IS 喜んで引き立て役となりましょう!   作:ゆ~き

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10.面会 Round1

 

 

 この一週間の苦労はいったい何だったのか。

 

 

 つくづくそう思わざるをえなかった。

 

「どうした智希、箸、じゃなくてフォークが止まってるぞ」

「あ、ごめん」

「別に謝るようなことじゃないだろ。でもその気持ち分かるぜ」

「え?」

 

 この一週間何もしなかった一夏が?

 

「ほんとおいしいよなあ。どうやれば同じのを作れるかってずっと考えてるんだけど、何もかも違うんだよ。素材の時点でスーパーなんかとは次元が違うし、寮の食堂でさえ比べようもない。それに何より料理一つ一つの手間が尋常じゃない。このソースとかお前は普通に食べてるけど、何を使って何種類で作られてるんだって感じでもう繊細過ぎて俺には言葉で表現できねえよ。俺にはこの味を出すどころか試行錯誤することさえできないと脱帽するしかなかった」

「そ、そうなんだ」

「ああ。正直俺自分のこと料理できるって自惚れてたけど、このソースの前じゃ口が裂けても料理できますとか言えねえ」

 

 一夏はやたら目の前のソースにこだわっているが、特に舌の肥えていない俺からすれば濃厚でおいしいソース以上の感想はない。

 と言っても、ここは弾が口にしたように高級ホテルだ。

 IS学園と同じ人工島の中にあって近く、IS学園に用事があり泊まりで来る世界中のIS関係者が宿泊する場所だそうである。

 そこで出される料理なのだから、確かにそれ相応のものではあるのだろう。

 

「じゃあ素直に聞きに行けば? 全部終わった後にでも」

「バカ、何言ってんだ。今の俺にそんな資格とかねえよ」

「資格って料理人じゃあるまいし」

「料理人か。前からちょっと興味はあったんだよな……」

「IS学園を卒業して暇があればって感じだね」

「確かにIS学園の中じゃできることは限られてるな」

 

 IS学園に入学して料理人になりましたとか衛生科の人達以上に意味が分からない。

 

「ま、おいしいんだから食べるだけの僕らはそれでいいよ」

「どうした智希、何かあったのか?」

「別に」

「そんな顔してないぞ。さっきの会見の話か? 何かあったっけ?」

「それは何もなかったじゃない」

「ああ、少なくとも俺はそう思ってるんだけど。ほんとに何もなかったというか、事前に智希と千冬姉から言われてた通りだったよな」

「最初から最後まで台本通りだったよ。参加者全員に台本配ってたんじゃないかってくらい」

 

 そう、本当に何もなかった。

 全てが決められた通りに進んで、何かを考える必要すらなかった。

 一夏への質問も分かりやすく、それどころか答えやすいように誘導してくれていて、一夏はそのまま思ったことを口にすればいいだけだった。失言以前の話だった。

 その上笑顔の練習をした成果というか、一夏はこれまでからすればものすごく愛想がよく見えた。だからそのお陰でその場にいた人も十分満足している空気になっていたようだ。

 またテレビを見た人もこれから見る人も笑顔で明るく答える一夏に好感を抱くだろう。

 

「じゃあ智希のことについてか? 変に話題にして束さんの気を引かないように控えめにするって話だったけど、何か問題あったか?」

「そっちも完璧。僕の体に問題はありませんってきちんと示せたんだから、すべきことはきちんとできてるよ」

「じゃあ何なんだよ。そのやりきれなかった的な不完全燃焼な顔は?」

 

 一夏に的確に指摘されて、思わず俺は一夏を見返す。

 そう、この一週間かけて苦労して身に付けたことが何も使われなかったからである。

 あれだけ苦労して覚えたのに、本当に何も使う機会がなかった。

 

「え? 当たりか? いったい何をやりきれなかったんだ?」

「別に何でもないよ」

「だったらそんな顔すんなって。いったい何なんだよ?」

「あー、甲斐田君はね、この一週間一生懸命がんばったのにそれを活かす機会がなかったってがっかりしてるんだよ」

 

 と、見かねたのか横から声が入った。

 部屋の隅に俺達の警護で立っていたIS学園の警備の人だ。俺達と顔なじみの。

 

「そうなの?」

「そうなんだよ。問題が起こった時はああしようこうしようって準備してたんだけど、問題が起きなかったから何も対応する必要がなかったって話」

「ああ、そういうことか」

「織斑君はやってないから分からないだろうけど、甲斐田君は毎日放課後一生懸命やってたんだよ。こういう質問が来たらこう答えるとか、急に襲い掛かってくる人がいたらこう逃げるとか、ひとつひとつやってたんだよ」

「う……智希すまん」

「別に。そういうのは元々一夏に期待とかしてないし、一夏もその間遊んでたわけじゃないんだから」

「それでもすまん。無神経だった」

 

 これは俺個人の問題であって、別に一夏がどうこうという話では全くないのだが。

 

「あたし達からすれば使わずに済んだのはむしろラッキーなんだけどね。こうやってスムーズに進んだのが本当に嬉しいくらい」

「そういうもんなのか」

「あ、でもだからって気を抜いてるとかそういうことはないからね。まだ織斑君の写真撮影に甲斐田君へのインタビューが残ってるんだし、IS学園に戻るまでは終わってないから」

「誰もそんなこと言ってませんよ」

「写真なあ。言われた通りにしてればいいんだよな?」

「ちょっと写真撮るだけだからすぐ終わるよ。時間はかけさせないし織斑君に変な負担をかけたら即座に中止させるから。嫌なら今から中止にしてもいいくらいだし」

「別にそのぐらいならやるよ。千冬姉にもそれくらいはやれって言われてるし」

 

 一夏には喋らせずその姿だけを見せるというのは、俺でなくても考えることだろう。

 だが俺には言葉を濁したが、どうも千冬さんは会見がどうなるかでその後についてをちらつかせていたように感じられる。

 だから最初の会見が滞りなくうまく行ったということで、じゃあご褒美をあげようという感じなのかもしれない。

 

「すぐに終わって甲斐田君が終わるのを待つことになると思うから。何しろ甲斐田君には三件もあるし」

「写真だけの俺とは違って大人気だな智希」

「一夏へのインタビューは全部断ったってだけだよ。一夏には百件以上申し込みが来てるんだから。外国からのもあったし」

「そ、そうなのか」

 

 つまり俺に対して来た三件を千冬さんが受けたという話である。

 もちろん俺に相談などなかった。いや、その存在は知っていたが、正直断ると思っていた。

 決まったから受けろと会見が終わった後に言われ、この後に予定されている。

 

「あっと、食事の手を止めちゃってごめんね。といってもあと一時間以上あるから全然余裕だけど」

「それならせっかくだしゆっくり食べるか。それで智希にインタビューとかするのはどういうところなんだ?」

「雑誌が一つに企業が二つ」

「ふーん。智希の方が大変そうだな」

「と言っても全く知らないってわけでもないからね。雑誌の方は、ほら、黛先輩。新聞部の」

「ああ」

「黛先輩のお姉さんなんだって。きっと妹経由で僕のことを聞いてるから一夏じゃなくて僕に来たんだと思う」

「そういえばお前は上級生の方に有名だもんな」

「そして企業の方は、四十院さんのお母さん。リーグマッチの時挨拶してるから顔も知ってる」

「ああ、それは俺も挨拶した気がする。顔は全く覚えてないけど四十院さんがお母さんを連れてきたのは覚えがあるな」

「最後の人は知らないけど、リーグマッチを現場で見てたそうだからIS関係者だね。男の人だし挨拶程度だっていう話なのでそこまで変なことではないと思ってる」

「なるほどな。でも大丈夫か」

「何が?」

「智希こそ変なこと言い出しそうじゃないか」

「は?」

 

 まったく、一夏は俺を何だと思っているのか。

 せっかくここまでうまく行っているのに、わざわざ自分からぶち壊してどうする。

 

「いや、今まで智希がやってきたことからして何となく……」

「あのさ、僕は昨日までずっと今日うまくいくようにってやってきたんだけど」

「す、すまん」

「だいたい危険があるなら千冬さん、織斑先生の方で断ってるから」

「そ、そうだよな」

「織斑君。一応あたしが甲斐田君の側にいて禁止事項を口にしようとしたら止めるから、あんまり心配しなくていいよ。ないとは思うけど」

「誰かに見ててもらえるなら安心だな」

「僕の時とはまるで反応が違うね」

 

 禁止事項とは主に篠ノ之束関連である。

 そんなもの誰に口にするかという次元だ。

 そして警備の人達もそこまで介入できるということは、この人達はやはりそちらが主目的な役割であり警備の部分はむしろおまけというか名目なのだろう。

 彼女達の主織斑千冬が目の届かない部分をカバーするという意味合いが大きそうだ。

 その上ブリュンヒルデ織斑千冬に心酔していて一流のIS乗り。使い勝手も非常にいいに違いない。

 

「そ、そういう意味じゃないぞ。一人よりも二人の方が安心というか智希が一人だと心配だというか……」

「一夏、喋るほど墓穴掘るだけだからもう黙って食べようか。まだ残ってるよ」

「そ、そうだな」

「はいはい、この後はデザートが待ってるよ。ここのデザートがどれほどのものか織斑君なら想像できるよね?」

「そうだった! ゆっくり食べてる場合じゃねえ!」

 

 あっという間に気を取り直して、一夏は自分の皿に集中する。

 そしてすぐに皿は空となり、満足そうな一夏の姿があった。

 

「最後にこのソースの味を……」

「さすがに皿を舐めるのはだめ」

 

 食い意地が張っているとは全く別の意味だが、論外過ぎる行動なので俺は一夏の頭を叩いた。

 

 

 

 

 

「こんにちはー!」

「初めまして」

「ありがとおー!」

 

 部屋に入った途端テンションマックスだった。

 さすがにそこまではしなかったが、ほとんど俺に抱きつかんばかりの勢いで突進してきた。

 

「何がですか?」

「もちろんこのインタビューを受けてくれたことに決まってるじゃないっ! ほんっと嬉しいわー!」

「そ、そうですか。それは何よりです。とりあえず座りませんか?」

「おっとっと、ごめんね。その前に、わたくしはこういう者です!」

 

 月刊誌『インフィニット・ストライプス』 副編集長 黛 渚子

 

 と書かれた名刺を渡される。

 聞いていた通り黛先輩の姉だ。見た目的にも将来の黛先輩、雑誌の編集者だけあってカジュアルな格好で、千冬さんのようなカチッとした服装でもない。基本制服な学生の勝手な感想だが、おしゃれにも気を遣っている社会人というところだろうか。

 IS学園の中にいると生徒も教師も職員も基本は制服や作業着なので、こうやって私服姿の人間を見ると新鮮さを感じる。

 

「甲斐田智希です」

「もちろん存じ上げております。IS学園期待のダークホース!」

「まあ黛先輩のお姉さんならそういう言い方しますよね」

「ふふふ、話ができそうで何よりだわ。どうぞ座って」

「失礼します」

 

 促されて席につく。

 黛姉も俺が座ったのを確認してから腰を下ろした。

 

「さてと、まず始めに、今日これから話すことについては特に記事にするとかしません」

「そうなんですか?」

「そういう条件だからね。だから録音とかもしてないから安心して」

 

 そう言うと黛姉は両手をひらひらさせ、入り口に立つ警備の人を見る。

 俺の目の前にあるのはペンとメモ帳のみ。鞄すら持ち込んでいないようだ。

 

「もちろん身体検査も受けてるから大丈夫よ」

「別にそこまで言ってないですけど」

「まあかえって怪しいとか言われると困っちゃうんだけどね」

「さすがにそういう疑いをかけるとかしないですよ。それより今日は記事にしないなら何を話すんですか?」

「ふむふむ、あんまり無駄な会話とかしたくないタイプかな。今日はね、ごあいさつ!」

「はあ」

 

 とりあえず顔を繋いでおきたいとかそういうことだろうか。

 

「甲斐田君が今日受けてくれたのは、妹のことがあるからというのもある?」

「黛先輩のことがなかったら受けなかったかというとまた話は別ですが」

「うん、もちろんそれだけで受けてくれるとは思ってないけど、最近妹と何か会話とかした? こちらが取材の申し込みをして以降で」

「特に……そちら関連ではないですね。もちろんすれ違った時は挨拶くらいしますし、二言目には取材させてくれと言われていますが」

「そう、私が言いたいのは、この場について妹は何も関係ないということ」

「そのへん慎重ですね。黛先輩もそうでしたけど」

「お、妹が甲斐田君にそう思われているというのはとてもいいことだわ」

 

 責任の所在というか、後で文句を言われないようにということなのだろうけれど。

 

「で、ごあいさつも含めて何よりまず、妹から聞いたことは果たして本当なのかって知りたいわけなの」

「ああ。確かに嘘臭いかも」

「甲斐田君に対するイメージがね、IS学園の外と中じゃもう全然違うんだよ」

「でしょうね」

「最初妹から聞いた時はデマでも流したいのかと思った」

 

 そもそも俺は世間に対して露出が極めて少ない。

 適正Dランクと判明した時点で潮が引くようにマスコミの数は減ったし、結局日本には俺と一夏以外男性IS操縦者がいないと分かった時にはもう隔離されていた。

 

「デマの方が正直嬉しいですね」

「ということはやっぱり本当のことでいいの?」

「何についてですか? 言い方があれですがそれなりに風評被害もあるもので」

「なるほど。じゃあ……入学三日目にして一人で三年生のところに乗り込んで、三年生全員を口説き落としたこと」

「口説いたというのがIS関連で協力を得たという意味なら本当です」

「あっさり認めるんだね」

「隠すようなことでも隠せるようなことでもないですし。三年生全員と一部の二年生を巻き込んでるので」

 

 どうせこのへんは妹経由で筒抜けになるのだから、あまり取り繕う意味もない。

 

「はー。とても男子とは思えないアグレッシブさだねえ」

「どうなんでしょう。他には?」

「いやいや、別にいちいち事実確認をしたいというわけでもないから。何よりそれで時間終わっちゃったらもったいないし」

「僕としては嘘書かれる方が困るんですが」

「だから別に記事とかにしないよ。今日は妹の言ったことが嘘八百でなければそれでいいの。妹だって誤ってると知らずに言ってることもあるだろうし」

 

 妹から情報を鵜呑みにしているわけではないと言いたいようだ。当たり前の話だが。

 

「じゃあ何について聞きたいんですか?」

「まあまあ。今日はね、初回ということだしまずこちらのスタンスを聞いておいて欲しいの。『インフィニット・ストライプス』はこれまでも、そしてこれからも、IS学園といい関係でありたいと思っています」

「はあ」

「こうやって妹から話を聞いてたりするけど、それをそのまま記事にするとかしてないから。記事を作るときはきちんと取材をして、どういう記事になるかまで説明してやっています」

 

 パパラッチなどではないと言うことなのだろうか。

 実際どうなのかはともかく。

 

「基本的にIS学園にいる人達が困るようなことはしたくない。そういうことしてたら信頼されなくなっちゃうからね。今日本で一番IS学園に食い込めてるという自負があるから、わざわざ目先のことに囚われて不評を買うような真似はしません」

「そうですか。じゃあ妹さん経由で僕とかの話を聞いていることについては?」

 

 IS学園というか織斑先生の見解は予め聞いているが、一応口には出しておく。

 

「もちろん、迷惑だというのなら止めるよ。迷惑してる? あるいは迷惑だという声はある?」

「風評被害を記事にされたら大迷惑ですね」

「はっきり言ってお目こぼししてもらってる立場だし、又聞きのふんわりした話とか怖くて記事にできないから。甲斐田君についての話を聞いてると何が正しくて何が間違ってるか怪しすぎて、正直に言うと直接聞いたこと以外はとても記事にできないくらい怖い」

 

 確かにクラス間学年間で俺に対する印象がかけ離れているので、外から見ればなおさら何が真実なのかややこしい話だろう。

 そしてはっきり『お目こぼししてもらっている』と口にできるということは、お互いに共通認識ができているという話だ。

 

「それよりも、織斑君のことを書きたい。ある程度は想像できると思うけど、織斑君に対する要望がすさまじいの。はっきり言って今日は織斑君の写真が撮れるってだけでもう大勝利で、最悪今のこの場を犠牲にしてでも織斑君について何かできなきゃって思ってた」

「ああ、それはよく分かります」

 

 そもそも会見が行われることになった経緯からしてそうだ。

 

「妹は甲斐田君の方が気になってるようだけど、世間の需要はまず織斑君。今現在とにかく織斑君の情報なら何でもいいから欲しいってくらいに飢えてる」

「そこまでですか」

「もちろん甲斐田君が自分のことを記事にして欲しいというのなら相談に乗るけど、そういう気持ちはある?」

「一切ないですね」

「うん。だからわざわざこちらにとって危険な地雷しかない甲斐田君周辺のことを記事にするつもりはないと思って大丈夫よ。それよりもこちらとしては甲斐田君には織斑君に対する便宜を図って欲しいと強く願っています」

 

 俺にとっては都合のいい話だ。俺のことは記事にせずひたすら一夏を推したいなど都合が良過ぎるとさえ思える。

 

「一夏の嫌がることとかさせるつもりはないですけど」

「もちろんもちろん。だからこそね。織斑君はどういうことをされたら嫌がるとか、どういうことならあまり気にしないとか、そういう情報が知りたいわけ。織斑君ともいい関係を築きたいし、手探りでやった結果嫌な気持ちにさせるとかやりたくないのよ」

「そういうことなら無下にするような話ではないですが」

「本当に! あ、別に今すぐ言ってとかそういうつもりじゃないからね。織斑君への取材が決まったからその前に相談させて、とかそんな感じ」

 

 そんなことなら別にわざわざ俺を呼び出して聞くほどでもないだろう。

 

「実際その時になってみないと分かりませんけど、聞かれなくてもIS学園側からいろいろ言われると思いますよ。見てて分かると思いますけど一夏はああいう人間なので」

「もちろんそれは当然の話だけど、こちらとしてはやっぱり不安なんだよ。言われたことのニュアンスを取り違えて織斑君の機嫌を損ねるとか一度たりともやりたくないし。信頼を損ねるのはほんと一瞬だって話で、それってきっと私達には致命傷になりかねないの。だっていくらでも私達のような存在はいるし、わざわざ不都合な人間である必要とかないでしょ?」

 

 要するに、将を射んと欲すればなんとやらか。

 織斑一夏という人間の価値を考えれば、石橋を叩いて壊すくらいの慎重さが必要だと考えているのだろう。

 

「なるほど、お気持ちは理解しました」

「本当に! いや、別に無理に合わせなくていいからね。これだけで信用してもらえるなんてこれっぽっちも思ってないから」

「否定するようなこともでもないという話ですよ。一夏に対するマスコミの方々の熱心さはこの目で見てますし、きっとそうなんだろうなという感じで」

「うん、今はそう理解してもらえれば十分だよ。そして、だからって甲斐田君が私達に便宜を図ってくれるかというのはまた別の話だってことも分かってるから」

「そう言ってもらえるとこちらとしても助かります」

 

 織斑先生が俺に会わせたということからも鑑みて、おそらく一番無難な相手ではあるのだろう。

 IS学園とも付き合いが長くそれなりの信頼関係にあり、きっとこちらの事情を理解した上で接してくれるであろう相手だ。

 油断すると何も考えずに危険な発言もしてしまうことがある一夏のことを考えれば、向こうの方で配慮してくれるというのはありがたいとさえ思える。

 織斑先生は俺にここを基準として考えろとでも言いたそうだ。

 

「もちろん、気を遣い過ぎた結果他のところに出し抜かれるというのはもっと嫌だ」

「そうでしょうね」

「だから受け身でいるわけではないということも理解してね。例えば今日、私達はこの場を得られたということで、織斑君についても一歩リードできたと思ってる」

「そうなんですか? 記事とかにできないんですよね? 写真のことではなく?」

「今日の写真のことならさすがに独占するというのは無理。準備していた私達が代表して撮るってだけで、この後全世界に配られるだろうから」

 

 一夏の写真や映像を独占した日には暴動になるか。

 

「それよりも、これだけ話ができたんだからもう大収穫だよ。記事とかそういう次元の話じゃない。だって他の連中って甲斐田君のことまるで気にしてないんだよ? それどころかあの映像を見て納得してるくらいで」

「あれは……」

「ストップ。私達はそれ以上突っ込むことはしないから。会見で一切触れなかった以上わざわざ踏み込むことはしません」

「リーグマッチの時ってマスコミの人は入れなかったんですか?」

「マスコミや一般の人間が入れるのは年に一度の学園祭の時だけだよ。IS学園から映像や写真をもらって記事を作ったりするけど、基本的に私達がIS学園の中にまで入ることはないと思って。せいぜい面会室で取材くらいかな」

「なるほど」

 

 警備室のある建物には面会室が大小いくらもあったが、外との接点は基本そこだけなのだろう。

 

「というわけで、まずは甲斐田君とこうやって話をさせてもらうところから始めようと思っています。信頼を築くには何よりコミュニケーションだよね。要望とか喜んで聞かせてもらうからあったらガンガン言って」

「あ、それなら」

「あるの!? 何!」

「いや、そちらの作ってる雑誌を見せて欲しいなって。要望も何もどういうことをしてるのか分からないと何も言いようがないですし」

「それ! まさにそれ!」

 

 目の前の温度が一気に上がった。

 

「まさか今日そこまで言ってもらえるなんて! そうそう、いくら口で立派なお題目並べたって、結果出てきたものがこれかよなんて言われちゃったらもうそれでおしまいだもの。口だけだと言われないためにもいかにして読んでもらうかって考えてたのよ!」

「いや、そこまで言うことでもないというか、不自然な流れで言ったわけじゃないと思いますが」

「あっ、えーと、そうだ、今ここにいるのが織斑君だった場合、甲斐田君を信用してあえてこういう言い方させてもらうけど、興味ないからいらないで終わりになってしまうと思わない?」

「ああ。言いそうだし送られてきても読まなさそうですね」

「やっぱりそうなんだ。人に興味を持ってもらうってすごく難しいことなのよ。しかもそういうのってたいてい自分の都合であって、相手からすればうざったいなんてよくあるし。だから今甲斐田君の方から言ってもらえるだなんてもう天にも昇る心地。この後戻ったらすぐ送るから。明日の午前中には届くようにするね。あ、特に見て欲しいところには付箋つけとくわ。送るのは三年分くらいでいいかな?」

「い、いや、まあそれはお任せします」

「さすがに三年分は多いか。じゃあとりあえず一年分送るね。もっと読みたかったらいつでも言って。あとデータでも送るけど手続きがあってちょっと時間かかるの。だからそっち派だったら申し訳ないけど届くまでは雑誌で我慢して。でもうちのは紙質とか写りに気を遣ってるしデータと見比べても遜色ないから大丈夫よ」

 

 ここぞとばかりに俺に対してまくし立てる。

 きっとあちらにとって勝負どころなのだろう。

 だが俺にもその気持ちはよく分かる。何しろ俺も一夏に対してどうにかして興味を持たせようとあれこれ画策してきているのだから。

 突破口を見出したのであれば俺だって躊躇などしない。

 

「とりあえずは見てみます。一夏はまず興味とか持たないでしょうけど」

「そこまで言わないわよ。もちろん将来的には……っていうのがあるのは否定しないけど、今は甲斐田君に見てもらえるだけで十分だから」

「それならいいです」

「むしろわがままを言わせてもらえるのなら……」

 

 黛姉は最後まで言わずに口の前で手を合わせる。

 一応予防線を張ったつもりか。

 

「もったいぶりますね。聞けるかはともかく言う分には構いませんよ」

「ごめんね。さっきから甲斐田君の理解が良すぎて正直いいのかなって感じなの」

「別に嫌なら嫌って言いますよ」

「ありがとう。じゃあ感想はいつ頃聞かせてもらえるかなあって」

「ああ、そういう話ですね」

 

 これもよく分かる。

 時間については俺もリーグマッチ中クラスメイト達に要求しまくっていた話だ。

 特に訓練機関連は使う時間を決めさせないとこれ幸いとばかりにいつまでもやっていた。

 パイロット班はできるだけ自分の使う時間を長くしようとしていたし、整備班も元に戻す時間など考えずに好き勝手改造し続ける。

 時間が限られているだけに、パイロット班同士、整備班同士、パイロット班VS整備班など諍いには事欠かない。

 またこの訓練機使用の時間調整については他のクラスも同様で、三組代表ベッティも今は元だが五組代表佐藤も傍から見ていてかなり苦労しているようだった。

 何をどうしようが時間が足りなくて絶対に不満が出てくるので、いかにしてその不満を抑えるかという話だ。

 三組ベッティはせめて平等にしようと完全ローテーション化したが、自身の訓練の効率について諦めざるをえなかった。五組佐藤は不満が積み重なった結果現五組代表杉山にそこを突かれて代表の座を失った。

 そして俺は愛の突進や織斑千冬の写真によって懐柔を試みたが、結局度重なる強権発動が祟って暴君扱いされるに至っている。

 

「ごめん! さすがに欲張り過ぎたね。時間とか全然気にしなくていいから。それならまたそのうちIS学園経由で様子を聞かせてもら」

「あ、そういうことじゃないです。そうですね、じゃあ二週間もらっていいですか?」

「え?」

「暇を持て余してるわけでもないので、来週来られても多分ロクに話せないと思います。かといってズルズルと来月の半ばに入ってくると個人戦が迫ってくるのでそれどころじゃなさそうで。そうなるともう七月に入っちゃうから、個人的には二週間後しかないかなと」

「あ、うん……」

 

 相手が呆然と俺を見ている。

 そこまでおかしなことを言ったつもりもないのだが。というかこの上なく要望に応えたつもりなのだが。

 もちろん今後一夏についてそれなりの要求をするつもりなので、その代金の先払いではある。

 

「感想を言うくらいの会話なら大丈夫だと思うので、二週間後の日曜で面会の希望を出しておいてもらえますか。もうダメって言われた時はどうすればいいかまた考えましょう。決まりとか知らないですけど電話もありますよね」

「う、うん。そうだね……」

 

 なぜか目の前の黛姉が動揺し始めた。

 なんだろう、俺に勝手に決められるとは考えていなかったのだろうか。

 とは言えこれで文句を言われると正直困ってしまうのだが。

 

「何か問題があれば言ってください。別にこんなことで無理してもらう必要もないんですから」

「あ、大丈夫! 全然問題ない! 完璧です! 文句のつけようもないくらいです!」

「じゃあそういうことでお願いします」

 

 動揺しているせいかキャラが夜竹さん並の変わりようだ。

 自分のペースで話をしないと維持できなかったのだろうか。

 

「い、言ったからね? 甲斐田君言ったからね? 後からそんなこと言ってませんとか言わないでよ?」

「言いませんよそんなこと。というかさっきからどうしたんですか?」

「二週間後に行くからね? ほんとに行くからね? 行ったらドタキャンとかやめてよ?」

「問題が起きたらちゃんと事前に連絡しますよ。この名刺の番号でいいんですよね?」

「そうそうそれそれ。いつでもいいから。夜とか気にしなくていいから。出なくても気づき次第すぐ折り返すから」

「時差があるわけじゃないんだし夜はこっちも寝てますって。というかさっきから何なんですか?」

「約束だからね? 絶対約束したからね? 二週間後、そうだ、時間時間。何時にする? 午前? 午後?」

「どっちでもいいですけど、じゃあ午後で」

「分かった。午後ね。それなら午後一で行くからね。忘れないでよ? 当日行方不明とかにならないでよ?」

「そんなに嘘臭いんですか? じゃあそのメモ帳にで良ければ一筆書きますよ」

 

 クラスメイト達が俺を疑うのは日常だが、まさか初対面の人間にまでやられるとは夢にも思わなかった。

 ペンとメモ帳を受け取って二週間後について名前付きで書き入れる。

 返す時、その受取る手は震えていた。

 

 

 

「いやー、見てて本当におもしろかった」

 

 と、帰り道警備の人は笑った。

 

「あまりに都合良すぎて立場逆転。行かせてもらうが呼ばれて行くになっちゃった。これが甲斐田君に取り込まれるということか」

「は?」

「クラスメイトの人達もきっとそうだったんだろうねえ」

「何言ってるんですか?」

 

 一人勝手に納得しているが、俺はそこまで特別なことをした覚えもないのだが。

 

 

 

 

 

「こんにちは」

「お久しぶりです」

「久しぶりってまだあれから二週間も経ってないわよ? それとも昔に思えてしまうくらい毎日が目まぐるしいのかしらね」

「そこまで深い意味はないです」

 

 次の相手は打って変わって落ち着いていた。

 

「名刺はまだ持ってる?」

「捨てたりしませんよ」

「それはよかったわ」

「一夏だって捨ててませんが」

「でも二人とも机の中に放り込んでおしまいでしょ?」

「それは、まあそうそう使うものでもないですし」

 

 と言っても軽口が出るあたり気安い感じだ。

 一度とはいえ会話したことのある相手でもあるし、どういう雰囲気の人間かはお互いに心得ている。

 四十院母はそこまで娘の四十院さんに似ていなかった。もちろん顔のパーツだけ拾ってみれば同じものがあるなと思うが、全体的な印象はあまり似ていない。

 母親の方は貫禄すら感じられる落ち着きぶりで、娘はもう少し活動的な印象だろうか。タレ目にいかにもお嬢様な見た目もあって、初対面時四十院さんのことはおっとり系かと思っていた。だが実際話してみれば頭の回転が早いなと感じるはきはきした喋り方で、一夏と会話している時思うようなもどかしさは全くない。

 相手の呼吸に合わせて会話できるようで、むしろかなり話しやすい相手だ。こちらが合わせなければならない谷本さんや布仏さんとは雲泥の差と言えるだろう。

 

「さてと、改めて今日はわざわざありがとう」

「とんでもないです。というか決定したのは僕じゃないですし」

「あら、最終決定者はもちろん甲斐田君よ。甲斐田君が嫌だって言えば誰も無理強いはできないわけだから」

「それはどうでしょうね」

 

 やれと言われたから俺は今ここにいる。

 果たして嫌だという権利はあったのだろうか。

 

「娘経由でお話させてもらっていたのはもちろん知ってるわよね?」

「四十院さんから直接」

「話の内容については?」

「将来についての話くらいで」

「うん」

 

 将来とはもちろん俺の将来の話だろう。

 つまりIS学園を卒業した後のことで、卒業したらうちに来ないか的な話だろうと想像している。

 織斑先生も、今後もあるしいい機会だからできれば話くらいは聞いてやれ、と言っていた。

 

「卒業したらそちらに就職しないかという話でいいんですか?」

「建前はね」

「建前なんですか?」

 

 微妙に違うらしい。

 

「だって三年後の甲斐田君がどうなってるかなんて、甲斐田君本人はもちろん世界の誰にも分からないことでしょ? それを今から予約なんて、皮算用にすらならないもの」

「それは……まあそうかもしれませんが」

「織斑君の方はたった一ヶ月ではっきりと道を示したわね。ISパイロットとして進むのはもう間違いないところだろうし、広告塔として計り知れないくらいの価値がある。織斑先生の性格からしてきっと競技者の道かなって勝手に想像してはいるけれど」

「あの専用機からしてそうでしょうね」

 

 倉持技研とどういう話をしてそうなったのかは知らないが、一夏の専用機について姉の意向が大いに入っていることは疑いようもない。

 剣一本で世界の頂点を極めたブリュンヒルデと同じスタイルであることからまず間違いないだろう。

 ちなみにあのウサ耳女は意外なことに一夏の専用機に関わっていないようで、倉持の技術力についてボロクソ言っていた。

 

「ところが甲斐田君は違う。娘が全く気にも留めてないって言うからこういう言い方するけど、ISパイロットになるという道はまずない。気にする?」

「全く」

「別にこんなことで気を張ることはないからね?」

「本気でどうでもいいことなので」

「そう」

 

 俺が男であるということを抜きにしても、別に世界の誰もがISに乗りたがっているわけではない。

 最初に生まれつきで弾かれるような業界であるし、そもそも大多数の一般人の女性は適正を調べてもDランクなのだ。まあCの基準に届かない者は全部Dという下を切り捨てたある意味乱暴な括りではあるが。

 

「甲斐田君が自分の現状をどう認識しているか分からないけれど、今甲斐田君の存在を必要としているのは、IS原理を研究している基礎研究者。甲斐田君は今研究対象として求められている」

「そうですね。そんなものだと思います」

「うん。だから生きていく分に困ることはないわよね。そんな簡単に謎が解明されるとも思えないし、そもそもISについてはそれ以外の部分ですら分からないことだらけの現状なんだから。IS原理については不明瞭なことが多過ぎてどこも研究予算を削れないし、少なくとも甲斐田君が生きている間くらいは食べるに困ることもないと思うわ」

「はあ」

 

 勧誘どころか人生安泰だと言われてしまった。

 いや、四十院母の会社はそういうIS原理について研究しているのだろうか。

 だからうちに来ないかという話で。

 

「その上で、甲斐田君はそれでいいのかという話」

「それでいいというかそうなんですけど」

「そういうことじゃなくて、甲斐田君本人はそれをよしとするか」

「よしも何も現状そうで、僕が決められることじゃないんですが」

「不満とか何もなくてそのままでいいと思うのならそれはそれでいいと思うわよ。甲斐田君の人生なんだから」

 

 ちょっと違うか。

 そんなつまんないことしてないでもっとすごいことしようぜ、的な勧誘だろうか。

 

「えーと、つまりそちらの会社に就職すれば全く違うことができるというような話ですか?」

「あら、そういう風に聞こえた?」

「申し訳ないんですが時間なくて、そちらがどういう会社かまでは把握しきれてなくて」

「全然謝ることじゃないわ。そこまでしてもらえてたらむしろびっくりだから。でもそうね、もしうちに来てくれたとしてもそこまで特殊なことはできないわね。何よりうちはISそのものを作っているわけではないもの」

「そうなんですか?」

 

 IS関連企業とは聞いていたが、ISを開発しているわけではないのか。

 パーツを作っているとかそんな感じだろうか。

 

「もちろん将来的にはと思っているけれど、今はまだ未来の夢ね。旧来の軍事関係をやっていたせいでIS参入に完全に出遅れたというのもあって」

「ああ、そういえば財閥系でしたね」

「よく覚えていてくれたわね。もしかしてあの子、普段からそういう空気を出してたりする?」

「全然そういうことじゃないです。たまたま記憶にあっただけで」

「それならよかったわ。IS学園でそんな真似をするなんて自殺行為にも程がある話だもの」

 

 四十院母が声を潜める。

 四十院さんが超お嬢様だというのはクラスでは誰もが知っている話だ。

 もっとも程度の差はあれどクラスメイト達は全員がそれなりの家庭らしく、苦学生のような人は少なくともクラスにはいない。

 オルコットなどは本人曰くだが祖国で名のある家系だそうで、立ち振る舞いからしていかにも伝統の重みを背負った貴族という感じだ。

 ただ、外国籍であるオルコットとリアーデを除けば、つまり日本人の中でという話だが、どうやら四十院さんはその中でも群を抜いているようだ。相川さんのような一般家庭のクラスメイト達からすれば一歩引いてしまうような存在であるらしい。

 直系ではないにしろ本家筋のそれなりにある立場だとか何とか。

 

「じゃあ何を作ってるんですか?」

「あら、気にしてくれるの?」

「いや、話の流れ的に」

「そうよね。うちは主にIS武装の開発をやっているわ」

「武装って言うと、例えばレーザーとかですか?」

「そうね、レーザー関係は今うちの主力のひとつだわ。何しろこれから伸びしろのあるものだから」

「へえ。そういえばあの時四十院さんはよくレーザー銃を持ち出してくれたなあって思いました。もしかして四十院さんにそういうのはあったのかな?」

「そうそう。実はあの時あの子が手にしていたのはうちのものなの。と言っても意識して選んだわけではなくて、とっさのことだったから見覚えのある武器に手が出ただけだそうよ」

「なるほど」

 

 即座にレーザー銃を取り出した時の四十院さんには頼もしさを感じたものだ。

 そして俺も先週あの時の反省をした際にきちんと感謝の意を伝えている。クロエの言に従ってではあるが。

 

「話がそれちゃったわね。だからうちでしかできないことがあるかと言われると、正直うんとは言えないの。レーザー関係だって倉持技研、織斑君の専用機を開発したところね、そこも作っているし国内ではシェア的にはっきり言って勝負にすらなってないくらいだから」

「そうなんですか。一夏の整備士さんが倉持は国内ナンバーワンだって自慢してましたが」

「ナンバーワンどころか日本はほとんど倉持ね。日本政府にIS委員会本部と組んで、向こう十年は盤石な体制だわ」

「それは……大変ですね。割り込む余地すらなさそうに聞こえますが」

 

 それでは俺を雇う以前の話ではないだろうか。

 

「日本でなんて最初から勝負する気はないわよ。市場は世界中にあるんだから、勝負は世界で」

「世界ならいけそうなんですか?」

「いけそうどころか勝負どころ。日本はISそのものが開発された国なだけあって、総合的な技術なら今でも世界のトップよ。同じことをするのであれば断然日本の方が強い。どうもIS固有の技術が日本以外の国にはとっつきにくいみたいなの。もちろん追いつき追い越せでそのうち均質化されてしまうんだろうけど、今ならまだ日本の方が優位。だから世界に食い込むのは今しかないという勢いでやっているわけなのよ」

「へー。いろいろあるんですね」

 

 それはきっとIS開発者篠ノ之束が自分のやりやすいようにやったせいだろう。

 自分さえ良ければでいいでやっていて、かつここまで世界に広めるつもりもなかったのだから、結果その技術は相当に特殊なものになってしまったと言えそうだ。

 博士が初めてISの開発を発表した時、世界は誰も相手にしなかった。それはあらゆる面で滅茶苦茶だったからだそうだが、そこには技術関連も入っていたに違いない。

 もっとも、無視されたせいで博士は実力行使によって世界にその存在を認めさせることにしたわけだが。

 

「分かってもらえたかしら?」

「十分理解できました。でもですね、そうするとなんですが」

「何?」

「わざわざ僕を勧誘とかする意味はあるんでしょうか?」

「ふふっ、もちろんこちらとしてはあるわよ。でも甲斐田君がわざわざうちを選ぶ意味はあるのかと言われると、正直ないわね」

「はっきり言いますね」

「さすがにごまかしようもない事実だもの。それなら正直に言うのが一番よね」

 

 だったらなおさら何しに来たという次元の話だ。

 暇を持て余しているわけではあるまいし、社長をやっているならそれなりに忙しい身だろうに。

 

「えーと」

「それならいったい何をしに来たんだって顔ね」

「端的に言えばその通りで」

「半分は今の話をしに」

「今の話?」

「うちの会社と言うよりは、IS業界の話ね」

「はあ」

「甲斐田君の将来のためにまずそこから始めましたって言えば、今回は言い訳つくから」

 

 言い訳する対象とはきっと織斑先生だろうが、織斑先生の部下である警備の人の前で言ってしまっていいのだろうか。

 今度はいつもの人とは別の人が立っている。ようやく休めると言っていたから今のこの間に休んでいるのだろう。

 

「やっぱり建前は必要なのよ。社長なんてやってるものだから下がいろいろうるさくて。無駄なことに時間使うんじゃないって下の人間が怒るの」

「ああ、そっちですか」

「織斑先生のことなら、最初から分かっていると思うわ。甲斐田君がうちを選ぶメリットなんて何もないことくらいね。O.K.を出してもらえたのはもしかしたら勧誘とはこういうものだというのを見せたかったのかもしれないわね」

 

 なにやらぶっちゃけモードに入ってきた。

 俺以前に警備の人がいるのだが、織斑先生に今の話が伝わっても構わないということなのだろうか。

 

「ということはもう半分、これからの話が本題なんですか?」

「もちろんよ!」

「ではそれは」

「当然娘のことに決まっているわ。あの子がIS学園でちゃんとやっているかもう心配で心配で……」

「は?」

 

 社長オーラが急に消えた。

 まさか。

 

「去年の春にIS学園に行きたいなんて言い出した時は何の冗談かと思ったわ。最初私の後を継いでくれる気になったのかと思ったけど、ISパイロットや整備士の資格が欲しいわけじゃないって。そして私の後を継ぐつもりもないって。じゃあ何をしに行くのかって聞いたらIS学園に入ったら指揮科に進むつもりだって言うのよ。呆れてものが言えなかったわ」

「それは……大変でしたね」

「もうダブルショックよ。それに合格どころか指揮科だなんて、甲斐田君も知ってるわよね? 指揮科って学年で上位十人くらいの中に入ってないといけないでしょ。それを中三になって受験するなんて言うような人間が行けるわけないじゃない。それどころか合格からして怪しいわよ。だいたいIS学園を目指すような人は中学に入ったらすぐ、下手をすれば小学生のうちから勉強してるんだから」

「そうらしいですね」

 

 娘のことを心から心配する母親の姿、ではある。

 だがこれから俺は相手にとっての本題、娘の四十院さんについて長話を聞かされることになるのかもしれない。そのうち質問攻めもありそうだ。

 ああ確かに娘の様子を聞き出すにはいい口実であり建前だと思った。

 

 


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