IS 喜んで引き立て役となりましょう!   作:ゆ~き

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3.俺の計画がうまくいっていないのはどう考えても俺が悪い。

 

 

 

 俺の計画がうまくいっていないのはどう考えても俺が悪い。

 

 

 

 今俺は海よりも深く反省をしていた。

 もちろん食堂で一夏を放置したことに対してではない。それはだいぶ前に三秒で済ませた。

 すなわち、一夏を注目させなければならないのに俺が目立ってどうする、というごくごく当たり前の事実に対してだった。

 

 目の前では副担任の山田先生がこのISの学園で過ごす上での注意事項を説明している。

 それはどちらかというと入学の際に配られた資料の確認のようなもので、特別目新しいことを言っているようではなかった。一夏が初めて聞くかのようにふんふんと頷いていたので、もしかしたら主に一夏に聞かせるためなのかもしれない。

 というわけで俺は遠慮無く思考の海に沈むことにした。

 

 なぜあの時食堂で俺は自分が目立つような真似をしてしまったのか。

 生徒会長が小芝居を始め俺をその舞台に誘った瞬間、なぜだかこれは台無しにしなければならないという妙な使命感に駆られてしまったのだ。

 彼女ならいいリアクションを見せてくれるに違いないと信じ、そして実際に魅せてくれ、最後は綺麗にオチがつくというこの上ない結末にまで高まった。

 負け犬として逃げ去る後ろ姿を見ながら、彼女には間違いなく芸人としての素質があることを俺は感慨深く確信していた。

 

 だがそんなことは端から端までどこからどこまでもどうでもいいことで。

 助けに入らせるために一夏を放置していたのに、実際助けに入ってきた人を俺が追い払ってどうする、という本末転倒主客転倒一体お前何がしたかったの的自己矛盾な行動を、心の底から反省しなければならない。

 

 やはり俺もIS学園に入学して環境が変わり多少浮かれているのだろうか。

 オルコットはともかく、クラスメイト達は想像以上に友好的だった。多少女性上位的な感覚は持っているものの、だからといってあからさまに敵意を向けたり嘲笑ったりするようなことはない。オルコットにしても男だからと無条件に罵ってはこなかった。

 中学までの扱いとは雲泥の違いで、以前はもっと嫌な視線を浴びたものだった。だがまだ一日ではあるものの、ここではそういう視線を感じない。

 とはいえさすがに差が極端すぎるので、きっと織斑先生あたりがこのクラスにはそういう人達を集めたのだろうと思う。

 オルコットの時はさあ来たかと思い、この手合いが次々やって来るのかと構えていたが、クラスメイト達の雰囲気はむしろオルコットに対して否定的だった。

 投票の時オルコットに投票した連中も、オルコットに賛成したというよりは一夏が嫌がっているから押し付けたくないという良識派的な態度に見えた。

 ここで生活していく上で結構なことなのは間違いないが、俺の予想とだいぶ違っていたのも事実だ。おかげで拍子抜けと共にかなり俺の計画に狂いが生じてしまっていた。

 

 そもそも、俺はまずここで味方を作らなければならないと思っていた。

 女にしか扱えないはずのISを動かしてしまった一夏や俺に対する反発は相当なもので、新聞やテレビでは否定的懐疑的な反応が大きな割合を占めていた。

 そんな中女性上位主義の象徴であるIS学園に男が入学するというのは、敵地に突入するも同然だ。まず何より味方を作って足場を固めないことには何もできない、と俺は考えていた。

 

 ところがそんな雰囲気は微塵もなくクラスはのんびりと穏やかな空気で。

 友好的な人とそうでない人を見分けなければと意気込んでいた俺の出鼻はあっさりくじかれてしまった。

 肩透かしを食らって気が緩んでいたというのはきっとあるだろう。

 だから食堂で余計な悪戯心に従ってしまったのかもしれない。反省終わり。

 

 とはいってもマイナスからのスタートでないことは大いに歓迎すべきことだ。

 男に否定的な女子が一夏を前にコロッと態度を反転させてしまうのもいいが、元々好意的であれば一夏への好感度を上げることもやりやすい。

 まだ一夏は顔と雰囲気以外でクラスの女子にかっこいいところを見せていないので、これから見せていけば次々と虜にしてくれることだろう。

 

「はい、ではこれでショートホームルームを終わります。放課後はどこかを見学するもよし、寮でゆっくり休むのもよし、まだ初日ですから焦ることは何もないですよ」

 

 あれこれ考えている間に山田先生の説明が終わった。さてようやく放課後だが何をするか。

 やはりまずは一週間後の模擬戦の対策を一夏と考えるのが先だろうか。

 

「ああ甲斐田、さっそくお前に仕事がある。一緒に職員室まで来てもらおうか」

 

 と思ったら織斑先生直々にご指名を受けてしまった。もしかしてこれから一週間こき使われ続けてしまうのだろうか。

 

「そんな嫌な顔をするな。今日は初日でもあるし一時間程度で解放してやろう」

 

 それはつまり日に日に拘束時間が増えていくということなのか。こんな時にだけ笑顔を見せる目の前の教師が実に憎たらしい。後ろの方からため息が聞こえてるがあの笑顔は邪悪な種類の微笑みだ。思春期の女子が憧れるようなものでは決してないと思う。

 

「あらら、残念だったな智希。まあせいぜいがんばれよ」

 

 一夏がニヤニヤしながら言う。まだ昼の恨みが残っているのか。

 

「それはどうも。一夏は放課後どうするの?」

「そうだな、どうするかなあ……?」

 

 瞬間、一夏の向こう側に見える相川さんの目が光った。いや、張り詰めた空気からしておそらくクラス中の女子の目が光ったと思う。

 うん、気持ちはよく分かる。だが今日は。

 

「じゃあ……」

 

 俺は言いながら篠ノ之さんの方を振り返る。篠ノ之さんはハッとして弾かれたように立ち上がった。

 

「い、一夏! それなら剣道場に行かないか!? 久しぶりにどうだ!?」

「箒?」

 

 昼間余計なことをしでかしてしまった俺だが、その結果で一つだけいいことがあった。

 一夏の篠ノ之さんに対する態度が柔らかくなったのだ。

 

「む、昔道場でよくやったではないか。久しぶりに手合わせをしないか?」

「う~ん……そうだな、特に予定もないしやるか!」

 

 周囲の時を停止させる魔剣出席簿の一撃を受けた二人は、しばらく悶絶した後でお互いを見て何か通じ合ったかのように笑い合っていた。

 そのときにそれまで二人に間にあったしこりのようなものがなくなったようだ。

 きっと昔同じようなことがあったのだろうと思う。

 

「そそそそうか! それなら行こう! さっそく行こう!」

「いいけどどうした箒? 顔赤いぞ?」

 

 しかし態度が柔らかくなったのは一夏だけで、篠ノ之さんは一夏を意識し過ぎているのだろう、むしろ態度がぎこちなくなってしまっていた。

 顔が赤く挙動不審な時点で誰にでも分かるが、そういう態度はこと一夏に対してはよろしくない。

 一夏の幼馴染を名乗るのならもうちょっと自然にやって欲しかった。

 

「甲斐田、行くぞ」

「あ、はい」

 

 フォローを入れるか迷っていたら織斑先生に催促されてしまった。

 できれば側にいたかったが仕方ない。

 

「じゃあ一夏、後で様子を見に行くかも」

「おう智希、またな。箒、剣道場ってどっちだ?」

 

 一夏に一言かけて立ち上がる。この状態で二人だけにするのは大いに不安だが、一夏の幼馴染の座にいるというポテンシャルに期待しよう。

 

 先生達について廊下を歩きながらふと後ろを振り返ると、篠ノ之さんと並んだ一夏の後をぞろぞろとクラスメイト達がついていっている。さすがに二人きりにはさせてくれないようだ。

 と、最後尾にいる女子がこちらを向いて手を振ってきた。鷹月さんと布仏さんともう一人、昼にカツ丼を食べていた誰かが手を振りながら笑っている。きっとご愁傷様とでも言っているのだろう、実に余計なお世話だと思った。

 

 

 

 

 

「ふむ、今日はこの辺にしておくか」

 

 別の部屋に移動して小一時間ほど作業をしてから、織斑先生が俺と山田先生に声をかけた。

 やったことは書類の整理、並び替え。

 周囲には全くそう思われていないようだが、この一夏の姉の本質はズボラだ。頭がよく記憶力も抜群なので本人的には困っていないようだが、実は整理整頓の類が苦手な人である。

 去年一夏の家に行った時にその姉のずさんさを目の当たりにし、なるほどこういう姉だからこそ一夏は主夫を腕を磨いたのかと納得させられたものだ。

 きっとこの人は家では一夏、学園では山田先生に頼りきりなのだろう。今年から一夏が寮に入ってしまって家は大丈夫なのだろうかと他人事ながら心配になる。

 

「ではお茶を入れてきますね」

 

 山田先生が立ち上がって背伸びをした。

 この人の事務処理能力はすごかった。普段はおっとりしているように見えたが、仕事モードに入るとスイッチが切り替わったかのようにてきぱきと作業をしていた。

 正直俺など全く必要ないように見えたので、やはりこの作業は俺への罰だったのだろう。

 

「でもいいんですか? こんな書類を僕に見せて? 一般の生徒が見ていいようなものじゃないと思うんですけど」

「それを言うならお前の存在自体が機密の塊だ。だが生徒の成績を言いふらして人気者になりたいのであればそうするがいい」

 

 ここまで俺が整理したのは去年の生徒の成績表だったが、確かに見てどうするという程度のものではあった。

 だがそういう問題ではないと思う。

 

「信用されているのか馬鹿にされているのか、どっちだろう?」

「今のところは半々だな。そこから先は今後のお前次第だ」

 

 教室でとは打って変わって、織斑先生の口調は軽い。

 元々顔見知りであり、時期が重なっていないとはいえ同じ施設の出身でもある。

 施設で弟一夏と二年弱寝食を共にしていたというのもあり、人としての信用くらいはあるのだろう。

 

「それで、お前は何をしようとしているんだ?」

 

 と、織斑先生が突っ込んできた。ああ、それが目的だったか。

 

「それって教師として聞いてますか? だったらそこまで言われるようなことはしてないと思いますけれど」

「男とはいえISを動かせるだけの素人をクラス代表にしようとすることがか?」

「学園中が気にしてるじゃないですか。一夏なら絵になるしいいと思いますが」

 

 織斑先生は額にしわを寄せた。どうやら今は教師モードではなさそうだ。

 この人は人前にいない時は割と表情豊かになる。微細な変化ではあるけれど。

 

「つまり自分が目立ちたくないから一夏に押し付けようとしているということか?」

「別に僕のことはどうでもよくて、純粋に一夏の学生生活を考えるとそっちの方がいいからです」

「智希、それはどういうことだ?」

 

 千冬さんはじっと俺の目を覗き込む。ここで俺が嘘を言っていたら一発でバレるが、嘘ではないので今そういう心配はない。

 

「だって一夏にも自分の人生を楽しんでもらいたいじゃないですか。今までずっと他人の世話ばかりで青春とか全然できてないですよ」

 

 千冬さんは呻き声を出しそうになり慌てて手で抑えた。さすがにその他人に自分も含まれているのは理解しているようだ。

 

「基本的に自分のことを二の次にする奴なので、周りが引っぱり出さないと自分について考えないですよね」

 

 千冬さんは口に手を当てて考え始めた。思い当たる節が多いだけに効いている。もうひと押し行こう。

 

「要するに、他人のことを気にする暇をなくして自分の心配だけさせておこうという話です。いくらマイペースでも人前に出ることを意識すれば嫌でも考えるでしょうから」

「なるほど……意図は理解した」

 

 どうやら納得まではしていないようだ。されようがされまいが俺のやることに変わりはないのだけれど。

 

「正直、お前達を出来る限り目立たせないようにしようと思っていた」

「どうしてですか?」

「男だ女だという話を抜きにすれば、二人ともIS学園の水準にはとても及ばないからだ」

 

 どういうことだろうか。

 

「二人ともただISを起動することができるだけであって、入試での合格基準には遠く達していない。筆記は言うに及ばず、実技に対してもだ」

「あれ、一夏は教官倒したって言ってましたが?」

「それは……山田君、いい加減入ってきていいぞ」

 

 見ると山田先生がお茶を持って入ってきた。なぜか顔が真っ赤だ。

 

「入試の時一夏の相手をしたのは山田君だった。相手の自爆を勝利と言えるのならそうだろう」

 

 だからあの時一夏はオルコットに対して言葉を濁していたのか。

 確かに勝負であれば勝ちは勝ちだから倒しただろうが。

 

「その……何というかすみません……」

 

 山田先生は顔を真っ赤にして俯いている。

 

「いや、相手が相手だし怪我させたりしないようにとかでやりづらかったんでしょうから、仕方ない部分もかなりあったと思いますけれど……」

「い、いえ……」

 

 何俺は教師を気遣っているのか。

 しかし先方の歯切れが悪い。どうやらそういうことでもなさそうだが、これはきっと突っ込まない方がいいのだろう。

 お茶をすすった後話の向きを戻すことにする。

 

「僕の時は……あんまり相手が近寄って来なかったですね。気がついたらエネルギー切れで」

「一夏と比べてすんなりとISを装着したから少しはやるかと思ったが、ひたすら逃げ回るだけだったな。余裕で不合格だ」

「駄目ですか」

「お前が女だったらな」

 

 長引いた方が評価にはいいかと思って逃げたのだがあれでは駄目だったのか。他のクラスメイト達はどれほど動けるのだろう。

 

「つまり恥を晒すだけだから人目につかないようにしておこうというわけですか?」

「平たく言えばそういうことだ」

 

 相当に舐められたものだ、と言いたいところだが、この人が言うのであればきっとそうなってしまうのだろう。普通は。

 

「の割には一夏に恥をかかせる気満々ですね」

「お前達が自分の身の程を全く理解していないからだ。こうなれば谷底まで叩き落としてやるから自力で這い上がって来い」

 

 まあ、予想通りではある。

 

「オルコットさんに一夏は勝てませんか?」

「万に一つの可能性もなく無理だな。今はまだ同じ土俵にすら上がっていない」

「じゃあもし専用機があれば?」

「……お前はその性能を知っているのか?」

「知っていたからこそ模擬戦の提案をしました」

 

 納得したのか千冬さんがため息をつく。

 一夏の機体は能力差に関わらず一発逆転を期待できる。

 だから小細工をすれば十分に勝ち目があり、一夏ならその期待に応えてくれる。

 そういう皮算用をしていたのだが。

 

「それなら残念だったな。専用機は元々今月中という話だから来週には到底間に合わない」

「まさか引き延ばそうとはしてないですよね?」

「くだらん。奴のために早いに越したことはないのも事実だ」

 

 むしろ引き延ばしをしていてくれたなら縮めることもできたのだが、仕方ない。

 訓練機でどうにかする術を考えておく必要もありそうだ。

 

「了解しました。じゃあそろそろ行っていいですか。一夏とこの一週間をどうするか考えないといけないので」

「そうか、それなら行って来い。明日以降に訓練機を使って自主訓練をしたいというのであれば、山田君に相談するといい。ある程度は融通を利かせてくれるだろう」

「え!? 私ですか!? 放課後の訓練機の申し込みなんてずっと埋まってますけれど……」

 

 この人全部山田先生にぶん投げてしまった。いいのかそれで。

 

「ええええと……ど、努力はしますけれど……」

 

 ああ、この人はやっぱり一夏の姉だ。方向性さえ決めてしまえば後はどうとでもなるというこの楽観性。

 問答無用で他人を巻き込んで引き込んでしまう強引さ。

 そして結果的にどうにかなってしまうという運の強さ。

 

「あ、もし代わってもらう必要とかあったら一夏も連れて一緒に行きます。事情を話してお願いするくらいはやりますから」

「そ、そう!? ありがとう!!」

 

 山田先生の全身から感謝の気持ちがひしひしと伝わってくる。

 同類のよしみだ。できることであればやろう。一夏を連れて行けば割と簡単に話を通せると思う。

 といっても今のこちらに他人の心配をする余裕はない。

 まずは一夏と合流して作戦会議をしようと思い、俺は剣道場に向かうことにした。

 

 

 

 

 

「鬼だ!! 智希この女鬼だ!!」

 

 剣道場に入るとすぐ、一夏が悲痛な叫び声をこちらに飛ばしてきた。

 周囲の視線が俺に集まるのを感じる。一体何があったというのか。

 見ると中央に正座して泣きそうな顔でこちらを向いている一夏と、竹刀を持ち仁王立ちしている篠ノ之さん。

 何が起きていたのかは容易に想像がついた。

 

「誰が他所に目を向けていいと言ったか!」

 

 床に叩きつけられた竹刀の音が剣道場に響く。

 自分が叩かれたわけでもないのに一夏は怯えに怯えている。

 たった一時間でどれだけ恐怖を植え付けられたというのだろうか。

 

「助けてくれ智希! 昼間は俺が悪かったから!」

 

 必死に助けを求め叫ぶ一夏だが、泣きたいのはこちらだ。

 女子にかっこいい姿を見せるどころか、目の前にあるのはこの上なく情けない男である。

 壁沿いにいるギャラリーを見ると揃って哀れみの表情を浮かべていた。

 教室を出て行く時は恋する乙女だったのに、どうして篠ノ之さんはこんなひどい状況を作り上げてしまうのか。もしかして一夏の情けない姿を晒すことでライバルを減らそうとしているのかとさえ疑ってしまう。

 

「ええと、篠ノ之さん、ここで何をしてたの?」

 

 とりあえず一夏は置いておいて、元凶の認識を確認することにする。

 篠ノ之さんの表情は明確に怒りだ。それも食堂や教室の時とは次元が違うほどに大きな。

 

「一夏の性根を叩き直そうとしていた」

 

 一夏を憎々しげに見ながら篠ノ之さんは返してきた。

 待て、どこをどうしたらそこまで感情をひっくり返せるのか。さっきまで一夏と話ができて嬉しくて仕方ないという顔していたではないか。

 

「なるほど、それは一夏が真面目にやってなかったから?」

「そんなわけあるか! 全力でやったに決まってるだろ!」

 

 心外だとばかりに声を張り上げる一夏を、分かってると頷きながら手で抑える。

 一夏が手を抜いたりいい加減なことをするような性格でないのは重々承知している。

 問題は篠ノ之さんがそう思っているかどうかだ。

 

「それ以前の問題だ。しばらく会わない間に一夏は堕落しきって腐ってしまっている。中学では剣道どころか部活さえしていなかったというではないか。であるから今ここで一から性根を叩き直そうと思った」

 

 分かった。これはきっとギャップだ、それも悪い方への。

 二人が離れていた六年の間に、篠ノ之さんは理想の一夏を自分の中で育て上げてしまっていたに違いない。

 その理想像は世の女性が求める理想の男の姿とはだいぶかけ離れているようだが、どちらにしても篠ノ之さんの中で理想と現実が衝突してしまったと思われる。

 だが折り合いを付けることができず、結果やってしまったことは、目の前の一夏への八つ当たり。

 一夏からすれば実に知ったことではないという話だ。

 

「篠ノ之さん、ちょっとやり過ぎだと思うよ」

 

 と、どう説明するかを悩んでいたら鷹月さんが入ってきた。

 さすがは委員長気質というべきか、きっとタイミングを見計らっていたのだろう。

 

「やり過ぎだと?」

「うん、だってできない人に無理にやらせようとしても無理なものは無理だよね? その人に合ったやり方でやらせないと」

「む……」

 

 そういうことじゃない、問題はそこじゃない、と言いたかったがなぜか声に出せなかった。

 

「そうだよ。というかそういう強さみたいなものって男子に求めることじゃないよね?」

「そうそう。男子に必要なのはやっぱ優しさだよ優しさ」

「篠ノ之さんは自分が強いんだからそれで十分なんじゃないの?」

 

 言いそびれた俺とは対照的に、ギャラリーのクラスメイト達はここぞとばかりに声を上げる。

 篠ノ之さんは急に集中砲火を浴びて動揺していた。

 

「そ、それは……」

 

 考えが纏まらないのだろう、篠ノ之さんは弁解を試みるもそれが形にならず口ごもる。

 相川さん他抜け目ない女子は今こそチャンスとばかりに一夏に声をかけたりしている。

 待ち望んだ救助を得られた一夏は膝を崩して心の底から嬉しそうだ。

 

「い、一夏。その……すまなかった」

「ようやく冷静になったみたいだな箒。ほんとびっくりしたぜ」

 

 鷹月さん達に説得されたであろう篠ノ之さんは綺麗な姿勢で深々と頭を下げた。

 それに対して一夏は笑顔で軽く手を振って別に気にしていないと返している。

 一夏は自分の姉他女のヒステリーを受けることがしばしばで、女とはそういうものだと認識しているためか相手が謝れば根に持つようなことはない。今日の俺のように謝らず流し続けるとしつこいが、そのあたりは基本さっぱりしている。

 

 一夏があっさりと許してしまったので場は一転、和やかな雰囲気になった。

 このあたり女子はさすがというべきか、クラスメイト達は笑顔で篠ノ之さんに話しかけたり剣道の腕を褒めたりして篠ノ之さん一人を悪者にしないようにと気を遣っているようだ。

 きっと納得はしていないであろうが、篠ノ之さんもあえてこの場を乱す発言をするつもりはなさそうだ。

 

「どうしたの甲斐田君? 何か難しい顔をしてるけれど」

 

 どうやら今の気分が顔に出ていたらしい。横から鷹月さんが話しかけてきた。

 

「んー、一夏も大変だなと思って」

 

 さすがにこの空気を乱すつもりもないので適当に返す。

 

「甲斐田君は篠ノ之さんとは幼馴染じゃなかったの?」

「一夏とは中学からだから違うよ。篠ノ之さんはその前に引っ越したそうだし」

「そうなんだ。えっと、私寮で篠ノ之さんと同じ部屋なの。だから何かあったら言ってね」

 

 そのうちまた篠ノ之さんが一夏に何かやらかしそうだからという話か。

 委員長気質も大変だなと思うが、好きでやっているのなら他人がとやかく言うことでもない。

 そのときはよろしく、と笑顔の鷹月さんに返して、目の前で脳天気に笑う一夏を見る。

 

 今の一連で分かったのは、このクラスで一夏に一番近いのは、俺の望む一夏ハーレムに一番近いのは、やはり篠ノ之箒さんだということだ。

 元々この人は一夏ハーレムに入ってもらおうと考えていたので、距離が近いというのは大いに歓迎できる。

 篠ノ之さんの方も態度で丸分かりだったので、無関心であったり嫌っていたりした場合よりは余程やりやすい。

 

 もちろん、一夏が女子の気持ちに対して果てしなく無頓着であること、篠ノ之さんはどうやら自分の気持ちを素直に出せなさそうだということ、つまりハーレム以前の問題が山ほどある。

 一夏の方はしばらくそのままでいてくれた方が何かと都合がいいし、ないとは思うが変に純愛とかいうくだらない思想に目覚められても困る。

 篠ノ之さんは意識改革を少しづつやっていこう。隣の席だし会話はしやすい。

 一言に纏めてしまえば一夏をそのまま受け入れさせるというだけの話だが、言葉にするのは簡単でも実際どうやっていくのかは非常に難しい作業だ。

 計画しているのだから俺の中にアウトラインはある。いずれ彼女にとってのターニングポイントがやってくるはずだ。

 一番大事なのはそこで意地を張らせないようにすること。そのために日々コツコツと会話して、篠ノ之さんが一夏を受け入れられるようにしていこう。

 

 それから並行して一夏の評判を上げていかなければならない。初日の今日は予想外な部分がたくさん出て来てことごとくがうまくいかなかった。

 相川さんのような顔雰囲気重視の人達には大丈夫だったようだが、鷹月さんのような真面目な人達にはおそらく今日の一夏は情けなく見えてしまっただろう。

 まあ一夏の本質に触れてしまえばコロッと行くのは想像できるが、弱く情けない男として今後色眼鏡で見られてしまうのはやりにくくなる部分でもある。

 やはりできれば来週の模擬戦でオルコットに勝利して、一夏の勇姿をクラスメイト達に見せつけたいところだ。

 どうすれば千冬さんに万に一つも勝ち目なしと言われてしまう状況をひっくり返せるのか。

 それともいっそ負ける前提で考えるか。

 

 とあれこれ色々考えていても、目の前で笑う男は一切合切をあっさりと軽く吹き飛ばしてくれる。

 そういう期待をさせ、そして見事に応えてくれるのが俺にとっての織斑一夏という人間なのだ。

 

 


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