IS 喜んで引き立て役となりましょう!   作:ゆ~き

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4.反省会

「反省会を始めましょうか」

 

 と宮崎先輩は俺に笑いかけた。

 

 

 

「こんな場所があったんだ」

「さすがにこのあたりはあまり来る場所でもないですしね」

「まさかの説教部屋か……」

 

 宮崎先輩の後について行った先は、数日前中国の管理官と話をした場所だった。

 

「説教部屋!?」

「さすがは甲斐田さん、既に栄誉ある一年生第一号の座を獲得していたのですね」

「へえ、もう知ってるとはやるじゃない。ここはそれなりのことがないと使われない場所なんだけど」

 

 宮崎先輩がどこからかパイプ椅子を持って来た。

 前に来た時もそうだったが、ここには机一つと椅子二つしかない。

 宮崎先輩は鷹月さんと四十院さんにパイプ椅子を渡し、自分は奥側の椅子に腰掛ける。

 

「甲斐田君も座って」

「あ、はい」

「さてと、まず話の前に、最後に乱入してきたあの特殊なIS、あれは何だったか理解してる? 見た感じじゃ分かってそうだったけど」

「人が乗ってないってことですよね?」

「うん、その通りだ。じゃあそれらを送り込んできたのはいったい誰だと思う?」

「僕はIS学園もしくはIS委員会だと思っています」

 

 もちろん犯人は言うまでもなくあのいい年したウサ耳コスプレ女なのだが、普通に考えるとそうなると思われる答えを俺は口にした。

 

「そうなの!?」

「どうしてそう思われるのですか?」

「ええと」

「いいよ、続けて」

「ごく単純な話で、IS学園に乱入してくるような国とか組織とかないから。軍隊でも怖気づくような場所に突っ込んでくるだなんて、つまり内部の犯行としか考えられないよね」

「ああ」

「そういうことですか」

「うん、いい答えだ。常識的で模範的な回答だね」

 

 宮崎先輩は笑顔で頷いた。

 それはつまり宮崎先輩は既に分かっているということである。

 

「ということは違うんですか?」

「えっ?」

「IS学園でもIS委員会でもないね。君達はそれどころじゃなかっただろうけど、アリーナの外側では学園にあるIS全機で張られたバリアを突破しようとしてたんだから。専用機持ちはもちろん、訓練機先生機警備機全部出てたんだよ。織斑先生も今まで聞いたことないような厳しい声で指揮をとってたし、まずIS学園は何も知らされていなかった」

 

 なるほど、終わった後すぐに警備のISも入って来たし、きっとてんやわんやの騒ぎだったのだろう。

 

「織斑先生とかごく一部の人間だけは知っていたという可能性があるんじゃ?」

「そうだね、甲斐田君ならまずそこを疑うよね。だけどそれもない。だってはっきり言ってあの織斑先生ですら最初は取り乱してたんだから。そして誰もあのバリアを突破できないと分かって、織斑先生が自ら打鉄で出るところだった」

「でも結局出てないですよね?」

「それはね、戦況報告を聞いて冷静になったみたい。相手のISが大したことないというのと、君達が勝てそうだということで全機に待機命令を出したわ。そしてその上で自分でバリアを破っていつでも助けに入れる状態を作っていた」

「さっさと入ってくれればよかったのに」

「私達もまさかそこでそういう判断をするとは思わなかったけど、織斑先生が言ったの。今後のためにもこの場は自分の力で乗り切らせる必要があると」

 

 どういうことだろう。博士と千冬さんは示し合せてなどいないはずだ。それとも博士が俺に嘘をついていたのだろうか。

 

「どういうことでしょうか」

「その理由はあのISを送って来た犯人が誰かということに関わってくるから、後にさせてもらうね。だからまずIS学園はこの事件に関与していない」

「じゃあIS委員会は?」

「それがねえ……アリーナのVIPルームにいたIS委員会の人達、乱入があった後全員その場から逃げ出したの。まるで狙われているのは自分達であるかのようにね」

「それも演技なんじゃないかって思いますけど」

「もちろん、可能性だけならゼロじゃないわ。でもね、そもそもIS委員会にはわざわざあんなことをする理由がない」

 

 なるほど、IS委員会の方も犯人が誰かすぐに分かったのか。

 

「でも理由なんて本人に聞かないことには……」

「わざわざアクシデントの形になんてする必要がないということ。集団模擬戦をやらせたかったらやれって言えば済む話なんだから。そしてイデオロギー的な可能性も薄い。人前で不意打ちして疲労状態の織斑君をボコボコにしようとするとか、姉のブリュンヒルデ織斑先生の機嫌を損ねるような真似をして何の得があるか。織斑先生といえばそういう人達の象徴だし、今まで散々ごまをすってご機嫌取りをしておきながらね」

「じゃあやっぱり織斑先生もグルなんじゃないですか」

「甲斐田君は散々やられている分織斑先生に対して見方が厳しいわね。でもこの人が犯人だと考えた方が誰もが納得いくし、辻褄も合うのよ」

「この人?」

 

 もちろん俺はそれが誰かだ分からないという顔をする。

 

「篠ノ之束博士。ご存知の通り今行方不明となっているISの開発者よ」

「えっ!?」

 

 と俺は驚いてみせるしかない。

 

「IS学園のバリアを解除して、それ以上の強度のバリアを張る。そもそもこれだけで犯人は限られてくる。だいたいIS学園のバリアなんて技術的には最先端なんだからね。そして極めつけが人の乗っていないIS。そんな技術は今のところ世界のどこにも存在しない。つまり新しく発明されたんだろうけど、それらを両立できるだなんてもう篠ノ之博士以外にはあり得ないのよ」

「どこかの国とか研究所がこっそりやってたとか……」

「どこの誰が自分の研究成果を現物で他人にあげたりする? 特許も取らずにさあどうぞ好きに調べてくださいだなんて、今までの自分の努力をドブに捨てるようなものよ」

 

 確かに、普通の科学者なら絶対にやらないことではあるだろう。

 

「従って私達としては今回のことは篠ノ之博士のパフォーマンスだと思ってる。ISを動かすにはもはや人である必要性さえない。男だ女だというのは些細な事だというメッセージね。織斑先生も否定はしなかった」

「犯人が誰かはともかくそんなことかなとは思ってました」

「うん。現物をぽいっとあげたりしたのはいつもの自己顕示欲の現れでしょうね。何しろ身内にしか興味なくてそれ以外の他人は全部ゴミ扱いだし、きっと世界のIS研究者達に自分の卓越した技術を見せつけたいというところかしら」

 

 何もかも自業自得の話なのだが、今の博士は何をしても色眼鏡で見られてしまう。それこそ親友と称される千冬さんにでさえ。

 といっても、考えを百八十度改めたと本人は言っているのだが、そもそも博士には他人に言葉で自分の気持ちを伝えようとする意思がないのも事実だ。

 行動で示して見せると言っているし実際にそのつもりだろうが、それでも十年かけてできあがってしまっている偏見を崩すのは非常に難しいことだろう。

 それにたとえそういうことだろうなと想像できても、人は言葉を聞かなければ安心まではしてくれないのだ。

 

「そうですか。まあ終わったことですし僕からしたらどうでもいいです」

「何言ってるの。これは終わりじゃなくて始まりよ」

「え?」

 

 宮崎先輩は厳しい顔になって俺を見据える。

 

「今篠ノ之博士は身内にしか興味ないと言ったわよね。そして今IS学園には篠ノ之博士にとって身内となる織斑姉弟に自分の妹がいるのよ。間違いなく、これからもちょっかいをかけてくるわ」

「はあ……」

「甲斐田君にとっても他人事じゃないのよ。織斑君と一緒にいたら巻き込まれるって話だから」

「まあ、そうでしょうね」

「うーん、いまいち現実感ないかな? で話戻すと、織斑先生が入ってこなかったのは、今後もこういうことがあり得るからある程度は自分の力でもちこたえられるように、という理由ね」

「そういうことですか」

 

 こういうのも織斑先生の谷底に突き落とすという課程の一つなのだろうか。

 

「理解してもらえたようね。前置きが長くなっちゃったけど、今の話を前提として、今回のリーグマッチについて甲斐田君の採点をさせてもらうわ」

「え?」

「リーグマッチを通して、甲斐田君はまるで織斑君をコントロールできていない。それどころか織斑君の邪魔しかしていない」

 

 いきなり俺は真っ二つにされてしまった。

 

 

 

 

 

「初戦、織斑君が全速で飛び出した時点で全く駄目だと思ったわ。織斑君をコントロールするどころか織斑君の感情さえ理解できていない。まさかあれを作戦だなんて言わないわよね?」

「はい……」

「初戦なんて一番メンタル的に細心の注意を払うべきなのに、完全に緊張状態のまま織斑君を送り出してしまっている。一ヶ月前に衛生科の人達が何をしていたかまったく理解してないね。もしかして担当の人がいなかった?」

「いました」

「いたんだ。いてあれか。つまり甲斐田君はその人達に何もかも任せて自分は何もしなかったってことね。もちろんその人達は一生懸命やったんでしょうけど、一番理解できているはずの君が道を示してあげなければその人達は全部手探りでやるしかないのよ? はっきり言って織斑君をケアできていないことがその後に全部響いているから」

 

 いや、俺は谷本さんに対して方向性をきちんと示したはずだ。

 確かにそこから先は谷本さんに任せたけれど、谷本さんはきちんと一夏をコントロールしていたはずだ。

 

「やったって顔してるわね。でもそれは表面を取り繕っただけ。二試合目、君は織斑君を叱って、織斑君も初戦の自分を反省していた。だけどその結果、織斑君は自分で考えることを止めてしまった。そして想定外の事態になったとき、織斑君はどうしていいか分からなくなってしまった」

「それは……」

「待って下さい! それは私が!」

「今は甲斐田君に話してるんだから口挟まないで。まず指揮側として、裏をかかれた時点でアウト。だからその時点でもう織斑君に全て任せるしかないんだけど、織斑君は前の試合のことが頭にあって君に言われた範囲内だけで行動しようとしていた。思考が完全に縛られていた。挙句の果てはどうにもならなくなって、やぶれかぶれの特攻。勝てたのは完全に偶然でしかないわね」

 

 宮崎先輩は手を休まず俺を切り裂く。

 誰がそれを考えたかというのは問題ではない。俺は指摘をできなかった時点で全く駄目なのだ。

 

「これで織斑君は甲斐田君に不信感を持った」

「え?」

「甲斐田君の言うことを聞いていては勝てないんじゃないかという不安ね。もちろん君はその場で謝っただろうし、織斑くんも文句を言うようなことはしない。だけどこの時点でもうズレが生じ始めている」

「ズレ?」

「意識のズレね。きちんとコミュニケーションができていないから、お互いに何となくで終わらせてしまう。次の日まで時間はあったのに、見た感じじゃ何も改善されてなかったわ」

 

 勝ってしまったが故だろうか。

 あの時一夏は自分自身に対して不甲斐ないと怒っていた。谷本さんのおかげで機嫌を直すことができたが、本当はもっと突き詰めておかなければならなかったということなのだろうか。

 

「むしろそれどころか悪化させている。日が変わって三戦目。ここがリーグマッチにおける最大の愚策ね。わざわざ織斑君の長所を全部消すとか何を考えているのかとしか言いようがない。いくらその前に裏をかかれたからって、相手の裏をかくためだけに今までやってきたことの全否定とか何をやってるの。私達は君に必要もない博打をやれなんて一度でも言った?」

「言ってません……」

「一見うまくいったように見えるけど、最後のあれは織斑君の機転よね。長所を潰した時点でエネルギー無効化攻撃はもはや意味をなさない。だけどはったりにしろ結局はそれに頼ってしまっている。つまりやろうとしたことの徹底すらできていない」

 

 きっとそれは俺の漠然とした不安が一夏に移ったせいだろう。二戦目と違って三戦目の一夏は思考停止していなかった。

 それはまさに指揮側に対する不信だ。

 

「これで織斑君の不信は確定的なものになり、自分を押し通す決意をさせてしまった。四戦目、これはもう完全に織斑君のものね。前半見る限りきちんと勝てる作戦を持っていたのに、織斑君が従わなかったんでしょ? 君にはもう負い目があり過ぎて織斑君の主張を退けることができない。最後の茶番以外エネルギー無効化攻撃を使わなかったあたり、織斑君は全部自分で動いていて君の手綱なんて引きちぎっていた」

「い、一夏は言わなかっただけでそう考えていたんですか?」

「もちろん織斑君の中じゃ全部なんとなくよ。むしろ考えてやっていないからたちが悪い。さすがに分かってると思うけど、そもそも織斑君は頭の中を言語化せずそのままの感覚で動く人間。だからこそこちらから歩み寄って織斑君の感覚をきちんと言語化してクリアにしていかなければならないのに、君はそれを一切やっていない。やっているのはお互いに一方的なコミュニケーションで全てが何となく。日常ならそれでいいだろうけど、こういう場では全部が悪い方向に出てくるわね」

 

 一夏は鈴とブレード一本の勝負になった時、エネルギー無効化攻撃を使わなかった。そしてそのことを俺達は把握できていなかった。

 鈴との試合の作戦は一夏がやりたいと言ったことに基づいている。それはまさしく一夏によって作られた試合であり、俺達は一夏の中で足りなかった部分を補ったに過ぎない。

 つまり、無意識にしろ一夏の中で俺達の比重はその程度でしかなかった。

 

「結局、全試合においてどうにかしたのは何もかも織斑君自身の力で、君がやっていたのは織斑君の足を引っ張ることだけ。あ、まあ本番が始まるまでは役に立ててたかもね。イグニッション・ブーストを見つけてきて習得させたことくらいはよかったんじゃないかしら」

「……」

 

 何かを言うべきだと分かっているのだが、形にならず声にもならない。

 宮崎先輩の言ったことはあくまで外から見た話であり、内部には内部の事情があったのだ。

 だが、実際に勝つことができたのは確かに一夏の機転と強運によってだ。俺達が勝たせたわけではなく、一夏は自分の力で勝っていた。

 

 

 

 

 

「でもまあ、甲斐田君にはエンターテイナーとしての素質はあると思うわ。何しろ人の乗っていない無人機との集団戦で、楽勝の勝負を互角の白熱した戦いに変えたりできるんだから」

「え」

 

 そして俺に向かって強烈な皮肉が飛んでくる。

 宮崎先輩には全く手を緩めるつもりがない。

 

「織斑君と凰さんの温存。一見疲れを考慮した安全策に見えて、これ以上ない大愚策。織斑君が甲斐田君を信用していなかったように、甲斐田君もまた織斑君を信用してないわけね」

「そんなことは!」

「もらったダメージだけに目が行って、疲労状態を全く考慮していない。息を切らせていた鳳さんはともかく、織斑君は十分に元気だったじゃない。あの場で一番計算も信用もできる最大の戦力なんだから、まず最初に出すべきでしょう。まして正体不明の相手ともなれば多少の無理を押してでもやらせないと」

「紙装甲状態の一夏を?」

「それが織斑君を信用してないってこと。素人同然のクラスメイトと紙装甲状態の織斑君、どちらが信用に値するか。織斑君が回避できないような相手ならクラスメイトなんて時間稼ぎにすらならない。そして相手の実力を測る上でも織斑君という基準点は必要」

 

 違う。俺は信用していなかったのではなく、出し渋っただけだった。

 親分機を一夏に倒させるべく温存をしたのだ。

 クラスメイト達と比較すらしていなかった。

 

「凰さんについては装甲ありエネルギーなしという非常に特殊な状態だったから、出しづらかったのは分からなくもないわ。でもあの場にいた面子を考えると出し惜しみできるような余裕なんてあるわけがない。はっきり言えば使い潰すつもりでも出すべきだった。打鉄に乗ったクラスメイト達をそのつもりで送り出しておいて、どうして凰さんにはそうしないの?」

「それは違います。僕は前衛の二人を使い潰すつもりなんてなかった」

 

 宮崎先輩の言葉を借りるなら、俺は相川さんと谷本さんを前衛として信用して送り出している。

 願望込みではあるにしても、一体倒すまでは粘ってもらうつもりだった。

 

「頃合を見て休ませた織斑君と凰さんをスタンバイさせておいて、その言い草は通用しないわ。篠ノ之さんとの扱いにはっきり差をつけておいて、何が信用よ。どう見ても打鉄の二人は織斑君と凰さんが回復するまでの時間稼ぎでしかない」

「そんなつもりじゃ……」

 

 あの時俺はこのままでは埒が明かないと思ってフォーメーションを変えようとしていた。

 短期決戦を止めて腰を据えてやろうと、まず一夏と鈴を投入して持ちこたえさせ、相川さんと谷本さんには安全圏から真ん中の子分Bを攻撃してもらおうと思っていた。

 だが実際は相川さんも谷本さんも既に限界で、入れ替わったという形にたまたまなっただけだった。

 

「そもそもが持久戦をやりたいのか短期で勝負をつけたいのかさえはっきりしていない。織斑君達が回復するまで待つ、あるいは外から救援が来るのを待つつもりなら、それ相応の防御主体な布陣にするべきでしょう。攻撃重視で早く決めるつもりなら戦力の集中をさせるべき。なのに君は本当にどっちつかずの配置を行っている。最初何がしたいのか分からなかったわよ」

「いや、だからそれは先に真ん中を潰そうと……」

「それなら篠ノ之さんのところに戦力を寄せるべきだわ。篠ノ之さん放置は完全なる篠ノ之さんの無駄遣いね。まあ織斑君でさえ信用していないんだから、篠ノ之さんなんてもっと信用できないでしょうけどね」

「え?」

 

 そんなはずはない。

 あの中でなら、俺は篠ノ之さんを誰よりも信用していた。

 だからこそ一人で相手をしてくれと送り出したのだから。

 

「まさか完全放置が信頼の証だなんて思ってないでしょうね。様子見で最初を防御主体でやらせたのはまだ分かるとしても、その後何も指示を送らないのはどういうこと? ある程度やって相手が全然大したことないのはさすがに分かったでしょう。だったら篠ノ之さんの技量をきちんと把握していれば、完全な接近戦である以上一人で倒すことはできると十分に判断できた」

「それは……後で思いました……」

 

 はっきり言えば、俺には篠ノ之さんの方をどうするか考える余裕がなく、持ちこたえてくれればそれでいい以上のことは何も思わなかった。

 

「それで理解できたんだけど、結局君がやっていたのは戦線の維持に腐心することだけ。持ちこたえていればそのうち何とかなるだろう、くらいしか考えてないわね。ここでも君の性質が出てるわ。全てがなんとなく」

「……」

 

 俺は自分のできる最善を尽くせていないのだろうか。それとも尽くした上でこれなのだろうか。

 

「そして最後に君の悪癖。思いつきに何も考えずすぐ飛びつく。人が乗っていないと気づいて、人を使って試したところまではよかった。なのにどうしてそこで自分を相手の的にするの?」

「あれはとっさのことだったので……」

「人にやらせないで自分がやることがおかしい。指揮権限も渡さず指揮官が倒されに行くとか、あの時味方がどれだけ動揺したか理解できてる? はっきり言って織斑君が立たなければあの後全部壊れてしまってもおかしくなかったのよ?」

「戦力外の僕がやられたくらいでそんな……」

「その考え方がそもそも間違ってる。指揮官が倒れるのは最後であるべきで、それまでは全員の精神的支柱でなければならない。そしてあの場では全員が甲斐田君の存在を支えにしてたんだから」

 

 思いつきをそのままやってしまったことについては弁解のしようもない。

 だがあの場には一夏という主軸があり、後はもう囮作戦を繰り返せばよかったし、そこまで俺の存在は重要でなくなっていたと思うのだが。

 実際俺がやられた後一夏が引き継いで、綺麗に終わらせることができたのだから。

 

「納得いかないって顔してるわね。それなら、自分のことを取るに足らない人間だと思っているのなら、もう指揮ごっこなんかやめなさい。自分がどうのじゃなくて織斑君に迷惑。さっき言った通り今後織斑君は篠ノ之博士のちょっかいを受けることになるだろうから、そこに役立たずで足手まといの人間に余計なことをされると織斑君が被害を受けるわ。今回は織斑君が自分の力でどうにかできたけど、次は篠ノ之博士も甲斐田君の存在に気づいただろうし同じようにはいかない。むしろ積極的に甲斐田君に足を引っ張らせようとするでしょうね。何しろ篠ノ之博士にとって身内以外はゴミ同然なんだから、甲斐田君がそれでどうなろうと欠片も気にかけないわ」

「……」

 

 もちろん俺は博士が今後も色々やってくるのは分かっている。そしてそれが一夏にとって迷惑になることも知っている。

 だが、俺の存在自体がネックになってしまうことまでは考慮していなかった。

 

「一番害悪なのは織斑君自身が甲斐田君を信頼していること。甲斐田君がこうした方がいいと言ったら織斑君は何も考えずにそうするでしょうね。たとえそれが誤っていたとしても。もちろんそのうちにそれじゃ駄目だって気づくでしょうけど、篠ノ之博士のエスカレートしていく介入には間に合わない可能性がある。だからそうなる前に忠告させてもらうわ」

「自分の身が惜しければ大人しくしておけってことですか」

「いいえ。能力のない人間に出しゃばられると誰もが迷惑するから引っ込んでなさいって話よ。自分には何ができて何ができないかさえ理解せず、全てがなんとなくで行動する人間なんて邪魔以外の何物でもない。自分のことを取るに足らない人間だと思うのならそれ相応に態度をわきまえなさい」

 

 俺は目を瞑る。

 一夏には足りないところがかなりある。だから一夏ハーレムができるまでは俺がその部分を担っていくつもりだった。

 もちろん俺自身の能力が低いことくらい百も承知だ。だがいないよりはマシだろうと思っていた。そして一夏ハーレムメンバーに順次引き継いでいけばいいと考えていた。

 しかし今俺は、いない方がマシだと言われてしまっている。

 その上、リーグマッチで実際にそうであったことまではっきりしていた。

 

「甲斐田君、自分の立場をきちんと思い出して。君は希少な男性IS操縦者。厄介事に自分から首を突っ込む必要なんて全然ない。そして心配しなくても織斑君は苦難を乗り越えられるだけの資質を十分に見せている。経験ゼロの素人からたった一ヶ月で学年でもトップクラスの実力を身に付けたんだから。専用機もあるし、このまま順当に成長すれば一流のIS乗りになれるわ。君が何かをしてあげる必要なんてない」

「……」

「何かあってからじゃ遅いんだから、早く決めなさい。篠ノ之博士が次に何かをしてくるとしたら怪しいのは来月の個人戦ね。遅くともそれまでには自分の立ち位置をはっきりさせておくこと」

「……」

「返事は」

「はい」

「よろしい。じゃあこんなところで。あ、椅子はそのままにしておいていいわよ」

 

 俺をズタズタに切り裂いて、宮崎先輩は部屋から出て行った。

 

 

 

 

 

 部屋が重苦しい沈黙に包まれる。

 もちろん俺としても俺なりの目的を持って動いているのだが、それにしては行動範囲を広げすぎてしまっただろうか。

 確かに先輩の言う通り、俺はISに関してクラスメイト達に及ぶべくもない。だからこそ俺はできるだけクラスメイト達に任せようとしてきたのだが、結局は口を出し過ぎてしまっていた。

 本来はせいぜい俺にしかできなかったであろう鈴対策のみを考えていればよかったのに、リーダーという立場もあいまって色々と余計な口出しをしてしまっていたように思う。

 取材は失敗して他のクラスに気づかせてしまったし、スパイ活動もうまく行ったかというと正直怪しい。

 俺は自分の技量を考えずできないことにまで手を伸ばして、はっきり言って調子に乗っていたのではないだろうか。

 

「甲斐田君、まさかあなたは今ので凹んで諦めようとか考えてないでしょうね」

「え?」

「ふざけるな!」

 

 大声に驚いて振り返ると、鷹月さんが泣いていた。

 

「宮崎先輩があなたにどれだけ期待して、どれだけ心配してるか分かってるの!? 戦力の把握とか信用とか作戦とか、指揮をかじったどころか一ミリも学んでない人間に言うことじゃないわよ!」

「いや、それは……」

「先輩から学んだって、それってたった数日の話でしょ! しかも先輩達がやっていたのを横から見ていただけなのに、それだけでできて当然だって普通思う!?」

 

 確かに俺に対する要求としては十分過大だろうが、でもIS学園の指揮科に行くような生徒としてはできていなければならないことではないのだろうか。

 

「私達は指揮どころかまだ模擬戦すら初めてやったところなのよ。でも甲斐田君に対して先輩はもう指揮まで要求している。意味分かってる!?」

「意味って……」

「要求していいレベルだと思われてるのよ。それだけ期待されてるってことよ。私達なんて褒められたんだからね。よくがんばったって。甲斐田君とは雲泥の差じゃない!」

「え?」

 

 意味がよく分からない。

 鷹月さんと四十院さんが宮崎先輩に褒められたというのは、つまり自分の役割をしっかりこなせていたということだろうか。

 

「私達は期待すらされてないってことよ! 中身には何も触れずに、何もかも手探りの中でよくがんばったって、笑顔で言われたわ。先輩は私達のことなんて視界にすら入ってない!」

「それは……」

「分かってるわよ! 甲斐田君と私の間には大きな差があることくらい十分に分かってるわよ! 先輩がそう思うのも当然だって理解できてるわよ!」

「差ってそんな……」

「同じことを言ってるのに、みんなは甲斐田君の言うことなら素直に聞くじゃない。私が言っても反論してくるだけなのに。作戦にしてもそう。私が必死で組み上げたのは全部うまく行かなくて、みんなは甲斐田君に任せれば余裕だったって言ってたわ。何もかもよ」

「それは結果論であって……」

「いいえ、凰さんに対する作戦。あれを甲斐田君はたった一時間かそこらで組み上げた。パイロット班の人達は最初から持ってたなんて言ってたけど、それまでは持ってなかったことくらい分かってる。だけど甲斐田君はいきなり無理難題を吹っかけられてもあっさりと答えを出してしまった。その場にいた岸原さんに聞いたけど三十分で思いついたそうね。つまり私の二週間は甲斐田君の三十分未満だった。これが差よ」

 

 さすがに二週間全部鈴のことを考えていたわけではないだろうが、ここでそういう茶々を入れてもかえって激情させるだけか。

 だが鈴の問題についてはそもそも前提から違う。

 あれは俺か一夏くらいしか気づけない事柄であって、鷹月さんに思いつけと言う方がそれこそ無茶だ。

 

「それなのに自分は取るに足らない人間? ふざけないで。甲斐田君でそれなら私は人ですらないわ。あそこまで期待されて諦めるなんて選択肢は存在するわけない」

「いや、それは別に僕が言ったわけじゃ……」

「今まで私甲斐田君は男子だからとか特別だから言い訳してた。でも今ので目が覚めたわ。純粋に負けたくない。勝ち逃げなんて絶対に許さないから!」

 

 言うだけ言って、鷹月さんは部屋から飛び出して行った。

 勝ち逃げも何も俺は最初から勝負などしていないのだが。

 

「というか、これ全部先輩の策略だ……」

「ええ、その通りだと思います」

 

 そういえば、もう一人いた。

 鷹月さんとは対照的に、四十院さんは笑顔だった。

 

「宮崎先輩は絶対に煽ってるよね」

「はい、甲斐田君と私達の扱いに差をつけることで嫉妬、いえ、競争心を煽っていますね」

「ということは四十院さんも?」

「途中までは。でも幸い鷹月さんに気がついてからは冷静になれました」

「ああ、感情的になってる人を見ると冷静になれるってあるよね」

 

 よかった。連続で四十院さんにまで同じことを言われては完全に気が滅入ってしまうところだった。

 

「甲斐田さん、宮崎先輩がああまで言ったのは甲斐田さんの身の安全を心配してのことです。危ないと言っても甲斐田さんは絶対に身を引かないでしょう。ですが、織斑君の邪魔になってしまうと言われては考えると思います」

「宮崎先輩的に僕は一夏の側にいるなってことか」

「いいえ、覚悟を決めた上で一緒にいるべきだということです。わざわざ選択肢を与えてくれたのはそういうことでしょう。本気で引き離すつもりなら最初からそう言うはずですから」

「覚悟って?」

「織斑君と共に全力で苦難を乗り越えて行こうとする覚悟です」

 

 四十院さんは真っ直ぐに俺を見据えた。

 だが、それができそうにないから俺は困ってるのだが。

 

「大丈夫です。甲斐田さんは一人ではありません。甲斐田さんの周りにはクラスの人達がいます。そして私も甲斐田さんの背中を支えていくことに躊躇などありません」

「え?」

 

 四十院さんは言いながら前のめりになって、真剣な表情で俺を見る。

 と言われてもクラスメイト達にだってそれぞれ言い分はあるだろう。

 今回のリーグマッチは特典という餌で釣ったのだし、一夏に対して個人的な感情を抱いていない人にとっては迷惑以外の何物でもない。

 四十院さんはしばらく俺を見て、それから目を瞑り、姿勢を戻して笑顔になった。

 

「やはり私は甲斐田さんの視界に入っていないようですね。残念です」

「視界って……」

「でもまだ入学して一ヶ月ですし、これから精進していくことにします」

「それはつまり鷹月さんが言ったようなことでいいの?」

「もちろんそれも大事なことですが、それ以上の話ですね」

「それ以上……?」

 

 俺に勝つだけでは飽き足らないとは他に何があるのか。

 というかそもそも俺はIS学園の合格基準に遠く及んでいないレベルでしかない。

 だから勝つも何も全ての面において四十院さんの方が上なのだが、ああ、鷹月さんと同じか。

 そうだ、この人達は俺のことを過大評価しているのだった。

 

「はい、私の人生を左右するとても大事なことです」

「そこまで大げさに言うようなことでもないだろうけど、まあすぐに幻滅して目が覚めるとは言っておいた方がよさそうだね」

「いいえ、むしろ知れば知るほどという感じですね」

 

 三組の人達が俺のことを下に見ているように、鷹月さんや四十院さんは俺を上に見ている。

 同じようにこれは言葉だけで説得できることではない。

 はっきりとした現実を目の当たりにさせるしかないのだろう。

 

「それはどうかな。数値化すればすぐにはっきりすると思うよ」

「え?」

 

 四十院さんは一瞬きょとんとした顔になり、それから合点が行ったようで納得した顔で頷いた。

 

「なるほど、男子とはそういうものなんですね」

「男子?」

「安心しました。では」

 

 再び笑顔になって立ち上がり、四十院さんは部屋から出て行った。

 どういうことだろう。男子とはこのIS学園において俺と一夏のことを指す。

 つまり今四十院さんは俺と一夏に共通項を見出したということになる。

 正直俺と一夏はベクトルが逆方向を向いていると思うのだが、四十院さんによれば同じ部分があるらしい。

 だが感覚派の一夏が数値化するという発想をするとは思わないし、何のことを言っているのだろうか。

 

 考え込みそうになって、そもそも四十院さんは俺に対して誤解をしているから俺の思考では正解にたどり着くことなどできないことに気づいた。

 

 

 

 

 

「おい智希! いったい何があったんだ!?」

 

 食堂に戻るなり、すごい勢いで一夏が俺に向かってきた。

 

「いや、宮崎先輩が来てて、ちょっと話を」

「それは分かってる。何言われたんだ? 相当やばいことになってたみたいだけど」

「やばいって、リーグマッチのダメ出しだけど、それがどうかした?」

「宮崎先輩がすごくきつそうな顔してたぞ。智希にひどいこと言ったって、相当つらそうだったんだけど」

「つらそう?」

 

 つらいを言うのなら言われた俺の方なのだが。

 散々ぶった切られて今も現実逃避をしているくらいには。

 

「そうだ。自分のことを恨んでくれていいとか意味分かんないこと言っていなくなるし、そしたら今度は鷹月さんが泣きながらすごい勢いで走って行くし、今さっき四十院さんが下向いて顔を抑えながら通り抜けていくし、いったい何があったんだ!?」

「あー……」

 

 建物の構造上食堂を通り抜けるしかないのだが、鷹月さんはあの勢いのまま突っ込んで行ったのか。

 

「いや、お前が全部やったって言うならまだ分かるんだけどさ、先輩の感じからしてそうじゃないんだろ? 先輩にいろいろ言われて、その後三人で喧嘩したとかそんな感じか?」

「うーん……」

 

 当たらずとも遠からずだろうか。

 喧嘩と言うよりは全てが一方的だったというところで。

 

「でも四十院さん顔赤かったよ」

「そうなのか? でもそうするともっと意味分かんないんだけど」

 

 相川さんが横から口を出し、笑顔で俺を見ている。

 そして俺を探るようなその目で気づいた。これは野次馬根性か。

 さてはこの女、昼ドラ的修羅場を期待しているな。

 入学してからなかったので安心しきっていたが、そういえば女とはそういうのを勝手に想像しては盛り上がる人種だった。

 

「相当きついことを言われたのはその通りなんだけど……」

「けど?」

 

 遠巻きに見ていたクラスメイト達がわらわらと寄ってくる。

 やはり大半は好奇心の目だ。

 ただ、何人かは心配そうな顔をしている。真面目系の岸原さんはともかく布仏さんまでがそうなのは意外だった。

 

 

「うーん……正直よく分かんない」

 

 

 と、俺は野次馬共の期待を裏切ってしらばっくれることにした。

 

 


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