ。もう甲斐田君は完全に曲者扱いされてるし」

「なるほど、それは好都合」

「それも計算づくか……。ねえ、今度は何をする気?」

「それを聞かれたらみんなのためになることと答えようかな」

「はいはい、まともに答える気はないわけね」

「ひどいなあ。嘘は何も言ってないのに」

 

 実際そうである。

 誰かに損をさせては恨まれてしまう。

 まあ気づかないようなのはさすがにどうしようもないのだが、今回は一年生達のためになることをしてあげるのだ。結果的に、だが。

 IS学園は生徒達に自主性を求める。だが俺のやり方は強制的にその方向に持っていくことで、手法に違いはあれど出てくる結果としては同じだ。もちろん強制と言っても各自がそれを自分で選択するように仕向けるだけであり、無理にやらせるわけではない。

 

「まあすぐ分かるだろうしいいわ。それより甲斐田君は織斑君を待つだけならこの後時間あるの?」

「ああ、昼に言ってた話?」

「うん」

「この魚を置いてくれば体は空くよ」

「じゃあちょっと時間もらっていい?」

「全然構わないよ。でも会議室は空いてるかな……?」

 

 深刻そうな顔なので相当に重要な話のようだ。しかも前倒ししたいとは緊急性まである。

 今回は立場上一組に関われなくなるので、今のうちに不安の種は取り除いておきたいところだ。

 

「それならこの際甲斐田君の部屋でいい? 別に長居をするつもりはないから」

「鷹月さんがいいならいいけど……じゃあちょっと一夏達の部屋に置いてくるから」

「あ、そういえば部屋の鍵は?」

「僕らはお互いに合鍵持ってる」

「そ、そうなんだ……」

「じゃあちょっと待ってて」

 

 急いで鍵を開け一夏達の部屋に入る。

 話をしているところを見られたくないとは相当にデリケートな話題なのかもしれない。

 デュノアはいなかった。

 冷蔵庫を開けて魚を放り込む。匂いなど知ったことか。俺の部屋の冷蔵庫ではない。

 すぐに戻ろうとして、ふと違和感を覚えて振り返る。

 部屋が狭く感じられるような……仕切られている?

 一夏はわざわざしないだろうし、デュノアの要望なのだろうか。

 とりあえず今は関係ないので気にしないことにする。

 

「ごめんお待たせ」

「う、うん」

 

 隣の部屋なのですぐだ。

 一夏の部屋の鍵を閉め、自分の部屋の鍵を開ける。

 俺の後に続いて鷹月さんが入ってきた。

 

「一人とはいえ殺風景ね」

「みんなこんなもんじゃない?」

「というか掃除してる? 微妙に薄汚れた感が」

「そんなの別にいいでしょ。床に座りたくないなら椅子でもベッドでもどうぞ」

「ご、ごめん」

 

 結局鷹月さんはベッドの方に腰掛けた。俺は椅子に座る。

 

「それで、話って?」

「うん、折り入って相談させてもらいたいんだけど」

 

 鷹月さんは膝の上で拳を握り、真剣な表情で俺を見る。

 

「デュノア君とお近づきになりたいんだけど、どうすればいいかしら?」

 

 

 まずい、鷹月さんがこれでは一組はバラバラだ。

 

 


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