IS 喜んで引き立て役となりましょう!   作:ゆ~き

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4.織斑一夏はきっと生まれてくる時代が数百年遅かった。

 

 

 

 織斑一夏はきっと生まれてくる時代が数百年遅かった。

 

 

 

 つくづくとそう思う。

 その昔、ハーレムという単語が存在した時代、女を囲って侍らす、という表現があったそうだ。

 どう考えてもその関係は対等ではない。かつては今のように女の方が多かったというわけではないのだ。むしろ男の方が多かったくらいだと言われている。

 それなのに一対多の関係を作れてしまうとは、どれだけ昔の男という存在は強かったのか、どれほど弱肉強食な世界だったのか。

 その頃男は戦う存在であったため死亡率が高く未亡人を保護する必要があったとか、血筋を繋がなければならない王家には跡継ぎを生む女をたくさん用意しておかなければならなかったとか、色々と理由はあったようだ。

 だが他に結婚相手がいないので仕方なく、というような話ではない。

 きっと普通の男と結婚するよりも優秀な男の二番目以降となることを選んだのだろう。

 現代の結婚できない大半の女とは天と地ほどの開きがある意識の違いだ。

 そしてそこで選ばれる男というのが、織斑一夏のような人間だったのだろうと思う。

 

 改めて、織斑一夏という一人の人間について考えてみる。

 はっきり言って、性格だけを切り取ってしまえばこの現代社会に置いて女の支持を得ることはあり得ない。

 何より女の気持ちを理解しない男だ。そしてどこまでも自己中心的な男でもある。

 悪人ではない。思いやりはあるし、老若男女問わず困っている人間に迷わず手を差し伸べられる男だ。ただ女の気持ちが全く分からず自分を基準に判断し動くため、しばしばその行動が的外れになってしまうのである。

 これだけ聞けばただのはた迷惑な存在でしかないが、それで終わらないのが我らが織斑一夏、的外れな行動をしながらも女の心を掴んでしまうのだ。

 聞けばその純粋な気持ちに心打たれてしまうそうだ。結果が伴わないのに実に不可解な話だが、一夏が関わってしまうと女子はもうそれだけで胸の中がいっぱいになってしまうらしい。

 同じことを中学時代の友人である弾や数馬がやっても唾を吐かれて一瞬で終了となってしまい、二人は絶対に納得がいかないと憤慨していた。

 まあそのあたりは邪心、下心のあるなしが大いに関係しているようではあった。

 

 ならば結局は顔か、と問われると、確かに一夏の顔は整っている。思春期の女子が夢を見るには十分らしい。

 百八十には届かないが身長もあり、足も長い。見た目が第一の相川さんのような女子には突撃したくなる相手だそうだ。

 だが、他に類を見ないほどであるかと言われるとそこまではない。俳優やアイドルと比べれば確実に向こうのほうが上だと言われるだろうし、中学時代も一夏より顔がいい男子はいた。

 別に俺一人の意見ではなく、周りの女子に聞いてみても好き嫌いを抜きにすれば一夏よりも顔がいいといえる男子はそれなりにいた。

 しかし、一夏よりも女子にモテる男子はいなかった。

 

「おう智希遅くなった。湯船が気持ちよくてついのんびりしちゃったよ」

 

 ようやく一夏が浴室から出て来た。長いと思ったら初日から湯を張ったようだ。

 この男は去年施設を出て姉千冬さんと暮らすようになったのだが、どうやらそこで一人湯の楽しみを覚えたらしい。

 

「寮とはいえお金のことを気にしなくていいとなると贅沢しちゃうもんだね」

 

 施設で大人数で暮らしていた頃は基本というかほとんどシャワーで済ませていたものだったのだが。

 

「いや、初日だしな。それに箒にいびられて節々が痛いんだよ。だからな」

「冗談だよ」

 

 昼間の意趣返しに少し皮肉を言ったら意外と一夏は焦っていた。

 施設で一緒に暮らしていた俺からそういう風に見られたくはないのだろう。

 

「じゃあ作戦会議しようか」

「ああ、来週のな」

 

 湯上がりで半裸の一夏は冷蔵庫からペットボトルの水を取り出し、飲みながらベッドに座った。

 この構図はいいな。間違いなく売れる。

 

「放課後織斑先生と話したんだけど、このままじゃ一夏はオルコットに勝てないって」

「千冬姉でいいだろ、今は俺らしかいないんだし」

 

 一夏に呼び方を突っ込まれた。俺は見る者全てを恐怖に陥れる魔剣出席簿の一撃を喰らいたくない。だから油断して一夏みたいに人前で言わないように、基本織斑先生で通したいのが正直なところだが。

 

「オーケー。千冬さんは一夏は絶対に勝てないって言ってた。谷底に叩き落としてやるから這い上がって来いと」

「マジかよ。オルコットってそこまでなのか?」

「やっぱり訓練の有無が大きいみたい」

 

 一夏が真顔になった。やはり教室での様子からして絶対とまでは思っていなかったんだろう。

 

「千冬姉がそこまで言うとはなあ……絶対とか千冬姉の嫌いな言葉なんだけど」

「そうなの? まあ絶対っていう言葉を使ったわけじゃなくて、万に一つの可能性もないって言ったんだけど」

「いやー……同じだな。そういう完全とか完璧とかはあり得ないってのがいつもの千冬姉なんだけど……千冬姉にそこまで言わせる程なのか?」

 

 一夏が思わぬところで考え込み始めた。差は歴然としている、というだけの気がするが。

 

「千冬さんの中では一夏の負けが確定しているってことだと思うよ。負けるところから始めろって言いたいんだろうと」

「うーん、そういうことなのか……。でもやる前から負けが決まってるのは納得いかねえな」

「それでまず一夏に聞いておきたいことがあるんだ」

 

 一夏に向き直る。

 

「何だ?」

「勝つためにやるか、負けるためにやるか」

「どういうことだ?」

 

 一夏の眉が寄る。答えが分かっていようと決まっていようとはっきりと確認しておかなければならない。

 

「千冬さんの言い方からしても、一夏の勝ちの目は薄いと思う。だから綺麗に負ける方法を考えてもいいということ」

「何言ってんのお前? 綺麗にも何もそもそも負け方を考えるってあるのか?」

「今回に限ってはある。千冬さん的には一夏をどん底まで叩き落とすつもりらしいから、その手前で引っかかるようにするって話」

 

 一夏が首を傾げる。言い方が抽象的過ぎた。

 

「つまり、オルコットの目の前で無様な姿を晒さないようにするってこと。一夏がみっともないことになるとオルコットが調子に乗るだろうし、学園中からなめられるだろうから」

「あー、分かった。それで綺麗に負けるってことか」

 

 理解した一夏はものすごく嫌そうな顔をしている。もちろん俺も好きなやり方ではない。現実に即した被害を最小限に抑える賢いやり方かも知れないが、小狡くてみみっちいと個人的には思う。

 そういうことをする他人をどうこう言うつもりはないが、自分がやるとなれば話は別だ。それに一夏にそんな真似をさせたくもない。もし一夏が望んでやるのであればまた考えるが。

 

「ないな」

「だよね」

 

 お互いの顔を見て即答した。聞く前から答えは分かりきっていたが、口にしておくのは大事なことだ。特に一夏の覚悟的に。

 

「千冬姉がいつも言ってるけど物事に絶対なんてないんだ。今勝ち目がなければこれから作ろうぜ」

「そうだね。それで今一番可能性を考えられるのは、やっぱり専用機だと思うんだ」

「ああ。でも間に合わないんだろ?」

 

 当てにして発言をしてしまったのは本当に俺の失策だったが、有効な手段であるというのもまたはっきりしている。

 

「うん。別に千冬さんが邪魔をしているわけじゃなくて、元々そういう話だったみたい」

「早くても二週間後って言ってたっけ? じゃあどうするんだ?」

「無理を言ってみる」

「は?」

 

 一夏がポカンと口を開けた。昼間の食堂の時と言いこの姿の一夏はよくないな。度々見せるようなら注意をしておこう。

 

「一夏の専用機を作ってる企業?」

「倉持技研ね」

「その倉持技研の人に事情を話して、間に合わせてもらえないかお願いをしてみる」

「おいおい、お前何言ってんの? 少なくとも二週間はかかるって言われてるんだろ? さすがに無理だろ」

「だからその無理をあえてお願いしてみる」

 

 一夏がものすごく困ったという顔をしている。お世話になっている人達に無理難題を言いたくない気持ちは分かる。

 

「普通に無理だって断られて終わりだと思うぞ?」

「普通に言えばね。だから、これはクラス代表を決める模擬戦だと説明するんだ」

「どういうことだ?」

 

 俺は一夏に理由を説明した。

 昼に千冬さんが言っていたが、クラス代表は行事の時は文字通りクラスの代表として人前に出る。

 つまり、目立つ。倉持技研からしてみれば一夏がクラス代表になれば自分の会社の機体の宣伝機会が大いに増えるわけだ。

 さらに機体のデータも収集できる。授業で動かす程度では取れるデータはたかが知れているそうで、一夏は倉持の人からとにかく色々やってみてくれとお願いされているとのことである。特殊な行事やイベントに参加できればそれだけ多彩なデータを得られるというメリットがある。

 

「なるほどな。倉持技研的には俺がクラス代表になった方がいいんだな」

「そうだね。それに一夏がクラス代表になれなかった場合のデメリットもある」

 

 その場合、一組の代表は自分をイギリスの代表候補生だと言っていたオルコットになる。クラス代表のメリットをそのままイギリスの企業に持っていかれることになるわけだ。

 さらに対外的には日本の倉持技研が下に見られてしまうだろう。

 もちろん俺の想像ではあるが、そのまま指を咥えて眺めている場合ではないと思う。

 

「う~ん……鼻で笑われて終わりってことはなさそうだな。きっと嫌な顔はされるだろうけど」

「そうだね。もしかしたらもう千冬さんとの間で話がついてて、一夏はクラス代表にはならないってことになってるかもしれない」

「じゃあ無理はしたくないって言われるかもしれないわけか」

「十分あり得る。だから、お願いだけして後の判断は向こうに任せるしかない」

 

 一夏が目をつぶって頭をかく。お願いする時のことを想像しているんだろう。

 自分が無理をするのは厭わない男だが、やはり他人に無理を言うのは抵抗があるか。

 

「まあ……言うだけは言ってみるか」

「そもそもやりたくても時間的に無理って場合も普通にあるし、ダメ元って感じで言ってみれば駄目だった時もしょうがないねで済むと思うよ」

 

 つまるところは倉持技研の良心と、技術と、色気と、根性次第だ。

 こちらとしては自分からアクションを起こさなければ可能性はゼロだからやってみよう、でしかない。

 

「分かった。どうせ決めるのは向こうだしこっちはこっちでやれることをやろう。もうちょっとしたら話しやすい人が出てくれると思うから後で電話する。あ、智希が説明した方がいいか?」

「いやいや、一夏のことなんだから一夏が自分の口で言わないと」

「それもそうか。よし、じゃあ専用機のことはそれでいいな。あと他の方法はあるのか? さすがにこれだけに賭けるのは厳しいと思うぞ?」

「そうだね。そしてそれが一番の難関だ」

 

 腕が劣る状態で性能の劣る機体に乗って勝つ。

 正攻法では到底無理な話だろう。

 

「何よりまずは俺が機体を動かせないことには話にならないよな」

「一夏がISに乗ったのって試験の時だけ?」

「初めて男がISを動かしたってことでいろんなところで起動させられたけど、まともに乗ったのは試験とその前の練習くらいかな?」

 

 対してオルコットは既に自分の専用機を乗り回している。

 千冬さんが絶対負けると言ってしまうのもよく分かる話だ。

 

「とりあえず一夏は模擬戦の日まで、毎日放課後訓練機で練習するべきだと思う。訓練機の予約はもう埋まってるみたいだけど、山田先生が協力してくれる。だから一夏は明日先生と一緒に予約取ってる人に代わってもらえるようお願いしに行って欲しい」

「え、それ大丈夫なのか? 代わってもらえるもんなのか?」

「先生と一緒に行ってお願いすれば何とかなると思うよ。それに断られたらまた別な人にお願いしに行けばいいし」

「そうか、別に訓練機は一機しかないってわけじゃないもんな」

 

 まあ一夏に頼まれれば大抵の人はうんと言ってくれるだろう。女性上位主義者の存在は気になるが、山田先生もいるし予約してる人全員が全員そうだということはないと信じたい。

 

「おし、それじゃこれから一週間一緒に訓練しようぜ」

「それは無理」

「なんで?」

「だって放課後は千冬さんに捕まってるから」

「あー……」

 

 千冬さんが憎らしいのはここだ。模擬戦の提案をしたのは俺なのに、放課後一夏に関わることができない。事前に話はできても実際の訓練は全て一夏任せになってしまう。

 もちろん模擬戦を戦うのは一夏だが、それにしても様子を見ることさえできないというのはかなり厳しい。

 ああ、そういえば休日のことをすっかり忘れていた。そのあたりはどうなっているのだろうか。これは調べておかないと。

 

「じゃあどうするんだ? さすがに一人だと意味ないのは俺でも分かるぞ。ああ、山田先生?」

「先生に一週間毎日放課後付き合ってくださいはまず無理だと思う。訓練相手は篠ノ之さんがいいんじゃないかな?」

「えっ? 箒!?」

 

 一夏は露骨に嫌そうな顔をした。眼の奥が怯えているように見える。たった一時間でどれだけのトラウマを植え付けられたというのか。

 

「ISに乗ってるんだから生身とは違うよ。それに篠ノ之さんだってIS動かすので精一杯だと思うし」

「だけどさー……それなら別に箒でなくてもいいんじゃないか?」

 

 ごもっとも。はっきり言えば二人で一緒に訓練して仲良くなってもらおうという作戦である。

 しかしここまで一夏が嫌がるとは、篠ノ之さんも自分で自分の首を絞めてどうする。予め釘を差しておいた方がよさそうだ。

 

「でも他の女子だと勝手が分からないから一夏は加減して遠慮するよね? 篠ノ之さんなら遠慮無くやれるだろうし、一週間もないからあんまりのんびりやってられないよ」

「う~ん……」

 

 当然俺は事前に考えておいたもっともらしい理由で説得にかかる。千冬さんの話を聞く限りクラスメイト達の技量はおそらく俺や一夏よりも上だ。事情も理解しているし全力でやってくれと一夏が頼めば喜んでやってくれるだろう。

 だから極論を言えば一夏の言う通り誰でもいいのだが、それなら俺の都合に合わさせてもらおう、という話。

 

「一夏の専用機って近接戦闘型なんでしょ?」

「うん」

「篠ノ之さんも剣道やってるからそっちのタイプだろうし、ISに慣れるための訓練相手としてちょうどいいと思うよ」

「……そうだな。今は俺が我がまま言ってる場合じゃないよな。分かった、明日箒に頼んでみるか。あ、でも断られたらその時は仕方ないからな?」

 

 それはないので心配しなくていい。むしろ喜んで全力で応えてくれるだろう。

 

「でも一週間でもどこまでやれるかだな。あ、別に箒がどうこうってわけじゃなくて、オルコットに勝てるところまでいけるかって話だ」

「うん、今それを悩んでる」

 

 一夏が頭の痛いところをついてきた。明日くらいはISに慣れる程度でいいかもしれないが、これは模擬戦に向けての自主訓練だ。適当にダラダラやっていいわけではない。

 

「先生に教えてもらうのは?」

「千冬さんは論外で、山田先生なら一日くらいは付き合ってくれるかもしれない。他にIS指導の先生を探してお願いしてみるのもあるかもしれない。でもそうすると千冬さんに筒抜けになるからあんまりやりたくない」

「千冬姉にバレると何かまずいのか?」

「今回に限っては敵側だからね。ないとは思うけどオルコットにそのまま情報を流されたらますます勝てなくなる」

「さすがに千冬姉はそういうことしないぞ」

 

 俺もそう思うが、はっきり叩き落とすと宣言されている以上千冬さんやそれに近いところに頼るのはよろしくない。

 

「それに敵を倒すのに敵の助けを借りるってのも変だと思うし」

「うーん……それで勝てるんならそれに越したことはないけど……じゃあ代わりの当てはあるのか?」

「一夏は先輩に知り合いとかいないよね?」

「ISとか正直キョーミなかったからなあ……千冬姉も全然ISの話はしてくれなかったし」

 

 俺と一夏は男であるが故にこれまでISの世界からは遠かった。関係者としてはど真ん中だが、関わり合いがなかったためIS関係の知り合いがほとんどいない。

 

「俺の知り合いは……倉持の人達はさすがにこれ以上は無理だろうし……智希は所属すらないからなあ……」

 

 机の中にどこかの偉い人の名刺はたくさんあるが、今の俺は決まったことに従うだけで何かを主張できるような立場にはいない。無理してお願いをしてみるにしても、知らない大人達を相手に立ち回れるような自信はとてもない。

 それに自分のことならまだしも今は一夏の話だ。日本に取られた一夏を快く思わない人達も多いらしい。逆に一夏に近づきたい人達もいるようだが、全体像がさっぱり分からない以上は正直手を出すに出せない。

 

「学園内の話だし、倉持の人達以外に外に手を広げるのはやめておいた方がいいと思う。今ちょっと考えたけど何がどうなるか全然想像できないから」

「IS委員会とかなんか面倒くさそうな人達だったもんな。いかにも男が嫌いってのもいたし、関わらないで済むならそっちの方が俺もいいな。じゃあやっぱり学園内か」

「といってもこっちにも知り合いはいないけどね、お互い」

 

 誰でもいいならクラスメイトでいいわけで、今必要なのは勝つための技術を教えてくれる人だ。

 手当たり次第に声をかけるというわけにもいかない。

 

「クラスの誰かに姉とかいないか? 俺達にないならそういう伝手を頼ってみるってのは?」

「確かにそれくらいしかないかな……」

 

 こちらには一夏がいる。相手が女性上位主義者でなければ一夏が真剣に頼めば何とかなるはずだ。だから教えてくれるのに適した人がいればそれが一番だ。

 クラスの誰かの姉や知り合いがそうだとは限らないが、一年以上のアドバンテージがある分まだ同級生よりはいいだろうか。

 

「う~ん、どっかに勝ち方を優しく教えてくれるような優秀な人いないかなー」

「あ」

 

 瞬間、脳裏に閃きが走った。

 

「どうした智希?」

 

 これは偶然だろうか、必然だろうか。

 

「智希?」

 

 もしかして最初からそういうことだったのだろうか。俺達は実は敷かれたレールの上を走っていただけなのだろうか。

 

「どうした智希? 何か思いついたのか?」

 

 いや、それにしては不確定要素が多過ぎる。そもそも模擬戦を口にしたのは俺だし、どう行動するかは自分次第だ。決めるのは自分だ。

 これはつまり選択肢を与えられたということなのかもしれない。

 

「智希!」

 

 いつの間にか一夏の顔が目の前にあった。やたらと至近距離だ。女子にやったら相手の心臓を止めかねない行為だ。

 

「何か思いついたんだな?」

「うん。当てができた」

 

 笑って一夏に返す。別に笑顔を作ったわけではなく、自然と顔が緩んだ。

 この際他人の思惑なんてどうでもいい。今何より大事なのは模擬戦で一夏がオルコットに勝利を収めることだ。

 そのためなら別に人の手のひらの上で踊ったっていいだろう。

 

「それは何だ?」

「そうだね、明日の夜に誰に頼むかを決めよう。一夏は明日の放課後でISをそれなりに動かせるようになってて欲しい。そしてあさっての昼にでもその人に頼みに行こう」

「待て待て、ちょっと待て。お前の悪い癖なんだけど一人で勝手に話を進めるな。何がどうなってそういうことになるんだ? 始めから説明してくれ」

 

 いけないいけない、光明が見えたせいで思考が先へ先へと飛んでしまっていた。

 まだ方向性が見えただけで、超えるべきハードルは山ほどある。そして一夏がそれを越えることができたとしても、勝つのはとても無理だという結論に達してしまう可能性も大いにある。

 今安心できる要素は何ひとつないのだ。

 

「ごめんごめん。これから説明するよ。正直、僕らじゃオルコットに勝つ方法は思いつかないと思う。知識も技術も相手のほうが上だ」

「まあな。だから教えてくれる人ってことなんだろうけど、それはいったい誰なんだ?」

「明日探す」

「探すって、IS学園の生徒の中でか? 一学年百五十人だから、五百人近くもいるんだぞ?」

「そんなにはいないよ。去年千冬さんがIS学園に来たおかげで人気が高まって年々定員が増えてるけど、今は全校で四百人くらいだよ」

「まあ千冬姉は全世界のISパイロットの憧れの的だからな。いや、でもそれでも四百人だぞ?」

 

 一夏の姉織斑千冬先生は世界最高峰のISパイロットであり、今なお並ぶ者のないカリスマだ。

 朝の自己紹介では千冬さんに向かって一夏に対してよりも大きな黄色い声が飛び交っていた。織斑先生のいるクラスに入れたのは人生最大の幸運だと感動するクラスメイトもいたくらいだ。

 

「でも試験だ何だで順位がつくんだから、その中で優秀な人ってのは決まってる」

「順位ってことはつまり相手は上級生で、その人を明日探すってことか。でもどうやって? ひたすら聞いて回るのか?」

 

 俺はまた笑った。今度は自分の意志で。

 まだ相手が誰だかも分からないのに、どうやってお願いして説得するか何も考えていないというのに、俺は進むべき道が見えたせいかわくわくしてしまっていた。

 

 本当は一夏には俺なんて必要ないだろう。

 一夏は自分で階段を登っていくだろうし、案外オルコットにだって一人だけで勝ってしまうのかもしれない。

 俺のやっていることは余計なお世話で、きっとただの自己満足だ。

 だけど、いやだからこそ全力でやろうと思うし、一夏にとっていい結果を出せるようにしたい。

 何より今回一夏を模擬戦に巻き込んだのは他ならぬ俺だ。

 

 一夏が俺の説明を待ってじっと見ているので、俺はまず最初の言葉を口にした。

 

「数字を見れば一発で分かるよ」

 

 


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