IS 喜んで引き立て役となりましょう!   作:ゆ~き

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6.反発

「IS学園は最初から安全な場所なんかじゃないです」

 

 と、俺は三年の先輩達相手に挑む。

 

 

 

「みんな外から隔離されて安全だみたいな言い方してますけど、僕らからしたら逃げ場のない場所ですから」

 

 言葉の意味を理解して、俺の周囲にいる先輩達が息を呑むのが分かった。

 まずは俺のフィールドに入ってくれたようだ。

 

「IS学園に男二人だけで乗り込む時の気持ち、想像できますか?」

 

 何もかも、あらゆる面において俺よりも格上な人達だ。

 普通に話をしてはいいように転がされてしまうのは間違いない。事実昨日の夜はそうだった。

 是が非でも全て俺の土俵内で話を進めなければならない。

 

「そ、それはもちろん、相当に心細かっただろうという想像くらいはできるわ。男子に対して快く思っていない人達の集団に入っていくつもりだったってことも」

「そうですか、そうですよね。やっぱり死地に赴くも同然だとまでは思ってないですよね」

「そこまで……いいえ、本人が言うならそうなんでしょうね。でも、そういう不安な気持ちはすぐに解消されたはずじゃ?」

「すぐ? 初日からオルコットさんに絡まれましたし、安心なんてできるわけないじゃないですか。少なくとも三日くらいじゃとても」

 

 やつれ顔の宮崎先輩が目を丸くする。

 入学して三日とはすなわち、俺が先輩達に会いに行った日のことである。

 

「先輩達のところへ行ったり一人で学園内を歩き回ったりしたのを、僕が怖いもの知らずだからなんて思ってませんか? いつだって怖いに決まってるじゃないですか。でも僕はここでまず見分けなければならないかったんです、敵と味方を」

「敵と味方……」

「はっきりさせないまま後ろからズブリとかご免なので。敵なら敵ではっきりしていてくれた方がありがたいんです」

 

 もちろんのこと俺は入学してからこのかた、そこまで深刻に考えてなどいない。

 多少は構えていたが、入学初日からクラスメイト達が友好的過ぎて正直拍子抜けした。また味方を作るつもりでもあったが、そんなものは一夏に寄ってくる女子で形成すればいいだけなので取り立てて深刻な話でもない。

 そして先輩達のところへ行ったのはオルコットに勝つためだし、一人で歩き回ったのは自分を餌にして他クラスの生徒を釣り上げるためだ。

 だが俺は、あえて深刻な話として全てを作り変える。

 

「どうして僕がまず負けると思えるような勝負をする気になったと思いますか? ちょうどよかったんですよ。クラス内での敵味方がはっきりするだろうって。どうして僕が先輩達に助けを求めたと思いますか? 上級生の人達は僕らに対してどういう態度を取るか知りたかったんです。今だから言いますが、正直なところあの時僕の中で勝敗は二の次でした」

「え!?」

 

 とにかく勝ちにこだわっている、と俺は周囲から思われているようで、しばしばそういう言い方をされる。

 もちろんそれはその通りなのだが、ここで実はそうではないと言うことでかえって真実味が出てくる。

 何しろ俺は自分のことでもないのにどうして勝ちたがっているのかを疑問に思われていた。

 甲斐田はいったい何がしたいのか、俺が何も言わないのでクラスメイト達はそれぞれ勝手に想像しているようだ。

 そして勝ちたいの裏に本当の目的があったという話にしてしまうわけである。

 

「もちろん勝つに越したことはなかったですけど、一方で負けることも考えていました。人間負けるのを見た時が一番手のひらを返しやすいですからね。潜在的な敵なら最初に顕在化してもらえれば後で実は……なんてこともないですし。クラスの人達に変な空気はなかったですけど、一夏が負けた後どうなるだろうかとは思っていました」

「私達についても見極めようとしていた?」

「気を悪くされるのは当然だと思いますがそういうことです。最初に言いましたがIS学園は僕らにとって逃げ場のない場所なんです。だからここでどういう立場になるかというのが今後の三年間を生きていく上で僕にとって死活問題です。少なくとも上級生の空気を知ることは僕にとって必須事項でした」

 

 話している間にも俺の周囲には人が増え続けている。

 おそらく俺を探しに行ったであろう人達が戻ってきたり、騒ぎに気づいて降りてきたりと、見えなくても今いるラウンジの人口密度が加速度的に上がって行くのが分かった。

 

「それなら……結論は……」

「そんな顔しなくてもここに来てこうやって話をしていることが答えです。ここが僕にとって安全でない敵地だったら自分一人で突っ込んで行こうとか絶対にしませんよ」

「そ、そう。それはよかった……」

 

 笑顔でそう言って俺は空気を和らげる。

 IS学園は安全でなくても、三年生のいるここは安全だと俺は信じていると伝えたわけだ。

 まさか三年生百人が百人俺に対して好意的だなどとは夢にも思っていないが、少なくともこの人達は俺に対して男だからどうのというような態度を見せないだけの分別は持っている。

 二年の黛先輩がどれだけ聞き込みをしたのかは分からないが、三年生は概ね俺達に対して好意的であるそうだ。百人もいれば十人十色どころではないだろうに、明らかに意思の統一がなされている。

 つまり全体として統制が取れているという話で、それは宮崎先輩他指揮科の人達の仕業であることは疑いようもない。

 

「だから少なくとも先輩達のいるこの一年間はどうにかなると思ったので、その間に立場を確立させおこうと考えていました。リーグマッチに目をつけたのはそういう理由なんです。別に特典がどうのとかいうような話じゃ全然なかったんです」

「そういうことだったの……」

「模擬戦で勝って一夏ならやれると思ったのもありますけれど」

 

 宮崎先輩は、いや周囲の先輩達も、なるほどという顔で頷いている。

 俺がそう思っている、なのだから否定のしようもない話だ。

 その上俺と一夏がサンプル第一号なのだから、比較対象さえない。

 

「リーグマッチで一夏が結果を出せればもう男だからどうのという理由は使えなくなりますからね。実際に期待通りやってくれましたし」

「それは……どうかな。織斑君についてはあの織斑先生の弟だから特別だと思われているし、実際そう言われてるわよ」

「それはそれでいいんです。『特別な存在』になったのなら一夏は少なくともIS学園の内側に対して気に病むことがなくなるわけで、外側だけに集中できるようになります」

「ちょっと待って。今は織斑君じゃなくて甲斐田君の話をしてるんだから。それじゃ全部が甲斐田君の方に向かってしまうじゃない」

「それなんですけど、もちろん僕のことを心配して言ってくれるのはとてもありがたいことなんですが、先輩に限らずみんな何を優先すべきかを間違ってるんですよ」

「何言ってるの! 自分の命を優先するべきではないとかそれこそ間違ってる!」

 

 やはり宮崎先輩は怒った。

 鷹月さんや博士の言った通り先輩は俺の安全を心配して言っていたようだ。

 ならば俺がでっち上げた論理は通用するはずだ。

 

「みんな全てをごっちゃにしてるみたいですけど、今一番危険なのは一夏ですよ。何しろあの篠ノ之博士にロックオンされてるんですから」

 

 俺は前提からひっくり返すことにした。

 

 

 

 

 

 そもそもは元々からしてそういう話だ。

 全ては博士が余計なちょっかいをかけてきたことから始まっている。

 だから決して俺が訓練などやりたくない一心から言っているわけではないのだ。

 

「篠ノ之博士の目的……なんてものは誰にも分からないでしょうけど、はっきりしていることが一つだけあります。篠ノ之博士のターゲットは一夏であるということです」

「どうしてはっきりしているだなんて断言できるの?」

「一夏本人がそう言っているからです。どうも一夏は前々から目をつけられていたみたいで」

 

 俺は昨日の夜一夏が話したことを説明した。

 一夏は博士が犯人であり自分が狙われていると気づいていて、今後もああいうことが起こり得ると警戒していると。

 

「そういうこと」

「一夏も巻き込まれそうな僕の身を心配しています。だから僕を訓練で鍛えようとして今日の騒ぎです」

「それはとてもありがたいことじゃない」

「いいえ、一夏は何よりまず自分のことを心配すべきであって、他人を気にしている場合じゃないんです。だって狙われているのは自分なんですから」

 

 もちろん、そんなことを先輩達が分かっていないはずはない。

 それを踏まえた上で俺に対して言ってきている。

 

「なるほど、甲斐田君の言い分はよく分かったわ。でも、私達としては織斑君はそこまで危険だとは考えていない。狙われているにしても、織斑君は篠ノ之博士にとって身内だから」

「一夏本人も同じですね。どこかで自分は大丈夫だと思っています。でも僕はあのISの乱入を見て安全だなんてとても思えません」

 

 博士の極端な身内贔屓は本人の破天荒な性格もあってよく知られている。

 織斑姉弟と自分の妹しか人間と認識していないのではないかと言われるくらいだ。

 だから先輩達も、一夏でさえも信じてしまっているのはある意味仕方のないことではあるだろう。

 だが、今の博士は先輩達が知っている篠ノ之束ではない。

 

「どうして安全じゃないと思えるの? あの時は織斑先生ですら大丈夫だと介入しなかったくらいなのよ?」

「後から入って来た僕達の存在を抜きにして考えてみてください。あの時一夏は茶番とはいえ一試合を終えて疲労状態だったんですよ。ほとんど紙装甲だったし、鈴の存在はたまたま紙一重でエネルギーが残っていたという偶然です。そこに四機、まあ実質三機でしたけど篠ノ之博士はそのタイミングで乱入をさせたんです。そんな状況でどうして大丈夫だなんて言えるでしょうか」

 

 宮崎先輩が顎に手を当てて考え始める。

 本来の博士の意図では、一夏は疲労状態に加えて一対三になるはずだった。

 本人が言っていたので間違いないが、俺がクラスメイト達を引き連れて入って来たことは見逃されたとしても完全にイレギュラーだ。その上偶然にも鈴まで生き残っていた。

 

「一夏を引き立たせるのが目的なら乱入するタイミングもISの数もおかしいです。一夏を叩きのめすためだとまず考えるべきじゃないでしょうか。先輩達は一夏がエネルギー無効化攻撃も撃てない紙装甲疲労状態で一人きりだったとしたら、一対三で勝てると思いますか?」

 

 俺は周囲を見回す。

 子分機の四体目は間に合わなかったそうだが、それでも博士は三体でいけると踏んでいた。一夏が疲労状態で一人きりという前提であれば。

 試合が終わってから乱入したのは鈴に助太刀をさせないためだ。もちろん一夏が勝ち鈴が負ける上での話だが、一夏にはエネルギー無効化攻撃があるので鈴が負ける場合はまずエネルギーゼロの状態になる。あの時の鈴はたまたま降参をしたから残っていただけで。

 また一夏が鈴なり更識妹なりに負ける場合はそれはそれでいいのだ。その後乱入して更なる蹂躙を加えるだけの話である。

 

「美郷、パイロット科的に織斑君はその状態で一対三を戦える?」

「相当厳しい。一対一なら多分勝てるだろうけど、二どころか三じゃ織斑君の頭が追いつかない。織斑君の潜在能力を最大限考慮したとしても、やってないことはできない子だから知らない対複数のやり方はまずできない。逃げ回るので精一杯だと思う。織斑先生が入ってくるまでの時間を持ちこたえられるかは……とても間に合わないかな」

「椎葉、整備科的には?」

「あの無人ISは結局自爆攻撃しかしてないから、織斑君がそれに気づけばまだやりようはあるかも」

「でもそれってブレード一本で一撃ももらわずに三機と打ち合えってことだから、精神的にすり減るってもんじゃないね。向こうは生きてないから休む間とか与えてくれないだろうし、多分息切れした時が終わり」

 

 最後突っ込みを入れたのは俺と一夏に笑顔の練習をさせたあの憎らしき衛生科の先輩だ。

 横から入って来てそのまま宮崎先輩の隣に座った。

 谷本さんも将来はああなってしまうのだろうか。今にしてその徴候が見受けられるし。

 

「そうか……。甲斐田君は篠ノ之博士だから身内の織斑君に対しては大丈夫、だとはとても思えないわけね?」

「そうです。目的が誰の目からもはっきりしているのならまだしも、何を考えているのか分からない人だそうじゃないですか。一夏を完膚なきまでに叩きのめすのが目的なのかもしれません」

「さすがに命の危険まではないと思うけど……」

「そういう風に考えてしまう前提がいけないと思います。例えば篠ノ之博士が一夏に対して姉の織斑先生並みであるという期待をしていてあんなことをしたとしたら、一夏がその期待に応えられなかった時失望して身内のカテゴリから弾き出されてしまうとかあり得ないと言い切れますか?」

「それはまた極端な話だけど、言いたいことは分かるわ」

 

 だがそれはおそらく極端な話ではない。

 博士はある意味千冬さん以上のものを一夏に対して求めている。

 一夏がISを動かせることを博士は最初から知っていた。だが俺という実物を見てISに対するある種の可能性を見出してしまい、それを一夏に当てはめようとしている。

 あらゆる意味で特別な一夏なら千冬さんの先にも進めると勝手に思っているのだ。

 

「僕の話は杞憂だとして一笑に付されてしまうようなことですか?」

「一考に値する話だとは思うわ。どちらにしても今後も篠ノ之博士の介入がありそうなのは間違いないし」

「それならまずは当事者である一夏をケアすべきだと思います」

「うん。甲斐田君は私達に対してそれを求めるわけね」

「そうです。もちろんIS学園の警備の人達も二度目はやらせないと思っているでしょうけど、相手が相手です。何かあっても対応できるように一夏を鍛えて欲しいです」

 

 これが俺の考えた一石三鳥となる方法だ。

 先輩達やクラスメイト達の目を一夏へと向けさせ、一夏には自分の心配をさせる。

 博士や鷹月さん四十院さんの言う通り先輩が俺に対して余計な期待をかけているのであれば、そんな時間の無駄なものはさっさと捨て去ってもらわなければならない。

 一夏というこの上なく期待に応えてくれる人材がいるのだから、同じ労力をかけるのであれば一夏に向けるべきなのは誰の目にも明らかだろう。

 そしてメリットの三つ目は一夏が先輩達に鍛えられることによって博士の目論見が達成しづらくなることだ。

 俺にとっていいことだらけである。決してこれで訓練をしなくて済むという邪な思いなど一切ないのだ。

 

「なるほどね。甲斐田君のお願いは理解した」

「聞いてもらうにはあと何が必要ですか?」

「対価がない、とはこっちから余計なことを言い出した身だし言わないけど、少なくとも織斑君本人のいないところで決める話ではないわよね」

「一夏なら説得します」

「篠ノ之博士が絡んでくるとなると当然織斑先生も当事者になる」

「それは織斑先生なら篠ノ之博士に対して何かできるということでしょうか?」

「そういうことじゃなくて、私達は今仮定だけで話をしている状態なわけで、全くの見当違いかもしれないわ。もちろん篠ノ之博士の真意なんて誰も分からないでしょうけど、それでも篠ノ之博士を一番よく知っているのは親友である織斑先生。私はなるほどと思ったけど、織斑先生はそうは思わないかもしれない」

「分かりました。それなら織斑先生とも話をしてきます」

「あ、それには及ばないわ。話ならこっちでやるから。甲斐田君だときっと喧嘩腰になりそうだし」

 

 そこまで言わなくてもと一瞬思ったが、俺と織斑先生の関係を外から見ていれば対立しかしていないように見えるか。

 俺からすれば何をしようとしてもことごとく邪魔をしてくる人なわけで。

 

「じゃあお願いします」

「織斑君ともよく話し合ってみて。説得するんじゃなくて。織斑君も篠ノ之博士のことを理解した上でそう言っているのかもしれないから」

「それは……どうでしょうね。意味が分からないって言ってましたし」

 

 それを言うのであれば直で話をしている俺が一番よく分かっている。

 博士本人は先輩達が想像しているかつての篠ノ之束像とはもう違うのだ。

 今こうやって話をしていてようやく気づいたことだが、博士は本気で一夏を潰す勢いで追い込もうとしている。

 あの時博士がこの上ない機会だったのにと残念がったのは、千冬さんや一夏どころか俺でさえそこまでしないだろうと安心しきっていた状態だったからだ。

 

「ま、でも警備の人達もこれからは厳重に警戒するそうだし、そうそう同じような事態にはさせないわ。ああいう不意打ちは基本最初の一度しか使えないもの」

「そうですね。それにあのISからして僕らで対処できる程度でしたし」

「囮作戦ができたのは数で大きく上回っていたからこそね。織斑君一人だったら囮も何もないわけだし、篠ノ之博士もそこまでは気にしていなかったんでしょう」

 

 つまり俺によって博士の目論見は台無しにされたわけなのだが、当の博士は残念がってはいても俺に対して怒っているようには見えなかった。

 俺が邪魔をしてくるのは織り込み済みだったのか、それとも俺達が出てきた時点で諦めていたのか。

 だが確かにこれでは先輩達からすれば俺は博士に目をつけられてもおかしくない。

 

「分かりました。じゃあ一夏と話をしてきます」

「待って。話をそらして誤魔化したつもりだろうけど、そうはいかない。まだ一番大事な話が残ってるわ」

 

 やはり無理か。

 うまく一夏の話題に乗ってくれたと思ったのだが。

 

「あれ、まだ何かありましたか?」

「もちろん、君の話。織斑君以前に、甲斐田君はどうするつもりなの?」

「ああ、そんなことですか。特に言うまでもない話ですよ。危険があるならそこに近づかなければいいんですから」

 

 予想外だったのだろう、宮崎先輩は目を丸くした。

 ならば、本当に先輩が俺に対して期待などしているのであれば、そんなものはこの場で捨て去ってもらう。

 

「足手まといになるのなら素直に一夏から離れてますよ。少なくともISの授業とか行事の時は。そうしておけば問題ないですよね?」

 

 あっ、と宮崎先輩の口が開き、隣に座っている衛生科の先輩の顔が青ざめる。

 そう、俺はまだ言われっぱなしのままで、フォローを受けてはいないのだ。

 話の途中で衛生科の先輩が入って来たのはまず間違いなくそのためだったのだろうが。

 

「別に僕は自分の身が惜しくないとか言いませんよ。一夏を立ててきたのもある意味自分の身を守るためでもありますし。そして今僕の存在が一夏の足を引っ張るのであれば、当然出しゃばるべきではないですよね。僕自身の身からして危ないですし」

「それは……」

 

 想定していたであろう手順をふっ飛ばされて、宮崎先輩は言いよどむ。

 俺が凹んだ挙句そういうことを言い出す可能性は考えていただろうが、この場合はそうではないのだ。

 俺は自分がどうこうではなく、一夏の安全を前面に押し出した。そして一方で元々自分の安全に気を遣っていたと言い、向こう見ずな行動を取るつもりはないと示す。

 俺に対する人物像がひっくり返ってしまった以上、先輩達の論理はもう通らない。

 

「待った! 綾が甲斐田君に言ったのはそういう意味じゃなくて!」

「いえ、別に僕のことは問題じゃないんです。今一番の問題は一夏の身の安全で、僕は危険だと思っているという話です。あの乱入を見て一夏は篠ノ之博士にとって身内だから大丈夫だなんて少なくとも僕は思えないってことです。だから一夏を守ってくださいと、一夏が自分で自分の身を守れるようにしてくださいとお願いをしに来たんです」

「うん、それはそれで大事な話だけど、甲斐田君自身のことだってあるよね?」

「僕ですか? 今後篠ノ之博士の介入があるのなら、僕にとっては危険しかないですよね。向こうからすれば僕とかゴミ同然でしょうし、いや、もしかしたらそれ以下で篠ノ之博士にとっては一夏以外に男でISを動かすとか気に食わない存在かもしれません。だったらわざわざ自分から命の危険がある場所に突っ込んでいく理由はないです」

「そんなこと言って、実際突っ込んで行ったじゃないか!」

「あれは犯人がIS学園かIS委員会だと思ってたからですよ。それなら命の危険まではないだろうと高をくくってたからできた話で、そうじゃないのなら今後はもう躊躇してしまうでしょうね」

「それは……」

 

 衛生科の先輩が食い下がるが、俺が前提からひっくり返してしまった以上もう議論にはならない。

 元々俺が危険な行動を取ると思われたことから始まった話なので、大人しくしていますと言われれば先輩達はそれ以上何も言えないのだ。

 

「じゃあそういうことで、織斑先生の方はよろしくお願いします」

「あっ……綾?」

 

 宮崎先輩が途中から下を向いたままなので、もうこれ以上はなさそうだと俺は立ち上がる。

 先輩は一瞬だけ顔を上げたが、何も言うことなくすぐに下ろす。

 その目は俺がこれまで見ていた姿からは想像できないほど弱々しかった。

 

 

 

 

 

 どうやら今日の俺はすんなりと目的地に向かうことができないようだ。

 そのまま自分の部屋に戻ろうと思ったのに、またも寄り道をする羽目になってしまった。

 

「それでお話って何でしょう?」

「すごく簡単な話だよ。いつになっても自分の立場を全く理解しないようだから、わざわざ教えてあげようってこと」

 

 絡んできたのは新・五組代表の杉山なんちゃらだった。

 当然のごとく、集団で。

 

「立場ですか?」

「あのさ、もしかして自分の立場を私達と同じだとか考えてたりする? 言っておくけど一緒にされると困るんだけど」

「はあ……」

 

 自分の部屋に戻ろうとしたところ、階段に壁があって俺は進めなかった。もちろんのこと人の壁だ。

 子分を従えて、新五組代表はふんぞり返っていた。

 そしてそのまま食堂へと連れて行かれてこの状況だ。

 

「やっぱり理解してないか。いい、あんたらはモルモットであってIS学園の生徒とは違うんだからね。形式上生徒として扱われてるから勘違いしてるんだろうけど、本来はここにいていいような身分じゃないわけ。特にDランクのあんたは合格するどころか受験資格さえないの」

「はあ……」

 

 こいつは今さら何を言っているのだろうか。

 喧嘩したいのなら三組とでもやればいいのに、わざわざ俺を待ちぶせまでして。

 あれか、ただ単に誰かをなじりたいだけか。

 

「ダメだ、こいつなんにも分かってない」

「やっぱ周りが気を遣った結果勘違いしてるか」

「身の程知らずってこういうのを言うんだろうね」

 

 そして取り巻きが口々に俺をなじってくる。

 この連中の顔には見覚えがある。前の五組代表の周りにもいた。

 まあボスが変わったのでそのままスライドしてきたのだろうが、前の代表の時はそこまで口を出していた記憶がない。

 前の代表の時は後ろから無言で圧力をかけてくる感じだったと思うが、やはりリーダーが変われば役割も変わってくるのだろうか。

 

「ま、自分で理解できる頭があればこんなことにはなってないか」

「よく分かりませんが僕の行動で何かまずいことがありましたか?」

 

 とりあえず新五組代表が俺の何にケチをつけたいのか聞いてみる。

 すると五組代表杉山は笑い出し、取り巻き達も続いた。

 

「ああ、ごめんごめん。分かるわけないか。クラスでなじめなくて自分の居場所探して必死にあっちこっちフラフラしてるくらいだから、周りなんて何も見えてないんだしね」

「別にそういうつもりはありませんが、知らないうちに何かしてましたか?」

 

 どうして一人で行動するイコールぼっち扱いになってしまうのか。

 IS学園の中を一人で歩くことはそこまでありえない話なのだろうか。

 だが基本的に女が群れる生き物だからといって、そうでない女だって普通にいるだろう。

 聞いた話程度だが二組には一人でいる方が好きなのが集まっているそうだし。

 

「見ててほんと見苦しいって話。三組に相手してもらえなくて、今度は三年生? そして今軽くあしらわれて追い払われてきた。あのさあ、いい加減気づかないの? そもそもモルモットが私達と同じ扱いをされること自体が間違ってるのをさ」

「一夏は普通にクラスになじんでますけど」

「はっ。やっぱりそれがあんたの心の拠り所か」

 

 この連中こそクラスの外に繋がりを持っていないのだろうか。

 IS学園にも部活はあるが、真剣に学校生活を費やすようなものではないそうだ。

 一夏から部活見学ツアーの感想で聞いた話だが、そもそもIS学園と言うだけあって学校自体のメインがIS関連のあれこれだ。つまり生徒全員がISという人生をもかける部活をやっているようなものなので、それに加えて別の何かをやるというのはいろんな意味で厳しいらしい。

 だからやっても趣味程度の文化系、運動部もあるが特に大会に出るようなこともなく、体を動かしてないと気のすまない連中が半分息抜きでやっているというくらいらしい。

 すぐにリーグマッチの準備が始まったこともあり結局一夏はどこにも入らなかったし、生徒の半分以上は何もやらないそうだ。

 またIS学園に入ってくる生徒は全国から集まって来ているので、入学時は知り合い自体が少ない。

 その結果として、こうやって自分のクラスが世界の全てになってしまうのかもしれない。IS学園入学がゴールなのだとしたら。

 

「織斑一夏こそ勘違いの筆頭だね。ただ七光で専用機をもらっただけで、自分はできるとかおかしな勘違いしてる」

「リーグマッチで優勝したんですが」

「ははっ。あいつって全部周りにお膳立てしてもらっただけで、自分じゃ何もしてないじゃない。周りの言う通りにやって専用機の力で勝っただけ」

「いや、試合を見たのなら全部一夏が自分の勝ったことは分かると思うんですが」

「あー、やっぱ分かんないか。じゃあ説明してあげよう。初戦はただの不意打ちで間抜けな佐藤が引っかかっただけ。二戦目とか作戦負けして見苦しい姿を見せて、それこそ勝ちを拾った程度。三戦目は単に作戦の勝利。最後の試合は勝てそうにないからってお涙頂戴の茶番劇。ほら、織斑自身は全部言われた通りにやっただけじゃない。実力がないから周りが誤魔化そうとした以外に何がある?」

 

 結論ありきでフィルターをかけるとそういう見方ができてしまうのか。

 正直ちょっと感心してしまった。

 内実は全て最後は一夏自身の力で何とかしてもらったくらいなのだが。

 

「一組の連中はうまく誤魔化したと思うよ。うちのクラスでも騙されてるのがいたくらいだし。ま、IS学園で色恋沙汰に夢中とか自分の首を絞めてるだけだけどね」

「なるほど。ちなみに最後の試合の後のあれについては?」

 

 興味が湧いてきたのでついでに聞いてみる。

 音声なしで一度しか見ていなかったとはいえ、三組も理解はできていなかった。

 IS学園の外では篠ノ之束編集によって一夏がヒーローになっている。

 

「ああ、なんというかIS委員会も手の込んだことをするわ。そこまでして織斑を印象づけたいのかって。どうせあんたがやられたのもシナリオ通りなんでしょ。何の役にも立たないからせめて健気なところでも見せてあげようって心遣いがあったの、当然分かってないわよね?」

「それは初耳ですね」

「プッ。自分の役割すら理解してない大根役者か。まあ知らせたりしたらかえってぎこちなくなるだろうから、教えてすらもらえなかったんだろうけどね」

 

 物の見方によってこうまで事実が変わってしまうものなのだろうか。

 この連中にしても訳の分からないまま一度見ただけでしかないとはいえ。

 三組にしても五組にしても、俺のことを何もできない人間として見た結果、俺がやった指揮などなかったことになってしまっていた。

 ただ、外に流れている映像については博士によって恣意的な編集がかかっている。

 それは間違いなく一夏がクローズアップされていて、おそらく俺については極力削られているはずだ。博士にとっても俺が前に出てくることは好ましいことではない。

 多分黛先輩の姉は、ウサ耳女編集済みの映像を見た時俺が指揮をしていたとは思っていなかっただろう。

 

「分かった? あんたの心の拠り所な織斑でさえこの程度。ましてあんたは男なのにISを動かせるってだけで、本当に何もできない存在。まだモルモットとして解剖されてない幸運に感謝して、身の程わきまえて隅っこで大人しくして当然だって理解できた?」

「目障りとかそういう精神的な方面はともかくとして、何か実害ってありますか?」

「存在自体が害悪だってまだ分かんないかなあ? あんたらがISでも何でもIS学園のリソースを何か使う度に本来使うべき私達生徒が割を食うじゃない。それにあんたらのせいで私達の代は話題を全部そっちに持ってかれて、本来評価を受けるべき私達生徒がないがしろにされるんだから。実際リーグマッチでもうそういう徴候が出始めてるし、ちょっとこれは見逃せないわ」

 

 ようやく何にケチをつけたいのか理解できた。

 要するに、新五組代表杉山はリーグマッチで一夏が目立ったことが気に入らないらしい。

 ゴーレム戦についてもIS委員会が一夏を引き立てるための茶番だったと判断しているようだ。

 一夏を前に押し出すと決めた時点でこういう輩が出てくるのは分かりきっていたが。

 

「なるほど、言いたいことは理解できました」

「分かった? じゃあこれからはちゃんと身の程をわきまえて……」

「返答としては、あなた個人の自分勝手な都合など知りません、ですね」

「は?」

 

 五組代表杉山は俺が反論してくることすら予想していなかったようで、バカみたいに口を大きく開けた。

 

「一緒にするな? 何言ってるんですか。僕と一夏が一般生徒と同じ扱いにされているのは、むしろあなた達のためなんですから」

「はあ!?」

 

 まあ、分かるわけないだろうなと思う。

 IS学園という枠の中が世界の全てなら。

 

「モルモットですか。なるほど、確かに研究対象ではありますね。でもそのモルモットって世界に四人しかいないんですよ。これが絶滅寸前の動物だったら即刻手厚く保護されてしかるべきですよね」

「それがなんだって……!」

「分かりません? 僕とあなたのどちらに価値があるか。世界に四人しかいない人間の一人と、クラスの代表にすらなれなかったあなた。誰に聞いても同じだと思いますけど」

「わ、私はクラスの代表だ!」

「リーグマッチにも出られていないくせに何言ってるんですか。失敗した人を引きずり下ろしただけで、あなた自身は何かを成し遂げたわけじゃない。クラスという小さな単位に認められた以上の価値があなたにあるんですか?」

「なんだと!」

 

 五組代表は激高して俺を睨む。

 IS学園の生徒として見れば、俺に価値など一切ない。

 IS学園内では極端な話ISをどれだけ操れるかだから、確かに動かせるだけの俺はこの中の誰にも勝てないだろう。

 俺の中にある価値とは男でISを動かせるというただ一点においてである。

 そして世界に四人だけという希少性まで考慮してしまうと、簡単に替えが効くような一般生徒などとは比べようもない。

 この連中が俺に対して優位性を保てるのは、あくまで同じIS学園の生徒としてでしかないのだ。

 

「本当に僕らを一般生徒と同じ扱いにしないとしたら、それこそ僕らは特別扱いになりますよ。まあ一夏には専用機がありますけど、僕にも常に訓練機が貸与されるくらいの。訓練機がひとつ減るって結構大きな影響あると思いますけど、そっちの方がいいんですか?」

「そ、そんなことあるわけが……!」

 

 実際織斑先生が横槍を入れなければ本当にそうなっていたとのことである。

 IS委員会の研究者達が悔しがっていた。

 

「本当に同じ扱いにされたくないのならそう直訴でもすればいいんじゃないでしょうか。僕にとっても迷惑でIS委員会の人以外は誰も喜ばない結果になるだけですけど。あと今一夏のこと馬鹿にしましたけど、一対一ならあなた達の誰一人として一夏に勝てませんよ。百回やって百回全て一夏の完勝ですね」

「はあ!?」

 

 勢いのまま俺は一夏についても言及する。

 この連中の実力など知らないが、前五組代表の佐藤に鼻で笑われる程度だし大したものではないだろう。

 

「まさか僕にまで負けるとは思いませんけど、少なくともリーグマッチを見て一夏の実力が理解できないようなら高が知れてますから」

「何言ってんのこいつ?」

「こっちこそこの人何言ってるんだろうって感じですね。まあ別に信じなくてもいいですけど、来月の個人戦で自分に対する残酷な現実を思い知ればいいんじゃないでしょうか」

「はっ。言ったね」

「ええ、言いました。あ、ちなみに僕ら一組はリーグマッチ勝者の権利として全員が個人戦のシード権を持ってるので、何回か勝たないと当たりませんからね。せめてそれくらいは勝ち上がってください。一夏と当たる前にあっさり負けるとかみっともないにも程があると思うので」

 

 こうして俺は話をすり替える。

 言ってしまったとはいえその前の俺の発言はIS学園において非常に危険なものなので、できれば有耶無耶にしてしまいたい。

 はっきり言って俺はお前らよりも上だとIS学園内で言ってしまうのは、生徒全員を敵にも回しかねない行為だ。

 だがおそらくは尾ひれがついて、敵を作ってしまうだろう。

 目の前の馬鹿のような分かりやすい敵であればむしろ大歓迎だが。

 

「ふん。自分を棚に上げる方がよっぽどみっともないわ」

「僕に勝ったところで何の自慢にもなりませんし。一夏が大したことないとか頭悪いこと言ってるので訂正してあげただけですよ」

「はあ!?」

「そこまで!」

 

 俺と五組代表が再び火花を散らしかけたその時、どこからか制止する声が入った。

 声のした方を見やれば、いた。

 

「IS学園を守る生徒会長として、そんな醜い諍いを許すわけにはいかないわ! 双方、それまでよ!」

 

 

 

 

 

 どうしてこの手の連中は高い場所を好むのだろう。

 この生徒会長、こともあろうに食堂のテーブルの上に立っていた。仁王立ちで、『参上!』と書かれた扇子を手に持って。

 あ、しっかり上履きは脱いでいる。よく見れば靴下姿で立っていた。気を遣っているのかいないのか。

 

「ここにいる私達は皆IS学園の生徒、それ以上でも以下でもないわ。悲しいことを言わないで」

「くっ、どうして生徒会長が……!」

 

 何をやっているのかと俺が呆れる一方、なぜか五組代表が動揺していた。

 もしかしてこの女はこういう権威的なものに弱いのだろうか。自分自身がそういう形を作っているし。

 

「入学式の日、私は言ったでしょう。男子だとか女子だとか以前に、私達は同じ場所で一緒に学び合う仲間なのだと」

「じゃあそういうことで。もう行っていいですよ」

「あ、ああ……」

「あれっ?」

 

 動揺していた五組代表達は、俺が切ったのを幸いとばかりに駆けて行った。

 後に残されるは俺と、唖然とした顔の生徒会長。

 

「ふう」

「や、やあ……」

 

 曖昧に笑いぎこちなく挨拶をしながら、生徒会長はテーブルから降りて上履きを履き、俺の方に寄ってきた。

 

「どうも」

「だ、大丈夫だった? 甲斐田君が集団に絡まれてるって聞いて」

「まあ見ての通りなんですが」

「ど、どうかした?」

「あのですね、入ってくるならもうちょっと早く入って来てくださいよ。終わりかけの頃に介入されても全然ありがたくも何ともないんですけど」

「ええっ!?」

 

 本当に、いたのならさっさと入って来いという話である。

 生徒会長の発言からして、俺達の会話内容を理解している。

 つまり、この女は入るタイミングを見計らっていた。

 

「ずっとこの場にいたんですよね? 僕らがどういう会話をしていたのか理解してるってことは。それならどうして入ってこないんですか?」

「待って。違う、違うの!」

「何が違うんですか。別に最初からいたとは言いませんけど、気づいたならすぐ入って来るべきですよね? どうしてそうしなかったんですか? そんなに自分の見せ場が欲しかったんですか?」

「そ、そうじゃなくて、そういうことじゃなくて……!」

「というかどうしてテーブルの上に乗ってたりしたんですか? 仲裁に入るのにその必要あります? テーブルはご飯を乗せる場所だって理解した上でやったんですか?」

「そ、それは……」

 

 本当に、この生徒会長は完全受け身に回ってしまうと弱い。

 俺のいないところでは一夏達を自分のペースで振り回しているようだが、俺を見ると途端に腰が引けてくる。

 まあ俺が初対面から一貫して聞く耳を持たず一方的にやっているというのもあるが、もはや俺は生徒会長にとって完全に天敵状態だ。

 だが、それでも俺から逃げようとせず立ち向かおうとする根性については認めざるをえない。そしてこうやって苦手な俺に対しても助けようとする責任感はすばらしいと思う。

 それはきっと俺が織斑先生に対して抱いているような感情なのだろう。

 だからこそ俺は手を緩めるなどあり得ないし、今の利己的な行動を許すわけにはいかないのだ。

 

「そのくらいにしておいてあげてください。楯無さまは連絡を受けて全速力でここまで走って来たのですから」

 

 俺のいる場で生徒会長にフォローが入るとは珍しいなと思い振り向くと、穏やかな顔をした眼鏡の女生徒が立っていた。

 どこかで見た顔だが、生憎生徒会長を『楯無さま』などと呼ぶ生徒に覚えはない。

 

「初対面ではないのですが名乗ったこともないので自己紹介させていただきますね。三年整備科の布仏虚(うつほ)と申します」

「布仏ってことは……」

「はい、いつも妹の本音がお世話になっています」

 

 謎が解けた。

 確かに布仏さんと顔立ちが似ているし、三年生なら俺も会ったことがある相手だ。

 

「もしかしてさっきラウンジにいました?」

「はい、隅の方でしたが」

「その後つけてました?」

「いいえ、絡まれている甲斐田君を見つけたのはたまたまです」

 

 穏やかな雰囲気のまま、布仏姉は笑う。

 妹と顔の作りが似ているが、空気は大分違うなと感じた。

 落ち着いた姉に賑やかな妹。静と動。姉にも天然が入っているかはまだ分からない。

 

「虚? 何の話?」

「あっ、その連絡をする前に絡まれている甲斐田君を見つけたのでお伝えしていませんでした。後でまた」

「そう」

「姉妹経由で僕らのことは筒抜けですか」

「甲斐田君と織斑君の動向は今のIS学園において最重要事項ですから。IS学園のトップに立つ楯無さまが知らないでは済まされないことなのです」

 

 どうやら目の前の二人は主従関係にあるようだ。

 生徒会長の立ち振る舞いを見ていていいところのお嬢様だろうと想像していたが、IS学園内にまでお付きの人間がいるとはかなりのものなのだろう。

 ということはきっと姉同士、妹同士の主従関係か。

 なるほど、縦関係であるがゆえに布仏さんは踏み込めないのだ。更識妹に対して。

 

「どうかされましたか?」

「えっ? あ、いや全速力で走って来てすぐだったのならどうして僕らの会話内容を理解していたのかなと思って」

「ああ、それはですね、私がリアルタイムで楯無さまにお伝えしていたからです」

「リアルタイム?」

「はい、生徒会役員は特別に携帯電話の所持が許可されているので」

 

 言いながら、布仏姉は携帯を取り出して俺に見せた。

 隣で生徒会長がそうなのだと首を激しく上下させている。

 

「なるほど、そういうことでしたか」

「はい、ですから楯無さまに罪はないのです」

「分かった!? 私は君のために全力でここまで走ってきたんだから!」

「ええ、よく分かりました。つまり罪は布仏先輩にあったんですね」

「えっ?」

 

 何を言われたのか理解できないという顔で、布仏姉が目を丸くした。

 

「何言ってるの甲斐田君!」

「布仏先輩、だったらあなたが止めてくれればいいじゃないですか。携帯で生徒会長に連絡とかしてる暇があったら」

「でもすぐ私が入っては甲斐田君は言われっぱなしのままで終わってしまいますよ?」

「えっ?」

 

 それの何が悪いというかそれなら俺はただの被害者で済むのだが。

 

「いや、僕は絡まれて困ってたんですけど」

「と言われましても、あまりにも余裕そうでしたので。そもそも入学したばかりで何も分かっていない一年生では甲斐田君の相手にもならないでしょうし、心配なのはむしろ甲斐田君に容赦なく心折られてしまうかもしれない一年生の方ですよ? ですからこうやって楯無さまに来ていただきました」

「いやいやいや、見てたのなら分かると思いますけど、そういう感じじゃ全然なかったですよね!?」

「ええ、さすがですね。個人戦を持ち出して煽ることで相手に闘争心を燃やさせる。相手の負の感情を別な方向へと昇華させてしまうとはなかなかできることではないです」

「あれ? 私って甲斐田君を守りに来たんじゃなかったの?」

 

 それは俺に言われても困る。

 

「ええと、それならなおさら最初に入って来てくれていいのでは? 五組の人達の方が心配なら僕が何かを言い出す前に止めた方がよくありません?」

「そうすると今度は甲斐田君の方にフラストレーションが溜まってしまいますよ? さすがに言いがかりにも程がある話ですし、甲斐田君にも反論する権利は十分あります」

 

 どこか納得させられそうな気になってしまうが、何かがおかしい。

 ただ間違いなく言えるのは、俺はこの人に一ミリも心配されていなかった。

 

「虚?」

「楯無さま、入って来たタイミングは終わらせるにベストでした。それはさすがです」

「そ、そお?」

「ですが、今の言い方からしてこれで甲斐田君に貸しを作れるという意識になっていましたね。それは違いますよね?」

「うっ……」

「もちろん甲斐田君達は特別ですが、一般の生徒達もいるのです。特にこの時期の一年生はIS学園に入学できたことで増長しています。トラブルが多いと申し上げましたし、実際こうやって起こっています。常にフラットな姿勢でいてください」

「はい……」

 

 いつの間にか俺の目の前で生徒会長教育が行われている。

 そういえば、この生徒会長は俺達が入学した時には既にその座にいた。

 

「ああ、楯無さまは生徒会長となって二ヶ月、実質は一ヶ月程度なのです。パイロット科から初めて出た生徒会長ということもあって、こうやって力が入りがちになっているんですよ」

「はあ」

「ちょっと虚! 何余計なこと言ってるのよ!」

 

 なるほど、新米であるがゆえに空回り気味だったのか。

 いつも一生懸命であることは誰もが言っていたが。

 

「それはもちろん勧誘のためです。甲斐田君、生徒会に興味はありませんか?」

「いきなり何言ってるんですか」

「いきなり何言ってるのよ!」

 

 自己紹介されたその場で勧誘を受けてしまった。もしかしてこれは宗教だろうか。

 

「リーグマッチでのクラスのまとめぶりを見ていてこれは欲しい人材だと思いまして」

「虚は私から安息の場を奪って地獄の中で仕事しろって言うの!?」

 

 またそれはひどい言われようだ。

 というか本人の前で言うな。

 

「これから生徒会をアピールしていこうと思いますのでよろしくお願いします」

「それはどうなんでしょう」

「男子の生徒会長。IS学園の歴史に名前が残りますね」

「いやいや、甲斐田君なら普通に歴史の教科書に名前載るでしょ」

 

 天然とはまた違うかもしれないが、この人はこの人でまた独特な何かを持っている。

 気がついたらがんじがらめにされていそうな怖さだろうか。

 

「では今日はこんなところで。先程の人達には生徒会から注意を与えておきます。初犯ですし、理解しなければ謝罪もできませんので」

「それは……じゃあお願いします」

「はい。楯無さま、何かありますか?」

「えっ? ええと……甲斐田君は大丈夫だよね?」

「五組の人達のことなら特に何も気にしてないです」

「あれ、それ以外で何かあるの?」

「楯無さま、それはまた後で」

「そう? じゃあまた」

「あ、最後に個人的な話をいいでしょうか?」

「どうかしました?」

 

 終始穏やかな顔をしていた布仏姉が、急に真剣な表情に変わった。

 

「甲斐田君、綾の、宮崎綾の気持ちをまず理解して欲しいです」

「宮崎先輩?」

「はい。理解した上でそう振る舞うのならまだしも、先程のように無自覚でやってしまうのはできればもうしないでもらえませんか」

「え……? ごめんなさい、どういうことでしょう?」

「考えてください。綾が、甲斐田君に対してどういう気持ちでああ言ったのかを。別に肯定しろとは言いません。理解をした上で次は来てもらいたいのです」

「それは……」

「もちろん私の個人的な願望です。強制されるようなことではありません」

 

 自分で考えろか。

 フォローしようとしてくれていた先輩達を手を振り払って、三年生の俺に対する評価はだだ下がりになっている。

 別にそれ自体は目論見通りでどうということもないが、まだ一夏への支援を取り付けてはいない。

 そこまでやってから俺への評価を下げるべきだった。

 やむを得ない。もう少し引っ張るか。

 

「分かりました。理解できるかどうかはともかく、考えてみます」

「ありがとう」

 

 布仏姉の表情が戻った。

 

「な、何? この重い空気? もしかして今私思いっきり場違い?」

 

 事情を知らずついていけていない生徒会長が、オロオロと俺と布仏姉の顔を交互に見ている。

 そうだ、生徒会長に対して重要なことを言っていなかった。

 

「あ、すいません。大事なことを一つ言ってなかったです」

「私!?」

 

 生徒会長が後ずさり、布仏姉がどうしたという顔で俺を見る。

 俺はある一点を指差した。

 

「さっき乗ってたテーブル、ちゃんと拭いておいてくださいね」

 

 

 

 

 

 ようやく自分の部屋に戻れた、と思ったら、今度は待ち人がいた。

 ルームメイトの一夏ではなく、クラスメイト達でもなく、壁の向こうに。

 

「お兄様」

 

 クロエは怒っていた。

 目には涙の乾いた跡がある。

 

「敵意や悪意を持った相手にそうしろとは言いません」

 

 俺が声をかけるのも待たず、クロエは話し始めた。

 

「ですが、お兄様のために心砕いてくれた方々に対して、そんなものは始めからなかったかのように振る舞うのは違うと思います」

 

 クロエは真っ直ぐに俺の目を見据えている。俺に瞬きすらさせないとばかりに。

 

「お兄様、なかったことにしないでください。たとえ肯定できなくても、宮崎様のお気持ちの存在を認めてあげてください」

 

 クロエは両手を胸の前で合わせ、俺に懇願してきた。

 

「宮崎様は、心の底からお兄様を心配しているんです」

 

 


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