IS 喜んで引き立て役となりましょう!   作:ゆ~き

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30.何かを変えるというのはそれだけで難しい。

 

 何かを変えるというのはそれだけで難しい。

 

 

 

 よく今までのやり方にこだわりすぎて失敗した、などと言ったりする。何かを変えることを嫌だと思う気持ちはどこから出てくるのか。今うまく行っているのだからわざわざ変える必要はない、変えたからといってうまく行くとは限らない、困るからこそ変化がある。なるほどもっともだ。

 変化とはこれから進む方向のベクトルを動かすことであり、今まで歩いてきた道はよくなかった、誤っていたとどうしても否定的な要素を持っている。変化に抵抗感を覚えてしまうのは今までの自分は丸ごと無駄だったと否定されてしまった気分になってしまうから、というのもありそうな気がする。

 よりよく、だけでは人の腰はなかなか上がらないのかもしれない。

 

 そういう意味では、今回の俺達は変化を必要としていた。だからこそ知らない人間からすれば博打以前の案にも乗ることができたわけだが、その前にクラスメイト達は現状から変化させることを決断していた。決断する前でもいいところまでは来ていたのに。一夏は鈴とそれなりの試合をできるだろうと俺だって考えていたのだ。

 しかし彼女達は勝つためにはどうしても決定的な要素が足りないと判断し、今の自分達の力では厳しいと否定までしてみせた。諦めが早過ぎる、失敗続きで弱気になっている、と最初に俺は思った。だがその後作戦を立てながらいろいろ話をしていると、数週間考えても出てこなかったのだから今の自分達の知識と経験だけではひねり出すことができないという結論に達してしまっていたそうだ。特に鈴に関してはそれ以前から手詰まり感がずっと続いていたらしい。ところが俺が特に深刻な顔をしていなかったこともあり、何とかなるんじゃないか的な空気でずるずる来てしまったようだ。

 なんのことはない。なあなあにしてしまっていたのは他ならぬ俺自身だった。一夏が訓練を続け、クラスメイト達がああだこうだと試行錯誤をする。それで俺は順調ではないかもしれないが少しづつ積み上がっていっていると安心してしまっていた。他のクラスよりも時間があるのだから積み上がる分だって多い。だからそれをもって絶対量で追い抜いてしまえばいいなどと今思えば全く意味のない感覚でいた。

 

 勝とうと必死なのは俺ではなくクラスメイト達の方だった。

 

 

 

 

 

「よお鈴、こうやって話すのは久しぶりだな。と言ってもその前が一年空いてたけどさ」

「一夏……」

 

 完全に鈴への信頼を取り戻し、一夏はすっかり笑顔だ。

 当然のごとく俺は一夏に対して脚色して話している。いや、クラスメイト達もその場にいたので全員にか。

 嫉妬云々については鈴の口から話させた方がいいだろうということで濁したが、一夏も察したようだ。それに元々試合が終わったらきちんと話すという取り決めもあるし、鈴が話す意思を持っていると分かればあえて追求もしてこなかった。

 

「おいおい、今から試合する奴の顔じゃねえぞ。もっと気合入れた方がいいんじゃないか?」

「そっ、それを言うならアンタの方がもっとじゃない。何ヘラヘラしてんのよ!」

「なんかそれ前にも言われた気がする。俺としちゃかなりいい状態だと思ってるんだけどなあ。そんなにムカつくか?」

「かーなりムカつくわね。今すぐその顔面にパンチ叩き込んでやりたくなるくらい」

「……やべっ、今リアルに想像しちまった。それだけはちょっと勘弁して欲しい」

「バッカじゃないの」

 

 いつも通りの一夏の姿に、鈴の肩に入った力が緩んでいく。

 どうして敵に塩を送るのかといつもであれば思うところだが、今回に限っては違う。鈴にはむしろガチガチで来られない方がいい。

 今鈴は悪態をつきながらも内心では尻尾を全開で振っていることだろう。一夏にいつも通りに迎えてもらえるなんて嬉しくて仕方ないはずだ。

 

「よし、ちょっとはやる気出たみたいだな」

「は? 一夏、あんたもしかしてあたしに気を遣ったとでも言いたいの? 何それ余裕じゃない」

「余裕か……そうだな、心の余裕だけはバッチリだな」

「そういう意味じゃなくて……」

 

 こういう噛み合わなさもまた俺達の日常だった。

 

「ま、なんでもいい。じゃあいい加減始めるぞ。これから鈴には教えなきゃいけないことがたくさんあるんだ」

「は? 教える? 一夏があたしに教える? 何をよ?」

「いろいろだよ」

「いろいろって何よ?」

「やれば分かるさ」

 

 笑顔のまま、一夏は自分のブレードを構える。それは対オルコットの時のような作ったものではない。中学時代悪友たちに囲まれている時の自然な、鈴が惚れてしまった笑顔だった。

 そういえば、IS学園に入学してからここまでリラックスできている一夏を俺は見ていない。

 釈然としないながらも鈴も自身の青竜刀を構え、いつもの織斑先生の号令が響き渡った。

 

 

 

 

 

 まず鈴が一夏に襲いかかる。

 真っ直ぐに突っ込み、これまで通り一夏に向かって青竜刀を振り回した。

 それに対して一夏は避けることに集中する。受けるでもなく、いなすでもなく、何より回避行動を再優先とした。攻撃を繰りだそうとしない一夏は今最大限の慎重さを持っている。

 しかしかといって逃げるわけではない。鈴はガンガン前に出てきているが、それに対して距離を取ろうとしたりはしない。あくまで至近距離での回避だ。ただ攻撃行動を行っていないというだけで。

 

「何よ。偉そうなこと言った割に避けるだけ? そんなんであたしに何を教えられるって言うのよ?」

「いやいや。ちょっとどんなもんか確かめてるだけだ。それにこのくらいよけられなかったらクラスのみんなを代表する意味なんてないからな」

「逃げるだけのくせに余裕じゃない。そういうのはまずあたしに一発当ててから言いなさい!」

「別に逃げてるつもりもないけど」

 

 一夏の言い分ではないが、この回避については俺の作戦など関係なくこれくらいという程度の話でしかない。

 一夏が今までやってきたことのほとんどは回避行動の練習だ。剣一本の武装に特殊な必殺技という極端な攻撃偏重のため、基本的に一夏は攻撃をもらうことが許されない。何しろ本来は防御のために使うべきシールドエネルギーを攻撃で使って消費するのだから。打鉄と似ているようでいてその本質は正反対のベクトルにある。

 だからこそ一夏は最初から回避についてだけは徹底的に鍛えられている。ほんの数日間とはいえ先輩達は一夏に回避行動の基礎を叩き込んでいた。見てから考えて逃げるようでは全く間に合わない世界だ。体で覚える必要がある。先輩達が抜けてからはクラスメイト達がその任務を継続した。

 また一組には得意分野においては鈴と同等以上の人間がいる。近接なら篠ノ之さん、射撃ならオルコット、その上技術はそこまでなくともパイロット班十数人による多彩な攻撃を一夏は相手にしてきた。

 その経験値からすれば、ただ避けるだけなら鈴の一本調子な攻撃など本来は造作もないことなのだ。クラスメイト達が鈴に勝てる気がしないと脅威を抱いてしまったのはもっと別の要因によるものだった。

 

「だったらせめて攻撃するフリくらいしなさいよ!」

「別にフリなんて必要ないぞ」

 

 言いながら、一夏は自分に向かって振り下ろされた青龍刀を綺麗に躱し、そのまま流れるような動きで鈴の脇腹にブレードを軽く当てた。

 ダメージを与えるつもりではなかったので鈴が吹っ飛ばされるようなことはなかったが、その代わりに鈴の目と口が大きく開いた。

 

「えっ?」

「やっぱお前これは穴だ。鈴と対戦した相手はみんなここを狙ってるじゃないか」

「は?」

 

 専用機に乗った鈴の技術は決してそこまで突出していない。それはここまでの試合を見ても明らかだ。

 三組代表も四組代表も五組代表も、鈴に攻撃を当てることはできている。威力が足りなかったりして十分な効果を上げることはできなかったが、それでも鈴の攻撃を躱した上で当てているのだ。

 まして最初から穴だと分かっていれば一夏にでもできることだった。

 

「鈴はちょっと自分の装甲に頼り過ぎてると思う。最初から耐えるつもりならいいかもしれないけど、避けるつもりのまで喰らってたらいけないな。反応しきれてない」

「い、一夏……? さっきから何言ってるの……?」

 

 一夏が攻撃する姿勢を見せていないというのもあるのだろう。鈴は一夏から少し距離を取って呆然とつぶやくような小さな声を発した。

 

「何って鈴の問題点の指摘。教えるって言ったろ?」

「そういうことじゃなくて……一夏は試合なのになんでそんなに普通なの? どうしてそんなに余裕そうなの……?」

「だって俺他の奴らとは違って鈴のこと全然怖くないし」

 

 周囲含めた相手に与える強烈なプレッシャー。これが鈴個人の持つ最大の力だった。

 

 

 

 

 

 鈴の試合を見た時、誰もが感じるのが、こいつは強い、だ。

 特別なことは何もしていない、基礎技術がしっかりしている、ぶれない。だいたいはそういう評価だ。俺が知るその精神とは正反対に、鈴の戦い方は常に安定している。

 正攻法で来て相手の対策など正面から叩き潰すため、小細工などとても通用しないように見える。正攻法で来るので合わせようにも正面からぶつかるしかない。そしてぶつかったとしても最初はよくとも次第に追い詰められ、いつの間にか鈴のペースにさせられてしまって負ける。自分のやり方を確立しているとはこういうことを言うのだろう、という感じだった。

 

 そしてそれを支えている最大の要因が、鈴の体から発せられる圧力だ。相手を押し潰さんばかりのプレッシャーは自然と相手を風下へと送る。離れて外から見ていてさえそう思えるのだ。実際目の前にした場合はいかほどのものだろう。

 青竜刀やISの見た目も一役買っているだろうが、対戦相手は打ち合い以前にまず鈴の気迫を受けなければならない。しかもそれが試合中ずっと続くのだから、精神的な重圧が相当なものになるのは間違いない。

 外から見ていたクラスメイト達は俺も含めて、鈴を対戦相手として見てしまいその圧力に飲まれてしまっていた。

 何をやっても通用しない気がする、じわじわと押し潰されてしまう気がする、そういう気持ちにさせられてしまうのは、鈴が何事においても動じず、弱点が全く弱点に見えないからだ。

 

「ふざけるなっ!」

「おっと、先に言っておくけど鈴、それを繰り返していつか当たればいいなんて思うなよ? 俺は日が暮れるまでお前の相手をする覚悟くらいしてきてるからな」

「その前にISのエネルギーが持つわけないでしょ!」

「どうだろ。ISって休んでれば回復するじゃないか。だったら休み休みやってればいつまでも続けられるってことだ」

「休み休みなんか誰がやらせるかっ!」

 

 鈴はいつもにも増して激しい攻撃を一夏に浴びせる。いつもの大振りではなくキレのある鋭い連続攻撃だ。やはり鈴はこういう技術も持っている。

 単純に攻撃手段として見た場合それはいつもよりも脅威だろう。だがそうする意味を考えると、今の一夏に対してそこまで圧力にはならない。今この場をしのげばそれで済む話だからだ。

 未来永劫続くかのように思わせる安定感こそが鈴の本質だ。勢いに任せたその場限りの攻撃など鈴の本質からはほど遠い。終わりのない恐怖だからこそ相手は自ら焦りを生み出し、挙句は自爆してしまうのだ。

 

「なんでだろう、普通は凌げるか分からないくらいの厳しい攻撃なのに、全然怖くない」

「いや、これなら無理などせず相手が切れるまで凌ぎきればいいと思えてしまうな」

「わたくしならこの攻撃中に次の展開を組み上げておこうと考えますわ」

 

 観客は大喜びしている。余裕綽々の一夏に対して鈴がとどめ以外でこれまでにしなかった激しい攻撃を行っているのだ。

 それは知らない人間からすれば鈴の新たな一面を見られたと、きっと興奮させられる出来事になるのだろう。

 

「織斑君に対して今それをやっちゃ駄目だわ。今のは後に取っておくべきだった」

「自ら相手の言い分を認めた挙句に疲労とは、自分から泥沼に突っ込んで行っていますね」

 

 だが俺達は鈴から距離を取ってしまったがゆえに、鈴のことがよく見えるようになった。

 今鈴は自分の領域に相手を引き込むのではなく、一夏の大きな腕の中に取り込まれようとしている。

 

「くっ……!」

「お、ようやく息切れしてくれたか。やっぱお前すごいわ。俺にはちょっとそこまで続けられる気がしない」

「よっ……余裕じゃない……。全部……見切ってたって言うの……?」

「別にそんな焦らなくても息整うまで待つぞ。でもそうだな、鈴ほどの長さはなかったけど、怖いだけなら箒の方がよっぽどだ。あいつ本気で俺のこと殺す気じゃないかってたまに思うし」

「何よそれ……怖いって何よ……」

 

 途端に篠ノ之さんが頭を抱えて悩み始めた。褒められたのかけなされたのか判断がつかなかったらしい。

 それに対してオルコットが十分褒められているから安心しろと優しく上から諭していた。

 

「あ、でも怖いって言ったらセシリアもそうだな。殺気もなんにもないところからいきなり撃ってくるし。ほんと油断ならないっていうのはああいうことなんだろうな」

「……」

 

 今度はオルコットが怯え始めた。これは遠回しな拒絶ではないかと両手を頬に当てて震えている。

 その姿を見た篠ノ之さんが立ち直り、オルコットに対してそれは認められている証だと上機嫌に上からフォローした。

 

「それにクラスメイトのみんなには散々驚かされたな。そこでそういうことしてくるのかって何度もびっくりしたし。でもそういうのが積み重なってくると大抵のことはまあそういうこともあるかなって気にさせられるぞ」

「もういいわよ。十分に息は整ったから」

 

 あちゃーまだ名前出してもらえないかーと、相川さんが額に手を当てて天を仰ぐ。

 それに対しては努力すればいつか報われると、完全に立ち直った二人が満面の笑顔で無責任に声をかけていた。

 俺は言いたい。下を見てないで上を見ろと。

 

 

 

 

 

 息が整った鈴は頭の方も熱が引いたようだ。

 これは自分のやり方ではないとさすがに悟った。

 そして最初からやり直しだとばかりに、改めていつもの攻撃を繰り出してくる。

 

「おいおい鈴、まだそれをやる気か? いくらやってもそれじゃ変わんないぞ」

「何が変わらないって言うのよ!」

「いつまで経ってもお前のペースにはなんないぞってことだ。それが通用しなかった時、お前はどうするつもりだったんだ?」

「え?」

 

 いつもの攻撃については一夏はもう覚えてしまっている。だからこうやって声をかける余裕さえあるのだが、鈴は一夏の言葉に対してあっさり反応してしまった。

 普通なら挑発とも思えるような発言なのに、鈴はそのまま受け止めてしまっている。やはり鈴は一夏の前では普通になれない。

 

「俺を叩き潰すんじゃなかったのか?」

「言われなくても!」

 

 今度こそ挑発だと理解したのだろう。鈴は少し後ろに下がって、左手にもう一本の青竜刀を出す。そうして二刀流となって武器を構えた。

 

「だよな」

「何が分かってるって言うのよ!」

 

 今度は二本の剣で一夏に襲いかかる。

 普通のISなら一本で十分なブレードをわざわざ二本用意したと言うのは、もしかしたら本来の鈴はそれを得意としていたのかもしれない。

 だが今の鈴は専用機に乗った鈴だ。どうしても同じようにはいかない。

 そして最初から一本しかないブレードで受ける気などさらさらない一夏にとっては、回避の対象が一つ増えた程度にしかならなかった。

 何しろ一夏はオルコットによるビットの複数同時攻撃を何度も受けている。回避対象を複数意識するのは既にできることなのだ。それが高度に連携された攻撃だったらまた話は別だったかもしれないが、鈴の二振りの青龍刀は息が合っていなかった。これもまたきっと感覚が追いつかないことによるものだろう。

 おそらく一夏にとってはその前の連続攻撃の方が脅威だったに違いない。

 

「昨日から疑問だったんだけどさ、お前どうして最初から二本出しておかないんだ?」

「はあ!?」

「そっちの方が得意なら途中から出すことないじゃないか。実は二本持ってましたとか言えるのは一回きりだぞ。それだけのためにわざわざ最初を一本にするとかおかしくないか?」

「何が言いたいのっ!? あたしがどういう戦い方しようが勝手じゃない!」

「お前がどっちがいいんだよ? 一つを極めたいのか? それともなんでもできるようになりたいのか? 選べるって幸せなことだと俺思う」

 

 選択肢すらなかった一夏が言うと身につまされる話かもしれない。

 

「それがどうしたって言うのよ!?」

「やってることが中途半端なんだよ。さあ二刀流は俺には通じなかったぞ? 次はどうすんだ?」

「あたしはいつだって全力だ!」

 

 一夏がわざわざ距離を取ってくれたこともあり、鈴は左手の青竜刀をバススロットにしまって銃を出した。そして一夏に向かって激しく乱射する。

 

「おっと、出したからには俺に当ててくれるんだろうな? 言っとくけど俺は昨日の四組代表より当たんないからな」

「当ててやるわよ!」

 

 だが悲しいかな、鈴の射撃の腕は四組代表には遠く及ばない。昨日の四組代表との試合では牽制に使うことしかできなかった。最初からそのつもりだったということは、自分ですらその技術を信頼していないことに他ならない。

 一方一夏は四組代表による超高火力な銃二丁の激しい攻撃を回避してきている。しかもあの銃達は息の合った連携さえ見せていた。威力はそれなりにあるのかもしれないが、それだけでは絶賛回避特化中の一夏を追い込むことなどできない。

 

「まだ続けるか? いいぜ。今日俺はとことんまで鈴に付き合うって決めているからな!」

「うるさい! うるさいうるさいうるさいっ!!」

 

 そしてついに鈴の奥の手、衝撃砲が発せられる。

 鈴の両肩から見えない砲撃が一夏に向かって放たれたようだ。

 だが一夏はイグニッション・ブーストで軽く回避した。

 

「嘘……!」

「おいおい、二度も目の前で見せといてまさかタネが割れてないとか考えるなよな。見えないと言っても静止しなきゃいけない上に溜めが必要なんて、知ってたら俺でなくても避けられるぞ」

 

 今度こそ鈴が青ざめる。

 夜竹さんはあのバカさ加減はいったい何だったのかと言うくらい、しっかり鈴の姿を鮮明に撮影していた。

 そしてその映像をクラスメイト達が見たところ、あっさりと不自然さの原因に気づいたとのことである。

 鈴の問題か機体の問題か、鈴の衝撃砲はすごそうでいてばんばん連発できるものではなかったのだ。

 俺だったらそんな武装を一夏が持っていたら真っ先にその訓練させている。だが鈴はそれをしなかった。いや、そこまでできなかった。

 

「何よ……やっぱり智希の言う通りだったって言うの……?」

「またあいつなんか言ったのか?」

「あたしは一夏には勝てないって……」

「あのなあ、勝てないも何もまだお互い何もしてねえぞ。俺も鈴もエネルギー満タンじゃないか」

「で、でも……あたしにはもう何も……」

「たった一発外した程度で何言ってんだ。だいたい俺が全然攻撃をしなかったのはどうしてだか分かるか?」

 

 

 

 ああ、やっぱり言ってしまった。

 俺はそのまま鈴を失意の底に落としてしまえばいいと言ったのに、一夏は頑として譲らなかったのだ。

 

「え?」

「避けるのに必死だったからに決まってるだろ。あんなメチャクチャに突っ込んでこられて、それを躱しながら攻撃するとか絶対にムリ」

「は?」

 

 さも当然のよう言われて鈴が困惑する。分かってはいたが俺もあまりのもったいなさに天を仰いだ。

 このまま鈴を沈めていたら一夏はものすごい評価を得られていただろうに。

 

「というかさ、お前俺がここまで言ったこと全部俺が考えたとか思うか? 我ながらエラソーだなって思いながら言ってたけど、鈴にとって俺ってそういうキャラか?」

「言われてみれば……」

「たった二回見ただけで何もかも分かるとかないわ。どんな天才だよ」

 

 忸怩たる思いはあるが、実のところこれはこれでありだと俺は考えている。

 もはや俺の得意技たるハッタリによる勘違い作戦は、作戦を行う当人によってそこまでやる必要はないと否定されてしまっていた。

 だが一夏のやりたいことを実現させるためには、何よりまず鈴に聞く耳を持たせなければならない。

 だからまずは鈴の戦意を削がなければならないと一夏を説得し、試合の前半はこういう方向性となった。

 そしてここからは後半戦、一夏ワールドの到来だ。鈴は既に半分以上飲み込まれている。

 

「で、でも実際に理解してるじゃない」

「それは二回じゃなくて三十回だからだ。いや、実際はそれ以上だろうけどな。クラスのみんなが必死になって見てようやく発見してくれたことだ。俺は言われなきゃ絶対に分かんなかった」

「一夏……?」

 

 三十回という数え方はさておき、まだ鈴には一夏の言いたいことは分からないだろう。

 一方それを理解しているクラスメイト達は、今食い入るようにモニターを見つめている。さっきまでは脳天気に遊んでいたというのに、切り替えが早いと言うか現金と言うか。

 

「ここまで来たらもうぶっちゃけるぞ。さっき俺お前に穴とか言って弱点教えたけど、あれ実はほんとギリギリだった。軽く当てるので精一杯って言うか、あと少しでも踏み込んでたら鈴の次の攻撃もらってたな」

「一夏!?」

「そもそも俺って攻撃については全然自信ないんだよなあ。当たらないのが当然と思えとか最初先輩に言われた時はムカついたけどさ、実際やってみたらほんとその通りで」

「一夏落ち着いて。ただの愚痴になってる」

 

 鈴が模擬戦の対戦相手を心配するというよく分からない事態になってきた。

 これぞ織斑一夏の独壇場と言える。

 

「わりーわりー。つまりさ、散々攻撃躱されてお前は俺のことすごいと思ったかもしれないけど、すごいのは実は俺じゃなくてクラスのみんななんだよ」

「一夏……」

 

 鈴は一夏の綺麗な笑顔に吸い込まれる。待機室に漂うのはうっとりとしたピンク色の空気だ。

 

「みんなは本当にすごかったぞ。この動きはこういう意味だ。この場合鈴はこう動く、だからこう躱せって、何から何まで教えてくれた。俺はその通りにやっただけだ。鈴がすごいと思ったのは俺じゃない」

「それは……」

 

 頭で理解したとしてもそれを本番で完璧にやってしまえるというのはとてもすごいことだと俺は思う。しかも試合という真剣勝負の中で。

 ましてそれをISでともなれば、鈴はいずれ別の意味でその凄さを知ってしまうのだろう。

 

「鈴の戦い方にしたってそうだ。鈴はこんな武器を持っている。こういう使い方をしてくる。これはこういう狙いを持ってやっている。全部分析してくれた。だから後は俺がそれを実際にやれるかどうかだった。そしてそれはできなかった」

「できなかったって、今思いっきりやってみせたじゃない」

「やってないぞ。避けるだけで精一杯で、とても攻撃まではできなかった。智希はできると思って作戦を作ってくれたけど、俺の方に実力が足りなかった。本当はもうちょっとやれるつもりだったけど、ちょっと当てるだけで限界だ」

 

 時間があればできたのは間違いない。残念ながら半日では一夏の頭の中に詰め込むので精一杯だった。

 何が悪いと言えば俺が気づくのが遅れたのが悪い。気づいただけまだマシという程度で。

 

「ま、今日はできなかったけど、訓練してそのうち見せてやるよ。来月か再来月か二学期になるかは分かんないけどさ。でも鈴、それはお前も同じだぞ」

「あたし?」

「だってお前、自分の専用機を全然使いこなせてないだろ。武器どころか自分の思うように動けてさえいないんだろう?」

「……!」

 

 俺が鈴の事情に気づいて、そして勝てると思った要因はこれだ。

 鈴もまた時間がなさ過ぎて、専用機を自分のものにできていない。一夏と戦った時専用機に乗って三ヶ月だったオルコットでさえできていなかったのだ。下手をすればその半分しかない鈴ではどうしたって時間が足りない。

 その上一夏達は困らなかった専用機の感覚を掴むことにまで時間がかかっている。それまでに培ったISの操縦技術で無理矢理どうにかしているようだが、やはり自分のイメージからはほど遠いのだろう。あっという間に余裕がなくなってしまったのもきっとそういうはがゆい感情が働いていたと俺は想像している。

 

「あ、これも俺が気づいたんじゃないからな。これは智希だぞ。鈴なんて実は全然怖くないって智希が言ったんだ。クラスのみんなは鈴には勝てる気がしないって言ってたのにさ」

「やっぱりあいつか……」

「待て待て、智希はお前の心配だってしてくれてるから。昨日いろいろあったんだろ?」

「智希に対して感謝しておけって思いっきり言われたわよ」

「だろ? あんな感じだけど、あいつはきちんと考えてる。少なくとも俺達以上に考えて、答えを出してくれてる。そして今俺達はもう何も考えずにこうやって勝負するだけいいんだ」

 

 いやいや、考えろ。そして勝ってもらわないと今まで俺のやってきたことが台無しだ。

 ただ鈴のフラストレーションを解放しただけでは何も意味がない。

 

「一夏……」

「さあ鈴、構えろ。お前も剣一本だけならまだどうにかできるんだろ? 俺だって同じだ。未熟者同士勝負するにはもってこいじゃないか」

「言うじゃない。いいわ。それでもあたしは一夏に勝てるってことを証明してあげる」

 

 一夏が笑いながらブレードを構え、鈴も強気に返して自分の銃をしまう。

 よかった。これだけは俺が絶対に譲れないと一夏に約束させた条件だった。やり合うときはブレード一本だけの勝負にする。

 最後の作戦会議で俺はこの際鈴を徹底的に叩きのめすべきだと主張したが、一夏はそこまでする必要はないしやりたくないと拒否した。

 また一方で一夏は、どうしても鈴に自分の考えを伝えたいから協力して欲しいと珍しく要望を口にする。

 久しぶりに俺達の間で意見が対立することとなったが、試合をするのは俺ではなく一夏だ。納得されないまま強行して中途半端なことをされるよりはと俺は譲歩し、またクラスメイト達も間に入ってくれて作戦は組み直された。

 ただ俺にとって何より勝利は絶対条件だ。そのために最後勝負を持ちかける時はブレード一本同士でやれと、それだけは一夏に条件をつける。一夏もそれは別に構わないと軽く受けた。

 テンション上がりすぎて言うのを忘れたりしないだろうなと不安だったが、一夏はしっかり覚えていたようだ。

 

「悪いな。でも勝つのは俺だ。別に智希に言われたからってわけじゃなく」

「それはすぐに分かることよ!」

 

 鈴が一夏に向かって飛びかかり、ブレード一本同士の打ち合いが始まった。

 

 

 

 

 

「よっしゃ! ほら見ろ俺にだって普通に当てられるだろ!」

「こんなのかすっただけよ!」

 

 鈴は大したことではないかのように言うが、それはかろうじて完全な直撃を避けられただけだ。

 

「危ねっ! 今のはやばかった」

「思いっきりもらっといて何でもなかったかのように言うんじゃない!」

 

 一発で済んで助かった。

 

「さっきから思ってたけどお前、そんな休みなしにやってたら余計に疲れるだろ。もうちょっと余裕を持ってやった方がいいんじゃないか?」

「それを言うならあんたこそ、ほんと単発攻撃しかしてこないわね。もしかして一夏ってチキンなの?」

「単発ですら喰らってる奴に言われたくないな。ぶんぶん振り回してやっと一発当てるよよりはよっぽどマシだ。無駄に振り回してご苦労さま!」

「はあ!? あんたほんとに攻撃の何たるかが分かってないわね!」

 

 一撃必殺が一夏の基本スタイルなため、休みなく攻撃を仕掛けるような連撃についてはあまり練習していない。鈴のようにここぞで畳み掛けるまでもなくその前に相手を沈めてしまうということもある。

 そしてその大きな要因たるエネルギー無効化攻撃を使っていれば、この試合だってとうに終わっているはずだった。だがどうやら一夏は自らそれを封印してしまっているようだ。鈴が衝撃砲を使わないのだから自分も使わないということなのだろう。最後の最後で失敗してしまった。きちんとそこまで言い聞かせておくべきだった。

 

「織斑君はここにきて相打ち作戦なんか覚えちゃったの? 確かにそれならこっちの攻撃を当てられるかもしれないけど」

「昨日の試合ですね。エネルギー無効化攻撃を使うつもりがないのであればいいかもしれませんが、自分で合わないと言っていたのにわざわざ使うとは……」

「そんな作戦なんて上等なもんじゃないよ。単に避けきれてないだけだ。今の一夏は攻撃に意識が向き過ぎてる。ちゃんと回避を意識すればできるのに、そのあたりのバランスを取れないのが本当に一夏の悪いところだなあ」

 

 一つのことだけなら完璧にできても複数同時に何かをやらせると途端にできなくなるのが一夏の短所だ。

 回避だけを意識すれば鈴の攻撃などもう当たらないのは分かっている。だがそこに攻撃という要素を加えてみるとご覧の様だ。

 こういうことがあるから、一夏は鈴とそれなりには戦える、というところから俺達はなかなか先に進むことができないでいた。

 

「織斑君は自信満々だったけど、これで大丈夫なの? 岸原さん、事実上の相打ち状態で、三組代表の時のように勝てそう?」

「は、はい。それが……このまま進むとよくないと思っていたのですが、先程から織斑君の回避精度が上がってきていて……」

「え?」

 

 モニターを見れば一夏は相変わらず元気な顔をしているが、鈴の方が息切れし始めていた。この光景はどこかで見たことがある。

 

「篠ノ之さん」

「ああ、これは私が一夏にエネルギー無効化攻撃なしで負けてしまうパターンだな」

「えっ、それってパターンも何も今まで二三回くらいしかなかったよね?」

「まさか一夏さんはこの場でそれをやってのけようとしているのですか!?」

 

 全てが噛み合った一夏は時に篠ノ之さんさえも完封してしまうことがある。だが今の一夏はとてもそういう状態ではない。明らかに攻撃に意識が傾いていて、誰の目にも完璧だと思えるような動きなど全くしていない。

 

「でも今の一夏は」

「別に完璧である必要などないだろう。要は私に勝った時と同じ道をたどればいいだけの話だ」

「それを一夏は今意識してやっている?」

「その場の思いつきでやっている……といつもであれば思うところだが、一夏は最初からそのつもりだったのだろうな。試行錯誤どころか迷いさえ見られない」

 

 打ち合いなら一夏の方に分があるというのは、何よりエネルギー無効化攻撃あっての話だ。最後鈴と打ち合いの勝負をしたいと言った一夏に対して俺達はそれ込みで許可を与えたつもりだった。

 だがはっきりさせていなかったがゆえに、俺達と一夏の間で齟齬ができていた。一夏はブレード一本を同じ条件で戦うと捉え、エネルギー無効化攻撃は使わないものだと判断してしまっていた。

 ではどうやって最後鈴に勝つのかという話になるのだが、一夏は自分でその手段を用意している。しかもその場で思いついたわけでもなさそうだ。さては自分で考えついたものだからあえて指摘をしなかったな。

 とりあえずは終わったら全員の前で正座させて説教タイムだ。

 

「どうした鈴? また待った方がいいか?」

「ふざけ……やっぱりこうなっちゃうのか……。同じ条件でやられたらもう言い訳すらできないわね」

「同じ条件? 全然違うだろ。俺と鈴は全然違う」

「え? それってどういう……ま、まさか……」

 

 鈴の目が震える。一夏の口から一番聞きたくない単語が出てくるかもしれないからだ。

 もし才能という単語が飛び出してきてしまったら間違いなく鈴の心は折れる。他人ならまだしもそれを当人に言われてしまっては。

 

「鈴は一人だけど、俺は三十二人だ。それが俺と鈴の大きな違い」

「えっ?」

 

 待機室の中にいるクラスメイト達が揃って息を呑んだ。

 

「あ、別に鈴には味方がいないってことじゃないぞ。お前にだって整備士さんとか他にもアドバイスをしてくれてる人はいるだろうし」

「な、何の話?」

「鈴は自分以外の気持ちは背負ってなくて、俺は自分含めてクラス三十二人分の気持ちを背負ってる。それが違いだ」

 

 ここから続く一夏の言葉を聞いて、俺は自説を譲歩した。

 

「自分以外ってそんなの……」

「重いか? 嫌か? 俺は嬉しいって思うな」

「そんなわけ……」

「あるぞ。みんなが俺のことを信じて託してくれてるんだ。こんなに嬉しいことはないじゃないか」

 

 気負うでもなく本心で平然と言ってのけるのだから本当に一夏は恐ろしい。

 心の底からクラスメイト達を、そして自分を信じきっている。

 織斑一夏は自分が仲間から期待されることを素直に喜べる人間だった。

 

「なんで嬉しいとか思えるのよ……?」

「だって俺自身が認めてもらえたってことだろう。こいつはダメだと思ったらさすがにそんな奴のためにあそこまで一生懸命にはなれない。さっさと代表降ろされて終わりだったろうな。それに箒だってセシリアだってもっとできる人はいた。でも俺を信じて全部託してくれたんだから、そりゃ嬉しいよ」

 

 正確に言うと俺がそうさせないように動いたというのもあるが、それでもクラスメイト達は整備班といえど今や一夏の実力を完全に認めている。自分達の期待に応えて、さらにその上を行ったからだ。

 

「で、でも、だからってそれで何かが変わるとはあたし思えない……」

「全然違うぞ。だって俺は鈴と一人で戦ってない。いつだって俺はみんなと一緒に戦ってる。後ろから気持ちって言うか声が聞こえてくる」

 

 会議で一夏がこれを言った時クラスメイト達は泣き出した。パイロット班は言うに及ばず、それ以外の指揮班や整備班の連中までだ。

 今は二度目なのでさすがに泣いてまではいないが、ほとんど泣きそうな顔で必死に堪えているようだった。

 

「嘘……」

「幻覚とか言うなよ。今まで言われてきたことが浮かんでくるって話だ。ここはこうしろ、次はああしろって考えるまでもなく聞こえてくるんだ。そりゃあ鈴もすごいって思っちゃうよな。なにせ三十二人と戦ってるんだから」

 

 あ、岸原さんが泣き出した。

 

「鈴、気持ちを背負うってそういうことだ。やらかして気づいたけどみっともない真似なんて絶対にできないと思うし、確実に自分の力になる。そういう意味で、俺は一人で戦ってる鈴には負ける気がしなかった」

「そういうこと……。だからあたしは一夏には勝てないんだ……」

 

 続いて谷本さんがもらい泣き。その隣の布仏さんは珍しく真剣な表情だ。

 

「と言ったって別にこれは俺しかできないことでもないぞ。鈴だってやればいいじゃないか」

「あたしが……? で、できるわけないでしょ! そもそもどうやってやればいいかも分かんないし……」

「そんなの簡単だ。助けてって周りに言えばいい」

 

 これだけは絶対に言わせてくれと、一夏は俺達に向かって手を合わせて頼んだ。

 それは模擬戦中でないと駄目なのかという俺の問いに対しては、鈴が絶対に逃げられない場所だからとのことである。今思いついたことではなく昔からそう考えていたようで、話をしようとしても鈴はすぐに話を逸らして逃げてしまっていたそうだ。

 必ず勝つからやらせてくれと、最後一夏は土下座せんばかりだった。俺の中で土下座の価値が急激に下がってしまっているのでしようがしまいが答えは変わらないのだが、勝利が前提にあるのであれば俺にとってもそこまで悪い話ではない。どこかで鈴の意識については何とかしなければならなかった。本人以前に一夏にとっても害悪だからだ。

 

「それって……」

「自分でどうにかできないならどうにかしなくていいじゃないか。答えを持っている人か、一緒に考えてくれる人に助けてもらおうぜ」

「そんな、人に頼るとか……」

「鈴はどうしてそれをイヤだって思うんだ? 頼っても頼らなくても出てきたものは周りからすれば一緒だぞ。さっき鈴が俺に対してすごいと思ったことは全部俺が考えたことじゃないけど分からなかったろ?」

「そうじゃなくて……あたしの気持ちが……」

 

 今鈴は駄々をこねているようで、一夏から答えをもらおうとしている。

 たとえ後で本心を伝えて謝ったとしても、事実は変わらない。自分の才能が一夏よりも圧倒的に劣っていると思えてしまう劣等感は鈴の中には残ったままだ。

 そこに光明が見えてくるともあれば、鈴は是が非でも聞かずにはいられない。

 

「別に助けることって上の人間が下に向かってすることじゃないぞ。そもそも人間には得意不得意があるだろ」

「でも……」

「他の何もかもが劣っていたとしても、その人だけが分かってることもある。俺はISのことをいろいろ鈴に教わったけど、それでも少なくとも一つ鈴に教えられることがある」

「な、何よ……?」

「専用機に乗るときの感覚だよ」

 

 鈴が目を見開く。

 それこそが鈴の一夏に対する嫉妬の原点だっただろう。

 

「きっと鈴はいまだに自分の専用機を量産機に乗るときの感覚で無理矢理動かしてるんだろ。それをやれてるだけで俺には尊敬ものだけど、専用機は専用機のやり方で動かした方がいいに決まってる。そして俺はそれを鈴に伝えることくらいはできるんだ」

「い、いいの……?」

「なんでいけないって思うんだよ? 人に教えてもらったら何か違うのか? 別に自分の力だけで掴まなきゃいけないってこともないだろ」

「そ、それは……」

 

 最後に残るのは鈴のプライドだ。

 これを貫いた場合、自分の中ではこだわり、他人からすれば意固地となる。

 

「俺は今の鈴には勝てると思うけど、専用機の感覚を掴んだ鈴には分かんないな。だって自分の思い通りに動けるんだぞ?」

「……!」

 

 上を目指す人間なら最初から選択肢などないはずなのだ。

 もちろん結果よりも過程にこだわるのであればまた話は別だ。いくら時間がかかろうと自分の力で乗り越えることが何より大切になる。

 だが上を目指し結果を求めるのであれば、そんなプライドなど小さなものとして投げ捨ててしかるべきだ。感覚とはいえ極端な話知っているか知らないかだけのことなのだから、さっさと教わって知ってしまえばいい。

 結局鈴にとっての才能とは自分の力だけでできるかどうかでしかない。ならば相手よりも劣っていようが、他人の力を借りてでも結果で上回ればそれは鈴にとって勝利になるはずだ。

 

「な、鈴。そうしようぜ?」

「ふふっ……本当に一夏には敵わないわ」

「お、もしかしてまた俺のことすごいと思ったか? 残念、これもまた智希でした。あいつ鈴のことは全部お見通しみたいだぞ」

「結局は智希か……。ていうか一夏の口から言わせるとかあいつってほんとイヤな奴ね」

 

 一夏と鈴が俺を肴に笑い合う。

 それはいいが鈴はさっさと降参してくれ。すっかり一夏に乗せられているが今は模擬戦の最中なのだから。

 このまま戦わずに会話ばかりだといきなり織斑先生が両者負けとか言い出しそうで怖い。

 一応俺的には観衆にも配慮してエンターテイメント性を加えてみたつもりで、数千人もいる観衆は野次を飛ばすようなこともなく一夏と鈴の会話を聞いてくれている。たまたまそうなったという部分も多々あるが、学生のやる会話としては上々だというのもあるだろう。また役者二人が俺の策など知らずに本気でやり合っているのでそこまで嘘臭いようなこともない。

 鈴を叩きのめせないならせめて一夏アピールをしようという苦肉の策だが、果たして。

 

「さてと、じゃあ一夏、いい加減決着をつけるわよ」

「え、まだやんの!?」

「当たり前よ。あたしはけじめをつけないといけないんだから」

 

 晴れ晴れとした笑顔で、鈴は自身の青竜刀を構える。

 一夏も鈴の顔を見て理解したのだろう。おかしそうに笑って、それからブレードを構えた。

 

「お前ってほんとめんどくさい奴だな」

「そうよ、あたしはめんどくさい女なのよ。だからこうする必要がある!」

 

 言い終わるか終わらないかぐらいで鈴は青竜刀を大きく振りかぶって一夏へと突進する。

 その何の変哲もないただの突撃を一夏は軽く躱し、そのまま流れで鈴の体へと光り輝くブレードを叩き込んだ。

 完全な直撃を受けて鈴の体は大きく吹っ飛ばされる。やがて地面へと落ち、しばらく転がって止まった。

 

「やべっ、もしかしてやり過ぎたか!?」

「ちょっと一夏!」

「すまん!」

「すまんじゃない! あたしにあそこまでやらせといてどうして一撃で終わらせないのよ! あたしまだエネルギー残ってるじゃない!」

「そっちかよ!」

 

 一夏らしい。実に一夏らしい。

 だが、鈴の言う通りそこは綺麗に決めて欲しかった。

 せっかくこの上ない終幕を迎えることができそうだったのに、血の涙を流したくなるくらい残念だ。

 

「まったく……」

「そんなこと言われても……そもそも一撃で倒せとかそっちの方が無茶だし……」

「はいはい。もういいわ。降参! あたしの負け!」

「鈴」

 

 降参と言いながら、鈴は腰に手を当てて勝ったかのように笑顔だった。

 会場から拍手が湧き上がる。歓声ではなく、拍手によってアリーナは包まれた。

 

「鈴、これからがんばろうな」

「何よ、やっぱり余裕じゃない」

 

 近寄って来た一夏に手を差し出されて、鈴は強く握り返す。

 

「でも、次は負けないからねっ!」

 

 涙をこぼしながらも、鈴の表情は晴れやかだった。

 

 


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