IS 喜んで引き立て役となりましょう!   作:ゆ~き

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32.逃げられないというのは本当に気が滅入る。

 

 

 

 逃げられないというのは本当に気が滅入る。

 

 

 

 医務室に放り込まれた俺は安静を言い渡され、行動の自由を失った。

 体はISのおかげで傷一つないというのに、医務室の先生というか医者は俺に対して一日は安静にしておくべきだと一歩も譲ってくれないのだ。

 どうも俺が二度もぶっ飛ばされたことは傍目には誰もが青ざめるような事態だったらしい。

 親分機が倒された後、速攻とばかりに警備のISが俺のところへ飛んできた。やってきた顔見知りの警備の人は重症患者を迎えるかのように必死な形相で、思わず笑ってしまう程だった。

 その後は大丈夫だと言うのに立たせてさえもらえず、担架に乗せられて俺はアリーナから退場した。

 そしてよく分からない検査をさせられ、だいぶ前に終わったというのに、まだ俺はベッドの上だ。

 どこのVIPだと思うが、よく考えたら俺は世界に四人しかいない男性IS操縦者の一人だった。そんな簡単に死なれては困るということなのだろう。

 

「そういえば他の人達は大丈夫だったんですか? 直撃もらったのもいましたけど」

「それは全然問題ないわ。直撃といっても装甲越しだから。本体のエネルギーが削られただけで搭乗者には何の害もない。もちろん検査もしてあるけど、全員平気よ」

「じゃあ僕だってそうじゃないんですか?」

「まだ言うか。だから、君は装甲なしどころかエネルギーを全部持って行かれて絶対防御まで発動してるんだから。絶対防御の強度以上の威力だったらそのまま君の体に悪影響を及ぼしてしまうのよ。医者としては少なくとも二十四時間は様子見ないと安心できません」

 

 これも駄目か。さっきからどうにか言いくるめられないかと試みているのだが、結局は同じ論調でシャットアウトされてしまう。

 別に違和感の一つでもあれば隠すつもりもないのに、何をそんなに心配しているのかよく分からない。俺だってこれから暴れようなどと考えているわけではない。

 あまりに退屈なので寝てしまおうかとも思わないでもないが、今寝ては夜に眠れなくなってしまう。たとえ寮に帰れたとしても部屋にはテレビもないし深夜ではやれることが何もない。

 結果俺を見張っているかのような医務の先生とエンドレスな言い合いをするくらいしかやることがなかった。

 

「失礼します」

「智希ー、ヒマしてるかー?」

 

 と思ったらようやく救いの声が。

 篠ノ之さんと一夏が入ってきた。

 

「一夏、お前は何を言っている。甲斐田は危ないところだったのだぞ」

「でも大丈夫じゃないか。あの時も見るからに平気そうだったし、実際に何もなかったんだからさ」

「そういう意味ではない。いいか、甲斐田は……」

「あーはいはい。智希、お前しばらくここにいるのか?」

「今日はもう寮に帰らせてもらえないかも」

「マジかよ。今日のこといろいろ話したかったんだけど」

 

 説教を無視されて篠ノ之さんはかなり憤慨した様子だが、まるで気にしない一夏はさすがだと言えよう。

 

「僕は暇を持て余してるから今でいいけど、一夏は忙しいの?」

「忙しいって言うか、ほらリーグマッチだからお偉いさんがたくさん来てるだろ? なんか挨拶させてくれとかでひっきりなしに来るんだよ。挨拶とかしてどうしたいんだろうな?」

「一夏の立場を考えれば当然の話だ。誼を作っておきたいのだ」

「よしみ?」

「仲良くしたいってこと」

「ああ。でも俺次会っても分かんねえぞ。誰一人顔とか覚えてないし」

 

 堂々と言い切る一夏もどうかと思うが、まあ向こうもさすがに一度だけでどうのとは考えていないだろう。

 

「それで、甲斐田は本当に大丈夫なのだな?」

「見ての通りって言うか今暇で暇でしょうがない」

「そうか。クラスの皆が心配している。問題ないことは伝えておこう」

「あ、それならむしろ来客大歓迎って言っておいて。することなくて本当に暇で死にそうなんだ」

「分かった。それも伝えておこう」

 

 俺自身が動かなければ向こうからやってくる分にはいいだろう。というかそれくらいは許容されてしかるべきだ。

 医務の先生を見るとそれくらいならという顔で頷いた。

 

「そうだ、大丈夫だとは聞いたけど、相川さんも鈴も元気だよね?」

「二人ともピンピンしてるぞ。鈴はすぐ中国の人に連れて行かれたけどな」

「相川は精神的には凹んでいるが体の方は問題ない」

「やっぱりそうか。来たら謝っておこう」

「ほう、分かっていたのか」

「そりゃあね。それなら谷本さんも?」

「いや、谷本はいつも通りだ。自ら得意気に武勇伝を語っていたので取り立てて問題はないだろう。ただ多少の誇張はあるようだったが」

「それむしろ釘を刺す必要があるかも」

 

 さすがと言うべきかおかしいと言うべきか。

 さては音が外に届かなかったのをいいことに話を作っているな。

 

「さあ一夏、戻るぞ。甲斐田の顔は見られただろう」

「えっ、もうかよ。まだ来たばっかじゃねえか」

「落ち着けばいくらでも話はできる。今は目の前をこなすべきだ」

「こなすって、何かあるの? 今日の午後は休みのはずだったけど」

「言ったろ、お偉いさんの相手だよ」

「篠ノ之さんも? ああ、そういうことか」

「私がどう思おうと事実は変わらない。ならば一夏と一緒に受けた方が二度手間にならなくていいという話だ」

「いやほんと、箒が隣にいてくれて助かった。俺一人だったら完全に気が滅入ってたぜ」

 

 そういうことか。篠ノ之さんはある意味自らの立場を利用して一夏と二人で行動する権利を得たようだ。

 IS開発者の妹扱いされるのをものすごく嫌がっていたくせに、割り切ったのか、それともただ現金なだけなのか。

 

「では甲斐田、また落ち着いたら話をしよう。別に入院というわけではないのだろう?」

「一日様子見て何もなければ解放してくれるって」

「そうか。今回のことは私にとってこの上なくいい経験となった。感謝する」

「どういたしまして」

「ほら一夏、行くぞ」

「もうかよ。あーあ。っと、智希、じゃあまたな」

 

 ぶつくさ言いながらも一夏は手を振り、篠ノ之さんに続いて出て行った。篠ノ之さんがあの様子ならそれなりに無難にこなすのだろう。

 しかし俺もこうしていなければあの立場か。興味もない大人の相手をするのとこうやって暇しているのとどちらがマシだろう。

 もしかしたら気を煩わせないようにと俺は気遣われてここに放り込まれたのかもしれない。あるいは余計な真似をしないようにと警戒されて。

 部屋の隅では医務の先生がカタカタと、パソコン相手に仕事をしているようだった。

 

 

 

 

 

 次の来客はクラスメイト達ではなかった。

 一夏達が出て行ってすぐで、いくらなんでも早いだろうと思いつつ入り口を見ると、一人の女生徒が恐る恐る入ってきた。

 誰かと思えば顔を見るのもしばらくぶりな生徒会長だ。

 

「や、やあ……」

「久しぶりですね。どうしたんですか?」

「も、もちろん君のことが心配で……」

 

 やけに歯切れが悪い。

 いつも俺のところにやって来る時のような覇気がない。

 これでは俺の言葉に打ちのめされて帰る間際の弱々しさだ。

 

「それなら見ての通り全然元気ですよ。今はただ大事を取らされているだけで」

「ううん、それは分かってるの。だって扉に耳つけてさっきの会話を聞いてたから。それよりもどうしても気になることがあって……」

 

 今さらりととんでもないことを言われたような気がするが、これは指摘すべきなのだろうか。というか会話の文脈からして滅茶苦茶だ。

 だが当の本人は心が別のところにあるという感じだ。俺の体調以外で何か不安要素を抱えているように見える。

 

「ああ、気になるといえば妹さんは残念でしたね。そちらは体の方は大丈夫でしたか?」

「ええっ!?」

 

 試しに別のところから突くかと無理矢理話題を変えてみると、あからさまにビクついた。

 そこまでやられるとかえって嘘臭く見えてしまう。

 

「ど、どうして私に妹がいることを!?」

「あれ、四組の代表の人って違いました? 苗字が同じですし見た目的にも姉妹だろうなって思ってたんですが」

「あ、ああ、そういうこと。そうよね。それは分かるわよね」

「一夏のときはともかく昨日鈴にけっこうやられてましたからね。あれは大丈夫だったのかなって」

「そ、そんなに心配なの……?」

「そんなにというか、まあ普通に」

「嘘……」

 

 この女さすがにクラスメイト達ですら言わないような暴言を吐いた。俺が他人の心配をするという行為はあり得ないことだとでも言いたいのか。

 と思ったが、よく考えたら最近誰かに同じことを言われたような気もした。誰だったか。ああ、きっと鏡さんだ。よし、腹いせに今度八つ当たりしてやろう。

 

「そんな……だって二人はまだ出会ってもいないのよ。モニター越しでお互いの姿を見ただけなのに、お互いが相手のことを気にするだなんてとてもあり得ない……」

 

 あり得ないの方向性が全然違った。

 

「妹さんがどうかしたんですか?」

「あの子が見知らぬ他人のことを気にして口にまでするなんて、今まで一度もなかったのに。本音ちゃんにも聞いてたし、何が、いったい何が起こったって言うの……? ハッ! まさか、これが伝説の一目惚れ!? いや、一方的ならまだしもお互いにだなんて、そんなことあり得るわけがない!」

 

 生徒会長は俺のことなどお構いなしに一人芝居を始めてしまった。

 このあたりは一人で勝手に盛り上がっていく篠ノ之さんと似ている。

 

「あのー……」

「み、認めないわよ! そんな簡単に認められるわけないんだから!」

「はい?」

 

 段々俺にも読めてきた。

 この人も意外と論理の飛躍が激しいな。

 

「妹の幸せを誰よりも願う姉として、なんとなくだなんてそんないい加減な理由を通すわけにはいかないわ。本気ならそれ相応の覚悟を見せてみなさい!」

「何ですかそれ?」

「つまり、私を倒してから行けってことよ!」

 

 生徒会長は仁王立ちして、左手に持った扇子を胸の前で開く。そこには『妹命』と書かれていた。

 これが世にシスコンと呼ばれる人種か。しかもその愛を受ける側にとってすごく迷惑そうなレベルに達しているようにも見える。

 

「覚えておきなさい。私は妹のためなら全世界を敵に回す覚悟さえあるということを……」

 

 不敵な笑みを浮かべながら、生徒会長は去って行った。

 そして俺は確信した。この人今自分は最高に決まったと思っている。外の廊下でガッツポーズくらい取っているかもしれない。

 ふと横を見ると、部屋の隅で医務の先生が声を殺して笑っていた。

 

 

 

 しかし残念ながら、あそこまで体を張ってくれた生徒会長には本当に申し訳ないのだが、その想像は何もかも的外れである。

 四組代表が俺のことを気にするとしたら一つしかない。モニター越しでも俺が四組代表のことを気づいたように、四組代表もまた俺に気づいたのだ。思わぬところで見たくもないものを見てしまったらそれは気になるだろう。

 また気になるだけで済まなかった理由は、俺と四組代表の間にある差だ。俺は四組代表のことはその程度かとしか思わなかったが、向こうは俺が平気でぶっ飛ばされる様子を見て自分との差を理解したのだろう。あれは何だと疑問に思ったところに布仏さんや生徒会長と言った俺を知る人間がいればそれは聞いてしまう。

 そして生徒会長はそれを明後日の方向に解釈したと。証明終了Q.E.D。

 

 まったく、俺にとっても四組代表にとってもはた迷惑な話だ。

 そもそも生徒会長が想像する方向から俺達はほど遠い。誰が分かっていて自分と同じ種類の人間を側に置きたいと思うだろうか。

 近くにいては意識せずとも見たくもないものを見せられて思い出してしまうのだ。むしろできる限り近寄りたくない。

 だが一方でこれは朗報とも言える。四組代表は一夏に対して個人的な負の感情があるようだが、一夏の隣には俺がいるということを今回理解したはずだ。

 このIS学園で一夏に何かをしようとすれば必然的に俺も関わってくる。近寄ってくるのも嫌だが敵に回すのも面倒だと普通は考えるだろう。つまり、俺の存在が四組代表への抑止力になる。

 俺を関わらせようとしていそうな布仏さんには悪いが、今後は四組代表に対して適度に距離を取らせてもらおう。さっきまでは後で事情聴取して背景を理解しておこうと思っていたのだが、この分では首を突っ込んでしまうとかえって向こうを刺激してしまう。自分の経験からして開き直っててやぶれかぶれになられてしまうのが一番怖いので、できる限り関わらないようにするのが一番だ。布仏さんに対しては全く興味ないというスタンスでいて、そのうち諦めてくれるのを期待することにする。

 とそこまで考えて顔を上げたところ、視線を感じた。横を向けば医務の先生が俺を見ている。そして俺が生徒会長に全く乗っていないことを理解したらしく、つまらなさそうな顔になってパソコンの方に目を戻す。たった数時間の付き合いだが、たいがいこの人もいい性格をしているなと俺は呆れるしかなかった。

 

 

 

 

 

 クラスメイト達がやってくると、医務室は一気に騒がしくなった。

 

「本当に大丈夫だったの?」

「あ、よかった、平気そうだね」

「びっくりしたよー」

「甲斐田君ってそんな度胸あったんだねー」

「そ、その程度で心配したりなんかしないんだからねっ!」

 

 流すべきか、俺は一瞬悩む。だが放っておくと間違いなく悪化するだろうと思い、救いの手を差し伸べることにした。

 

「夜竹さん、そのキャラ違う」

「あれ、あたし甲斐田君の前でどんなキャラだったっけ?」

「よく分からないけど、確か理不尽系超逆切れ女じゃなかったかな」

「それは違う! あ……」

 

 急に夜竹さんが青ざめる。見れば後ろにいる笑顔の鏡さんから肩を掴まれていた。

 

「さゆか、やっぱりあんた私達にまで適当なこと言ってたわね」

「ち、違うよ! これはちょっとした雑談というか……」

「それならその雑談の内容を聞かせてもらおうか」

「もう勘弁してよ! 昨日あたしが散々あの二人にいじめられてたの見てるでしょ!」

「それはあんたが適当なこと言って誤魔化そうとするから篠ノ之さんとオルコットさんが怒ったの。それなのにまだ隠してたか」

「それは自分の身を守るためであって……」

「はいはい、全然守れてないから。ここだと邪魔だからこっち来なさい」

「お許しをー!」

 

 開始早々、夜竹さんは鏡さんに引きずられて退場した。

 俺は救いの手を差し伸べたつもりだったのだが、むしろ穴に蹴落としていたようだ。だがその穴は自ら掘った墓の穴だったようなので、俺は特に気にしないことにした。

 

「そういえば一夏達はともかくオルコットさんとかもいないね」

「オルコットさんとリアーデさんは自分の国の人が来てるから今日はその相手だって。あと四十院さんはお母さんが日本のIS関連企業の社長らしくてそっちに行くとか」

「へー。やっぱりリーグマッチってそういう機会でもあるんだね」

「それはそうでしょ。というか甲斐田君に教えてもらわなかったらむしろそのための行事だと思ってたわ」

 

 基本的にIS学園とは外から隔離された施設だ。

 だから外に対して何かを公開する行事があれば関係者はここぞとばかりに押し寄せる。一学期は一年のクラス代表によるリーグマッチ、夏休みにある三年の集団模擬戦、三学期は二年の個人戦、後は二学期始めのお遊びでやる学園祭くらいだろうか。ああ、あと夏休み前に中学生向けのオープンスクールがあった。これはきっと俺達も駆り出されるのだろうが。

 

「家族の人は今回入れないんだっけ?」

「一般の人が入れるのは学園祭くらいね。あとは中学三年生限定でオープンスクール? でもあれは事実上IS適正Aランク向けらしいから、果たして一般と言っていいかは分からないけれど」

 

 こんなところにもIS適正というカースト制度が機能していた。

 とはいえ適正Aランクは数が少ないそうだから、IS学園としてもできる限り引き込みたいのだろう。

 

「なるほど。おっと、脱線しちゃったね。それで話では聞いてたけど、アリーナの中に入った人達はみんな大丈夫でいいんだよね?」

「もちろんよ。というかダメージを受けたのは甲斐田君以外は相川さんと凰さんくらいだから。凰さんはここにはいないけど、全然元気そうよ」

「相川さんは?」

 

 鷹月さんが難しい顔になって後ろを向く。

 そして押し出されるようにして相川さんが出てきた。下を向いていて、明らかにさっきまで泣いていたという顔だ。完全に気持ちが落ちている。

 

「相川さん、体調よくないの?」

「全然平気」

「とてもそうは見えないんだけど」

「甲斐田君と違って一発もらっただけでしかも装甲越しなんだから問題とかあるわけないし」

「じゃあどうしてそんな顔してるの?」

 

 俺の言葉を聞いた途端、相川さんは涙を溢れさせた。

 そして涙を流しながら顔を上げて俺を見る。

 

「ごめん! あたし全然役に立たなかった! 任された役割を全然できなかった! 逃げ回って時間を稼ぐだけだったのに、一番最初にやられちゃった! 甲斐田君の期待に全く応えられなかった!」

「時間なら十分稼いだよ。期待を言うなら僕の想像の範囲内ではあるね」

「嘘だ! あれで甲斐田君の予定が崩れたよ! あたしの代わりに織斑君を出すしかなくて、甲斐田君の計画が大幅に狂ったの分かってる! 最後は甲斐田君自身まで前に出るしかなかったのも元はといえばあたしのせいだ!」

 

 慟哭と言う言葉はきっとこういう状態を指すのだろう。

 相川さんの自分に対する怒りが痛いくらい飛んでくる。

 相川さんはもっと子狡くて適当な人だと俺は思っていたのだが、人並み以上の責任感も持ち合わせているようだ。

 このクラスは全員にその傾向があるとは思っていたけれど。

 

「なるほどね。じゃあ相川さん、僕の考えを言うからとりあえず聞いて。きついことも言うけど反論は後で聞くから。まず僕の予定云々だけど、相川さんが最後までもたないと言うのは最初から織り込み済みだった。もちろんできるだけ長くもって欲しいなとは思ってたけど、経験もないのにいきなりやらされて完璧にこなすとか最初から期待してないしするべきことでもない。だから相川さんがやられてしまうことも想定はしていた」

「そうなの……?」

 

 さあ後付け論の開始だ。別に俺の作戦が間違っていたでいいのだが、それでは相川さんは俺が庇ったと思って間違いなく納得してくれない。

 それならもういっそ想定通りだったということにしてしまえと言う話だ。

 

「時間なかったから言わなかったけど、僕が相川さんと、あと谷本さんに期待していたことは一つだ。相川さんには一夏がエネルギー無効化攻撃を出せるくらいまで回復する時間、谷本さんには鈴が一発くらいもらっても大丈夫なほどには回復する時間、それを稼ぐこと。そういう意味では二人とも僕の期待は越えてくれている。実際そうだったからね」

「ほんとですかー!?」

 

 大声がして、谷本さんが勢いよく前に出てきた。その目には涙が、というよりは大泣き状態だ。もしかして後ろで声も出さずに泣いていたのだろうか。

 

「そうだよ。だって一夏は最後エネルギー無効化攻撃を出せたし、鈴も一発もらったけど平気だったじゃないか。二人を最初から出してたら鈴がやられて最後はジリ貧で負けてたろうね。二人が回復する時間を作るというのをきっちりやってくれたんだから、僕は感謝しても文句を言う気になんかとてもならないよ」

「本当に……?」

「よかった、無駄じゃなかった……」

 

 理由はともかく二人に文句を言うつもりなどないのは事実だ。

 どちらかなどと言うまでもなく、あり得ると分かっていながら相川さんの状態に気づかなかった俺が悪い。

 ただ一夏に説明を終えていたというくらいには運があったという話で。

 

「あの時一夏がすぐ入ってきたでしょ? あれって要するにもう一夏のスタンバイはできてたってこと。うまくいったから正直に言うけど、あれは僕が欲張ってもうちょっといけるかなーって引っ張りすぎたせいだ。だからその後やり過ぎたと思って慌ててすぐに谷本さんを問答無用で交代させたんだ。そういう意味じゃむしろ怒られるべきは僕かな。二人に無理をさせ過ぎだって」

「そんなことない……そんなことない……」

「よかった、役立たずじゃなかった……」

 

 この二人にとって、俺の作戦がどうだったかというのはあまり関係ない。気にしているのは俺の期待に応えられなかったのでは、そして役に立たなかったのではないかということだ。

 だから俺は期待通りだし十分役に立ったと言えばいい。なんだかんだで勝利という最良の結果が出ているのだ。終わってしまえば何とでも言いようはある。

 

「もちろん、相川さんが一夏並にやってくれるならまた要求は変わってくるよ。だけどそういうのって言い始めたらきりないし、分不相応なことは相手に求めるべきじゃない。だから僕らは今の自分達ができることを最大限にやって見事勝利した。これでいいと思うし、実際そうだ」

「うん……うん……」

「はいいい……!」

 

 相川さんは落ち着いてきたのか笑顔まで出してまだ綺麗な泣き方だが、谷本さんがひどい。顔をくしゃくしゃにして涙流して鼻水まで垂らして、恥も外聞もないという有様だ。元々そういう方面は気にしない性格でもあるけれど。

 周りのクラスメイト達はもらい泣きをしているのがわりといる。後ろにいるのかぱっと見姿は見えないが、岸原さんなどはきっと堪えられていないだろう。皆がやってくるまでに突貫で構築した論理はうまく通ったと言えそうだ。

 

「二人についてはこんなところで。鷹月さん、みんなにさっきの中身については説明してある? 音が遮断されてたから外から見てた人は何が起こったかくらいしか分からなかったと思うけど」

「う、うん。私達は一通り検査を受けた後解放されて、みんなと合流したからその時に」

「なるほど。あ、そういえばあの後リーグマッチ自体はどうなったの? 一応三組と四組の試合が残ってたはずだけど」

「それはもちろん中止。あんなことがあったのに続けるとかないわよ。ただあの事態について会場に来た人にどう説明したのかは知らないけど」

「あの変なISは?」

「警備のISに運ばれていったわ。見てて人が乗ってるって感じの扱いじゃなかったし、甲斐田君の言った通りだと思う」

 

 リーグマッチは中止か。

 これはおそらく確認してやっておかなければならないことができた。

 

「ふーん。ま、真相究明は僕らの仕事じゃない。それに本当はどうだったのかって教えてもらえるとも限らないしね。それよりも僕は外からはどういう風に見えたのか知りたいな。いきなり変なISがやってきて僕らがアリーナに入ってきて戦闘が始まるとか訳分かんなかったんじゃない?」

「そうそう! ほんとびっくりしたよー!」

「そんな予定聞いてないよって感じで、最初隠してるなんてずるいって思った」

「あれ、岸原さんと布仏さんが来なかった?」

「来た来た。それでトラブルなんだって分かってもうどうなるんだろうってハラハラしながら見てた」

「だよね。それで岸原さんと布仏さんは……どうしたの?」

「は、はい……」

「かいだー……」

 

 見渡すと整備班の人達が道を開けるように体をずらした。そして開いたその奥、隅の方で二人が申し訳なさそうに立っている。まさかこっちもか。

 

「あー、あのさ、残るというのも一つの選択だよ。訳が分からないまま流された挙句みんなの足を引っ張るんじゃなくて、きちんと今の自分について考えて決断した。それはあの状況で冷静な判断だったと思うし、実際僕らに岸原さんと布仏さんを守りながら何かをする余裕はなかった。だから僕は残ると言われたら無理を言わなかったでしょ? できることできないことをきちんとわきまえておくのはとても大事なことだ」

「甲斐田君……」

「かいだー……」

 

 終わり良ければ全て良しなどと言ったのは誰だ。

 綺麗に終わったはずなのに後始末だらけではないか。

 

「やって欲しいことがあったら無理にでも入れてた。それに僕にはこれ以上の人数を見ることもできなかった。実際あの人数でも見きれなくて、僕は後半から鷹月さんに頼ってたくらいだ。もし二人が入ってたら僕はパンクしてたかもしれない。篠ノ之さん並に放っておいていいのなら大歓迎だけど、そうじゃないんだから踏みとどまってくれたのは結果的には助かった。むしろそこにいたのが岸原さんと布仏さんでよかったよ」

「そんな……」

「ほんとに……?」

 

 もう終わったというのに、どうして俺はここまでやらなければならないのか。

 指揮官とは部下の心のアフターケアまで求められるものなのだろうか。

 だが目の前にいる以上、そして求められている以上、もう少し俺は俺の役割を果たす必要がありそうだ。

 確かにリーグマッチとおまけのエキシビジョンマッチは終了したが、他にもまだ俺は自分の役割を終えていない。

 

 

 

 

 

 クラスメイト達が場所を構わず騒いでついに怒った医務の先生から叩き出された後、俺のところには立て続けに客がやってきた。

 どうやら一夏が俺のことを聞かれた際に今甲斐田は暇していると言って回っているらしい。

 別にそこまでやれと言ったつもりはなかったのだが、一夏は何も考えていないのか、それとも自分と同じ目に遭わせてやろうとでもしていたのか。

 だがそういうわけで、俺のいる医務室には一夏から話を聞けた各国のIS関係者達がやって来た。

 

「故障機とはいえたった二発でK.O.とか情けないわねえ。あたしが一から鍛え直してあげるから感謝しなさい」

 

 最初にやってきたの鈴だった。

 相変わらずの憎まれ口で、本人も元気そうだ。

 一緒に中国の管理官もいて、笑顔で鈴との仲直りアピールに余念がなかった。ただ鈴も嫌そうな感じでは全くなかったので、相応の信頼関係は元々あったのだろう。

 

「あの時はもう心臓止まるかと思っちゃったよ。本当に大丈夫なんだよね?」

 

 鈴が帰った後は二組代表のハミルトンがやって来た。もちろんカナダのIS関係者と一緒だ。

 夏休みにカナダを訪問することも決まっているので、とりあえずハミルトンを持ち上げて愛想よくしておく。

 

「初陣とはとても思えない指揮だったと思いますわ」

 

 と逆に俺を持ち上げたのはオルコットだ。

 本国の人間をこちらは引き連れているという感じで、やはり貴族という人種はそういう姿が似合うものだなと俺は意味もなく感心した。

 

 その後四十院さんがIS関連企業の社長だという母親を連れてきたり、三組代表が心配そうな顔で俺の様子を見に来たり、リアーデさんが自国の勝利の歌を歌い出して医務の先生がキレたりしたが、いい感じに俺は暇を潰すことができて夜になる。

 

「お腹空きました。あと話をしておきたい人がいるんですけど」

「食事はいいとして、誰と話したいの?」

「織斑先生です。さすがに顔くらい見せておこうかなと」

「なるほどねえ……そろそろ職員室に戻ってるかな?」

「忙しいとか会いたくないって言うなら別にいいですけど」

「会いたくないって……とりあえず聞いてみるけど」

 

 医務の先生は部屋の電話をかけて二言三言やり取りをする。顔からして大丈夫そうだ。

 

「顔見せるくらいならいいって」

「じゃあ行きます。ちなみにご飯はここですか?」

「さすがにそれは寮にしましょう。それとも一人で食べたい?」

「別にどこでもいいです。職員室行った後そのまま向かっていいですよね」

「そうね。それじゃ準備するからちょっと待って」

「はい。ちなみにそこで僕は解放ですか?」

「残念だけど一晩は解放できないわね。今夜は私の監視の下寮の一階で寝てもらうわ。場所は用意してあるから。あ、添い寝くらいはしてあげてもいいわよ?」

「小学生じゃないんだから結構です」

 

 プライドでも傷つけられたのか、医務の先生は露骨に憮然とした表情になった。

 

 

 

 

 

 職員室に入った時、俺の方へと一斉に先生達の顔が向く。

 後処理に追われていたのだろう、ほとんどの先生がまだ残っているようだった。

 これは俺にとって好都合だ。万一失敗した日には目も当てられないことになってしまうかもしれないけれど。

 

「来たか。こちらだ」

「どうぞ、今お茶を用意しますね」

 

 織斑先生は奥のテーブル席にいた。向かいに座っていた山田先生が立ち上がる。

 壁に貼ってあるスクリーンに例のISが映っていたが、すぐに消された。

 

「あ、お茶はいいです。すぐ寮に戻るので」

「そうですか」

 

 山田先生を手で制して、俺は目立つように職員室の真ん中を突っ切る。後ろから医務の先生もついて来ていた。

 

「お前の体調についてはあの程度で気にするようなことは何もない。一応は大事を取ったが、それはむしろ対外的な要素の方が大きい。窮屈だろうが一晩くらい我慢しろ」

「やっぱりそうですよね。あんなのでいちいち安静にさせられてたらIS競技とかできないはずですし」

 

 言いながら俺は後ろを見る。医務の先生がそういう指示なんだから仕方ないだろとでも言いたそうな顔を俺に返してきた。

 

「もちろんそれは時と場合によるとしか言えないが、少なくとも今のお前については特に心配するようなことはない。分かったらさっさと帰って寝ろ」

「そうですか。それは別に心配もしてなかったのでいいんですけど、一つ確認させてください」

「例のISについては調査中だ。今言えるようなことは何もない」

「そっちはどうでもいいんです。リーグマッチは結局どうなったんですか?」

「聞いていないのか? もちろんあの後中止になった」

「そうですか。ちなみに、当然優勝の特典は僕らにもらえるんですよね?」

 

 これがリーグマッチにおける俺の最後の仕事だ。

 

「リーグマッチは中止になったと今言ったはずだが」

「中止になる前に一組の優勝は確定しています。次の三組四組の試合の結果に関係なく。だから優勝の特典をもらう権利はあるはずです」

「行事そのものが中止になったのだから権利も何もないのではないか?」

「それってつまり全部なかったことにするつもりですか? じゃあ僕らの努力は全部無駄だったってことですか?」

「無駄なことなど何もない。貴重な経験は得られただろう」

「もらえるはずのものをもらえなかったらそれはやったことが無駄になったって話じゃないですか」

 

 中止の時点でそういうことになるだろうなとは思っていたが、それでも俺は抗議しなければならない。

 俺は最初にクラスメイト達を餌で釣っているのだ。

 

「人生とは往々にしてそういうこともある。だが得られた経験は必ず糧となる」

「なるほどそれはそうかもしれません。それならIS学園はそういう場所なんですね。努力しても全部無駄になるかもしれないけど目に見えない経験のために努力しろと。努力を続けていても目に見える形で報われないかもしれないけどがんばれって」

 

 俺に皮肉表現に対して織斑先生が絶対零度の視線で睨む。正直滅茶苦茶怖い。

 あのISの攻撃はまるで怖くなかったのに、視線だけで恐怖を感じてしまうのはいったいどういうことだろうか。

 

「お前は目に見えるものに囚われ過ぎているな」

「目に見えるもので釣っておいて何を言ってるんですか。それなら最初からそんなものは用意すべきじゃなかった。でも用意したということはそれが一年生にはモチベーションとして有効であることも分かっていたからだ。実際一組に限らず特典に気づいたクラスは目の色変えてます」

 

 俺はそのモチベーションを利用した形ではあるけれど。

 

「だがその努力の過程で皆多くの経験を得られたはずだ。確かに最初は特典が目的だったかもしれないが、今となってはもうそのようなものなど必要ないだろう」

「あってはいけないものでないのならください。むしろない方が僕らには、一年一組にとってはよくないです」

「ほう、その理由は?」

「IS学園を自分達が努力して出した結果を認めない場所に思えるからです。アクシデントを理由になかったことにされては、ここは何かと理由をつけてなかったことにする場所なんだと感じてしまいます。それとも本当にここは目に見えない貴重な経験なんかを前面に押し出して目に見える結果や評価を全て切り捨てる場所なんですか?」

「それは違う」

「それならください。僕らの努力の結果を認めてください」

 

 織斑先生が怪訝そうな顔をする。

 それはそうだろう。俺がそんな青臭いとも言えるような意見を心の底から思っている人間ではないのを織斑先生は知っている。

 俺の真意は何だと考えているだろう。

 

「これは認めるか認めないかだけの話ですよね? 元々用意されていたものなんだから、それ自体に問題は何もないはずです。そしてアクシデントがあろうがなかろうが、僕らはそれに値する結果を出している。それとも認めることによって何か困ることがありますか?」

「なるほどな、そういうことか」

 

 理解した織斑先生が苦笑する。

 俺は密室ではなく人前で、他の先生達が見ている中正論で突っ込んだ。

 前に敗北した際教えられた通り、徹底したのだ。

 徹頭徹尾、クラスの代表ではないがリーダーとして、正面から切り込んだ。

 弱みを突くでもなくひっくり返そうとするでもなく、一人の学生として先生に直訴をした。

 認めてくださいなのだから完全に弱者の立場だ。相手の胸先三寸だ。

 だが姑息なことは何もない。交換条件というような取引でもなく、認めないと後で後悔するぞというような脅しでもなく、純粋にそれだけをくれという要求、いや下からのお願いだ。

 

「どうかお願いします」

 

 そして俺は最後に頭を下げる。

 これ以上は何もないということを示すためだ。

 織斑先生から返答はない。きっとどちらにする方がいいか考えているのだろう。

 却下するのは簡単だ。何しろリーグマッチは途中で中止になってしまったのだから。

 しかしここにきて認めるという選択肢が浮かび上がってきている。俺の言った通り別に認めたところで特に困ることはないのだ。例年そういう話なのだから。

 案外俺ではなく別の生徒に言われていればすんなりと認めていたかもしれない。

 つまり織斑先生にとって引っかかるのは、言ったのが他でもない甲斐田智希であったという事実だろう。

 

「分かりました! 全部甲斐田君の言う通りです!」

「えっ?」

 

 しかし沈黙を破ったのは俺でも織斑先生でもなかった。

 

「そうですよね! みんなあんなにがんばって、しっかり結果も出したのに、全部なかったことにされたら絶対に嫌ですよね!」

「や、山田先生……?」

 

 俺の右側、織斑先生の向かいで、山田先生が泣いていた。というより涙を思いきり流して大泣きだ。

 俺はあの織斑千冬が思わず慌ててしまうという超貴重な光景を見ることができた。

 

「甲斐田君が心配するようなことは何もありません! IS学園は生徒の努力もその結果もしっかりと見ています! 結果を出したのに報われないなんてそんなことあるわけありません!」

「は、はい……」

 

 これは予想外だった。

 俺の青臭いとも言える論理は山田先生の方にクリーンヒットしてしまっていたようだ。

 いや、確かに織斑先生が認めやすい空気にしようとは思っていた。他の先生達が見ている前でやったのはそういう意味もある。たとえ織斑先生から俺のことを聞かされていても、実物の印象が違ったら一方的な見方はしないだろうと俺なりに考えて行動したつもりだ。

 だがまさか山田先生が織斑先生を押しのけて前に出てくるとは夢にも思わなかった。

 

「織斑先生! 明日の職員会議にかけましょう! 甲斐田君の気持ちは教師として認めてあげるべきことです!」

「そ、そうだな……」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 

 すかさず俺に頭を下げられ、織斑先生は一瞬しまったという表情を見せる。

 この瞬間から、少なくともこの件について織斑先生は俺の味方をしなければならなくなったのだ。

 そして職員会議の出席者たる先生方はほとんどが今起こったやり取りを見ている。誰がわざわざ反対するだろうか。例年そういう話で、別に認めたところで問題が生じるようなことでもないのだから。

 

「思い切って言いに来てよかったです。よろしくお願いします」

「任せて下さい! IS学園は生徒のみなさんのことをきちんと見ていますから!」

 

 笑顔で挨拶して、俺は振り返り来た道を戻る。医務の先生がぽかんと口を開けていたが、特に声もかけず職員室から出た。

 結局は全部相手に委ねる形なのだが、正直俺としては結果はどうでもいい。たとえ却下されたとしてもクラスの連中にそのまま伝えるだけだ。掛け合ったけど駄目だったと。

 無責任なようだが、これで俺の役割は完遂だ。責任を全部上に押し付けてしまったので、後は文句があるなら先生に言ってくれだ。もちろん無能云々は好きに言えばいいが、俺としてはやれることはやったと開き直れる。

 もっともクラスメイト達も途中からは特典のことなど全く気にしていなかったようなので、中止で特典もなくなったと言われたら仕方ないねで済ますのかもしれないけれど。

 校舎の外に出ようとしたところで、ようやく我に返ったであろう医務の先生が走ってきた。

 

 

 

 

 

 寮の食堂で食事を取った後、俺は着替えるため自分の部屋に戻った。

 だが一夏は不在だ。どこへ行ったのだろうか。

 部屋の中に入り、壁にかかった時計を見て気づく。一夏は今大浴場だ。そういえば、今日はリーグマッチお疲れということでわざわざ一夏のために大浴場を一時間だけ予約していた。

 俺が寮に戻って来られないかもしれないと聞いていたので、時間も決まっているし一夏は一人で行ったのだろう。

 時間的には俺もまだ間に合わなくはない。ゆったりはできなさそうだが。

 どうしようかと少し考えて、ふと、この時間だけは俺は部屋に一人であることに気づく。

 

 ドアの前に行き、鍵を閉める。なんとなく、そうしなければならないような気がした。

 それから窓側に行き、カーテンを閉める。なんとなく、そうしなければならないような気がした。

 そして自分のベッドの端に座る。するとそれを待っていたかのように、壁をスクリーンにして映像が映し出された。

 俺は部屋の明かりを暗くする。壁に映った先には、よく見知った人間が立っている。

 

 

「やあやあやあ! いっくんハーレムだなんて独りよがりで自分勝手なお節介はいい加減諦めたかな!」

 

 

 そこにはウサ耳つけた純愛主義者『篠ノ之束』が、笑顔で両手を振っていた。

 

 

 


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