何かを決断するというのはそれ以外の可能性をゼロにするということだ。
なぜなら一度決めてしまったら普通はもう戻れない。
まずいならすぐ変えようという朝令暮改ではまともな結果を生み出すことなど難しいだろう。
また臨機応変や柔軟な対応という一見便利そうな言葉は何も決めていない。とどのつまり出たとこ勝負だ。そしてそれは蓄積された経験を持つ人間にしかできない。だからこそ世の中の人は誰にでもできるようマニュアルを作るわけで。
物事というのは何かを決めなければ次の段階へは進めない。なりで、流れでやっていったつもりでも、どこかで何かを決めて前に進んでいる。その場合は決断がなんとなくになるだけの話だ。
本来決断するという行為は恐ろしい。その影響範囲を考えるとなおさら。
「とまあそんな感じ。さすがにこの時間じゃ具体的に詰めることはできなかったけど、何をやりたいかは決まってる。だからみんなで協力して一つずつ詰めていけばいい」
俺は一通り説明を終えて周りを見る。
誰も声を出さない。
当然だ。いきなりこんなことを言われてすぐはいそうですかとは言えないだろう。
「最初に言ったけど、僕の考えに一切証拠はない。時間があったら少しは裏が取れたかもしれないけど、今日の今日じゃそれは無理だ。だから一見説明がつくように見える僕の想像を今みんながどう思うかだ」
数時間前までと較べて今の俺は実に気楽だ。
無理難題をクリアして逆王手をかけているのだから。
「か、甲斐田君。そう考えた根拠くらいは……」
「だから全部想像だよ。今まで起こった出来事を一つ一つ紐解いて、その理由を考え直した結果だ。僕の中でそう考えると一番しっくりくるってだけだね」
そして俺はさっきの腹いせに意地悪を始める。
これまで俺は何かを決める際は努めて安心感を出すようにしてきたのだが、ここで俺は逆に不安感を煽った。
「凰さんの弱点を見つけたのかと思えばまさかこんな……」
「いやいや、これ以上ない弱点だと思うよ?」
「弱点どころかもう何もかも全部ひっくり返してしまいましたね……」
鷹月さんが、四十院さんが、これ以上ないくらいに困惑している。
確かにこの二人が一番よく俺の意図を感じているだろう。こんな土台があるのかないのか分からないような不確かさの中で物事を進めるなど今までなかった。
二人の横にいるオルコットも反応は遅れたがすぐに気づいたようだ。やはり人間立場が変わると見え方も変わるらしい。
「もうなんだっていいよ。甲斐田君はそれで行くって決めたんでしょ?」
「え? 別に何も決まってないよ。今回のことについて決めるのは僕じゃない。みんなだ」
「は?」
「だって今僕は何の権限も持ってないし。ただ一つの作戦を提示しただけ。別に信じられないから却下でも全然いいよ」
「どういうこと?」
鷹月さんと四十院さん、それにオルコットを除いて理解できていないか。
顔色が変わったのは指揮班の三人だけだった。
そうだ、俺は決断の重圧を押し付けようとしている。
「みんなが作戦を出せって言うから出しただけだよ。それを採用するかどうかを決めるのはみんな。今の僕は責任者じゃないからね。どうするかはみんなで話し合って決めて」
「甲斐田、何を拗ねている。確かに無理を言ったのは悪かった。だが今お前はこうしてしっかりと答えを出したではないか。出したからには四の五の言わず黙って自分についてこいでいいだろう」
「だから今の僕にはそんなこと言う権利とかないし」
相変わらず篠ノ之さんだけは考え方が他の連中と一線を画している。
だが今の俺としてはせめて悩んだ末に決断しろと言いたい。
「はいはい。じゃあさっさと決めちゃえばいいわけね。はい甲斐田君の作戦に賛成な人ー?」
「えっ!?」
とんでもないことに相川さんがいきなり決を取ってしまった。
見れば迷う様子もなくクラス全員が手を上げている。正確には指揮班の三人だけはおそるおそるといった感じだが。
しかし待て。議論はどこへ行った。それどころか俺への質疑応答すらないぞ。
というかそれ以前にどうしてパイロット班の相川さんがそういうことをする。
「反対の人ー……はいないね。はい全員賛成で決まりましたー」
「ちょっと待った! みんなもっと真剣に考えようよ。これって相当に重要な問題なんだから」
「だってこれで勝てるんでしょ? 甲斐田君はそのつもりで出したんだよね?」
「そうだけど、それをみんながどう思うかって話はまた別だよ。きちんと議論をしてみんな納得した上で決めてもらわないと」
「もうそんなことしてる時間とかないじゃん。それに他にいい作戦もないんだし、これで行くしかないって」
「ええっ!?」
なんだこの軽過ぎるノリは。そんな簡単に決めることではないだろうが。
確かに時間もないし結局はこの案にするしかないかもしれないが、だからってそんな悩むことすらないというのはどう考えてもおかしい。
これでは連中が食後のデザートに何を食べるか悩む時間の方が断然長いぞ。
「何? 甲斐田くんは自信ないの? それどころかもしかして嘘ついて私達を騙そうとか考えてる?」
「は? そんなことあるわけないじゃないか。証拠がないだけで、全部正解を当てている自信くらいある」
「じゃあ何も問題ないね。はい甲斐田くんの案で決まり!」
しまった。迂闊どころの騒ぎではない。
鏡さんのあからさまにも程がある挑発に乗ってしまった。
あり得ない展開に俺の思考回路がショートしてしまっている。
「智希、そんな顔すんなって。別にお前が騙そうとしてるとか誰も疑っちゃいないから。それどころかみんなはお前のことを信じてるって話だよ」
「信じるって今の嘘臭い話を?」
「違う。お前をだ。甲斐田智希が勝つために必死で考えて出してきたんだから信じるってことだ」
「それなら中身は関係ないじゃないか」
「いや、少なくとも俺は十分納得したぞ。確かに鈴が自分からあんなことをするわけがない。全部お前の言う通りだと思う」
確かに一夏だけはすぐ納得してくれるだろうと思っていた。鈴をよく知っているのだから。
だが他の連中は何だ。俺の言った内容に納得しているわけではなく、俺が考えたことだからと何も疑うことなく無条件に受け入れてしまっている。
いや、確かに俺を無理矢理缶詰にして後ろめたくて反対しづらいのかもしれないが、だからって吟味することさえしないのはどうなんだ。自分で言っておいてなんだが知らない人間からすれば相当に荒唐無稽な話だぞ。
「甲斐田さん、わたくしもあなたのことを信じます。そしてお話の中身についても、事件の当事者としておっしゃる通りだと感じました」
「甲斐田、どうやら私はまたしてもお前に余計なことを言い惑わせていたようだ。自分に当てはめて分かった気になり知った顔をしてしまった。本当に申し訳ない」
オルコットが、篠ノ之さんが、俺に向かって真剣な眼差しを向けてくる。
だが今回において悪いのは自分の頭で考えることをしなかった俺だ。そこら中にヒントが転がっていたというのに、意味を考えなかったがゆえに俺は気づくことがなかった。
この問題は鈴のことを知っていなければおかしいと思える部分に深く踏み込めない。だからクラスメイト達に期待するべきことではなく、真実に近づくことができるのは実質俺と一夏くらいしかいなかっただろう。
しかし、かといって一夏に今回のことを気がつけとというのも厳しい。基本的に素直だし、人を信じることから始める男であるので、たとえおかしいと感じても表面的な理由にすぐ納得してしまってそこから先へは進めない。
だからこそ俺が真っ先に気づかなければならなかった事柄だ。
「甲斐田君、みんな納得したし時間もないから話を進めましょう」
「甲斐田さんの構想を具体化して実現するには考えること決めることがたくさんありますので」
「そうだね、もうみんながいいって言うならいいや。じゃあこれから……」
「待ってください! もう十二時半を過ぎています! 凰さんの試合がすぐです!」
岸原さんに遮られる。鈴と四組代表の試合か。
もう全員で観戦するような余裕はない。一夏と、あとは映像係だけ行かせて残りはどこかに移動して内容を詰めるか。
それに全員で全てを相談する時間もないだろう。全体をいくつかに分けて、それぞれを数人で担当させて形にしていこう。それを俺と指揮班で組み上げていけばいい。
「よし、それじゃとりあえず試合の方へ行く人だけど、一夏に映像係の人だけでいいと思うからすぐに向かって欲しい」
「待って。甲斐田君も行って」
「え? でもこれから急いで話し合いをしないと」
「それは私達でやっておくわ。試合が終わって戻ってくる前にできるだけ形にしておくから、甲斐田君はできたものを吟味して修正を加えて欲しい」
「いやいや、こればっかりはさすがに僕がいないと」
「織斑君と一緒に見て、二人のイメージを共有化していて欲しいの。いくら作戦ができてもそれが織斑君の中で消化されなければ意味がない。でも体で覚えてもらう時間がないから、せめて頭の中にだけでもすぐ伝えられるように」
作戦ができあがるのはどうしたって夕方以降。改造要素が出てくればもっとかかる。
確かに一夏が動きの確認をするだけで今日は終わってしまうだろう。
だが作戦を決めるのが遅くなればそれだけ後ろにずれてしまう。どう考えても俺がいた方が効率がいいのは間違いない。
「でも」
「甲斐田さん、先ほど私は言いました。具体化することくらいはやらせてほしいと。甲斐田さんも私達のことを信じてもらえませんか?」
「智希、ここから先はみんなの番だってさ」
一夏が笑って俺に要約する。
そういうことか。確かにイメージの共有化など極論俺でなくても構わない。
俺がやってみせた以上は自分達も口だけではなく行動で示してみせると。
相変わらず律儀というか、生真面目な責任感だ。
「分かった。じゃあよろしく。鏡さん、映像は誰が?」
「さゆか!」
「はいはいっ! 映像のスペシャリスト夜竹さゆかっ! 全体像から鳳さんの黒子の位置までっ! 余すところなく記録に収めて見せましょうっ!」
「あ、そう。それじゃ一夏、行こうか」
「おう」
「あれっ?」
「みんな後は任せた」
谷本さん系の香りがしたので俺は何事もなかったかのように流し、アリーナの客席へと向かった。
「これでよしっと」
「カメラ二つ?」
「うん。一つは引きで全体を撮って、もひとつで凰さんを追っかける」
「それ実は二人いるんじゃないの?」
「ひ、引きの方は固定で十分だし!」
さっきからどうにも夜竹さんのキャラが安定しない。
俺の中では一夏に密告していた以上の印象はない人だが、谷本さんばりのハイテンションから篠ノ之さんのようなツンデレへの移行はさすがに無理があった。
そして今やもうよく分からない事態に陥っている。
「夜竹さん」
「な、なんすか」
「そんな無理してキャラを作ろうとしなくていいよ」
「ええーっ!?」
「あれ、そうだったのか? 性格がコロコロ変わるおかしな人だなあと思ってたけど」
痛いを通り越してかわいそうになってきたので俺も止めに入ったが、指摘されて夜竹さんは全て望みは絶たれたとばかりの悲痛な表情を見せる。そして間髪入れずに一夏がとどめを刺した。
「ううっ……これ以上ない機会だから人生で一番がんばろうと思ったのに……」
「いや、がんばるべき場所はもっと別のところだと思うぞ? 佐竹さん」
「織斑君にはいまだに名前間違えられるしもうおしまいだ……」
「え、マジ!?」
「佐竹さんじゃなくて夜竹さん。いまだにってことは完全に間違えて覚えちゃったってことだろうね」
「さたけ……やたけ……そういうことか!」
「うわーん!」
よかったよかった。これで夜竹さんは一夏に名前を覚えてもらうことができた。
でもこの人は整備班だし特別一夏にどうのこうのもなかったと記憶しているが。
「あのね! これは女の子にとって夢のシチュエーションなんだから!」
「はあ」
「見なさいこの状況を! 分かる!?」
夜竹さんが真顔で手を広げる。
まだキャラ作り継続中なのかと思いながら見渡すと、俺達の周囲は空席だった。俺達以外のクラスメイトは寮で会議中なのだからいないのは当然だ。
「男子二人に女の子一人! 誰もが一度は夢見る憧れるでも滅多にないこの状況! 偶然ながらもあたしはついに叶えてしまった!」
「滅多にないようなことなのか?」
「男の方が数は断然少ないから、なかなかないのは確かだろうね」
「だからあたしは間違ってない!」
言いながら俺を睨み、犯人はお前だとばかりに力強く指差す。
「つい舞い上がっちゃって自分でも何やってるかわけわかんないことになってるのは仕方のないことなんだ!」
「ただの逆ギレじゃねえか!」
「よかったね夜竹さん。キャラできたよ。理不尽系超逆切れ女」
実にふさわしい称号を俺から授与され、夜竹さんは感動のあまり愕然と口を開け固まった。
一方一夏は機嫌が良さそうだ。今自分はキレのある突っ込みができたとご満悦か。
夜竹さんに限らず整備班の人達は変にアピールをしようとかがない分、一夏と普通に会話をできる。
今まではお互いに興味ないという感じで接点もなかったのだが、俺の様子を一夏が聞きに行ったことで会話するようになったようだ。
この感じでは一夏としても普通にバカな会話をできるというのがとても楽しいことなのだろう。
側へ行きたいと思う者ほど近づけず、どうでもいいと思っている者ほど楽しく会話ができる。世の中とはえてしてそういうものなのだろうか。
バカトークをしつつも谷本さんが用意してくれた大量のサンドイッチを腹に押し込み、俺の観戦準備は万全だ。
俺を観戦に行かせたのは食事休憩をくれる意味合いもあったのだろう。腹も膨れたし頭の方も夜竹さんが無駄に体を張ってくれたおかげですっきり切り替えられた。腹は少々膨れ過ぎたかもしれないが。
「おお、食いきったな」
「量はともかく途中で飽きた」
「谷本さんていつもそうなんだよなあ。とりあえず量を食わせとけばいいって絶対考えてる。別に否定はしないけどせめて味に工夫してくれよな」
「まさかここまで同じ味が続くとは思わなかった。途中からはほとんど口に押しこむだけの作業だし」
「あたしとしちゃ織斑君の分も含めて二人分かと思ったら一人の腹の中に流れ込んだことの方が恐怖ですよ」
俺達男子としては女子があれだけの量で日々活動できていることの方が不思議だ。一夏がオルコットとの模擬戦の前女子と同じ食事内容だったときは半日ももたなかったというのに。
「そうだ、さ、夜竹さんは大食いキャラを目指すのはどうだ?」
「それは絶対にイヤ……って、さ!?」
「智希、そろそろ始まるぞ」
「織斑君! それだけはやっちゃいけない! 今のはまるで甲斐田君じゃないか!」
「ごめん夜竹さん、俺が間違ってた」
もしかしたら一夏には気楽に話せる人がいるといいのかもしれない。篠ノ之さんにしろオルコットにしろ鈴にしろ、一夏を意識している分どうしてもどこかしら構えてしまっている。
「おい智希、なんか言ってくれよ」
「今あたし谷本さんの気持ちが心の底から分かったかもしれない」
「いやあの人は別格だぞ。智希にあそこまでやられたら俺ならとっくに首吊ってる」
「それ言うと生徒会長の人のタフさ加減も化け物クラスだよねー」
だがこの路線では恋愛感情などとても無理だろうなと思う。気安い関係かもしれないが、これでは男の友人である弾や数馬と何も変わらない。
あんなのと言ってしまっても全然失礼ではない男二人も、一夏の精神安定に一役買ってはいたようだ。
とはいえ一夏が女子と楽しく会話している姿を見れば篠ノ之さん達は大いに嫉妬してしまうだろう。
ないものねだりだと分かっているが、もう一人くらい男でISを動かせる人間が出てきてくれたりはしないだろうか。
「悪かったから! 俺が悪かったから智希!」
「ごめんなさい、センスもないのにつまんないこと言ってほんとごめんなさい……」
「何言ってるの二人とも。ほら、始まるよ」
俺の両隣が泣きそうな顔になっている中、鈴と四組代表の模擬戦は始まった。
ここまでの試合で一番のベストゲームだった、と観戦した人間は興奮しながら言うだろう。
それくらい鈴と四組代表は白熱した試合を見せた。
午前中の試合を見ていないのでそちらはどうだったか分からないが、四組代表は一夏との試合で見せた高機動超高火力のスタイルで最初鈴を圧倒した。
青龍刀一本のみを持った鈴は四組代表に迫ろうとするも、相手にイグニッション・ブーストまで駆使されてはなかなか捕まえることができない。
自分でも同じくイグニッション・ブーストを発動させて追いかけるが、機動力に関しては四組代表の方が上だった。
お互いが専用機なのでスペック的にはおそらく互角だろう。ただ機体の性能は鈴が装甲寄り、四組代表が機動寄りになっていて、火力に関しては一撃の強さなら鈴、銃による手数込みだと四組代表という感じか。
ヒットアンドアウェイ、というよりは常に高速移動をしつつ四組代表はその両手に持った銃で鈴を狙う。対して鈴は基本速度で劣っているため追いかけっこで勝てないが、アリーナの中は閉じられた有限の空間だ。隅に追い詰めるように効率的に動いて相手を追い込もうとした。
だが鈴の青龍刀は他の機体のブレードよりも大きさがあり、ために振り回すとどうしてもモーションが大きくなる。追い込まれた四組代表はその隙をギリギリで見つけて、ほとんど前に突っ込み鈴の脇を抜けて回避するという勇気ある姿勢で鈴の攻撃を躱した。このあたりは鈴のこれまでの試合から付け入ることができるとクラスメイト達も指摘している部分だ。
といっても四組代表にとってその行動は相当精神的に消耗する行為なようで、四組代表といえど回避に手一杯で即反撃とまではいかないようだった。何しろ専用機とはいえ火力と機動に大きく傾けた分装甲が犠牲になっている。鈴の一撃の威力を考えれば一撃でももらった日には一気に形勢が逆転してしまう。以後も追い込まれた時は余計な色気など出さず迷わず回避に専念していた。
しばらくその状態が続き、埒が明かないと悟ったであろう鈴の方が動きを見せる。
空いていた左手にもう一本の青龍刀ではなく銃を出した。
これは攻撃用というよりはむしろ牽制用で、四組代表の移動する先に向かって放ちその動きを制限するためだ。
何しろ四組代表は自身の長所の反動として装甲が非常に薄い。鈴の銃の威力はそこまででもないが、それでも装甲の薄い四組代表には十分な脅威となってしまう。実際にたまたま当たった最初の数発でそれを実感したのだろう。牽制だと分かっていながらもそれをもらうわけにはいかず、四組代表はその高機動性に制限をかけられてしまった。
しかしそれでも四組代表の方に動揺はない。高速移動を続けながら今度は以前にも増して細かく動いて鈴の誘導射撃を外す。
鈴の意図は最初からはっきりしていて、相手を隅に追い込んで逃げ場をなくすことだ。であるからそれを意識してしまえばある程度鈴の動きが予想できたようで、相手を見てからではなく予想して先に動いている。それでも追い込まれた時はイグニッション・ブーストによって脱出していた。
力の鈴、技の四組代表。追いかける鈴、逃げる四組代表。
観客の目から見てこの構図ははっきりしていた。そして優勢の天秤は時間が経つにつれ四組代表の方に傾いている。
四組代表が高速移動で回避し続けているため、鈴はほとんど攻撃を当てられていない。青龍刀は言うに及ばず、銃の方の牽制が主目的なため、出した直後にたまたま数発当たった程度だ。
一方の四組代表も回避を優先しているため攻撃に力を注げていないが、それでも鈴の死角から攻撃して何度か当てている。またおそらく一夏の時ほどではないにせよ、銃の威力が相当にあるので鈴の装甲を十分に突破できているようだ。
このまま進めば四組代表、ただ鈴も何度か相手を追い詰めている。その時に青龍刀を当てた日にはこれまでの試合のように一気に試合は動くだろう。四組代表としても回避を何よりも優先させなければならない状況で、とても余裕があるようには見えない。
目を離した隙に勝負が決まってしまいそうな展開だった。
そして試合がついに動く。
何度目か分からないが鈴が四組代表を隅に追い詰め、四組代表がイグニッション・ブーストで緊急回避をする。
その時移動中の四組代表の体が不自然に吹っ飛ばされた。
観客は何が起こったか分からなかっただろう。だが俺達は知っている。隣で鈴を撮影中の夜竹さんを見ると、視線はこちらに向けなかったが大きく頷いた。一夏はこれかと呟いた。鈴の固有武装、両肩に浮いている装甲から繰り出される目には見えない砲撃である。オルコットは鈴と喧嘩した際このおそらく衝撃砲と呼ばれる砲撃によって形勢をひっくり返され負けてしまっていた。
受けた本人にも理解不能なようで、だが四組代表は驚愕の表情を浮かべながらも何とか体勢を整えようとする。もちろんこの機会を窺っていた鈴がそんな暇を与えてくるはずがない。イグニッション・ブーストで一気に肉薄し、右手の青龍刀を思い切り振り下ろす。四組代表は回避しようとするも体勢の崩れた状態ではままならず、直撃こそ避けたが初めて青龍刀の一撃をもらってしまった。
ついに鈴のターンがやってきた、と誰もが思っただろう。
本人もここで勝負を決めるとばかりに逃げる四組代表を追う。
そして今に鈴が迫るというその時、何を思ったか四組代表は右手に持った銃を鈴の顔に向かって投げつけた。
至近距離というわけでもなかったので投げられた銃は鈴の青龍刀で軽く払い飛ばされるが、それは同時に鈴の意識と隙を一瞬にしても奪っていた。
鈴もすぐに気づくもその時には四組代表はイグニッション・ブーストで飛び上がり、窮地を脱してしまっていた。
こうして鈴は仕留め切れず、四組代表は大ダメージと銃を一つ失う痛み分けとなったが、もちろんまだ試合は続いている。
銃を一つ失った四組代表は完全に安全重視に切り替える。撃っては動き、動いては撃つというヒットアンドアウェイで鈴を削り切る方針にしたようだ。無駄弾を撃てなくなったというのもあるだろう。
鈴の方はといえば、さっきの場は痛み分けとはいえ得たものも多い。ついに当てたことによって四組代表の装甲を理解しただろうし、相手の攻撃力が半減している。そして何より重要なのは自身の衝撃砲によって相手が完全に恐れを抱いているということだ。
四組代表も動きながら考えて、怪しいのは両肩だと予想はつけているだろう。だが何が起こったか分からない以上、鈴から目を離すことができなくなった。イグニッション・ブースト中にやられてしまったので、一気に距離を取ろうとするのは逆に的になってしまうということを意味する。それはつまり至近距離での緊急脱出を事実上封じられたことになった。
こうなると精神的な優位性は鈴にある。
一見四組代表が安全第一になっているため再び膠着しそうだが、もう四組代表は追い込まれることさえ許されない。
そして鈴は試合開始から一貫して愚直とも言えるほど相手を追い詰めることに終始していて、時間が経てば経つほど相手の動きに慣れ効果が上がっていっている。もはや一度でも追い込まれてしまったら勝負がつくと思えるところまできていた。
だが四組代表も諦めたわけではない。一夏との試合でパニックを起こして勝ちを失ったという自覚があるのだろう。この試合の四組代表は終始集中力を切らせることはなかった。
だが後から考えれば四組代表はその代わりに自身の感情を無視してしまっていたと言えそうだ。
そこから先、傍目には再び四組代表がペースを握ったようだった。
ヒットアンドアウェイに切り替えて確実な射撃を行った結果、鈴に対して攻撃が当たるようになり始める。
対する鈴は相手が安全重視になっているため攻撃が全く当たらない。それどころか追い込むことすらままならないように見えた。
観客からすればハラハラドキドキ手に汗握る試合だったことだろう。形勢が二転三転する白熱した展開に、どちらかを応援するというわけでもなく純粋に試合そのものを楽しんで見ているようだった。
IS学園の生徒的には自分の戦闘スタイルに近い方へ気持ちを寄せて見ているようで、声を聞く限りクラスなど関係なく歓声や悲鳴が上がっている。
だが俺達だけは違う。あれだけ騒いでいた夜竹さんは声を一切発することなく撮影に集中していたし、一夏も何も言わず真剣な顔でじっと鈴を眺めている。もちろん俺もそうだ。
これまでの試合はスポーツ観戦をするように喋りながら観ていたものだが、今回に限ってはそれがなかった。別に人数がいなかったからではなく、そうする必要がなかったからだ。
俺達はある一定の視点から鈴を見ていて、試合が進むに連れてそれが正しいことを確認していた。
そして試合は唐突に終わる。
四組代表がいつものように攻撃をしようとした時、またも不自然に吹っ飛ばされたのだ。
今度の鈴は考える隙さえ与えないとばかりに即イグニッション・ブーストで迫り、青龍刀のめった打ちを浴びせる。それで装甲の薄い四組代表は地面に落ちあっけなく沈んだ。
観客が悲鳴や歓声を上げる暇もない一瞬の出来事だった。
「終わったか」
一夏が一言発した間はちょうど観客が我に返るのと同じくらいだったのだろう。すぐに地を揺るがすような拍手と歓声が湧き上がる。
それは一夏に向けられたような黄色いものではなく、すばらしい試合を見せてもらったという鈴と四組代表への賞賛だった。
そして鈴にもそれは伝わったようで、鈴は少しだけ顔を崩し、軽く手を振って待機室へと戻って行った。
「ねえねえ甲斐田君、最後のあれは四組の人が罠に嵌ったってことでいいの?」
「そうだね。今までなかなか当たらなかった攻撃が急に当たり始めるようになったんだ。鈴は自分を的にして四組代表の動きを自分の衝撃砲が当たるところに誘導してたんだろうね」
「午前中の三組の人といい、うまくいったと思ったら落とし穴とか最悪だ」
「でもおかげで一番の不安要素をこの目で見ることができた。しかも二回もだ。ねえ一夏?」
「うーん……別にすごくないとは言わないけど……やっぱり智希の言う通りなんだろうな」
一夏に対して初見殺しをやろうとした四組代表が同じことをやられてしまうというのは実に皮肉な話だ。そして四組代表は自分がやられた場合の対処方法を考慮していなかった。せっかく初見の際はかろうじてでも回避することができたというのに、その後もこれまでと同じ感覚で戦ってしまってはやられても仕方がないと言えるだろう。手持ちのカードが増えたのならそれに合わせて戦術も変わってくるのだ。イグニッション・ブーストを使わなければそれで大丈夫ということではない。
「でも大収穫だ。鈴の衝撃砲を見られたどころかヒント満載の試合だった」
「ねえ織斑君、あたしは甲斐田君の説明を聞いてなかったら絶望的な気持ちになるところだったんだけど、やっぱそんな感じ?」
「んー、どっちかって言うと安心したかな」
「安心って、甲斐田君の言うことが合ってたから?」
「それは最初から信じてたから安心するも何もないけど、俺としては鈴がやっぱり鈴だったことへの安心だな」
「君らってそればっかだね」
確かに俺としても鈴はやはり鈴だったを多用し過ぎていたかもしれない。