IS 喜んで引き立て役となりましょう!   作:ゆ~き

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22.理想的な勝ち方とはどういうものを言うのだろう。

 

 

 

 理想的な勝ち方とはどういうものを言うのだろう。

 

 

 

 実力差があり相手を圧倒して勝った場合は理想的だろうか。それともギリギリの勝負を勝ち切った場合だろうか。もしくは実力差を跳ね返して逆転勝ちした場合はどうだろうか。

 もちろん負けるのは論外だが、一回きりの勝負でない以上ただ勝てばいいというわけではなかった。

 

「とりあえず、織斑君は圧勝し過ぎた」

 

 鷹月さんのこの言葉が俺達の今の心境だ。本当に、一夏は俺達の想像以上の光景を演出してくれた。

 無傷で勝ったのはとてもありがたいことではあるのだけれども。

 

「あれを本番でいきなり出したのはすごいことだとは思いますが……」

「織斑君があんなのを毎回決めれるならそもそも頭を悩ます必要もないんだけどね……」

 

 本番に強いとか運も実力だとかそういう次元の話をしているわけではない。はまった時の一夏は篠ノ之さんさえも圧倒出来るだけの力を見せてくれるのは既に分かっている。

 だがさっきの試合のあれを狙ってやれと言われても、間違いなく今の一夏は二度とできない。最大速度のイグニッション・ブーストに加えて同時に最大出力のエネルギー無効化攻撃など、そもそも訓練でやっていたなどという話は一切聞いていない。指揮班として一夏にやらせていたのはひたすらその二本の柱をコントロールできるようにすることだった。そして一夏はいまだにある程度までしかコントロールできていない。

 

「イグニッション・ブーストは最大速度にしてもそこまでエネルギーを食わないと思うけど、エネルギー無効化攻撃って相当に自分のエネルギーを消費するんだよね?」

「ばんばん出せるなら最初からケチろうなんて言わないわよ。効果は凶悪だけど出せば出すほど自分の首も締まっていくという諸刃の剣で、扱いには本当に気をつけないといけないものなんだから」

「エネルギー無効化攻撃は自身のシールドエネルギーを消費するので、シールドエネルギーがなくなった瞬間に使えなくなるどころか機体が紙装甲になってしまいますものね」

 

 もう一点特化どころの話ではない。いったい誰がこんな機体にしたのかと文句を言いたくなる次元で、本当に攻撃をすることしか考えられていない。

 チーム戦ならまだ味方に盾になってもらえるかもしれないが、一対一では欠点が全て降りかかってくる代物だ。

 

「一撃で仕留められたからよかったけど、あれ外してたら一気に不利になってたところだよね」

「相手も警戒して近寄らなくなるだろうし、その上シールドエネルギーを大量消費した状態だし、もう本当に一撃で終わって助かったわ」

「織斑君も最初が勝負どころだと理解してやったとは思いますが……」

「そこで訓練でもロクにやってないことをいきなりやるんだからほんと心臓に悪いわよ」

 

 四十院さんと鷹月さんが揃ってため息を吐く。

 俺や指揮班の二人の頭が追いつかなかったのは、いきなり一夏が指示どころか想定すらしていないことをやってくれたせいが大きい。

 そもそも俺達は一夏に最初に勝負をかけろなどとは一言も言っていない。いや、もちろん戦うのは一夏なので本人的にいける時があれば迷わずいけとは言っているが、初っ端から突撃しろとは一切言っていない。

 むしろ最初は相手の出方を窺って、向こうが短期決戦か長期戦の構えか見極めるように指示していた。そしてそれに合わせた戦い方をするようにという作戦だった。

 指揮班の二人は相手がどうこようと対応できるようにと、こと細かに一夏の戦い方を考えていた。実際具体的にどう動いていくかを考えるのはパイロット班の範疇だが、方向性や全体の流れについては指揮班の二人が決めている。

 二人ともここ数日は授業などそっちのけで考えていたようで、本番前日の昨日は優等生揃いのIS学園でも優等生の部類に入る鷹月さんが魔剣出席簿の一撃を受けるという珍しい光景まで見られた。

 

「まあ結果オーライだったし終わったことをどうこう言ってもしょうがないよ。それよりも次のことを考えよう」

「そうね。というかそれが本題よね。ごめん、考えてるうちについ」

「では改めて四組の対策を考えましょう。今までの想定よりも難しくなっていますし」

 

 俺を含めた三人共愚痴の一つでも言わずにはいられない状態だったが、さすがに次も迫っていることもあり頭を切り替える。

 

「そうだね。鷹月さんの言った通り一夏は圧勝し過ぎた。それによって四組の代表は警戒してまず間違いなく向かって来ない」

「あんなものを見せられたらもうまともに戦おうとは絶対に思わないわよね」

「それでなくとも四組の代表は積極的に前に出てくるタイプではなさそうですし」

 

 話題は四組の代表へと移る。

 この相手は布仏さんという情報源があり、またその情報によって一番やりやすいと考えられていた。

 何よりこのリーグマッチに対してクラス自体にやる気がないというのが大きい。

 

「まず四組というクラスのことだけど、ここ本番に至ってもリーグマッチの価値に気づいてすらいない。藪蛇になるから代表本人にまでは聞けてないけど、でも自分のクラスに協力さえ求めていないという事実から、代表本人も気づいていない可能性が高い」

「少なくともクラスの協力を得られていないのは間違いないです」

「うん。じゃあ鷹月さん、模擬戦をやるその代表本人については?」

 

 鈴や三組五組の代表への対応もあって、俺自身は四組代表の対策についてノータッチだ。

 そういえば面識どころか結局本人の顔さえ見ていない。まあ生徒会長の妹だそうだから、見ればすぐに分かるとは思うが。

 

「そうね、日本の代表候補生ということだから、ISの操縦技術については他のクラス代表と遜色ないと思う。さすがにまともにぶつかっても楽勝ということにはならないわね」

「ですが四組の代表は大きなハンディキャップを背負っています。この模擬戦において織斑君を相手にする上での話ですが」

「うん、四組代表は打鉄で戦わなければならないということだよね」

 

 俺達が四組代表を他と比べてやりやすいと考えるのは、何よりこの一点だった。

 

「そう、打鉄という機体は銃を撃って逃げ回るような高機動型ではない。味方の盾となって硬い装甲で相手の攻撃に耐え、ブレードで打ち合うのがそもそものコンセプトだから」

「ですがその硬い装甲も、織斑君のエネルギー無効化攻撃の前では意味をなしません。四組代表にとって織斑君はある意味天敵と言えるでしょう」

 

 打ち合うのがメインの機体なのだから、一夏にとって一番相性のいい相手だといえるだろう。

 それに打鉄も一夏の専用機も同じ倉持技研の製作、スペックを見てもあらゆる点で専用機の方が上だ。

 

「でも四組の代表は改造とか好きでそればっかりしてるみたいだし、その結果高機動型に変わってるとかないよね?」

「あのね、いくら改造しようと打鉄は打鉄なんだからね。改造にも限度があるし、たとえ装甲の全てを機動の方に振り替えても高機動型のISより速くなるとかありえないから」

「整備班の方々の協力で打鉄の速度をどこまで速くできるかは把握できています。織斑君も認識できていますし、スピードの部分で問題となることはないでしょう」

「そういえば改造に限界があるからこそイグニッション・ブーストのような技術が生まれたって岸原さんが語ってたなあ」

 

 オルコットとの模擬戦の際に先輩から聞いたが、ISを改造するとは別にパワーアップさせることではない。

 改造とは機体の性能のバランスを変えることで、例えばオルコットとの模擬戦の際に一夏が乗った改造打鉄Kは、装甲を削って機動性を上げている。それはバーター的なもので、どこかを伸ばすためには別のどこかを削らなければならない。そしてそれにも限度があり、どこまでもできるというわけではないそうだ。

 だから高機動性を求めるのであれば本当は最初からラファールやメイルシュトロームを使うべきなのだが、四組の代表に限ってはそれができない。

 

「でも四組の代表は打鉄を使わなけれなならないと」

「日本の代表候補生で打鉄を持っている倉持技研の管轄だし、そもそも自分用に打鉄をもらってるからね。最初から選択肢すらない」

「岸原さんが調べてくれましたが、織斑君に専用機が作られることが決まった時、同時に今四組代表の更識簪さんへの打鉄の貸与も発表されています。更識さんに気を遣っての話だと思いますが、専用機でない時点で明らかに扱いに差がありますね」

 

 もしかしたら一夏の機体は元々は四組代表に渡されるはずのものだったのかもしれない。

 

「それ実は打鉄とよく似た別のものでしたとかないよね?」

「不安になる気持ちは分かるけど大丈夫。それはIS学園で去年まで訓練機として使われてた機体だって。岸原さん心配性だからそこまで追いかけて調べたそうよ。IS学園の整備士さんに直接聞いた話だから間違いないわ」

「そういえば甲斐田さんはIS学園の整備士の方々とも面識があるのですか? 岸原さんに限らず甲斐田さんの名前を出すと話がスムーズに進んだとよく聞きますが?」

「あー、織斑先生のお使いとかでいろんな人と顔を合わせてるせいかな。それに一応僕も男でISを使えるんだから、知らない人もいないと思うよ」

「言われてみれば甲斐田君もそうだったわね。最近ISに乗ってるとこ全然見ないからすっかり忘れてた」

 

 鷹月さんからナチュラルに失礼な発言が飛んできた。もしかしてこの連中の俺を貶める発言は意識さえせずに行われているのだろうか。

 一応俺も週に一度はIS委員会のデータ取りのためISに乗ってはいるのだが。

 

「まあ僕のことはいいとして、じゃあ四組の代表は毎日何を改造してるんだろうか?」

「だからそれは前にも言った通り、もはや趣味の領域。あ、別に勝手に言ってるわけじゃなくて、IS学園の整備士さんの意見。四組代表は機体の整備も全部自分でやるって言い張ってるらしくて、ここ一ヶ月機体を誰にも触らせてすらいないそうよ」

「正直なところ、あまり評判はよくないですね。頑なと言いますか意地になっていると言いますか、他人を拒絶するような行為が目立っていて」

「だからわりと簡単に情報が入ったというのもあるけど、日頃の行いって大事よね」

 

 機体の整備まで含めて何もかも自分一人でやっているようでは、案外余裕などないのかもしれない。

 

「それに改造するのはいいけど、その人ほとんど訓練してないのよ。たまに歩行とかの基礎的な練習をしてるくらいで、放課後はひたすら自分のISに繋いだパソコンとにらめっこ状態」

「改造してそれで終わりではありません。実際に動かしてみて自分の体でも確認をしなければ使いこなすことはできないのです。整備士さん方が趣味の世界だと言うのは、机上で数字をいじっているだけで全く実践が伴っていないからなのです」

「うーん、さすがに訓練してるところは隠しようがないか。打鉄に乗って訓練してたら誰の目にも分かるし、クラスの人達も様子見てくれてるし」

 

 しかし俺など必要ないと言うだけあって、四組代表のことはよく調べられている。

 しっかり裏まで取っているあたり俺がやるよりも精度は高そうだ。

 

「ということは話戻すけどいくら改造しようと想像の範囲内で収まるってことでいいよね?」

「もちろん。そしてその想定はしてあるし、織斑君も理屈だけじゃなくて訓練で感覚でも覚えさせているから、たとえ長引いてもこちらにとってあまり不利にはならない」

「おそらく逃げ回るであろう相手をどのように捕まえるかがこちらとしての焦点ですね」

 

 やはり一番の問題はまともに向かってこない相手に対してどうやって一夏は攻撃を当てるかになるだろう。

 さっきの試合で明らかに普通ではない攻撃を見せてしまっているので、打鉄だからといって打ち合ってくれるような甘い期待はもうできない。

 

「そうするとやっぱりエネルギー無効化攻撃よりもイグニッション・ブースト?」

「エネルギー無効化攻撃を使う機会はあまりないと思う。打鉄で織斑君から逃げ回ろうと思ったら相当な部分をスピードの方に割り振るしかないから、ということは装甲が極端に薄くなる」

「その場合はエネルギー無効化攻撃がなくともブレードだけで十分だと思います」

「なるほど。もし逆に装甲を厚くしてきた場合は捕まえるのが簡単になるから、今度はエネルギー無効化攻撃を使えばいいわけか」

 

 相手は打鉄という制限をかけられている時点で一夏に対して最初から不利だ。

 ラファールやメイルシュトローム相手ならその硬い装甲を生かして持久戦に持ち込めばやりようはあるが、装甲を無意味なものにしてしまう一夏には打鉄の戦い方が通用しない。

 だから機動性の弱い機体でも高機動型の戦い方をするしかないのだが、そんな中途半端なことではブレード一本しかなくとも専用機持ちの一夏に勝つのは厳しいだろう。

 

「予想される試合の展開としては、まあ鬼ごっこになるでしょうね。こっちが剣一本しかないのに変わりはないから、向こうはできる限り距離を取って銃で削ってこようとするのは間違いない」

「そこでイグニッション・ブーストが活きると」

「ですがおそらくそれはなかなかうまくいかないと思います。なぜなら相手もイグニッション・ブーストを使ってくる可能性が大いにありますので」

 

 そうだ、確かにイグニッション・ブーストはこちらだけの専売特許ではない。

 岸原さんは打鉄の資料からイグニッション・ブーストの技術を発見している。日本の代表候補生であり打鉄を乗りこなしているであろう四組代表だって使えていても全然おかしい話ではないのだ。

 

「だったらイグニッション・ブーストを使って高機動型な戦い方をしてくるんじゃないの? スピードを上げられるってことじゃない」

「もちろんその可能性も考えたけど、それをやろうとすると今度は機体そのものと本人の精神がもたない。織斑君から本気で逃げ回ろうとするのなら常にイグニッション・ブーストを使い続けるくらいはしないといけないけど、それは機体にも本人にも相当な負担がかかるのよ」

「制御が難しいというのはそういう面もあるのです。加速させるというのは結局機体に無理をかけている状態です。ですから常時そういう状態ではすぐに機体が悲鳴を上げてしまいますし、制御し続ける本人にも相当な精神的疲労が振りかかります」

 

 聞けば聞くほどことごとく打鉄であることが足を引っ張っているように見える。

 

「ちなみにそれは根性とか操縦技術でどうにかできるもの?」

「多少はもたせられる時間を伸ばすことができるかもしれないけど、ジリ貧であることに変わりはないわ。そしてその間に一撃でも受けた日には終わり」

「パイロット班の方々に打鉄で織斑君に勝つ方法を考えていただきましたが、織斑君の機体が打鉄の上位互換的存在だというのもあって、もはや技術云々のレベルではなく相当に厳しいです。結論としては織斑君の特性を理解した上で篠ノ之さんのように肉薄するしかないという話になりました」

 

 これはおもしろい。

 基本的に打ち合うのはエネルギー無効化攻撃を持つ一夏に対して愚の骨頂なのだが、打鉄にはあえてそれをやるしか勝機がないというのか。

 剣道日本一で剣に特化している篠ノ之さんはずっと打鉄を使い続けていて、エネルギー無効化攻撃なしでは一夏はまず勝てない。

 だがエネルギー無効化攻撃を解禁しても、篠ノ之さんは一夏の攻撃をほとんど空振りさせてしまっていた。一度でも当たれば一気に形勢は逆転するのだが、当てられないまま篠ノ之さんの勝利に終わることの方が圧倒的に多かった。

 とはいえ一度でも受けたら終わりというのは精神的にとてもきついようで、見た目は完勝でも篠ノ之さんに余裕があるというわけではないそうだ。

 つまり誰にでもできることでは決してない。

 

「でも本気でそれをやろうと思ったら篠ノ之さん並みの剣の技術と度胸と勇気が必要になるんだけど、四組代表にはどれもないというのが私達の結論ね」

「それは一朝一夕に身につくものではありませんし、四組代表にはそのような経験がないことも分かっています。どんな天才でもいきなりやってできるものではありません」

 

 また、訓練当初は相手の機体など関係なく一夏は負け続けていた。

 だがこの一ヶ月毎日地道に訓練を続けたことによって、一夏は勝てないにしてもクラスメイト達と渡り合えるようになっている。

 もちろんクラスメイト達も初心者に手が生えた程度でそこまで熟練した腕前というわけではないが、きっとそこには一夏の恐るべき成長速度があるのだろう。篠ノ之さんが驚愕し鈴が嫉妬したという事実もある。

 

「もし万一覚悟を決めて向かってきたとしても、織斑君は篠ノ之さんと訓練しているから動じることもない。むしろ向かってきてくれるのは織斑君の性格的にも嬉しいでしょうね」

「その場合はおそらく先ほどの五組代表と同じことになるでしょうか」

 

 話しているうちに鷹月さんと四十院さんには自信が戻ってきたようだ。

 元々普通にやれば勝てる相手で、唯一勝ちが計算できると言っていたくらいだったが。

 

「なるほど、じゃあさっきの試合を踏まえた上での懸念点は?」

「だからそれは相手がまともに戦ってくれないこと。鬼ごっこをしているうちに織斑君の集中力が切れて、そこで畳み掛けられると敗北もないってわけじゃないのよ」

「勝ったのはもちろん嬉しいことですが。圧勝し過ぎたことで今後の相手に強い警戒心を与えてしまったのが難点ですね。加速しているのはきっと分かったでしょうし、エネルギー無効化攻撃についても何か特別な攻撃を持っているとは理解しただろうと思います」

 

 無傷の完勝を素直に喜べないというのも難儀な話だ。

 元々一夏には引き出しが少ないので、あまり対戦相手に手の内を見せたくなかった。だいぶ上達したとはいえ技術的にもまだ安定にはほど遠く、相手に手の内を飲み込んでかかられると対応しきれないことが多いのは訓練ではっきりしている。

 こちらから攻めているうちはいいが、奇策などを使われて受けに回ると脆いのが一夏だ。訓練では鬼ごっこのようなジリジリとした展開が続くと頭が疲れて集中力が切れ、隙が多くなってそこを突かれることが多かった。

 かといってうまくいっているうちは安心かと言うとそういうわけでもなく、調子に乗って無茶をして相手にひっくり返されることもまたよくある。うまくいったからよかったものの、さっきの試合などは勢いでやってしまった部類に入るのだろう。

 性格による部分が大きいが本当にムラがあり過ぎる。あの時先輩達が悩んでいたことが、今実感として俺に降りかかっていた。

 

「もちろん、四組との試合がそういう展開になることは織斑君も理解してる。だから予想外なことではないんだけれど、さっきの試合を見た後じゃもう相手が徹底して逃げるのは間違いないでしょうね」

「敵は相手にあらず自分の中にあり。ラッキーヒットでも受けて織斑君が動揺でパニックになってしまわないか心配ですね」

「そのへんは改めてきちんと言い聞かせておこう。あと谷本さんにもケアをやってもらって」

 

 もっと有効な対応策はないのかと思うが、ありきたりな考えしか浮かばなかった。

 おそらくさっきの試合によって一夏は相手に普段よりも過大な評価をされてしまっている。だが警戒された相手にじっくりとやられて長引けば、実は穴だらけなのはすぐにバレてしまうだろう。そしてそれが相手に余裕と自信をもたらしてしまっては、一夏にとっていい展開にはならなくなる。

 問題点は分かっているのに、今すぐ解消できないというのが実にもどかしい。

 

「あ、もうこんな時間だ。じゃあ二組と三組の試合を見に行こうか」

「そうね、しっかり偵察をしておかないと」

「四組や五組と違って予め実戦での動きを見ることができる相手です。十分に生かして織斑君に還元したいですね」

 

 だがいつまでもひとつのことにこだわり続けるわけにもいかない。たとえ四組に勝っても次の日の三組戦で負けては全く意味がないのだ。

 出たとこ勝負となって一夏に全てを背負わせないためにも、これからきちんと偵察しておかなければならない。

 残っていた紙コップの水を一飲みして、俺達は寮から再びアリーナへと戻った。

 

 

 

 

 

 モニター越しではなく客席から見るアリーナはまだ熱気に包まれたままだった。

 言うまでもなく、先ほどの一夏の影響だ。

 発見された男性IS操縦者は鮮烈な印象を残すデビューを果たしていた。

 ただISを動かすことができるだけでなく、たった一ヶ月で使いこなしてみせたのだ。

 白く輝く専用機とも相まって、その姿は観客に一夏が特別な存在であることを印象づけただろう。

 

「おっ、遅かったな。何してたんだ?」

「次の試合に向けての作戦会議」

「あ、そっか。いつもありがとな」

 

 当の本人は落ち着いてくれたようだ。一夏の後ろに座っている谷本さんが俺に向かって得意げな笑顔でピースしている。時間があれば何をしたか確認しておこう。

 

「いろんな人に握手してくれとか言われちゃったよ。なんか俺芸能人みたいだな」

 

 のんきな顔の向こうで、篠ノ之さん達が危機感に顔を曇らせていた。

 もちろん一夏が活躍するのは彼女たちにとっても誇らしいだろうが、それは同時に一夏の存在が世に広まってしまうということでもある。

 これまではクラスの中でだけだったが、リーグマッチ後は学校中に一夏の魅力が広がっていくのだろう。そしてそれは俺の目論見通りだ。

 

「体は問題ない?」

「大丈夫に決まってるだろ。むしろ早く試合したい気持ちを今もぐーっとこらえてるくらいだ」

「次もさっきみたいにうまくいくとは思わないでね。相手はすごく警戒してくるから」

「分かってるって。四組の代表は元々そういう話だろ。我慢比べになるから先に切れないように、だったな」

「きちんと頭に入ってるならいいよ」

 

 一夏も各クラスの代表対策訓練でクラスメイト達に口を酸っぱくして言われている。

 一夏のメンタルが心配なのは俺や指揮班だけではない。むしろ毎日一緒に訓練をしているパイロット班連中の方が一番身にしみて分かっているので、一番にして最大の不安要素を解消すべくあれこれ頭を悩ませていた。

 訓練の外では谷本さんがうまくコントロールしてくれているようだが、始まってしまっては誰も助けることができない。だからせめて訓練ではいうことで、訓練において一夏がじれるシチュエーションを何度も行って一夏を精神的にも鍛えようとしてくれていた。

 

「おっ、ようやく始まるな」

 

 場内アナウンスが流れ、鈴の名前が呼ばれた。会場に拍手が湧き上がる。

 そして専用機に乗った鈴が出てきた。赤……というよりはピンクと黒の機体で、両肩の上には棘付きの装甲が浮いている。あれがオルコットの言っていたやつか。できればこの試合で見せてくれると嬉しいが。

 

「あいつ緊張してんのか? 鈴らしくねえ顔だな」

 

 確かに鈴はよく知る一夏や俺が疑問に思うような無表情だった。

 普通、いつもの鈴であれば、こういう人前での場では笑顔を絶やさない。一夏に褒めてもらうのが一番だが、他人の賞賛も嫌いではない。手の一つくらい振ってもおかしくはなかったのだが、今日の鈴は何の感情も浮かんでいない無表情だった。それは篠ノ之さんがよくやる仏頂面とはまた別の種類で、俺には感情を押し殺して封じ込めているように思われた。

 

「なんかこれから試合するって顔じゃねえな。馬鹿らしくて本気出すまでもないってか?」

 

 鈴に対して怒っているというのもあり、一夏の評価は厳しい。

 一方俺はあの鈴の表情からまだ鈴が自分の感情を整理できていないと感じた。

 どちらかの方向に振りきってしまえれば、鈴はわざわざその感情を隠すような真似をしない。

 だがいまだにどっちつかずなままの状態であるので、せめて平静であろうと努めているのだろうと思った。

 と、一夏の向こう側に座る篠ノ之さんと目が合う。篠ノ之さんの目はお前の仕業だなと言っていた。だが俺は何も答えず目をアリーナの中央へと戻した。

 

「三組代表はラファールか。まあそうよね」

 

 隣の鷹月さんが鋭い目つきで分析を始めている。

 続けて出てきた三組代表は笑顔で手を振りながらアリーナの中央へと向かって歩いていた。それは無表情の鈴とは対照的な姿だった。

 

「一年三組代表、アニータ・ベッティよ。よろしくね」

「ごたくはいいわ。さっさと始めるわよ」

「あら、もしかして緊張しちゃってるの? ダメよ、こういう機会なんだから、めいいっぱい楽しまなくちゃ」

「うっさいわね。余計なお世話」

 

 取り付く島もない、という様相だった。話すことは何もないとばかりに鈴は自分の武器を右手に出す。それはブレードというよりは青龍刀という感じのごつい剣だった。中国産だし確かにヨーロッパ風の武器とは見た目から違っているのだろう。

 

「あらあら、せっかちさんね。心の余裕はきちんと持っておいた方がいいのにね」

 

 笑顔で返しながら、三組代表も自分の武器を出す。こちらはフランス産のラファール、出てきた武器も西洋的なブレードだった。

 そして三組代表もブレードを構え笑顔から真剣な表情に変わる。

 それをきっかけとして始まりの鐘が鳴った。

 

「始まるの早っ!」

 

 谷本さんのどうでもいい独り言が聞こえたが、確かにさっきの試合のように罵り合いが始まることはなかった。やはりお互いに始まる意思を見せなければならなかったのだろう。

 まず鈴が青龍刀を振りかぶり相手へと突進する。それに対し三組代表は自分も突っ込むことはせず受けに回った。

 もちろん三組は鈴の青竜刀をまともに受けるような真似はしない。ブレードで受けつつも体をそらし、相手の力を外に逃がして躱す。そしてその勢いで鈴に斬りかかった。

 だが躱されるのは分かっていたのだろう、鈴も慌てることなくそれを青龍刀で受けて、むしろ力ではじき返した。

 

「凰さんはやっぱりパワー型か……。最新の専用機ってこともあるし打ち合うのは骨が折れそうね」

「見た目通り一撃が相当に重たかったです。盾持ちの打鉄でない限りまともに受けて耐えようとは考えない方がいいでしょう」

 

 実際に鈴の攻撃を食らったことのあるオルコットが補足する。というか青龍刀の見た目からしてあんなごついのをまともに受けたいなんて思う奴はいないだろう。

 しばらく近接での応酬が続く。積極的に仕掛けているのはむしろ三組代表だった。敏捷性を重視しているのか、細かく動いて鈴の隙を狙っている。対する鈴は一撃で仕留めようとしてか手数を多くするよりも重そうな攻撃がメインだ。当たらなくとも顔色一つ変えず、淡々と青竜刀を振っている。細かい攻撃が当たっている分一見は三組代表のペースのように思えた。

 

「凰さんも今日は連戦だし省エネで通すつもりなのかしらね?」

「そうかー? あいつすげーやる気なさそうに見えるんだけど」

「織斑君、やる気がなけれればあのように綺麗に躱すことはできませんよ。それに受けた攻撃もたいして効いていません。無駄に動いていない分凰さんの計算通りだと思います」

 

 四十院さんにたしなめられて、一夏が肩をすくめる。

 オルコットに完勝しているという事実もあり、鷹月さん達は鈴の実力を相当上に見ている。確かにそれ相応の実力を持っているのは間違いないのだが、今回に限っては一夏の方が正しいと俺は思った。

 ただ一夏も正解というわけではない。一夏がやる気ないと評したのは、鈴の消極的な動きにある。鈴の強気な性格からすれば普通は前に出て積極的に仕掛けるはずだ。だが今のともすれば主導権を相手に渡してしまうようなやり方は、本来の鈴からはほど遠い戦い方になるだろう。だがきっと鈴はそうするしかなかったと俺は想像した。

 

「甲斐田、もしかして凰はコンディションが悪いのか?」

「コンディションですか?」

 

 やはり気づいたのは鈴を自分と同類だと思っている篠ノ之さんだった。

 その正反対と目されるオルコットはもちろん気づかない。

 

「だから省エネでやらざるをえないんだろうね」

「甲斐田さん?」

「やはりか。鉛でも背負ったかのようだ。動きが重過ぎる」

「おい智希、それどういうことだよ?」

 

 自分が怒っている相手のことだと言うのに、一夏は俺に憤慨の目を向けてくる。

 

「どうもこうも、鈴の体調がよくないってことだよ」

「またお前の仕業か?」

「仕業って、別に鈴の体調管理とかしているわけじゃないし、目の前の鈴がそうだって言ってるだけなんだけど」

「だからそれをお前がやったんじゃないだろうな?」

「もし僕がやるなら一夏との対戦の日にそうなるようにするだろうね」

 

 おそらく鈴は悩んだ末の寝不足だろう。普段が非常に健康的であるがゆえに、鈴は体調のよくない状態にはあまり慣れていない。いつものように頭が働かない時、鈴は物事に対していい加減になる。

 そして今の鈴の姿がまさにそうだ。傍からは多少の攻撃など気にしない豪胆さに見えるかもしれないが、きっと細かいことを考えるのが面倒なだけだろう。

 

「甲斐田君、それならあれは手を抜いているとかやる気がないとかいうわけではないの?」

「調子悪いからさっさと負けようとかは一切考えてないだろうね。今の自分の状態でどうやって勝つかを考えての話だと思う」

 

 なおも一夏は俺を疑っているようだったが、察したのか鷹月さんが話を戻す。

 一夏にはともかくとして、いくら体調が悪かろうと鈴が他の人間に負けていいなどと考えるはずはない。

 

「ということは、予め装甲を厚くして多少のダメージなど気にせず力で押し切るつもりでしょうか?」

「ううん、それなら押し切るよりは追い詰めるだと思う。ほら」

 

 鷹月さんに言われて俺達もアリーナへと目を移す。

 会話しつつも鷹月さんはアリーナから全く目を離さないでいた。

 

「さっきから、三組代表は全く距離を取れていない」

 

 このままでは埒が明かないと悟ったのだろう。三組代表は近接戦をやめて銃で戦おうとしているようだった。なんとかして鈴から離れて距離を取ろうとしている。

 だが鈴はその隙を与えない。ひたすらに張り付いて青竜刀を振り回す。イグニッション・ブーストでもあれば一気に逃げられるだろうが、三組代表は持っていないようだった。

 思い切って相手に背を向けて全速で逃げればもしかしたらいけるかもしれない。だがそんなことをしては今度は後ろから狙い撃ちされてしまうのが関の山だとでも思っているのだろうか。結果相手に体を向けたまま距離を取ろうとするしかなかったが、自分以上のスペックを持つ鈴にすぐ詰められてしまう光景が繰り返された。

 

「ハイパーセンサーで全方位分かるんだから、信じて一目散に逃げればいいのに」

 

 谷本さんがつぶやく。確かにハイパーセンサーは自分の視界外のことについても把握して教えてくれる。だが一瞬一秒を争う場で斬りかかってくる相手から目を離すなど普通は怖くてできない。言うだけなら簡単かもしれないが、実際その場でやれるかというとそういうのはそれなりの訓練をした上での話だろう。

 

「三組代表は早く覚悟を決めないと。ブレードでも銃でもどっちでもいいから」

「厳しいですね。あれでは考える余裕がありません。息つく暇もない状況ですから、目の前の対応で精一杯だと思いますよ」

 

 誰の目にも戦況は一変していた。鈴が三組代表をじわじわと追い詰めている。

 一発も当たっていないというのに鈴は相変わらず冷静で、三組代表はもう完全に余裕のない険しい顔になっていた。

 一撃でも当たったとき鈴が一気に勝負に来るであろうというのは明らかだ。だが対する三組代表にはいまだに決め手がない。

 鈴の装甲は三組代表の想像以上に硬かったようで、何度か当てた攻撃も鈴のシールドエネルギーを削り切るには程遠い状況だった。

 

「鷹月さん、三組がここから逆転するには?」

「織斑君? そうね、このままブレードでしつこく削り続けるか、一撃もらってでも銃に切り替えて距離を取って戦うか、まずどっちにするかを決めないと」

「三組は銃に切り替えたいんだよな?」

「そうだけど、もうリスクなしで銃に切り替えるのは無理ね。バススロットから銃を出すにはほんのちょっと時間が必要なんだけど、凰さんは絶対にその隙を与えるつもりがない。ジリ貧でもブレードで叩き続けるか、覚悟決めて一撃もらうのと引き換えに銃に切り替えるかしないと」

「ですがその一撃から一気に畳み掛けられる可能性も高いので、決断も難しいのです」

「そうか、二人ともありがとう」

 

 いつの間にか一夏は真剣な顔でアリーナを見つめている。

 頭の中で鈴と戦っているのだろう。

 

「でもこのままブレードで削るのは無理でしょうね。あれ相当に硬いわ。それに銃を出すにしてもオルコットさんが持ってるようなレーザー系じゃないと、本体にまで届かなさそう」

「鳳さんに限らず打鉄のような硬い機体にはレーザー系の貫通攻撃がないと厳しいですね」

「えっ? それってどういうことだ?」

「ああ、一夏は自分に剣しかないからって武装関係を全然勉強してないよね」

 

 この際きちんと認識させておこうと俺は一夏に説明することにした。

 ISとは元々宇宙空間での動きを想定しているというのもあり、搭乗者の体を守ることにおいては何重ものセーフティがかけられている。

 まず装甲。基本的に機体に対する物理的な危害はここで防がれる。装甲とはただの金属ではなく、そこにはシールドバリアと呼ばれる防御膜がかかっていて、その強度未満の攻撃に対しては一切を弾く。装甲が硬いというのはシールドバリアの強度が高いということだ。そしてその強度は改造である程度変えられるものでもある。

 またシールドバリアはシールドエネルギーによって維持されていて、エネルギーが残っている限り続く。ただシールドエネルギーは無限のものではなく、シールドバリアが働けば働くほどシールドエネルギーは減っていく。またその強度以上の攻撃を受けると大幅に消費する。そしてシールドエネルギーがなくなってしまえばシールドバリアは消え、ISは金属の塊になってしまう。この状態を俺達はよく紙装甲などと言ったりする。

 だがそれは装甲がなくなっただけで、動かなくなるわけではない。本体にもエネルギーがあり、それがある限りISとして活動できる。またこの状態で外部から攻撃を受けても、本体のエネルギーを消費してダメージを吸収し搭乗者の安全を守る。シールドバリアのような強度はないのでぐんぐん減るそうだが、それでもエネルギーが残っている限り搭乗者の安全は保証される。

 そして本体のエネルギーが尽きてしまえば動けなくなって終わりかというとそうではない。

 ISの最終防衛機構にして最大の目玉、絶対防御だ。

 それは文字通り、搭乗者に危害をもたらすあらゆる攻撃を防ぐ。しかもエネルギーのような消費する形態ではなく、ある一定の強さ未満に対しては半永久的に発動するとまで言われている。

 この仕組みはいまだ解明されていないそうで、ISコアの開発者篠ノ之博士にしか分からないとのことである。

 だからIS搭乗者本人に危害を加えるためには、シールドエネルギーを削って本体のエネルギーをなくして動けなくした上で絶対防御を上回れる攻撃を行わなければならない。

 しかし凶悪なことにシールドエネルギーも本体のエネルギーも時間が立てば自然に回復してしまうので、仕留め切れなければ半日も経たずに元通り、だそうだ。

 

「なあ、それ昔あった戦車とかで一気にボッコボコにすればISって負けるんじゃないか?」

「ああ、今のは対ISの話。ISからと認識されない攻撃についてはまず最初に絶対防御が発動するんだって。しかも核爆弾でも持ってこないと突破できない強度の絶対防御。そりゃあ戦車とかもういらないってなっちゃうよね」

「なんだそれ」

「正確にはISからの攻撃に対しては絶対防御が完全な形で発動しないというのが正しいかしら。だから後付けで開発されたシールドバリアによる装甲でISからの攻撃も防げるようになったって話ね」

「なるほど、順番が逆なわけか」

 

 鷹月さんが横から補足してくれた。

 どうやってISからの攻撃とそうでないものを見分けるのかと思うが、それを解明できなかったがゆえに戦車のような兵器が全く通用せず駆逐されてしまったらしい。絶対防御の理論といいISの技術にはブラックボックスが多過ぎて、使うことはできてもなぜそうなのかが全く追い付いていないのがIS研究の現状だとのことである。

 

「だから私達がやっているような競技では本体のエネルギーを削るところまでね。絶対防御はあくまで搭乗者の命を守るための安全弁」

「誰も分かんないようなものはそっとしておくしかないよね」

「ふーん、じゃあ俺のエネルギー無効化攻撃って意外とすごいんだな」

 

 意外とどころではない。ISからの攻撃を防ぐためのシールドバリアを無意味なものにしてしまうのだから、むしろ反則もいいところである。

 

「あ、じゃあISって基本的に装甲を厚くしとけばいいんじゃないか? エネルギー無効化攻撃とか誰もが持ってるわけじゃないんだろ? それなら今の鈴みたいに多少の攻撃を喰らっても平気そうだし」

「まあ基本的にはそうなんだけど、シールドエネルギーも無限じゃないからね。弱い攻撃でも相手のシールドエネルギーを消費させることはできるし、レーザーのような貫通攻撃もあるから」

「ああ、そういえばさっき言ってたな。貫通攻撃?」

 

 こうやって話している間もアリーナでは打ち合いが続いている。

 三組代表はひとまず逃げようとする行動を諦めたようだ。

 必死に鈴の攻撃を躱し、微々たる量といえども相手のシールドエネルギーを削ろうとしている。

 一方で鈴は一貫して変りなく、感情も浮かべずに青竜刀を振り回していた。

 

「そう、ISにおける話だけどオルコットさんの持ってるようなレーザー攻撃は、シールドバリアを貫通して直接本体のエネルギーを削ることができるのよ」

「え!? それってつまりエネルギー無効化攻撃のことじゃないのか?」

「もう、織斑君は実技ばかり先行してて本当に理論の方を勉強してないわね。エネルギー無効化攻撃は文字通り装甲、シールドバリアをないものとしてそのままの威力で相手本体のエネルギーを減らすことができる。一方で貫通攻撃はシールドバリアを貫通できるんだけど、その際に威力の大きな減衰が発生するの。だから本体のエネルギーを削れると言っても、本来の威力の十分の一も届けばいい方かしらね」

「打鉄のような装甲の硬い相手には有効ですが、そこまででなければ先にシールドエネルギーを削った方が早い場合がほとんどですね。どちらかというとまだ開発途上の技術です」

 

 オルコットの専用機は武装がレーザー攻撃ばかりだそうで、先輩達曰くこの機体は間違いなく実験機だとのことである。それがわざわざ遠い日本のIS学園に送り込まれたのは、おそらく日本製で世界有数の装甲を誇る打鉄にどの程度通用するかを測りたいのだろうという話だった。

 まあ模擬戦の時はレーザーだろうがなんだろうがあの時の一夏では喰らったら一緒だという話で、特にレーザーだからどうだということはなかった。むしろ基本直線で飛んでくるので初心者の一夏的にはよけやすいだろうという程度だった。

 

「ふーん。じゃあ三組代表はやっぱり銃を出した方がいいんじゃないのか? 鈴の装甲は相当に硬そうだぞ」

「そもそもレーザー系の武装を用意しているかですね。もしないのであれば時間はかかりますが今のままでいく方がリスクが小さいです」

「いや、その前にあいつもたないぞ。攻められ続けるのって相当にきついんだ。だからどこかで攻めに回って自分のペースにしないと、いつか気持ちが切れる」

 

 一夏はIS学園に入学してからほぼ毎日訓練を続けている。そしてその大半は受けに回って攻められてばかりで、それは楽しいものではなかっただろう。だから気持ちがよく分かるという話だ。

 全然ISの勉強をしないので知識はないが、実技における経験量はそれなりに蓄積されているようだ。

 

「そうね、確かに始まってからずっと凰さんは相手に休ませてないわね。もちろん自分も休んでないけど、どちらかというとルーチンワークで省エネしてるから相手ほど疲労はきてなさそう」

「そして一撃入れば途端にスイッチが入るのでしょうね」

「俺ならマズいと分かっててそのまま続けるつもりはないな」

 

 果たして当の三組代表は、その表情に疲労の色が見え始めていた。一方の鈴は相変わらずの無表情で、少なくとも傍目には疲れているようには見えない。どちらが優勢かは誰の目にもはっきりしている。

 そしてついに三組代表は決断した。鈴に背を向けて一気に近くの壁へと向かう。もちろん鈴も追いかける。三組代表は壁の側に着くと振り向いて背中を壁につけ、ブレードを持った右手を前に出して構える。ブレードで受けて一撃耐えて時間を作り、左手に銃を出すつもりだろう。

 鈴はそんなことおかまいなしに右手に持った青龍刀を振り上げる。ここまで三組代表は鈴の攻撃をまともに受けてはいない。ブレードで受けるときもそのまま受け止めず動きながら力を外へと逃がしていた。

 だが今は足を止めていて片手一本だ。同じことをしようとしても弾き飛ばされてしまうのがおちだろう。だから壁を背にして何とか受け止めて、その間に銃を出して反撃に移ろうという方向だ。

 三組代表に向かって鈴の青龍刀が振り下ろされる。

 

「あ、ダメだ!」

 

 何事かに気づいた一夏が叫ぶ。

 壁を背にしたおかげか三組代表は鈴の一撃を受け止めきった。そして左手に銃を出した。

 だがその時には鈴の空いていた左手にもう一本の青竜刀が握られていた。三組代表に銃を出せるだけの時間があれば、鈴にだって同じ時間はあったのだ。

 そして鈴の左手は無防備となっている三組代表の横っ腹へと繰り出される。予想だにしない方向からの横薙ぎの一撃をまともに受けて、三組代表の体は綺麗に吹っ飛ばされた。

 ここぞとばかり間髪入れずに鈴は追撃をかける。おそらく頭が追い付いていないであろう三組代表は、体勢を立て直す暇もなく鈴の連続攻撃を浴びた。

 鈴は二刀流になっているのでブレード一本では受け切れない。せっかく出せた銃も構えることすらできずに弾き飛ばされ、そのまま三組代表は鈴のめった打ちをもらってしまった。

 だが一撃自体が重いのでそれはすぐに終わり、三組代表の体が崩れ落ちて織斑先生の終了宣言が響き渡る。

 こうして二組と三組の試合は二組の勝利で終わった。

 

 

 

 

 

 結局鈴は最小限の労力で勝利した。

 勝ったこと自体に驚きはない。中国の代表候補生という肩書で裏付けもされているし、一年見ていないとはいえ常日頃から努力して結果を出し続けた姿をよく知っている。

 ただ、さっきの試合は俺の知っている鈴の姿とはだいぶ違っていた。

 コンディションがよくないのは間違いない。まず間違いなく一夏のことで結論を出せずに悩み続けたせいで、鈴を思考の迷路に嵌めたのは他ならぬ俺だ。

 以前であれば一夏に背中を押してもらい勇気を出してそこから抜け出せていただろう。

 だが今回はそれをさせないようにしているので、今も鈴はもがき続けている。だからとても模擬戦に集中できる状態ではないだろうと俺は思っていた。

 しかし今の鈴はそんな中でも自分をコントロールする技術を身につけていた。調子が悪くとも悪いなりに無理せず試合を戦ってきっちり勝利した。

 基本的に鈴は感情のぶれ幅が大きいのでメンタルに左右される部分が非常に大きい。いい方に乗せてしまってはもう誰の手にも負えなくなる。だから俺は一夏との試合で鈴がこの状態になってしまうのを一番恐れていた。しかし反面鈴は気分が落ち込むと投げやりになるので、その状態でリーグマッチには臨んでもらおうと俺は考えて行動したつもりだった。

 

「きちんと自分の実力を把握して、コンディションも考え今の自分にできることとできないことをしっかり切り分けて、その上で全力も出さずに勝利する……。強敵だわ」

 

 鷹月さんが待機室の中をぐるぐると歩き回っている。

 鈴との試合までに俺から聞いていた鈴の姿よりも上方修正して考えなければならないのだ。

 メンタル的に最悪に近い状態でもそれに振り回されず勝って見せたのは、明らかに俺や一夏の想像を上回っている。

 

「結局あの特殊武装を使っていません。つまりそこまでする必要がなかったという話で、私達はまだ凰さんの底が見えていない状態です」

 

 一夏がエネルギー無効化攻撃を持っているように、専用機を持つ鈴にも固有の特殊武装がある。

 それは初見でやられては相当に危険な代物だったが、幸いなことに鈴がオルコットと喧嘩した際に出してくれたおかげで、俺達は予め知った上で臨むことができる。

 だから実際どういうものか一度は一夏に見せたかったのだが、三組代表はそこまで鈴を追い詰めることができなかった。この分では四組五組の代表にも無理かもしれない。

 

「一方で一夏はイグニッション・ブーストもエネルギー無効化攻撃も見せてしまっていると」

 

 四十院さんが難しい顔をし、鷹月さんはしかめっ面になる。

 実力以前に一夏はそもそも引き出しからして少ないというのに、今やそれが全て対戦相手にはバレてしまっている。

 基本的に対戦相手達は実力的に一夏よりも上だ。だから意表をついたり搦手を使いたいところなのだが、今の一夏ではそれはとてもできない。

 対戦相手の一夏対策は易しく、こちらの相手対策は難しい。

 

「まあ凰さんについては後二試合見ることができるし、突破口はその中で見つけていくしかないわ。それよりも目の前の試合にしっかり勝っていかないと」

「そうですね、最終戦が消化試合になっては何の意味もありませんし」

「うん、まずはこれからの四組との試合だ。あ、そろそろ時間だし一夏も戻ってくるかな」

 

 なんとなく待機室入り口の扉に目をやった。

 今一夏は外でパイロット組と共に本番前のウォーミングアップをしている。

 狭い待機室で手持ち無沙汰に待っていてはかえって緊張してしまうようなので、ギリギリに戻ってくるように言ってあった。

 

「いいなあ、あんな青春の日々が欲しかった」

「グググ……そこに男子も混じっているだなんて本当に羨ましい……」

「二人ともまだ大丈夫よ、素直に羨ましいと思えるうちは。それが暖かい目になったらもうダメだけど」

 

 待機室の端で倉持の人達が好き勝手言っている。

 目を向けると三人共慌てて目を逸らした。

 

「でもさ、やっぱり走った方がかっこよくないか? スピード感あって」

「ちっちっち、ゆっくりと歩いた方がかえって存在感出るんだって」

 

 一夏達が戻ってきた。

 谷本さんとバカそうな会話をできているあたり一夏は大丈夫そうだ。

 

「おかえり。特に問題はないね?」

「お、そうだ智希にも聞こう。なあ、入場するとき俺走って出て行った方がいいと思う? それともさっきみたいに歩いた方がいいかな?」

「何言ってんの?」

 

 俺達の悩みとは壮絶に次元が違っている。

 

「一夏の入場の際の動きについてだ。私は疾走感を出した方が一夏らしくていいと思うのだが」

「ですから、先程のようにゆっくりと歩いて緊迫した場でも優雅さを見せるべきだと思うのです」

「あと三試合もあるんだし両方やってみようよー。絶対どっちもいいって!」

 

 俺は真面目に答えるべきなのだろうか。

 いや、一夏が本番前でもリラックスして自然体でいるのは喜ばしいことのはずだ。だから、くだらないことで悩んでないでさっさと準備しろ、などと心の狭いことを言うべきでは決してない。脳天気な顔しやがって、なんて思ってしまうのはきっと俺の自分勝手な感情だ。

 

「悩むくらいなら一度走ってみればいいんじゃないかな」

「確かにそうだな」

「だよね! さっすが甲斐田君!」

「そんな! 私の壮大なイメージ戦略が!」

 

 一夏が納得し、谷本さんが大げさに頭を抱えて呻く。

 正直俺としてはどうでもいいが、谷本さんが嘆いているのできっとこの選択は正しかったのだろうと思った。

 

「甲斐田さん、考え直してくださいませ! 一夏さんはそちらの方向性とは違うのです!」

「諦めろオルコット。決まったことが全てだ」

 

 なぜかオルコットが執拗に喰らいついてきた。一方篠ノ之さんはまた勝ち誇った顔をしている。別にどちらかに味方したつもりもないのだが。

 

「織斑君、もう時間だからすぐ準備して」

「おう、白式も問題ないしいつでもいけるぜ」

「水分補給等は大丈夫ですか?」

「あ、最後に一口飲んどこう」

 

 鷹月さんと四十院さんは我関せずという風情だ。文句を言わないだけ大人になったと言うべきか。

 

「よし。じゃあ行くか」

「きちんと頭に入ってるよね? 忘れてそうなことはない?」

「智希も心配症だな。バッチリだって」

「それならいいよ」

「あ、そうだ。一つ忘れてた」

「え、何?」

 

 一夏は何事かを思い出したようで、体をこちらに向き直ると、この場にいる人間にとってそれは最強の笑顔を見せた。

 

「みんな、いつもありがとな。必ず勝ってみせるから」

 

 一夏はそれだけ言って踵を返し、走って待機室を出て行った。

 さすがは織斑一夏、本当に恐ろしい男である。

 振り返るとパイロット班の三人は完全にやられて腰砕けになっていた。

 

「織斑君って本当に怖いわ。不覚にもドキッとしちゃった」

「普段の織斑君を知っていなければ非常に危険でしたね」

 

 どうやら鷹月さん達にまで効くレベルの笑顔だったらしい。

 岸原さんも顔に手を当てて真っ赤になっている。

 だが谷本さんはぽかんと口を開けて呆けた顔になっていて、布仏さんはいつも通りの笑顔で手を振っていた。

 相変わらずこの二人だけはよく分からないなと俺は思った。

 

 


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