IS 喜んで引き立て役となりましょう!   作:ゆ~き

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14.平穏な一日(午後)

 

 人からもらったものであろうと、自由は自由だ。

 

 

 というわけで俺は一人足を早める。うかうかしていては捕まってしまうからだ。

 昨日までは自動的に連行されていた。右から左に、これは行く場所が変わっただけではないかと気づくのにそう時間はかからなかった。今までは織斑先生、今は鷹月四十院。やることは事務作業から指揮関連のお勉強である。

 いや、別に暇を持て余しているのならやったっていい。今までのように絶対拒否などと言う気はない。

 今しばらく一夏に対する影響力を保持する意味でも、指揮について多少の知識を得ておくことは無駄にはならないはずだ。

 個人戦はまだしも二学期三学期の行事をにらむと、一夏の嫁候補に指揮官タイプがいない以上は俺が担わなければ一夏に対する特別な便宜を図ることができない。

 オルコットならできたかもしれないが、残念ながら奴は専用機持ちでパイロットコース一直線。どうしても優先度的に自分が最上位に来てしまう。まだ一夏を自分の前に押し出すことまではしてくれないだろう。

 一方で一組の指揮科志望の連中は、呆れるほど一夏に興味なし。これは正直なところ誤算だった。

 一夏の潜在能力を考えればこういうタイプこそ一夏に惚れ込んでくれるだろうと算盤を弾いていたのだが、実際は微塵もそういう方向で興味を示すようなことがなかった。

 その上俺が女子を一夏にけしかけていることまで理解しているので、俺から何かをすることもできない。取り付く島もないとはこういうことだろうか。

 もう来年になってから指揮科の人間で探すか、今年であれば三組のベッティブレーンの連中を捕まえるくらいしかないだろう。ただ後者は話をしていて鷹月さん達にも及ばないレベルに見えるので、能力的に不安であったりする。

 とりあえずのところ、今は一夏をサポートしてくれる人間が欲しい。篠ノ之さんではIS関連以外では役に立ちそうもないことがもう俺の中で確定してしまった。有事には強いかもしれないが普段が弱すぎる。鈴には殴り合い上等の世界しかない上にやはり自分が一番だ。

 感覚としては四十院さんが一夏に惚れてくれれば一番よかったのだが、なかなか世の中うまくいかないものである。

 

「あれ、かいだーだ。一人でなにしてるの~?」

「何って普通に歩いてるんだけど、あ」

 

 外から校舎に入ってきたのは布仏さんだった。そしてもう一人。

 

「なに~?」

「ええと、そちらは……」

「かんちゃん。そういえば初めてだね~」

 

 四組代表更識妹である。

 ああ確かにこうやって至近距離で面と向かいになるのは初めてだろう。

 

 

 

 

 

 更識妹に対する俺の評価は、日々成長している、だ。

 何が成長しているって、俺に対する態度の取り繕い方が日々上達しているのだ。

 最初はひどかった。俺を見つけるや挙動不審に慌てふためき、逃げる。俺の視界から消えようとする。

 これはもしかして振りなのだろうか、とさえ思った。もし姉がやっていた日には叱責を免れないほどの次元だ。だが見るからに本人は大真面目にやっているようなので、その意を汲んで俺は見ないふりをすることにした。ちなみに谷本さんであれば見たと相手に認識をさせた上で流しただろうか。

 まあ、尾行していたのがバレたのではないかと怯えていたのだろうけれど。

 だがさすがに本人的にもこれはよくないと思ったらしい。俺を刺激しないようにか、次第に態度を取り繕うようになった。さりげなく歩く方向を変えてみたり、何かを思い出した風に足早に通り過ぎようとしてみたり、日々工夫を重ねる様子が見受けられる。今では止まらずに俺の横を通り過ぎることができるくらいだ。

 もちろん普段一緒に行動をしている人間がいれば、お前はいったい何をやってるんだと突っ込まれたろう。だがいつ見ても更識妹は一人だった。布仏さんが側にいるのは朝夕校舎外にいる時と昼食時くらいなものらしく、校舎内では別行動なためか二人がいる場に出くわしたことはない。まさに今回が初めてである。

 

「初めまして。甲斐田智希です」

「……」

 

 更識妹は軽く頷いたのみで、言葉を発することさえなかった。視線も下げたままである。

 何も知らなければああそういう人なんだろうなと思うところだが、残念ながらこいつに限っては違う。

 俺と同種の人間であるのであれば、今は絶賛パニくり中だ。

 やばい何も準備してないどうしよう!? もういっそ隣の人間を差し出して逃げられないか……! と脳を全力で回転させようとして意味不明な方向に走っている、そんな状態である。

 さらに俺のことを認識していれば、これはもう絶対に視線を合わせてはいけない、合わせた瞬間にやられる……! くらいは考えていそうだ。もちろん何がやられるなのかは本人も分かっていない。

 

「かいだーは知ってるよね~?」

「四組代表の人でしょ。あと生徒会長の妹さん」

「……!」

 

 生徒会長という単語に反応して、更識妹は反射的に顔を上げる。いや、なぜそれをという顔をしないで欲しい。さすがに知っていて当然だろう。布仏さんの前で更識妹について何かを口にしたことはなかったが、一夏の対戦相手なのだから調べられていていないはずがないとは考えないのか。というか姉から何もなかったのか。姉に俺のことを聞いたのではなかったのか。

 

「あれ、生徒会長の人から何も聞いてなかった?」

「……」

 

 試しに振ってみると、あからさまに警戒し再び顔を下げて視線を外す。きっと頭の中では最大級の警告音が鳴らされていることだろう。どうやってこの場を乗り切るか、を考えようにも考えが纏まらない、そんな状態。

 

「かいちょーはかいだーのことかんちゃんには何も言ってなかったね~。だからかんちゃんは知らないよ~」

「そうなんだ」

「……!」

 

 よくやった本音! 褒めてつかわす! だろうか。

 だが俺として気にかかるのは布仏さんがそれを言い切ったということだ。そんなもの一対一で布仏さんのいないところで会話しているかもしれないのだから、本人に代わって言い切るようなことではない。つまりそれは事実なのだろう。この姉妹は一対一で会話するようなことはないと。

 まあ、理由はよく分かる。姉がうざった過ぎて布仏さんを間に挟まないとやってられないとかそういう感じだ。妹命とかちょっと勘弁してくれということだ。

 

「そいつは失礼。でも意外だな。あの人の性格からして喋りまくってそうだけど」

「それはね~、なんか刺激しちゃいけないんだって~。かんちゃんはジュリエットじゃないんだって言ってた」

「はあ、そうなんだ」

 

 あれ以来生徒会長が妹について何かを口にしたことはない。

 そもそも布仏姉が出張ってくるようになったこともあり、口論バトルの頻度がめっきり少なくなってしまった。

 最近谷本さんの相手だけでは物足りなさを感じてしまうあたり、やはり俺は心のどこかで楽しさを感じていたようだ。

 

「……」

「じゃあまた」

「え~、せっかくなんだからもっとお話しようよ~」

 

 何を余計なことを、と俺と更識妹の心はおそらく一つになった。

 俺はもちろんできる限り関わりたくないし、向こうだって準備なしの遭遇ではやり過ごしたいはずだ。

 なのに布仏さんは邪気のない笑顔を俺達に向かって振りまく。俺達が吸血鬼だったらそのまま笑顔の光で消滅させられそうだ。

 

「いや、でもこれから行くところがあって」

「かぐ? それならすぐそこでかいだーを探してたけど」

「あー、四十院さんね。ちなみにどのへんにいた?」

 

 布仏さんは自分が入ってきた方を指差す。外に張っているか。まずい、読まれている。

 一応アリーナ方向へ行ったと偽装はしてきていたのだが、俺の行動を当たり前のように読んでくる鷹月さんが先読みして網を張っていると考えた方がよさそうだ。

 ならばどうする。

 

 一.外へと強行突破。

 二.この二人と行動する。

 三.一人でアリーナへと向かう。

 

 一は無理矢理なら可能だがリスクが大きい。後に響くという意味で。

 二は更識妹という爆弾を抱えることになる。

 三は一夏や俺を逆恨みしている篠ノ之オルコットに捕まってしまう可能性がある。

 

「そうだね、ちょっとくらいなら時間あるか。じゃあ中庭にでも行こうか」

「やった~!」

「……!」

 

 布仏さんがバンザイし、更識妹は固まる。

 一瞬の判断ではあるが、他と違って俺に対して攻めに来ていない更識妹が一番与し易そうだという結論である。

 

「そこまでよっ!」

 

 だが実際に行われるのは第四の可能性だった。

 

 

 

 

 

「とうとう尻尾を出したわねっ!」

 

 生徒会長の鼻息が荒い。というより肩で息をしている。そんなに全力疾走をしてきたのか。

 

「息を忍ばせて相手が緩むまで待つとは、なんて悪魔的な男子なの! もしかして杞憂だったかと思うくらいになって行動を起こすとは、本当に油断のならない相手ね!」

「うわあ」

「お~!」

「……」

 

 布仏さんが手を叩いて喜ぶ。更識妹はまた余計なのが、という感じだろうか。

 だがこれはチャンスだ。俺だけでなく、更識妹にとっても。

 

「何の話ですか? 今たまたま出くわしただけですけれど」

「ふん、もう騙されないわよ。こういう場合に甲斐田君が計算をしないわけがないことくらい分かってるわ。虚の言う通りね」

 

 布仏姉は普段何を生徒会長に吹き込んでいるのか。

 俺の虚像がおかしな方向に進んでしまう。

 

「あれ、そういえば布仏先輩はいないんですか?」

「虚? それがあの子は体力ないのよ。いや、もちろん人並み以上ではあるんだけど、私について行くにはちょっと足りなくてねー。今一生懸命追ってきてはいると思うんだけど」

「布仏さんは走るの得意だったりしないの?」

「あんまり上手じゃないかな~」

「じゃあそういう家系ではないってことなのかな。でもこうやって必要になりそうな場合もあるみたいだから、整備科志望だからって手を抜くわけにはいかないね」

「うん! 私もがんばるよ!」

「そうそう、本音ちゃんは虚みたいに逃げてちゃダメよ。役割とかそういう言い訳はしないで、きちんと日々体は鍛えないと……ってそういうことじゃなくて!」

 

 ものの見事に乗ってくれるから生徒会長とやり合うのは楽しい。

 谷本さんはこういう時芝居がかり過ぎなのだ。

 あの人は自然に会話をすることがどれほど大事かを学ばなければ未来などない。

 

「ああ、布仏先輩の話でしたね。話がそれました」

「待って。その前から思いっきりずれてるから。いい、私が言いたいのはね」

「いや、これは大事なことですから。あのですね、どうも会長は布仏先輩を無条件に信じ過ぎています。もうちょっと考えてください」

「何を言い出すの! 虚は私が生まれた時からずっと一緒なのよ! あの子については私が一番良く分かってるんだから、他人が口を挟まないで!」

「おっしゃるとおりです。ある意味この世で一番お互いに通じ合っている相手かもしれません。でもですね、お二人の間にはどうしても決定的な違いがあるんです」

「な、何よそれは?」

 

 さあ更識妹、お前の頭脳的瞬発力はどの程度だ。

 

「立場が違うんです。布仏先輩はあくまで会長を支える立場であって、対等ではないんです。そしてそのことによって意識の齟齬が生まれてくる」

「どういうこと?」

「分かり易い例を挙げましょう。布仏先輩は僕を生徒会に入らせようと執拗に勧めてくる。会長が散々止めて欲しいと言っているのにも関わらずだ」

「た、確かに……」

「もちろん布仏先輩に私心なんてないでしょう。純粋に会長のためを思って提案をしている。そこに疑いの余地はない。でも、それでも会長は反対なわけだ」

 

 個人的には布仏姉はおもしろがってやっているように見える。

 妹を見てもこの姉妹はこういう風に遊ぶのが大好きそうだ。どこまで計算をしているかまでは分からないが、イレギュラーな出来事に興味を示すことは妹と共通しているような感じがする。

 

「そうね、虚があそこまで言うんだからって思わないこともないんだけど……」

「そこです。確かに布仏先輩から学ぶことは多いでしょう。一年の違いは大きいわけで、やっぱり経験の差はあるんです。でも、だからって何もかも言いなりになってしまうのは違うと思いませんか? 会長だって一人の人間としてはっきりとした意思を持っているんだから」

「そ、それはもちろんそうあるべきなんだろうけど……」

「もちろんその通りだと思うのであればそうすればいい。だけど絶対に違うと思ったらそれは貫くべきだ。だって会長は操り人形じゃないしそうなりたくもないでしょう?」

「操り人形だなんて……」

「楯無さまを洗脳しようとするだなんて、さすがに見過ごすわけには参りませんね」

「えっ!?」

 

 来た。さあ更識妹、チャンスはここから数秒だ。

 姉の視界から外れ意識も飛んだ隙に、逃げろ。

 

「甲斐田君、そういうのは感心しませんね。楯無さま、今のは完全に詐欺師の論理ですよ」

「ええっ!?」

「洗脳だなんて物騒ですね。布仏先輩がいるのにそんなことできるわけないじゃないですか」

「はい、もちろん私が来るのを分かっていてそうしたのですから、本気ではなかったでしょう。ですが楯無さまとお話をするのでしたら。きちんと楯無さまと向き合って欲しいものですね」

「虚? どういうこと?」

 

 これはバレている。

 姉ではなく妹に聞かせたことが。

 

「楯無さまがここへいらっしゃった理由はなんでしたか?」

「それは……あっ! 簪ちゃん!」

 

 生徒会長が慌てて振り返ると、そこにお目当ての更識妹の姿はなかった。

 今がチャンスだと反応はできたようだ。

 

「簪ちゃんがいない! どこへやったの!」

「いやいや、自分で逃げて行きましたよ」

「なんで!?」

「そんなこと僕に言われても……」

 

 俺が場を作ったにせよ、逃げを打ったのは更識妹本人の意思だ。

 俺の関与することではない。

 

「しまった……私としたことが……」

「妹さんが心配なら追っかけた方がいいんじゃないですか? どうしていなくなったのかは知りませんけど」

「言われなくても! 覚えてなさい!」

 

 憤然としながら、生徒会長は校舎の外へと走って行った。

 布仏姉もそれを追いかけようとし、すぐに止まって振り返る。

 

「楯無さまが甲斐田君を気にする理由がようやく分かりました。すごく似ているんですね」

「似ている?」

「お礼に今日のところは勧誘を控えておきます」

「これからもずっとというわけには行きませんか?」

「それだけは無理な相談ですね。では」

 

 無理な相談と言うか。そこまでか。

 と、俺の袖が引っ張られる。

 

「どうかした?」

「かいだーって、ずるい」

 

 見れば珍しく、本当に珍しく、布仏さんが怒った顔をしていた。

 こんな顔を見るのはオルコットがボコボコにされた時以来だろうか、頬を膨らませている。もちろん微塵も怖くはない。

 

「ずるいってどういうこと?」

「べーだ!」

 

 小学生かという仕草をして、布仏さんは駆けて行った。

 ああ、初対面なのに俺の意思が親友更識妹に通じてしまったことが悔しいのだろう。かわいい嫉妬だ。

 どうやら姉も妹も俺のやったことを理解したようだ。

 

 しかし更識妹が素直に姉妹のように額面通りに受け取ってくれるのであれば、話は簡単だ。

 その程度であればはっきり言ってどうとでもなる。脅威どころか敵ですらない。

 でも、きっとそうはならないだろう。

 素直にはならず思いきりひねくれて、裏を読んでくるに違いない。

 自分の意思ではなく布仏さんの意思に従われた方が俺は嫌だと感づいてくるだろう。

 結局のところ、更識妹は一人だ。正直言って一人では大したことは何もできない。基本的に俺の周りには一夏やクラスメイト連中がいるし、クラスを離れたとしても三組に顔を出すくらいだ。たとえ一人の時を尾行したってたかがしれている。

 だから俺のことを調べたいのであれば、一人でやってないで布仏さんを間に挟むべきなのだ。今後も俺に関わるつもりならまあそうするだろう。

 そしてそれは俺にとってはコントロール下におけるという話である。はっきり言って一人で暴発されるのが一番怖い。やけになって一人撒き散らして事態を悪化させてしまうのはもうたくさんだ。

 だから俺はあえて踏み込んでいく。

 

「さて、ようやく落ち着いたし、この後は……」

「それはもちろん資料室ですよ。昨日そういう約束をしましたよね?」

 

 心臓が止まった。

 顔を上げると笑顔の四十院さんが目の前に立っている。いつの間に。

 

「四十院さん……」

「食後の散歩はお済みですか? ですが少し時間がかかり過ぎではないでしょうか。それから行く先は言ってもらわないと」

「いや、それは……」

「せっかくの土曜日です。のんびりしたいのは分かりますが、時間は有限なのですからそろそろ参りましょうか」

 

 これは口では無理だ。もはや強行突破しかない。

 慌てて後ろを振り返ると、なんと鷹月さんが走ってきた。

 

「いたいた! こんなところにいたのね、布仏さんの言った通りだったわ」

 

 売られた。

 ということは方角からしておそらく布仏姉が四十院さんにチクっていたくさい。そして回り込まれたと。

 これはまずい、挟まれた。

 

「甲斐田君、私達と行くか織斑先生のところに行くかどっちか選びなさい。それ以外の選択は明日からの不自由な生活を意味することになるわよ」

「それすごい脅迫なんだけど」

「それが娑婆に出る条件なんだから何もおかしいことではないんだけれど?」

「娑婆って言っちゃったよ……」

 

 俺の立場は自由人ではなく、執行猶予付き保護観察処分なだけだったのか。

 いや、それ以前にIS学園自体が監獄だった。

 

「じゃあ行きましょうか」

「今日のメインはラファールの武装についてですね」

 

 俺の両側を二人が挟む。

 そして逃げないようにという理由を口にして四十院さんが俺の手首を掴む。

 その姿はまさに連行される罪人だ。

 

 勝負に勝って試合に負けたとはまさにこのことだろう、と俺は自嘲するしかなかった。

 

 

 

 

 

「いくらなんでも固定砲台はやり過ぎだと思うのよ」

「ですがそこまでやらなければあの重火力は達成できません」

「コンセプト的になんでもありにしたいんだろうけど、機動力が売りのラファールでやることかなあとは正直思う」

 

 飯を食べながらお勉強だなんて、俺はなんと熱心な生徒なのだろうか。

 というか明日に持ち越しではダメなのか。いくら時間で追い出されたとはいえ、きりのいいところまでと言いつついつまでも話を続けるのはどうなのか。もっとメリハリを持って生活すべきではないのか。

 そしてそれを口にできない俺はいったい何なのか。

 

「よう智希、楽しそうだけど何話してんだ?」

「一夏」

「ラファールの武装についてですよ」

「え、それの何が楽しいんだ?」

「ラファールの武装はいろんなバリエーションがあって多彩なのよ。だから語ることも多いわけ」

「あ、そう」

「一夏さん、一夏さんの零落白夜は世界に一つしかないすばらしいものですわ」

「そうだぞ。下手な武装など及びもしない唯一無二の武器だ」

 

 武装が剣一本しかない一夏が拗ねた。慌ててオルコットと篠ノ之さんがフォローする。

 周りが色々な武装を使っているのに自分は使えないというのはいい気持ちではないようだ。

 

「みなさん食事はもうほとんど終わりのようですわね」

 

 オルコットが俺の目の前でにこやかに笑う。すなわち俺の前の席に座った。いや潰した。

 朝は味方、夜は敵。

 六人がけの残りの席ついたのは一夏と篠ノ之さん。こちらの二人に意図などないが、それはつまり弾かれたのが鈴とハミルトンであるということだ。二人とも隣のテーブルの席に座っている。もっとも、鈴は昼の件があるのでどのみち俺の近くには近づいて来なかっただろうけれど。

 

「今日は三人で学ばれたのですか?」

「さすがに毎日先輩達を引っ張り出すわけにはいかないし」

「なるほど、神楽さんは甲斐田さんと一緒に充実した時間でしたか?」

「はい、とても楽しく過ごすことができました」

 

 うわ、あからさまにも程がある。

 もう少しさり気なくはできないものなのだろうか。

 それともこれ見よがしにやるのが作戦なのだろうか。

 名前を出されなかった鷹月さんは我関せずの表情で黙々と食べている。

 

「ラファールの武装についですか……いろいろと意見を交換されたのでしょうが、やはり同じものを見ていても考え方の違いは出てきたりしますか?」

「それはよくありますね」

「なるほど。ではそうですね、例えば……神楽さんから見て甲斐田さんはどうでしょう?」

「意外……と言っては失礼かもしれませんが、一つ一つが堅実ですね。奇をてらうようなやり方はあまり好まないようです」

「そうなのですか? それは確かに正直なところ意外でした」

「それは本当か? あの甲斐田だぞ?」

「そうだな。智希っていつもちゃぶ台をひっくり返してるイメージなんだけど」

 

 実に間違ったイメージである。俺を何だと思っているのか。

 

「そんなの必要ないならいらないでしょ。奇策ってそもそも普通にやったら勝てないからやむを得ず使うものなんだし」

「そりゃあそうだけど、いや、正直そういうのが好きかと思ってた」

「おっしゃる通りですが、積極的に使って行って相手の混乱を狙う印象でしたわ」

「まず奇策ありきかと思っていた」

「それってただ単に性格が悪いだけじゃない」

 

 俺が突っ込むと、三人とも黙った。

 沈黙は肯定と解釈する。今度分からせてやる必要がありそうだ。

 

「で、では……甲斐田さんから見て神楽さんはいかがでしょう?」

「四十院さんこそ奇策とか大好きだね。一発逆転とか大掛かりな仕掛けとかそういうのを考えたがるよ」

「自分でも思いますが派手な方が好きですね。その方が楽しいですから」

「それは何となく分かりますわ」

「へー、そうだったのか」

「私としてはそちらの方が意外だな。誰かを補佐するタイプかと思っていたぞ」

「好みとしては、という話です。適正としてはそうかもしれませんね」

 

 これは感想が割れた。

 俺やオルコットは初期から見ているので知っているが、パイロット班から見れば印象はまた変わってくるだろう。

 四十院さんも指揮班としての決定があった上で他の班に連絡を伝えていたわけで、少なくとも議論する様子などは見せていない。そうなると暴君として悪名高かった俺の意思を伝える存在として認識されたりもしただろう。

 

「あと鷹月さんは慎重派だよ。石橋を叩いて渡るのがモットーだって」

「奇策にやられるとか冗談じゃないわよ。普通にやれば勝てるのにひっくり返されて負けとかみっともない」

 

 余計なことを言って巻き込むな、とばかりに鷹月さんはめんどくさそうに答える。

 俺としては積極的に助けて欲しいのだが。

 

「へー、おもしろいもんだな。いろいろあってバランスが取れてていいのか?」

「どちらかというと堅実寄りですわね」

「実際は攻めていた気もするがな」

 

 リーグマッチでは作戦通りに行ったためしなど一度もない。

 初戦では一夏が暴走、二戦目は完全に裏をかかれる、三戦目はやり過ぎて失敗、四戦目は一夏の独壇場、おまけは出たとこ勝負。反省をすればするほど自分達の存在は何だったのかと思わざるをえない。

 だからこそ鷹月さんは個人戦に期するものがあるように見える。シードと訓練機もあるし、是が非でも一組全員をいいところまで進めてみせようと意識しているようだ。だからこそこうやって毎日俺達を引っ張って熱心にやっているのだろう。

 ちなみに四十院さんの方は別な方向に意識が行っているのでそこまででもないが。

 

「個人戦が楽しみですわね」

「今回は私も出るからな。大いに期待させてもらう」

「そうか、朝智希がルールルール言ってたのは個人戦をどうするかって考えていたからなのか」

「もちろんそうですよ」

 

 当然一夏のためである。他の連中などどうでもいい。

 まあ今の実力を考えれば一夏は普通に優勝候補であるのだが、特に専用機持ちには油断ができない。

 射撃専門のオルコットや更識妹とは元々相性が悪いし、鈴も日に日に機体を自分のものとしつつある。

 それに訓練での勝率だけなら大きく負け越している篠ノ之さんのような存在もある。一組連中は一夏の手の内を理解しているので足元をすくわれる可能性だって普通にあるのだ。

 その上他のクラスに俺の知らないダークホースがいるかもしれないことを考えると、時間はいくらあっても足りない。

 三組にはまた入り込むつもりだし、五組は新代表杉山を使ってかき回そうと考えを温めてはいるのだが、いかんせんルールが分からなければ動きづらい。

 織斑先生のあの感じではまた余計なことを企んでいるのは間違いないので、早くどうにかしたいところではある。

 

「ルールが分からないんじゃなかなか対策はできなさそうだな」

「はい、ですから毎日こうやって機体についての知識を得るところから始めているのですよ。リーグマッチの際は時間がなくて正直なところ網羅できていませんでした」

「なるほど、どのような事態にも対応できるようにというわけなのだな」

「それにわたくし達一組はシードですわ。ですから他のクラスの戦いぶりを観戦することができるのです。予め対策を考えられるのはとても心強いことですわ」

 

 これが俺達の最大の利点である。

 おそらく最初の二、三日一組の出番はないだろう。二組から五組の潰し合いを観戦することになる。

 その間はまず自分のブロックの試合を見ればいい。一組が登場してからは一組の連中が負けるような試合をチェックしていけばいい。

 そして一組以外は勝ち続けてもきっと毎日連戦を繰り返すことになるので、当然疲労も溜まってくる。月曜に始まって決勝は日曜日、それはどれほどのものだろう。

 鈴や更識妹やベッティといた代表クラスと言えど一回戦から戦わなければならないのだ。

 どう考えても一組が有利なようになっている。リーグマッチ優勝の価値はそれだけあった。織斑先生に食らいついておいて本当によかった。

 

「そうだ、個人戦には智希も出るんだしたまには一緒に訓練でも」

「明日は無理だよ。IS委員会の人達が来る日だから」

「そうか……」

「甲斐田さんのデータ取りの日ですか。それでは仕方ないですね」

 

 ここ数日一夏は隙あらば俺に訓練を勧めてくる。

 一度は理解を示しておきながらだが、自分が訓練をしているうちに俺だってやれば楽しめるに違いないと考えてしまったようだ。

 鷹月さん達に付き合っているのはそれを逃れる意味合いもあった。

 

「じゃあ食べ終わったし先行くね」

「おう」

「では私達も行きましょうか」

「はいはい」

 

 四十院さんと鷹月さんも立ち上がる。別についてくる必要もないのだが。

 出口でちらりと振り返ると、空いた席に速攻で鈴達が座っていた。

 

 

 

 

 

 部屋に戻ると、ドアの前で土下座する二体の姿があった。

 その脇にも二人、今にも頭を踏みつけそうな顔の鏡さん。そして 苦笑いしている相川さん。

 

「とりあえず誰だか分からないから顔上げて」

 

 恐る恐る上がってくる顔は、夜竹さんと田嶋さんのものだった。両者とも神妙な顔をしている。

 ふむ、自首しに来たか。

 

「ほら」

 

 いきなり鏡さんが夜竹さんを蹴る。いったい何が始まるのか。

 

「この度は大変ご迷惑をおかけ致しました」

「誠に申し訳ございません」

 

 再び二人が頭を下げる。仰々しく。

 

「何のことか想像つかないこともないけど、とりあえずは事情を聞かせて」

 

 比較的冷静そうな相川さんに向けて口にする。

 すると相川さんは申し訳なさそうな顔になった。

 

「あー、夜竹さんのことなんだけどさ、元々はあたしが原因なんだ」

「へえ」

「ほら、昼間にあたしマリア達の手伝いをしてたじゃない?」

「やってたね」

「それで作戦としてどうしても鳳さんが邪魔だったから、田嶋さんに足止めをお願いしてたんだ」

「なるほど、でも田嶋さんはあの場にいたよね」

「うん、それはつまり田嶋さんから夜竹さんに足止めをまたお願い? してたそうで」

「ああ」

「で、その足止めの方法が織斑君の写真を利用することだったらしいんだ」

 

 一応筋は通っている。いや通してきたと言うべきか。

 

「あたしは知らなかったんだけど、甲斐田君が織斑君の写真を売るのは禁止してたそうじゃない。だけど夜竹さんは凰さんを足止めする方法がどうしても思いつかなくて、ついやっちゃったそうだよ」

「そうなんだ。でもそれならどうして田嶋さんまで土下座してるわけ?」

「それはわたしがそそのかしました」

「なるほど。ちなみに夜竹さんの事情は?」

「もちろん理解した上です」

「へえ」

「ちょっとくらいならバレないだろうと思ってつい」

「まあ魔が差すってあるよね」

 

 役割分担も見えてきた。

 と、もう一人いたか。

 

「ちなみに鏡さんがここにいるのは?」

「さゆかが青い顔して部屋に駆け込んでくるから、何事かと思って問い詰めたのよ。それで事情を理解して、そんな布団被って震えてても甲斐田君が乗り込んでくるだけだからって関係者集めてこちらから自首させたわけ」

「なるほどねえ」

「まあやったことはどうかと思うけど、今回に限っては私利私欲にまみれてやったわけでもないし情状酌量の余地くらいはあるんじゃない? こうやって自分から謝りにも来てるんだしさ」

「鏡さんにしちゃ優しいね」

「失礼な。いつもはさゆかが反省しようとすらしないから怒ってるだけよ」

「それは失礼しました」

 

 綺麗に纏めてきたと言うべきか。

 さて発起人はどちらだったのだろう。

 

「そちらの事情は理解したよ。まあでも夜竹さんのやったことはやったことだからね。やっぱり二度としないように織斑先生に」

「それだけはお許しを!」

「甲斐田くん、それってつまり生徒全体に広がるというか、一斉に家探しが始まっちゃうわけじゃない。さすがにそれは大ごと過ぎると思うのよ」

「どうだろう」

「それに言っちゃあなんだけど、甲斐田君だって織斑先生の写真を持ってたわけじゃない? いや別にお金は絡んでないにしても、織斑先生があれを見ていい気持ちになるかっていうとそうじゃないでしょ? 下手に藪はつつかない方がいいと思うのよ」

「ああ、そういえばそんなのもあったね」

「それは……」

 

 と俺は何でもないことのように言う。

 奴らにとっての防衛ラインはそこか。

 だがそれは俺にとっても最終防衛ラインにあたる。若き日の織斑先生の写真をばらまいている俺は、織斑先生にとっては夜竹さんどころではない罪である。

 藪をつつかないとは言われるまでもなく明白なことだ。

 

「でもこれを見逃したとしても夜竹さんはまたやるよね」

「しません! もう絶対にしません!」

「口では何とでも言えるし前もそう言ってたよね」

「それは……でも今回は絶対に本当なんです!」

「あたしとか鏡さんが見てて怪しい動きをしたら報告するよ。あたしはパイロット班、鏡さんは整備班の人達と仲いいから、夜竹さんが何かをしたら絶対に分かると思うんだ」

「外部の凰さんについては甲斐田くんが見てればいいんじゃない? 付き合い長いそうだしそういうのは分かるでしょ?」

「きちんと考えてはきたみたいだね」

 

 打ち合わせはしっかりしているようだ。

 だが俺はこの連中が整備班会議初日に保身に走ったことを覚えている。残念ながらそれだけでは駄目だ。

 

「そ、それなら……」

「じゃあ僕からも」

「えっ!?」

「でもそれには話を通さないと行けない人がいるから数日待ってね。元々夜竹さんが約束を破ったらそうしようって考えてたことなんだけど」

「そ、それはいったい……」

「もし断られたときはまた考え直さないといけないから、それはまた決まってから。別にそんな怖がるようなことじゃないよ」

「ひいいっ……!」

 

 夜竹さんは俺に何をされるのかと怯えている。この数日は罪におののくがよい。

 一方他の連中の様子を見ると、ぱっと見揃って緩んでいるようだ。つまり守るべきところは守ることができたということなのだろう。

 果たしてそれは家宅捜索を避けることだったのか、あるいは。

 

「あ」

 

 相川さんが俺を見て何か気づいた。

 

「甲斐田君、貸し一つで」

 

 と手を合わせてくる。

 この場はこれ以上突っ込んでくれるなというお願いだ。

 やはりこの場は全て仕組まれている。

 脚本は相川さんか鏡さんか、演出はきっと田嶋さんだろう。依頼者は夜竹さんの後ろに誰かいる。

 なぜなら夜竹さんがダメージを被るだけなら本人以外は困らないからだ。この連中にとって夜竹さんは守るべき存在ではない。

 ある意味夜竹さんを犠牲にすることによって成果を手にする尊い作戦と言えるだろう。

 

「じゃあ事情は概ね理解できたってことで、今日はこんなところで」

 

 前を向くと、座ったままの夜竹さんと田嶋さんが素早く飛び退いて部屋への道を開ける。

 俺はそのままドアを開けて入り、しっかり鍵をかけた。

 

 


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