IS 喜んで引き立て役となりましょう!   作:ゆ~き

40 / 64
7.解決への道すじ

「お兄様、なかったことにしないでください」

 

 と、クロエが懇願してきた。

 

 

 

「たとえ肯定できなくても、宮崎様のお気持ちの存在を認めてあげてください。宮崎様は、心の底からお兄様を心配しているんです」

「心配か」

「そうです。宮崎様はいつもお兄様のために心砕いているんです」

 

 それくらいは分かっていることだ。

 さすがに俺も先輩が自分のためにやったなどとは考えていない。

 

「それならもう心配なんてしてないだろうから、なかったことにするまでもなくないんじゃない」

「そんなことはありません! 今も宮崎様はお兄様のことを心配しているんです!」

「なんでそれが分かる、ってまあ見てるわけね」

「宮崎様は逆効果になってしまったと本当に後悔しています。完全にやり方を間違えてしまったと」

 

 もはや先輩のプライベートも何もあったものではないが、先輩の望み通りの方向に進まなかったのだから確かに先輩にとってはやり方を間違えたと言えるだろう。

 だがそれはそもそも前提から間違えた必然の結果であって、やり方がどうあれ先輩の望んだ未来がやってくることはどう考えてもあり得ない話だ。

 俺に対してありもしない能力を要求すること自体がおかしいのだから。

 

「別に心配してるだけならもう大丈夫なはずなんだけど。僕の身が危険だって言うから、じゃあもう危険には近づきませんって言ったわけだし」

「そういうことじゃありません!」

「だからそういうことでしょ? あ、もしかして信じてもらえてないってことかな。全部口だけで言うことを聞く気なんかなさそうだと思われたか。それはあるかも」

「そうじゃないんです! そういうことじゃないんです!」

 

 クロエが駄々っ子のように首を激しく振る。

 だが確かに言い方がよくなかったかもしれない。さっき俺はあてつけのような言い方をしてしまっていた。

 先輩のダメ出し説教を後で思い返して理不尽過ぎると腹が立ったので、きっと面と向かった時感情的になっていた部分があったのだろう。

 理屈としては勝手に期待しているようなのでこの際ついでに失望してもらおうという意識だったが、それはそれとして別にやるべきだったか。

 いっぺんに何もかもやろうとした結果俺の言葉自体に信用がなくなってしまったのであれば、俺の方こそやり方を間違えたと言わざるをえない。

 となるとこの分では一夏への危険性についてまで話半分になってしまっているかもしれない。

 それはかなりよろしくない話だ。

 

「うーん……」

「お兄様、身の危険ももちろんですが、宮崎様はそれ以上ににお兄さまの心を心配しているんです」

「心?」

「そうです。今お兄様が傷ついて自棄になっているのではないかと」

 

 そういうことか。ようやく腑に落ちた。

 先輩的には俺を叩き落としたわけで、でもその後に行われるべきだったフォローが俺によって断ち切られてしまっている。

 要するに、今の先輩は一方的なまま終わってしまったという罪悪感に囚われてしまっているわけだ。

 

「ありがとうクロエ、よく分かったよ」

「本当ですか!」

「うん。確かにこのままじゃ先輩に対して申し訳ないね」

「そうです! ぜひその気持ちを宮崎様にお伝え下さい!」

「そうだね」

 

 結局は先輩の一人相撲だったわけだが、先輩にはオルコットとの模擬戦で世話になった。

 お返しという程でもないが、先輩を罪悪感から解放するくらいはやっていいだろう。

 もちろんこれ以上俺に干渉しない上での話だが、先輩がどうでもいいことで俺に囚われてIS学園で俺の存在がクローズアップされても困る。

 

「さあお兄様! 今すぐ宮崎様の元へ!」

「そんな急かさなくても」

「いいえ! 思い立ったが吉日です!」

「分かった分かった。でもせめてどう言うか考えてからね」

「そんな、どう言うかだなんて今のお兄様の気持ちをそのまま口にすればいいんです!」

 

 クロエが満面の笑顔で俺を急かすが、事はそんな単純な問題ではない。

 人間持ち上げられてから叩き落とされるとダメージが大きいが、逆のケースもまたある。

 失意のどん底で手を差し伸べられたら迷わずすがりついてしまうだろう。だがこの場合それは蜘蛛の糸なのだから、やり方を間違えては再び叩き落とすことになってしまう。

 しかし、だからと言って先輩の望んでいたように振る舞ってしまえば今度は俺への期待まで復活してしまうかもしれない。

 慎重に言葉を選ぶ必要がある。

 そして一夏への支援も取り付けなければならないのだから、これは相当な綱渡りだ。

 

「うん。でもちょっと考えさせて」

「不安に思わなくても大丈夫です! 宮崎様には間違いなく理解していただけますから!」

「それでもね」

「まさかやっぱり行かないとかないですよね? ずるずる行かないとかもなしですよ」

「分かってるって。ちょっと考えをまとめたいだけ」

 

 クロエが不満そうに口を尖らせるが、俺は無視する。

 結局博士は出てこなかった。

 

 

 

 

 

「帰ってたのか」

「うん」

 

 考えがまとまらないうちに一夏が戻ってきてしまった。

 だがその表情に怒りの色はない。

 俺を探し回っている時はかなり怒っているようだったが、探し疲れて収まったのだろうか。

 

「智希」

「何」

「悪かった」

 

 それどころか、頭を下げてきた。顔も深刻そうだ。

 これは何かあったか。

 

「嫌なことを無理強いしようとして本当に悪かった。すまん」

「誰かに言われた?」

「誰かに……そうだよな、俺に分かるわけないって思ったから逃げたんだもんな」

「どうしたの?」

 

 しおらしいどころか自虐まで入っている。これは珍しい。

 誰かに相当強く言われたようだ。

 

「寝坊してあとから来た谷本さんが怒ったんだ。智希をみんなと一緒にしちゃいけないって」

「谷本さん? 怒った?」

 

 もしかして三組代表あたりが出てきたかと思ったが、谷本さんとはさすがに予想外だ。

 

「ああ。智希は望んでここにいるわけじゃないって。それなのにどうして追い詰めるような真似をするのかって」

「谷本さんが? そういうこと言う人だっけ?」

「おいおい、四組との試合の後俺を慰めてくれたじゃないか。お前だって見てただろ」

「ああ、そういえば」

「リーグマッチの時ずっと一緒にいて分かったんだけど、あの人は相当よく見てるぞ。いつのまにってくらい全体を把握してる」

 

 確かに谷本さんが真面目にやればできるというのは俺も知っている。

 一夏についてのレポートは本人が書いたのかと思うくらいきちんとしていたし、一夏をうまくコントロールしていた。

 だからこそ普段はいったい何なのかと思っているわけだが。

 

「分かった。谷本さんについてはとりあえず置いておくとして、でもそれを言うなら一夏だって同じでしょ?」

「そう思い込んでいたのが俺の間違いだって言うんだ。俺は専用機もらって、みんなによくしてもらって、リーグマッチもうまくいった。でも智希はそうじゃないだろって」

「いやいや、一緒にするなってそういうことじゃないから」

「ええと、つまり俺は智希もISの訓練をすれば楽しさに目覚めると思ってたってことなんだ。俺も最初はISに興味とかなかったけど、やってるうちに楽しくなったからさ。だから智希もきっとそうだろうって」

「そういうことだろうなとは思ってたけど」

 

 昨日の夜の一夏は俺の意思など無視してゴリ押ししていた。

 これはきっと一夏の中に確信があるんだろうなと俺は思い、説得は無理だと実力行使に出たという話でもある。

 

「だよな。谷本さんに怒られて初めて理解したってのも情けない話だけど、そもそもお前はISに全く興味なかったもんな。授業じゃ千冬姉がやる気ない奴は放っておけだし、智希がISに乗るのってあの学者連中の前でだけだよな。きっと興味ないよりもむしろ嫌なことに入るんだろう?」

「それは……まあそうだね」

「やっぱりそうか」

 

 がっくりと一夏が肩を落とす。

 正直助かった。俺に対して怒る一夏をどうなだめるかという問題があったので、何もしなくて済んだのは非常にありがたい。

 もう一夏の身の方が危ないのだからと半分勢いで押し切るつもりだったので、勝手に折れてくれたのはこの後の話が非常にやりやすいだろう。

 よし、谷本さんはもう少し構ってあげることにしよう。

 

「しかもお前って今それどころじゃない問題を抱えてるんだろ。そんな時に俺から嫌なこと押し付けられそうになって、もうふざけんなって感じだよな」

「問題って何の話?」

「もしかしてお前まだ他にあるのか!? あ、きっと五組の話だな。大丈夫だ。それはさっき俺が喧嘩売り返しといたから」

「何やってんの!?」

 

 親指を立てて満面の笑みを浮かべる一夏にもう嫌な予感しかしないが、まず間違いなく現五組代表杉山の話だろう。

 あの後連中は一夏とぶつかってしまったのか。

 

「いや、鈴と同部屋の……」

「ハミルトンさん?」

「そうそう。智希が見つからなくて寮に戻ろうとしてたらその人が走ってきてさ、智希が集団に絡まれてるって言うから急いで行ったんだよ。そしたらその連中が向こうからやってきてな」

「それで言い合いになった?」

「あ、言っとくけど因縁つけてきたのは向こうだぞ。でもなんだこいつらと思ってたら智希が喧嘩売ってきたとか言うからさ、じゃあISの勝負でいいなら俺が買ってやるよって話になって」

「また模擬戦でもやるの?」

「ん? だからそれは来月の個人戦でって話だろ? とりあえず今は首洗って待ってろって感じか」

「オーケー、よく分かったよ」

 

 頭が痛い。

 いや、確かに喧嘩を売ったのは俺ではあるが、俺の知らないところで火が燃えあがってしまっている。

 

「大変だったんだぜー。鈴とかもうぶっ殺してやるモードになってて、そのハミルトンさん? に全力で羽交い締めされてたし」

「それむしろよく鈴が自重できたね」

「なんだかんだであいつも大人になったってことだろ。それに機会はちゃんとあるわけだしな」

「そうだね」

 

 その場にいたせいで鈴まで入って来てしまった。

 俺が何かをするまでもなく戦火が拡大している。

 

「だからさ、智希は外野のことなんて気にしなくていいから自分の問題に向き合ってくれ」

「自分の問題?」

「四十院さんに聞いた。宮崎先輩から本当にきついこと言われたんだな。どうしてそういう言い方をしたのかは分かったけど、でもそういうことじゃないよな。いや、俺も谷本さんに怒られて気づいたからこそ言えるんだけど、少なくともそれは智希に対して言う言葉じゃない。せっかくお前がここで見つけた楽しみを奪うような言葉なんだから」

「楽しみ?」

「ああそうか。お前はまだ気持ちが整理できてないんだよな。もちろん指揮の話だ。俺はリーグマッチで智希のやったことがダメだったなんてこれっぽっちも思ってない。クラスのみんなだってそうだ。しっかり結果も出てるしな。そして宮崎先輩だって間違いなくそう思ってる。だから智希は自分はダメだなんて思う必要は全くない」

「それは……」

「あ、五組の奴が何か言ったんだろうけど、ダメなのはむしろあいつらの方だからな。だいたいあいつらって智希が指揮してたことも分かってないくらいのバカだ。お前らIS学園に入れたくせにその程度かよって思わず言っちまったぜ」

「それはそれでまた事情があって」

 

 オルコットの時の例を引くまでもなく、喧嘩を売られれば一夏はまず買う。

 だから五組代表の性格を考えるに特に俺が何かをするまでもなくこの状況にはなったのだろうが、引き金を引いたのは間違いなく俺だ。だがそれは口が滑ってしまったことへのごまかしであって、最初から意図してやったことではなかった。

 売り言葉に買い言葉的な要素も多分にあったと思う。

 

「宮崎先輩の方も心配すんな。きっと智希じゃ喧嘩になるだろうしこっちで話をしてるからさ」

「話? というかしてる?」

「ああ。あの後谷本さんと四十院さんが先輩のところに向かった。今ごろ話をしてくれてると思う。あ、あと布仏さんと岸原さんのちびっ子コンビも行ってるかな? でもあの二人がいて何になるのかって気もするけど」

「何やってんの!?」

 

 まさか宮崎先輩のところに抗議をしに行ったというのか。

 四十院さんはあの場にいたのでまだ分からなくもないが、谷本さんが出てくる意味が分からない。

 前もあった気がするが、谷本さんの中にあるスイッチが押されてしまったのだろうか。

 

「いや、俺も行くつもりだったんだけど四十院さんに来ないでくれって言われちゃったんだよ。とてもデリケートな話をするとかなんとかで、俺に来られるとむしろ困るらしい」

「そういうことじゃなくて、何僕の知らないところで勝手なことしてくれてるの!?」

「勝手なことって……だって今の智希は凹んだ上にかなり荒れてるじゃないか。お前が因縁つけられたその場で自分から喧嘩売るって相当なことだぞ。普段のお前はそういう奴じゃないだろ?」

「喧嘩くらい普通に売ってたと思うけど」

「普段のお前は喧嘩売るのも計画的じゃねえか。それに自分が喧嘩売っておきながら全部俺に振るってどういうことだよ? やってること滅茶苦茶だぞ」

「それは……」

 

 確かに失言をごまかすため無理矢理一夏に繋げた感はある。

 元々一夏に振るつもりであったとはいえ、少々強引過ぎたか。

 

「ああ、別にそれ自体はいい。お前がムカつくのも分かるし、前から俺もああいうのが出てきたら一発ぶん殴ってやろうと思ってた。でもな、智希、今のお前は冷静じゃないし、全然自制できてない。五組も三組も昔の俺もそうだったけど、お前が本気になれば騙せない奴はいないんだ。だからわざわざ自分から喧嘩を売る必要とかなくて、いつものお前なら今回も適当にあしらってたはずだ」

「外から見てそんなにおかしかった?」

「智希って何があってもいつもと変わらないように見えるからややこしいんだよな。今回のことは俺も鈴も何かおかしいと思ったけど、多分事情を知らなかったら流してた程度だ」

「その割には鈴はいつも通りだったみたいだけど」

「それは鈴の智希への感謝の気持ちの表れだろ。あのバカ共をボコっとけば智希の気持ちが少しは収まるだろうっていう」

「それは根本的に方向性を間違ってると言わざるをえないなあ」

 

 物事を黒か白でしか考えない戦闘民族のことはもう置いておくとして、どうやら俺が冷静でなかったのは事実なようだ。

 リーグマッチのとき鈴が普通ではないと俺が気づいたように、一夏や鈴も俺が普通ではないと気づいたのだ。

 もちろんやったこと自体は元々そうするつもりだったし、そうなるだろうと思っていた事柄だ。

 だがやり方が多分いつもの俺ではなかった。いつもの俺であればまず一夏もいる場でやったはずだ。

 そして無茶ぶりをするのではなく、直接一夏が喧嘩をするように仕向けただろう。それこそ入学初日のオルコットの時のように。

 そしてどうしてそうしてしまったのかも分かった。俺はリーグマッチにおいて代表ではないにしてもリーダーをやったことによって、自分が前に出る手っ取り早さを知ってしまったからだ。

 前に出ると当然矛先が俺に向くので、これまで俺は出来る限り前に出ることをしてこなかった。だが自分から前に出れば、根回しして人の感情を誘導するなどという七面倒臭いことをしなくても簡単に望んだ事態を作ることができる。

 しかしその結果がこれだ。確かに五組のことは想定通りだが、その代償として今全ての矛先が俺の方に向いてしまっている。

 

「智希、鈴との試合のときに言ったことだけど、俺を、俺達を頼ってくれよ。自分だけでどうにかする必要はないって一番考えてるのは他でもなく智希だろ。そりゃ確かに勝手なことするなって思うだろうし、智希が自分でやった方がいいなら俺達だってきっと手を出したりしない。でも人に喧嘩売ってるような今のお前の状態だと、先輩との仲もこじれるだけって思わないか?」

「それで谷本さんと四十院さんかあ……。こじれるとは別にややこしいことになりそうだね」

「大丈夫だって。あの真面目モードの谷本さんはすっげー頼りになるぞ。あと四十院さんもかなり気合入って張り切ってた。事情を分かってるってのもあるんだろうけどさ」

「ということは今頃喧嘩中かな」

「え?」

「一言言っておくけど、宮崎先輩とはもう会話済みだよ」

「はあ!?」

「五組の代表に絡まれた時にはもう会話は終わってたんだよね」

「それは……」

「かなりあてつけたからなあ。失望してるか怒ってるか、少なくとも僕に対していい感情はもう持ってないと思うよ」

 

 一夏が唖然とした表情のまま固まってしまった。

 勝手なことをするなというのは俺を飛ばしてやるなという話である。

 だいたい俺が凹まされて言われっぱなしのままでいるような人間でないことくらい分かっているはずだ。一夏にしても、クラスメイト連中にしても。

 

「別に谷本さん達がダメだとは言わないけど、宮崎先輩というか三年生達にはまず勝てないだろうね。僕だって正面から相手にしたいとは思わないし。ああ、僕らが鈴と正面切って殴り合うイメージかな?」

「そ、それは……」

 

 喧嘩慣れしているという意味で、生身の体でもおそらく俺達は鈴に勝てない。

 もちろん本気でやることなどないが、何をどうすればいいか知り尽くしている鈴と喧嘩などしようとしてこなかった俺達では経験値に雲泥の差がある。

 三年生達も同じだ。お互いに俺の味方であるという前提であればまた話は違っただろうが、もう三年生達は俺個人に対してそういう空気ではないだろう。

 だからまともにぶつかれば経験の差でコテンパンというところだろうか。

 

「さてさてどうしたもんかなあ……」

「と、智希……」

「個人的にはもう放っておきたいところなんだけどなあ」

「そんな……」

 

 もちろん放っておくつもりなど一切ないが、勝手なことをしてくれたお礼も込めて俺は意地悪な言い方をする。

 これから三年生に対して一夏への支援を取り付けなければならない。そしてそのためにまず一夏を説得する必要がある。

 つまり一夏に言うことを聞かせやすくするためだ。

 何より一夏のことは俺の問題からうまく切り離さなければならない。

 

「まあさすがに僕の問題だし、まずは谷本さん達に結果どうなったかを聞くところからかな。それよりも一夏は一夏で自分の問題もあるんだからね」

「俺?」

「そう。自分でも分かってると思うけど」

 

 とその時、部屋の扉が激しくノックされた。

 さては谷本さん達か、もしくは三年衛生科の先輩あたりか。

 

「もしかして谷本さんか!」

 

 待ちわびたという感じで一夏が飛んで行く。

 そして勢いよく扉を開けた。

 

「甲斐田君いる? いるなら貸して欲しいんだけど」

「鷹月さん!?」

 

 だがどちらでもなく、やって来たのは怖い顔をした鷹月さんだった。

 

 

 

 

 

「篠ノ之さんから聞いたわ。相当ややこしいことになってるようね」

「僕も今一夏から聞いたところだよ」

 

 俺は定番の寮の会議室に連れて来られていた。

 途中クラスメイト達の顔もあったが、怖い顔をしたままの鷹月さんを恐れてか誰も声をかけてくることはなかった。

 いや、例外としていつも空気を読もうとしない夜竹さんが笑顔で手を上げて声をかけようとしたが、無言の鷹月さんに一瞬で肉薄されて腹に一撃をもらいそのまま沈んだ。そして死体は鏡さんによって引きずられていった。

 

「まさか谷本さんが出てくるとは思わなかったけど、言い分を聞いて理解したわ。確かに彼女ならそう思うでしょうね」

「どういうこと?」

「谷本さんらしいってことよ。そしてタイミングとしてもたまたまだけど最良だわ」

「らしい? タイミング?」

 

 俺などはむしろらしくないと思ってしまうのだが、鷹月さんからはまた別のものが見えているのだろうか。

 鷹月さんはクラス一谷本さんに対して厳しい人だが。

 

「谷本さんのことは言葉通りで、タイミングって言うのは物事を解決するにいいタイミングだったってことよ。どうせ甲斐田君のことだから、もう先輩達には喧嘩売ってきたんでしょう?」

「なぜそれを!?」

「やっぱりね。誰であろうと甲斐田君が仕返しをしないわけがない。織斑先生に対してさえ虎視眈々と狙ってるくらいだし、三年生といえどIS学園の生徒相手なら朝一で突っ込むくらいはすると思ったわ。篠ノ之さんが大騒ぎして甲斐田君を探してたけど、甲斐田君にとってはそっちの方が重要だものね」

 

 鷹月さんは織斑先生並に俺の行動を読んでいる。

 そんなに俺は分かりやすいのだろうか。

 

「でもややこしいことになってるように見えるけど、問題の解決はもうすぐそこよ。出来事の順番が綺麗にはまったおかげでね」

「だからそれはどういうこと? 僕としてはむしろさらにややこしくなったと思ってるんだけど。谷本さん達が先輩達と口論になったとかで」

「ああ、甲斐田君ならそう思うか。大丈夫よ。もうすぐ三年生の人達が甲斐田君のところに謝りに来るだろうから。それに対して甲斐田君がうんと言えばそれで終わり」

「えっ?」

 

 それは先輩達が谷本さん達に言い負かされるということなのだろうか。

 さすがにそれは薄い可能性の話だと思うが。

 

「あのね、先輩達もそこまで子供じゃないわよ。甲斐田君が拗ねてへそを曲げただけってことくらいさすがにもう理解してるわ。そしてちょうどいいタイミングで理由まで持ってきてもらったんだから、これ幸いとばかりに飛びつくわよ。それに間違ってもいない話だし」

「拗ねてへそ曲げたって……」

「喧嘩を売ったというよりはむしろあてつけたんでしょ? まさにそのままの行動じゃない」

「それは……」

 

 確かに、理論武装したとはいえ要素だけを抜き取ればそう言われてしまうか。

 やはり俺は一夏の言った通り感情を制御できていないのだろうか。

 

「でもそもそも宮崎先輩のやり方が間違えてたからね。あれはIS学園の生徒に対してはこれ以上ないやり方だけど、こと甲斐田君に対しては全くの逆効果だから。だから別に甲斐田が悪いってわけじゃないわよ」

「それは谷本さんが言ってたような意味で?」

「もちろんその意味もまた一つの要素としてあるけど、今私が言っていることは違うわ。そもそも甲斐田君はIS学園の生徒じゃないから、IS学園の論理は通用しないという話」

「いや、一応僕もIS学園の生徒扱いなんだけど」

 

 いきなり何を言い出すのかと思わないでもないが、言わんとすることは何となく分かった。

 確かに俺はIS学園の諸々については正直どうでもいい。

 

「意識がって話よ。織斑君もだけど甲斐田君は望んでここに来たわけではない。そして織斑君とは違って甲斐田君はISに対して一切興味を持っていなかった。でも三年間をここで過ごさなければならないわけで、甲斐田君はその三年間の目的を織斑君に見出した。まさか違うとは言わせないわよ。この一ヶ月半の甲斐田君の行動は全て織斑君のためだけなんだから」

「そうだね」

 

 別に見出したわけではなく最初からそのためにIS学園に来たわけだが、まあわざわざ指摘することでもない。

 

「甲斐田君のためとか言われても甲斐田君からすればどうでもいいことだから、むしろ煩わしい。今そんな感じでしょ?」

「まさにその通りだね」

「篠ノ之さんが言ってたことだけど男性の地位向上とかもどうでもいい話でしょ? むしろこの三年間何をして過ごすか程度で」

「よく見てるね」

「私にとって必要なことだから。だったら甲斐田君、『指揮』を楽しんで三年間過ごしてもいいんじゃないの?」

「は!?」

 

 これこそいきなり何を言い出すのかだ。

 別に俺は指揮に対しても興味などない。

 

「入学前に決めてたからって別に初志貫徹するようなことでもないでしょ? それよりももっと楽しいことがあるんだから、素直にそっちに注力すればいいじゃない」

「ちょっと待って鷹月さん? いきなり何を言ってるの? どうして指揮が出てくるわけ?」

「やっぱり無意識よね。甲斐田君、あなたは指揮をしてる時は他のどの時よりも楽しそうにやってたわ。作戦を考えてる時、あの模擬戦で指揮をしてる時、一生懸命で楽しそうにやってたじゃない」

「鷹月さんはいったい何を言ってるの?」

 

 こっちは必死だったというのに、楽しそうだったとか言われても困る。

 一夏や指揮班の二人が俺に対して思っているほど俺に余裕は一切なかった。

 だから過大評価にも程がある。

 

「じゃあ充実してたって言い換えるわ。あの時、人の乗ってないISとの戦いが終わった後、アリーナに寝転がった甲斐田君の顔は満足そうで、すごく充実してたわ。指揮の醍醐味を十分味わいましたって感じで、羨ましくて仕方なかったわよ」

「それは鷹月さんの勝手な感想であって、事実は違うんだけど」

 

 確かにやりきった感はあったが、別にそれは指揮に対してではない。博士への邪魔をやりきったという気分だったように思う。

 博士の一夏へのちょっかいを邪魔することもまたこのIS学園に来た目的の一つなのだから。

 だがそれはさすがに口にはできない。

 

「やっぱり簡単には認めないか。ねえ甲斐田君、昨日の夜宮崎先輩が甲斐田君に言ったこと、今考えてどう思う?」

「あのダメ出し? それは……まあ言い過ぎなところがかなりあったかなと」

「言い方について最初に来るってことは、中身についてそこまで吟味はしてないわね。甲斐田君、あれってほとんど、特に最後の人の乗ってないISの話なんてこっちの内情を一切考慮しない暴論よ。それこそただ甲斐田君を否定して凹ませるためだけの」

「えっ?」

 

 確かにこっちにはこっちの事情があるのだからとは思ったが。

 

「リーグマッチの部分についてはもっともなこともあったけど、でも先輩は一方的に言うだけでほとんどこちらの事情を確認したりしてきてないわ。そして話した内容も一般論というわけでもなく、ただこっちがやったこととは正反対の論理。後から考えればいくらでも反論はできた」

「どうして先輩はそんなことを……」

「想像だけど、私達がきちんと反省をしたかってことじゃないかと思う。自分達の中でやったことに対する整理がきちんとできていれば、それは違うって言えたはず。でも私達は先輩が言っているんだからそれが正しいことなんだと思考停止して飲み込まれてしまっていた」

 

 やりかねない。あの先輩達ならやりかねない。

 まさにそういう人達だ。

 

「リーグマッチについては確かにその通りだと反省させられることがたくさんあった。だからこそ私達は先輩の言っていることは正しいと思っちゃったわけなんだけど、最後の人の乗ってないISについては全然違うと思う。大筋において甲斐田君はそこまで間違った判断をしてないと私は思った。自分を囮にしたことはあの場にいた私達からすればして欲しくなかったことだけど、でもみんなに覚悟をさせるという効果があった。そして何より私達は甲斐田君からすれば織り込み済みな犠牲だけで勝利している。もっとこうした方がよかった的なことはあっても、責められて全否定されるようなことなんかじゃ全然ない」

「なるほど」

 

 指揮科的には結果うまく行ったんだからそれでいいでは済まないというのも分かる。

 だがリーグマッチにしてもなんであれ優勝の結果を得られたのだから、俺としてはそれだけで十分だった。

 

「少なくとも今の私には相川さんと谷本さんの扱いを織斑君達が回復するまでの時間稼ぎだと割り切るのはできないわ。私だったら普通に戦力として数えてたと思う。そして当然二人が駄目になってそこから崩れてた。でも甲斐田君は織斑君篠ノ之さんオルコットさん凰さんの代表クラスだけを戦力として数えて、私達をプラスアルファ程度に置いていたから戦線が壊れずに済んだ。甲斐田君はきちんと戦力についても考慮してた」

「いや、それは……」

「分かってる。意識してやったことではないってことでしょ。先輩に全部なんとなくでやってるって言われたけど、でもなんとなくにしてもやってはいるわけよ。意識するどころかなんとなくですらできなかった私とは全然違う」

 

 そういうことではなく、俺も普通に戦力として入れていたという話である。

 どうしてそういうことを言うのかと思ったが、そういえば、俺は医務室で相川さんと谷本さんを慰めるために後付けの論理をでっち上げていた。

 だがこういうところから過大評価を受けてしまうのか。

 

「鷹月さん、それは」

「ごめん、別に今は反省をしようってわけじゃないから。甲斐田君は自分のやったことに対して胸を張っていいということ。自分を卑下する必要なんて全然ない」

「僕は反省とかしてないから何とも言えないけど、でもそれがなんなの?」

「もちろん甲斐田君は周囲をことなんか気にしないで自分の楽しいと思うことをやればいいって話よ。織斑君の話は織斑君の問題であって、甲斐田君が大人しくしてることとはまた別の話。織斑君の問題に対する振る舞いが甲斐田君の全てを決めてしまうとかないわ」

 

 まあ、あてつけたとはいえ俺が考えていたのもそういうことだ。

 危ない場には近寄らないが、かと言って一夏に近づかないというわけでもないという話である。

 

「それについてはその通りだと思うけど、でもだからと言って指揮の勉強をするかと言うとまた別の話だよね。というか鷹月さんはどうして僕に指揮をさせようとするわけ? まさか僕のためだからとか言わないよね? さっきの言い方からして」

「もちろんよ。昨日言ったじゃない。甲斐田君に負けたくないって。でもこのままじゃ甲斐田君は舞台にすら上がってこないって気づいたのよ。だからね」

「なるほど、自分が勝負をしたいからって話だね」

「ええ、甲斐田君のためとか言われるよりはよっぽど信じられるでしょう?」

「そうかもしれないけど、それだけじゃ動かされることはないね」

「何言ってるの。指揮の道に自分から足を踏み入れたのは他ならぬ甲斐田君自身よ。織斑君のためとはいえ、甲斐田君は自分でそうすることを選んだ。そして今後も続けるつもりがあるのなら、必然的に指揮を学ばなければならないんじゃないかしら?」

 

 鷹月さん的には俺にとって痛いことを言ったつもりだろう。

 だが俺はこれからそのへんを全部先輩達に投げるつもりでいる。

 今までやってきたのもなし崩された上でのやむを得ずだし、リーグマッチで一夏を輝かせるという目的は既に達成した。

 来月の個人戦も今の一夏なら余計なことをせずとも十分に優勝を狙えるだろう。

 もう俺がやらなければならないような指揮関連など特になく、今後俺がやるべきは一夏に寄ってくる女子のコントロールだ。

 ここ数日鈴が一夏の番犬ぷりを発揮しているし、篠ノ之オルコットが一夏の両脇を固めていて他クラスの女子が近づけない状況になりつつある。

 このままでは一夏の周囲が固定化されてしまうし、かといって連中も頭寄せ合って考えている割には全く進歩がない。

 やはり新しい風が必要だ。とりあえずはハミルトンあたりからだろうか。

 なんだ、やはり俺にはやることがたくさんある。

 

「うーん、まだ余裕あるか。仕方ない。今日のところはこれで引き下がるわ。そろそろ先輩達が甲斐田君の部屋に行ってるかもしれないし」

「僕としては無駄な努力してる暇があったら自分のことに取り組んだほうがいいと思うな」

「もちろん全部自分のためよ。何もかも自分のため。ただ甲斐田君にとってもいい話だというだけで」

「だからって無理矢理やらせるとかしないでね」

 

 言いながら俺は立ち上がる。

 だが変に俺のためなどと言ってくるよりはよっぽど気が楽だ。

 極端な話俺に突っ込みをさせようとする谷本さんとなんら変わりがないのだから。

 最初は鬱陶しくとも慣れてしまえば特に気にもならなくなるだろう。

 

「甲斐田君、人は楽しみを知ったらまた味わいたいと思うものよ」

 

 珍しく、鷹月さんの笑顔を見た気がした。

 

 

 

 

 

 帰り道、廊下に大の字に寝転がった死体が転がっていた。

 いや、しくしくと泣いているので生きてはいるようだ。

 

「夜竹さん、何やってるの?」

「あっ、甲斐田君だ。それがさあ、ナギに廊下で反省してろって部屋に入れてもらえなくて」

「ナギ……ああ、鏡さんか。一緒の部屋なんだっけ?」

「そーだよ。あたしはまだ何もやってないっていうのにさあ」

 

 まだとか言う時点で何かをする気満々だったのは間違いないわけで、そういう姿勢について反省しろということではないのだろうか。

 

「ふーん。でもそうやって寝転がってるとここを通る人にとって邪魔じゃないかな」

「えっ? でも人が通れるくらいは空けてあるよ。そっちを通ればいいじゃない」

「そういう問題でもないんだけど、じゃあ寝転がってるのは鏡さんに対する抗議活動?」

「抗議? 別にナギの頭が冷えるのを待ってるってだけだけど」

 

 構って欲しくて寝転がっているのかと思ったが、特に意味はないらしい。

 だが鏡さんの頭が冷えてもこの姿を見たらまた火が付いてしまうのではないだろうか。

 

「ねえ夜竹さん、待ってるだけならここじゃなくて別の場所で時間潰せば? 例えば趣味の写真撮ってくるとか」

「だって機材とか全部部屋の中だもん。前に取りに入った時ナギが入ってくんなって怒ったし」

「前って、こういうことはよくあるの?」

「よくっていうか……あ、けっこうあるかも。でもこうやって寝転がってれば眠たくなってくる頃にナギが声かけてくれるからちょうどいいんだ」

 

 鏡さん、なぜ無駄だと分かっていながら同じことを続ける。

 だがそういえば鏡さんは無駄だと分かっていながら文句をつける人だった。

 効果はともかく言わずにはいられない人なのだろう。

 

「それならまあほどほどに……あ、そうだ、夜竹さんに大事なこと言わなきゃいけなかった」

「なになに!? それっておもしろいこと!?」

 

 だらけていた夜竹さんが勢いよく上半身を起こして俺を見る。

 暇ではあったようだ。

 

「おもしろいことっていうか、よくないことなんだけどさ、夜竹さんて一夏の写真を売りさばいてるよね?」

「えっ!?」

 

 不意打ちに夜竹さんは全身をビクッとさせて、ずるずると後ずさろうとする。

 素直でよろしい。

 

「趣味ならともかくとしてもそれで商売しちゃうってどうなんだろうね? IS学園ってそういうのは許されてるんだっけ?」

「ま、まあね……」

「そうなんだ。じゃあ今から織斑先生に確認してみるよ」

「すいません嘘つきました許してください!」

 

 どうしてそんな一瞬でバレるような嘘をつくのか理解できないが、それも行き当たりばったりに生きているという証か。

 しかしこれでよくIS学園に合格できたな。

 

「そっか。でも今まではやってきたわけで、それはそれで罪だよね。やっぱりきちんと自首した方がいいんじゃない?」

「そんな! もうしません! もうしませんから!」

「って言われてもなあ。僕が何かをしなくても他の人が密告したら一緒じゃない?」

「それは大丈夫! 買った人には誰にも言わないでって言ってあるから」

「え、でも僕はその買った人から聞いたんだけど」

「そんな!」

 

 鈴とハミルトンが言いよどんだのはそういう約束があったからか。

 だが既にハミルトンがあっさり落ちているのだが。

 

「うーん……本当にもうしない?」

「しません! 絶対にしません!」

「一夏の写真を売ったりしない?」

「はい! もう織斑君の写真を売ったりしません!」

「分かった。じゃあ執行猶予付きで織斑先生には言わないでおくよ。もしこの後一夏の写真が出回ってるのが分かったりしたらアウトだけどね」

「しない! 絶対にしない!」

「やっぱりそういう写真が出回ってるとか本人が聞いたら嫌な気持ちになるだろうからさ。お願いね」

「はい!」

 

 夜竹さんは完全に怯えている。

 俺に対してなのか織斑先生に対してなのかは分からないが、優しい声で脅した効果は十分あったようだ。

 だがあえて一度目は見逃す。

 夜竹さんが口だけかどうかを確かめるためだ。

 そして見張るのを口実に関係者から話を聞いて販売ルートも確認し、あわよくばそれを俺が乗っ取るという算段だ。

 またチクらないのはあまり写真というものについて織斑先生に意識をさせたくないということもある。

 

「あれ?」

「何?」

「いや、何でもありません!」

「言っておくけど、バレなきゃいいって考え方はしないでね。現物がある以上絶対に証拠は残るんだし、僕が見つけられないとは思わないこと」

「はい! 肝に銘じます!」

 

 俺は満足し、睨まれた蛙をその場に残して、自分の部屋へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 だが、またも俺の前には障害が立ちはだかる。

 我が最大の天敵、織斑千冬だ。

 完全に迂闊だった。もし俺の方が先に見つけていれば即座に逃げていただろう。

 しかし廊下を曲がったところで向こうから歩いてきていたのではもはや逃げようもない。

 あと少しだったのに、目的地である自分の部屋はもうすぐ目の前なのに。

 

「おお、甲斐田か。ちょうどよかった」

「や、休みの日にわざわざ何でしょう?」

「そんな嬉しそうな顔をするな。もっとそういう顔にさせたいと思うではないか」

「わあそれは光栄だなあ」

 

 逃げる以前の問題だった。

 それは目的地が同じならぶつかるのも当然だ。

 だが甲斐田と苗字呼びしたということは今は教師モードか。確かにその笑顔も教師用の恐怖スマイルだ。

 

「織斑は?」

「部屋にいると思いますけど」

「今日はお前達にいい話を持ってきた」

「休みの日にわざわざここまでやって来るとはすごく仕事熱心ですね。そんなことしなくても放送で呼び出してくれればいいのに」

「むしろ休みの日だからこそだな。見回りのついででもある」

「そうですか。じゃあ別に今日じゃなくて明日でもよかったんじゃないですか? 急ぎでないのなら」

「そのつもりだったが、お前の話を聞いたものだからな。早めに伝えておこうと思った次第だ」

「僕の話?」

 

 何がバレた。いや、何があった。

 写真に始まって五組代表との喧嘩まで、心当たりが多過ぎてどれのことか分からない。

 最大限の希望を持って言えば三年生が博士と一夏の件を話しに行ったということだが。

 

「どうやらお前は今大きなストレスを抱えているようだな。確かに騒ぎになってからここまで息つく暇もなかったと思うが、リーグマッチも終了してようやく落ち着いてきた。だからこのタイミングで息抜きをさせてやろうという話だ」

「息抜き?」

 

 ストレスも意味が分からないが、息抜きはもっと意味不明だ。

 ただ間違いなく言えるのはそれはただの口実で、織斑先生はまた何かを企んでいる。

 

「気を張ってばかりでは精神はもたない、時には気を緩めてリラックスするのも非常に重要な事だ」

「はあ……それで具体的には?」

「せっかちな奴だな。もっと心にゆとりを持て。旧友に会わせてやろう」

「旧友?」

「五反田や御手洗とはあれ以来ほとんど話をしていないだろう? いい機会であるから旧交を温めてこい」

「弾に数馬ですか?」

「もちろん他に会いたいという人間がいれば言え」

 

 ますます意味が分からない。

 どうしてここで中学時代の悪友達の名前が出てくる。

 あの連中はISとは全く何も関わりがないはずだが。

 

「ああ、施設の連中については諦めろ。そういう決まりだ」

「いや、それは知ってるからいいですけど、わざわざこっちまで呼びつけるんですか?」

 

 すると織斑先生はニヤッと、また人の悪い顔で笑った。

 

「そうではない。喜べ、外出許可が下りたぞ」

 

 

 そんなもの、俺も一夏も頼んでさえいないのだが。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。