IS 喜んで引き立て役となりましょう!   作:ゆ~き

26 / 64
26.うまくいっているように見えたら見えたで不安に思ってしまう。

 

 

 

 うまくいっているように見えたら見えたで不安に思ってしまう。

 

 

 

「いいぞ一夏、その調子だ!」

「一夏さん、焦らずに、決して焦らずに」

「それでいいんだ、もうすぐ相手は焦れてくる」

 

 パイロット組もこのままでいいと言っている。

 戦況の判断については俺よりもしっかりできる人達だ。危険要素を思いつけばすぐにでも言ってくるだろう。

 そしてまだここまでそれはない。

 

「岸原さん、ダメージの状況はどうですか?」

「大丈夫です! あれだけ受けていても強度以上の攻撃は一つもありません! シールドエネルギーの減りもまだまだ想定未満です!」

「よし、いけるわ。もうすぐ、もうすぐ向こうが痺れを切らす」

 

 今のところ、全てがうまくいっている。

 当の一夏にしても、集中力に全く問題はない。

 有耶無耶になったにせよ、本人は昨日の対四組戦での自分のふがいなさを自覚している。

 二度とあんな真似はしないと、一夏は昨日の夜強い決意を示していた。

 

「もう! こんなに硬いなんて聞いてないわよ!」

「おうおう! どんどん撃ってこいよ! 遠慮とか一切いらねえぞ!」

 

 そして威勢もいい。確かに挑発しろとは言ったが、一夏がここまでノリノリになるとは思わなかった。

 待機室を見回しても谷本さんや布仏さんも元気に応援している。

 ところが、そんな中俺だけが乗り切れないでいた。

 何が不安なのかって、こんなにうまくいってしまっていいのかという話だ。そう決めたのは俺なのに、自分の判断への自信がない。

 ここに来て俺達は、方針の百八十度転換というある種の博打とも言える作戦を持って対三組戦に臨んでいた。

 

 

 

 

 対三組戦では防御主体の持久戦を行うべきである、と書いてあったのは整備班から提出された資料だ。

 一夏の機体の性能に対して真っ向から喧嘩を売るその提案に、俺と指揮班の二人は思わず言葉を失う。

 機体の性能バランスをどうすべきか聞いたのにこの人達は何を言っているの、と鷹月さんは呆然と呟いた。

 

 一夏の専用機は極端なまでの攻撃特化だと俺達は認識している。ブレード以外の装備を全て捨て、盾さえ持たない。そしてその代わりにエネルギー無効化攻撃という対ISでは凶悪とも言える必殺技を繰り出すことができる。

 ただしそれは自身のシールドエネルギーを消費して行うという諸刃の刃で、エネルギーがなくなってしまえば使うことができなくなり、その上装甲まで失うという最悪の状態にまで陥ってしまう。だから使いどころが限られていて文字通りの必殺技と言えた。

 また一方の防御面については機動力を活かした回避が命だ。装甲もそれなりにあるとはいえ、持ち物がブレード一本だけではとても受けに回ることなどできない。そして攻撃にシールドエネルギーを使う以上長期戦もやりたくない。

 つまり整備班の提案は弱点を前面に押し出すかのような自殺行為に見えた。

 

 もちろん、整備班は適当に投げやりに言ったわけではない。

 いきなりこう書いてきたのは俺達を驚かせてやろうと意地の悪いことを考えたのだろう。きっと俺が整備班に対して結論を最初に言えとしつこく言い続けたことへの意趣返しに違いない。

 だが彼女達は機体の整備バランスという観点から論理を積み上げて、この一見とんでもなく見える結論に達していた。

 

「よし! そのタイミングだぞ一夏!」

「幸先がいいですわ。そうです、一度で決めようとしなくていいのです」

「うん、確かにこういう相手ならこのくらいの威力で十分だね」

 

 資料もとい提案書には最初に、織斑一夏の攻撃力はオーバーキル過ぎる、と書かれていた。

 対五組戦で見せたように、一夏はエネルギー無効化攻撃を使えば一撃で相手を葬り去ることさえできる。またブレード自体も唯一の武装だけあって、打鉄やラファールのブレードとは格が違うとも言える威力を備えていた。

 確かに一撃必殺一発逆転というロマンはあるかもしれないが、実際問題そこまでの威力を必要としているだろうか、と整備班は疑問を投げかける。一撃で倒せずとも十発で倒せれば十分ではないか。そしてエネルギー無効化攻撃があれば十発もいらないだろう、と。

 その上で三組代表に対して必要な威力はこれくらいだ、と整備班は俺達が驚くような低い数値を出してきた。それによって浮いた分を他の重要な要素に割り振るべきだと言う。

 

「何これ、この銃が全く効果ないとかありえないんだけど。通常よりも結構威力上げてあるのに、どれだけ硬くしたのよ」

「はっはっは、気合が全く足りないな。おい、もっと本気で来ていいぞ!」

「気合で威力が増したらとっても嬉しいんだけどね!」

 

 その分が防御に割り振られた結果、一夏の全身の装甲が鬼のように硬くなった。具体的には今相手の銃を完全に無力化してしまっている。元々近接戦を想定しているため一夏の機体の装甲強度はそれなりに高いのだが、改造で上げることのできる分が相当にあったのだ。

 もちろん攻撃を受ける以上シールドエネルギーは減ってしまうが、それも最小限だ。どれだけ弾倉を用意しているかは知らないが、向こうからすれば今の状態で一夏のシールドエネルギーを削り切るなど気の遠くなる作業に思えるだろう。

 

「あっ、織斑君がまた当てたわ。岸原さん、今の攻撃での相手のダメージはどれくらい?」

「はい、やはり三組代表さんは機動力を上げている分装甲が犠牲になっています。大幅に威力を落とした雪片弐型ですが、向こうも防御が相当に下がっているので十分な効果が出ていますね。えーと、先ほどの攻撃では直撃を避けられたにも関わらず三パーセントは削っていると思われます」

「今のでそこまで出るのですか。確かに織斑君の速度に合わせるため三組代表は装甲を削らざるをえませんが、それにはこのような落とし穴があったのですね」

 

 打鉄どころかラファールのブレードさえ下回ってしまうような威力で大丈夫なのかと不安になる俺達に対し、三組代表は装甲を大幅に下げてくる、下げざるをえないから十分だ、と整備班は返してきた。

 三組が対一夏戦において最初に考えなければならないのは、新型機とのスペック差を埋めることである。その中でも特に機動性だけは同等以上を確保しなければならない。相手が高威力のブレードを持つ以上立ち回る必要があるのは間違いないからだ。それに一撃でISを沈めてしまうような高威力の武装を持つ相手なら多少の装甲などあってないようなものだろう、と考えて真っ先に装甲を削る。

 だがその考え方は甘い毒で、だったらもう少し攻撃に割り振っても、もう一息削っても……と深みに嵌る。実際に三組代表の機動力は整備班の想定以上で、それはつまりその分だけ装甲が余計に犠牲になっていることを示していた。

 

「さすがに機動性は下回ってるねー。しょうがないっちゃしょうがないんだけどさ」

「仕方ありませんわ。機動部分の数値を変えてしまっては一夏さんがいつもの感覚で戦うことができなくなりますので」

「もう少し早く機体の整備バランスのことに気づいていれば、訓練で一夏の体に馴染ませることができたな。残念だ」

 

 一夏の機体は専用機だということで、俺達は勝手に量産機との間に線を引いてしまっていた。普通に考えれば専用機だろうがISはISなのだから同じことができて当然なのに、一夏の機体を性能が固定されたものとして思い込んでいた。相手の機体については改造を考慮していたのに、自分の側についてはできないものと決めつけてしまっていたのだ。

 もちろんそれには仕方がないという要素も多分にある。何しろ倉持技研の協力を得られたのは本番の三日前だ。また同じく専用機持ちで気づいてくれそうなオルコットは未だに自身の機体を使いこなすところまで行っておらず、整備バランスを考え始める前の段階にいる。改造に対する認識自体が薄かった。整備班も自分達が触ることができないという事実から最初から改造については考慮の外にあったようだ。

 だから改造については正直相手状態に合わせるための微調整程度なつもりだったのだが、一夏の機体が改造できることを聞きつけた整備班はやる気に火を付けてしまった。その結果連中は嬉々として改造案をいくつも出してきて、既に本番が始まっているというのに俺や指揮班の二人は頭を悩ませる事態に陥っている。

 

「大丈夫、あれくらいならまだ想定範囲内だから。それよりも今大事なのは三組代表が混乱してしまっていること。これは完全に相手の予想を上回っているわ。このままで十分いける!」

「そろそろ三組代表もこちらの状況は理解したようですが、未だ対応策を考えるところまで行っていませんね。織斑君の普通の攻撃に反応しきれないほどパニック状態で、まったく集中できていません」

 

 だがいくら整備班が案を出そうが、決めるのは彼女達ではない。最後に合意は取るにしても、基本的に決定権は俺と指揮班にある。ただし除くオルコット。

 初日については一夏へ変な影響を与えたくないということで改造案は全て却下していたのだが、対三組戦において指揮班の二人が整備班の出した改造案に乗ってしまった。『とりあえず』『試しにちょっと』とかいうような次元ではなく、完全に食いついてしまっている。

 理由は明確で、この案なら完全に相手の裏をかけて、しかも安全に勝つことができると判断したからである。

 そして実際にこちらの作戦は三組の想定外なようで、傍目からも三組代表は完全に動揺してしまっている。何しろ鈴に負けた時と同じように、自分の攻撃が相手に全く通じていないのだ。焦ってしまうのも当然で、その表情を隠すことさえできないでいた。

 

「このっ! このっ!」

「さっきからぜんっぜん効かねえな! 蚊に刺された程にも感じないってきっとこういうのを言うんだろうなっ!」

 

 さらに一夏も絶好調である。これまでは回避することが全てだったが、今はいくら攻撃を受けても平気という状況にまで変わっている。楽しくて仕方ないようだ。

 とはいえ作戦上挑発しろ煽れと指示していたにしてもノリノリ過ぎる。これでは悪役っぽくて見栄え的によろしくない。俺的には、な話だけれども。

 

「いい感じに織斑君は挑発してるわね。さあどうする? このままじゃあなたは勝てないわよ?」

「早く我に返ってください。そちらは午後も試合がある以上長期戦はよろしくないのですよ。こちらは今日はこの試合だけなのでそれでも別に構わないのですけれど」

 

 一夏は昨日のうちに午前午後の連戦を終えているが、三組はこれからだ。だから三組代表は午後のことも考えつつこの試合を戦わなければならない。昨日試合をして疲労については十分理解できているだろう。既に一敗している以上三組は連勝が絶対条件だ。そのためにはこの試合を長期戦に持ち込まれて消耗し、次に引きずってしまうわけにはいかない。

 ならば、この後三組代表は銃よりは威力が高いであろうブレードを持って前に出てくる。それはすなわちわざわざ一夏と打ち合ってくれるという話だ。

 

「岸原さん、相手のブレードの威力はどの程度だと予想できるでしょうか? 敗北した二組戦で全く通じていなかったので前よりはあると思いますが」

「そうですね……さすがに織斑君の装甲強度よりも上回ってくるとは思います。ですがどの程度かについては不確定要素がありますので、まだ何とも言えないです」

「不確定要素?」

「もう一つか二つは武装を隠しているという話です。イグニッション・ブースト対策をしてくるだろうという予想ですよね?」

「ああ、それか。確かにラファールの大砲系か盾くらいは用意してくるでしょうね。つまりその分を差し引いただけブレードの威力を上乗せできていると」

 

 一夏は既に対四組戦でイグニッション・ブーストを見せてしまっている。だから当然三組代表はその対策をしてくるのは間違いないだろう。四組代表はイグニッション・ブーストを使うことができたが、三組代表はおそらく使えない。対鈴戦において絶対に使うべきところで使えていないという事実からそれは分かる。また三組の訓練を偵察した限りでも、使ってもいないしその練習さえしていない。一朝一夕に身に付けられる技術ではないので、見ただけでいきなり使えるようになるということもまずない。うちのクラスでも二週間近くかけて習得できたと言えるのは一夏以外には篠ノ之さん他数名だけなのだから。

 もちろん使ってきたら使ってきたで別に構わないのだが、使えない場合は別途対策を立ててくるだろうという予想だ。

 

「鷹月、おそらく三組代表は盾を用意していない。左手のブレードを盾代わりに使っている。そもそもイグニッション・ブースト以前に一夏の雪片弐型を正面から受け止めるつもりがあれば、最初から盾は持っておくべきなのだ」

「凰さんとの試合を見ても待つより自分から仕掛けるタイプみたいだし、機動力を活かしてうまいこと受け流そうって感じだよね」

「装甲を大幅に削っているくらいですので、今さら防御に気を遣うことはしないと思いますわ」

「なるほど。とするとやっぱり大砲系もしくはぎりぎりまで引きつけてからの全速回避しかなさそうね」

 

 三組代表は右手に近距離系の銃、左手にブレードを持っている。

 ここまでの戦い方からして基本は銃主体、一夏に近寄られたらブレードで対応する、というやり方のようだ。

 対鈴戦の反省からおそらく攻撃の威力を上げ、さらに機動性も強化して十分に一夏と立ち回れるようにしている。だがその分だけ装甲を失っており、ほとんど防御方面については切り捨てた形だ。

 昨日の一夏が相手なら確かにそれはうまく嵌っただろう。適度に距離を取りながらしつこく銃で削る。近づかれても対鈴戦の時のようにうまく受け流して、至近距離で銃を放つ。イグニッション・ブーストについては別途対策を取って封じる。またエネルギー無効化攻撃に対してはもう割り切って回避のみに全力を注ぐ。

 もちろん俺達もそれは予想していて、一夏対策を取られた時にどう対応するかをずっと考えてきた。

 そして今回採用したのが、相手の裏をかいて一夏対策を無意味なものにするという戦術だった。

 

「この調子ならレーザー系の貫通攻撃は持ってなさそうね。万が一で裏の裏をかかれるのが一番怖かったけど」

「織斑君の機体を打鉄の上位互換と考えた場合、絶対にないとは言えない話でした。ただレーザー系は効率が悪いのも事実ですので、確信でもない限りわざわざ用意する必要性はないですね」

 

 もちろんその可能性も考えてはあった。

 もしかしたら相手に全部読み切られているかもしれないという危惧を俺が口にすると、指揮班の二人は少し考えてからそれはそれで問題なく戦えるという回答を出してきた。

 三組に裏の裏をかかれた場合どうなるか。攻撃はレーザー主体、防御は一夏のブレード以上、これが一番困るパターンだ。

 だがその場合はエネルギー無効化攻撃を使えばいいと鷹月さんは言う。三組代表が防御方面を残すのであればスペック上攻撃か機動のどちらかは両立が不可能だ。どうしても一夏の専用機と同等ということにはできない。攻撃の威力を落とすか、機動で下回ってしまうか、どちらかを受け入れなければならないのだ。

 攻撃力が低ければ腹をくくって長期戦に持ち込みチマチマとしつこく叩く、機動が低ければ立ち回りで勝てるのでエネルギー無効化攻撃が大活躍できる。こちらは焦る必要もないのでじっくりやればよく、向こうは次の試合を考えればどこかで無理をする必要がある。連戦という一つの山場を乗り切った実りがはっきり出ていた。

 

「あとはイグニッション・ブーストを使えるかどうかだな」

「あら、この状況でしたらおそらく必要もありませんわ。相手の方から来てくれるでしょうから」

「あ、そっか。向こうはもう至近距離で打ち合うしかないもんね」

 

 ともあれ、今のところ三組代表はこちらの術中だ。そして三組代表は自分の思い通りにいかない場合どう出てくるか。こちらはそのためにちゃんと道を用意してあげているが。

 

「参ったわ。完全にやられた」

「お、やけに弱気だな。なんならそのまま降参してくれてもいいんだぞ?」

「まさか。でもこうなったら死中に活を求めるしかないわね。癪に障るけどお望み通り、君達の手のひらで踊ってあげようじゃない」

「まだまだ余裕はありそうだな。いいぜ、来いよ」

 

 三組代表は銃をバススロットにしまい、ブレードを右手に持ち替える。確かにこちらの望んでいた通り、打ち合いに来てくれるようだ。

 さあここからは一夏の土俵、近接戦だ。篠ノ之さんやクラスメイト達と訓練してきた成果を見せる時だと言えるだろう。相手はイタリアの代表候補生、技術だけなら鈴とも互角に渡り合っていた。だがこの相手に勝てないようでは対鈴戦は非常に厳しくなると言わざるをえない。

 俺としてはこの近接戦次第で鈴に対する戦い方を考え直す必要さえあると思っている。

 

「あ、その前に質問」

「なんだよ。せっかくいい感じだったのに」

「ごめんごめん。あのさ、この作戦を考えたのはまさかあの子じゃないわよね?」

「あの子?」

「甲斐田君」

「智希? うーん……きっとあいつじゃないだろうな。なんか不安そうな顔してたし」

「だろうね。あの子って純粋そうだから、きっとこういうのは嬉しくないだろうね」

「はあ!?」

 

 言うまでもなく、またも部屋中の視線が俺に突き刺さる。

 だがそんなものについては今さらどうでもいい。問題は俺が一夏に不安な表情を見せていたという事実だ。

 俺としてはそういうつもりは一切なかった。この作戦については整備班、指揮班、パイロット班の全員が賛同している。そしてそのことは自信を持ってやれるよう一夏にもきちんと伝えている。

 それなのに一夏は俺から不安を読み取った。どういうことだろう。

 

「あの子も希少な男性IS操縦者なんだから、大切に扱ってあげなきゃダメよ」

「いや、大切に扱って欲しいのはむしろ俺の方なんだけど」

「何事も自分主体で考えない。君と違ってあの子は周りが支えてあげないといけないんだからね」

「俺と違うのは分かるけど……支えて……?」

 

 認識の違いによる咬み合わない会話などどうでもいい。相変わらず続くお前何か言えよ的な視線も特に気にするようなものではない。

 どこで、一夏は俺の不安を見た? 何を、俺は不安に思った? 俺の危惧や指摘は全て解決されているはずだ。

 今の俺が不安に思う何かがあるとすれば、うまく行き過ぎていることくらいだ。それは漠然としたもので、はっきり言ってしまえば杞憂と同レベルにある。嫌な予感がするとか虫の知らせというような感覚的なものでもない。

 この先に大きな落とし穴でも待ち受けているのだろうか。だが当の三組代表に穴を掘っているような形跡はない。自分でも口にしていたが完全に後手を踏んでしまっており、今俺をダシにして会話をすることによって精神的な落ち着きを取り戻そうとしているようにしか見えない。

 とすれば穴とはいわゆる墓の穴か。

 

「あっ、お前もそういうことか! 確かに俺も最初はそうだったし、無理もないっちゃその通りか。智希に本気でやられたら仕方ないよな」

「いきなり何の話よ?」

「そのうち分かるぞ。その時は智希を一発ぶん殴っていいぜ。俺が許す」

「はい? 甲斐田君を殴っていいとか意味分かんないんだけど」

 

 一夏によって俺は三組代表から殴られることになってしまった。俺はリーグマッチが終わった後三組五組にきちんと事情を説明するようクラスメイト達から約束をさせられているのだ。ということは五組代表にも殴られてしまうのだろうか。

 一夏としては俺の行動にいい顔をしていなかったし、終わったら有耶無耶に誤魔化さずきっちりけじめをつけろ、と言うことなのだろう。一夏は時々俺がやらかしたと思うとこうやって間に入ってくる。そしていつの間にか収めてしまう。

 しかし、姉からしてそうだが謝って一発殴って解決それで後腐れなし、など直球にも程がある。誰もが一夏のようにすっぱり割り切れるわけはないのだが。

 

「それで智希のことは勘弁してやってくれって話だ。それよりいい加減始めようぜ」

「なんかよく分かんないけど甲斐田君と話してみるしかなさそうね。いいわ、始めましょう」

 

 三組代表は釈然としないながらも真剣な表情に切り替えてブレードを構える。一夏は律儀にそれを確認してから自分もブレードを構え、そして三組代表へと斬りかかった。

 第二ラウンド、お互いにブレード一本だけを持った近接戦が始まる。

 

 

 

 

 

「互角……いや、やはり分は多少悪いか。一夏の攻撃が当たるよりも三組代表の攻撃の方が命中しているな」

「向こうは前の試合もそうだったけど、反応が早いね。こういうところがやっぱ適正Aランクなんだろうなー」

「近接戦では反応速度が物を言うと言いますわ。三組代表は少しそれに頼り過ぎているようにも見えますが」

 

 一般的にIS適正が高いほど自在にISを動かすことができると言われている。特に一瞬一秒を争う近接戦では自身の身体能力に加えてIS適正が大きく響いてくるとのことだ。

 しかし、それなら適正Cランクで近接戦クラス最強の篠ノ之さんはいったいどれだけすごいのかという話になるのだが。

 

「大丈夫、これくらいは予想の範疇。そこまで大きな差はなさそう。そしてこのまま続けるとお互いに消耗戦になるから、どこかで三組代表は無理をしなければならなくなる。こちらとしてはそこが狙い目よ」

「岸原さん、三組代表のブレードの威力は分かりますか? お互いのダメージ如何によっては戦い方も変わってくるのですが」

「そうですね……織斑君への直撃がないので正確なところまで分かりませんが、大雑把に言って一撃当たりのダメージはこちらの方が多そうです。あ、こちらの与えるダメージの方が大きいってことです」

 

 つまり、このまま進むとジリ貧なのは三組代表の方だという話か。

 外から見る分には、三組代表の方が押しているように見える。対鈴戦でやったように、三組代表は一夏の周りを細かく動き周り隙を探しての攻撃を行っている。

 それに対して一夏も相手の一つ一つの動きにきちんと反応はできている。ブレードで受けたり回避したりして、多少はもらいつつも完全な直撃は一発もない。

 だがその分だけ受けに回ってしまっていて、自分の攻撃にまで繋げられていない。うまく回避ができた場合はそのまま攻撃へと移行できているが、ブレードで受けてしまった時はそのまま相手の攻撃を受け続けてしまう。

 いや待て、もしかしてそれだろうか。

 

「決して切れるな一夏、苦しいのは相手も同じだ」

「同じ条件において有利なのは一夏さんの方なのですわ。一夏さん、もうしばらくの辛抱を」

「このままの状態が続くわけないんだ。織斑君のターンはこの後なんだから」

 

 前回のこともあって、パイロット班は一夏のメンタルを心配していた。だが俺は一夏の集中力については問題ないと思っている。少なくともこの試合と次の鈴戦においては集中が切れるということはまずないだろう。昨日一夏は自分の行為について強く深く反省をしていた。こうなれば喉元過ぎるまでは同じ轍を絶対に踏まないのが織斑一夏だ。

 過ぎてしまえば何度でもやらかしてしまうのだけれども。

 

「向こうも往生際が悪いわね。このままじゃまずいって自分でも分かってるんでしょ?」

「仕掛けるのが遅くなればなるほど形勢は悪くなりますのに、何をためらっているのでしょうね。前の試合のことがあるので慎重になっているのでしょうか?」

 

 それを聞いて俺はようやく理解ができた。

 三組代表は落とし穴を掘っていない。こちらは穴を掘った。だが、三組代表は落とし穴に気づかず素通りしてしまっている。

 

「まずい、このままじゃ負ける。早くこっちからどうにか手を打たないと」

「どうした甲斐田?」

「甲斐田君? ずっと黙ってたけどいきなり口を開いたと思ったら何を言っているの?」

 

 今ジリ貧になってしまっているのは一夏の方だ。

 

「甲斐田さん、また何かが見えたのですか? ですが負けるとは……」

「あのさ、今の状態が続いたらまずいのはこっちだよ。明らかに不利な状況じゃないか」

「ちょっと落ち着きなよ。この状況がいつまでも続くわけじゃないんだからさ」

「こっちが何もしなかったらこの状況が続くから言ってるんだよ。このままやってれば三組代表は勝てるのに、何を変える必要があるんだ」

「え?」

 

 訓練の成果を出すどころではない。それどころか一夏は自分で自分を縛って苦しんでしまっている状態ではないか。

 一方今の三組代表は完璧に集中できている。

 

「見てれば分かるけど一夏の攻撃はもう全然当たらなくなったよね。そして三組代表の攻撃は時々当たってる。一撃一撃のダメージは小さいかもしれないけど、このまま続いたら先にゼロになるのはこっちだ。だよね、岸原さん?」

「はい!? え、えっと……ですがそれには相当な時間がかかるかと……」

「甲斐田君落ち着いて。だからそれをやると消耗が激しいから続けられないって話でしょ」

「消耗以前に三組はここで負けたら終わりなんだ。勝ち目がそこにあると見えれば腹をくくるよ。だって完全に裏をかかれて自分の作戦なんてもうあってないようなものだし、自分でも死中に活を求めるしかないって言ってたじゃないか」

 

 全員が押し黙る。

 実に単純な話で、三組代表は一夏に乗せられたと理解しつつも、近接戦を選択する時点で余計なことを考えるのを止めたのだ。要するに、開き直った。

 もしかしたら対鈴戦において我慢しきれずに欲を出して負けてしまったことが念頭にあったのかもしれない。

 見る限り、今の三組代表には前の試合であったような迷いのある動きは一切見られない。

 

「あたし達向こうを追い詰め過ぎちゃった……?」

「甲斐田さん、ですが一夏さんも今日まで近接戦の訓練は毎日続けてきましたわ。ここまで見ていて三組代表の方は篠ノ之さんほどの技量は持っていないように見受けられます。ですからこのまま続けていれば一夏さんも相手に慣れて、本来の実力を発揮し同等の勝負に持ち込めるのではないでしょうか」

「本来の実力なんてこのままじゃ絶対に出せない状態なんだよ。足を止めて相打ち覚悟の打ち合いなんて一夏の戦い方じゃない。動き回って隙を見つけて、必殺技含めた強力な一撃を叩き込むのが本来の一夏だよね?」

 

 漠然としていた不定形がどんどんクリアになって具体的な形へと変わっていく。それは最初から存在していたものではなく、今まさに形作られていっている。

 一夏はなぜ俺が不安を抱いていると思ったのか。それはきっと一夏に対して俺は『大丈夫か』『できるか』などと何度も確認をしたからだ。つまり、俺にとって今までやってきていないと思えることをやらせようとしたせいだ。

 もちろん、それができると思える根拠はクラスメイト達が作ってくれていた。彼女達は今の一夏の実力から判断して、無理がないと思える範囲で作戦を立てていた。

 ひとつひとつは基本的な技術で一夏にとっても特に難しいことではない。やらせればできることで、試合でも普通にできている。だから一見何も問題がないように見えた。

 問題はそれが微細な変化ではなく、本質まで変えてしまっていたということだ。

 

「甲斐田君、でも織斑君にできないことをやらせたわけじゃないでしょ。本来がどうかっていうのはさておき、今織斑君がやっていることは全て近接戦の基本よ。むしろ今までやってきたことよりも緩いくらいで」

「甲斐田さん、今回エネルギー無効化攻撃を使わないことによって織斑君には余裕ができました。シールドエネルギーを節約する必要がないので、今までのように全回避を目標としなくていいのです。代わりに攻撃の威力は低下しましたが、それについても無理に一撃で決めようとしなくてよくなりました。機動部分は変えていないのでこれまでと同じ感覚で戦うことができます。ですから制限を取り払っているのでかえって実力を発揮しやすい環境にあるのではないでしょうか」

「操縦技術のことを実力と言うのならその通りだろうね。それなら今僕らの目の前にある光景が答えだ。お互いに実力を発揮し合った結果、三組代表の方が一夏よりも上だった。そして時間が経てば経つほどその差ははっきりとしてきてる」

 

 モニターの向こうでは、一夏が輪の中心にあって三組代表は一夏の周りを動き続けている。

 高速に動いて細かく攻撃を加え一夏の装甲を削ることに集中し、また自身はできるだけ直撃をもらわないように立ち回る。むしろ三組代表がいつもの一夏の戦い方をやっているようだ。

 

「じゃあ甲斐田君の言う実力って何よ?」

「専用機とか武器とか戦術とか全部ひっくるめた試合に勝つための総合力。そうだ、オルコットさんだって自分の実力を言われたら自分の専用機と武装も込みで考えるよね?」

「え、ええ……専用化処理された機体に乗っている以上わたくしは量産機には乗ることができませんので……」

「一夏だって同じことだ。そして篠ノ之さん、今の一夏が相手なら百回やって百回全勝できるよね?」

「……そうかもしれないが、今の一夏は相手に合わせた状態だ。私とやる時はまた私に合わせるだろうから全く別の話だぞ」

「じゃあいつもの状態で一夏に負けることがある要因って何?」

「要因?」

 

 質問の意図が読めなかったようで、篠ノ之さんは首を傾げる。

 

「エネルギー無効化攻撃と高威力のブレードだ。同じ条件なら全敗の相手にでも、これによって一夏は勝利の可能性を得ることができる。それは相手にとって大きな脅威だからだ」

「……そういうことか。今の一夏には怖さが全くないということなのだな」

「一発逆転がない以上、時間はかかっても普通にやってればそのうち勝てる相手だよね」

「甲斐田さんの言う実力とはそういうことなのですね」

 

 三組代表からすれば、今の一夏はちょっと機動性の高い打鉄に乗っているようなものだ。そして機動性でも操縦技術でも自分が相手を上回っていると考えれば、打鉄向けのセオリー通りな戦い方をすればいい。

 むしろ変化をつけて違うことをしなければならないのはこちらの方である。

 

「じゃ、じゃあこのままじゃ織斑君は負けちゃうってこと?」

「待って。……甲斐田君、時間が経てば相手も疲れてくるから、織斑君も攻撃を当てられるようにならない? 一発当たりのダメージはこちらの方が大きいことを考えると、先に相手のエネルギーを削り切ることもできなくはないわよね?」

「可能性としてならね。一夏が腹をくくってしばらくは防御に徹したらその確率は上がるかもしれない」

「で、では一夏さんがその手段を選択することは……?」

「ゼロ。なぜなら一夏は打鉄のオーソドックスな戦い方の訓練なんてしてきてないから」

 

 IS学園に入学してからこのかた、一夏は自分専用の戦い方しかやってきていない。

 打鉄に乗っていた時も先輩達は一夏に専用機と同じ戦い方をさせていた。オルコットとの模擬戦の日に間に合えば乗り換える予定だったというのもあるし、一夏に打鉄のやり方は性格的に向いていないと言っていた。

 そうだ、先輩達は最初から言っていたのだ。俺は今の今まで結びつけることができなかったという事実に一人愕然としてしまった。

 

「私達、織斑君が自由に戦えるようにしようとして、逆に縛ってしまっていた……」

「元々その性能から打鉄の戦い方をベースにしようとしていました。特殊性は考慮していたつもりですが、量産機の考え方を無理に当てはめた結果中途半端なものにしてしまっていたようです……」

「そんなこと今はどうでもいいよ! このままだと織斑君が負けちゃうんならどうにかできないの!?」

 

 相川さんが苛立たしげにモニターを指差して大声を上げる。

 もちろんここから一夏にアドバイスを送ることはできないし、案があったとしても一夏がそれに気づいてくれるかも分からない。

 だがこの状況で一夏に何ができるだろうか。

 距離が近いためイグニッション・ブーストは意味をなさず、相手の装甲が薄いのでエネルギー無効化攻撃も大して効果がない。

 

「いっそ距離を取ってイグニッション・ブーストを使ったいつものやり方に戻すか……?」

「駄目ですわ。こちらから近接戦に持ち込んでおきながら翻すのは、失敗したと相手に教えるようなものです。相手に心の余裕まで与えてしまうことになりますわ」

「でも実際失敗なんだからもうしょうがないんじゃない? 今までのことに変にこだわるよりはすっぱり仕切り直すつもりで」

「このままこれを続けるとして、可能性としては……」

「甲斐田さん、何か」

 

 四十院さんがすがるような目を俺に向けてきた。釣られたのか他の連中まで俺を見る。今度は全く別の感情がこもった視線だ。

 そんなこと急に言われても困るのだが。それにたとえ俺が何かを思いついたとしても、一夏がそれをやってくれるとは限らない。

 ならばせめて一夏の思考をトレースして考えてみるか。

 俺は答えずモニターに目を凝らす。

 

「急にだんまりになったな! もっと喋ってくれていいんだぞ!」

「おしゃべりはもうおしまい。ここからは真剣勝負よ」

 

 三組代表のことを一夏はどう見るか。いい加減しつこいなとうんざりしているだろう。それと同時に踏んだり蹴ったりの状況の中痺れを切らさず集中し続けていることに感心する。そして自分も負けていられないと気合を入れ直す。だから対四組戦のようにはならなさそうだ。

 

「なあなあ、そんなに飛ばしてたらもたないぞ。お互い時間がかかりそうだし、もっとのんびりやろうぜー」

「じゃあその間に勝つことにするから、遠慮なくのんびりしてていいわよ」

 

 三組代表は鈴のように相手のことを一切無視するというわけではない。だが集中しつつ動きながらも会話までこなしている。

 一夏としては自分にはとても真似できないと思うだろう。一夏はせいぜい相手が息を整えるために少し離れてくれた時くらいしか声を出すことができていない。そしてこの状況はあまりよくないとはっきり意識する。

 

「一夏……それではただの三下だ……」

「そのような行為は一夏さんには全くふさわしくありませんわ……」

「これやっばい。こういうのって負けフラグじゃん」

 

 まずいのであれば一夏はそのままにはしない。ならば今の自分には何ができるか。一夏は天才型だが、無から何かを生み出すタイプではない。まず最初に自分の中にある引き出しを開ける。

 今この場で何ができる。そしてその結果どうなればいい。

 

「エネルギー無効化攻撃だ」

「え?」

 

 俺が口にしたのとほぼ同時に、一夏のブレードが光る。

 一夏はそのまま三組代表に向かって斬りかかり、相手は大慌てで回避した。

 

「嘘!? それ使えたの!?」

「使えないって誰が言ったよ?」

 

 一夏が朗らかに笑った。

 そうだ、それしかない。

 

「えっ? えっ?」

「甲斐田さん、これは……?」

「ちょっと黙ってて」

 

 この後でどっちに転ぶかが決まる。

 

「どうして今になってそんな……」

「そろそろお前も疲れてきたろ? ようやく当たってくれそうだからさ」

「そんな!!」

 

 三組代表は誰の目から見ても青ざめた。

 よし、と俺は拳を握る。一夏も心の中で万々歳だろう。

 やはり三組代表はエネルギー無効化攻撃のことを正確に理解していない。

 

「甲斐田、これはどういうことだ!?」

「この試合でエネルギー無効化攻撃とか意味ないよね!?」

「多少はダメージが増えるかもしれませんが、こちらも事実上装甲を削られているのと一緒ですわ。一夏さんはなぜわざわざあのような……」

 

 パイロット組が俺に詰め寄ってくる。

 少しは自分で考えろと一瞬思ったが、俺自身が口にしてしまっていた以上解説を求められるのはある意味当然か。

 

「俺としちゃもう少し粘って疲れてもらいたかったんだけどさ、まだまだやる気ありそうだしこのへんでいいかなと思ったわけだ」

「嘘でしょ!? 今までの全部ひっくるめてそっちの思い通り!?」

「変に期待させて悪かったなとは思うけど、がんばってもらわないと疲れてくれないし」

 

 一夏が攻撃する姿勢を見せていないとはいえ、三組代表は棒立ちしたまま呆然と一夏を見る。

 それに対して一夏は実にさわやかな笑顔だ。

 

「甲斐田!」

「甲斐田さん!」

「なんなの!?」

 

 俺は安堵のため息を吐いて、それから三人へと向き直る。

 一夏がここまでやってきていて、今すぐにできること。

 それは。

 

「はったりだよ」

 

 

 

 

 

 正直なところ鼻で笑われて終わりの可能性もあった。三組代表が正しくエネルギー無効化攻撃のことを理解していた場合は。

 だから賭けといえば賭けだ。だがかなり勝算のある賭けだった。

 そもそも一夏のエネルギー無効化攻撃は、自分で受けてみなければ何が本当に凶悪なのか分からない。

 傍目から見れば、一撃で五組代表を葬ってしまう程超強力なオーバーキルの必殺技だ。ブレードの刀身が輝き、いかにも反則的な威力を持っているように外からは見える。

 しかしその光はシールドエネルギーを無効化してゼロ扱いにする働きをしているだけで、光そのものにダメージを与えるような威力はない。

 だから装甲自体が薄い三組代表に対して使う意味はあまりなく、また作戦からしてその予定もなかった。

 

「あれ、おっかしいなあ? そろそろ当たると思ってたんだけど」

「あんなこと言われてもらうバカはいないわよ!」

 

 余裕綽々に見える笑顔を相手に放ちながら、一夏は首を傾げる。もちろんのこと対オルコットの模擬戦で培った演技である。

 時折エネルギー無効化攻撃を出しながらも、はなから一夏は相手に一発も当てるつもりはない。当たったらはったりがバレるからだ。

 だが三組代表の方は全力で回避しようとしている。ついさっきまで、三組代表は自身の反撃も見据えてギリギリで躱そうとしていた。ところが今ではかすることさえ恐れているように見える。一撃でISの全エネルギーを削ってしまうような攻撃なのだから、かすっても危険だと想像してしまっているのだろう。

 

「三組代表の動きが急に消極的になった……」

「弱気……いえ、あれは臆病とも言えるような……」

「そっか。喰らったことないからこそあそこまで怖がっちゃうんだ……」

 

 ほんの少し前まで、三組代表の意識はまず攻撃することだった。全ては次の自分の攻撃のために動いているかのようだった。

 だが今は回避が第一だ。正確にはまず何よりも一夏のエネルギー無効化攻撃を回避することが大事だ。

 なぜなら三組代表からすればあれをもらってしまったら終わりだからだ。目の前で五組代表がやられている。それに一組の訓練を偵察していて、優勢だったはずの対戦相手が光の一撃でひっくり返される様を何度も見ている。

 どうしてそこまで怖がるのか。そもそも三組は一夏対策の情報源が俺だった。つまり俺に頼ったが故に正確なところを理解していないからだ。嘘を言うとバレた時が怖いので、なんかよくわかんないけど一夏はすごい、と俺は言い続けた。よく分からないというのは大きな不安要素だ。幽霊を怖いと感じるのはそれが得体の知れない存在だからだ。

 また偵察しているのも知っていたので、むしろそれに気を取られている隙に足元を引っ掛けてやろうと俺達は考えていた。元々三組代表への対策ではエネルギー無効化攻撃を警戒させてフェイント的に使おうというのが主眼でさえあった。

 初戦の対五組戦で一夏がやり過ぎてしまい、この作戦はもう使えなくなったと俺達は半分捨てていた。だが一夏はここにきてはったりとエネルギー無効化攻撃によるフェイントをうまく組み合わせて、形勢を再度ひっくり返したのだ。

 

「腰が引けている、とでも言うべきでしょうか。全てにおいて攻撃が浅いです。回避することが第一であれば深く踏み込めないのは仕方ないのかもしれませんが……」

「同じ人が、たった一瞬の出来事でこうまで変わってしまうの? さっきまではあんなに積極的だったじゃない」

 

 鷹月さんが理解できないという顔を俺に向ける。

 プロのスポーツだってメンタルは重要な要素で、それが勝負に直結することさえある。いくら優秀と言っても高校入りたての十五六歳ではそうそう立て直しはできないのだ。まして一度開き直ってからの叩き落とされようだ。心を完全に折られずに今も動けているだけで賞賛に値すると思う。

 

「クソッ! 全然当たんねーじゃねーか! こっちが当たったって意味ないんだよ!」

「それはおあいにくさまね。でもお望み通りなのんびり持久戦になってきたんじゃないかしら?」

 

 ところが一夏は三組代表の精神に救いの手を差し伸べる、わけは当然ない。

 はったりなのだから、通常の攻撃の方が当たって欲しいのだ。当てる気のない、いや当たって欲しくないエネルギー無効化攻撃を全力で回避してもらって、本命の通常打撃を受けてもらう。

 三組代表もあっちに当たるくらいなら……と考えて通常の攻撃に対する対応が甘くなった。それどころか次第に、こちらの方が逆に安全だと錯覚しているような感じになってきている。たとえ回避しきれなくとも通常攻撃の間なら自分も攻撃ができると、ほとんど相打ち狙いの様を呈してきたようだ。

 そしてそれは当初の狙い通りの展開だった。

 

「当たんねえ! 全然当たんねえ!」

「全然当たってるわよー。どうでもいい攻撃だけが」

 

 一見焦っているのは一夏で、三組代表が平常心を取り戻したかのようだ。

 だが実際は相打ちの繰り返しで、三組代表の方が大きく削られている。

 目の前の都合のいい現実だけを見ている三組代表に勝利の女神が微笑むことはもうない。

 

「一夏さんが、一夏さんが、先程から全く美しくありませんわ……」

「落ち着けオルコット。あれが一夏の本心から出たものではないことくらいすぐに分かるだろう? そこにふんぞり返っているではないか。一夏を悪の道に誘い込む元凶が」

「なんか思考もシンクロしてたし、それに甲斐田君っぽいいやらしさだよね。いい夢から覚めたら悪夢のような現実が待ってるだなんて」

 

 戦況を一番よく理解しているのはパイロット班連中だ。だから今の会話は連中が勝利を確信し心に余裕を取り戻したが故の軽口だろう。

 さっきまでは慌てふためいていたというのに、本当に現金な連中である。

 そして俺はもうこの連中は俺に嫉妬しているから悪口を言うのだと決め付けることにした。

 

 そもそも一夏が今やっているはったりによる精神への揺さぶりは、対オルコットの模擬戦でやろうとしていたことである。あの時は使う前に終わってしまったが。

 一夏のこの手の言動はオルコットの精神を揺さぶるために準備していた諸々の一つで、全ては先輩達の指令であり俺に責任は一切ない。持ち上げてから叩き落とすとダメージ大きいですよねという俺の発言に宮崎先輩は笑って何も言わなかった。だから俺の意見は却下されたのであり、オルコットの心を叩き折るため一番最後に使う手段として用意されていたこととは何も関係ないはずだ。

 

「三組代表さんのエネルギーはおそらく一割を切りました。この調子ではあと数分で終わると思われます」

「そう」

「今も自分の残量エネルギーに気づいていないようですね……」

 

 岸原さんは努めて平静に喋っているつもりなようだが、嬉しさを隠しきれず声が軽くなっている。

 一方鷹月さんと四十院さんはぼんやりと、気の抜けたような顔になっていた。

 

「鷹月さんに四十院さん、まだ何か懸念点でも?」

「えっ? ああ、見ての通りよ。もう勝利へのカウントダウンが始まってる」

「三組代表にとっては目覚まし時計が鳴る寸前とも言えますね」

 

 どうしたのだろう。勝利が近いのに少しも嬉しそうに見えない。

 多少トラブルはあったにせよ結果を見れば計画通りに行ったと言えるのだが。最後に三組代表は落とし穴に落ちた。正確には一夏が無理矢理落とした。

 この二人は変に三組代表の方に感情移入でもしてしまったのだろうか。

 だが明日の試合まで丸一日あるとはいえ、最後は最大の難敵鈴だ。まだまだ二人には考えてもらうことがある。この試合がうまくいったからといってやりきったと満足してもらっては困るのだ。

 

「二人とも疲れた? 確かに今が疲れのピークかもしれないけど、次の鈴が最大の難所だ。みんなの力を総結集しないと絶対に勝てない。それにリーグマッチの集大成とも言えるし、終わったら切り替えてもう一息がんばろうよ」

「切り替えて……そうだった」

「そうです、まだ私達のリーグマッチは終わっていません」

 

 二人は何かに気づいたかのようにはっとした表情になり、お互いに顔を見合わせ強く頷いている。

 危ないところだった。まさか本当に気持ちが切れかけているとは。

 もしかしたらこの人達はむしろうまくいかない方がリベンジ気分でやる気になれるのかもしれない。

 

「そこまで!」

「えっ?」

「終わりだ」

「えっ、どういうこと?」

「お前もう動けないだろ」

「あれ?」

 

 織斑先生の声が鳴り響き、三組代表の時間が動き始める。

 三組代表は一夏に言われて自分がへたり込んでいることに気づいた。

 だがまだ理解の方は追いつかないようだ。

 

「俺もこの試合で大事なことが分かったよ。こういう言い方していいのか分からないけど、ありがとう」

「えっ? えっ?」

 

 そのまま一夏は回れ右して自分の待機室へと歩みを進める。

 大歓声と拍手が一夏に向かって降り注いだ。

 

 

 

「智希、悪いけどこの戦い方は俺には合ってないわ」

 

 待機室へと戻ってきて、一夏が軽く笑って俺に言う。

 

「だね。ごめん」

「お前が謝ることじゃないだろ」

 

 どう考えても謝るべきは俺なのだが、悪いのはできなかった自分だと一夏は言いたいのかもしれない。

 だが結局のところ、ここまで勝ってこられたのは全て一夏の力によるものだ。

 果たして俺自身はここまで一夏のために何かをできていただろうか。本番が始まってから俺は肝心なところで力になれていない。

 同じ勝つならもう少し楽に勝たせてあげたいのに、そのもう少しさえ出せない自分は不甲斐ないと言う他なかった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。