IS 喜んで引き立て役となりましょう!   作:ゆ~き

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3.内部への影響

 

「お兄様のお目に叶った女性はどなたですか?」

 

 と、クロエは画面向こうの俺に向かって興味津々に聞いてきた。

 

 

 

「特に誰も」

「お兄様、女性に対する要求水準が高過ぎるのではありませんか? あの場にいる方々は日本でも優れた女性なのですよ」

「だから特に興味自体が……」

「まだ十五歳、完璧な人間なんてどこにもいません。欠点が見えたからと言って減点で評価をするのではなく、まずよいところを見てあげてください」

「内申書つけるんじゃないんだから」

 

 食い下がってくるのは分かっていたが、説教から始めたか。

 千冬さんといい篠ノ之さんといい、どうして俺の周囲には説教したがる人間ばかりなのだろうか。

 

「想像です。恋愛は想像から始まるんです。興味ないなんて言わず、まずは想像をしてみてください」

「何をさ?」

「もちろんその方と一緒にいる光景をです。そうですね、例えば鷹月様でしたら横に並んでお互いに遠慮のない対等な関係を築くことができるでしょう。四十院様なら一歩下がって後ろからお兄様を支えてくれると思います。いつも笑顔の布仏様はどんな時でもお兄様を暖かく癒してくれるでしょう。もし誰かを守りたいと思うのであれば岸原様です。あの一生懸命な姿は後ろから抱きしめてあげたいと思うには十分ではないかと。あとは……ああ、谷本様は……お兄様がよければいいんじゃないでしょうか」

「最後思いっきり投げやりだね」

 

 クロエの輝いていた目が一気によどんだ。

 谷本さんはクロエ的に駄目なのか。

 本当にどうでもいいが。

 

「あっ、もちろんお兄様の決めることですから、私がどうこう言うことではないです。未来のお姉様になるのですし、私もお兄様が選ばれたお相手に文句をつけることなどありません。私もその方に気に入っていただけるよう努力したいと思います」

「いや、そこまで気合入れることないと思うけど、今谷本さんは駄目だって文句つけてない?」

「お兄様はあのようなタイプがお好みなのですか!?」

 

 面倒臭いな。

 

「全然。でもクロエ的に何が駄目なの?」

「駄目ではないですよ。お兄様にふさわしくないなんて言うつもりは全くありません。ただ、やはり女性として男性の前に立つ以上それを意識した振る舞いは必要だと思うのです。つい出てしまったとか、それなりの関係になってから見せるのならともかく、普段から女性らしからぬ振る舞いをされるのはあまりよろしくはないかと……」

 

 鈴や蘭のようなことを言い始めた。

 一夏の前に来ると途端に背筋を伸ばすのは女子にとっては当たり前の行動なのか。

 

「じゃあ夜竹さんとか最悪だね」

「お兄様、撤回します。一つだけ注文をさせてください。夜竹様は、夜竹様だけはやめていただけませんか。あの自分すら幸せになれないような後先考えない行動では、一緒にいてお兄様が幸せになれるとは到底思えません」

 

 谷本さんよりももっと上がいた。

 哀れ夜竹さんはクロエから名指しで全否定されてしまった。

 面識もない人間からボロクソ言われてかわいそうに。

 まあ、クロエの言いたいことも分からないではないけれど。

 

「というか名前とか完璧に抑えてるしそこまで見てたなら今さらネットワークとか必要なくない?」

「いいえ、名前などの情報だけなら外でも手に入りますし。それに今までは外から見えた範囲だけですよ」

「ということは……」

「はい! これからは自分がIS学園にいるかのようにお兄様を見守ることができると思います!」

 

 誕生したのは盗撮魔篠ノ之束ではなかった。ストーカー、クロエ・クロニクルだ。

 

「クロエ、ストーカーって知ってる?」

「ええ、特定の対象をつけ回すような人のことですよね?」

「今クロエが僕に対してやってることってそうだよね?」

「違いますよ? 私はただ見守っているだけですし、そもそも手出しは一切できませんけれど?」

「そうだね、そういう人達ってみんな自分は違うって思ってるんだよね」

 

 思わず俺は頭を抱える。

 一般的な話であれば警察に行くなりなんなり対処のしようはあるのだが、この相手に対しては俺どころか誰からも手出しができない。

 そしてIS学園中に張り巡らされたというネットワークとやらを潰して回ることも不可能だ。

 結論、もはや俺にはどうしようもない。

 

「まあまあ、くーちゃんは智希君のことが本当に心配なんだよ」

「心配から出る行動の方向性が間違っていると思います」

「そんなこと言わない。だから何かが変わるってわけでもないんだし。別に人に見られることくらい慣れてるよね?」

「いやー、四六時中見張られてるとかはないですね」

「別に常時張り付いて監視してるとかそういうことはないよ。こっちだって忙しいんだから」

「それはそうでしょうけど……まあある意味今までと変わりないってことか」

「そうそう。今までだって衛星から見られてたわけだしね。というかこれから三年間一切話をできないとかむしろそっちの方があり得ない」

「いや、だからって部屋の中まで入ってくるのはまた別の話だと思いますけど」

「だってIS学園の中で安全な場所ってここしかないじゃないか」

 

 確かに、一人きりになれてしかも誰からも見られない場所などIS学園内にはそうそうない。

 ならばこれは必要なこととして受け入れるしかないか。

 

「うーん……仕方ないか」

「大丈夫、ちゃんと配慮はするから。電気消してたら話しかけないから女の子連れ込んでも平気だよ」

「クロエの前で何てこと言うんですか。というか部屋には一夏もいるし」

 

 途端にクロエの顔がぱっと赤くなった。

 色白なので赤くなるとよく分かる。

 

「クロエ、もちろん博士の冗談だから」

「は、はい……。いえ、別にお兄様に対してどうこう言うつもりは……」

 

 よし、部屋では寝る時以外は基本電気を消さないようにしよう。

 博士は話しかけないと言ったが、見ないとは言っていない。

 

「まったく、博士もクロエのためにここまで……あ、別にクロエのためにやったわけじゃないか」

「いやいや、ここまで細かくやったのはもちろんくーちゃんのためでもあるよ。くーちゃんに日本の学校生活がどんなものか見せてあげたかったんだ。ね、楽しそうでしょ?」

「はい! とってもわくわくします!」

 

 ああ、そういうことか。

 クロエはその立場的にも学校へ通うことなど許されない。

 だからせめてその光景を見せるくらいはという話だ。

 それに興味もない他人の姿など見せられても面白くもなんともないが、俺という知った人間がいれば全然違って見えるということなのだろう。

 以前はそれどころではなかったが、ようやく落ち着いた今だからこそこんな余裕も出てきたのか。

 

「だからさ、智希君にはIS学園で思いっきり青春を楽しんでもらいたいのだよ」

「そういう理屈に持っていきますか。当然お断りですね」

「そんな! お兄様!」

「別に遊びたいからここに来たわけじゃないし。博士、分かってると思いますけど僕は別に自分のことはどうでもいいんです」

「まあまあ、リーグマッチを楽しそうにやってたじゃないか」

「どこがですか。あれはもちろん一夏のためです。余計なことされてほんと冷や汗ものでしたよ」

 

 博士がニヤニヤ、クロエがニコニコ。

 なぜだかイラッとした。

 

「クロエ、別に僕のことを見るなとは言わないけど、インドア趣味もほどほどにね」

「運動なら毎日しっかりやっています! IS乗りとして当然です!」

「全然大丈夫だよ。智希君はもう見てないから知らないだろうけど、そこんじょそこらの連中なんてくーちゃんの足元にも及ばないから。束さんの護衛として申し分ありません!」

「ありがとうございます!」

 

 博士がISを動かせない以上、どうしても護衛は必要になる。それがクロエだ。

 博士を『保護』しようと襲ってくる多数のISに対してクロエは一人で立ち向かわなければならない。しかも博士を守りながら。

 この数年間しっかりとそれをやってきたのだから、クロエの実力を疑うことなどあるわけがない。

 まあ、そもそも俺よりも年上だし。言うと怒るので言わないが。

 

「おっと、いっくんが戻ってきそうだね。じゃ、今日はこれで」

「了解です。聞きたいことは聞けたので、とりあえずはよしとします」

「お兄様、お休みなさい!」

 

 画面が消えて、俺はそのままベッドの上に倒れる。

 やりたいことをやれる立場にいる俺はきっと十分幸せなのだろう、と思った。

 

 

 

 

 

「あら珍しい。こっちから呼びに行かなくても来るなんて」

 

 三組代表であるベッティは俺が教室の扉を開けるや寄ってきた。

 

「ええと、お話がありまして」

「何何? おとといの話?」

「おとといというか、リーグマッチのことで」

 

 危うく一夏がついてくるところだったが、俺は事情を説明するため三組の教室に一人でやって来ていた。

 

「ああ、そういえば一組が優勝扱いになったんだって? おめでとう」

「よく知ってますね」

「昨日先生が言ってたから。正当な結果なんだから文句とか絶対に言うなって。確かにリーグマッチは中止になったし私も最後の試合をやれてないけど、でも一組が全勝したのは事実だからね。わざわざ事情を説明しに来なくても怒鳴り込んだりしないよ」

「いや、そういうことじゃなくて」

 

 俺が職員室でやったというのもあるだろうが、どうやら山田先生は相当にがんばったらしい。

 しっかりと他のクラスに根回しまでしている。

 

「あれ、違った? 最後の試合をできなかった三組も四組もその前までに二敗してるから、優勝の特典をよこせとか口が裂けても言えないんだけど?」

「そうじゃなくてですね、ほら、一夏との試合中に一夏が変なこと言ってたじゃないですか」

「別に今さら敬語とか使わなくていいよ。でもなんだっけ……ああ、そういえば甲斐田君を殴っていいとかよく分かんないこと言ってたね」

「まさにそれ。つまり、僕はこのクラスに対してスパイ行為をしていたという話で」

 

 教室内がざわめいた。

 正直なところ試合中に一夏が言わなければ有耶無耶にしてしまうつもりだったのだが、人前でああ言われてしまった以上は仕方ない。ここ二日間一夏もしつこいし。

 それにあの感じなら一夏に矛先が向くこともないだろうし、俺に向かってくる分には別に全然構わないのだから。

 

「ああ! そういうこと!」

「だからそちらとの試合に勝てたのはそういう状態だったからという話です」

「うん、今すごく納得がいった。完璧に読み切られて裏をかかれてもう完敗だと思ったもん」

「その裏事情はこういうことだったんです。そちらの情報はこちらに筒抜けで、こちらの情報は僕で遮断されていたと」

「なるほどねえ……。情報戦の時点で負けてるんだからそりゃあ勝てるわけないか」

 

 少なくとも一夏のエネルギー無効化攻撃の詳細を三組代表ベッティが知らなかったのは事実だ。

 一組よりも優れた情報収集能力を持っていたし、俺に頼らなければきっと掴んでいたと思う。

 

「というわけでその謝罪を」

「なるほど理解。でも謝る必要とか全然ないよ」

「いや、さすがに騙していたのは事実なわけだし」

「何言ってるの。それならこっちだって甲斐田君に同じことしようとしてたのは分かってるでしょ? むしろこっちが謝りに行かなきゃってみんなで話してたんだから。こんな健気な子を騙して本当に後ろめたいって」

「けなげ?」

 

 どこかで聞いた言葉が飛び出してきた。

 まさか。

 

「おとといの甲斐田君。あれを健気と言わずして何と言うかって話。明らかに動きがおかしかったし、あれ故障してたんでしょ? それなのに仲間のために前に出て囮になろうとするだなんて、久々に心打たれたよ」

「いや、さすがにそれは全然違うかと。スパイ行為をやってたのは僕自身の意志なわけで、健気という言葉からは程遠くて」

 

 そうだった。この人達もまた、ゴーレムと戦う俺達を見ていたのだ。しかも目の前で。

 

「うんうん、謙虚でよろしい。でもだいたいスパイと言ったって最初に話しかけたのはこっちだよ? どうせクラスの人達にそれなら逆スパイをしてこいって言われたんでしょ? 大丈夫、分かってるから」

 

 全然大丈夫じゃないし、何も分かっていないのだが。

 

「いやいや、そうじゃなくて、そもそも話しかけてもらうところから始まってたという話で」

「えっ? まさかそんなことまでさせられてたの!? 甲斐田君に学園内を一人で歩き回らせて餌にして、見かねた他のクラスに話しかけさせようとしてただなんて……」

 

 教室内がまたざわめいた。

 ただし今度は戸惑いではなく怒りの空気になっている。

 これはまずい。

 

「違う違う! 全部僕が考えたことだから!」

「いいよ、無理しなくていいから。わざわざ謝りに来たのはクラスの人に言われたからではなくて、甲斐田君の意思なんだってよく分かった。お互い様なんだからそんなことする必要ないのにね」

「いやいやいや、一夏が思いきり言ってたじゃない」

「そうか、ということは織斑君も真実を知らないわけね。織斑君は甲斐田君が自分の意思でやったと思ってるのか。学園内を男子が一人で歩くなんて普通あり得ないって分かるでしょうに」

 

 駄目だ、全く話が通じない。

 どうして目の前の女はどこまでも頑ななのだろうかと考えて、気づいた。

 そういえば俺は、最初に一組のクラスメイト達を悪者にしていた。

 つまり三組の代表含めた全員は、一夏にではなくクラスメイト達にその矛先を向け続けていたのだ。

 ここまで俺は一夏を悪者にさせないことしか考えていなかった。

 というかそもそも事情を説明しなければならないのは、クラスメイト達が悪者にされているという誤解を解くためだった。

 しまった。またも説明の順番を間違えた。

 

「えっと、ベッティさんは完全に勘違いをしてるんだけど、何もかも僕が考えた作戦で、全部僕が自分でやったんだ」

「うん? やらされてたじゃなくて?」

「そう。ほら、おとといのを見たなら僕が指揮してたって分かるでしょ? つまりそういうことなんだよ」

「指揮? そんなことしてた?」

 

 おかしい。指揮で通じない。

 新聞部の黛先輩は当たり前のように分かってくれていたのだが。

 

「いや、見てたなら分かると思うんだけど」

「分かるも何も、故障してたし後ろで守ってもらってただけだよね? 途中で見かねて前に出て囮になってやられただけなんじゃ?」

「いやいや、指示を送ってたの見えなかった?」

「と言われても声とか音が遮断されてたし……。みんな、そうなの?」

「なんか声出して何か言ってるなとは思ったけど」

「それってがんばれって応援してただけじゃないの?」

「自分から囮になってやられちゃう指揮官とか聞いたことないけど。それって指揮を放棄しちゃってるし」

「というか故障機に乗って出てくるような人が指揮をしてるとか普通は思えないかな……」

 

 素人が言うならまだ分かる。

 普段ISとは縁のない人がたまたま見て印象で語ってしまっただけ、というなら分からないでもない。

 だが目の前にいるのは俺達と同じ立場の人間だ。技術的には素人に毛が生えた程度でしかなくても、ISをごく身近なものとして考えてきた人達だ。

 確かに俺は故障機に見えるような機体で出てきたり、たった二発であっさりやられてしまったりしているが、それはそれとして目の前で起こったことを正しく認識できていないのだろうか。

 

「みんな後から映像とか見てもそう思わなかった?」

「映像? そんなのあるの?」

「学園からはリーグマッチの試合以外の公式映像は出てないけど」

「一試合終わった後すぐに連戦させるとかあり得ないし、あれって段取り間違えて滅茶苦茶なことになっちゃったってだけじゃないの?」

 

 分かった。この人達は一度だけしか見ていないのか。それも訳の分からないままに見ただけで。

 リーグマッチの試合は学園が撮った公式映像が学園のサイトから配信されている。だがさすがにあのゴーレムのような怪しいISの映像を簡単に流すわけがない。泣きついたのか鈴のも流さないでもらえたようだが。

 博士が全世界にばら撒いたので外の人達はネットで何度も見ることができているが、中にいる生徒達はそうはいかないのだ。

 消されていると黛先輩が言っていたので、おそらくIS委員会から報道規制がかかっている。きっとIS学園の生徒が見られるようなサイトには載っていない。

 また調査中だということで学園側から生徒達に説明もない。だから俺以外の生徒からすれば、手違いでよく分からない集団模擬戦が行われた、という程度の認識でしかないのだろう。

 しかも当事者であった一組とは違って他人事でしかない。

 もちろんその内知るのだろうけれど、一日二日では黛先輩のように伝手でもなければ全容など理解できないわけか。

 

「うーん、がんばって考えたんだろうけど、それで私達を納得させるのは無理かな」

「いやいや、でも事実は事実だから。そうだ、うちのクラスはたまたま映像を撮ってるからそれを見てもらえれば」

「別にそこまでしなくていいよ。よし、分かった。私達は甲斐田君の言うことを信じることにする!」

「ことにするって……」

「そうしないと甲斐田君が困るんだよね? クラス内での立場的にも」

「いや、立場的にと言うか……」

 

 確かにクラスメイト達とも約束をしているので、こうやって真相を説明して回ることは義務ではあるが。

 

「アニータ、そういうのはよくないよ。だってそれって全部甲斐田君のせいにするってことだよね?」

「だからまさにその通りなわけで」

「まあまあ、表向きはってだけだから。それにもし私達が揃って一組に抗議しに行ったりしたら、今度は甲斐田君が間に挟まれて迷惑かけるだけだし」

「ああ、それはよくないか」

「クラスが違う以上は迂闊なことできないね」

 

 悪い人達ではない。

 こうやって本気で俺のことを心配などしている様子を見ると、隙あらば悪態をついてくるようなクラスメイト連中よりもよほど性格がいいとさえ思える。

 ただ、この人達の中で俺は弱者だ。

 自分でそう振る舞ってきたので全部自業自得の話なのだけれど。

 

「もちろん、これはひどいと思ったら躊躇なく特攻する。でもわざわざ余計なことをして甲斐田君の立場を難しくするようなことはしない。どう?」

「うん。アニータの言う通りだ」

「大丈夫、甲斐田君のことはクラスみんなで守るから」

「ここを自分の居場所だって思ってくれていいよ」

 

 この人達にとって俺は、いや男は守るべき存在であるということだ。

 思えば一組のクラスメイト達にも当初そういう空気はあった。

 すぐに俺も一夏も守るべきという言葉からは程遠い人間であると理解してくれたというだけで。

 

「甲斐田君、安心して。別に一組の人達と喧嘩しようとか考えてないから。甲斐田君の迷惑になるようなことは絶対にしない」

「ありがとう」

 

 そして俺は諦めた。

 今俺が何を言っても理解されることはない。

 俺に対するイメージが完全に固まっていて、対ゴーレム戦を見ても変わらないのだから。

 『あり得ない』とか『普通は』と連呼しているので、きっとフィルターをかけて見ているのだろう。

 頭でっかちは言葉で説得できない。それは自分が一番よく分かっている。

 

「じゃあ今日のところはこれで」

「もう帰っちゃうの?」

「いや、これから五組にも同じことを」

「え、それは……やめておいた方がいいと思う」

「それはどうして?」

「だって五組は……代表だった佐藤がクラス代表から降ろされたって。だから五組は今ごちゃごちゃしてると思う」

 

 力でのし上がったという五組代表はリーグマッチで負けたことによって信用を失ったか。

 五組代表は初日一夏と鈴に負け、二日目は三組にも四組にも負けて全敗で終わっていた。

 三組代表ベッティは宿敵五組に勝てたのでかろうじて面目は立ったようだが、五組代表の方は駄目だったようだ。

 

「そうなんだ。でもまあちょっと話をしてくるくらいだし」

「それは……そうだ、一緒に行こう」

「いやいや、その方がかえって変なことになるよ。わざわざ喧嘩を売りに来たのかって」

「う……それもそうか」

「危なそうならすぐ逃げることにするから大丈夫」

 

 心配そうな顔をしているベッティが余計なことを言い出さないうちに、俺は笑って教室を後にした。

 

 そして教室を出たところで、ちょうど向こうから四組代表が歩いてきた。

 四組代表更識妹は俺を見るやあからさまに挙動不審な動きになって目をそらし、そそくさと自分の教室へと入っていく。

 ちゃんと隠せと思いつつも、そういえばそっちの問題も考えなければと、俺は改めて更識妹に対する難問を意識した。

 

 

 

 

 

「何呼ばれてもいないくせに男が来てんの?」

 

 五組の教室の扉を開けた途端、知らない顔に絡まれた。

 だがここまで敵意むき出しだとかえってやりやすい。

 

「申し訳ありません。一組の甲斐田ですが、五組代表の佐藤さんにお話がありまして」

「はっ。ああ、あんたはどこにも居場所がなくてあの負け犬に守ってもらおうとしてたわね。残念、あの負け犬にそんな力はもうありません」

「どういうことでしょうか」

「クラス代表でもない奴に何ができるって話よ」

「佐藤さんはクラスの代表を降りたということですか?」

「あんな恥晒しをそのまましておくとかあり得ないから。まあ最初から代表にしたこと自体が間違いなんだけどね。三組代表のような雑魚にすら勝てないとか、クラスにとってほんと大迷惑」

 

 元五組代表となった佐藤に対してひどい言いようだ。

 お前がその負け犬呼ばわりしている相手に勝ったわけではなかろうに。

 

「そうですか。もちろんこちらのクラスの事情に対してどうこう言える立場ではないですが、佐藤さんと話をさせてもらってもいいでしょうか」

「負け犬同士で傷の舐め合いとか辛気臭くてたまらないからやめて欲しいんだけど」

「……」

「廊下でやって。後勝手に人の教室に入るとかもなし。佐藤!」

 

 目の前のおそらく新しい五組代表であろう女生徒は、振り返って大声で怒鳴った。

 視線の先にいた元五組代表佐藤は無言で立ち上がり、真顔で俺を見てから歩いて教室の外へと出て行く。

 もちろんその後に続く取り巻きなどいなかった。

 

「ほら、さっさと行く」

「ありがとうございました。最後にお名前聞かせてもらっていいですか?」

「……まあそれくらいならいいわ。杉山敦子」

「ありがとうございます。では」

 

 頭を下げて、俺は教室の外に出た。

 こういう輩など別に珍しくもないが、あれはまあパフォーマンスの類だろう。

 新しい代表として前とは違うと示したいというところか。

 

「派手にぶっ飛ばされてたみたいだけど大丈夫そうだね」

「ISに乗っていればああいうこともあります。それよりもなんか大変なことになってるみたいですけど」

 

 ところが元五組代表佐藤は平気そうに鼻で笑った。

 

「あたしを追い落としてあいつは今得意の絶頂だからね。それにあたしを非難した手前ああするしかないのさ」

「それってもしかして僕が関係してます?」

「いやいや、リーグマッチ前にあのバカはあんたをスパイに仕立て上げろとか言ってただけ。あたしが一組に負けたのはそれをしなかったせいだってさ」

「はあ……」

 

 困った。これではものすごく言いづらい。

 

「別にあんたが気にするようなことじゃない。あんな反則技を持ってちゃあ多少の小細工をしたところで大して結果は変わらないんだから」

「それは……」

「その後の試合も見たしクラス代表全員と戦ったから言えることだけど、単純にあたしの実力不足だったってことだ。別に機体がどうだとか戦術がどうだとかじゃない。順当に負けるべくして負けたというところだね」

「潔いんですね」

「事実は事実だ。今のあたしじゃ三組のバカになら勝てなくもないけど、他の連中にはまたやっても同じ結果だろうね。全てにおいて足りてない」

 

 元五組代表は清々しい顔をしている。

 これは完敗したが故なのか。

 とはいえ三組代表ベッティには勝てると言うあたりまだ意地も残っているようだが。

 

「でも佐藤さんこれから大変そうですけど」

「そんなのは一ヶ月程度の話だよ。来月の個人戦で何もかもはっきりするんだから。杉山のバカはあたしを追い落としたつもりだろうけど、あたし自身に勝ったわけじゃない。それどころか先月あたしに散々叩きのめされたのに。今は完全に勘違いしてるけどね」

 

 これは全然平気そうだ。

 確かに佐藤自身は他のクラス代表に負けたのであって、新しく五組代表となった杉山なんちゃらに負けたわけではない。

 

「でも一ヶ月といっても大変だと思いますし、今からでも勝負を挑んだ方がいいんじゃないですか?」

「それも考えたけどね、いい機会だから自分に足りないところを鍛え直そうと思ってさ。クラスの低レベルな連中の面倒見るよりはだいぶ有意義そうだ」

「低レベルって言っちゃいますか」

「正直ISに乗れて満足してるようなのが大半だからねえ。確かにIS学園に入って人生保証されたつもりかもしんないけど、向上心すらないのはどうかと思うわ。あたしが言わないと何もしようとしないような奴らは低レベルで十分。あんたんとこも大半はそうだろ?」

「うーん……どうだろう?」

 

 これは意外だった。

 IS学園に合格した生徒など向上心の塊だと思っていたのだが。一組のクラスメイト連中なんて揃ってそうだったし。

 だがIS学園をゴールとしてしまうのもそれなりにいるのか。

 

「ま、そういう奴らは六月の全員参加な個人戦と学期末の試験で自分の立ち位置を思い知るのさ。それでやる気になるかやる気なくすかは知らないけどね」

「意外とドライですね。もうちょっと親分肌というか面倒見のいい人だと思ってましたけど」

「自分のことすら自分でどうにかしないようなのに何かしてやるほどあたしもヒマじゃない。もちろんあたしのために何かしてくれたなら返してやろうとは思うけどさ」

「なるほど」

 

 クラスメイト達がよく愚痴っているが、IS学園は生徒達に対して相当にドライだ。

 ここは自分から行動しないと何も見えてこない場所らしい。

 結局リーグマッチの特典に最後まで気づかなかったであろう二組や四組は終始のんびりしていたようだ。リーグマッチ最後の方で鷹月さんが呆れ返っていた。

 これは気づいたか気づかないかの問題なのか、それとも個人個人の問題なのか。

 

「まあそういうわけだからさ、あたしもあんたに構ってあげられる余裕がない。クラスもあんなだし、しばらくは距離を置いておきな」

「そうですね、確かに行っても何もいいことなさそうだ」

「あんたも自分のことは自分でどうにかするんだね。まあぼっちが寂しいってんなら三組のあのバカなら受け入れてくれるだろうし」

「考えてみます」

 

 自分でどうにかしろと言いつつ三組に行けと言うあたり、素直じゃない系か。

 しかし三組のベッティのことを肯定的に言うとは、殴り合ってお互いに何か通じ合ったりしたのだろうか。

 クラスメイト達によれば三組ベッティ対五組佐藤の試合は相当な激戦だったそうだが。

 

「じゃ、またね。元気でな」

「そちらこそ」

 

 クラス代表から追い落とされたという敗者の顔など一切なく、五組の佐藤は平然と教室に戻って行った。

 クラスによって色々事情が違うのだなと思い、そして重大な事実に気づく。

 俺はまたも自分のことを話しそびれてしまっている。

 どうやら俺は下手に出た時相手のペースに飲まれてしまいがちなようだ。

 

 だが、今から五組の教室に突っ込むなど絶対にやりたくない。

 どうしようかと考えて、五組は今権力闘争中でそれどころじゃなかったと言い訳することに決めた。

 

 

 

 

 

「で、どうして鈴がいるの?」

「いちゃ悪い?」

「悪いも何も、これは一組のパーティなんだけど」

「知ってるわよ。一夏のリーグマッチ優勝記念パーティでしょ」

「だからそこにどうして二組の鈴がいるわけ?」

 

 ごく当然のように居座っている鈴と所在なさ気なハミルトンを見て、さすがに俺も呆れてしまった。

 鷹月さんが困った顔で手招きしているので何かと思えば。

 

「そんなの一夏におめでとうって言いに来たからに決まってるじゃない」

「それなら別に今じゃなくてもいいよね」

「はあ? 一夏の手料理を食べられるなんて今しかないわよ」

 

 話が噛み合わない。

 俺が言いたいのはそういうことではない。

 

「じゃあ言わせてもらうと鈴の分とか用意されてないんだけど」

「どうせ一夏のことだから自分基準で量を作ってるでしょ。だったら大量に余るだろうし、あたしが食べてあげるわよ」

「別に鈴に食べてもらわくていいんだけど」

 

 なまじ一夏のことをよく分かっているだけに始末が悪い。

 そういえば俺は一夏にそのへんの注意をするのを忘れていた。

 確かに一夏が足りなくならないようにと多めに作っているのは間違いない。

 主夫思考で、余ったら自分で処理すればいいと考えているだろうから。

 

「細かいことをごちゃごちゃうるさい奴ねえ。別に一人二人増えたところで大して変わんないでしょ」

「いやいや、そういう問題じゃないから。だいたい鈴は敵なんだし、この場にいる資格がない」

「は? バッカじゃないの。リーグマッチは終わったんだし、もう敵とか味方とかないわよ」

「まあまあ、わざわざお祝いに来てくれたんだし、それくらいはいいじゃないか」

 

 余計なことを言う馬鹿は誰だと振り返れば相川さんだ。

 この女、恋愛戦線を離脱して思考が完全に自由になってしまっている。

 以前であれば全力で阻止しようとしただろうに。

 そんな思いの俺を知ってか知らずか、相川さんは笑いながら通り過ぎて行った。

 

「ほら、話分かる奴もいるじゃない。いい智希、あんたもこういう風に柔軟な思考ってやつを身に付けなさいよ」

「それを言うなら鈴はまず常識を身に付けるべきだね」

「はあ!?」

 

 鈴が憤慨して立ち上がり、ハミルトンがオロオロしている。

 いっそ叩き出してやろうかと思ったが、よく考えたら喧嘩したら負けるのは俺の方だという明白な事実に気づいてしまった。

 

「甲斐田君も落ち着きなさい。料理が足りてるなら別にいいと思うわ」

「織斑君は自分基準で三十一人分だと言っていました。間違いなく余り過ぎると思いますので、むしろ消費していただけるのはありがたいのではないでしょうか」

 

 見かねたのか鷹月さんと四十院さんが入ってきた。

 この二人は騒ぎにならない方を選ぶか。

 

「分かったよ。じゃあ鈴は残飯処理係として特別にこの場にいていいよ」

「甲斐田君」

「相変わらず一言多い奴ねえ。嫌味な男は女の子に嫌われるって覚えておきなさい」

「それはどうも」

 

 鈴は二度目の挑発には乗らなかった。

 昔の鈴なら『じゃあもういい』などと言っていただろうが、少しは自分を抑えることができるようになったらしい。

 

「ハミルトンさんごめんね。鈴に無理やり引っ張られてきたんでしょ? お詫びってわけじゃないけど一夏の料理はおいしいから、ゆっくり食べていって」

「ううん、むしろ押しかけちゃってごめんと言うか……」

 

 ハミルトンがずっと申し訳なさそうにしているので、俺は普通に声をかける。

 作戦変更。俺はハミルトンを持ち上げることによって相対的に鈴を落とすことにした。

 

「いやいや、どうせ料理は余るんだし、食べてもらった方が一夏も喜ぶよ」

「う、うん」

「はあ?」

「やれやれ。じゃあ後よろしくね。行こうか」

「は、はい」

 

 呆れた顔して鷹月さんが離れて行った。四十院さんもチラチラとこちらを見ながらついて行く。

 

「そういえばハミルトンさんって僕と一夏以外に一組に知り合いとかいないでしょ。居づらいだろうし食べるだけ食べたら鈴は置いて帰っていいと思うよ」

「それはさすがに……」

「それなら智希、あんたが相手してやりなさい。今後もこうやって来ることあるだろうし、一組の連中にティナを紹介してあげなさいよ」

「鈴」

「ていうか今後も他クラスのイベントに来るつもりなんだ……」

「当たり前でしょ」

 

 何が当たり前なのか俺にはよく分からないが。

 

「で、一夏の料理はいつできるの?」

「来るのが早過ぎだよ。というか今日のこと誰から聞いたの?」

「えっ? そ、それは……こ、小耳に挟んだのよ! ねえティナ!」

「う、うん」

 

 鈴とハミルトンが顔を見合わせて挙動不審に笑う。

 そういえば鈴達にこのことを教えたのは誰だ。黛先輩がいた時は……そうだ、鈴はちょうど席を外していた。

 篠ノ之さんやパイロット班連中がわざわざライバルに伝えるとも思えないし、いったい誰だろう。相川さんあたりが面白がってやったというところなのだろうか。いや、さっきの感じでは知り合いという様子でもなかった。

 それなら普通に考えて、黛先輩が何かの拍子に漏らしたとかそのへんだろうか。

 

「ま、まあそんなことはどうでもいいわよ。それよりも、時間あるならあの変なISの話でもしようじゃない。ティナがいろいろ聞きたいことあるそうだし、あたしもあれから智希とちゃんと話をしてなかったでしょ」

「そうだっけ? でも鈴はあの場にいたんだし全部分かってると思うけど」

「それは……そうだ、あんたは指揮をしてたわけじゃない。そのことについてとかさあ」

「なんで今思いついたような言い方するわけ?」

「いちいち突っ込まなくていいから。ほらティナ、智希にいろいろ聞きたいんでしょ?」

「う、うん。甲斐田君って指揮の勉強とかしてたの? 鈴に聞いた感じだとあの場でしっかり指揮をやってたって……」

「全然。というか鈴、ハミルトンさんにどういう言い方したわけ?」

「あんたが話をしてるのはティナでしょ。あたしに聞くな」

「何それ」

 

 どうやら鈴は俺に対して相当にやましいことがあるようだ。

 おそらくそれはこのパーティの情報の出所のことに違いない。

 さては盗み聞きでもしたか、クラスの誰かを脅したりして無理やり聞き出したか、まあそのあたりだろう。

 

「え、えっと、あの時最初に鈴と織斑君を出さなかったのはやっぱり温存?」

「それ? ええと、あの時は一夏も鈴も戦える状態か怪しかったからね。何しろ一戦終えたばかりだったし、ダメージもひどかったし」

「そうなんだ。確かに鈴はエネルギー切れ一歩手前だったみたいだものね。でも織斑君の方は?」

「鈴から聞いてない? 一夏のエネルギー無効化攻撃、ほらブレードが光ってた攻撃だけど、あれを使うとシールドエネルギーが消費されちゃうんだよ。だからあの時の一夏は実質紙装甲状態で……」

 

 かわいそうに、哀れハミルトンは鈴からパーティが始まるまでの時間稼ぎを丸投げされてしまった。

 前から人がいいのは知っていたが、ハミルトンも必死に言葉を繋いでその役目をこなそうとしている。

 それならハミルトンの心意気に免じて、この場くらいは付き合ってやることにしようか。

 もちろん、後できっちりと真相究明をするつもりだけれど。

 

 

 

 

 

 やがて時間となり、食堂にはクラスメイト達が揃った。

 みんな一夏の料理に相当期待しているようだ。半分以上がこのために昼を抜いたらしい。

 

「ううっ……あと少し、あと少しだったのに……」

 

 いつの間にか俺の隣に来ていた谷本さんが悲しそうに頭を垂れている。

 すごく言いたそうにしていたのでやむなく聞いたら、決意して朝を抜いて昼も抜いたら腹が減りすぎてしまい、夕方に我慢できなくなって食べてしまったそうだ。

 こんなんじゃ思いっきり食べられない、と自業自得な自分を呪っていた。

 

「みんな! よく来てくれた! まずは腹いっぱい食べてくれ!」

 

 食堂の奥からコック姿の一夏が両手に皿を持って現れた。続いて手伝ってくれた食堂の人達も出てくる。

 食堂に拍手と歓声が湧き上がった。

 

「あれ、挨拶とかなし?」

「だって初っ端から一夏に感謝の言葉とか言われたらみんな泣いちゃって食べられないでしょ? だから最後にさせた」

「あー、確かに」

 

 一夏は珍しく挨拶文を考えていたらしく、昨日の夜部屋で練習までしていた。

 だが俺はそれを見てこれはまずいと思い、挨拶は最後にするよう説得したという話である。

 いつ考えたのか一夏の中でストーリーがあったらしく、最初は愚図っていたのだが、さすがに大量に余らせるわけにはいかないので俺もしつこく説得したのだ。

 

「みんなそんなにがっつかなくてもたくさんあるから心配しなくていいぞ。すぐ持ってくる」

 

 忙しく動き回りながらも一夏は笑顔で、本当に楽しそうだ。

 そういえば人をもてなすのも好きな男だった。

 それにあんなにおいしそうに食べてもらえたら、作った方としても嬉しいだろう。

 

「甲斐田君は食べないの?」

「どうせ残るし、きっと数日はあの残りが僕と一夏の主食になるからね。まあある程度落ち着いてから。谷本さんもあったかいうちならまだ入ると思うから今行った方がいいよ」

「な、なるほど……よし、行ってきます」

 

 腹を触って状態を確認し、谷本さんはフラフラと輪の中に入って行った。

 

「かいだー! こっちこっち! これこれ!」

「甲斐田君! これすごいですよ! 見てください!」

 

 布仏さんと岸原さんが手招きする。

 相当に興奮しているようだ。

 俺は苦笑しつつも、一夏は本当に幸せ者だなと思いながら二人の元に足を進めた。

 

 

 

 それからしばらくして新聞部の黛先輩達がやってきて、そのまま皿の方に食いついてしまった。

 何これ何これと驚きながら取材など忘れてしまったかのように食事の方に全神経を集中させている。

 またいつの間にか遠巻きに見ていた他のクラスの生徒や上級生達も入って来てすごい勢いで食べていた。一夏というよりは食堂の人達が大量に余りそうだからと引き込んだらしい。

 一方クラスメイト達は最初にこれでもかと詰め込んで、今は少し離れて椅子やソファーに座り幸せそうな表情を浮かべている。

 一夏がデザートまで用意していると聞いて、最後腹の中に入れられるようにとじっとして消化活動を行っているつもりのようだ。

 

「甲斐田君」

 

 振り返ると、鷹月さんと四十院さんが笑顔で立っていた。

 そしてもう一人。

 

「お久しぶり。リーグマッチ優勝おめでとう」

「宮崎先輩」

 

 一ヶ月ぶりくらいだろうか、久しぶりに宮崎先輩の顔を見た気がする。

 

「お祝いしてるって聞いたから来ちゃった」

「そうですか、じゃあ一夏の作った料理を食べてってください。かなり余りそうで今はもう誰でもいいから食べてくれって感じなので」

「ありがとう。ちょっといただいたわ」

「ちょっとなんて言わず存分に」

「ううん、夜食べてたからそこまで入らないわ」

「それは残念です」

「いえいえ、それより甲斐田君、今時間ある?」

「ええ、特に何かをしてるわけでもないので」

「そう、それはよかった」

 

 と、宮崎先輩は笑った。

 その笑顔になぜだか俺は背筋が冷やりとした。

 

 

「じゃあ、反省会を始めましょうか」

 

 


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