「喜べ、外出許可が下りたぞ」
そんな怪し過ぎるものを誰が喜ぶか。
「それは何に対する罰でしょうか?」
「ほう、罰を受ける身に覚えがあるのか?」
「いいえ、罰ならそれは間違いなく冤罪ですが、このパターンは前にあった気がしたので」
「臆面もなく冤罪と言い切る時点でお前も大概だが、残念ながら今回は罰ではない」
「そうですか。では嫌がらせの類でしょうか?」
「本当にお前は口が減らんな。まあいい。部屋に織斑がいるのであれば一緒に説明しよう」
生徒会長なら慌てふためき、鷹月さんならため息のひとつでもついていただろうが、織斑先生は何も動じずに部屋に入れろと促した。
仕方ないので俺も自分の部屋の扉のドアノブに手をかける。鍵はかかっていなかった。
相変わらず一夏は不用心だ。血に餓えた生徒に襲われでもしたらどうする。
「智希よかったぞって千冬姉!?」
部屋の入口にすっ飛んできた一夏が急ブレーキをかけた。
だが俺としては後ろのよからぬ話よりも前の喜び顔の方が非常に気になる。
「おお織斑、休日に押しかけてすまないな。お前達に少し話がある」
「えっ……お前達って俺も?」
「もちろんだ」
「おい智希」
「僕も今ちらっと聞いたところで話はこれから」
「そうか。俺何かしたっけなあ……」
「甲斐田、織斑の方がまだ普通の反応だな」
「そういうのはどうでもいいんで話の方を聞かせてください」
「まったく。だがどうでもいい話でもないが話の本題でもないな。では入るぞ……来客中か」
部屋の中に入ると、確かに来客がいた。しかも大勢。
うちのクラスからは床に正座した四十院さん岸原さんに女の子座りの布仏さん、そして俺のベッドの上をゴロゴロ転がっていて慌てて飛び起きた谷本さん。
そして三年の先輩、宮崎先輩に衛生科の先輩だ。
「織斑先生!?」
「指揮科の宮崎に衛生科の佐原か。今しがた小林と木城から話は聞いた」
「では……」
「だがここに来たのはその話ではない。別件だ」
「そうですか。では席を」
「それはいい。別にお前達に聞かれて困るような話でもない」
立ち上がろうとした先輩達を織斑先生は手で制した。
本当に大した話ではないのか、それとも俺達が嫌がらせされる様を見せて広めるつもりか。
「千冬姉、俺何かした?」
「織斑先生だ」
「日曜までかよ」
「休みの日であろうと立場が変わることはない。それで話の本題だが喜べ、外出許可が下りたぞ」
「は?」
当然、一夏も訳が分からないという顔になる。
そしてそのまま俺を見た。
「もちろん僕もそんな申請とかしてないよ」
「じゃあ何なんだ?」
「どうした? 嬉しくないのか? 五反田や御手洗と会えるぞ」
「マジ!?」
だが一夏の顔は一転、喜びの表情に変化する。
素直な一夏は言葉通りに受け取ったのだろう。
「ああもちろん本当だ。あれからほとんど会えていないだろうから久しぶりに旧交を温めてくるといい。他にも会いたいという人間がいれば聞こう。嬉しいだろう?」
「マジで!? そりゃ嬉しいに決まってるだろ! おい智希、あいつらに会えるぞ!」
「そうだね」
「何だよ、お前は嬉しくないのか? そりゃ智希のことが知られたのは俺よりもだいぶ後だから、あいつらと会ってなかった時間は違うけどさ」
「そういうことじゃなくて、頼んでもいないことをいきなり言われた時点で、本当のところはどうなんだろうなって思っちゃうよね」
「お前なあ……人の好意は素直に受け取ろうぜ。なあ千冬姉?」
「織斑先生だ」
「はいはい、織斑先生、人の好意は素直に受け取るべきですよね?」
「お前も甲斐田の影響で一言多くなったな。だが甲斐田の言う通りだ。なぜそんな簡単に飛びつく」
「俺!?」
まさか自分に跳ね返ってくるとは思っていなかったのだろう、一夏は自分を指差して大げさとも言えるレベルで驚いてくれた。
「もっと自分の立場に自覚を持て。何もしていないのにうまい話が転がってくるなどとは考えるな」
「騙したのかよ!」
「そうではない。外出許可は事実であり五反田や御手洗と会えるのもその通りだ。だがそれだけではないという話だ」
「ああ、他にもあるってことか」
納得したという感じで、掴みかからんばかりの勢いだった一夏がそのまま床に腰を下ろす。
これからおもしろくないことを言われるのはさすがに想像がついたのだろう。
「友人に会うついでに世間に元気な姿を見せてこいという話だ。どうやらお前達のことが想像以上に騒ぎになりそうなのでな」
「騒ぎ?」
「俺達はずっとここにいるのに?」
そういうことか。
本当に博士は余計なことをしてくれた。
「もう耳に入っているかもしれないが、先日の乱入事件の際の映像が世界に出回っている」
「ああ、なんか聞いたな」
「そうか。もちろん報道規制はかかっているが、それでもなかったことにはできない。そして本当に甲斐田は大丈夫なのかという問い合わせが殺到している」
「僕ですか?」
「確かに智希はやられてたけど……でも全然大丈夫だろ?」
「当然。でなきゃこうしてないし。あ、もしかして広められた映像がそういう風にできてた?」
言いながらそれもまたおかしいと思った。
博士的には俺が前に出てくるのは色んな意味で困るはずだ。
「ただの口実だ。出回っている映像を見たが、甲斐田の存在が恣意的に小さくされていた。それこそ甲斐田の行った指揮などなかったかのようにな」
「なんだそれ! ありえねえよ!」
「恣意的にと言っただろう。その映像を作った人間がそういう風に見せたかったというだけの話だ」
「ああ、じゃあその映像の智希は?」
「最大限好意的に見て健気、だがまあ情けない姿と言っていいだろうな」
「あ、やっぱりそうなんですね」
黛先輩は俺に対してオブラートに包んだか。
しかしそれは俺にとって好都合な話である。
「それでも外から難癖を付ける理由としては十分だ。ISを動かすことしかできない人間に何をやらせているのかと、挙句の果てあんな目に遭わせてIS学園は保護をしているのではなかったのかと、そういう批判が出始めている」
「おいそういう言い方はねえだろ」
「甲斐田、気にするか?」
「一ミリも」
「そういうことだ。宮崎、理解したか?」
「はい」
「既に理解していたか。余計だったな」
「いいえ、わざわざありがとうございます」
正座したままの宮崎先輩が深々と頭を下げる。
そういえばこの人も織斑千冬信者だった気がする。
「そういうわけであるから、これくらい普通だという顔を見せてガス抜きをしてこい。実際あれくらいは普通にあることでもあるし、それはもうお前達も分かっているだろう? 五反田や御手洗に会うついででいい」
「なるほど、そういうことですか」
「ってことは主役は智希か。じゃあ俺は横で適当にしてればいいな」
「そんなわけないでしょ。僕のことはただの口実なんだから」
言葉通りに受け取って他人事にしようとした一夏に釘を刺す。
基本的にIS委員会などの学者連中以外に俺に興味を持つ人間はいない。難癖をつけてきた輩の狙いはもちろん一夏だ。世界最強たるブリュンヒルデの弟にして映像内で大活躍をした。
「じゃあ何のためにやるんだよ?」
「だから一夏と僕を外に引っ張り出すための口実でしかないんだから、そりゃ出て行ったら一夏も囲まれて質問責めにされるよって話」
「マジかよ」
「今後も普通にある話だ。今から少しずつ慣れておけ。一生をIS学園内で過ごすわけにはいかないのだからな」
「えー……」
IS学園に来るまでのことでも思い出したのか、一夏は心底嫌そうな顔をした。
ならば俺もつついてみることにする。
「織斑先生、拒否権はありますか?」
「嫌だからなどといったくだらない理由は認めない」
「一夏の身が危険だからと言うのはくだらなくないと思います」
「俺?」
予想された質問だったのだろう、織斑先生は平然と笑った。
「お前達の警備体制については十分考慮してある」
「でもそれは机上の話ですよね」
「今回が最初のことだからな。だが既に三ヶ月後国外へ出ることが決まっている以上、そこを最初とするわけにはいかない。少なくともそれまでに何度か国内において実際のやり方を固めておく必要がある」
「ちょうどいい機会だというわけですか」
「そうだ。規模的にもな。だからその部分はお前達が心配するようなことではない」
「いいえ、大いに心配になります。だって一夏は今現在進行形で狙われているんですから。それもあの篠ノ之博士に」
「当然そこまで考慮に入れての話だ」
やはり織り込み済みか。
だが俺としてはそこで終わらせるわけにはいかない。
「でも相手はこの難攻不落のIS学園に突っ込んでくるような人ですよ?」
「既に話はつけてある」
「は?」
「本人とは交渉済みという話だ。であるからその方面については心配しなくともよい」
確かにそれができるなら一番早いが、本当にあの博士が応じたのだろうか。そんな簡単に。
というかこの二人は連絡手段を持っていたのか。博士からはともかく、織斑先生からの。
「それは信用できるんですか?」
「もちろん嘘であることも考慮に入れてある。だがどちらであろうと問題はない」
「言い切りますね」
「今回は私が出る」
「なんだ、千冬姉がいるなら大丈夫だな」
そうか、よくよく考えたらそもそも今の博士にはちょっかいをかけられるような手持ちがなかった。
四体目の子分機が間に合わなかったと言っていたくらいだ。今の博士はちょっかいをかけようにもかけられない状態だ。
そして織斑千冬という強大な壁まであっては、ここで無理して何かをする必要など全くない。
「それに奴のことだけを考えていればいいわけではない。お前達の存在自体が気に入らない輩もいるのだからな」
「そうなのか?」
「ネットとか見ればいくらでもいるね。目には見えないけど」
と言っても一夏自体はあの織斑千冬の弟ということで、憎むに憎めない微妙な感じであったりはするのだが。
またそこが狙い目だと俺は考えている。
「結局危険を言い出せばきりがない。そしてこの一ヶ月半で三年間引きこもる選択肢はなくなった。ならば万難を排して前に進むしかなかろう」
「カナダ旅行は織斑先生が、って何でもないです」
「甲斐田、全部お前が選んだ道だ。入学初日にな」
「それは……」
「改めて言っておくがお前も希少な男性IS操縦者なのだからな。全部織斑に押し付けられると思うな」
「おい智希、俺に押し付けるってどういうことだよ」
「織斑を押し出してその背中に隠れようとするなという話だ」
「え、むしろ前に出てるのは智希だろ?」
「本当にお前は……。何度も言うが常に意味を考えて行動しろ」
「はあ?」
まあ、気持ちは分かる。
三年間IS学園の中にひきこもらせようと織斑先生が考えたのもむべなるかな。
「さて甲斐田、お前のことだ。私が出ようと問題はある、などと難癖をつけるのであろう。安心しろ、きちんと計画書を見せてやる」
「いや、誰もそんなことは」
「せめてお前くらいは把握しておけという話だ。今週の放課後を使って計画について叩き込んでやる」
「だから別に計画に文句とか」
「もちろん意見があれば聞く。むしろ出せ。何しろ自分のことなのだからな」
「はい……」
元々織斑千冬第二秘書として拉致されている時間帯ではある。
だが俺はいつになれば自由を得られるのだろうか。
まだまだ発覚していない罪は山とあるのだが。
「そうだ、それでその外出っていつの話なんだ?」
「教師に対しては敬語を使え。来週の日曜だ」
「はいはい了解ですっと。智希、何にしてもあいつらに会えるんだ。それは喜ぼうぜ」
「そうだね」
織斑先生の意などまるで介さず、面倒事は全部俺に押し付けられると一夏は朗らかに笑った。
そして一夏の面倒を全部俺に押し付けた織斑先生は、頭が痛いとばかりに額に手を当てた。
「ごめんなさい。私達は甲斐田君に対して無神経だった。本当にひどいことをした」
鷹月さんの言った通り、宮崎先輩と衛生科の佐原先輩は俺に対して頭を下げた。
「甲斐田君、これは綾が一人でやったことじゃなくて、三年生みんなで考えてやったことなの。甲斐田君を本気にさせるにはどうすればいいだろうかって考えて、ああいうことを綾にやらせた」
「でもそれは甲斐田君を傷つけることでしかなかった。私達は甲斐田君の対する認識を間違えていた」
「それを甲斐田君のクラスの人達に教えられて気づいたの。甲斐田君を一般の生徒達と一緒に考えてはいけないって」
鷹月さんの言ったことそのままだ。
三年生のところに押しかけたクラスメイト達の顔まで立てている。
しかし真剣な表情で俺を見ている四十院さんはいいとして、わたしがんばりました的な得意げな顔をしている谷本さんは何なのか。本当に真面目モードだったのだろうか。
「私の言ったことは、IS学園の生徒ならプライドを刺激させられて発奮したと思う。でも甲斐田君はそうじゃなかったんだよね。ここに無理矢理連れて来られたんだし、私の言ったことなんて何言ってるんだって感じだったよね。本当にごめんなさい」
「もちろんあれで終わりじゃなくて、きちんとフォローというか説明はしようと思ってたんだけど、甲斐田君が来て、クラスの人達が来て、ああ私達は間違っていたんだって気づいたの。だからこうやって謝りにきました」
本気で全面降伏してきた。
鷹月さんに指摘された通り、俺のやったことはある意味あてつけだ。
だから先輩達からすれば俺の株は大いに下がっただろうし、もうこいつのことは知らんで全然おかしくない。そして俺も一夏だけ残して自分を切り離すつもりだった。
だが先輩達は謝ってきた。自分達の言い分など全て捨てて。
「こちらこそ大人げなかったです。すみません」
「甲斐田君!」
そうするともう俺には選択肢などない。
ここでごねるとただ俺がすねているだけになってしまう。
調子に乗ってごねて一夏のことを要求するのは論外だ。俺の問題から切り離そうとしているのにわざわざくっつけてどうする。
「ごめんねごめんねごめんね……」
「よかったね綾。ありがとう甲斐田君」
堰を切ったように宮崎先輩が泣き出した。
そこまで責任を感じていたのだろうか。先輩達は一歩大人の対応を取って俺に対する感情を飲み込んだと思うのだが、実行者たる宮崎先輩はまた違った感情を持っていたのか。
少なくとも目の前で泣きじゃくる宮崎先輩は、普段の頼りになる凛々しい姿からは程遠く、どこにでもいる普通の女子だった。
「あーよかった。智希のことだからとんでもないこと言い出すんじゃないかってビクビクしてたぜ」
「なにそれ」
「そのまんまだよ。許して欲しければ、なんて言い出すんじゃないかって。まあそん時は俺が一発入れてたけどな」
「そんなことしないよ」
もしかしてわざわざギャラリーを置いたのも先輩達の目論見なのだろうか。
ただ謝るだけなら別にクラスメイト連中などいらないのだが、いればもちろん俺はその目を意識せざるをえない。
俺が感情的にならないように、また余計なことを言い出さないように、こういう場を作ったのだろうか。
クラスメイト連中を見れば岸原さんは当然大泣き、涙腺の緩い谷本さんももらい泣き、布仏さんは笑顔だがなんとなくいつもより嬉しそうな顔に見えた。
ところが四十院さんだけは違った。厳しい顔で宮崎先輩を見ている。指揮班的にはこの場に対して思うところがあるようだ。
俺の視線に気づいて、四十院さんが慌てて笑顔を作る。さすがに場を乱すような真似はしないか。
「え、ええと、甲斐田さん、よかったですね。篠ノ之博士については織斑先生が対応してくれるようですので、当面は問題なさそうです」
「束さんはなんだかんだで千冬姉には弱いからな。まあ懲りてないだろうけど、千冬姉がどうにかしてくれるなら大丈夫だな」
しまった、俺の掲げていた大義名分が持って行かれてしまっている。
博士の脅威をもって煽ろうとしていたのに、俺の手中から奪われてしまった。
やられた、博士があっさり織斑先生と話をつけたのは俺に対する牽制の意味合いもある。
「あ、甲斐田君、朝の話だけど、私達はとりあえず織斑先生に預けたわ。もちろん呼ばれれば協力します。ただ申し訳ないんだけど七月以降は厳しいの。夏休みに三年は集団模擬戦があって、卒業後の進路にも関わってくるからどうしてもそっちに力を注ぎたいの。織斑先生に預けたのはそういう意味もあって」
「そうですか。もちろん無理を言える立場でもないですし、了解です」
「ごめんね」
泣き続ける宮崎先輩の肩を抱いて、衛生科の佐原先輩が俺に追撃をかけてきた。
もちろん佐原先輩にそんなつもりなど一切ないだろうが、俺からすれば大打撃だ。
やろうとしたことが意識無意識にことごとく阻まれてしまった。
「どうした智希? まだ何かあるのか?」
「え? いや、人生うまくいかないものだなと思って」
「そんなのここにいる時点で今さらだな。でもさ」
「何?」
「そんな中でも楽しくやれれば、それはそれでいいんじゃないか?」
「気楽だね」
俺からすれば、目的もなく生きている意味などない。
「ざーんねーんでーしたー!」
予想するまでもなく、博士は勝ち誇ってきた。
「いやーいい線行ってたとは思うよ? もう今までの束さんじゃないんだ! っていい煽りだと思う。ゴーレムのこともうまくごまかしたつもりだったのに、よく気づいたよ」
「それはどうも。別に負け惜しみとか言うつもりないです」
「えー、それじゃおもしろくないよー。せっかく束さん大勝利なんだから、もっと悔しがってよー」
「じゃあ千冬さんと連絡取るとかしないだろうと思い込んでいたのが敗因です」
「うん、正直するつもりなかったけど、そうすれば智希君の企みを全部潰せると気づいたらもう迷わなかったね」
そうだ、俺の中では博士は出てこないはずだったのだ。
限りなく黒に近いグレーであろうと、わざわざはっきり黒にしてしまうことはない。
姿を見せてはある種の安心を与えてしまう。それなら疑心暗鬼の方がいい。
「それで、来週何かするんですか?」
「もちろんしないよ。しないって言ったんだから」
「できないではなく?」
「それはまあ……できなくはないけど、でも大したことはできないか。何よりちーちゃんいるし」
わざわざ何かをするほどではないということか。
むしろ警備体制を確認したほうが有益だろう。
「じゃあ次は来月か」
「あ、そっちもなし。束さんはほいほい出てくるような安い女ではないのだよ」
「へー、そうですか」
「ほんとだって。ちーちゃんと約束したし。別に嘘ついて騙し打ちとかしないよ」
「やけに聞き分けがいいんですね」
「世の中はギブアンドテイクで成り立っているのだ」
「脅しはギブアンドテイクとは言わないんですが、何を要求したんですか?」
「いっくんと箒ちゃんに会わせてって」
今度は本人自ら突っ込んで来る気か。
実に安い女だ。
「あ、今失礼なこと思ったね。愛する家族に会いたいというただただ純真な気持ちなのに」
「わーなんてすばらしいんだー。で、それで何する気です?」
「ほんとにもう。いっくんの白式を改良してあげるよっていうのと、箒ちゃんに誕生日プレゼントをあげようと思って。ねえ、何あげたら喜ぶかな?」
「そういうのはクロエに聞いた方がいいと思いますよ」
「当然女の子の意見として聞いてるけど、それはそれとして智希君は箒ちゃんの隣の席じゃない。箒ちゃんの最近の好みとか聞いてない?」
「ISでもあげたら喜ぶんじゃないですか」
「適当だなあ。まあ考えたけどさ」
考えたのか。
だがISはもう生産不能だ。博士しかコアを作れないのに作れなくなってしまったのだから。
「まさかそのへんから盗んでくる気ですか?」
「それも考えたんだけどね、今ってコアが完全に管理されてるからなあ。いきなり新しいISが出てきたらもう一発でバレちゃう」
「博士が出してきたものなら新しいISで済むんじゃないですか?」
「束さんのこと知ってる奴は知ってるから無理だね。それに実物突き合わせたらどのみち分かっちゃうよ。あといろいろ面倒なことも起こってるし、だからISはなし」
篠ノ之さんは姉ルートで専用機を手に入れることはできないのか。
まあ篠ノ之束の妹だから、いくらでも専用機手土産に企業は寄って来るのだろうけれど。
「ま、別に急ぐ話でもないから聞いといて」
「そういえば篠ノ之さんの誕生日っていつですか?」
「七月七日、七夕の日!」
「けっこう先ですね。ちなみに一夏は知ってます?」
「人の名前も覚えられないいっくんが覚えてると思う?」
「ですね」
「というわけでいっくんの方もよろしく!」
誕生日ネタか。
あまり意識していなかったが定番だ。ならば俺もクラスメイト連中の誕生日くらいは把握しておくか。一夏の記憶力に期待するくらいなら俺が教えてやった方が断然いい。
誕生日をきっかけとしてその人について一夏に考えさせれば、もしかしたら何か生まれてくるかもしれない。
「じゃ、束さんはこんなところで。あとくーちゃんよろしく!」
「はい! お兄様! 是非とも言わせていただきたいことがあります!」
「な、何?」
すごい剣幕でクロエが入って来た。
昼は綺麗に収まったはずなのだが。
「お兄様、どうしてあそこで宮崎様を抱きしめてあげないのですか! あれはどう考えても優しく抱きしめてお兄様の胸の中で泣かせてあげるところでしょう!」
「いや、それはどうだろう」
「いいですか、チャンスはどこにでも転がっているわけではないのです。そして突然やって来るものなのです。ですから、常に意識をして、やって来た時逃さず掴むことが何より大事なんです!」
だがチャンスに何も考えず飛びついてその場で幸運の女神に殴り返された事例を見ているので、俺としては正直賛同しづらい。
というか別に昼のはチャンスでもない。和解が成立したところなのだからむしろ余計なことはしない方がいいだろう。
「それから、お兄様は周りの方々に対して感謝の言葉がないです。気持ちだけじゃダメなんです。言葉が必要なんです」
「あれ、そんなに言ってない?」
「はい、きっとお兄様は言っているつもりなのでしょうけれど、軽いんです。当たり前のように軽く言われては、感謝の気持ちは伝わりません。例えば今日、全員に向かってまとめてではなく、きちんとそれぞれに言ってあげてください。そして具体的な言葉をかけてあげてください。そこまでして初めてお兄様の気持ちは伝わるのです」
「なるほど」
これは前にちらっと思った気がする。
そうだ、整備班に対して感謝に加えて褒め言葉を追加したら意外にテンションが上ってくれたのだった。
まあ一言付け加える程度で効果があるのなら、別に厭うような手間でもない。
「男性はツーカーな関係を好むようですが、女は違うのです。分かっていても、言葉にして欲しいのです。お前を愛してると言って欲しいんです」
「そういうもんか」
「そういうものなんです」
確かに篠ノ之さんやオルコットは一夏に対してそういう言葉を求めている。
わざわざ俺に確認しに来るのがいい例だ。
一夏はここぞで外すことはないが、またそれによって心を掴んできたのだが、それにしても普段があまりにも適当過ぎる。
これは今後の課題として一夏に働きかけていこう。
「ありがとうクロエ、とても参考になったよ」
「とんでもないです! ですがお兄様、頭の中で思っているだけではダメですよ。きちんと声に出して実践してこそ意味があるんです」
「それは当然の話だね。頭の中にあるって他人からはないも同然だし」
「その通りです。がんばってください!」
満面の笑顔なクロエを見て、本当に表情豊かになったなと今さらながら思った。
「まったくふざけた話だわ。あたしが行かなくてどうするのよ」
目の前で鈴が拗ねている。
「一夏が行って、智希が行って、あたしは行くな? 何それ?」
独り言のようで、だが聞かせる対象は間違いなく俺だ。
「千冬さんだってあたし達の関係は知ってるのに、どうしてあたしをハブろうとするのよ。何それ意味分かんない」
来週の外出から、鈴は外されてしまったという話である。
「ちょっと智希、何か言いなさいよ」
「残念だったね」
「そういうことじゃないでしょ! そこは僕が何とかしてやるから待ってろ、でしょうが!」
「無茶振りにも程がある」
まあ逃げた一夏の後を追わなかったのはそういうことなのだろう。
こういう時に限って勘のいい一夏は、速攻で飯をかきこんで逃げた。
篠ノ之さん達も早々に食事を切り上げて一夏を追っていった。
後に残されるは俺と、巻き添えを食らった挙句逃げ遅れたハミルトン。
鈴の周囲には不機嫌の波動が渦巻いているので、飲み込まれるのを恐れて誰も近づいてこない。
結果、食堂の一角には奇妙な空間ができ上がっていた。
「り、鈴。そのくらいで……」
「智希なら卑怯な裏技でも使ってごまかすくらいできるでしょ。千冬さんも智希のことは頭痛いって言ってたし、たまには千冬さんを出し抜いてみせなさいよ」
「もう何を無茶苦茶と言っていいか分からなくなるくらいだけど、条件を出されたのならまずそれをクリアしようってとこからだよ。裏技とか言ってないで正攻法でいけばいいじゃないか」
「はあ? あたしが加わった場合の計画書を作って出せとか無理に決まってるじゃない」
「じゃあ諦めるしかないね」
「だから、それを裏技的抜け道か何かでどうにかできないのって言ってるの!」
自分ではできないと分かっているのになぜ俺ならできると考えるのか。
鈴も俺もただの学生であり、専門家などでは一切ない。
そもそも裏技などというのはその道に精通しているからこそ見つけられるものだろう。
「そうだ、こういうのはどう? まず智希が今の計画書を盗んでくる」
「いきなり物騒だ」
「そしてそれをコピって、あたしの名前を書き加える」
「書き入れただけじゃ計画とは言わないと思う」
「そこはあんたが口先一つでごまかしなさいよ。あたしがいようがいまいが計画に変わりはない! 的な感じ?」
「ますます計画とは言えない」
「だって実際そうでしょ。あたしには専用機があるんだから、自分の身くらい自分で守れるわよ」
「そういう問題じゃないって織斑先生は言わなかった? 僕らは守られる立場なわけで、織斑先生がいるし今回は一夏も専用機を使わない前提なんだから。だいたい街中でISを展開するにしても決まりあるの知ってる?」
「そ、それは……じゃあ教えなさいよ」
「ということは鈴は一夏と同じでISの持ち出し許可についても知らないね。というか鈴のは新型機だし、管理官の人からIS学園の外には持ち出すなって言われてるんじゃないの?」
「あ……」
「そういうのも含めて計画は立てられてるんだから、とても素人が手を出せるものじゃないということ」
実際計画書を見せられてどうだと言われても、はあそうですかとしか返しようがなかった。
持ち出し許可についてはぱらぱらとめくったらその単語があったので、その場で質問して知った程度だ。
当然一夏も何も知らないので、今回一夏は専用機を持ち出すことすらできないという話である。
「じゃあどうすればいいのよ?」
「今回は諦めるしかないんじゃない」
「あのさ、それってつまりあたしはあいつらに会っちゃいけないってこと?」
「誰もそんなことは言ってないよ。来週僕らと一緒に行くのは無理だってだけ」
「それだ!」
「は?」
「そうよ、別に一緒に出かけなくてもいいじゃない!」
「まさか……」
「現地合流よ!」
盲点を突いたすばらしいアイデア、なのだろう。鈴の中では。
散々身を持って学んだからこそ言えることだが、そういうのは織斑先生に対して一番やってはいけない行為である。
「うーん……」
「そうと決まればこうしちゃいられない。急いで外出許可を取ってこなきゃ。じゃあティナ! あとはがんばれ!」
「鈴!?」
こうと決めた鈴は一夏に負けず劣らず早い。
トレイを抱えてあっという間に爆走して行った。
「か、甲斐田君、えっと、それで大丈夫なの?」
「無理。それどころか最悪の選択だね」
「甲斐田君の顔見てあたしもそんな気がした……」
俺が基本そうなのでよく分かるのだが、織斑先生は姑息な手段を嫌う。
むしろ正面からぶつかってくる方があの人好みである。
だから普段の鈴は好評価な部類に入っているはずなのだが、あれはいけない。
おそらくこれでまた俺への評価が下がるのだろう。鈴を焚き付けたと。
まあ、今後も下がる要素が多過ぎるし今さら上がるとも思えないのでどうでもいいが。
「鈴を止めに行くならお早めに」
「え、えっと、最悪というのは……」
「そうか、理由がなきゃ止められないか。理由は単純で、織斑先生はそういう姑息な行為が大嫌いだという話。すぐ判明して問答無用でアウトだろうね」
「そうなんだ」
「せっかく条件なんて出してくれたんだから、鈴もきちんと考えればよかったのにね」
「えっ? 甲斐田君、でも計画立てるなんて無理だって」
「織斑先生もできるわけないって分かって言ってるんだし、その無理難題に対して鈴はどう対処するかなんだよ。考えて何かしらの答えを出せば、きっと相応の評価をしてくれると思うよ」
「何かしらって、甲斐田君の中には答えがあるの?」
単純なのものでは全力土下座からの徹底した泣き落としなど、いくつか思いつく手段はある。
ああ、山田先生経由でもいいな。あの二人、おそらくここぞでは立場がひっくり返る。
「もちろん百点とか無理だし、ゼロじゃない採点をしてもらってそれによる温情狙いかな。僕の場合基本マイナススタートだから、こういうのはいろんな意味で厳しい。でも鈴ならもうちょっとハードルは低いと思う」
「やっぱりあるんだ」
「あ、言っておくけど織斑先生は鈴が考えて出した答えが欲しいのであって僕の答えじゃない。僕が相手ならもっと無理難題にするだろうし、僕の答えは鈴のものじゃないってすぐバレる。だから僕は鈴に対して何も言うつもりはないから」
「うん、そうだね」
やはりドライなハミルトンはあっさり頷くが、一夏なら薄情者だと言うだろう。
俺だって自分が鈴の立場なら四の五の言わずに出せと要求する。
鈴に言わないのは、それによって計画が変わってしまっては覚え直しになるから嫌だ、というだけの話である。
「別に二度と会えないってわけじゃないし、おそらく来月以降なら普通に三人揃って行ける。鈴も再来週とかに一人で行く分には何も言われないだろうし、この機会じゃないといけない理由なんて何もない。よって僕は協力しません」
「うん、それでいいと思う」
残念だったな鈴、ハミルトンを使って俺から更に引き出そうとしたのだろうが、そうはいかない。
がんばれなどと口にしたのがお前の敗因だ。ハミルトンがそのまま取り残された風を装えばよかったのに、そんな言葉を口にしては、ここにハミルトンが残る意味が生じてしまう。
その上鈴はハミルトンを理解していない。
ハミルトンはただ性格がいいだけであって、特別鈴に義理もないのだ。
性格がいい故に、論理が通らなければ無理強いなどできない。
加えて意外とドライだ。
「そうだハミルトンさん、昨日はありがとう」
「えっ!?」
「僕が五組の人達に絡まれてるって一夏を呼びに行ってくれたんでしょ。わざわざありがとう」
「と、とんでもないです……」
「その後のことは全く気にする必要ないから。僕のことがなくても五組とは間違いなくぶつかる話で、遅いか早いかだけの違いでしかない」
「うん、集団で囲むとかあり得ないし、甲斐田君が本気で怒るくらいだから相当なことだよ。あたしもあの人達の態度見て本気でひどいと思った」
「あ、それは僕の方も冷静じゃなかったみたいで」
そうか、そういう風に見えてしまったか。
ハミルトンまでがそう感じてしまうということは、クラスメイト連中はもっとだろう。
今日一日俺に対して何かを言ってくることはなかったが、この分では一組と五組は完全に対立関係になってしまったと言えそうだ。
一応一夏が喧嘩を買った形だが、個人戦である以上誰もが当事者になる。
一組と五組の人間が対戦する際はまたややこしいことになりそうだ。
「そんなの当然だよ。モルモットなんてひどいこと言われたんだから。あたしあの人達のこと絶対に許せない」
「いや、そこまで力入れることでもないよ」
どういうことだろう。ハミルトンはキレかけた鈴を必死で抑えていたと聞いたが、これでは立場が逆だ。鈴は俺の前ではそこまで怒りを露わにしていなかった。
まあ鈴は自分のことの方が大事だし、そのあたりはもう個人戦の場でケリをつければいいと割り切ったのだろうが。
「甲斐田君、全然我慢することとかないよ。なんならあたしに思いきり」
「いやいや、カリカリしてても仕方ないってこと。個人戦でケリをつけようってことで収まったんだし、怒り続けても疲れるだけだから」
「甲斐田君がそれでいいのなら……」
母国カナダに言われて俺の点数を稼ぎたいのだろうが、そこまでがんばらなくていいと正直思う。
別に俺はハミルトンに恥をかかせようなどとは思っていないし、カナダに対して特に含むものもない。
クラスメイト連中と一緒でIS学園生徒特有の生真面目さを発揮しているのだろうが、もう少し力を抜いた方がいいと感じてしまうのは余計なお世話だろうか。
「じゃあそろそろ行こうか。大分長居しちゃったし」
「あ……うん。そうだ、また鈴の様子は報告するね」
「別にそこまでしなくていいよ」
「あっ、迷惑だった?」
「迷惑とかそういう話じゃ全然ないけど、じゃあ鈴の様子が変だと思ったら教えて。また爆発とかされると困るし」
「うん、分かった。でもあたしこの前の時全然気がつかなかったし、甲斐田君なら分かると思うからちょくちょく報告行くね」
「まあそのへんはハミルトンさんの判断次第で」
しかしそれにしても、昨日の屋上のことなど全くなかったかのような態度だ。
冷静になって人のことなど言える立場ではないと気づいて、四十院さんのように黒歴史として封印してしまったのだろうか。
ちょうどいい場だから謝ろうと思っていたのだが、ハミルトンが微塵もそういう空気を出さなかったので何となく言いそびれてしまった。
先方は俺に対してマイナスの感情もなさそうだし、下手に蒸し返して藪をつつくような真似はしない方がいいかもしれない。
「っと、なんだ?」
立ち上がって気づいたが、少し離れた席にテーブルを拳で執拗に叩き続ける生徒達がいる。
見覚えもないので上級生だろうか。
すぐ俺に気づいて、叩くのをやめあからさまに俺から顔を背ける。
明らかに俺を意識した行動だ。もしかして五組的な、俺に対する反感によるものだろうか。
二年生は俺に対する評価が分かれていると新聞部の黛先輩は言っていた。
そして上級生は三組や五組と違って、俺が暗躍してきたことを知っている。
つまり誤解抜きで俺に反感を持っている人がいるわけだ。
ならば今のは俺に対する何らかの警告だろうか。
「ハミル、あれ?」
しかしハミルトンは既に俺の側にはいなかった。
見渡せばちょうどトレイを返すところだった。そのそばかす顔は上機嫌そうだ。
あの連中については気づいていないか。俺の身を心配してみせる割には中途半端だな。
もちろん俺も自分のことだから、他人に全部委ねて安穏とするなどないけれど。